長崎地方裁判所 昭和39年(行ウ)10号 判決 1965年3月30日
原告 株式会社 丸菱商会
被告 長崎税務署長
訴訟代理人 広木重喜 外四名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し昭和三八年八月三一日付法第四六八号をもつてなした法人税額等の更正を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
一、被告は、昭和三八年八月三一日付法第四六八号をもつて、原告に対し、さきに原告がした昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日までの事業年度分の法人税についての青色申告による確定申告につき、法人税額等の更正をした。
ところで、右の更正においては、その理由として、損金計上の彼員賞与すなわち取締役小野健子に対する金一〇五、〇〇〇円、同西川倫治に対する金一五九、〇〇〇円、同岩下幸生に対する金一六一、〇〇〇円以上合計金四二五、〇〇〇円は規則第一〇条の三第六項第四号により同人らが使用人兼務役員とは認められないので否認するとされ、さらに監査役小野喜三郎(福岡大学在学中)に対する役員報酬金六〇、〇〇〇円もまた否認するとされている。
そこで、原告は、その更正につき、被告に対し右の損金計上の役員賞与並びに役員報酬の否認を不服の事由として再調査の請求をし、ついで福岡国税局長に対して審査の請求をしたところ、同国税局長は、昭和三九年三月二三日付福局直法(総)第一三二号、福局協(審)第一〇四号をもつて、右の審査の請求を棄却した。
二、しかし、本件更正には、右の損金計上役員賞与並びに役員報酬に関する部分につき、つぎのとおりの違法があるから、取り消されるべきである。
(一) その損金計上役員賞与の否認は、違法である。
すなわち、前記小野健子、西川倫治、岩下幸生以上三名は、いずれも事実上は原告の使用人であるから、同人らに対して支給された前記各賞与は、いずれも損金として計上されるべきものである。
(二) その役員報酬の否認は、違法である。
すなわち、前記小野喜三郎は、非常勤ではあるが、現実に監査役としての実務を遂行し、忠実にその任務を果しているのであるから、同人に対して支給された前記報酬は、損金として計上されるべきものである。
三、それで、原告は、右の更正の取消しを求めるため、本訴におよんだ。
と述べた。
(証拠省略)
被告指定代理人らは、主文と同旨の判決を求め、答弁として。
一、原告主張の前記一の事実は認める。
二、しかし、同二の損金計上役員賞与並びに役員報酬の否認が違法であるとの主張は争う。
(一) 損金計上の役員賞与金四二五、〇〇〇円について
原告会社は、昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日までの事業年度においては、その発行済株式数は三〇、〇〇〇株(一株五〇円)であり、その株主は小野信夫、西川倫治、岩下幸生、小野健子、小野一郎、小野信輔、小野喜三郎、小野順子、遠藤喜右衛門の九名であつたところ、そのうち遠藤喜右衛門を除く西川倫治以下の右各株主はいずれも前記小野信夫の同族関係者すなわち小野信夫の西川倫治は妻の兄、岩下幸生は妹の夫、小野健子は妻、小野一郎は長男、小野信輔は二男、小野喜三郎は四男、小野順子は長女であり、右の小野信夫とその同族関係者において保有する原告会社の株式数は前記三〇、〇〇〇株のうち二九、六〇〇〇株を占めていたから、法人税法第七条の二にいうところの同族会社に該当する。そして、前記小野健子、西川倫治、岩下幸生は、同人らと前記小野信夫との間の関係にして右のとおりである以上、いずれも、法人税法施行規則第一〇条の三第六項第四号にいうところの同族会社の役員のうちその会社が同族会社であるかどうかを判定する場合にその判定の基礎となる株主の(すなわちその一人である前記小野信夫の)同族関係者に該当する。したがつて、右小野健子、西川倫治、岩下幸生は、いずれも、法人税法上の使用人としての職務を有する役員ではないから、同人らに対して支給された前記各賞与は、いずれも、同規則第一〇条の四により、これが損金計上を否認されるべきものである。
(二) 役員報酬金六〇、〇〇〇円について
原告会社の監査役小野喜三郎は、原告会社の代表取締役かつ大株主である前記小野信夫の四男(このことは、前記のとおりである。)であり、本件事業年度当時においては、弱冠満二〇歳であつて、福岡大学に遊学中の身であつたものであるから、このような者を知識と経験および公正な態度を要求される会社の監査役に就任させることは、原告会社が前記のように同人の父小野信夫を代表取締役かつ大株主とする同族会社であるからこそはじめてできたことであつて、他の一般の非同族会社においては見られない現象であり、しかも、右小野喜三郎は、本件事業年度においては、その監査役としての職務を果したものとはいえず、同人に対する前記報酬の支給も、同人を事実上監護教育すべき立場にある前記小野信夫が自己において負担すべきわが子に対する学資金の一部を原告会社に肩替りさせて支出させたものとみるべきものであるから、右報酬の支給は、これにより、他の非同族会社のそれに比して原告会社の法人税の負担を不当に減少させ、他の非同族会社との間の租税負担の公平を害したものといえる。したがつて、小野喜三郎に対して支給された右の報酬は、法人税法第三〇条第一項の同族会社の行為または計算の否認に関する規定により、これが損金計上を否認されるべきものである。
(三) それで、右役員賞与並びに役員報酬をいずれも原告会社の所得に加算した本件更正は、適法であつて、そこになんらの違法はない。
と述べた。
(証拠省略)
理由
一、原告主張の請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。
二、そこで、原告が本件更正の取消事由として主張するところのものを順次判断する。
(一) 原告会社の取締役小野健子、同西川倫治、同岩下幸生に対する損金計上の役員賞与合計金四二五、〇〇〇円の否認について
法人税法施行規則(昭和二二年三月三一日勅令第一一一号、改正昭和三四年政令第八六号)第一〇条の三および第一〇条の四は、法人税法第九条第八項にもとづいて制定されたものであるところ、同規則第一〇条の四には、使用人としての職務を有する役員に対する適正な賞与は損金に計上してもさしつかえない旨が定められているのに対し、同規則第一〇条の三第六項には、「使用人としての職務を有する役員とは、次に掲げる役員以外の役員で、部長、課長その他法人の使用人としての職制上の地位を有し、かつ、常時使用人としての職務に従事するものをいう。」と規定され、同項第一号ないし第四号において、使用人としての職務を有する役員とはならない役員が明示され、その第四号には、「前三号に掲げるもののほか、同族会社の役員のうち、その会社が同族会社であるかどうかを判定する場合にその判定の基礎となる株主若しくは社員又はこれらの者の同族関係者(法第七条の二第一項第一号に規定する同族関係者をいう。以下同じ。)であるもの」とされている。そして、法人税法第七条の二は、同法上の同族会社について定義し、その第一号は、「株主または社員の三人以下およびこれらの親族その他これらと命令で定める特殊の関係のある個人及び法人(以下同族関係者という。)が有する株式又は出資の金額の合計額がその会社の株式金額又は出資金額の百分の五十以上に相当する会社」は同族会社である旨規定している。したがつて、法人税法施行規則第一〇条の三第六項第四号の法人税法上の同族会社の役員に該当する者は、その者が事実上使用人であると否とを問わず、またその者が株主であると否とにかかわりなく、同法上の「使用人としての職務を有する役員」には該当せず、その者に対して支給された賞与は、前記規則第一〇条の四により、その損金計上を否認され、益金として所得に加算されなければならないものと解すべきものである。
本件において、成立に争いのない乙第一号証に証人城野晴純の証言および原告代表者小野信夫本人尋問の結果を総合すると、原告会社の昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日までの事業年度における株式金額は、一株五〇円の三〇、〇〇〇株合計金一五〇万円であり、その株主は、原告会社の代表取締役である小野信夫のほか、西川倫治、岩下幸生、小野健子、小野一郎、小野信輔、小野喜三郎、小野順子、遠藤喜右衛門の以上合計九名であつたところ、そのうち遠藤喜右衛門を除く西川倫治以下の右各株主は、いずれも前記小野信夫の親族すなわち同小野信夫の西川倫治は妻の兄、岩下幸生は妹の夫、小野健子は妻、小野一郎は長男、小野信輔は二男、小野喜三郎は四男、小野順子は長女であり、右の小野信夫とその親族の保有する株式の金額の合計額は、前記金一五〇万円のうち、小野信夫が二六、八〇〇株、その他の者が各四〇〇株で、金一四八万円を占めていたこと、そして、原告会社の前記事業年度における取締役は、右の小野信夫、西川倫治、岩下幸生、小野健子のほか、前記遠藤喜右衛門の以上合計五名であつたが、右遠藤喜右衛門の持株数は、四〇〇株、その金額は、金二〇、〇〇〇円にすぎなかつたことをそれぞれ認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。
以上の事実によると、原告会社は、法人税法第七条の二第一号の同族会社に該当し、前記小野健子、西川倫治、岩下幸生は、いずれも法人税法施行規則第一〇条の三第六項第四号の同族会社の役員のうちその会社が同族会社であるかどうかを判定する場合にその判定の基礎となる株主(すなわち、その一人である前記小野信夫)の同族関係者に該当することが明らかであるから、右小野健子、西川倫治、岩下幸生は、いずれも法人税法上の「使用人としての職務を有する役員」には該当せず、したがつて、同人らに対する前記各賞与合計金四二五、〇〇〇円は、同人らが法人税法施行規則第一〇条の三第六項第四号の法人税法上の同族会社の役員に該当するとの一事によつて、同規則第一〇条の四により、その損金計上を否認され、益金として所得に加算されなければならないものと解すべきものである。
もつとも、法人税法施行規則第一〇条の三第六項は、昭和三四年政令第八六号により新たに追加された規定でつて、同政令は、昭和三四年四月一日以後に終了する事業年度分の法人税について適用されるものであるところ、証人城野晴純の証言および前記原告代表者本人尋問の結果によると、昭和三五、三六年の二事業年度においては、前記小野健子、西川倫治、岩下幸生に対する各役員賞与は、被告によつて損金計上を否認されなかつたことが認められるが、これは、法人税法上の過誤であることが明らかであるから、前の事業年度に右のような事実があつたからといつて、本件事業年度に再び法人税法上の過誤を犯さなければならないものではないことは、いうまでもない。
なお、前認定事実によると、本件事業年度における原告会社の取締役遠藤喜右衛門もまた、法人税法施行規則第一〇条の三第六項第四号の「同族会社の役員のうち、その会社が同族会社であるかどうかを判定する場合にその判定の基礎となる株主」に該当することが明らかであるが、同人の持株数が四〇〇株、その金額が金二〇、〇〇〇円にすぎず、原告会社の株式総数が三〇、〇〇〇株であることは、さきに認定したとおりであるから、国税庁通達昭和三四年直法一―一五〇15にもとづき、右遠藤喜右衛門は、その有する株式数が当該法人の発行済株式の総数の五パーセント以下である者として、その判定の基確となつた株主から除外されうる者である。
そうすると、被告が本件更正において右の損金計上役員賞与を否認したことには、なんらの違法はなく、この点に関する原告の主張は、理由がない。
(二) 原告会社の監査役小野喜三郎に対する役員報酬合計金六〇、〇〇〇円の否認について
証人西川信吾の証言、前記原告代表者本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、右小野喜三郎は、原告会社の監査役小曽根均が昭和三七年九月に死亡したため、その後任として同年一〇月に原告会社の監査役に選任されたものであるが、非常勤であつたこと、もつとも、右小曽根均も、その生前は非常勤の監査役であつたが、同人に対する月一〇、〇〇〇円の報酬は、被告によつて否認されたことはなかつたこと、そして、右小野喜三郎に対する監査役としての報酬も、監査役就任以降月一〇、〇〇〇円であつたことをそれぞれ認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。しかし、右小野喜三郎が監査役就任以降昭和三八年三月三一日までの約六ケ月間に監査役としての任務を果したことについては、これにそう証人西川信吾の証言および前記原告代表者本人尋問の結果は、いずれもにわかに信用できないし、甲第三号証(監査意見書)も、昭和三八年五月二〇日の作成日付とされていて、本件事業年度後のものであるから、これのみをもつて直ちに右事実を認めるわけにゆかず、他にその事実を認めさせるに足りる証拠はない。
かえつて、原告会社が昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日までの事業年度においては法人税法上の同族会社に該当することは、前記のとおりであり、また、右小野喜三郎が原告会社の代表取締役小野信夫の四男であること、原告会社の株式総数が三〇、〇〇〇株であるのに対し、右小野信夫の持株数が二六、八〇〇株にもおよんだこと、右小野信夫を除いた原告会社の株主八名のうち七名までが同小野信夫の親族によつて占められ、右小野信夫とその親族の保有する株式の金額の合計額が原告会社の株式金額一五〇万円に対して金一四八万円にのぼつたこと、しかも、右小野信夫を除いた原告会社の取締役四名のうち三名までが前記小野喜三郎の親族であり、一名が母、一名が母の兄、一名が父の妹の夫であつたこと、以上が前記事業年度における原告会社の実情であつたことは、いずれもさきに認定したとおりであるところ、これらの事実に前記乙第一号証、証人西川信吾、城野晴純の各証言(ただし、前者のそれは、そのうち前記の信用できない部分を除く。)および前記原告代表者本人尋問の結果(ただし、そのうち前記の信用できない部分を除く。)を総合すると、前記の小野信夫以外の原告会社の本件事業年度における株主らは、いずれも右小野信夫から無賞で株式の譲渡をうけたものであつたこと、したがつて、それ以前は、右小野信夫が原告会社の株式総数三〇、〇〇〇株の全部を保有していたこと、前記小野喜三郎は、監査役就任当時は、弱冠満二〇歳程度で、福岡大学に遊学中の身であつたこと、これに対し、前任の監査役前記小曾根均は、その死亡当時、五〇歳年輩のものであつたこと、そして、右小野喜三郎は、前記のとおり、四男にすぎなかつたのに対し、父母以外の親族にあたる原告会社の前記取締役二名も、監査役であつた右小野喜三郎よりは、同人のいわゆる伯父または叔母の夫として、はるかに年輩者であつたこと、しかも、前記小野信夫は、当時、原告会社においては、事実上も、ほとんど独裁的な立場にあつたこと、以上のとおりであつて、前記事業年度中に、右小野喜三郎が進んで原告会社の監査役としての任務をその職務の性質にそつて遂行した事績は見当らないことをそれぞれ認めることができる。
以上の各事実を総合して考えると、株式会社の監査役なるものは、取締役または支配人その他の使用人を兼ねることのできない(商法第二七六条)ものであり、その権限は、いつでも会計の帳簿および書類の閲覧もしくは謄写をなしまたは取締役に対し会計に関する報告を求めることができ、その職務を行うため特に必要のあるときは社会の業務および財産の状況を調査することができる(同法第二七四条)ということであり、その義務は、取締役が株主総会に提出しようとする会計に関する書類を調査し株式総会にその意見を報告しなければならない(同法第二七五条)ということであるところ、もつとも典型的な同族会社というよりは実質的にはむしろその代表取締役かつ大株主であり独裁的な立場にあつた前記小野信夫の個人経営に紙一重ともいうべき昭和三七年四月一日から昭和三八年三月三一日までの事業年度における原告会社において、しかも、その取締役五名のうち四名までがその監査役小野喜三郎の父母その他年上の親族において占められていた前記事業年度における原告会社において、右小野喜三郎は、前記小野信夫の四男にすぎず、当時は弱冠二〇歳程度であつて、かつ福岡大学に遊学中の身であつたのであるから、五〇歳年輩であつた前任監査役前記小曽根均の死後、その後任として右小野喜三郎のような者を前記のような権限と義務とを有し厳正公平な客観的立場を要請される株式会社の監査役に就任させたことは、原告会社が右小野喜三郎の父小野信夫の個人経営に紙一重ともいうべき同族会社であつたればこそはじめてなしえたものというべきであつて、他の一般非同族会社においては容易に見られるはずのない現象であり、しかも、右小野喜三郎は、前記事業年度においては、事実上もその監査役としての職務を果した事績は見当らず、ために同人に対する前記の報酬の支給も、同人を事実上監護教育すべき立場にあり、かつ右の監査役就任以前はもとよりそれ以後もおそらく同人を現実に監護教育していたであろう前記小野信夫が自己において負担すべきわが子に対する学資小遣銭等のたぐいの一部を自己の個人経営と実質的には大したへだたりのない原告会社にいわゆる肩替りさせて支出させたものといわざるをえないから、原告会社の右の監査役報酬の支給により、他の一般非同族会社のそれに比して原告会社の法人税の負担を不当に減少させ、他の一般非同族会社との間の租税負担の公平を害したものといわなければならない。したがつて、右小野喜三郎に対する前記役員報酬合計金六〇、〇〇〇円は、法人税法第三〇条第一項の同族会社の行為または計算の否認に関する規定によつて否認され、所得に加算されてしかるべきものと解するのが相当である。
なお、同じ非常勤監査役であつたとしても、前記小曽根均と右小野喜三郎とでは、法人税法第三〇条第一項上、その取扱いを異にすべきものであることは、前記のとろからして自ら明らかであろう。
そうすると、被告が本件更正において右の役員報酬を否認したことには、そこになんらの違法はなく、この点に関する原告の主張は、理由がない。
三、してみると、本件更正に原告主張の違法が存することを原因としてこれが取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 桑原宗朝 鍬守正一 寺田明子)