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長崎地方裁判所 昭和40年(タ)19号 判決 1967年9月05日

原告 平井秀人(仮名)

被告 平井カズ子(仮名)

主文

原告と被告とを離婚する。

原被告間の長女里子(昭和三〇年一一月一九日生)、二女悦子(昭和三二年八月二三日生)、長男秀年(昭和三四年六月一〇日生)および三女俊子(昭和三六年四月二〇日生)の親権者を、いずれも原告と定める。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として

原告は昭和三〇年一一月三〇日被告と婚姻し、その間に、同年一一月一九日長女里子を、昭和三二年八月二三日二女節子を、昭和三四年六月一〇日長男秀年を、また昭和三六年四月二〇日三女俊子をそれぞれ儲けた。

原告は昭和二八年頃より肩書住所地で鯨肉販売業を営み、被告も結婚後は家業を手伝い、また家事・育児に励んで来たが、三女俊子を出産後半年位経つた頃から、とりとめもない事を口走るようになり、仕事も満足に出来ないようになつた。しかし、当初の間は正常な精神状態に復することもあつたが、漸次、症状が悪化し、診察を受けた結果、精神分裂病であることが判明したので、昭和三七年七月六日、○○病院に入院ささせて加療の措置をとつたが、病状は一進一退で、一向に好転せず、係医師の診断によれば、全治の見込みがないとの由である。

以上の事実は、民法第七七〇条第一項第四号にいわゆる「配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込みがないとき」に該当し、離婚の原因があるから、原告と被告とを離婚する旨の判決を求める。

なお、以上のような次第であるから、前記四子の親権者はいずれも原告と指定されたい。と述べ被告は請求棄却の判決を求め、答弁として原告主張の事実中、その主張の日に、原告と被告とが婚姻し、両者の間に、その主張のように四子が出生したこと、および、被告が○○病院に入院したことはいずれもこれを認めるが、被告の病気が回復の見込みがないとの点は否認する。と述べ、立証として、原告は、甲第一号証の一、二、第二ないし四号証、第五号証の一ないし四、第六ないし九号証を提出し、証人藤田正雄の証言を援用し、被告は、甲第四、六号証の成立はいずれも知らないが、その余の甲号各証はいずれも成立を認める、と述べた。

当裁判所は、職権で証人松本ヒロコおよび原被告各本人を尋問した。

理由

いずれも、公文書であるから真正に成立したものと認むべき甲第一号証の一、第四号証によれば、原告と被告とは昭和二九年二月挙式同棲し、昭和三〇年一一月三〇日婚姻の届出を了した夫婦であるが、その間に、同年一一月一九日長女里子を、昭和三二年八月二三日二女節子を、昭和三四年六月一〇日長男秀年を、また昭和三六年四月二〇日三女俊子をそれぞれ儲けたことが明らかである。

そこで、原告の主張する離婚原因の存否について判断するに、いずれも公文書であるから真正に成立したものと認むべき甲第四号証、第六ないし八号証、証人藤田正雄の証言により成立を認める同第三号証、第五号

証の四、第九号証、証人藤田正雄、松本ヒロコの各証言、原被告各本人尋問の結果を綜合すると、被告は婚姻当時は身心の故障もなく、尋常の妻であつたが、三女俊子出産後の昭和三七年二月頃から、時折、とりとめもないことを口走り、家にとじこもつて外出しなくなり、家業の手伝いは勿論、家事や育児も満足にできなくなり、また、同年四月頃からは食事や入浴も渋るようになり、衰弱が目立つて来たので、同年七月六日○○市所在の○○病院に入院させられ、爾来、同病院において破瓜病型の精神分裂病患者として、主として薬物療法を受けているが、病状の変化はあつても、一向に好転せず、被告の現在の症状は、自己の病気に対する認識が薄く、屡々、誰かが耳もとで話しをするのが聞えるとか、寝ていると何か丸い物が落ちて来て自分の頭にあたる等申し向けて、その妄覚的病状は一向に治まらず、また、クレゾールの臭を嗅ぐと自分には毒になる等申し向けて、妄想様曲解は容易に消失せず、また、離婚問題については、一応の憤慨・悲観等の感情を示すが、その後は、直ぐ他の話に移行するなど、感情の鈍麻・転換が著明であり、自己の身辺に起る事象についても、一応の理解はできるが適確に判断する能力に欠け、今後家庭の主婦として家政を整え、母親として子供を監護・教育してゆくことは無理な状態にあつて、相当長期間入院加療しても治癒の見込みがなく、目下著しい心神耗弱の状況にあることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

思うに、民法第七七〇条第一項第四号において、配偶者が強度の精神病にかかり回復の見込みがないことを法律上の離婚原因としたのは、婚姻は生活共同体であり、すべて分業によつて成立し、また存続するものであるのに、配偶者の一方が強度かつ不治の精神病のために分業上の役割を果たしうる能力を失つた場合には、その婚姻共同体は既に破綻を生じたものとして、配偶者の他方に婚姻関係を継続する意思がないときには、その婚姻は最早、法律の保護を受けるに値しないものとして、離婚を宣言されても止むをえないと考えられたからに外ならないから、右にいう「強度の精神病」とは婚姻共同をなすに堪えない程度の精神障害、換言すれば、民法第七五二条にいう夫婦間の協力義務が充分に果されない程度の精神障害を意味し、必ずしも精神病の配偶者が禁治産宣告の理由となる精神障害ないしは精神的死亡に達していることを要するものと解すべきではない。

前記認定の事実によれば、被告は未だ心神喪失の状態には達していないが、著しい心神耗弱の常況にあり、その病状は、既に家政を整え、子供を監護養育してゆくことは無理な状態にあつて、婚姻の本質である夫婦の分業を維持し継続していく能力を有しておらず、しかも、その精神障害は回復の見込みのないものであるから、本件は前記法条所定の離婚原因に該当するものといわねばならない。

もつとも、前掲証人松本ヒロコの証言、原告本人尋問の結果によれば、被告は原告と婚姻以来八年有余の長きに亘つて家政を司り、四子を養育する傍ら、家業たる鯨肉販売業を手伝い、原告とともに種々苦労を重ねて来たこと、そして、被告の資産とて別になく、両親は既に死亡し、原告のほかには事実上被告を扶養看護すべきものがないことが認められ、今ここに原告と被告とを離婚さすときは、被告に不幸をもたらすことは明らかであり、人情として忍びないところであるが、本来精神的和合を基調とする夫婦共同生活において、原告は五年有余に亘つて被告の精神病に悩まされ、その間、被告の入院によつて、約五年の長きに亘る空白を余儀なくされ、また、右の各証拠によれば、原告は被告と離婚後は被告を原告の養女として入籍し、被告の将来の療養および生活のために、原告としてできる限りの措置を講ずる所存であることが認められるから、いつ果つるともわからない苦悩と忍従の生活を、これ以上原告に強いることは苛酷であり、原告と被告との離婚は不幸ながら止むを得ないものといわねばならない。

そして、かかる事情のもとにおいては、原被告間の前記四子の親権者はいずれもこれを原告と定めるのが相当である。

以上の次第であるから、原告の本訴請求を正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鍬守正一)

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