長崎地方裁判所 昭和50年(ワ)92号 1978年5月22日
原告
松本洋
被告
西日本アルミニウム工業株式会社
主文
原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを確認する。
被告は原告に対し金一〇三万四七六八円及び昭和五一年一〇月以降毎月二五日に一か月金九万四六一六円を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決の第二項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は昭和四九年三月一六日船舶用ドアを製造する被告会社に現場作業員として雇用された。
2 被告は昭和五〇年一月一三日原告に対し原告が長崎大学卒業者であることを雇入れの際提出した履歴書に記載しなかったことは被告会社就業規則第二〇条(懲戒解雇)第四号「雇入れの際に採用条件又は賃金の要素となるような経歴を詐称したとき」に該当するとして解雇の意思表示をし、以後原告との間に労働契約関係が存在することを争い、かつ賃金の支払を拒絶している。
3 しかし、被告の解雇の意思表示は次の理由により無効である。
(一) 就業規則不該当
被告会社は現場作業員の募集広告に当り大学卒業者は採用しないとの採用条件は記載せず、採用面接に当ってもこれには触れず、原告は雇入れの際に右採用条件を全く知らず、また、履歴書提出の際には自らを大学卒業者と意識していなかったのであるから、前記就業規則には該当しない。
(二) 不当労働行為
原告は昭和四九年一二月被告会社労働組合青年部長に選出され、新たに教宣文書「青年部ニュース」を発行した外、執行委員の選挙にはポスター等を書いて積極的な組合活動を行ったため、被告は同組合の強化を防ぐため、調査の結果原告が大学卒であることを知りこれ幸いと解雇処分をしたものであるから、不当労働行為である。
(三) 解雇権の濫用
仮に本件が前記就業規則に該当するとしても、(一)及び(二)記載の事情に照し、解雇権の濫用である。
4 昭和五〇年度昇給額は一か月一万五三二一円であるから昭和五〇年四月から同五一年三月までの昇給額は一八万三八五二円、昭和五一年度昇給額は一か月二万六六二二円であるから昭和五一年四月から同年九月までの昇給額は一五万九八三二円、昭和五〇年度夏一時金二〇万三六三九円、同冬一時金二五万六三五七円、昭和五一年度夏一時金二三万一一八八円であるから、原告の被告会社に対する昭和五〇年四月から同五一年九月までの昇給分及び一時金の合計は一〇三万四七六八円となる。
原告の昭和五一年度からの毎月二五日に支給される一か月平均賃金は九万四六一六円である。
二 請求原因に対する認否
請求原因第一、二項の事実は認める。同第三項の事実中募集広告に当り大学卒業者は採用しないとの採用条件は記載しなかったこと、及び原告が労働組合に加入していたことは認めるが、その余は否認する。同第四項の事実は原告の賃金を出勤率一〇〇パーセント、成績査定普通として計算すれば原告主張のとおりとなることを認める。
三 被告の主張
1 就業規則及び労働協約上の解雇事由該当
被告会社の就業規則には原告主張のとおり「雇入れの際に採用条件又は賃金の要素となるような経歴を詐称したとき」は懲戒解雇に処する旨の規定(二〇条四号)があり、被告会社とその労働組合との間に締結されている労働協約にも同様の規定(三四条四号)がある。
被告会社においては、現場作業員の採用に当っては、その仕事がいわゆる単純肉体労働であるため、高学歴の者ほどかかる労働に対する忍耐力に欠け、またそのため職場への定着性に劣っていることを考慮して、現場作業員はすべて大学進学率の低い高校の卒業者以下の者を採用して職場の人員配置を行ってきた。
ところが、原告は雇入れに当り昭和四九年三月長崎大学教育学部を卒業予定の学歴を秘匿した履歴出青を提出し採用になったものであるから(履歴書には昭和四三年から同四八年までマルマツ商事に勤務した旨の虚偽の記載もあった。)、前記就業規則及び労働協約の解雇事由に該当するというべきである。
2 錯誤
被告は原告が高校卒であると信じていたものであり、原告が長崎大学に在学し同年三月卒業予定の事実を知っていたならば労働契約は締結しなかったはずである。
いわゆる単純肉体労働をなす現場作業者には大学卒のような高学歴者を採用しないのが一般であるから、被告において求人広告に募集職種は組立工・機械工・塗装工と明示し、履歴書の提出を求めている以上、大学卒のような高学歴者は除く旨の表示がなされているものというべきである。
また、被告は右のような一般の労働慣行に基き、職種を組立工等の現場労働者である旨明示しているのであるから、さらにすすんで学歴を高校卒以下と表示しなかったからといって、そのことに過失はない。錯誤につき被告に重大な過失はない。
四 被告の主張に対する認否等
争う。
被告会社としては、採用申込者の履歴書に学歴記載の有無にかかわらず、容易に調査が可能であるのにこれをなさず、しかも面接に際してもこの点を深く問審もせず採用決定をしたのであるから、被告には重大な過失がある。
第三証拠(略)
理由
原告が昭和四九年三月一六日船舶用ドアを製造する被告会社に現場作業員として雇用されたこと、及び、被告は昭和五〇年一月一三日原告に対し原告が長崎大学卒業者であることを雇入れの際提出した履歴書に記載しなかったことは被告会社就業規則二〇条(懲戒解雇)四号「雇入れの際に採用条件又は賃金の要素となるような経歴を詐称したとき」に該当するとして解雇の意思表示をし、以後原告との間に労働契約関係が存在することを争い、かつ賃金の支払を拒絶していることは、当事者間に争いがない。
(証拠略)によれば次のとおりの事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
被告会社は主として船舶の防火ドアの製造を業とする資本金四五〇〇万円の会社で、従業員数は総計一二余名であった。
被告会社には前記のとおり「雇入れの際に採用条件又は賃金の要素となるような経歴を詐称したとき」に該当するときは懲戒解雇に処する旨の規定(二〇条四号)があり、被告会社とその労働組合との間に締結された労働協約にも同様の規定が置かれていた(三四条四号)。
被告会社においては、組立工・機械工・塗装工等の現場作業員としては高校卒以下の学歴の者を採用する方針を採っており、現に原告以外には高校卒を超える学歴の者はいなかった。被告会社としては、高学歴者は現場作業のような単純な肉体労働には不適で定着性に欠ける外、ものの考え方や生活感情の違いから低学歴の上司や同僚との関係に円滑を欠くおそれがあるとして、右のような採用方針をとってきたものである。
昭和四九年被告会社は現場作業員を募集し、一月及び二月に数回にわたり新聞紙上に募集広告した。同年二月一八日付長崎新聞夕刊に掲載された男子正社員募集の広告の内容は、職種は組立工・機械工・塗装工、年令は一八才から四五才位まで、給与は五・五万円から八・二万円各種社保退職金有というもので、面接は毎日午前中で履歴書持参の旨附記していた。右募集広告には学歴に関する記載はなかった。
ところで、原告は昭和四三年三月福岡県立大里高等学校を卒業し、同年四月長崎大学教育学部に入学したが、しばらくして学生会館自主管理委員会委員として長崎大学学生会館闘争などに積極的に参加した外、昭和四四年一一月一〇日には九州大学教養部周辺における学生事件において兇器準備集合並びに公務執行妨害及び傷害の被疑事実で逮捕され、同月一九日福岡地方裁判所に起訴された。右のような活動のかたわら原告は休暇或いは休学中は父の営むマルマツ商事の仕事を手伝っていた。
昭和四九年被告会社の前記募集広告を見た原告は、前年事実上結婚し右マルマツ商事も倒産し生活に困っていたところからこれに応募した。原告は被告会社に提出した同年三月一日現在の履歴書には、学歴として昭和四三年三月北九州市立大里高等学校卒業まで記載したのみで同年四月長崎大学教育学部入学の学歴は記載せず、職歴として昭和四三年四月マルマツ商事入社、同四八年一二月倒産解雇と記載した。
昭和四九年三月被告会社では社長梅津久、製造部長、総務課長の三名で原告に対し採用のための面接を行った。面接時間は一〇分程度で、被告会社側は原告の提出した履歴書に基き、主として原告の職歴として記載されていたマルマツ商事に関して質問した外、長崎市所在の被告会社に就職を希望する理由を尋ね、これに対し原告は実父経営のマルマツ商事が倒産したことの外、長崎出身の女性方に同居するに至っているため長崎市勤務を希望する旨答えた。その際、被告会社側では履歴書に職歴の記載があったことから、原告に対し高校卒業後の学歴について尋ねることはせず、この点について別途調査をするということもなかった。
昭和四九年三月一六日被告会社は原告を組立工として採用した。原告は二か月間の試用期間を無事に了え正社員に本採用となった。その後の原告の勤務状況は普通で他の従業員よりも劣るということはなく、また、上司や同僚との関係に円滑を欠くということもなく、被告会社の業務に支障を生じさせるということはなかった。
昭和四九年一二月原告は被告会社の労働組合の青年部長に選出されたが、その頃から原告が長崎大学卒業生らしいとの噂が立ち、被告会社では興信所を通じ調査したところ昭和五〇年一月七日原告が昭和四三年四月長崎大学教育学部に入学し同四九年三月卒業していた事実が判明した。
昭和五〇年一月一三日被告会社は原告が長崎大学卒業者であることが判明したがこれは前記就業規則二〇条四号に該当するとして原告を懲戒解雇に処した(なお、被告会社は同月末予告手当を供託している。)。
以上のとおり認められ、原告が被告会社に採用されるに当り高校卒業以後の学歴を秘匿していたことは明白で、被告はこの事実を理由に原告を懲戒解雇に処したものである。
原告が労働契約締結に当り学歴を秘匿したことは信義に反する行為であるけれども、経歴詐称により企業の秩序が現実に乱された場合にこれを理由に懲戒解雇に処することができるものと解するのが相当で、被告会社の就業規則或いは労働協約の経歴詐称に関する前記条項も右の趣旨に解すべきものであるところ、本件学歴詐称が右条項に該当するものとみることはできない。前記認定のとおり、被告会社は現場作業員として高校卒以下の学歴の者を採用する方針をとっていたものの募集広告に当って学歴に関する採用条件を明示せず、採用のための面接の際原告に対し学歴について尋ねることなく、また、別途調査するということもなかった。原告は二か月間の試用期間を無事に了え、その後の勤務状況も普通で他の従業員よりも劣るということはなく、また、上司や同僚との関係に円滑を欠くということもなく、被告会社の業務に支障を生じさせるということはなかったのであるから、本件学歴詐称が経歴詐称に関する前記条項に該当するものとみることはできない。
被告会社は募集職種として組立工・機械工・塗装工と明示しており、右のような職種には高校卒以下の学歴の者が従事するのが一般ではあるけれども、これを以て直ちに高校卒以下の学歴の者に限定して採用する旨の表示があったものとみることはできない。被告会社が原告との間の労働契約締結に当り右のような表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。錯誤の主張は理由がない。
原告はその後も普通の勤務状態を続けたものと推認されるところ、その場合に原告が昭和五一年九月までに受けるべき昇給分及び一時金の合計が一〇三万四七六八円であること、及び、原告の昭和五一年度からの毎月二五日に支給される一か月平均賃金が九万四六一六円であることは、当事者間に争いがない。
よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、民訴法八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大前和俊)