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長崎地方裁判所 昭和51年(行ク)1号 決定 1979年4月16日

申立人 長崎石油プロパン株式会社

被申立人 長崎市長

主文

本件申立てをいずれも却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一  申立人の申立ての趣旨及び理由は別紙一記載のとおりであり、被申立人の意見は別紙二記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

疎明資料によれば、申立人の申立の理由一1及び2に記載の各事実を一応認めることができる。

ところで、行政庁の処分に不服を有する者が、行政庁を被告として処分の取消しの訴を提起してこれに勝訴したとしても、取消しの訴の提起は処分の効力等を妨げないこととなつている関係上、不服申立人は、違法処分の存続により回復の困難な損害を受け、勝訴が無意味となる虞れがあるため、処分の効力等を一時停止して当事者間の法的状態につき暫定的な安定を図り、不服申立人の権利保全及び損害防止に役立てようとするのが行政処分執行停止制度である。したがつて、執行停止が許されるためには、執行停止することにより申立人の権利が一時的ではあつても保全され、その結果損害の発生又は拡大が防止される場合でなければならない。

ところで、消防法は危険物給油取扱営業の持つ災害発生の危険性に鑑み、行政警察目的達成のため、取扱所を設置しあるいは変更しようとする者は市長等の許可を受けなければならず(同法一一条一項)、また、右許可を受けた者が取扱所を設置し、又は変更したときは市長等が行う完成検査を受け、安全性に関する技術上の基準に適合していると認められた後でなければ使用してはならない旨規定し(同条五項本文)、これを受けて政令八条三項は、市長等は完成検査を行つた結果、技術上の基準に適合していると認めた場合には完成検査済証を交付すべき旨定め、これに違反した者には刑罰が課されることになつている(法四二条一項一号の二、二号)。そうとすれば、危険物給油取扱所を設置し、これを使用して給油取扱業務を営もうとする者は、市長等の許可及び完成検査済証の交付を受けない限り、消防法との関係では適法な給油取扱営業をなし得ないものと言わなければならない。そして本件において、申立人の主張する損害を避けるためには、申立人が本件給油取扱所において営業を開始することが必要であるが、仮に本件申立てが認容されるとしても、本件各処分がなされていない段階に復旧するにすぎず、申立人において適法に営業が開始できるわけのものではないのであるから、本件申立てによつては、申立人の権利を保全し、損害の発生及び拡大を防止することは不可能であることとなる。この点に関し、申立人は、第一に、執行停止があれば、有効な申請状態に復し、行政庁が欲すれば、改めて執行停止決定の趣旨をも考えて許否決定がなされ得る法的期待が生じ、行政庁は、当該処分が裁判所から否定的な評価を受けたことにより、法的にも道義的にも許可処分及び完成検査済証交付処分をしなければならなくなる、第二に、完全に許可があつたのと同様の意味にはならないが、営業を行政庁が妨害してはならない効果、あるいは執行停止あることを前提として妨害禁止の仮処分が許される状態にまで回復する、第三に、刑事上の処罰を免れることとなるから、執行停止により回復の困難な損害を避け得ることになると主張する。しかし、本件申立てが認容されたとしても、被申立人は、許可処分をし、あるいは完成検査済証を交付すべき義務を負担するわけでもないし、改めて許可処分等をする可能性がないとは言えないが、これは法的保護に値する期待とはいい難い。また、申立人において消防法上の処罰を受けることなく営業できたり、申立人の営業を被申立人が妨害してはならない効果が生じたり、申立人において被申立人を相手方として妨害禁止の仮処分を取得する可能性が生じるとは解し難く、申立人が執行停止の効果として主張するところは、いずれも当裁判所の採用しないところである。

以上のとおりで、申立人の本件申立ては、その申立ての利益を欠くことになるから不適法であると言わなければならない。

よつて、申立人の本件申立てを却下することとし、申立費用につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 鐘尾彰文 木村修治 加藤誠)

別紙一

執行停止申立書

申立の趣旨

被申立人が申立人に対し、長崎市住吉町一六一番地三に設置予定の給油取扱所につき昭和五一年二月二五日なした完成検査済証を交付しない処分、及び同月二八日になした右給油取扱所の変更許可申請に対する不許可処分の各効力は、本案判決の確定するに至るまでこれを停止する。

申立費用は被申立人の負担とする。

申立の理由

一 本案について理由のあること

1 申立会社は石油製品、LPガスの販売会社であるが、長崎市住吉町一六一番地三に赤迫城総合スタンドとの名称でいわゆるガソリンスタンド(給油取扱所)を設置することを計画し、消防法一一条一項前段一号により昭和四八年九月一八日に被申立人に対し、給油取扱所設置許可申請をしたが、当初、申立会社は給油取扱所の形態につき屋内給油所形態のものを予定していたので、その旨の申請をしたところ、被申立人は同月一九日設置を許可した。

2 申立会社は、右許可に基づき、給油取扱所の建設に着工したが、その後事情により屋外給油所形態のものに変更することとし、申立会社としてはその必要はないと考えていたが、被申立人の要求により昭和五〇年一〇月二九日変更許可申請をなし、昭和五一年二月一四日に消防法一一条五項に基づく完成検査申請を行つたところ、被申立人は完成検査申請に対しては同月二五日、申請どおり完成されていないとの理由で完成検査済証を交付しないとの処分を、変更許可申請に対しては同月二八日、隣接するLPガススタンド側にへいを設ける計画がなく危険物の規制に関する政令一七条一項一三号に適合していないとの理由で不許可処分にした。

3 しかしながら、右各処分は次の理由によりいずれも違法である。

(一) 原許可において予定されていたものは、屋内給油所形態のものであり、完成したものは屋外給油所形態のものであつて、原許可時の申請どおりには完成していないことは、被申立人の主張するとおりである。しかし、給油取扱所設置変更許可申請に対する許否判断は、取扱所の位置構造及び設備が技術上の基準に適合しているか否かにより決せられ(法一一条二項、一〇条四項)、右技術上の基準の細目は政令に委任されているところ、これを受けて政令一七条は一項で屋外給油取扱所の技術上の基準を、二項で屋内給油取扱所のそれをそれぞれ定めているが、二項は一項の加重要件であり、屋外給油取扱所特有の技術上の基準は定められていない関係上、屋内給油取扱所として技術上の基準に適合していれば、当然屋外給油取扱所のそれにも適合することとなる。申立会社は屋内給油取扱所設置許可を得て、防災に関する技術上の基準に抵触するような設計変更は全く行わず、単に、屋内給油取扱所を屋外給油取扱所に変更したにすぎないのであるから、原許可に基づいて完成した本件給油取扱所につき被申立人は完成検査済証を交付すべきである。

(二) また、前記の理由により、本件変更は、法一一条一項後段の許可を受けなければならない変更にはあたらず、本来、変更許可申請も不要なものであるから、被申立人は申立会社のした変更許可申請を速かに許可しなければならない。被申立人は、本件給油取扱所の南隣にあるLPガススタンドとの境界線上(以下「係争線」という。)にへいを設けることが政令一七条一項一三号により要求されるという。そして、その根拠として、第一に「自動車等の出入する側」とは、給油を受ける自動車等が出入するための主たる道路に接する給油取扱所の空地の側をいうのであるから、本件係争線は「自動車等の出入する側」としてへいの設置が免除されるものではなく、当然へいを設けなければならないという。しかし、「出入する側」とは文字どおり素直に解釈すればよく、「給油のため自然な形で自動車等が出入する側」と解することができ、したがつて、通行を許可された他人所有地を通つて道路に達する場合であれば、その他人所有地に面する側は、「出入する側」と解してよい。このように解しなければ、給油取扱所を角地に設ける利益はなくなるが、現実には角地に設置された多くの給油取扱所において、いずれの道路に接する側もへいを設けることなく営業していることは公知の事実である。そして被申立人においても右のとおりの解釈を採用しており、大協石油小ケ倉給油取扱所、県営バス雲仙停留所内にある雲仙給油取扱所、増田石油魚の町給油取扱所、明治商会坂本町給油取扱所、昭栄石油平野町給油取扱所、丸善石油興善町給油取扱所、県営バス幸町給油取扱所、同矢上給油取扱所、大長崎商事日見給油取扱所などがその具体例であり、「出入する側」を被申立人の主張するように定義すれば、当然設けられるべきへいを設置することなく営業が許されている給油取扱所である。また、原許可においては、南側隣接地との境界線上にへいを設けることは義務づけられていなかつた。このように、原許可時には要求されていなかつたへいの設置を、客観的条件に変更がないのに、変更許可申請においては要求し、これに応じないからといつて変更許可申請を許可しないのは、明らかに行政権の濫用である。第二に、被申立人市長は、南側に隣接してLPガススタンドがあり、危険であるからへいを設置しなければならないという。しかし、政令は、LPガススタンドと危険物製造所・危険物屋内貯蔵所等が接近している場合につき、施設間に距離制限をしている(政令九条一号二、危険物の規制に関する規則一二条)が、LPガススタンドと給油取扱所との位置関係については特に規制してはおらず、したがつて、政令は、両者が隣接していても防災上特に問題はないと解しているといえる。また法及び政令は、一般的に、隣接地に対する関係での防災規制には必ずしも積極的でない。このことは、地下タンクから発生する油蒸気の排出口については何らの規制もなく、給油取扱所の隣接地が火気を扱う工場である場合にも給油取扱所の設置に際しては何らの規制もないところからも窺われる。したがつて、LPガススタンドが隣接しており危険であるからへいを設ける必要があるとの被申立人の主張は理由がなく、被申立人においても、申立会社と同様に解し、給油取扱所とLPガススタンドが隣接している場合においても、その間にへいを設けることなく給油取扱所の営業を認めている例がある。申立会社江戸町給油取扱所がそれである。更には、政令一七条一項一三号によりへいを設けなければならないのは、防災上の必要からであるが、このような行政取締法規は、合目的的に解釈されなければならないところ、本件において係争線上にへいを設けると、第一に給油取扱所側からLPガススタンド側が見えにくく、出入する自動車による交通事故発生の危険があること、第二に油蒸気が滞溜し、かえつて災害発生の原因となること等の事情があり、係争線上にはへいを設けないことが同号の趣旨に適合する。政令は、油蒸気の滞溜を防ぎ、これを拡散させることを第一義的に考えており、へいを設けることには積極的ではない。このことは、屋内給油取扱所においては、その二方は通風のため壁を設けないことが要求されていることからも明らかである。仮に、へいを設ける必要があるとしても、申立会社は係争線上に鉄板製で高さ二・〇五メートルのへいを設置しており、右へいは政令一七条一項一三号の要求に適合するものである。被申立人においても一旦は右へいで足りるとしていたにもかかわらず、その後主張を変え、材質はブロツク造、高さは庇に達するへいを要求しているが、材質は不燃材料でありさえすればよいのであり、高さについては、隣接するLPガススタンドには鉄骨とコンクリートでできた庇があるのみであり一三号にいう「延焼のおそれのある建築物」がある場合にはあたらず、したがつて、高さは二メートルで足ることとなる。被申立人は、一三号にいうへいの材質、構造に関し、開閉できる扉も(南国殖産茂里町給油取扱所、野村興産中央卸市場給油取扱所、林兼石油浦上給油取扱所)、金網も(松藤商会小ヶ倉自家用給油取扱所)、高さ二メートル以下のへいも(丸安石油磯道給油取扱所、同小ケ倉給油取扱所、石川石油日見給油取扱所、同東長崎給油取扱所、出光石油小ヶ倉給油取扱所、南長崎石油土井ノ首給油取扱所、高尾石油本河内給油取扱所)具体的必要に応じ場合によつては一三号に適合するものとして是認してきたわけであり、本件においても前述のとおり、係争線上にへいを設けることだけでも油蒸気滞溜の危険があるのに、更に高くして庇に達するまでとするならば、その危険は著しく増大すると言わなければならず、したがつて申立会社の設置したへいも一三号に適合するものと解さるべきである。

4 以上のとおり、本件各処分は違法であり取り消しを免れないものである。

二 効力停止の必要性

申立人は、以上の理由で本件処分取消訴訟を提起しているが、本件給油取扱所を完成させるため長期間を費し、五、五〇〇万円にものぼる工事費を投入して、昭和五一年三月一日より開業することとして従業員を採用し、宣伝活動も行い、月当り一〇〇万円の純益を見込んでいたにもかかわらず、本件違法処分により開業することができず、右損害は経営を圧迫し、申立会社の社会的信用も失墜しつつあり、今後も営業不能の状態が続けば経営危機に直面することとなるし、殆ど完成している設備を放置すれば酸化が進んで使用不能となり、そうなれば給油取扱所設備の特殊性のため、改修工事は新設の数倍の大工事となり、事実上営業不能となるが、これらはいずれも金銭では償えない重大な損害であり、回復の困難な損害である。また、執行停止決定があれば、申立会社は本件設備を使用して営業を開始する予定であるが、本件設備は、被申立人の要求しているへいの有無を問わず防災及び安全上全く問題のないものであるから、執行停止がなされ営業が開始されたとして公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞れは全くない。

本件処分はいわゆる拒否処分である。しかし、本件処分の効力が停止されれば、第一に、有効な申請状態に復し、行政庁が欲すれば改めて執行停止決定の趣旨をも考えて許否決定がなされ得る法的期待が生じ、更には、行政庁は、当該処分が裁判所から否定的な評価を受けたことにより、法的にも道義的にも申立人主張どおりの処分をしなければならなくなる。第二に、完全に許可があつたのと同様の意味にはならないが、営業を行政庁が妨害してはならない効果、あるいは、執行停止あることを前提として妨害禁止の仮処分が許される状態にまで回復する。第三に、許可等を受けないで営業したとしても、刑事上の処罰を免れることとなると解されるから、本件申立てにより、申立人は損害の発生を防止しうることとなり、したがつて申立ての利益を有することとなる。

三 よつて本件各処分の効力の停止を求めて本件申立てに及んだ。

別紙二

意見書

意見の趣旨

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

意見の理由

一 本件申立てが認容されたとしても、変更許可申請が許可され、あるいは完成検査済証が交付されたと同じ状態が実現されることにはならず、申立人の主張する回復することの困難な損害を避けることには何ら役立たないものであるから、本件申立ては申立ての利益を欠き却下されるべきである。

二 仮に申立ての利益があるとしても、次に述べるとおり本案につき理由がない。

1 申立会社に対する原許可は、政令一七条一、二項に適合するものとして、屋内給油取扱所の設置について許可を与えたものであるが、右許可に基づく給油取扱所が完成する以前に次の点について計画に変更が加えられた。第一に、屋内給油取扱所が屋外給油取扱所となり、取扱所南側は空地の予定であつたが、ここにLPガススタンドが設置され、昭和五〇年一一月一〇日から営業が開始された。第二に、地下貯蔵タンクの位置が屋外空地から事務所前となつた。第三に、固定給油設備が三個のシングル型から一基のダブル型となつた。第四に、保有空地が、間口一二メートル、奥行六・四メートルから間口五一・三メートル、奥行六・四メートルとなつた。第五に、北側道路の建設が取り止められた。第六に、洗車場が新設されることになつた。第七に、事務所は一階のみの予定であつたが、一階と二階に分かれることとなつた。以上の諸点は、計画の重大な変更であり、防災上も変化を生じうるものであるから、法一一条一項後段の変更許可を受けなければならない場合にあたり、当然政令の定める技術上の基準についても再検討されるべきものである。しかるに申立会社は、変更許可を受けることなく完成検査申請をしたため、被申立人は、原許可と現実に完成した給油取扱所とを対比し、その相異が明らかであつたため完成検査済証不交付処分をしたもので、何ら違法はない。

2 また、申立会社は、昭和五〇年一〇月二九日変更許可申請をしたが、右申請では政令一七条一項一三号に抵触することが判明したため不許可処分としたものである。即ち、一三号にいう「自動車等の出入する側」とは、給油を受ける自動車等が出入するための主たる道路に接する給油取扱所の空地の側をいい、主たる道路に接する側を除いた他の三面にへい又は壁を設けなければならない。ところが、変更許可申請によれば、本件給油取扱所においては、LPガススタンドに隣接する南側にはへいを設ける計画がなかつたため技術上の基準に適合しないものと判断した。申立会社主張のように、本件係争線が「自動車等の出入する側」になるとすれば、本件給油取扱所とLPガススタンドという防災上延焼のおそれのある建築物との境界には危険防止のためのへい等の設置の必要がなくなるが、このような結果が一三号の趣旨に反することは明らかである。

以上のとおり、被申立人のした本件各処分は適法であり、本件申立ては本案についても理由のないことが明らかであると言わなければならない。

三 よつて、本件執行停止申立ては却下されるべきである。

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