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長崎地方裁判所 昭和57年(ヨ)153号 決定 1983年3月31日

申請人 法村進 ほか二八名

被申請人 国

代理人 小林秀和 手島奉昭 古田泰巳 本山知 ほか一五名

主文

申請人らの本件仮処分命令申請を却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

申請人らが五共第一六号共同漁業権漁場内で別紙「申請人らの漁業種類目録」記載の各漁業を行なうにつき、被申請人は自ら又は第三者をして、右共同漁業権漁場内の折島と柏島の間の海底に石、コンクリート塊を投じたり、防波堤を築いたり、右工事のため右漁場内を作業船で航行したり、その他いかなる方法においても申請人らの右漁業を妨害してはならない。との仮処分の裁判を求める。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  申請人らは、五共第一六号共同漁業権漁場内で、別紙「申請人らの漁業種類」目録記載の各漁業を営む権利を有している。即ち、

(一) 上五島町漁業協同組合(以下、「上五島町漁協」という。)は五島海区内に五共第一六号共同漁業権を有している。

(二) 申請人らは、上五島町漁協の正組合員である。

(三) 申請人らは、同目録記載の漁業のうち、一本釣漁業及び延縄漁業を除くその余の漁業につき、上五島町漁協或いは長崎県知事の許可を得ている。

2  被申請人の工事

(一) 被申請人、石油公団及び長崎県は、五共第一六号共同漁業権漁場内に鉄製タンク(一基の規模長さ三九〇メートル、幅九七メートル、深さ二七メートル)を七基浮かべ、このタンクに六一六万キロリツトルの石油を備蓄する計画を立て、上五島町漁協に働きかけて、昭和五六年五月二〇日、臨時総会(以下、「五月二〇日総会」という。)を開催させ、右臨時総会の決議により五共第一六号共同漁業権漁場のうち別紙「別図」記載甲区域、乙区域、丙区域(以下、本件各漁場区域という。)での漁業権は放棄されたとして右計画の実施をはかり、昭和五七年二月四日、右石油備蓄基地の建設と運営を行なう新会社として石油公団及び長崎県らの出資により上五島石油備蓄株式会社が設立され、同会社において右石油備蓄基地の建設が推進されることとなつた。

右建設計画の概要は、別紙「上五島石油備蓄基地の完成予想」と題する見取図のとおりである。即ち、

<1> 先ず折島、柏島の間に「西防波堤」を築き、貯油タンク北側に「北防波堤」を築く。

<2> 折島の東海岸を埋め立てて約一〇ヘクタールの用地を造成し、ここに陸上管理ヤードをつくる。

<3> 貯蔵船泊地と書いたところに前記規模の鉄製タンク七基を浮かす。

<4> 石油備蓄基地完成後は、右新会社は、基地を国に貸与し、新会社が運営管理に当たる。

(二) 右石油備蓄基地が世界初の洋上石油備蓄基地であるため、被申請人は、青方湾を重要港湾に指定し、右西防波堤工事を直轄工事として施工することとし、昭和五七年九月に同工事を開始した。

3  前記五月二〇日総会において、第一号議案として五共第一六号共同漁業権漁場のうち本件各漁場区域での漁業権の放棄についての議案が提出され、出席者九五六名のうち六四四名の同意が得られ(以下、これを「本件漁業権放棄決議」という。)、被申請人は、これを以つて本件各漁場区域での漁業権は放棄されたとして、前記西防波堤工事を施工しているが、右漁業権放棄決議は、以下の理由により不存在か、若しくは無効である。

(一) 決議の不存在

本件漁業権放棄決議には次のとおりの瑕疵があり、これらを総合すると、法の予定する総会決議に値しない。

(1) 一事不再理の原則に反する。

(2) 五月二〇日総会開催を決議した理事会の招集手続及び討議方法に違法がある。

(3) 昭和五六年五月一二日から五月二〇日総会開催までの間、新規組合加入申込者が正組合員資格を取得する機会を奪つた。

(4) 総会招集手続に違法がある。

(5) 総会における討論が不十分であつた。

(6) 正組合員無資格者が多数総会に出席し、議決権を行使した。

(二) 決議の無効

本件漁業権放棄決議には、次の各無効理由がある。

(1) 第一種共同漁業権者三分の二の事前書面同意がない。

(2) 正組合員無資格者が多数総会に出席し、議決権を行使した。

(3) 総会招集手続に違法がある。

4  保全の必要性

(一) 上五島石油備蓄株式会社は、昭和五七年七月一四日から本件漁場内で備蓄基地造成海域を中心に五四万平方メートルの海底(水深二五ないし三〇メートル)に鉄製ヤグラを八基設置して、一六〇か所にわたり岩盤までの積層を掘るボーリングを行ない、土を採取する作業を開始しており。このため申請人らは、青方湾内の航行を制限され、また、海底を掘る動力の振動と油で漁が湾から遠ざかり、基地予定地内での漁業ができなくなつていたが、これに加えて、被申請人の西防波堤築造工事の着工により、重要かつ必要な航路である折島、柏島間の航行ができなくなり、同所を回遊路とする魚の回遊も止まり、更に右両島周辺の砂浜部分を漁場としていた一本釣の餌となるエビもとれなくなる。

(二) 工事が更に進み、折島の陸地が削られ、管理ヤード用の海面埋立が行なわれてしまえば、エビ、アワビ、サザエ、ナマコ、ウニ等の好漁場たる折島東側の岩場は完全に埋まり、第一種共同漁業を行なうことはできなくなり、申請人らの漁業は全て不可能となつて、申請人らは直ちに生活に窮することとなる。

(三) 右工事は、一旦実施されると、人為により復元することはできないものであつて、被申請人の侵害行為により申請人に生ずる損害は、原状回復が不能である。

二  申請の理由に対する答弁

次の各事実は認める。

1  申請の理由1(一)の事実

2  同2(一)の事実中石油公団が、申請人ら主張の青方湾海上に鉄製タンク(貯蔵船と言い、正確には、その寸法は長さ三九〇メートル、幅九七メートル、深さ二七・六メートルで隻数は七隻である)を浮かべ、このタンク内に約六〇〇万キロリツトルの石油を備蓄する計画を立てたこと、昭和五六年五月二〇日、上五島町漁協の臨時総会が開催されたこと、五共第一六号共同漁業権の放棄並びにその放棄に伴なう漁業権行使規則の変更については、同総会で水産業協同組合法上の手続に従つて有効に決議されたという理解と見解に立つていること及び昭和五七年二月四日この石油備蓄基地の建設と運営にあたる新会社として石油公団及び長崎県らの出資により「上五島石油備蓄株式会社」が設立されたこと。

3  同2(二)の事実中、運輸省が青方湾における石油備蓄計画のうち、西防波堤工事を実施していること。

4  同3冒頭の事実中、五月二〇日総会において申請人ら主張のとおりの出席者数・放棄同意者数により本件漁業権放棄決議がなされ、被申請人はこれを有効な決議と理解して西防波堤工事を施工していること。

5  同4(一)の事実中、上五島石油備蓄株式会社が本件漁場内で昭和五七年七月一四日以後において備蓄基地造成海域を中心に水深二五ないし三〇メートルの海底に鉄製ヤグラを八基設置して、一六〇か所にわたり岩盤までの積層を掘るボーリングを行ない、土を採取する作業を実施していること。

三  被申請人の主張

1  申請人ら主張の被保全権利は、孰れも次の事由により消滅している。

(一) 上五島町漁協は、昭和五六年五月二〇日、同組合臨時総会を開催し、同漁協が有する五共第一六号共同漁業権のうち申請人ら主張の区域内での共同漁業権を放棄する旨の特別決議をなした。

(二) 上五島町漁協は、昭和五六年一一月一四日、同組合臨時総会を開催し、運輸大臣が施行する、折島と柏島との間に防波堤を築く工事(以下、「本件築造工事」という。)に対する同意の決議をなし(正組合員数一〇一五名、投票数一〇一三名、賛成者七六八名)、右議決に基づき、同漁協組合長理事川口伝は、昭和五七年六月二四日右工事に対する同意書を運輸省第四港湾建設局長崎港工事事務所長に宛て提出した。

2  保全の必要性の不存在

申請人らが、その差止を求める本件築造工事(申請の趣旨は、結局は被申請人の工事の差止を求めることに帰するものである)は、国家の基本計画に基づく、公共性の極めて高度な、しかも緊急を要する工事であり、従つてもしこれが不当に差止められれば金銭的補償では償い得ない公共の利益そのものに重大な損害が発生するのに比し、本件築造工事による漁場の喪失は、全漁場の約〇・一パーセントにすぎず、従つて申請人らの蒙るであろう損失は僅少で、その損失も金銭をもつて補填が可能である。しかも、そもそも申請人らの右損失に対しては補償金を支払済みであることに鑑みれば、申請人らが求める仮処分の必要性は存しないものというべきである。

四  被申請人の主張に対する申請人らの反論

昭和五六年一一月一四日の埋立工事の同意によつて申請人らの被保全権利が消滅するものではない。即ち、

昭和五六年五月二〇日の漁業権放棄の総会決議が無効であれば、その後埋立同意の決議を何回行なつても漁業権自体は放棄されていない。

また埋立の同意はその防波堤部分の海面の埋立同意にすぎないのに、漁業権の放棄は本件各漁場区域で広大な海面についての漁業権の放棄である。

更に二つの決議は決議した組合構成員が異なり組合員に完全な同一性があるわけではないから決議も同一視することはできない。

理由

一  上五島町漁協が五共第一六号共同漁業権を有することは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、申請人らはいずれも上五島町漁協の正組合員であり、別紙「申請人らの漁業種類目録」記載のとおりの漁業を営む権利を有するものであることが疎明される。

二  石油公団が、五共第一六号漁業権漁場内の青方湾海上に貯蔵船七基を浮かべ、そこに約六〇〇万キロリツトルの石油を備蓄する計画を立て、石油公団及び長崎県らが出資者となり昭和五七年二月四日右石油備蓄基地の建設と運営にあたる新会社として上五島石油備蓄株式会社が設立されて右計画は実施に移されたこと、右石油備蓄基地建設計画に伴ない、折島、柏島間の西防波堤工事は国の直轄工事として被申請人が実施することになつたことは当事者間に争いがない。

三  <証拠略>によれば次の事実が疎明される。右防波堤工事は、青方港が港湾法二条二項の重要港湾に指定されたことに基づき作成された同港の港湾計画に定められたものであるが、右港湾計画は、前記石油備蓄計画の要請に対応するため、折島、柏島の間に四〇ヘクタールの泊地を設け、その中に八八万キロリツトル級の貯蔵船をけい留するドルフイン七バースを設置し、折島の東側海上に二ヘクタールの泊地を設けて三〇万トン級タンカー着船用のドルフイン一バースを設置することなどをその主な内容とするもので、右防波堤は、右貯蔵船用泊地の四周に設置される防波堤の西側部分にあたるものであり、企業合理化促進法八条四項、港湾法五二条一項に基づき、国の直轄事業として運輸省第四港湾建設局が工事を実施するものである。

四  ところで、<証拠略>によれば、上五島町漁協は、昭和五六年一一月一四日、臨時総会を開催し、本件防波堤の築造及び築造工事施行に対する同意の決議をなし、右議決に基づき、同漁協組合長理事川口伝は、昭和五七年六月二四日右工事に対する同意書を運輸省第四港湾建設局長に提出したことが疎明される。

申請人らは、右防波堤工事同意決議があつたとしても、これをもつて本件漁場区域における漁業権が放棄されたものとすることはできず、かつ、右漁業権が放棄されない限り被申請人は右工事を実施して申請人らの漁業を営む権利を妨害することができない、旨主張する。

成程、西防波堤工事同意決議をもつて、右工事区域よりはるかに広範囲にわたる本件漁場区域における漁業権が放棄されたものと解することはできないが、右漁業権の放棄がない限り被申請人は右工事を実施できないかは問題である。

この点についての申請人らの論拠は、必ずしも明確ではないが、主張の全趣旨から推し測るに、前記のとおり、右西防波堤工事は、前記石油備蓄基地建設計画の一環をなすものであるところ、同計画は本件漁場区域の漁業権放棄を前提としていることに基づく主張のようである。

しかしながら、<証拠略>によれば、被申請人は、右石油備蓄基地建設計画の一部とはいえ、独立の工事として施工することが可能な西防波堤工事を、これに限り担当するものであるところ、本件申請は、右工事が申請人らの漁業を営む権利を侵害するとして、その禁止を求めるのであるから、同工事自体の内容が右権利を妨害するものである場合に初めて認容されるべきであつて、いかに西防波堤工事が右石油備蓄計画の一環をなすものといつても、それは同工事の動機ないし目的にすぎず、右計画が漁業権放棄を前提とすることから直ちに漁業権の放棄がなければ被申請人は西防波堤工事をすることができないと結論することはできない。

そこで、西防波堤工事自体の内容と申請人らの漁業を営む権利の関係につき検討するに、<証拠略>によれば、五共第一六号共同漁業権漁場全域の面積は三〇五一万二〇〇〇平方メートルあり、そのうち、西防波堤の設置される区域は三万一七六六平方メートル、同工事中漁業の制限される区域は四万四三二六平方メートルであることが疎明され、このように、西防波堤工事により喪失或いは漁業の制限される区域が前記漁場全域の〇・二パーセント程度の僅少部分に留まることに鑑れば、右区域が右漁場における漁業に不可欠のものであつて、これを喪失し、或いは同所での操業が制限されることが、漁業権の喪失或いは変更に相当するものではない限り、西防波堤工事は上五島町漁協における漁業権の管理行為に含まれるものとして、漁業権の放棄を伴なわずになし得るものというべきである。ところで、右区域の喪失若しくは同所での漁業の禁止が漁業権の喪失或いは変更に相当するものであるかについては、<証拠略>には、折島周辺は高級魚のえさとなるえびの生棲地であるが本件工事によりえび漁ができなくなり、本件工事の進行により音響や濁りによつて定置網やしいらづけもできなくなる旨の供述記載があるが、右記載は<証拠略>に照らすとにわかに措信できず、その他本件漁場区域での漁業の制約が漁業権の喪失或いは変更に相当することを肯認するに足る疎明はない。

したがつて、前記のとおり、右西防波堤工事につき、上五島町漁協の同意決議がなされ、これに基づき組合長理事から被申請人に対し同意の通知がなされた以上、仮に本件漁場区域における漁業権が存続しているにしても、同漁協には被申請人の西防波堤工事を容認する義務が生じているものというべきところ、申請人らの漁業を営む権利は、同漁協に帰属する右漁業権を組合員として行使する権利であるのだから、ここにおいても当然に右義務は反映され、被申請人の西防波堤工事の施工に抵触する限りにおいて申請人らの権利の行使が制限を受けることもやむを得ないものというべく、申請人らにおいて右漁業を営む権利を妨害するものとして被申請人の右工事の禁止を求めることはできないものといわねばならない。そして、右の外被申請人が右工事の施行以外の方法により申請人らの漁業を営む権利を妨害していることについては何ら主張立証はない。

五  以上のとおり、申請人らには被申請人の西防波堤工事の施工に抵触する限りにおいてこれを妨げる権利を有せず、結局本件仮処分申請についてはその被保全権利についてその疎明がないものというべく、かつ保証によつてこれに代えることも相当でないから、その余の点について判断するまでもなく本件仮処分申請はその理由がないのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 渕上勤 米田絹代 川添利賢)

別紙 申請人らの漁業種類目録<略>

別紙 別図<略>

別紙 上五島石油備蓄基地の完成予想<略>

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