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長崎地方裁判所 昭和58年(ワ)111号 判決 1984年4月25日

原告 甲野花子

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 山田正彦

同 國弘達夫

被告 外海町

右代表者町長 平野武光

右訴訟代理人弁護士 木村憲正

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野花子に対し金七五〇万円、同甲野春子、同甲野夏子、同甲野一郎に対し各金八三万三三三三円及び右各金員に対する昭和五八年四月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  敗訴の場合は仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外甲野二郎(以下甲野姓の者は初出を除き姓を省略する。)は、訴外甲野太郎、原告甲野花子の二男であり、昭和五七年七月当時外海町立神浦中学校(以下神浦中学校という。)三年A組に在学中であった。

訴外乙山十郎(以下乙山という。)は、右当時神浦中学校の国語担当の教諭であり、被告は神浦中学校の設置及び管理者である。

2  乙山は同月一七日の一時限目の授業を開始するにあたり、二郎が前日出題された課題につき「したけれど、できませんでした。」旨申し出たにもかかわらず、二郎の言を信じようとはせずに二郎をして往復約一時間半もかかる自宅までノートを取りに帰らせた。

3  二郎は、乙山から右のように命じられて下校したが、同日午前一〇時ころ、自宅に隣接している牛小屋の二階で首つり自殺した。

4  二郎は神浦中学校の柔道部に所属していたが、自殺した前日もいつものように放課後柔道の練習をして午後八時ころ帰宅し、帰宅後も普段と変るところはなかった。また自殺した翌日の同月一八日には初段となるための試験を受ける予定であり、さらに年内には柔道の県大会、九州大会、全国大会に出場する予定で連日練習に励んでいた。二郎の右生徒状況からして、二郎の自殺の原因は前記2の乙山の行為以外には考えられない。

乙山は、課題を忘れたかどうかにつき他の生徒に確認することなく、自らすすんで申し出た二郎のみを叱責したうえノートを自宅へ取りに帰らせたものであり、これに対し二郎が著しい屈辱感を味わったであろうことは想像に難くない。乙山は中学校教諭として、中学三年生という精神的に不安定な時期にある生徒が右のような屈辱感を味わった場合、それが引き金となって自殺にまで追い込まれるということもありうることを当然予見できたはずである。

したがって、乙山の前記2の行為と二郎の死亡との間には、相当因果関係があるものというべきである。

5  乙山の前記2の行為は、結果的には生徒に義務教育である中学校の授業を受けさせないことに帰着し、学校教育法一一条により教員に許される生徒に対する懲戒の範囲を逸脱する違法なものである。

6  而して、乙山は神浦中学校教諭として、被告の公権力を行使するにつき、故意に、違法な前記2の行為に及び、その結果二郎を死亡させたので、被告は、国家賠償法一条一項により後記損害を賠償する責任がある。

7(一)  二郎の損害

(1) 二郎の死亡による逸失利益

二郎は、昭和四三年三月一日生れで、死亡当時満一四才であった。二郎は満一八才から満六七才まで四九年間就労可能であった。男子の全年令平均給与額は月額二八万一六〇〇円であるから、生活費を収入の五〇パーセントとして、いわゆるホフマン式により中間利息を控除し逸失利益の現価を求めると、金三五二三万一三七〇円となる。

(2) 二郎の死亡による慰藉料

二郎は乙山の前記2行為により著しい恥辱を受け、それがために自殺に追い込まれた。その精神的苦痛を評価すれば金五〇〇万円を下回らない。

(3) 葬儀費用      金七〇万円

太郎及び原告花子は二郎の直系尊属(親)として各自の相続分に応じて、右(1)ないし(3)の合計額の二分の一に相当する金二〇四六万五六八五円の損害賠償請求権を相続により取得した。

(二) 太郎及び原告花子の固有の慰藉料

太郎及び原告花子は、二郎を一四才になるまで手塩にかけて育てあげ、その将来に大きな期待を抱いていた。しかるに、二郎は乙山の前記2行為により突然自殺するに至ったものであり、これに対する太郎及び原告花子の精神的な苦痛は著しいものがある。これを慰藉するには、太郎及び原告花子のそれぞれにつき金二五〇万円が相当である。

(三) 損害の填補

太郎、原告花子は、昭和五八年一月二〇日、日本学校健康会から死亡見舞金として金六〇〇万円を受領した。

(四) 弁護士費用

太郎及び原告花子は、被告が本件処理につき誠意のある態度をみせないため本訴を提起せざるを得なくなり、原告ら訴訟代理人に対し、着手金、成功報酬を含め各自金五〇万円の支払いを約した。

(五) 右のとおり、太郎、原告花子は被告に対し、各自金二〇四六万五六八五円の損害賠償請求権を取得したところ、太郎は昭和五八年七月二七日死亡したので、太郎の右損害賠償請求権については、原告花子は太郎の配偶者として二分の一に相当する金一〇二三万二八四二円の、同春子、同夏子、同一郎は太郎の子として各自六分の一に相当する金三四一万〇九四七円の損害賠償請求権を取得した。

8  よって、右損害賠償請求権に基づき、その一部請求として、被告に対し、原告花子は金七五〇万円、同春子、同夏子、同一郎は各自金八三万三三三三円及び右各金員に対する不法行為の後である昭和五八年四月九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2中、乙山が二郎にノートを取りに帰らせた事実は認め、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4中、二郎が神浦中学校の柔道部に所属していたこと、翌一八日に初段の試験を受ける予定であった事実は認める。乙山の行為が二郎の自殺の原因であること、乙山において二郎の自殺を予見することが可能であったこと、乙山の行為と二郎の自殺との間に相当因果関係があることは否認する。

5  同5、6、7は争う。ただし、原告らが太郎を相続した事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  昭和五七年七月一七日当時、二郎が神浦中学校の三年A組に在学し、乙山が神浦中学校の国語担当の教諭であったこと、同日乙山がノートを取りに二郎を自宅に帰したこと、同日午前一〇時ころ二郎が首つり自殺したこと、は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

1  二郎は前同日一時限目の国語の授業が開始された直後教卓のところへ来て、乙山に対し「ノートを忘れました。」と述べた。

2  乙山はそれに対し「課題はしていたのか。」と尋ねたところ、二郎は「できませんでした。」と答えた。

3  乙山はその課題の内容からして二郎にできないはずはないと考え、さらに「うそを言ってるんじゃないのか。」と問うたところ、二郎は「いいえ、できませんでした。」と答えた。

4  神浦中学校では、生徒が忘れ物をした場合、自宅が近い平坦地域の生徒には取りに帰らせていたが、遠い山間部の生徒は注意するにとどめ、特に二郎の場合は往復一時間半位要するので通常は取りに帰らせることはしていなかった。しかし、当日乙山は、前記二郎の返事に、ひょっとしたら二郎が課題に手をつけていないのではないかとの疑念が生じたので、これを確かめて、そのあとしかるべき指導をする必要があると考えたので、二郎に対し、強い声でノートを取りに帰るように命じた。

5  これに対して二郎は顔を真っ赤にして「もう来ん。」と言いながら、戸をバタンと締めて教室から出ていった。

6  当日発見された二郎の国語のノートには、平仮名で「しぬ」と書かれていたが、当日の国語の課題は全くなされていなかった。

7  二郎は中学校一年の時から柔道部に所属し明朗健康な生徒であり(右事実は当事者間に争いがない。)、活発ではあるが友人にいたずらをすることが多く茶目っ気でやや落着きにかけ(小学校四年生時は好んで危い遊びをしてそのたびに特別指導を受けたことがある。)、何かあるとカッとするが、叱られても沈みこむような性格ではなく、過去自殺騒ぎを起したことはないし、当日の二郎には普段と様子が違ったようなところもなかった。

なお二郎の学業の成績は中位より下位に属し、家庭学習の不足が指摘されていた。

三  原告は、乙山の行為は授業を受けさせないもので懲戒の範囲を逸脱する違法なものと主張するが、教育とは、単に学校で授業を受けさせるだけのことを言うのではなく、基本的な生活態度、生活習慣、学習態度を身につけさせることが人間形成のため大事であり、忘れ物を取りに帰らせることも生活指導措置として、教育の一端として首肯できるものであり、前記認定の具体的状況のもとにおいてとられた乙山の前記措置が右の範囲を逸脱するものとは到底認められない。

のみならずノートを取りに帰らされたことにより二郎が多少の屈辱感を味わったことは否定できないが、その程度はさ細なものと認められること、二郎は叱られても沈み込むような性格ではないこと、二郎に普段と様子が変ったような点がなかったことを併せ考慮すると、二郎が中学三年生という精神的に不安定な時期にあるとしても、乙山が二郎にノートを取りに帰らせたことと二郎の自殺との間に相当因果関係があるとは認められないし、また乙山において二郎の自殺を予見することが可能であったものとも認められない。

そして、他にこれらの点についてこれを肯認するに足る証拠は見当たらない。

四  してみるとその余の点について判断するまでもなく原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渕上勤 裁判官 土肥章大 加藤就一)

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