長崎地方裁判所佐世保支部 平成17年(ワ)162号 判決 2008年4月24日
原告
ユーシーカード株式会社訴訟承継人
株式会社クレディセゾン
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
柴田昭久
被告
Y
同訴訟代理人弁護士
福﨑博孝
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は、原告に対し、298万8006円及びうち285万8789円に対する平成17年9月28日から支払済みまで年14.6パーセント(年365日の日割計算)の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は、原告の負担とする。
(3) 仮執行免脱宣言
第2事案の概要
本件は、ユーシーカード株式会社から被告との間のクレジットカード利用契約上の地位を承継した原告が、被告に対し、同契約に基づいて、クレジットカード利用代金合計285万8789円及びこれに対する約定割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し、被告が、上記利用代金は、その長男が被告に無断で被告のカード情報を利用して不正使用したことによるものであるなどと主張して争った事案である。
第3当事者の主張
1 請求原因
(1) 被告は、平成2年5月ころ、九州ユニオンクレジット株式会社(以下「九州ユニオン社」という。)との間で、次のとおり、クレジットカード利用についての会員契約(以下「本件カード契約」という。)を締結し、九州ユニオン社は、そのころ被告にカードを交付した。
ア カードの利用方法
被告は、所定の加盟店において、九州ユニオン社が貸与するカードを提示するなど所定の方法により、物品の購入及びサービスの提供を受けることができる。
イ 債権譲渡
九州ユニオン社は、被告のカード利用により生じた加盟店の被告に対する債権を譲り受けるものとし、被告はこの債権譲渡について予め承諾する。
ウ 代金決済
被告は、九州ユニオン社に対し、九州ユニオン社が毎月10日までに加盟店から譲り受けた債権を翌月5日(当日が銀行休業日の場合は翌営業日)に支払う。
エ 遅延損害金
被告は、支払期日に上記譲受債権に対する支払をしないときは、九州ユニオン社に対し、その債権額に対する支払期日の翌日から支払日まで年30%(年365日の日割計算)の割合の遅延損害金を支払う。
オ 規約の改定並びに承認
会員規約が改定され、九州ユニオン社から被告にその内容を通知し、又は新たな会員規約を送付した後、被告がカードを利用したときは、会員規約の改定を承認したものとする。
(2) ユーシーカード株式会社(以下「UC社」という。)は、平成16年11月10日、九州ユニオン社から営業譲渡を受け、本件カード契約におけるカード発行者としての地位を承継した。これに伴い、本件カード契約の会員規約が改定され、UC社と被告は、次のとおり合意した(以下、改定後の会員規約を「本件規約」という。)。
ア カードの発行と管理(本件規約2条)
1項「本人会員、家族会員(以下両者を「会員」と称します。)には当社が発行するカードを貸与します。」
3項「カードの所有権は当社に属し、会員には善良なる管理者の注意をもって使用保管していただきます。」
4項「カードは、カード表面にお名前が印字され所定の署名欄に自署した会員ご本人のみが使用でき、他人に貸与、譲渡もしくは担保に提供するなどカードの占有を第三者に移転することは一切できません。」
5項「前項に違反してカードが使用された場合、その利用代金等の支払いは会員の責任とします。」
イ 暗証番号(本件規約4条)
2項「会員は、暗証番号を第三者に知られないよう善良なる管理者の注意をもって管理するものとします。」
3項「カード利用にあたり、登録された暗証番号が使用されたときは、第三者による利用であっても当社に責がある場合を除き、会員はそのために生ずる一切の債務について支払の責を負うものとします。」
ウ カードの盗難・紛失の場合の責任(本件規約13条)
1項「万一会員がカードを盗難、詐取もしくは横領(以下『盗難』と総称します。)され、又は紛失した場合(後略)」
2項「カードの盗難・紛失により第三者に不正使用された場合、その代金等の支払いは会員の責任となります。」
また、カードの盗難、詐取若しくは横領又は紛失に当たらなくとも、第三者が、会員のカード番号等の情報を利用するなどして、会員の意思に基づかずにカードを不正使用した場合における会員の責任も上記と同様である(同条項が類推適用あるいは準用される。)。
エ カードの利用方法(本件規約24条)
1項「会員は次の(イ)号~(ハ)号に掲げる加盟店にカードを提示し所定の売上票にカード上の署名と同じ署名をしていただくことにより、物品の購入ならびにサービスの提供を受けることができます。ただし、当社が適当と認める店舗・売場、又は商品・サービス等については、売上票などへの署名にかえて加盟店に設置している端末機でカード及び暗証番号を操作するなど当社が指定する方法により、物品の購入ならびにサービスの提供を受けることができるものとします。
(イ) 当社と契約した加盟店。
(ロ) 当社と提携したクレジット会社・金融機関等が契約した加盟店。
(ハ) 国際提携組織に加盟するクレジット会社・金融機関等が契約した国内加盟店及び海外加盟店。」
オ 債権譲渡(本件規約26条)
1項「会員はカードの利用又は当社のかかわる通信販売等により生じた加盟店の会員に対する債権の任意の時期ならびに方法での譲渡について、次のいずれの場合についても予め承諾するものとします。なお、債権譲渡について、加盟店・クレジット会社・金融機関等は、会員に対する個別の通知又は承認の請求を省略するものとします。
(イ) 加盟店が当社に譲渡すること。
(ロ) 加盟店が当社と提携したクレジット会社・金融機関等に譲渡した債権を、さらに当社に譲渡すること。
(ハ) 加盟店が国際提携組織に加盟するクレジット会社・金融機関等に譲渡した債権を、国際提携組織を通じ当社に譲渡すること。」
2項「前項により当社が譲り受ける債権額は、加盟店において会員がカードを提示してご署名いただいた売上票の合計金額とします。ただし、当社が適当と認める店舗・売場、又は商品・サービス等については、売上票などへの署名にかえて加盟店に設置している端末機でのカード及び暗証番号を操作した売上票の合計金額とします。なお、通信販売等の場合は、当該商品又はそのサービスの表示価格と送料等の合計金額とします。」
カ 代金決済(本件規約7条)
1項「当社が第26条に基づき譲り受けた債権ならびに会員の各種サービスの利用により取得した債権及び諸手数料は、原則として毎月10日に締め切り、翌月5日(金融機関休業日の場合は翌金融機関営業日とし、以下これを『約定支払日』と称します。)に会員があらかじめ金融機関と約定した預金口座(以下『お支払預金口座』と称します。)から口座振替の方法によりお支払いいただきます。なお、事務上の都合により翌々月以降の当社が指定した日にお支払いいただくことがあります。また、支払方法について別に当社が指定した場合は、その方法に従いお支払いいただきます。」
2項「会員の海外加盟店でのカード利用代金が外国通貨で表示されている場合、日本円に換算のうえ、お支払いいただきます。なお、日本円への換算は、利用代金を国際提携組織の決済センターが処理した時点で適用した交換レートに、為替処理経費等として1.63%を加算したレートを適用するものとします。」
キ 遅延損害金(本件規約12条)
1項「本規約に定められた支払期日にお支払い資金が不足し、ご利用代金の全額をお支払いいただけない場合は、お支払いになるべき金額に対してその支払期日の翌日から支払日に至るまで、1回払い(中略)は年利率14.6%(中略)の割合で遅延損害金を申し受けます。」
4項「前第1項・2項・3項いずれも計算方法は、年365日の日割計算とします。」
(3) その後、別紙カード取引経過等一覧表記載のとおり、平成17年1月16日から同年2月16日までの間、複数回にわたって、本件カード契約に基づき被告に貸与されていたクレジットカード(以下「本件カード」という。)が、海外のクレジット会社・金融機関等の加盟店であるテレコムクレジット株式会社及び株式会社ゼロ(以下、両社を併せて「本件加盟店」という。)を相手方として、UC社がカード利用方法のひとつとして「指定する方法」(本件規約24条1項)、すなわちインターネットのサイト上でカードの名義人名、カード番号及び有効期限を入力する方法により、同一覧表「決済金額(ドル)」欄記載のとおりの各金額について1回払いで利用された(以下「本件各カード利用」という。)。
(4) 本件各カード利用の際に本件加盟店が取得した債権(以下「本件各カード利用債権」という。)は、同一覧表「債権譲渡日」欄記載の日に、本件加盟店から、本件加盟店との間で加盟店契約を結ぶ同一覧表「海外金融機関等」欄記載の金融機関等に譲渡され、その後、同一覧表「UC社の債権取得日」欄記載の日に、上記海外金融機関等から、その加盟する国際提携組織(マスターカード・インターナショナル・インコーポレイテッド)を通じてUC社に譲渡され、その結果、UC社が被告に対する本件各カード利用債権を取得した(なお、被告は、予めの異議なき承諾により、第三者が不正利用した場合も上記債権の債務者となる。)。
(5) UC社は、本件各カード利用の覚えがないとの被告からの連絡を受け、本件各カード利用債権合計285万8789円(同一覧表「請求金額」欄記載の円換算後の額。)の請求を一時的に停止し、調査するなどしたが、その後、被告に支払責任があるものと判断して、平成17年4月27日ころ、同年6月6日を支払日と指定して同額の支払いを被告に求めた。ところが被告はその支払をしなかった。(なお、平成17年4月から本件カード契約に適用される規約の一部が変更されたが、支払日の指定に関する変更はない。)
(6) 平成18年1月12日、原告はUC社を吸収合併し、本件カード契約に関するUC社の権利義務を承継した。
(7) よって、原告は、被告に対し、本件カード契約に基づき、本件各カード利用債権合計285万8789円、これに対する平成17年6月7日から同年9月27日までの年14.6パーセント(年365日の日割計算)の約定割合による確定遅延損害金12万9217円(端数切捨て)及び上記285万8789円に対する平成17年9月28日から支払済みまで前同様の割合による約定遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)、(2)、(5)、(6)は認め、(4)は知らない。
(2) 請求原因(3)は、本件各カード利用がUC社の「指定する方法」(本件規約24条1項)に従ったものであったとする点は否認し、本件各カード利用ごとの金額(別紙カード取引経過等一覧表の「決済金額(ドル)」欄記載。)は不知とし、その余は認める。
(3) 被告の主張
ア 「指定する方法」(本件規約24条1項)について
本件規約のような約款(財やサービスの供給のために締結される契約において、その内容とするために予め定められた契約条項)を利用した契約において、約款の内容が契約の一部として拘束力を持つには、特段の事情がない限り、その具体的内容を約款に明示しておく必要がある、とりわけ、消費者である会員の予期に反して不利益な結果を生じさせる条項については、具体的内容の事前開示と説明が不可欠であって、これらを欠く場合には、その点に関する契約上の合意が存在しないというべきである。
本件規約は、会員にカードの管理についての善管注意義務を負わせ、第三者による不正使用の場合にも原則として支払責任を負担させているが、会員は、どのようなカード利用方法があるのかを認識していなければ、第三者による不正使用の方法を想定した適切なカード管理を行うことはできず、善管注意義務を尽くすことは困難である。規約に明示されていない利用方法があることを知らない会員が、そのような利用方法を想定せずにカード管理を行っている隙に、その方法に従った不正使用をされ、支払責任を負わされることになりかねない。そうすると、どのようなカード利用方法があるのかに関する条項は、会員の予期に反した不利益に関わり得るものとして、具体的内容の事前開示と説明を要する条項といえる。
ところで、本件各カード利用は、インターネットのサイト上で、カードの名義人名、カード番号、有効期限を入力するだけで行われたものであるが、この方法は本件規約に明示されていない。すなわち、カードの利用方法を定めた本件規約24条1項では、①加盟店にカードを提示して、売上票にカード上の署名と同じ署名をする方法が原則とされ、例外的に、②加盟店に設置している端末機でカード及び暗証番号を操作する方法が認められ、さらに、③「その他当社が指定する方法」が規定されているが、この「当社が指定する方法」の具体的内容は本件規約に明示されていない。また、加盟店からUC社への債権譲渡の債権額に関する本件規約26条2項では、上記①及び②の2つの方法しか想定されておらず、上記「指定する方法」による利用を前提とした定めはない。
よって、名義人名、カード番号、有効期限の入力だけで行われた本件各カード利用は、「その他当社が指定する方法」に当たらず、本件規約に明示された方法に基づくものとはいえないから、被告には、本件各カード利用について、本件カード契約に基づく支払責任は発生しない。
イ 債権の特定について
原告は、本件各カード利用債権を債権譲渡により取得したと主張するが、同債権の原債権者であるアダルトサイト運営者が明らかにされておらず、債権の特定が不十分である。
3 抗弁1(会員の被る損害についての補償の合意)
(1) UC社と被告は、請求原因のとおり、本件規約13条2項において、会員である被告が盗難・紛失により第三者にカードを不正使用された場合にも被告がその支払責任を負う旨を合意しているが(同条項が類推適用又は準用される不正使用の場合も含む。)、その際、併せて、その責任負担により被告が被る損害の補償について次のとおり合意した(以下「本件補償規約」という。)。
同条3項「(前略)前項により会員が被る損害は、(中略)当社が全額てん補します。(後略)」
同条1項「万一会員がカードを盗難、詐取もしくは横領(以下『盗難』と総称します。)され、又は紛失した場合は、速やかに当社に電話等により届け出のうえ、所定の喪失届を提出していただくと共に、所轄警察署へもお届けいただきます。」
(2) 本件各カード利用の当時、本件カードの盗難や紛失等はなく、本件カードは被告が所持していたが、被告以外の者が被告に無断で本件カードのカード番号等の情報を使って本件各カード利用に及んだもので、第三者による不正使用である。
(3) 被告は、平成17年2月23日、本件各カード利用の一部が記載された利用代金明細書を受領したが、その内容に疑問を持ち、同日から同月25日までの間に、UC社に電話をかけ、全く身に覚えのない利用である旨を届け出た。
4 抗弁1に対する認否
抗弁1の(1)、(3)は認め、(2)は不知。
なお、(3)に関し、本件において、警察への届出が本件補償規約適用の要件とならないことについて異論はない。
5 抗弁2(信義則違反による本件規約13条2項の無効)
(1) 本件各カード利用は被告によるものではなく、被告以外の者が被告に無断で本件カードの名義人名、カード番号などの情報を使って行ったもので、第三者による不正使用である。
(2) 本件規約13条2項は、盗難・紛失により第三者にカードを不正使用された場合にも原則として会員が支払責任を負う旨を定めているが、会員がこの責任を負担する前提として、クレジットカードによる決済システムの提供主体であるUC社は、会員に対し、カードの各種利用方法を提供するに当たって、第三者の不正使用を排除し、被告に損害が生じないよう安全管理を尽くすべき注意義務を負担しているというべきである。
ところが、UC社は、インターネット上でカードの名義人名、カード番号、有効期限を入力するのみでカードの利用が可能な決済方法を採用しながら、そのことを本件規約に明確に記載せず、会員への説明もしていない。これでは、会員は上記決済方法の存在に対応したカード情報等の管理ができないこととなるのであって、UC社の上記注意義務が尽くされているとはいえず、UC社は上記注意義務に違反している。そして、実際にも、本件の不正使用は、本件規約に明確な記載のない上記決済方法によって行われたものである。
このような場合には、第三者による不正使用の場合に会員に支払責任を負担させる本件規約13条2項は、信義則上、その適用の前提を欠いて無効というべきであり、被告は本件の不正使用について支払責任を負わない。
6 抗弁2に対する認否
抗弁2の(1)は不知。同(2)は争う。
7 抗弁3(過失相殺)
原告には、本件規約に定められた本来のカード利用方法である会員本人の署名による方法及び暗証番号による方法などを要求することなく、カード券面に表示されたカードの名義人名、カード番号、有効期限という情報のみをもって、カードの利用ができるようなシステムを採用し、第三者による不正使用を容易にしていた点などに過失があるから、民法418条の類推適用により、過失相殺が行われるべきである。
8 抗弁3に対する認否
争う。
9 再抗弁(抗弁1に対し。本件補償規約の適用除外)
仮に本件各カード利用が第三者によるものであるとしても、以下の事情があることから、本件補償規約は適用されない。
(1) UC社と被告は、本件補償規約を合意するに際し、次の場合には被告の損害がてん補されないことを合意した(本件規約13条3項(ロ))。
「会員の家族、同居人、留守人その他の会員の委託を受けて身の回りの世話をする者など、会員の関係者の自らの行為もしくは加担した盗難の場合。」
(2) 本件各カード利用を行ったのは被告の長男Bであり、同人は「会員の家族」に該当する。
10 再抗弁に対する認否
再抗弁(1)、(2)はいずれも認める。
11 再々抗弁(会員の無重過失)
(1) 会員の家族など会員の関係者による不正使用の場合であっても、会員に重過失がない場合には、本件補償規約の適用は除外されず、会員の損害はてん補されるというべきである。
(2) そして、被告には、Bの不正使用につき何ら帰責性がない。
すなわち、被告の帰責事由の前提となるのは、カードの不正使用を防止するためのカード及び暗証番号の管理義務である。そして、本件規約2条4項及び4条2項などによれば、本件カード契約において被告が負うカード管理上の義務は、カードの占有を他人に移転しないこと及び暗証番号を他人に知られないようにすることのみである。
ところが、本件各カード利用は、カード番号、有効期限というカード上の記載だけでカード利用が可能となるのであるから、上記義務のみでは十分ではなく、さらに会員が本件カードを他人に見せること、しかも家族などの近親者にさえも見せることを明示的に禁止しなければならないはずである。にもかかわらず、本件規約では、本件カードを他人に見られることが不正使用の原因となることが想定されていないことから、本件カードのカード番号、有効期限についての管理保持義務を会員に課していない。
また、UC社は、名義人名、カード番号、有効期限を入力するのみで決済可能なカードの利用方法を採用したことを会員規約に明示せず、その方法による第三者不正使用の危険性等を被告に説明することもなかった。これでは、会員たる被告において、本件各カード利用のような不正使用を防止することなど不可能である。被告は、本件カードそのもの及び暗証番号の管理さえ尽くせば、第三者に不正使用されることはないと信じていたのであり、その誤信するに至ったことについては原告に一方的な責任がある。
加えて、上記のような利用方法は、被告がいかに厳重に本件カードを管理しても、第三者はカード表面に表示されたカード番号や有効期限等の情報を盗み見するだけで、本件カードの不正使用が可能となるのであるから、カードの安全性を著しく減殺させる利用方法である。
他方、被告の帰責性が問題となるとすれば、Bに本件カードを貸し渡したこと、本件カードを財布に入れてタンスの上に置いたままにし、Bが夜中に本件カードを一時的に持ち去るに任せたことの2点であるが、被告は、Bに暗証番号は教えていないし、Bの持ち去りも自宅内におけるわずか数分間の出来事にすぎないのであるから、実質的にみて、本件規約に違反したものとはいえず、被告は本件規約に定められた管理義務は十分に尽くしているものである。
以上の諸事情に照らせば、本件カードがBに不正使用されるに至ったことについては、UC社に一方的な帰責性があるのであって、被告には何らの帰責性もない。
12 再々抗弁に対する認否
(1) 会員の家族による不正使用を本件補償規約の適用除外事由とした趣旨は、会員の家族がカードの不正使用を行った場合に、それによって生じた損害を会員とカード会社のいずれが第1次的に負担するのかという局面において、まずは会員が第1次的に損害を負担した上で、当該家族に損害賠償を求めるという枠組みを選択する点にあり、したがって、会員の帰責性の有無を問わない。この点、偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律(平成17年法律第94号。以下「預貯金者保護法」という。)においても、同様の枠組みが採用されており、かつ、預貯金者に帰責性は要求されていない。
したがって、会員の帰責性を論じる被告の主張は失当である。
(2) また、仮に会員の帰責性を問題とするとしても、会員に重過失がないことだけでは足りず、無過失であることが要求されるというべきである。
本件では、被告の長男は、父親である被告の財布から勝手に本件カードを取り出したというのであるから、被告が本件カードの管理を怠っていたことは明らかであり、これは軽過失どころか重過失に値する。
理由
1 請求原因事実について
(1) 請求原因(1)、(2)、(5)、(6)は当事者間に争いがなく、証拠(甲6、乙4、8の1・2)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因(4)の事実が認められる(ただし、別紙カード取引経過等一覧表の番号4につき、一部不明である。)。
請求原因(3)は、証拠(甲6、乙4、8の1~3、証人B)及び弁論の全趣旨によれば、本件各カード利用ごとの利用額が別紙カード取引経過等一覧表の「決済金額(ドル)」欄記載のとおりであったこと、また、以下の(2)のとおり、関係各証拠によれば、本件各カード利用の方法がUC社が「指定する方法」(本件規約24条1項)に従って行われたものであること、以上の事実がそれぞれ認められ、その余の事実については当事者間に争いがない。
(2) 被告は、本件各カード利用は、インターネットのサイト上で、カードの名義人名、カード番号、有効期限を入力することにより行われているが、この利用方法は約款である本件規約に明示されていないから、被告に支払責任は発生しないと主張する。
この点、本件規約24条1項は、カードの原則的な利用方法として、①加盟店にカードを提示して、売上票にカード上の署名と同じ署名をする方法を定め、例外として、②加盟店に設置している端末機でカード及び暗証番号を操作する方法を例示しつつ、「当社が指定する方法により」カードの利用ができる旨を定めている。これは、上記①を原則的な利用方法としつつも、技術の進歩等により採用可能となった利用方法を機動的に採用し、会員の利便性向上及びそれによるカード利用の促進を図る観点から、会員に便益を提供する規定であると思料され、会員がこれを享受してUC社が指定した方法でカードを利用した場合に、同条項に明示されていないからといって、支払責任を免れることはできないというべきである。新たな利用方法の採用に伴って会員が負担すべき善管注意義務の具体的内容は、同条項とは別に定められ得るものであって、同条項の内容がそのまま反映されるべきものとはいえない。被告が指摘する上記善管注意義務の内容が本件規約に明示されていないことに伴う会員の不都合は、後述のとおり、本件補償規約の適用において考慮すれば足りるものと解される。
(3) なお、被告は、原告が債権譲渡により取得した本件各カード利用債権につき、その各原債権者であるアダルトサイト運営者が明らかにされておらず、債権の特定が不十分であるとの主張もしているが、本件各カード利用債権は、カード利用者と本件加盟店との間で発生しているものであって、被告のいうアダルトサイト運営者が原債権者となるものではないから、この点に関する被告の主張は失当である。
2 抗弁1及びこれに対する再抗弁について
(1) 抗弁(1)、(3)は当事者間に争いがなく、証拠(甲6、乙1、8の1~3、乙22、23、証人B、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件各カード利用は被告の長男Bが被告の承諾を得ずに行ったものと認められ、抗弁(2)の事実が認められる。
(2) 再抗弁(1)、(2)は当事者間に争いがない。
3 再々抗弁について
(1) 会員の帰責性の要否
ア 前述のとおり、本件各カード利用は、会員である被告ではなく、被告の長男Bが被告の承諾を得ずに行ったものであり、第三者による不正使用であるところ、本件カード契約においては、①会員以外の第三者がカードを不正使用した場合にも原則として会員がその支払責任を負担しなければならないが、その支払責任を負担することによって会員が被る損害は、UC社が填補すること(本件補償規約)、②ただし、会員の家族など会員の関係者がその不正使用を行い、あるいはこれに加担した場合には本件補償規約の適用が除外され、補償が行われないこと、が定められている。
イ 被告は、この点につき、会員の家族など会員の関係者による不正使用の場合であっても、会員に重過失がない場合には、本件補償規約の適用は除外されず、会員の損害はてん補されると主張し、これに対し、原告は、家族等による不正使用の場合は、会員の帰責性の有無を問わずに補償規約の適用が除外されるというべきで、被告の主張は失当であり、また、仮に会員の帰責性を問題とするとしても、会員に重過失がないことだけでは足りず、無過失であることが要求されると主張する。
そこで検討するに、証拠(甲10)によると、本件補償規約は、カードの盗難・紛失により第三者に不正使用された場合にも会員が支払責任を負わなければならないことによって会員が被る損害につき、「次に掲げる場合を除き当社が全額てん補します。」として、補償の対象外となる場合を8項目列挙しており、具体的には、「会員の故意又は重大な過失に起因する場合。」(本件規約13条3項(イ))、「会員の家族、同居人、留守人その他の会員の委託を受けて身の回りの世話をする者など、会員の関係者の自らの行為もしくは加担した盗難の場合。」(同条項(ロ))、カードを他人に貸与・譲渡するなど「第2条第4項に違反して第三者にカードを使用された場合。」(同条項(ハ))、「本規約に違反している状況において盗難・紛失が生じた場合。」(同条項(ヘ))などを掲げている。このように、規約の文言上は、会員の家族など、同条項(ハ)に規定された会員の関係者(以下「会員の家族等」という。)が関与した「盗難」(本件規約において、詐取、横領を含み、紛失を含まない。)によって第三者に不正使用された場合について、会員の帰責性を問うことなく本件補償規約の適用が除外され、会員が支払責任を負うかのような体裁となっている。
しかしながら、会員に対しその帰責性を問わずに支払責任を負担させることは、民法の基本原理である自己責任の原則に照らして疑問がある上、本件補償規約に合意したUC社及び会員の合理的意思にも反するものというべきである。
すなわち、本件補償規約は、会員の故意又は重大な過失に起因する場合を補償の対象外としており、その立証責任はUC社が負担すべきものと解されるが、その場合のほかに前述のような事由を列挙しているのは、多数の会員を抱えるUC社が、個別の会員ごとにカードの使用管理状況を把握し、会員側の事情である会員の故意又は重過失を立証することには困難が伴う場合も多いため、公平の観点から、会員にカードの使用管理についての善管注意義務違反が疑われる場合などを類型化し、一定の場合にはUC社の立証の負担を軽減することを意図したものというべきである。とりわけ、同条項(ハ)において、会員の家族等による「盗難」の場合を定めたのは、会員の家族等は、他の第三者に比してはるかに容易に会員のカードの占有を無断取得することができる立場にあることなどから、UC社が会員の家庭内の個別事情に踏み込んで会員の故意又は重過失を立証することは相当困難となり得る一方、会員は、UC社に対し善良なる管理者の注意をもってカードを使用管理すべき義務を負っており、より適切に会員の家族等による「盗難」を防ぎ、その不正使用を防止し得る立場にもあることが考慮されたものといえる。したがって、UC社及び会員の合理的意思からすれば、同条項(ハ)は、UC社が会員の家族等による「盗難」であることさえ主張立証すれば、会員の帰責性まで主張立証しなくても補償規約の適用が除外されることを明らかにしたに止まり、会員側が自己に帰責性がないことを更に主張立証し、補償規約の適用を受けようとする余地を排斥する趣旨まではないと解すべきであり、むしろその余地を認めることが自己責任の原則にも整合的である。そして、その帰責性の程度については、同条項(イ)との均衡をも考慮し、会員は自己に重過失がないことを主張立証すれば足りるというべきで、この場合、本件補償規約の適用は除外されず、会員はカード利用債権の支払を免れることとなる。
ウ これに対し、原告は、預貯金者保護法5条3項において、本件補償規約と類似の条項が規定されており、盗難カード等による不正な払戻しについて預貯金者に重過失がある場合と不正な払戻しが預貯金者の家族等によって行われた場合とが並列されて同価値に扱われ、金融機関がいずれかの事情を証明した場合には、預貯金者に対して不正な払戻し相当額を補てんする必要がなく、家族等の関与の場合に預貯金者の帰責性は問われていないことなどを指摘し、本件補償規約においても同様に解するべきと主張する。
しかしながら、預貯金者保護法5条3項においては、上記の事情と併せて、金融機関が不正な払戻しについての自らの善意無過失をも立証することが要求されているなど、利害調整の枠組みが本件補償規約と必ずしも同じではなく、これらを直ちに同列に論じることはできない。かえって、盗難カード等について同条項が規定する上記善意無過失の要件は、民法478条における善意無過失と同様の考慮に基づく要件であることがうかがわれ、しかも、従来、民法478条において銀行が無過失であるというためには、銀行が採用した機械による預金払戻しの方法を預金者に明示し、その預金払戻しシステムの設置管理の全体について、可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くすことが要求されてきたこと(最高裁平成15年4月8日第三小法廷判決・民集57巻4号337頁参照)に照らせば、本件補償規約の解釈においても、単に会員の家族等による「盗難」という事実があれば、カード会社や会員の帰責性が何ら考慮されることのないまま、カード会社は会員に全額の負担を求めることができると解することの合理性には疑問が生じ得るのであって、預金者保護法5条3項を踏まえても、少なくとも、本件のようなインターネット上における非対面での情報入力によるカードの不正使用の事案においては、会員の家族等による「盗難」の場合について定めた本件規約13条3項(ハ)の解釈として、カード会社が採用したカード利用方法との関連で会員の帰責性を考慮する余地が十分にあるというべきである。
(2) 被告の重過失の有無
ア 請求原因、抗弁、再抗弁において当事者間に争いがない事実及び証拠等により認定した事実並びに証拠(甲4、5、乙3、8の1~3、乙22~24、34~38、証人B、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 被告の家族は、長男Bのほか、妻C、娘2人の5人である。被告はかつて銀行に勤めており、その際、営業活動の一環として、顧客に対し、関連会社のクレジットカードの作成を進めたこともあった。現在は転籍して別の関連会社に在籍している。
(イ) Bは、平成17年1月13日、Cから携帯電話を購入してもらったが、そのころ、義兄からもらった雑誌に掲載されていた、いわゆるアダルトサイトや出会い系サイトに興味を持ち、携帯電話のインターネット機能を利用して、サイトにアクセスした。ところが、特定のページから先のページを閲覧することができない状況となり、その際、画面上には、ポイント購入を促すページが表示されるなどし、銀行振込み、郵便局振込み、クレジット決済など、いくつかの決済手段が列挙されていた。
Bは、ポイントを取得したかったことから、同年1月15日ころの夜、自宅において、被告に対し、特段の理由を告げることなく、クレジットカードを見せてくれるよう願い出た。被告がこれに応じてBに本件カードを手渡すと、Bは本件カードを持って自宅2階のBの部屋に行き、本件カードを見た後、5分くらいで被告のもとに戻り、本件カードを被告に返した。Bは、この時点では本件カードのカード番号などをメモに控えることはしなかったが、このときのやりとりで、被告が自宅1階のタンスの上に置いている財布の中に本件カードを入れて保管していることを知った。
Bは、被告らが寝静まった後、被告の財布から勝手に本件カードを抜き取って2階の自室に戻り、本件カードの券面に表示されたカード番号、有効期限をメモに手控えると、再び1階に降りて本件カードを被告の財布に戻しておいた。
Bは、同年1月16日午前10時過ぎころ、「○○○」というサイトにアクセスし、本件カードの名義人名、カード番号、有効期限を入力するなどしてポイントを取得して上記サイトを閲覧し、これを皮切りに、別紙カード取引経過等一覧表記載のとおり、複数回にわたって有料アダルトサイト(同一覧表「利用サイト」欄参照)にアクセスし、本件カードによる決済を繰り返した。
被告は、平成17年2月23日、UC社から利用代金明細書の送付を受けたが、これを見て初めて、自分が知らないうちに本件カードが利用されていることを知り、UC社に問い合わせを行った。その調査の結果、サイトにアクセスした携帯電話の番号がBのものであることが判明し、被告がBに問い詰めると、Bは本件カードのカード番号等の情報を利用してアダルトサイトを閲覧したことを認めた。
(ウ) この当時、被告は、インターネット上でクレジットカードを使って買い物ができることは知っていたが、自分でそのような方法による買い物をしたことはなく、Bによる本件各カード利用が判明するまでは、そのような買い物の際には暗証番号等が要求されるものだと考えており、カードの名義人名、カード番号、有効期限(以下、これら3つの情報を総称して「カード識別情報」という。)のみでカードの利用ができることは知らなかった。
イ 上記認定事実によれば、Bは、本件カードの券面に記載された本件カード情報を得るため、一時借用の目的で被告の財布から本件カードを持ち出し、本件カード情報をメモするとすぐにこれを返しているから、Bのこの行為は、本件補償規約が予定する「盗難、詐取もしくは横領」には該当しない。もっとも、本件のように、カードの占有を取得せず、カード番号、有効期限などの情報のみを取得し、その情報を基にカードの不正使用が行われたという場合においても、本件補償規約が類推適用ないし準用され、ひいては、その不正使用が会員の家族等による場合でも会員の重過失が要求されるというべきである。
そこで、本件において被告が無重過失といえるかどうかを検討するに、本件各カード利用は、インターネットのサイト上で本件カードのカード識別情報のみを入力する方法により行われているところ、この方法は、カード識別情報を正しく入力しさえすれば、その利用者が当該カード識別情報に対応するカードの貸与を受けた会員本人であるかどうかは問われないまま、当該カードの利用が可能となるもので、暗証番号の入力などによる本人確認は行われておらず、したがって、カード識別情報を知る第三者が会員本人になりすまして他人のカードを利用することが容易に可能な利用方法であったといえる。このような利用方法が採用された場合、会員がカードの不正使用を防ぐためには、カードの物理的な管理のみならず、カード識別情報という無体物についての管理が重要となるが、この会員による適切な情報管理の前提として、UC社が会員に対し、カード識別情報のみで決済可能な利用方法があることを明示し、同情報の管理の重要性を認識させることが必要不可欠となる。
もっとも、カード識別情報は、広く公開される情報ではないものの、いずれもカードの券面に表示されており、署名の方法によるカード利用時にはカードの提示が要求されること(本件規約24条1項)、上記券面情報がすべて売上伝票に印字されている場合があること(公知の事実)などに照らしても、本来的に本人のみが知り得る秘匿情報としては予定されていないものといえる。その上、情報の管理は、物理的占有によるカード本体の管理と異なり、何らかの方法でカード識別情報が他人に取得されたとしても、そのことだけでは、管理主体である会員に当該情報取得の事実が認識されにくいという特有の困難さも有する。
そうすると、仮にUC社が会員に対し、インターネット上においてカード識別情報のみで決済可能な利用方法があることを明示していたとしても、会員によるカード識別情報の管理には自ずから限界があるというべきで、カード識別情報を利用したなりすまし等の不正使用及びそれにより会員が被る損害を防止するには、カード識別情報の入力による利用方法を提供するUC社において、カード識別情報に加えて、暗証番号など本人確認に適した何らかの追加情報の入力を要求するなど、可能な限り会員本人以外の不正使用を排除する利用方法を構築することが要求されていたというべきである。入力作業の手間が少ない方が会員の利便性が向上するとともに、カードの利用が促進されてUC社の利益にもつながることや、暗証番号等の本人確認情報も含めたインターネット上での与信判断プロセスの構築に多額の費用がかかり得ることなどを考慮しても、決済システムとしての基本的な安全性を確保しないまま、事後的に補償規約の運用のみによって個別に会員の損害を回避しようとするだけでは不十分というほかない。
ところが、UC社は、前述のとおり、インターネット上でカード識別情報を入力して行うカード利用方法を会員に提供するに当たり、本人確認情報の入力を要求していなかったもので、可能な限り会員本人以外の不正使用を排除する利用方法を構築していたとは言い難く、のみならず、会員に対し、そのような利用方法があることを本件規約において明示することもしていなかった(甲10)もので、被告もそのような利用方法の存在を明確には認識していなかったのである。このような事情の下では、被告にカード識別情報の管理についての帰責性を問うことはできないというべきである。また、被告が本件カードを入れた財布をタンスの上に置き、Bが容易に入手可能な状態にしておいたことについて、被告に何らかの帰責性が問われ得るとしても、本件で本人確認情報の入力が要求されていれば(ただし、生年月日や住所等では意味をなさない。)、Bによる本件各カード利用を防ぐことができたことに照らすと、被告には重大な過失はなかったと認めるのが相当である。
(3) よって、本件では、本件補償規約の適用が除外されないから、被告は本件各カード利用債権についての支払責任を負わない。
4 以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 竹村昭彦)
(別紙)カード取引経過等一覧表<省略>