長崎地方裁判所佐世保支部 昭和32年(わ)469号 判決 1958年11月24日
被告人 九州興産株式会社
右代表取締役 西村矩治
主文
被告人西村矩治を罰金七万円に処する。
右罰金を完納できないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
押収してある乗用自動車一台(昭和三二年長崎地方検察庁佐世保支部領第一〇七六号の一)はこれを没収する。
訴訟費用は被告人西村矩治の負担とする。
被告人九州興産株式会社に対する本件公訴はこれを棄却する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人西村矩治は、佐世保市梅田町一九五番地に本店を置き石炭の採掘、販売、鉱業用資材の販売並びにこれ等に附帯する事業を営んでいる九州興産株式会社の代表取締役であるが、昭和三一年一二月二九日頃福岡市中島町七六番地コスモ商事株式会社において、右被告会社の業務に使用する目的で一九五三年型フォード乗用自動車一台を、それが税関に申告しないで駐留米軍人から譲渡されもつて不正の行為により関税(一三一、一四〇円)を免れて輸入されたものであることを知りながら被告会社のためコスモ商事株式会社代表者光石忠義から代金四九万円で譲受けて取得したものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)(略)
(公訴棄却の理由)
検察官は、被告九州興産株式会社の代表者西村矩治が、同社の業務に関し判示の如き密輸貨物の運搬等をした罪を犯したものとして本件公訴を提起した。よつて考察するに関税法第一四〇条第一項によれば関税法違反事件につき検察官は、税関職員乃至税関長(又は同法第一〇七条により税関長の委任を受けた税関支署長)から告発があつた場合にのみ公訴を提起できるのであり、従つて告発がないときは勿論形式的に告発があつても無効なときは、かかる告発に基いてなされた公訴提起も無効といわなければならない。尤も告発の効力につき関税法第一三七条乃至第一三九条は、告発要件を概括的に規定し、その存否は税関長等の自由な判断に委ねているので、その判断に誤りがあつても単に当・不当の問題を生じ、有効無効の問題を生じる余地は少ないのであるが同法が犯則事件については、原則として犯則者に罰金刑に相当する金額等の納付を命じて任意の履行により事件を処理し、ただ例外的に刑事手続により事件を処理しようとしている趣旨から考えるとき、税関長等が明らかに懲役刑に付することができない事件についてしかも通告処分により得ないような事実の存することを認定しないで直ちに告発すれば、犯則者から任意に履行する機会を奪つてしまうことになるので、このような場合は判断が著しく不当なものとしてその告発を無効と解するのが相当である。よつて本件について考えてみるに、佐世保税関支署長の告発書によれば、同支署長が検察官主張の犯則事件について昭和三二年八月二六日長崎地方検察庁佐世保支部検察官に告発したこと並びにその告発が被告会社を懲役刑に処すべきであると判断してなされたこと、が明らかである。しかしながら関税法第一一七条によれば法人に対しては単に罰金刑を科することができるに過ぎないのであり、更に情状が懲役の刑に処すべきときは単に犯則行為の態様のみについて決すべきではなく、行為と被告人との双方を考慮して決するのが相当であるから右判断は明らかに誤りであるというべく又同支署長が被告会社に通告処分をしたこと乃至被告会社には通告処分により得ない事実があつたことを認めさせるに足る証拠もない。従つて通告処分の手続を採らず、直ちになされた右の告発は無効というべく、かかる無効な告発に基く本件公訴も公訴提起の手続が法令に違反して無効であるから刑事訴訟法第三三八条第四号を適用して棄却するのが相当である。
よつて訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 塩見秀則)