長崎地方裁判所佐世保支部 昭和38年(わ)21号 判決 1965年2月11日
被告人 松本村重
明四五・四・一四生 金融業
小宮三之助
大一一・一一・二四生 砂採取業
主文
被告人小宮を懲役六月に処する。
但し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用中、証人小関正人、同小関徹夫に支給した分は被告人小宮の負担とする。
不動産侵奪の点につき、被告人両名は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人小宮は、丸山六之助のために金融の斡旋及び同人の長女丸山利子所有名義の佐世保市光月町三六番地所在の建物についてなされた相原辰雄に対する所有権移転登記の抹消等に尽力していたのに、丸山六之助が自己に無断で右建物を小関徹夫に売渡す契約をなし、手附金四〇〇、〇〇〇円を取得したことに憤慨し、
第一、昭和三七年二月一四日、佐世保市本島町七〇番地親友商事株式会社事務所において、右丸山六之助の両耳を両手で引張る等の暴行を加え、
第二、同月二〇日頃、同市高天町一八九番地小関正人方玄関において、前記徹夫の実兄で前記丸山との売買につき交渉に当つていた右正人に対し、「丸山の家を買えば承知せんぞ、煮湯をぶつかけてやる」等と申し向け、若し同人がこれに応じなければ危害を加うべき気勢を示して脅迫し
たものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
一、判示第一の所為につき 刑法第二〇八条、罰金等臨時措置法第二条、第三条(懲役刑を選択)
一、判示第二の所為につき 刑法第二二二条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第三条(懲役刑を選択)
一、併合罪の加重につき 刑法第四五条前段、第四七条、第一〇条(判示第一の罪の刑につき加重)
一、刑の執行猶予につき 刑法第二五条第一項第一号
一、訴訟費用の負担につき 刑事訴訟法第一八一条第一項本文
(無罪の理由)
第一、公訴事実
被告人松本村重は有限会社第一西海商事を経営し、小口金融を業とし米穀燃料商丸山六之助に対し元利合計八十一万四千円の債権があり、右丸山の長女利子名義の佐世保市光月町三六番地所在の木造瓦葺二階建一棟(時価二百二十万円相当)につき代物弁済予約をなし、所有権移転請求権保全仮登記をしていたもの、被告人小宮三之助は、右丸山に金融の斡旋等をしていたものであるが、被告人松本は同三十六年十月頃、相原辰雄との間に、右代物弁済予約の権利譲渡の話合が生じていたところ、右丸山が右建物を小関徹夫に売却しようとしていることを知り、自己の債権の回収が困難になることを虞れ、被告人小宮はこの間に介入して利益を得ようと考え、右債務の期限が同三十七年三月十五日であるのに拘らず、被告人両名はすみやかに右建物を右相原に明渡させ自己等において右相原に売却すべく、同年二月十九日頃、右建物より家具類の搬出を企てたが、前記利子が警察に届出たため中止せざるをえなくなるに至り、こゝに被告人両名は、右六之助が佐世保オーツタイヤ株式会社に対し、執行力ある和解調書正本に基き支払うべき債務があることを奇貨とし、右オーツタイヤに動産に対する差押をさせ、それに乗じ家財道具等を他に搬出した上右家屋を右相原に占拠させようと企て、右オーツタイヤの代理とし、右和解調書による動産の執行を長崎地方裁判所平戸支部執行吏柴田饒に委任して共謀の上、同月二十六日午後三時頃より、右六之助、利子の不在中右差押に着手し、同日午後五時頃迄の間に右差押にことよせ、右建物内の家財建具類等の殆んどを搬出し、更に同日午後九時頃までの間に留守番をしていた右六之助の長男正明等を、予め被告人松本において借受けていた同市木風町十四番地所在の前野金一所有の家屋にタクシーで連れ去り、よつて空屋同然となつた右建物を前記相原の占有に移しもつて不動産を侵奪したものである。
第二、判断
一、本件各証拠を綜合すると次の(1)乃至(4)の事実が認められる。
(1) 被告人松本は、小口金融業を営み、米穀燃料商丸山六之助に対し、昭和三五年夏頃から数回に亘り金員を貸しつけて来たが、同三六年六月頃これが元利合計残高四七五、〇〇〇円につき、主債務者を六之助の長女丸山利子、六之助を連帯保証人とし、右利子の所有名義であり、その階下部分は六之助の家族の住居に、階上部分は同人が代表者である有限会社丸山商事の旅館営業に使用されていた佐世保市光月町三六番地所在の木造瓦葺二階建一棟(登記簿上の表示、同町三五番一、家屋番号同町第四五番三、木造瓦葺二階建店舗一棟、建坪二二坪五合外二階二二坪五合、以下本件建物と略称する)を目的として、弁済期(同年六月一九日)徒過を停止条件とする代物弁済契約を締結して、右建物につき所有権移転請求権保全の仮登記をなした上、その頃相原辰雄との間に、六之助等をして明渡させることを条件に右建物を金二、二〇〇、〇〇〇円にて売渡す旨の契約をなし、同年八月九日に至り相原に対し、右仮登記の移転及びこれにもとづく所有権移転の本登記をなした。
(2) 丸山六之助は本件建物に強い執着を有していたので右建物を自己に取戻そうと考え、昭和三五年頃から金融の斡旋をうけていた被告人小宮及び倉掛茂平に対し、右建物につきなされた相原名義の所有権移転登記の抹消方を、被告人松本に交渉するよう依頼し、被告人小宮は被告人松本に対し自己が六之助と共同して右建物において旅館業を経営していると称し、右各登記の抹消方を交渉した。
その結果、同三六年一〇月二六日、被告人松本と丸山利子、丸山六之助との間に、残債務の合計を金八一四、〇〇〇円(前記登記手続に要した諸経費及び弁済期までの利息を含む)、弁済期同三七年三月一五日、右期限内に丸山において本件建物を第三者に売渡す等したときは期限の利益を失い直ちに弁済期到来等の約旨にて、右各弁済期までに弁済しないことを停止条件とする右建物目的の代物弁済契約及びその際には丸山等において右建物を被告人松本に明渡す旨の契約が締結され、前記相原名義の各登記は抹消され、あらためて同三六年一一月七日付にて、被告人松本(登記簿上は同被告人の妻松本スミ子名義)を権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされた。
(3) ところが、丸山六之助は、被告人両名不知の間に、昭和三六年一二月七日、小関徹夫に対して本件建物を代金一、七〇〇、〇〇〇円にて売渡す旨の契約をなし、同日手附金四〇〇、〇〇〇円の支払いを受け、残代金支払日及び右建物引渡の日を同三七年二月一五日と定めるに至つたため、これを聞知した被告人両名は、同三七年二月一四日、佐世保市本島町七〇番地親友商事株式会社事務所において六之助に対し、右売買事実を確かめると共に、同人に対し早急に前記債務を弁済するか或は本件建物を明渡すかを迫つた。
これに対し丸山六之助は、右売買の事実を否定する態度をとり、被告人両名の追及によつて右事実が明らかになつた後は、期限までには債務を弁済する、右売買の手附金は既に全額費消した旨述べたりしたので、被告人松本はこれまでの六之助の言動にてらし、自己の債権の回収が困難になることを虞れ、かくなる上は早急に六之助をして本件建物を明渡させ、これを相原の占有に移して自己と同人間の右建物の売買を完成させた上、すみやかに自己の債権を回収しようと企図し、被告人小宮は右明渡しに協力し、その際自己が本件建物において旅館業の共同経営をなしていると称していることを利用して立退料名下に利益を得ようと考えるに至つた。
(4) かくして、被告人松本は前記代物弁済契約は停止条件の成就により効力が生じ、本件建物の所有権は自己に帰属したとして、同年二月二三日、前記仮登記を相原辰雄に移転した上、同人名義に所有権取得の登記し、被告人両名は共謀して公訴事実記載のとおりの行為に出で空家同然になつた本件建物の占有を相原に移し、被告人松本において右建物の所有権を右相原に移転した。
二、以上認定の事実によると、本件発生時においては右建物の所有権の登記名義は相原辰雄になつているので、通常の場合は同人が内外共に右建物の所有権を取得するのであるが、然し本件に於ては、右相原と被告人松本との間の右(1)項に認定の契約により相原が真実その所有権を取得するには、右建物から右丸山等が立退いて、これを被告人松本に明渡し、空家にした時であるから、たとえ、登記名義が右相原の所有になつていたとしても同家が空家にならない以上、同人が真実所有権を取得したものとは認め得ない。従つて本件発生当時右建物の真の所有権者は前記契約(昭和三六年一〇月二六日被告人松本と右丸山間の)に於ける停止条件の成就により被告人松本であると断ずるの外はなく、且つ被告人松本のこの所有権は登記なくとも契約の当事者である右丸山等に対抗し得べく、従つて同人等は昭和三六年一二月七日以降は、右建物に居住してこれを占有する適法な権限を失つたものである。してみると右丸山等は被告人松本に対し、右建物をいつでも明渡さねばならない義務を負担するに至つたこと明らかである。ところで、自己の所有であつても他人の占有に属する不動産を侵奪したときには不動産侵奪罪が成立することは、刑法第二四二条の規定によつて明らかであるが、この場合における「他人の占有」は、権原に基く占有、即ち適法な原由に基いてその物を占有する権利があるものの占有を意味するものと解するのが相当である。従つて右認定のように、丸山等の占有がすでに適法でなく、その占有をもつて侵奪者たる被告人松本に対抗し得ない本件においては、所有権者たる被告人松本が、丸山六之助、丸山利子の本件建物に対する占有を奪つたからといつて、不動産侵奪罪を構成しないことが明らかである。
もとより、丸山等の右建物の事実上の占有状態は、民法上「占有権」として保護されることは明らかであり、これに対する侵害行為に対し民事上の救済を求め得ることは当然であるが、刑法上においては、権原を有しない他人によつて占有されている物を、所有者が自力で回復する場合に不動産侵奪罪の成立を認むべきかどうかは、右罪の本質に照して別個の考慮がなされるべき問題である。
おもうに、不動産明渡請求権の実現に当り、権利者は裁判外の請求権の実現が不可能な場合には、一般的にこれを裁判上行使すべき義務ありとするのが現代訴訟制度の基本的要請であり、特に建物は生活の本拠として人の全生活関係において重要な地位を占めるものであるから、たとえ本件においては被告人松本が丸山等に対し本件建物の明渡請求権を有していたとしても、みだりに私力を行使して権利の実現をはかつた行為は非難されるべきであるが、不動産侵奪罪は正当の権限なくしてほしいままに他人の土地、建物を不法にかつ積極的に占拠し、要求をうけても立ち退かないという行為を処罰すべく規定されたものであつて不動産侵奪罪を含む奪取罪の本質は、所有権その他の本権を保護するにあると解することが、これらの犯罪の沿革等に照して相当であり、この故にこそ奪取罪の成立について不法領得の意思を必要とし、又自己所有物の奪取罪成立につき刑法第二四二条の例外的規定が設けられているのである。
以上のように解するならば、刑法第二四二条は極めて限定的に解釈すべきであつて、右条項により自己の所有不動産について不動産侵奪罪が成立するには、その不動産に対する他人の占有支配が適法であることを要すると解するのが正当である。(近時、奪取罪の本質は占有権一般即ち占有、所持という事実上の状態の保護にあり、右条項の他人の占有は適法、不適法を問わぬと解している裁判例も存在するが、これは当裁判所のとり得ない立場である)
然るときは前記丸山等の本件建物に対する占有は前記認定のように正当な占有とは認め得ないので本件につき被告人松本及びこれが共同加功者たる被告人小宮について不動産侵奪罪が成立しないことが明らかであるから、本件公訴事実(不動産侵奪の点)についてはいずれも犯罪の証明がないことに帰し、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。
以上の理由により、主文のとおり判決する。
(裁判官 桜木繁次 藤野岩雄 三代英昭)