長崎地方裁判所佐世保支部 昭和39年(ワ)71号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕<証拠>によると、原告甲<中略>は原告乙と見合して縁談がまとまり、昭和三三年七月初頃挙式同居し、同年同月二一日婚姻届出を了して原告両名は法律上も夫婦となつたこと、原告両名は一男一女をもうけ、昭和三八年九月ごろ被告の隣家である現住居(借家)に転居してきたもので、原告甲は現在満四七才、原告乙は満三二才であり、円満な家庭生活を営んでいること、原告甲は佐世保市内に本店を有し喫茶店営業等を目的とする有限会社ニユーバレーの取締役として月収五万円以上を得ているが、酒や煙草ものまない真面目な人柄で、いわゆる妾を囲うといつた所業のなかつたことをそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。
<証拠>によると、昭和三九年三月中ごろ、被告は近隣に居住する大久保カネと庭掃除をしながら話を交した際、大久保に「(原告乙は)二号さんだそうじやないですか」「御主人(原告甲)の店の開店のときに、本妻さんが町内の挨拶廻りをなさつたそうですね」と言い、またその頃、所用で被告方をたずねてきた近隣の財前敏子に対し、絶対他人に言うなと前置きして「山本英子さんは妾らしい。山本さん(原告甲)は長崎にも店があつて本妻さんがいるそうな」「奥さん(原告乙)も(長崎の)店に働いていて原告甲と一緒になられたそうな」と告げたことが認められる。右認定に反する被告本人尋問の結果及び証人栄田キヨの証言の一部はたやすく信じがたく、その他に右認定を覆えすに足る証拠はない。原告乙が事実上も法律上も原告甲の妻であつて妾ではなく、原告甲が妾を囲つていないことは前段に認定したとおりであるから、被告が右大久保、財前両名に告げた事実が真実に反する虚言であることは明白である。
原告両名はそれぞれ妻として、夫として、また社会人としてそれ相当の地位、名誉を有するから、被告が右内容の虚偽の事実を他人に告知したことは原告両名の名誉等を毀損した不法行為であつて、被告は右行為によつて原告両名の蒙つた精神的損害を賠償すべき義務がある。もつとも、被告は断定的な言葉を用いないで、他人から聞いた噂話を伝えるかの如き表現をとつているが、噂話の出所については本件の全証拠によつても明らかでないし、また対話全体を客観的にみた場合、相手方をして原告乙が妾であり、原告甲には長崎に本妻がいると信じさせ、または疑惑を抱かせるに十分な表現と認められるのであつて、用語が断言的でないから名誉毀損にならないとはいえない。被告が前記大久保、財前両名以外の者に対しても同趣旨の嘘言を流布しているとの原告の主張は、これを認めるに足る明白な証拠がなく、また前記大久保証言、財前証言によると、右両名が被告の言葉をそのまま信用したとは認められないが、被告が、客観的に原告両名の名誉、社会的地位を害するに足る虚偽の事実を告知した以上は、告知された相手方が二人であるか多数人であるか、また相手方が告知事実を信じたか否かは名誉毀損の成否にかかわりがないと解すべく、結局前記結論を左右するものではない。
そこで進んで慰藉料額について考えるに、原告両名各本人尋問の結果によると、原告両名が被告の右行為によつて精神的苦痛を蒙つたことが認められ、ことに原告乙は後妻であつて、先妻の子と自分の子を平等、無事に育成しなければならない立場上、世間の目や批判に過敏になつていたと推認され、それだけに相当の苦痛を受けたものと認められる。しかしながら、さきに認定したとおり、被告が虚偽事実を告知した相手方は二人だけであつてその期間も短く、また<証拠>によると、近隣の者であつても原告乙が妾である等の噂を聞いていないことが認められ、従つて右の虚偽事実ないし噂が広範に知れわたつているとは到庭認めがたい。そして現在では、被告も含めて、原告両名が正式な夫婦であることを疑うものはいないと認められる。<中略>前記諸事情を総合すると被告の原告乙に対する慰藉料額は金一万円、原告甲に対するそれは金五千円をもつて相当と考えられる。 (藤野岩男)