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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和45年(ワ)195号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕責任原因

(一)(1) 被告会社が本件加害車を所有し、タクシー営業を行つているものであること、被告山口が被告会社のタクシー運転手であつて、本件加害車を運転していたものであることは当事者間に争いがない。したがつて、被告会社は本件加害車の運行を支配し、その運行の利益を享受しうべき地位を取得していたものであつて、被告会社が自己のために本件加害車を運行の用に供する者の地位にあつたことは明らかである。

(2) 被告会社は、本件事故当時、被告山口が、原告を無償で運送していたものであるから、被告会社は、具体的には運行供用者責任を負うべき地位になかつた旨主張するので検討する。

(イ)  <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(a) 被告山口は、昭和三六年頃から被告会社にタクシー運転手として勤務しているものであるが、本件事故当日は午前八時三〇分すぎ頃から本件加害車に乗務した。そして、同日午後九時頃、佐世保市松浦町交差点附近を乗客を求めて流し運転中、原告を認めて右加害車の運転手席の左側の座席(以下助手席という。)に乗車させ、同市金比良町方面に向い進行中本件事故が発生したのであるが、被告山口は、原告を乗車させてから本件事故発生地点に至る約一、一〇〇メートル余の間、本件加害車の料金メーターのレバーを倒さず運転していた。勿論被告会社では、タクシーに無償で他人を乗車させることを厳禁しているのであるが、被告山口と原告は、本件事故の数年前から親交があり、ときどき肉体関係を結んだ間柄であり、被告山口は、その以前にも、自己の運転するタクシーに原告を乗車させたことがあつたが、その中には無償の場合もあつた。そこで本件事故当日も、前記のとおり、被告山口が流し運転中、たまたま原告を見つけて乗車させたものであるが、被告山口は、右乗車の当初から佐世保市金比良町の原告の当時の住所まで原告を無償で運送する意思をもつて運転したものである。

(b) 一方、原告は、前記松浦町交差点附近の停留所でバスから降りたところ、間もなく、被告山口がこれを見付け、本件加害車を寄せてきて、後部ドアを開けたので、原告は、持つていた風呂敷包み二個を後部座席に乗せたところ、被告山口から、前に乗りませんかといわれて助手席に乗つたものである。

(ロ) ところで、自賠法第三条にいう「他人」とは、自己のために自動車を運行の用に供する者及び当該自動車の運転者を除くそれ以外の者をいうものと解されるので、いわゆる好意同乗者も同条の「他人」にあたると解される。しかして、右の「他人」は、自動車の運行による人身事故によつて発生した損害賠償請求権の帰属する主体となり得る地位にある者であるから、ただ単に好意同乗者であることを理由に損害賠償請求権を有しないといえないことは当然である。

一般に無償同乗あるいは好意運送という場合にも、(イ)運行供用者でありかつ運転者である者との親族関係、友人関係、企業組織上から生じた好意関係等から無償で同乗しまたは運送される者、(ロ)運行供用者とは右のような関係があるが、運転者との間にはこれがなくして無償で同乗しまたは運送される者、(ハ)運転者との間には右のような関係があるが、運行供用者との間にはこれがなくして無償で同乗しまたは運送される者、(ニ)運行供用者及び運転者との間に右のような関係が全くなくして無償で同乗しまたは運送される者がある。しかして、右(イ)、(ロ)の場合は運行供用者は、その無償同乗または好意運送についても運行支配を有し、その運行につき利益を有するものと認められるので、運行供用者責任は免れることはできないと解される。しかし、(ハ)、(ニ)の場合は、運転者を媒介として存在する運行供用者のその自動車についての具体的な運行支配の関係は、その自動車の使用、運行に対し管理、監督、制禦する社会的関係であるから、この関係に無償同乗または好意運送の関係が介入することによつて、右の運行支配関係が遮断され、具体的な運行支配が失われ、また、さらに、もつぱら無償同乗者のため運行の用に供していることになつて、同人は、前記の「他人」である地位を失うことのあることが考えられる。

(ハ) そこで、本件の原告の同乗は、右の(ハ)の場合に当ると考えられるので、前記認定の被告会社の有していた運行支配関係が、本件事故当時失われていたかどうかを検討する。

前記認定のとおり、被告会社は、本件加害車でタクシー営業を行つているものであるから、具体的な本件加害車の運行支配の通常の形態は運転者を媒介として、旅客を有償で運送することまたは運送すべき旅客を求めていつでも運送依頼に応じられる状態で流し運転をすることである。したがつて、例えば、貨物運送の途中に助手席に他人を便乗させる場合のように、通常の形態での運送と無償運送とが競合し得るようなものではないので、当然に、無償運送は厳禁されており、同乗者としてもまた被告会社が無償同乗を予測し、場合によつてはこれを認容するであろうと考えることはないといわなければならない。

しかし、前記認定のとおり、本件の無償同乗は、被告山口が流し運転中に行つたもので、他に有償運送すべき旅客があつてこれと競合していたわけではなく、ただ、これによつて、次の有償運送の機会が延引したにすぎず、右無償同乗中の運行は次の有償運送に至る運行過程であつて、その時間と距離は比較的短かい。なるほど、その間の運送の利益はもつぱら原告が得ているが、<証拠>によれば、被告会社は、タクシーの無償同乗を発見するための計器設備その他の措置を講じていることが認められ、その利益回復の可能性があり、運行そのものによる利益も、流し運転中よりは減ずるけれども全く失われたものということはできない。

すると、被告会社の本件加害車に対する運行支配は、前記無償同乗中も遮断されてはいないものと認められ、その運行による人身事故の被害者が通行人である場合には勿論のこと、原告のような同乗者に対しても運行供用者としての責任を免れることはできないものと解する。

(二) また、前記認定の原告の乗車の経過と態様から考え、原告は、被告山口が料金メーターのレバーを倒さないことを知り、それ故無償で運送してくれるものであることを知つていたものと推認されるが、本件同乗につきタクシー料金を支払わなかつたものの、本件加害車に乗り込む当初から積極的に無償同乗を依頼したものではなく、料金支払の意思がなかつたわけでもないことが認められるから、まだ、前記の「他人」である地位を失つたものとも解されない。(福嶋登)

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