長崎地方裁判所佐世保支部 昭和53年(ワ)146号 判決 1981年10月19日
主文
一 被告は、原告樋口和夫に対し、金六四万七、六三六円、原告樋口猛に対し、金二五万九、七七六円、原告田中勇に対し、金三一万一、九六〇円、原告末武哲男に対し、金一四万六、九六〇円及びこれらに対する昭和五一年八月二九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの連帯負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告樋口和夫に対し、金一〇八万五、九五〇円、原告樋口猛に対し、金三二万五、二〇〇円、原告田中勇に対し、金六二万五、九六一円、原告末武哲男に対し、金一八万三、〇〇〇円及びこれらに対する昭和五一年八月二九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
3 (被告敗訴の場合)担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (事故の発生)
被告は、昭和五一年八月二九日午後三時三〇分ごろ、平戸市度島町横島灯台より東方約四五〇メートル付近の海上を北東に向け約一七ノツトで遊漁船「第一一信鵬丸」(船体の長さ一〇・五〇メートル)を操縦して航行中、自船を漁船「幸神丸」(一・二〇トン)の左舷船首部に衝突させ、同船を破壊するとともに、衝突の衝撃により同船に乗船していた原告田中勇、同末武哲男を船上に転倒させ、原告田中勇に対し脳挫創等、原告末武哲男に対し右肘挫傷等の各傷害を負わせた。
2 (責任原因)
被告は、前記日時に自船を操縦して航行中、漁船「幸神丸」が自船の前方約右五度、五〇メートル付近に停船しているのに気付き、同船の船首前方を横切り通過しようとしたが、このような場合、同船の位置と自船の進路を注視し、舵を適正に保持して衝突等の事故を防止すべき業務上の注意義務があるのに、煙草に火をつけようとして屈み込み、同船を注視しないまま同一速度で航行した過失により、至近距離に接近し、衝突を回避しようとしたが間にあわず、自船を同船の左舷船首部に衝突させたものであつて、民法七〇九条による責任を負う。
3 (原告らの損害)
(一) 原告樋口和夫の損害 金一〇八万五、九五〇円
(1) 物損等 合計金九八万五、九五〇円
原告樋口和夫は、漁船「幸神丸」の所有者兼船長であるが、本件事故により同船を大破されたほか、同船備え付けの器具が破壊され、さらに、同船内にあつた同人所有の道具類が流出した。
(イ) 漁船「幸神丸」の全損 金六五万〇、〇〇〇円
(ロ) 灯火(白灯) 金五、五〇〇円
(ハ) 集魚灯 金一万三、四五〇円
(ニ) ランプ 金六、〇〇〇円
(ホ) ダイナモ 金三万九、〇〇〇円
(ヘ) 釣具
(ト) ナマリ、ハリ }金二万一、九〇〇円
(チ) 雨具 金八、〇〇〇円
(リ) 長ぐつ 金三、七〇〇円
(ヌ) 水とう 金四、〇〇〇円
(ル) パラアンカー 金三万五、〇〇〇円
(ヲ) 水中灯具 金三万六、〇〇〇円
(ワ) バツテリー 金四万七、六〇〇円
(カ) ロープ 金一万六、八〇〇円
(ヨ) 救命具 金二万九、〇〇〇円
(タ) 廃船処理費 金七万〇、〇〇〇円
(2) 弁護士費用 金一〇万〇、〇〇〇円
原告樋口和夫は、被告が任意の支払に応じないため、本件訴訟の遂行を代理人らに委任し、福岡県弁護士会報酬規程にもとづく手数料の支払を約したが、そのうち金一〇万円は被告において賠償すべきものである。
(二) 原告樋口猛の損害 金三二万五、二〇〇円
(1) 物損等 合計金二九万五、二〇〇円
原告樋口猛は、漁船「幸神丸」に同船していたが、本件事故により同船内にあつた同人所有の道具類等が流出した。
(イ) ラジオ 金三万八、〇〇〇円
(ロ) 釣ザオ 金三万九、二〇〇円
(ハ) リール 金三万二、五〇〇円
(ニ) メガネ 金一万四、〇〇〇円
(ホ) 足ひれ 金九、〇〇〇円
(ヘ) 水中銃 金四万二、〇〇〇円
(ト) 水泳パンツ 金一、五〇〇円
(チ) 磯ぐつ 金七、〇〇〇円
(リ) シユノーケル 金四、〇〇〇円
(ヌ) レギユレーター 金九万五、〇〇〇円
(ル) 釣糸 金一万三、〇〇〇円
(2) 弁護士費用 金三万〇、〇〇〇円
前記樋口和夫分と同様の理由により、金三万円の支払を求める。
(三) 原告田中勇の損害 金六二万五、九六一円
(1) 病院関係 合計金一八万〇、二六一円
原告田中勇は、脳挫創兼左肘部打撲症により、昭和五一年八月二九日から同年九月二一日まで桑原病院に入院し加療した。
(イ) 治療費 金一〇万五、八六一円
(ロ) 付添費 金六万〇、〇〇〇円
原告田中勇の妻は、同原告の入院中二四日付添い看護にあつたので、一日二、五〇〇円として二四日分
(ハ) 入院中諸雑費 金一万四、四〇〇円
一日六〇〇円として二四日分
(2) 逸失利益 金一一万四、二〇〇円
原告田中勇は、本件受傷により少なくとも一か月間は働くことができなかつた。
(3) 慰謝料 金二五万〇、〇〇〇円
原告田中勇の本件受傷による精神的苦痛に対する慰謝料は金二五万円を下らない。
(4) 物損 合計金二万四、五〇〇円
本件事故により同船内にあつた同原告所有の道具類等が流出した。
(イ) 釣具 金一万五、〇〇〇円
(ロ) 雨具 金五、〇〇〇円
(ハ) リール 金四、五〇〇円
(5) 弁護士費用 金五万七、〇〇〇円
前記樋口和夫分と同様の理由により、金五万七、〇〇〇円の支払を求める。
(四) 原告末武哲男の損害 金一八万三、〇〇〇円
(1) 逸失利益 金三万二、〇〇〇円
原告末武哲男は、本件受傷のため、勤務先である新北松衛生社を昭和五一年八月三〇日から同年九月五日までの間、休職のやむなきに至つたが、このため同年九月分の給料が金三万二、〇〇〇円減額となつた。
(2) 慰謝料 金一〇万〇、〇〇〇円
同原告は、本件受傷により、同年八月二九日桑原病院に入院し、さらに同月三〇日から同年九月一九日までの間、村山医院に通院して加療したが、このような同原告の精神的苦痛に対する慰謝料は金一〇万円を下らない。
(3) 物損 合計金三万五、〇〇〇円
本件事故により同船内にあつた同原告所有の道具類等が流出した。
(イ) 釣具 金一万八、〇〇〇円
(ロ) 雨具 金五、〇〇〇円
(ハ) クーラー 金一万二、〇〇〇円
(4) 弁護士費用 金一万六、〇〇〇円
前記樋口和夫分と同様の理由により、金一万六、〇〇〇円の支払を求める。
4 (結論)
よつて、不法行為にもとづく損害賠償請求として、被告に対し、原告樋口和夫は、金一〇八万五、九五〇円、原告樋口猛は、金三二万五、二〇〇円、原告田中勇は、金六二万五、九六一円、原告末武哲男は、金一八万三、〇〇〇円及びこれらに対する事故発生の日である昭和五一年八月二九日から各支払いずみまで民法所定五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(事故の発生)の事実は、負傷の部位は不知。その余の事実は認める。
2 同2(責任原因)の事実は、争う。
3 同3(原告らの損害)の事実は、不知。
原告らの損害のうち、次の物品については、事故後被告が引きあげ保管し、原告らに引取りを請求したが、原告らはこれを引き取らなかつたものである。これらの物品(左記(一)ないし(四))は損害から除かれるべきである。
(一) 原告樋口和夫の損害(1)の物損のうち、
(ロ)灯火 (ハ)集魚灯 (ニ)ランプ (ホ)ダイナモ (ヘ)釣具の一部 (リ)長ぐつ (ト)ナマリ、ハリ (ワ)バツテリー (カ)ロープ
(二) 原告樋口猛の損害(1)物損のうち、
(ロ)釣ザオの一部 (ハ)リールの一部 (チ)磯ぐつ (ヌ)レギュレーター
(三) 原告田中勇の損害(4)物損のうち、
(イ)釣具の一部 (ハ)リールの一部
(四) 原告末武哲男の損害(3)物損のうち
(イ)釣具の一部
なお、原告樋口和夫の損害中(1)(イ)の漁船損害は、高価にすぎる。せいぜい一五万円程度であり、同船は建設後一〇年余を経ている。事故後、被害船と同程度の船を提供することを申し入れたが、拒否されたものである。
原告らの損害は、いずれも新品としての評価であるが、現実には、中古品であり、過当な請求である。
三 被告の主張(過失相殺)
仮に被告に責任ありとするも、原告らにも事故発生上過失があり、過失相殺を主張する。
原告樋口和夫は「幸神丸」の船長で、事故当時「幸神丸」を操縦していた者である。同原告は、事故現場付近において、自船前方二、〇〇〇メートルばかりのところに、船首を自船の方に向けて進行している「第一一信鵬丸」を認めたのであるから、衝突の危険をさけるため常に監視する注意義務があるのにこれを怠り、一本釣を開始しようとしたため、自船が「第一一信鵬丸」の進路を妨害する状態になつたのに気づかなかつた過失がある。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 本件事故の発生について
請求原因1の事実中、原告田中勇、同末武哲男の負傷の部位の点を除くその余の事実(被告が「第一一信鵬丸」を操船中、原告らの乗船する「幸神丸」に衝突させ、同船を破壊するとともに、右各原告を負傷させたこと)は、当事者間に争いがない。
そして、右各原告の負傷の内容については、成立に争いのない甲第四号証によれば、原告田中勇は、脳挫創(右後頭部打撲)兼左肘部打撲症の傷害を、同甲第五、第六号証によれば、原告末武哲男は、左腰部右足関節部右上膊打撲擦過傷の傷害を、それぞれ負つたことが認められる。
二 被告の責任について
1 いずれも成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第一〇ないし第一五号証、乙第一ないし第九号証、原告樋口和夫(第一回)、同樋口猛、同田中勇、同末武哲男、被告各本人尋問の結果を総合すると、本件事故直前の状況について、次のとおり認められる。
(一) 原告らは、「幸神丸」に乗船して一本釣を行うため、船尾から海中にシー・アンカー(潮帆)を投入して機関を停止し、潮の流れに乗つて漂流しては操業を続けていた。
原告らは、事故当日の午後三時二六分ごろ、再び漂流を開始しようとして、シー・アンカーを投じ、機関を停止したが、そのさい船首の左方二、〇〇〇メートルばかりのところに、かなりの高速力で進行している「第一一信鵬丸」を認めたが、遠いので別段気にもとめずに魚釣りにとりかかつた。
ところが、その後、午後三時二九分ごろ、原告樋口猛が、「第一一信鵬丸」が船首左前方約二〇〇メートルのところを「幸神丸」へ向けて高速で前進してくるのを発見し、原告らは、衝突の危険を感じたものの回避する余裕もなく、衝突してしまつた。
(二) 被告は、本件事故直前は、島に渡してあつた釣客を迎えるために、「第一一信鵬丸」を操船して航行していた。
被告は、「幸神丸」が自船の前方約五度、五〇メートル付近に停船しているのに気がつき、同船の船首前方約五メートル先を横切ろうとした。
被告は、そのまま進めば、無事横切れるものと判断し、舵はそのままにして、タバコに火をつけるために、うつむいてマツチをすつたが火がつかず、二本目のマツチをすつて火をつけた直後に顔をあげたところ、眼前の至近距離に「幸神丸」を発見し、回避措置をとるもおよばず、同船に衝突してしまつた。
(三) 被告は、本件事故につき、刑事責任を問われ、昭和五二年六月二四日、平戸簡易裁判所において、業務上過失往来危険、業務上過失傷害の各罪により罰金八万円に処せられている。
また、被告及び原告樋口和夫の両名は、昭和五三年八月二五日長崎地方海難審判庁の裁決を受け、いずれも戒告となつている。
以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。
右認定事実によれば、本件事故発生の原因は、主として、被告が、「幸神丸」を自船前方約五〇メートルの付近に認めたさい、同船の位置と自船の進路を注視し、舵を適正に保持する業務上の注意義務があるのに、そのまま航行すれば同船の船首前方を横切ることができるものと軽信し、煙草に火をつけようとして屈み込み、漂流中の同船を注視しないまま同一速度で進行したことにあり、被告の船舶航行上の注意義務違反は明らかで、その過失は明白である、といわざるをえない。
してみれば、被告は、原告が本件事故によりこうむつた損害につき、民法七〇九条にもとづき不法行為責任としてこれを賠償すべき義務がある。
2 そこで、進んで、被告の過失相殺の主張について検討する。
右のとおり、本件事故は被告の前方不注視によつて惹起されたもので、その責任の大半は原告にある、というべきであるが、他方、前記認定事実によつて認められる「第一一信鵬丸」が当時かなりの高速であつたこと、遠方に現認してから衝突までわずか三分間ほどしかなかつたことに照らすと、原告らにおいて、機関を完全に停止してしまわずに同船の位置、進路、速力にある程度注意しておれば、本件衝突事故は回避されたはずであつて、これを漫然と等閑視して一本釣を開始した原告らにも過失があつたことは否定しがたいものである。そして、本件事故の発生における原告らの過失割合は、右過失の程度にかんがみて二割と認定するのが相当であり、後記認定の各原告の損害からそれぞれ二割の過失相殺をしなければならない。
三 原告らの損害について
1 原告樋口和夫の損害
(一) まず、原告樋口和夫のこうむつた損害のうち、とくに争いのあるのは、漁船「幸神丸」の全損についての評価額(請求原因3(一)(1)(イ))である。
前顕甲第二号証及び原告樋口和夫本人尋問の結果(第一回)によれば、本件衝突事故により、「幸神丸」は船首部が切断されて欠落し、もはや修理は不可能で廃船とする以外になくなつたことが認められるから、被告は、「幸神丸」の時価相当額を損害として賠償すべきところ、同本人尋問の結果によれば、原告樋口和夫は、友人の吉浦春男から友人のよしみで時価相場よりも安く金三〇万円で「幸神丸」を購入したことが認められ、これに証人森秀助の証言によつて認められる同船舶の建造年数、船体の損耗の度合、並びに成立に争いのない甲第三一号証によつて認められる日本海事検定協会福岡出張所の査定価額をもあわせ考えると、本件事故当時の「幸神丸」の評価額は、金四〇万円とするのが相当である。
なお、証人森秀助の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一六号証によれば、「幸神丸」につき金六五万円との評価のされていることが認められるが、右評価額は、同証人の証言にも明らかなように正式な評価ではなく売買の助言又は保険加入のさいの参考資料とするものにすぎないから、これをそのまま本件損害額算定の基礎とはできないものである。
(二) 次に、原告樋口和夫のその余の物損(請求原因3(一)(1)(ロ)ないし(タ))について検討すると、原告樋口和夫本人尋問の結果(第一、二回)及びこれによつて真正に成立したものと認められる甲第一七ないし第二〇号証、被告から返却された備品類を昭和五五年一二月撮影した写真であることにつき争いのない甲第三〇号証を総合すると、同原告は、本件事故によりその主張の各物品を流失したもので、いずれも同原告主張のとおりの損害額が認められ、この認定を左右する証拠はない。
よつて、(一)、(二)の損害を合計すると、原告樋口和夫の物損は、金七三万五、九五〇円である。
2 原告樋口猛の損害
原告樋口猛のこうむつた物損(請求原因3(二)(1)(イ)ないし(ル))については、前顕甲第一七号証、同第三〇号証、原告樋口猛、同樋口和夫(第二回)各本人尋問の結果を総合すれば、原告樋口猛は、本件事故により請求原因3(二)(1)(イ)ないし(ル)の物品を流失したもので、各項目につきいずれも原告樋口猛主張のとおりの損害が認められ、この認定を左右する証拠はない。
よつて、原告樋口猛の物損は、合計金二九万五、二〇〇円である。
なお、被告は、原告らの主張する物品のうちには、被告において保管中のものがある、と主張するが、前顕甲第三〇号証、被告が引きあげた備品類を昭和五五年八月撮影した写真であることにつき争いのない乙第一一号証、原告樋口和夫本人尋問の結果(第二回)を総合すると、本件訴訟係属中の昭和五五年、原告らは、被告からその保管中の物品をすべて返却されたこと、右物品は、すべて原告樋口和夫又は同樋口猛の所有物で、原告田中勇、同末武哲夫の流出した物品は含まれていないこと、被告から返却された物品の評価額を差し引いてなお原告樋口和夫、同樋口猛には、さきに認定したとおりの損害のあることが明らかであり、被告の主張は理由がない。
3 原告田中勇の損害
(一) 病院関係の損害について
前記認定のとおり、原告田中勇は、本件事故により脳挫創(右後頭部打撲)兼左肘部打撲症の傷害を負い、その本人尋問の結果によれば、昭和五一年八月二九日から同年九月二一日まで桑原病院に入院していたことが認められる。
(1) 治療費について
証人山口千代子の証言、原告田中勇本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第二一号証(但し、鹿町町長作成部分については争いがない。)を総合すると、原告田中勇は、桑原病院に入院中の治療費については、国民健康保険組合から金一〇万五、八六一円の給付を受け、残りの一部負担部分については被告が支払つたこと、ところが、後日、事故による治療の場合は、保険がきかないから、との理由で、原告田中勇は、同組合から保険給付に相当する金額の支払を求められていることが認められる。
原告田中勇は、被告に対し、右事実にもとづき保険給付相当分を治療費として支払を求めているものである。しかしながら、国民健康保険法六四条によれば、本件のように給付事由が第三者の行為によつて生じた場合において、保険者は、保険給付を行つたときは、給付額の限度で被保険者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得することとされており、保険者である鹿町町は、事故加害者である被告に対してはともかく被保険者である原告田中勇に対しては給付額を請求する理由がないものというべきである。
したがつて、原告田中勇が、鹿町町から請求を受けたことを根拠に治療費を損害として請求することもまた理由がない。
(2) 付添費について
証人山口千代子の証言及び原告田中勇本人尋問の結果によれば、原告田中勇の妻が、旅館の炊事婦の仕事を休んで、事故の翌日である昭和五一年八月三〇日から同年九月二一日までの二三日間、原告の付添看護をしたことが認められる。その費用は、原告主張のとおり一日金二、五〇〇円の割合により合計金五万七、五〇〇円となるが、証人山口千代子の証言によれば、被告の母親である山口千代子が原告田中勇の妻とともに付添い看護にあたり、誠意を尽くしたことが認められるので、この事実を考慮して、付添看護費としては、金三万円をもつて相当と認める。
(3) 入院諸雑費について
原告が前認定のとおり桑原病院に入院した二四日間の入院諸雑費は、一日金五〇〇円の割合により合計金一万二、〇〇〇円と認定するのが相当である。
(二) 逸失利益について
原告田中勇は、その本人尋問の結果によれば、本件事故当時満六九歳で、すでに退職しており、日常は、自宅の植林の下払いや農業の手伝いに従事していたことが認められるので、同人の一か月分の逸失利益は、金五万円とするのが相当である。
(三) 慰謝料について
前認定の原告田中勇が本件事故によりこうむつた傷害の程度、入院期間、その本人尋問の結果認められる後遺障害の程度、その他本件にあらわれた諸般の事情を総合すると、同原告が本件事故によりこうむつた精神的苦痛に対する慰謝料は金二五万円と認定するのが相当である。
(四) 物損について
原告田中勇本人尋問の結果及びこれによりいずれも真正に成立したものと認められる甲第二二、第二三号証によれば、原告田中勇は、本件事故により船内にあつた自己所有の釣具、雨具、リールを流失しており、その評価額は、いずれも原告主張のとおりで、その合計額は金二万四、五〇〇円である、と認められる。以上(一)ないし(四)によると、原告田中勇の損害は合計金三五万四、五〇〇円となる。
4 原告末武哲男の損害
前記認定のとおり、原告末武哲男は、本件事故により左腰部右足関節部右上膊打撲擦過傷の傷害を負い、その本人尋問の結果によれば、同原告は、事故当日の翌日である昭和五一年八月三〇日の夕方まで桑原病院に入院し、その後、右同日から同年九月一九日まで村山医院に通院し治療を受けたことが認められる。
(一) 逸失利益について
原告末武哲男本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二六号証、成立に争いのない甲第二九号証によれば、同原告は、当時、新北松衛生社に勤務し、自動車の運転手をしていたところ、本件事故で受傷したため、昭和五一年八月三〇日から同年九月三日まで休職せざるを得ず、このため給与が金三万二、〇〇〇円減額となつたことが認められる。
したがつて、原告田中勇の逸失利益は右給与減額相当分である金三万二、〇〇〇円となる。
(二) 慰謝料について
前認定の原告末武哲男が本件事故によりこうむつた傷害の程度、入院の事実、通院の期間その他本件にあらわれた諸般の事情を総合すると、同原告が本件事故によりこうむつた精神的苦痛に対する慰謝料は金一〇万円と認定するのが相当である。
(三) 物損について
原告末武哲男本人尋問の結果及びこれによりいずれも真正に成立したものと認められる甲第二七、第二八号証によれば、原告末武哲男は、本件事故により船内にあつた自己所有の釣具、雨具、クーラーを流出しており、その評価額は、いずれも原告主張のとおりで、その合計額は金三万五、〇〇〇円である、と認められる。
以上(一)ないし(三)によると、原告末武哲男の損害は合計金一六万七、〇〇〇円となる。
5 まとめ
以上のとおり、各原告の損害は、原告樋口和夫が金七三万五、九五〇円原告樋口猛が金二九万五、二〇〇円、原告田中勇が金三五万四、五〇〇円、原告末武哲男が金一六万七、〇〇〇円となる。
6 過失相殺
前記二2で判示したとおり、原告らが本件事故によりこうむつた損害について二割の過失相殺がなされるべきであるから、前記5の各原告の損害額からそれぞれ二割の過失相殺をすると、残額は、原告樋口和夫が金五八万八七六〇円、原告樋口猛が金二三万六、一六〇円、原告田中勇が金二八万三、六〇〇円、原告末武哲男が金一三万三、六〇〇円となる。
7 弁護士費用
原告らは、本件訴訟を本件原告代理人弁護士らに委任したことが記録上明らかであるから、その認容額の一割を弁護士費用として加算することとする。
四 結論
以上によれば、被告は、本件不法行為にもとづく損害賠償として、原告樋口和夫に対し金六四万七、六三六円、原告樋口猛に対し金二五万九、七七六円、原告田中勇に対し金三一万一、九六〇円、原告末武哲男に対し金一四万六、九六〇円をそれぞれ支払うべき義務があるといわなければならない。
よつて、原告らの被告に対する本訴各請求は、各原告において右各金員及びこれらに対する本件事故発生の日である昭和五一年八月二九日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用し、仮執行免脱宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 土屋文昭)