長崎地方裁判所大村支部 昭和33年(わ)81号 判決 1958年12月27日
被告人 山崎正光
主文
被告人を懲役一年及び罰金一万円に処する。
右罰金を完納することができないときは金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
未決勾留日数中五十日を右懲役刑に算入する。
本件公訴事実中被告人が
(1) 昭和三十三年三月二十七日午後十時五十分頃諫早市長野町島鉄踏切り第二十一号東方約九十米附近道路において野口博恭運転の小型自動四輪車に自己運転の廃車普通乗用自動車をけん引させた際、けん引のロープに所定の白布をつけず、更に被けん引自動車に前照灯をつけなかつたという点
(2) 同年八月十三日頃門司市小森江南本町五丁目福岡食糧株式会社門司営業所において所長宝田安吉より金三千円を詐取したという点
はいずれも無罪。
理由
被告人は
(一) 昭和三十三年五月二十三日諫早市厚生町本多義一方において同人に対し、真実交換してやる意思がないのに、恰もこれ有るように装つて「唐比の大工さんが現在バイクを持つているがもつと力の強いのを欲しがつている。君のバイクと追銭一万八千円をとつて交換してやるから、明日迄貸してくれ」と虚構の事実を申向け、同人をしてその旨誤信せしめ、よつて即時に同人所有のライナー五十四年式第二種原動機付自転車一台(時価二万五千円位相当)を交換名下に自己に交付せしめて、これを騙取し
(二) 同年二月五日頃諫早市天満町長崎トーハツ商会諫早出張所において梁瀬淳より第二種原動機付自転車一台(時価二万三千円位相当)の売却方依頼を受け、同人の為め預り保管していたが、同年五月二十日頃これを擅に同市厚生町旅館恵比須屋こと山口ワキ方において同女に対し自己の旅館代一万九千円の弁済として差入れて、これを横領し
(三) 自動車運転者であるが、同年三月二十七日午後十時頃野口博恭運転の小型自動四輪車に自己運転の廃車普通乗用自動車をけん引させ、諫早市より長崎県南高来郡愛野町へ向け出発したが、このような場合自動車運転者たるものは酩酊して運転すると前方注視が散漫となるのみならず、ハンドルの操作も意の如くにならないので、酩酊運転することは厳に禁止されているのに、これが業務上の注意義務を怠り、清酒約四合五勺を飲み正常の運転ができない虞れがあるのにこれを意に留めず、同日午後十時五十分頃同市長野町島鉄第二十一号踏切り巾員八米の国道上に差蒐つたが、同所より東方約九十米先は左にカーブしているのに、左折する際左に十分カーブを切らず、漫然道路中央より右寄りを進行していたため、反対方向より川原賢澄運転の自動三輪車が進行して来ることに気づかず該自動三輪車に自己の操縦する車を接触せしめ、これを水田に転落させ、よつて乗車運転中の右川原に治療日数約十五日を要する顔面切創、左大腿左手挫傷を蒙らしめ
(四) 同年七月二十五日頃門司市八幡町九州陸運有限会社において社長久保実五郎所有に係るスクター一台を借受け、これを修理の上同人のため保管していたが、同年八月二十一日同市旧門司五丁目雨窪盧承南方において同人に対し粟村四郎を通じて金三千五百円の借入を申入れた際、擅にこれを右借金の担保として自己のため差し入れてこれを横領し
たものである。
(証拠略)
(法律の適用略)
本件公訴事実中「被告人が判示(三)の際被けん引自動車である普通乗用自動車(廃車)のけん引ロープに所定の白布をつけず更に自己の操縦する右自動車に前照灯をつけなかつた」という点につき考察してみるに、(一)道路交通取締法施行令第四十四条第一項によれば自動車により他の諸車をけん引する場合においてはその自動車の使用主又は運転者は左の各号に定めるところに従わなければならないと規定して、第一号乃至第三号のけん引の方法を制限し更にけん引制限の特例として同令第四十五条に故障の自動車又は廻送のための自動車は前条第一項第一号の規定にかかわらず左の各号に定めるところに従いけん引することができると規定し、二号ハとしてけん引に使用するロープ、鎖、鋼索等の中央に〇、三五メートル平方以上の白色の布をつけることと定めている。しかしてこれ等規定は故障自動車等をけん引する場合は同令第四十五条、右以外の他の自動車をけん引する場合は同令第四十四条、自動車以外の諸車をけん引する場合は同令第四十六条により、被けん引車の種類に応じてけん引の方法を規定しているものとは解せられない。したがつて同令第四十五条所定の故障自動車等でも同令第四十四条所定のけん引の方法に従うべき「他の諸車」に包含されるが、只これについてはけん引制限の特例を設けたにとどまる。(又本件にいう廃車が故障の自動車の概念に包まれるかどうか疑問がないでもないが、尠くとも同令第四十四条所定の他の諸車、同令第四十五条所定の廻送のための自動車に該ることは本件で取調べた証拠に徴し明らかである。道路交通取締法第二条参照。)。かように解するとき同令第四十五条の場合と雖も、かかるけん引の方法に従わねばならない者はけん引する自動車の使用主又は運転者であつて、被けん引車の運転者にはかかる義務が課せられているとは解せられない。尤もこれ等の罰則として同令第四十四条第一項違反の場合は同令第七十二条第一号に、同令第四十五条違反の場合は同令第七十二条第四号に夫々別個に規定され、右第四号は「同令第四十五条の規定によるけん引の方法に従わなかつた者」と規定して第一号の場合より広く、けん引する自動車の使用主又は運転者に限らず、それ以外の者例えば被けん引自動車の運転者をも含めて、取締の対象となつているが如き語感のする立言の形式をとつている。しかしながら同令第四十四条第四十五条を通じ取締の対象者は前述のとおりけん引自動車の使用主又は運転者に限る法意と解すべきである。されば本件被告人に対する該訴因は犯罪を構成しない。次に(二)同令第十八条第一項によれば自動車の運転者は夜間、自動車に、道路運送車両法及びこれに基く命令の規定に基き設けられる前照灯、車幅灯、尾灯その他の灯火をつけなければならない。但し乗合自動車以外の自動車の室内照明灯及びけん引される自動車の前照灯又はその故障している灯火についてはこの限りでないと規定し、更に道路運送車両の保安基準(昭和二十六年七月二十八日運輸省令第六十七号)第三十二条第一項によるも自動車には左の基準に適合する前照灯をその前面の両側に一個ずつ備えなければならない。但し、軽自動車(四輪以上のものを除く。)、二輪自動車、側車付二輪自動車及び三輪自動車にあつては、これを一個とすることができ、被けん引自動車にあつては、これを省略することができる。と規定している。されば本件被告人に対する該訴因は但書の場合に該るから犯罪を構成しない。本件公訴事実中「被告人が昭和三十三年八月十三日頃門司市小森江南本町五丁目福岡食糧株式会社門司営業所において同所所長宝田安吉に対し返済の意思能力がないのに之あるもののよう装い米代がないので三千円貸して呉れと虚構の事実を申向けて欺罔し、その旨誤信した同人より即時同所で現金三千円の交付を受けて之を騙取した」という点につき考察してみるに、宝田安吉の司法警察員に対する供述調書、被告人の昭和三十三年九月二十四日附司法警察員に対する供述調書及び被告人の当公廷(第九回)に於ける供述を綜合すると被告人が昭和三十三年八月八日頃福岡食糧株式会社門司営業所にトラツク運転手として雇われ、同年八月十三日当日の勤務がすんだ後、その頃真実米代に困つていたので所長宝田安吉に対し米代がないので三千円貸して呉れと申入れ、これを受取つたこと、しかして入社の際明確なる日給の取極めはなかつたが、同僚より大体日給六百余円(月二万円位)と聞知していたので、八月九日より同月十三日迄五日間の給料が大約三千円にして自己に於て正当に受領すべき権限ある金員であると信じ、右金額の前借方を申入れたことを認めることができる。右認定に反する証拠は当裁判所信用しない。尤も被告人が金三千円を借受けた翌日より同営業所を病気にて休み、八月二十二日居住地たる門司市白木崎八丁目粟村四郎方より諫早市へ引揚げたことをも肯認することができる。しかし八月十三日所長宝田安吉より金三千円を借受けの際、既に辞意があつたにも拘わらず、これを秘して、前借金の申入をし、右宝田を誤信せしめたと認定する証拠もない。かように観じ来ると被告人に詐欺の犯意があつたと断定することができないのでこの点については犯罪の証明がない。
よつてこれ等については刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡をなすべきものとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 富川盛介)