長崎地方裁判所島原支部 平成17年(ワ)2号 判決 2006年7月21日
原告
甲野花子
同訴訟代理人弁護士
小林正博
被告
株式会社Y
同代表者代表取締役
乙原一郎
同訴訟代理人支配人
小幡龍治
主文
1 被告は,原告に対し,金194万9083円及び内金165万5398円に対する平成16年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,金502万0731円及び内金335万9190円に対する平成18年5月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,金銭消費貸借契約に基づき被告からの金員の借入と返済を繰り返していたところ,利息制限法所定の利率に基づき計算すると,原告の被告に対する過払金が発生しており,かつ,被告が利息制限法所定の利率を超えた利息及び遅延損害金を受領する要件を満たしていないことについて悪意であったとして,原告が被告に対し,民法704条に基づく不当利得返還請求として,過払金及びこれに対する利息合計502万0731円の返還請求及び過払金元金335万9190円に対する原告被告間の最終取引日以降の日である平成18年5月19日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による利息の支払を求めた事案であり,争点は,①取引履歴の正確性及び不当利得返還請求権に対する時効援用の可否,②遅延損害金加算の可否,③民法704条に基づく利息の利率(民法所定年5分の割合か,それとも商事法定利率年6分の割合か)である。
1 前提事実
被告は,別会社から譲渡を受けた債権に関するものも含め,平成4年12月4日から同16年8月10日までの金銭消費貸借契約に基づく原告被告間の取引履歴を開示し,そのうち同5年11月22日から同16年8月10日までの被告の原告に対する貸付金額及び原告の被告に対する返済金額は別紙記載のとおりであることについて当事者間に争いはないが,被告は,同4年12月4日から同5年9月24日までの取引に基づく原告の不当利得返還請求について時効を援用する一方,原告は,被告が開示した取引履歴以前にも原告被告間で取引があったとして,被告開示の取引履歴の正確性について争っている。
2 争点
(1) 取引履歴の正確性及び時効援用の可否について
(原告の主張)
ア 原告と被告との取引開始日は被告主張の取引開始日(平成4年12月4日)より前の昭和60年12月25日(訴状)あるいは昭和63年10月20日(原告準備書面(10))である。
イ 被告は,原告被告間の取引は平成5年9月24日においていったん終了したとして時効を援用するが,同日に取引が終了した旨の立証がなされていない。
ウ 平成5年9月24日の時点において発生していた不当利得金は,その後の原告被告間の取引に当然に充当されるというべきである(甲4,甲6参照)。
エ 被告より開示された取引履歴の始期において残元本がプラスである場合には,当該残元本の額について被告が立証責任を負うべきである。
オ 以下の理由により,不当利得返還請求権についての時効の援用は権利の濫用であり許されない。
(ア) 利息制限法による引き直し計算の結果発生した不当利得金は,継続的取引において発生するものであり,継続的行為による不法行為に対する損害賠償について個々の損害発生時からは時効が進行しないのと同様に,取引が継続している限りその時効は進行しないというべきである。
(イ) 利息制限法に基づく元本充当計算は極めて法的に高度な手法であり,これを一般人が理解して行使することは困難であり,貸主との関係において脆弱な立場にある借主に不当利得金回収を期待することはできない。
(ウ) 利息制限法に違反したことにより生じる不当利得金は,強行法規に反するもので違法性が高いから,単なる時間の経過を理由にその利得を不当利得者にとどめるべき正当性はない。
カ 平成8年3月15日時点での不当利得金は,いずれもその発生から10年を経過しておらず,被告の時効援用は主張自体失当である。
(被告の主張)
ア 被告が原告と取引を開始したのは平成5年11月22日である。
イ 原告と株式会社Yクレジットとの取引は平成4年12月4日に開始され,平成5年4月1日に,同年3月31日の時点で上記Yクレジットが原告に対して有した債権について,同社から被告に対し債権譲渡がなされたものであるから,同4年12月4日より前の原告と被告及び上記Yクレジットとの取引は存在しない。
ウ 不当利得返還請求権の時効の起算点は,不当利得返還請求権の行使が可能な時点であり,権利者は,不当利得の成立と同時に権利行使が可能であるから,不当利得返還請求権の時効の起算点は,当事者の認識にかかわらず,不当利得成立の時点からである。
被告は,原告の不当利得返還請求のうち,本件訴え提起日(平成17年1月18日)より10年以上前の同5年9月24日時点での原告の被告に対する不当利得返還請求について,時効を援用する。
エ 原告被告間の取引履歴についての立証責任は原告にある。
(2) 遅延損害金の加算の可否について
(原告の主張)
ア 利息と遅延損害金の区別は,元本の使用が認められているか否かにより区別すべきであり,期限が経過しても,直ちに残債務全額の回収をすることなく従前の取引が継続されている場合には,相当な期間内の遅延は当然に宥恕され,元本の利用を許容する意思であったと解することになり,遅延損害金の加算は,相当期間内に分割金の支払がなされなかったなどして最終的に支払が停止し,被告が残金の一括払いを請求する等,期限の利益喪失について明示の意思表示がなされて初めて認められるべきものである。
イ 期限の利益喪失約款をそのまま適用すると,本来,利息は法定利息の制限内にとどめるべきものであるにもかかわらず,遅延損害金として,長期に渡り法定利息の倍の金額の収受を認めることになるが,このような対応は利息制限法の脱法行為であり,公序良俗に反し無効である。
ウ 当事者の合理的意思解釈及び賃貸借契約における信頼関係破壊の法理に照らせば,単なる期限の経過をもって直ちに期限の利益を喪失させるべきではない。
エ 遅延損害金の算出においては,元本の返済については期限の利益が喪失していないのであるから,個々の分割金支払に際しては,支払期限までの元本に対する利息額と,個々の分割払金額に対し遅延日数に応じた遅延損害金利率を乗じた額の合計にとどめるべきであり,元本に遅延損害金利率を乗じた金額を加算すべきではない。
また,債権者(被告)の意思解釈として,期限の利益を喪失することなく分割払が許容されている時点においてまでも分割金支払期限の徒過に対し遅延損害金を付する意思はないと解するのが合理的である。
よって,分割金支払期限後に元本に対し遅延損害金の利率を乗じた金額を遅延損害金として請求できるとの被告の主張は,当事者の合理的意思に反し失当である。
(被告の主張)
被告が主張する遅延損害金の計上は,原告被告間の契約に基づくものであり,期限の利益喪失を理由とするものではなく個々の分割金の支払期限を徒過したことを理由とするものであるから,原告の主張は失当である。
(3) 民法704条に基づく請求について
(原告の主張)
ア 被告は貸金業を営む者であるから,自己の定めた約定利率が利息制限法所定の制限利率を超えていることについて悪意であり,法定充当の結果,不当利得金が発生しうることについて悪意であった。
また,被告は原告に対し貸金業の規制等に関する法律18条に定める書面を交付していなかったことから,いわゆるみなし弁済の適用がないことについても悪意であった。
イ 被告は商人であること,本件不当利得により年6分を上回る利益を得ていること及び準事務管理の法理(事務管理と異なり本人のためにする意思を欠くが,事務管理に準じ,得た利益は全て本人に引き渡すべきものであるとする考え方。)に照らし,民法704条に基づく利息は年6分とすべきである。
(被告の主張)
被告が民法704条における悪意の不当利得者であることについては争わない。
第3 当裁判所の判断
1 取引履歴の正確性及び時効援用の可否について
不当利得返還請求権の時効の起算点は,不当利得返還請求権の行使が可能な時点であり,権利者は,不当利得の成立と同時に権利行使が可能であるから,不当利得返還請求権の時効の起算点は,個々の取引により不当利得が生じた各時点からである(大判昭和12年9月17日民集16巻1435頁)。
よって,本件における原告の不当利得返還請求のうち本件訴えの提起日(平成17年1月18日)より10年以上前の同5年9月24日までの原告の被告に対する不当利得返還請求については,時効が成立し,この部分について,原告の被告に対する不当利得返還請求は理由がない。
これに対し,原告は,上記時効成立時点において発生していた不当利得金は,その後の原告被告間の取引に当然に充当される旨主張するが,上記のとおり,不当利得返還請求における時効の起算点は不当利得が発生する個々の取引の時点からであるところ,時効には遡及効があり(民法144条)被告の時効援用により同5年9月24日までに存在する原告の不当利得返還請求権は取引の時点に遡って消滅していることになり,同5年9月24日の時点より後の取引への充当ができないことは明らかであるから,当該主張は採用できない。
また,原告は,従前の取引において発生していた不当利得金が後の取引に充当されるとする裁判例として,甲4及び甲6の裁判例を提示しているが,甲4については,時効について争点として取り上げられていないため事案を異にし,甲6については,原告には,従前の不当利得返還債権を,被告との間で将来発生する債務にも充当指定する意思がある旨判示して被告の時効援用の主張を退けているが,上記時効の遡及効を看過し,契約当事者のうち一方当事者の意思のみを理由とするものであるから,採用できない。
時効援用が権利濫用であるとの主張については,原告において権利行使を妨げられた特段の事情は認められないこと,時効制度の目的の1つに証拠の散逸による立証困難の回避があるところ,本件では平成15年11月22日より前の原告被告間の取引履歴について明確な証拠がなくこのままでは正確な不当利得金額の算定は困難であるところ,本件での時効援用はまさしく上記時効制度の趣旨に沿うものであることから,当該主張は採用できない。
さらに,原告は,被告主張と異なる取引履歴及びこれについての立証責任についても主張しているが,本件では,上記のとおり平成5年9月24日以前の取引履歴について争いのある期間における不当利得返還請求については時効により消滅しているから,上記主張について検討する必要はないし,平成8年3月15日時点での不当利得金はいずれもその発生から10年を経過しておらず被告の時効援用は主張自体失当である旨の原告の主張は,被告の時効援用は平成8年より前の平成5年9月24日時点での不当利得返還請求権についてであるから,原告の主張が主張自体失当である。
2 遅延損害金の加算の可否について
(1) 遅延損害金については,契約自由の原則にかんがみ,これが当事者間の有効な契約に基づいて定められたものである限り,利息制限法に反しない範囲で当該契約に基づき加算されるべきものであり,不当利得返還請求権に基づく引き直し計算においても同様に加算されるべきものであるが,従前の取引における支払の際に債権者が債務者に対し遅延損害金を請求していないなど,債権者において遅延損害金の支払を免除したと推認される特段の事情がある場合には,不当利得返還請求における引き直し計算においても遅延損害金の加算を行わないこととするのが相当である。
(2) これを本件について見るに,本件では利息と遅延損害金が同率と定められていることにより(乙2の1,乙6の1,乙27の1),取引履歴からは遅延損害金の免除について直ちに認めることができず,他に全証拠によるも,被告が原告に対し遅延損害金の支払を免除したと推認することのできる事実は見当たらないことからすれば,不当利得返還請求権に基づく利息引き直し計算の過程において,利息制限法4条1項の範囲で遅延損害金の加算を認めるのが相当である(最判昭和43年7月17日民集22巻7号1505頁)。
(3) これに対し,原告は,利息と遅延損害金の区別は元本の使用が認められているか否かで区別すべきであり,直ちに残債務全額の回収をすることなく従前の取引が継続されている場合には,相当な期間内の遅延は当然に宥恕される旨主張するが,元本の使用の可否あるいは期限の利益喪失と,遅延損害金支払の必要性は区別して考えるべきであり,元本の使用を許しつつも,個々の分割金支払いの遅延についてこれによる損害の回収のため遅延損害金を課すことは何ら背理ではなく,むしろ契約の遵守による債権者側の利益と,元本使用の継続が認められることによる債務者側の利益を両立させるという点で,契約当事者の合理的意思にも合致するものであるから,上記主張は採用できない。
また,原告は,期限の利益喪失約款をそのまま適用すると,本来利息は法定利息の制限内にとどめるべきものであるにもかかわらず,遅延損害金として長期に渡り法定利息の倍の金額の収受を認めることになり,このような対応は利息制限法の脱法行為であり,公序良俗に反し無効である旨主張するが,遅延損害金の加算は契約及び利息制限法に基づくものであり何ら違法ではないばかりか,このような主張は,金銭消費貸借契約における基本事項であるところの期限までの支払を怠ったことに対する債務者の責任を棚上げにするものに他ならないから,上記主張も採用できないし,当事者の合理的意思解釈及び賃貸借契約における信頼関係破壊の法理に照らせば,単なる期限の経過をもって直ちに期限の利益を喪失させるべきではない旨の主張も,上記に述べた理由及び生活の基盤としての賃貸借契約の継続の必要性に基づく理論である信頼関係破壊の法理を金銭消費貸借契約に当てはめる必要性も論理必然性もないことから,この主張も採用できない。
さらに,原告は,①遅延損害金の算出においては,個々の分割金支払期限までの元本に対する利息額と,個々の分割金支払金額に対し遅延日数に応じた遅延損害金利率を乗じた額との合計にとどめるべきであり,元本に遅延損害金利率を乗じるべきではない,②債権者(被告)の意思解釈として,期限の利益を喪失することなく分割払が許容されている時点においてまでも分割金支払期限の徒過に対し遅延損害金を付する意思はないと解するのが合理的であるとして,分割金支払期限後に元本に対し遅延損害金の利率を乗じた金額を遅延損害金として請求できるとの被告の主張は失当である旨主張するが,原告被告間の契約書である乙2の1,乙6の1及び乙27の1によれば,遅延損害金の算出方法について「違約損害金=残元金×違約利率×支払経過日数÷365」と記載することにより,個々の分割金ではなく残元金を基準として遅延損害金を算出する旨明記されていること,利息制限法4条1項は,「金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定は,その賠償額の元本に対する割合が」利息制限法所定の利率を超えるときはその超過部分について無効とする旨定めており,同法も,個々の分割金ではなく元本を基準として遅延損害金の上限を定めていることが明らかであることからすれば,原告の上記①,②の主張は,契約文言・法律文言を全く無視し,自己に都合の良い理屈を用い,あるいは理におぼれたとしか言いようのない無見識なものであり,採用の余地のない主張である。
原告は,期限の利益喪失と絡めた主張を繰り返し行っているが,期限の利益喪失は元本の一括返還の要否に関わるものである一方,本件で問題となっているのは,元本の使用継続を前提としつつ,元本とは別の個々の分割金支払に対する遅延損害金の利率であって,期限の利益喪失とは全く無関係の問題であることを理解すべきである。
3 民法704条に基づく請求について
(1) 本件において被告が悪意の不当利得者である旨の原告の主張について,被告は明らかには争わないから,自白したものとみなす。
(2) そこで,民法704条所定の利息について,年5分とすべきか年6分とすべきか検討するに,以下の事項を指摘することができる。
ア 最判昭和38年12月24日民集17巻12号1720頁は,民法703条について,「およそ,不当利得された財産について,受益者の行為が加わることによつて得られた収益につき,その返還義務の有無ないしその範囲については争いのあるところであるが,この点については,社会観念上受益者の行為の介入がなくても不当利得された財産から損失者が当然取得したであろうと考えられる範囲においては,損失者の損失があるものと解すべきであり,したがつて,それが現存するかぎり同条にいう「利益ノ存スル限度」に含まれるものであつて,その返還を要するものと解するのが相当である。」として,民法703条に基づく不当利得における返還の範囲は,不当利得がなければその利得財産より損失者が当然取得したであろうと考えられる範囲であり,受益者の行為が加わることによって得られた収益は含まれない旨判示している。
イ 最判平成5年3月24日民集47巻4号3039頁は,「不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補てんして,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである。」旨判示し,これを受けて,最判平成9年7月11日民集51巻6号2573頁は,我が国におけるいわゆる懲罰的賠償制度の適用を否定し,「不法行為の当事者間において,被害者が加害者から,実際に生じた損害の賠償に加えて,制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは,右に見た我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。」旨判示している。
また,不法行為に関する規定の中には,賠償責任者の収益に着目して賠償責任を課す規定(いわゆる報償責任)が存在するが(民法715条,自動車損害賠償保障法3条など),いずれも損害賠償の範囲は実損害の範囲にとどまっている。
ウ 新版注釈民法(18)(有斐閣)435頁において引用されているところの,現行民法704条の原案である同法714条の審議における法典調査会民法議事速記録113ないし114によれば,不当利得金100円を銀行に預けた結果110円となった場合,110円に利息を付して返すということになるのか,あるいは110円を返せばよいのであろうかとの質問に対し,立法者は,初めに受けた利益(上記の例であれば100円)に利息を付して返還を要すると考えていた旨答弁し,同167によれば,不当利得金10円を相場で運用して1万円を得た場合,1万円の返還について否定する旨の答弁を行い,「受けたる利益」とは受け取った物の価(価格)の意味である旨答弁しており,立法者としては,不当利得の返還範囲はあくまで不当利得者が当初得た金額及びそれに対する利息の範囲にとどまり,その運用益についてまで返還することは想定していなかったとしている。
エ 民法704条は,利息を付して返還することを要するとした上で,それでもなお損害があるときはその賠償の責に任ず,と規定しており,これは,不当利得返還の上限を,不当利得を原因として不当利得返還請求者が被った損害の範囲に限定したものと解され,利息の規定は,不当利得返還請求者における損害の立証につき,法定利息の範囲で損害として認め立証負担の軽減を図ったもの,あるいは419条(金銭債務における損害賠償の範囲,特則)との関連において定められたものと解される。
オ 利息制限法所定の制限をこえて支払われた利息・損害金についての不当利得返還請求権は,商事債権ではなく民事上の一般債権である。(最判昭和55年1月24日民集34巻1号61頁)
(3) 以上,
ア 民法703条に基づく不当利得における返還の範囲は,その元本と,不当利得された財産について,不当利得がなければその財産から損失者が当然取得したであろうと考えられる収益の範囲であり,受益者の行為が加わることなどによりその範囲を超えて得られた収益は含まれない旨判示し,不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補てんして,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものである旨判示して,不当利得返還あるいは損害賠償の範囲について,不当利得あるいは不法行為を原因として生じた損害の範囲に限定するとした上記最高裁判例,
イ 民法704条における「受けたる利益」は不当利得により得た財産そのものであり,その収益は含まないとの立法者の意思,
ウ 一般的には不当利得より悪性の強い不法行為においても,上記最高裁判例のとおり,損害賠償の範囲は実損害の範囲に限定されており,このことは利益を得ていることを理由に損害賠償責任を負わせる報償責任を定める規定においても同様であるにもかかわらず,不当利得返還において不当利得者が利益を得ていることを理由に実損害以上の返還を認めることは,不法行為制度との均衡を失わせることになること,
エ 不当利得者より利息を付して返還を受けてもなお損害があるときに賠償の責任を負うとの民法704条の文言に照らし,不当利得返還請求者において,不当利得により生じた損害以上の金員を不当利得者に請求できる根拠を見出すことはできないこと,
オ 利息制限法所定の制限を超えて支払われた利息・損害金についての不当利得返還請求権は,商事債権ではなく民事上の一般債権であり,当事者に商人が含まれることをもって直ちに商事法定利率が適用されるべきものではないこと,
に照らすと,不当利得返還請求者が商人ではない場合には,民法704条における利息は,民法所定年5分の割合とするのが相当であり,同人が不当利得金について年5分を超える運用益を得る蓋然性があったなどの理由により年5分の割合を超える損害を被ったこと及びこの損害と不当利得との間に相当因果関係があることの立証がなされた場合には,同条第2文に基づき年5分の割合を超える範囲について損害賠償を請求することができると解するのが相当である。
これに対し,原告は,被告が商人であり本件不当利得により年6分を上回る利益を得ていることを指摘し,あるいは準事務管理における議論を援用するが,上記のとおり,民法704条に定める利息は不当利得返還請求権者の損害を賠償するためのものであり,不当利得者の利益剥奪を目的としたものではないから,論旨は採用できない。
4 以上の検討を踏まえ,原告被告間の平成5年11月22日から同16年8月10日までの取引履歴を前提に民法704条に基づく年5分の割合により利息を加算した利息引き直し計算の結果は別紙のとおりとなり(なお,平成10年6月24日及び同年7月16日の原告の被告に対する支払は,各月10日の支払期限を経過して行われたものであるが,それらの前の同年5月28日に1万5000円,同年6月24日に3万円の各支払がなされていることから,遅延損害金の加算は行わない。),これによれば,平成16年8月10日の時点での被告の不当利得金元金は165万5398円であり,これに対する同日までの利息の合計額は29万3685円となるから,これらの合計金額194万9083円の支払及び上記不当利得金元金165万5398円に対する平成16年8月11日から支払済みまで年5分の割合による利息の支払を求める範囲で原告の請求は理由があり,その余は理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判官・常盤紀之)
別紙利息引き直し計算書<省略>