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長崎地方裁判所福江支部 事件番号不詳 判決

主文

被告は原告に対し別紙目録記載の宅地及び家屋を明渡し且金三万四百三十二円及び昭和二十七年五月一日より同二十八年五月三十一日迄一ケ月金四千五百円の割合、同年六月一日より右明渡済に至るまで一ケ月金五千円の割合による金員を支払はなければならない。

原告の其の余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し別紙目録記載の宅地及び家屋を明渡し且金五万五千百七十七円及び昭和二十七年五月一日より同二十八年五月三十一日迄一ケ月金四千五百円の割合、同年六月一日より右明渡済に至るまで一ケ月金五千円の割合による金員を支払はなければならない。訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求の原因として別紙目録記載の宅地、建物は訴外三藤義明の所有であつたのを昭和二十四年五月三十日同訴外人から訴外浜里宇一郎に売渡されその旨の所有権移転登記を経、更に同人から訴外橋口教之助及び真鳥馬吉の両名に売渡されたが所有権移転登記手続を為さないうち原告は昭和二十六年三月十五日右訴外両名からこれを買受けてその旨の所有権移転登記手続を了した。原告は当時居住の家がなく困つてゐた矢先訴外橋口教之助、真鳥馬吉、真鳥金吉等のすすめにより右不動産を買受けようと思つたのであるが被告が既に居住してゐたので一時躊躇してゐたけれども右訴外人等が明渡については之を解決してやるとゆうのでこれを買受けたものである。しかるに何時になつても明渡の様子が見えず、これでは原告も死活問題に関するので被告に対し再三明渡を請求したが言を左右にしてこれに応じないので原告は被告に対し昭和二十七年五月十六日附内容証明郵便を以て明渡の催告を為し更に同年七月一日福江簡易裁判所に対し明渡の調停を申立てたが同年八月一日不調に終つた。以上のとおりで右不動産を原告が買受けたのは被告に貸与するためではないから原被告間に家賃等の定めはないのは勿論訴外浜里宇一郎買受け当時から爾今被告は右建物に何等権限なくして不法に居住し且その宅地を占有してゐるから先づこれが明渡を求め且訴外浜里宇一郎はその所有期間中の被告に対する家屋不法占拠による損害賠償債権を訴外橋口教之助及び真鳥馬吉に譲渡し、橋口及び真鳥は右譲渡を受けた債権及び自己が本件家屋の所有者であつた期間中の損害賠償債権を昭和二十八年一月五日原告に譲渡しその旨同年三月二十八日内容証明郵便を以て被告に通知した、その金額は(1)昭和二十四年六月一日より同二十六年一月末日迄一ケ月金千二百円の割合による金二万四千円(2)昭和二十六年二月一日より同二十七年三月二十六日迄一ケ月金二千円の割合による金二万七千六百七十七円であるこの外原告が所有者となつた後の昭和二十七年四月分金三千五百円以上合計金五万五千百七十七円となるから此の支払を求め次に昭和二十七年五月一日以降同二十八年五月三十一日迄一ケ月金四千五百円の割合同年六月一日より明渡済に至るまで一ケ月金五千円の割合による各賃料相当額の損害金の支払を求めるため本訴に及んだ、と陳述し被告の抗弁事実につき仮りに被告主張のとおりであつてもそれは法律上何等理由がなくまた仮りに理由があつても原告は被告に対し本日迄の右不法占拠による損害賠償債権金十五万四千円以上を有するからここに被告主張の留置権債権とその対当額において相殺をする、と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は原告の請求は之を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求めその答弁として被告が係争の宅地、建物を占拠してゐることは事実相違ないがそれは次の理由に基くものである。即ち被告は係争不動産を昭和十九年十二月二十七日訴外江川善太から代金一万六千五百円で買受け、即日内金千五百円を支払ひ、残代金一万五千円は昭和二十年一月末頃訴外三藤久勝から借受けて支払つた。そこで被告は当時右不動産を自己名義に所有権移転登記手続をすべきであつたが訴外三藤とは親戚関係ではあるし、後日問題が起ろうとは予想もしなかつたので右借受金の担保として被告が訴外三藤にその返済する迄の間係争不動産の所有名義を同訴外人の子である三藤義明の名義にしておくことにして訴外江川善太から直接訴外三藤義明名義にその所有権移転登記手続を了した、かようなわけで係争不動産は元来被告が買受けたもので被告の所有であるから買受以降被告が右家屋に居住し、戦時中爆風のために被害を蒙つた家屋の破損個所も被告の手で修理して今日に至つた。一方訴外三藤久勝からの借受金については被告は昭和二十一年三月金二千五百円、同年十月金一万円を支払ひ残金二千五百円は右借受金に対する利息(被告において自発的に利息を附することとし)金二千五百円と共に同二十二年四月十一日郵送して返済したのであるが訴外三藤から同月十六日附で之を被告に返戻して来た。そして三藤久勝はその頃から急に態度を変更して本件不動産は恰も自分が買受けたように云ひふらしてゐるが、これは要するに昭和十九年以降係争不動産等物価が高騰したので被告に返すのが惜しくなつた結果と考へられるところ、その後三藤は当初の契約に違反して不法にも昭和二十四年五月三十日附で訴外浜里宇一郎に対し右不動産の名義を移転し同訴外人から被告に対し家屋明渡の請求をなして来たのであるが右所有名義の移転が真の事実であるとすれば訴外三藤久勝は被告に対し該売渡担保契約による名義書換の手続義務に違背したことになる。そこで被告は昭和二十四年七月二十日長崎地方裁判所に対し三藤久勝、三藤義明の両名を相手取り係争不動産を被告に対し移転登記手続を為すこと万一それが不能の場合は右両名は連帯して原告に対し当時の時価金四十万円の支払をなすべき趣旨の訴訟を提起したのであるが同裁判所は昭和二十六年十二月二十七日右請求趣旨に沿ふ判決をした。しかるに訴外三藤両名は該判決に対し控訴の申立を為し爾来該訴訟は福岡高等裁判所へ係属中で末だ判決に至らない、そして原告は右係争の事情を知りながら昭和二十六年三月十五日右不動産を買受け昭和二十七年十一月十日被告に対し本件訴訟を提起したものである。係争不動産は右に述べたとおり元来被告の所有であつて訴外三藤久勝は被告から貸金の弁済を受けた以上売渡担保である右不動産につきその所有名義を被告に移転せねばならぬ義務があつたにかかわらず、同人は該義務に違反して不法にもこれを訴外浜里宇一郎に売渡し同人は更にこれを原告に売渡したのであるが仮りに之等の売買が真実であるとすれば該不動産の所有権は順次同人等に所属し訴外三藤は被告に対しその所有名義を移転することが出来なくなつたのであるから訴外三藤久勝及び三藤義明の両名は被告に対する右履行不能の事態の発生と同時に契約不履行による損害賠償の義務を負担しなければならない。

そして被告のこの損害賠償の債権は素より係争不動産に関し生じた債権であり且被告は他人の物の占有とゆう立場に変るのであるからここに留置権が発生する。被告の三藤両名に対する損害賠償債権額は昭和二十四年七月訴訟提起当時金四十万円であつたが現在においては価格の騰貴により金百十万円が相当であるから原告は被告に対し該金額を提供しないかぎり係争不動産の明渡をなすことはできない。被告が訴外江川善太から買受け以後である昭和十九年十二月二十七日以降同二十年六月頃迄に約二十万円の右建物に加へた修繕費用についても同様被告はその債権と留置権を有するのでこれまた原告から右金額の提供を受けないかぎり右不動産の明渡をなすことはできない、と述べた。(立証省略)

理由

按ずるに被告が係争不動産を占拠してゐることは当事者に争いがない。成立に争のない甲第一、同第二、同第四各号証、成立に争いのない乙第一号証(甲第四号証と同一物)同第二号証の一乃至十一、各記載と、証人真鳥馬吉、同橋口教之助、同桶口松蔵、同浜里宇一郎の各証言を綜合すると、被告は妻サツと相談の上家屋を購入しようと思ひ立ち売家を物色したあげく訴外江川善太がその所有の係争宅地建物を売却する意向を有することがわかつたので訴外高島兵吉に頼んで江川に接衝してもらい、昭和十九年十二月二十七日江川から右不動産を代金一万六千五百円で買受けることにして、即日手附金二千円を同訴外人に交付し、残代金は一ケ月後に支払ふべき旨約定したこと、ところが同年十二月北京から長崎市の実家に引き揚げて来た訴外三藤久勝(被告の妻サツの妹イチの夫)が展墓のためその郷里五島岐宿町に赴いた帰途偶々翌二十年一月七日頃被告方を訪問し多額の金子を持ち帰つたことを告げたので被告は係争不動産買受けの事情を述べて訴外三藤久勝に対し買受資金の貸与方を申し入れた結果、同人からこれより先同人が在支中送金して被告の妻サツに預けて置いた金五千円及び同月末頃同人が訴外堅山健光から融通を受けた金一万円計金一万五千円を別段利息を定めず被告の都合のついた時に弁済すべき約定で借受けた上、売主江川に対し残代金としてこれを支払つたこと、従つて被告としては当時本件不動産を自己名義に所有権移転登記手続をすべきであつたが訴外三藤とは親戚関係ではあるし、右のように多額の金借をもしてゐるので右借受金の担保として被告が同訴外人に之が返済をするまでの間、その所有名義を同訴外人の子である三藤義明の名義にしておくことにして昭和二十年一月三十日附を以て訴外江川善太から直接義明名義にその所有権移転登記手続を為したこと、被告は右不動産買受以降右家屋に居住し戦時中爆風のために被害を蒙つた家屋の破損個所もその手で修理して今日に至つてゐること、一方三藤久勝は昭和二十四年五月三十日訴外浜里宇一郎に対して代金二十五万円で右不動産を売渡し即日その旨の登記手続を了したこと、訴外浜里は占拠者である被告が容易にその明渡をしないため更にこれを他に売却しようと考へ昭和二十六年二月訴外橋口教之助、真鳥馬吉の両名に対して代金三十三万五千円でこれを売却したこと、関係書類一切は同訴外人の委任状とともに訴外橋口、真鳥の両名に渡されたこと、原告は終戦後ソ連から帰還して来たが住宅がなくて困つてゐたので原告の父桶口松蔵が友人訴外真鳥馬吉に売買される家を探してくれるよう依頼し同人の斡旋で同年三月十五日(但移転登記手続は昭和二七、三、一六日)係争不動産を訴外橋口、真鳥の両名から買受けたこと、を各是認するに充分であり右認定に反する証人江口紋助、同山田伊勢松の証言はいづれも之を信用しない。そこで右の事実に徴すると本件不動産は昭和十九年十二月二十七日被告が訴外江川善太との間に売買によりその所有権を取得し、次いで同二十年一月三十日訴外三藤久勝に対し負担する借受金債務を担保するためこれを同訴外人の子義明名義に移転登記手続を為すことにより三藤久勝に対し売渡担保に供したものであり、従つてこれにより第三者に対する外部関係においては、その所有権は一旦久勝の子義明に移転するけれども、義明及び久勝に対する内部関係では所有権は依然として被告にあり一方訴外久勝、義明等は右担保契約の趣旨として該債権担保の目的以外には目的物を処分しない義務を負担してゐたのにかかわらず訴外久勝は右義務に違反し義明の法定代理人として昭和二十四年五月三十日係争不動産を訴外浜里宇一郎に売渡して即日同人にこれが所有権移転登記手続を了したので右浜里は同日以後最早、該三藤等と被告との内部関係の如何にかかわらず有効に係争不動産に対する所有権を取得し、爾後同人からは前記認定の日である昭和二十六年二月訴外橋口、真鳥の両名に、右両名からは同年三月十五日原告に夫々本件所有権が移転されたものといわねばならない。そこで被告の留置権の抗弁について考へると被告は、(一)訴外三藤久勝が被告に対する該売渡担保契約の義務に違反して擅に係争不動産を訴外浜里宇一郎に売渡した結果右売買が仮りに真実であれば訴外三藤両名はそのこと以後其の所有名義を被告に移転することができなくなつたのであるから被告に対する該債務不履行による損害賠償の義務を負担しなければならないところ被告の右損害賠償の債権はもとより本件不動産に関して生じた債権であり且被告は他人の物の占有者とゆう立場に変るからここに留置権が発生する、と主張する。

訴外三藤久勝が係争不動産を真実訴外浜里に売渡し同訴外人がその所有権を取得したこと、三藤と被告との本件不動産の名義移転が売渡担保契約の趣旨で為されたこと、は曩に認定のとおりでありしたがつて三藤の該債務不履行の結果同人が被告に対して相当の損害賠償の債務を負担すべきことも被告主張の理由のとおりであろうが、しかもなお右三藤の債務不履行と本件不動産との間には一定の牽運がないから留置権は発生せず、(二)昭和十九年十二月二十七日以降同二十年六月頃までに約二十万円位の係争家屋の修理費を支出したので右費用の弁償を受くるまで本件家屋について留置権があると主張するがその名義如何にかかわらず右不動産がその頃被告の所有であつたことはこれ亦前記認定のとおりであるから自己の物である本件不動産について改修を加へたとしても留置権は発生しない。そこで右抗弁はいづれもその数額等を確認するまでもなく失当であるから排斥し、従てまた原告の該留置権に対する相殺の抗弁事実を考へるまでもない。他方被告が本件不動産をその買受以降占拠してゐることはその自認するところであり、前記各所有者との間に該占拠について賃貸借等何等了解がなかつたことは被告弁論の全趣旨に徴して認められるから結局被告は訴外浜里宇一郎以後の各所有者に対しては係争不動産を不法には占拠したものとゆうべく、不法占拠者として現在の所有者である原告に対して係争不動産明渡の義務があるのは勿論、訴外浜里以後の各所有者に対して前示認定のその所有期間中における賃料相当の損害賠償義務がある(尠くとも昭和二十四年五月三十日訴外浜里が本件不動産買受けと同時に被告にその明渡を請求したことは被告の認めるところであるから此のとき以後被告において右不動産不法占拠の認識があつたものと推認される)のは当然である。そして右賃料は鑑定人佐々野静衛同平山毅鑑定の結果によれば昭和二十四年六月一日以降同二十七年四月末日迄は月三千五百円、昭和二十七年五月以降同二十八年五月末日迄は月四千五百円、昭和二十八年六月以降現在迄月五千円各相当であること明であるから右同額を以つて該損害相当額と認められるところ、証人浜里宇一郎の証言及び同証人の証言によりその成立を認むべき甲第五号証の二、郵便官署作成部分の成立に争ひがなく前同証人の証言によりその他の部分の成立をも認め得る甲第五号証の一、郵便官署作成部分の成立に争ひがなくその他の部分は当裁判所で真正に成立したと認める甲第六号証の一、二(甲第六号証の一、二は両者で一個の書面)によれば訴外浜里宇一郎は昭和二十六年二月二十三日自己の該損害賠償債権として昭和二十四年六月一日より同二十六年一月末日迄一ケ月金千二百円の割合による金二万四千円の債権を訴外橋口真鳥の両名に譲渡し且つその旨昭和二十六年七月二十四日被告に通知したこと、訴外橋口、真鳥の両名は昭和二十七年十二月二十日右譲渡を受けた債権及び自己の該損害賠償債権として昭和二十六年二月一日より同二十七年三月二十六日迄一ケ月金二千円の割合による金二万八千円の債権を原告に各譲渡した旨を同二十八年三月二十八日附で被告に通知したことが各認められるところ他に特別の事情はないから右訴外橋口、真鳥及び原告間に同趣旨の債権譲渡があつたこと並びに前記債権譲渡の通知が各その頃被告に到達したことを推認するに足る。そして右のうち訴外橋口、真鳥の本件不動産所有期間は前示認定のとおり昭和二十六年二月から同年三月十五日迄の間に過ぎないから右期間を超ゆる該債権譲渡は畢竟同人等の無権限に基く行為で無効であるからこれを除外し結局被告は原告に対し本訴請求及び該損害相当額の範囲内で且つ計数上明である昭和二十四年六月一日より同二十六年一月末日迄一ケ月金千二百円の割合による金二万四千円及び昭和二十六年二月一日より同年三月十四日迄一ケ月金二千円の割合による金二千九百三十二円(四捨五入)の被告が訴外浜里及び橋口、真鳥の両名に対して負担すべき右各譲受債権と被告が原告に負担すべき原告が係争不動産の所有者となつたとき以後である昭和二十七年四月分賃料相当額金三千五百円合計金三万四百三十二円の損害賠償債権並びに昭和二十七年五月一日以降同二十八年五月三十一日迄一ケ月金四千五百円の割合、同年六月一日以降明渡済に至るまで一ケ月金五千円の割合による各賃料相当額の損害金を支払ふべき義務があると云はねばならない。そこで原告の本訴請求は別紙係争不動産の明渡及び右認定の損害賠償債権額の範囲内で正当としてこれを認容し右限度を超過する部分は失当として棄却すべく訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条同法第九十二条但書を各適用して主文のとおり判決する。(昭和二九年一二月二日長崎地方裁判所福江支部)

(別紙目録は省略する。)

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