長崎家庭裁判所 平成13年(少)1006号 決定 2002年1月16日
少年 K・R(昭和61.4.12生)
主文
少年を初等少年院に送致する。
理由
(罪となるべき事実)
少年は、煙草代等に充てる金員を喝取しようと企て、平成13年9月29日午後3時ころ、長崎県諫早市○○町××番××号△△店前において、同所に居合わせたA(当時14歳)及びB(当時15歳)の傍らに近寄り、Aに対し、「250円やれ」と語気鋭く申し向けて金員を要求し、Aがこれを拒んで同所を離れると、Bに対し、「250円やれ」と語気鋭く申し向けて金員を要求し、これに応じなければ危害を加えかねない気勢を示して同人を脅迫して畏怖させ、よって同人から現金250円の交付を受け、引き続き、Bを介してAを呼び寄せると、同人に対し、「120円やれ」と語気鋭く申し向けて金員を要求し、同様に同人を脅迫し畏怖させ、よって同人から現金120円の交付を受け、これらの金員を喝取した。
(法令の適用)
刑法249条1項
(処遇の理由)
1 本件の非行事実は、中学3年生である少年が、玩具店に居合わせた他校の同級生2名から煙草代やジュース代に充てるための金員を喝取した恐喝の事実である。少年は、手持ちの遊興費が乏しかったことから手っ取り早く金員を手に入れるべく、単独で、複数名を次々に威圧して犯行を遂げており、その動機や態様に酌むべきものはない。喝取金額こそ多額ではないが、後述のとおり、本件非行が、常態化しつつあった少年の他害行動の発現の一環とみられることに鑑みても、犯情は悪質というべきである。
2 少年は、出生後に両親が離婚し、その後2歳ころに実母が義父との同棲を始めると、以後、共働きで生計を立てようとする実母及び義父の監護を受けて生育したが、中学校入学後、他の生徒に理由もなく暴力を振るったり、因縁を付けたりするほか、教師に対しても、その指導に従わずに暴言を吐いて反抗し、暴力を加えるなどの問題行動が続き、その都度叱責されるも改まらず、家庭でも、喫煙したり、交際相手の女子を連れ込んで性行為を行うなどし、そのような生活態度を注意する義父や実母と頻繁に衝突し、義父との間の子を妊娠した実母に「赤ん坊を殺す」などと荒い言葉で反発し、実母らも少年を叩いてこれに応じるなど、不穏な雰囲気になることが度々あった。少年は、中学2年生時に万引きの非行事実により当庁で調査を受け、平成13年3月26日に不処分決定を受けているところ、その間にも学校での振る舞いが荒くなって同級生に対する暴力沙汰を起こし、実母らと喧嘩をして家出をするなど行状が乱れつつあったが、○□でカウンセリングを受けるなどして一応の落ち着きをみた。しかし、その後、中学3年生になると、怠学傾向が顕著となり、登校しても援業に取り組む姿勢は見られず、同様に教師に反抗して騒ぎを起こしては授業を妨害する事態が相次ぎ、素行が不良な仲間との交遊も続いたため、義父や実母は監護を強化しようとしたが少年はその指導に全く耳を貸さなかった。平成13年7月には異父弟が出生したが、少年は相変わらず実母らには暴言を吐いたり物を壊したりして反発し、「赤ん坊を殺す」と口にして反抗を露わにし、また、原動機付自転車の無免許運転のほか、家出や不良仲間との夜遊びを繰り返すなど生活全般が規律を失い、その一方で交際相手との関係に悩んで自殺未遂を行うなど、時々の気分や感情に囚われているとおぼしき行動を重ねた。対応に苦慮する保護者や学校からの相談を受けた長崎○△警察署長は、平成13年9月20日、長崎県中央児童相談所長に対し、少年について児童福祉法25条に基づく通告をなし、関係機関が少年に対する措置を検討していた折、少年は、本件非行に及んだ。
当庁は、調査を経た上、平成13年11月1日、審判において少年に猛省を促し、少年を家庭裁判所調査官の試験観察に付する決定をし、試験観察中の遵守事項として、「毎日学校へ行くこと、父母や教師の指導に従うこと、学校が終わったらJRで帰宅すること、夜遊びをしないこと、他人に害を加えないこと」等々を定め、少年もこれを遵守する旨誓約し、いったん実母と義父のもとを離れて父方祖父母宅に帰住して試験観察下に入った。その後少年は中学校に登校するなど、ある程度自制に努めたが、下校途中に友人と会っていて帰宅が遅くなり、あるいは学校に煙草を持ち込むなど、徐々に自制が緩み、さらに祖父母宅でも祖父らを威嚇して反発し、同年12月には校内で他の生徒に対し殴る蹴るの暴行を加えたり、威圧して小銭を無心したりするなど、自己本位の他害行動が散見され始め、また、そのような行動を当庁に報告されることのないよう保護者や他の生徒に口止めを図るなど、狡猾な振る舞いに終始していた。そのような折、少年は、祖父母方から実母方に戻って生活をしていた同月20日、実母に反抗して傘で叩く暴行に及び、義父を含めて喧嘩になった後、翌21日の早朝まで出歩いていったん帰宅した後、実母に金を要求し、これを拒む実母の髪の毛を引っ張るなどして3000円を無理失理交付させ、そのまま行く先を明らかにしないで外出したため、同日、当庁は緊急同行状を発付し、友人宅に外泊していた少年は、翌22日に身柄を拘束され、観護措置をとられるに至った。
3 上記のとおり、少年は、保護者や教師の指導に従わずに自己中心的な発想に基づく我が侭な振る舞いに終始し、単に指導に従わないばかりか、暴力に訴えてでもこれに反発しようとし、家出や夜遊びを繰り返して不良交遊に浸っていたほか、他の生徒に対する他害行動も繰り返し、警察の捜査や家庭裁判所の調査・審判の中で種々の規制を与えられてきたのに、同様の粗悪な行状を晒し続けているのであって、その規範意識の鈍磨や他者への共感性の欠如、自制心の脆弱さは深刻であり、いわゆるぐ犯性は相当に強度であると考えられる。また、少年は、学校の教師や保護者から指導を受けた際、ときに涙を浮かべて反省の弁を述べることもあったというのであり、そのような姿勢は、当庁の調査・審判の過程でも随所にみられたが、その後に現れる現実の行動は少年自身の反省の弁を裏付けておらず、全く裏腹な態度に出ているのであって、規制を与えられる場で見せる反省の態度は不利益処分を免れるための一時的な演技にすぎず、信頼に値しない。家庭裁判所の訓戒を突きつけられてなおこのような狡猾な言動を繰り返し、その場さえ切り抜ければよしと考えて自制を緩めてしまう少年の人格態度は、再非行惹起に結びつく可能性が大きく、この際、徹底的に矯正されなければならない。本来、少年自身が自己の醜い姿をいずれかの機会に客観視し、自己啓発に努めなければならないところ、前述の各種保護的措置の結過に照らすと、残念ながら、現時点では、少年にその自己啓発を望むべくもなかったといわざるを得ない。
少年鑑別所の鑑別結果によれば、少年の思考や判断は自己中心的で感情的、他罰的となりやすく、内省や洞察は容易に深まらないこと、欲求阻止場面では苛立って周りに八つ当たりをするなどその時々の感情に任せた衝動的、攻撃的な行動に出ていき、抑制が利かなくなること、自己顕示欲求が強く、派手好き、目立ちたがり屋で、虚勢や虚言を用いて外見を飾りたがること、家族からの疎外感や孤立感が強く、女友達等に拠り所を求めてそれを失いかけると演技的、誇張的な言動に出て自己に関心を惹こうとすること等々、全体に未熟な人格構造であるがゆえに深く安定した対人関係が形成されにくいとの資質面の問題性が指摘されているが、いずれも少年の行動経過に照らし首肯できるものである。また、そのような問題性の背景として、両親の離婚や義父との同居、保護者が共働きであった期間の放任状態、異父弟の出生による家族の枠組みの変容等々を受け、少年が愛情欲求不満を抱き、問題行動に出ると保護者の叱責を受けてさらにその間の葛藤が深まる悪循環が生じていたと分析されているが、これまた前述の少年の生育歴及び行動遍歴によって裏付けられていると考えられる。
4 少年の実母、及び少年の幼少時からその養育を担ってきた義父は、少年に対する愛情を持ち合わせていなかったとは考えられず、むしろ葛藤が生じる以前の家族間の関係は良好であったと推察されるが、実母及び義父は、数え切れないほどの注意や叱責にも耳を貸さずに悪化の一途を辿った少年の行状を前に、相当に疲弊しており、異父弟が出生したこともあって、少年の監護にあたる余力を持たず、その意欲も消沈してしまっており、義父にあっては、将来、少年を引き取ることも拒んでいる状態である。従前の監護の状況を見ると、実母及び義父は、少年が問題行動に及んだ危機場面において、少年を叱責してただただ突き放し、ときに暴力に訴え、その反面、愛情と信頼に裏打ちされた指導にまで踏み込んではいなかったのではないかと思われ、その結果、鑑別結果が指摘するとおりの悪循環が生じたものと考えられる。現時点において、少年の問題性の大きさに比し、保護者の監護能力は十分でなく、その監護を中核とする社会内処遇では、到底少年の更生を図ることはできない。
そして、少年の、強度のぐ犯性や、自己中心的で他罰的な思考に終始する歪んだ人格態度を考慮すると、未だ15歳ではあるが、この機会に撤底して規範意識を植え付け、あわせて他者との関わり合いの方法を学ばせる環境を、その収容処遇の場に選択すべきである。
5 審判廷における少年の陳述によれば、少年は、観護措置をとられて自己を見つめ直す時間を与えられ、3度にわたる審判を経て、ようやく従前の行状を客観視するようになり、また、今こそ自己研鑚のためにいかなる困難な課題であっても受け止めるべき時期にあることを認識したと考えられる。十分な内省と評するにはほど遠いが、少なくとも審判廷で少年が表明した更生への決意は、健全な人格への成長を促す足掛かりになるものと期待する。
6 当裁判所は、以上を総合考慮し、少年に対しては、初等少年院に収容することが最も適当な処遇であると判断した。なお、少年院を退院する暁には、保護者方が帰住先の候補になると考えられるが、少年と保護者との間には前述のとおりの葛藤があり、特に、義父は少年への不信を募らせて将来の引き取りを拒んでいるところ、少年と保護者の間に横たわる葛藤の根を解消しない限り、少年の帰住先も確定できず、ひいては少年が再び犯罪に手を染めるおそれなしとしないから、少年と保護者との関係改善を対象として、環境調整命令を添えることとする。
よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 伊藤寛樹)
〔参考〕環境調整命令
平成14年1月28日
長崎保護観察所長 殿
長崎家庭裁判所
裁判官 伊藤寛樹
少年の家庭その他の環境調整について
少年 K・R
年齢 15歳(昭和61年4月12日生)
職業 中学3年生
本籍 長崎県西彼杵郡□□町△□×××番地
住居 長崎県諫早市△○町×番地×□△A棟×××号
(○□少年院在院中)
上記少年については、別添決定書謄本のとおり、平成14年1月16日当裁判所において初等少年院送致と決定しましたが、家庭その他の環境調整の必要がありますので、適切な措置が行われますよう、少年法24条2項及び少年審判規則39条に基づき、要請致します。
少年の家庭その他の環境の調査結果及び環境調整に関する当裁判所の指示事項は下記のとおりです。
記
第1少年の家庭その他の環境
――編略――
第2問題点及び指示事項
少年の非行の経緯、内容及び生育歴は、別添決定書謄本及び長崎家庭裁判所調査官作成の少年調査票(写し)のとおり。
少年については、現時点でその更生に有効な社会資源が乏しく、少年院を退院する際の引受先としては、保護者である実母及び義父がその候補になると考えられるところ、少年と保護者との関係には次のとおりの問題点があり、その解消が図られない限り少年が再非行に及ぶおそれなしとしない。
少年の両親は少年が2歳のときに協議離婚し、実兄は父方祖父母に引き取られて養育を受け、少年は実母に引き取られた。そのころ実母は義父と同棲を始め、以後、少年は、実母及び義父と同居してその監護を受けて生育した。なお、離婚後も少年と実父とは交流があったが、実父は少年が小学生だった平成8年に交通事故に遭って死亡している。また、実母と義父は、実母が義父の子である異父弟を妊娠したころから、平成13年1月25日に入籍して婚姻している。
実母と義父は、同棲開始後、生計のために共働きをし、少年の幼年期には保育所に預けるなどして養育してきたところ、少年は、特に中学校入学後から行状の乱れが顕著となり、少年の生活態度を注意する実母や義父とその都度衝突を繰り返し、親子喧嘩の際にはお互いに怒鳴り合ったり暴言を吐いたりし、少年の態度に立腹する実母が少年を叩いて叱責することも多かったと窺われるが、喧嘩のとき以外の親子間の関係は概ね良好だったとのことであり、実母も義父もそれなりに少年に対する愛情を持って養育していたと考えられる。しかし、少年の問題行動に対する実母と義父の対応の仕方の影響か、少年の行状がさらに乱れると、両者の間の衝突は一層激しさを増し、悪感情がぶつかり合う深刻な葛藤が生じ、問題行動があるたびにそのような葛藤が繰り返される悪循環が続いてきた。平成13年7月には少年の異父弟が出生し、実母と義父がその養育に手を取られるようになったことも影響していると思われるが、少年は相変わらず問題行動を繰り返し、家庭においても粗暴な振る舞いに明け暮れており、実母と義父はそのような少年への対応に疲弊し、監護意欲を失ってしまっていて、現時点では少年に対する信頼を持ち合わせていない。殊に、義父は、少年が弟を殺すなどと口にすることがあることから、何をするかわからないと少年を恐れる気持ちも抱いており、少年が将来少年院を退院する際の引き取りすら拒否している。
少年鑑別所の鑑別結果によれば、従前の生育歴を背景とする少年の愛情欲求不満が度重なる問題行動を惹起したものと分析されているところ、少年の再非行の芽を摘むには、少年が今後家庭での疎外感や孤独感等を感じて逸脱行動に及ぶことがないようその引受環境の整備が不可欠である。また、少年自身、審判廷において、実母及び義父に少年院に面会に来て欲しいと繰り返し訴えていたことからも窺われるように、元来、人格的に未成熟な部分が大きいため、感情の拠り所を失うことへの危機感は相当に強く、実際に自分が家族から疎外される事態に陥った場合には、失望や落胆から再び不安定な行状に立ち戻るおそれが大きい。今後、実母と義父の生活は、出生してまもない少年の異父弟の養育を中心に営まれていくと考えられるが、このように家族の枠組みの変容がより一層進んでいくことも考慮すると、やがて少年院から家庭に戻るべき少年が、温かく家族の一員として迎え入れられるかどうか、不安が残る。
当庁も、審判廷において、実母と義父のそれぞれに対し、少年を突き放すことなく、少なくとも、少年が真摯に更生に努めてきたか否かを見極める機会は設けるようにし、そして可能な限り少年の予後の安定に助力するよう教示したが、義父は依然頑なな対応であった。
したがって、少年については、貴所を通じ、主として少年の実母と義父を対象に、従前の少年の問題行動の要因を教示するとともに今後の防止策等を助言し、あわせて、少年の帰住先の確定、就学や就業の手当て等、少年の引取り環境の整備を働き掛けていただくことが肝要であると考え、標記のとおり環境調整を要請する次第である。
以上