長崎家庭裁判所 昭和33年(家)358号 審判 1958年6月14日
申立人 深井正市(仮名)
主文
記載錯誤につき、長崎県西彼杵郡○○村役場備付の、本籍同県同郡同村○○郷○○○○番地筆頭者深井正市の戸籍中、弟六郎の戸籍の記載のうち戦死の記載部分を除き、これを削除することを許可する。
理由
本件申立理由の要旨は、申立人深井正市の戸籍中、深井六郎なるものが、申立人の弟として登載されているのであるが、申立人にはかような弟はなく、両者の間には何らの兄弟関係も存しないのであつて、前記戸籍の記載は真実に反する虚偽のものである。何故かような誤つた戸籍の記載がなされたかというと、申立人の妹で六郎の真実の母である川上シズが当時山中善太と事実上の婚姻をなし内縁の夫婦として同棲しているうち、大正十三年○月○○日六郎を分娩したのであるが、これを私生子として届出るにしのびず、善後策について当時の代書人中里新蔵に相談したところ、同代書人において、関係人不知の間に、六郎を、申立人の父亡深井只治母亡サヨ間に大正十三年○月○○日出生した六男(申立人は長男)として出生届をなしたことに因るのである。かように前記戸籍の記載は真実に反する虚偽のものであるから、ここに申立人はこれを真実のとおりに訂正したいため、本件申立に及んだ、というのである。
よつて審按するに、関係戸籍謄本の記載、調査官の調査報告書(陳述者川上シズ、上川浩男)、○○寺住職松山完晃の証明書、○○村○○郷駐在員中山卯一の証明書、助産婦山田トシの証明書を綜合すると、申立人は亡深井只治亡深井トモ間に明治二十二年○月○日出生した長男であること、川上シズは亡深井只治及び申立人の継母である亡深井トモ間に明治二十八年○月○○日出生した二女であること、川上シズは二十四歳のとき川上喜市と婚姻し、その間に長男川上浩男(大正八年○月○○日生)をもうけたが、大正十年に夫喜市と死別した。つづいて二十九歳のとき山中善太と事実上の婚姻をしたけれども、善太の長兄で当時山中家の戸主であつた山中五郎から強硬に反対されたため、正式の婚姻届を提出することができず、内縁の夫婦として同棲しているうち、大正十三年○月○○日本件戸籍訂正の対象となつている深井六郎を分娩したのであるが、これを私生子として届出るにしのびず、善後策について当時の代書人中里新蔵に相談したところ、同代書人において関係人不知の間に、出生届出人として前記亡深井只治の名義を冒用し六郎を父深井只治母深井サヨ間に大正十三年○月○○日出生した六男(申立人の弟)として虚偽の届出をなしたのである。かくして深井六郎は申立人の弟として同一戸籍中に記載されているけれども、真実は川上シズの分娩した子であることには疑いの余地がなく、爾来、六郎が相浦海兵団に入団するに至るまで(当十八歳)川上シズにおいて実際にこれを養育監護し、同人が昭和十九年○月○○日南洋群島において戦死し、慰霊祭が施行されたときも、川上シズが喪主となつたことが確認されるから、深井六郎が申立人の弟でないことは明らかであり、その旨の戸籍の記載は真実に反するものといわねばならない。
ところで、戸籍訂正の結果、親子関係の不存在という如く、人の身分上重大な影響を及ぼす場合には、必ず、その旨の確定判決を経ることを要し、然るのち、戸籍法第百十六条に則つて戸籍訂正をなすべく同法第百十三条による戸籍訂正を許さないのが従来の取扱いであつた。そして、なるほど嫡出子否認、認知の取消等の如く、判決によつて始めて身分関係の形成されるものについては、確定判決があるまでは、何ら身分関係の変動を生じないのであるから、これが戸籍訂正をなすについて、必ず、確定判決を要すること理の当然であるけれども、本件の如く、戸籍訂正の対象となるものが嫡出子としての推定を受ける場合でなく、又認知の取消にも当らない場合において、なお且つ、親子関係不存在確認の確定判決を経なければ、戸籍訂正をなすことを得ないとする十分な理論的根拠には乏しいものと考える。けだし、親子関係(養親子関係を除く)は、事実上の血縁関係であつて、判決によりこれを創設し若しくはこれを消滅せしめ得る筋合でなく、又戸籍の記載は身分関係を公証するに過ぎないもので、これを確定するわけのものではないからである。従つて、確定判決により身分関係の形成される以外の場合においては、戸籍の記載が真実に反することの確証がある限り、真実に則してこれを訂正することが、実際上も法律上も妥当な措置であると考える。然るにもかかわらず、この種の戸籍訂正について、従来、確定判決を必要とすると考えられてきたのは、これまで戸籍訂正が区裁判所の非訟事件として処理されてきた実情と、戸籍訂正の結果、人の身分に重大な影響を及ぼすこととなる結果に鑑み、戸籍訂正の対象となる者の権利ないし利益を侵すことのないよう慎重を期する意味において、可及的に確定判決を戸籍訂正の証拠とする実際上の必要性があつたものと思われるのであるが、しかし、旧来の制度が一新した現在においては、かような実際上の必要性も、も早や、その根拠を失つたものと考えられ、又、余りにも旧来の考え方を固執するときは、自己と何らの血縁関係もない者が、誤つて同一戸籍中に親子、兄弟として記載されている場合においてもその者の死亡後はも早や、戸籍訂正をなし得ないという不合理を生ずることとなる(この点について、各種の救済策が考えられているのであるが、いずれも法律上の根拠に乏しいものと思われる)。
かくして、判決により、身分関係に変動を生ずる場合を除いては、戸籍の記載が真実に反することの確証がある限り、常に真実に合する如く戸籍訂正をなし得るものと解するならば、本件においては、前記認定の如く、深井六郎は深井只治及び深井サヨ間の子でないこと、従つて、申立人とは全く兄弟関係が存しないことが明らかであつて、その旨の戸籍の記載は真実に反することが確認されるのであるから、これが訂正を求める本件申立は、相当としてこれを認容すべきものである。(戸籍を訂正したからといつて、有から無を生ずる結果になることはない)
よつて、戸籍法第百十三条に則り、主文のとおり審判する。
(家事審判官 入江啓七郎)