長崎家庭裁判所 昭和53年(家)1170号 審判 1979年6月04日
申立人 村山キヨ子
相手方 村山博
主文
相手方は申立人に対し、婚姻費用の分担として、
(一) 金二〇万五、〇〇〇円を本審判確定後即時に、
(二) 昭和五四年六月以降、当事者の別居解消または婚姻解消に至るまで毎月五万円ずつ(但し、毎年六月ならびに一二月の賞与時にはそれぞれ一三万五、〇〇〇円ずつ)を、毎月末限り、それぞれ支払え。
理由
一 申立の趣旨及び実情並びに経緯
申立人は、「相手方は申立人に対し、子の養育費を含めた婚姻費用の分担として毎月一二万円を支払え。」との審判を申立て、その実情として、「申立人は、当庁に対し、昭和五三年九月二七日離婚等調停申立をしたが、右は不成立となつたため、本件申立に及んだ。」と述べた。
本件は、当庁昭和五三年(家イ)第三二九号婚姻費用分担調停申立事件として係属したものであるところ、昭和五三年一一月二二日当事者間に合意の成立する見込みがないとして調停不成立となり、家事審判法二六条一項により、上記申立が審判申立とみなされ、審判に移行したものである。
二 当裁判所の判断
(一) 一件記録及び当庁昭和五三年(家イ)第二九二号夫婦関係調整調停事件、当庁昭和四九年(家イ)第五八号夫婦関係調整調停事件の各記録を総合すると、以下の事実を認め得る。
1 申立人と相手方は、昭和三六年婚姻して共同生活を営み、昭和三七年七月二九日長女智恵子を、昭和四〇年五月三日長男和則をもうけた。ところが、昭和四八年ころ、相手方は富田順子と知り合つて交際を始め、これが申立人の知るところとなつて次第に夫婦仲が不和となり、昭和四九年四月二二日、子二人の親権者を申立人と定め、その養育費月額合計二万円を相手方において毎月支払うこととし、相手方所有名義の長崎市○○町×××番地×所在の土地建物並びに小型乗用自動車を財産分与として申立人に譲渡し(但し、建物については、住宅資金債務完了を条件とする。)て調停離婚した。
2 離婚後、申立人は老人ホームや○○大学生協食堂で稼働してその生活を支えてきたが、腰痛がおきたりして健康に自信が持てず、かつ子供の将来にも不安を抱き、相手方と復縁したいと考え、相手方の職場の上司を介して相手方を説得してもらつたうえ、昭和五〇年八月再び共同生活を始め、昭和五一年五月二四日婚姻届をなした。
3 相手方は、前記申立人との離婚後、富田順子との交際が深まつていたところ、申立人との復縁後も右交際を必ずしも完全に断ち切つていなかつたことから、申立人において、強くこれを非難し、かような事情に加え、日常の些細な夫婦間のトラブルが重なつて、次第に夫婦仲は険悪となり、昭和五三年八月七日ころ、互いに物を投げ合うなどの暴力的喧嘩の末、同月一五日ころ、相手方は家族のもとを飛び出して、肩書住居地の下宿に単身転居し、申立人と別居するに至つた。
4 申立人は、昭和五三年八月二八日当庁に離婚等調停申立をなしたが、その真意は相手方との離婚を求めることにあつたのではなく、専ら、別居して生活費の支払を求めんとの点にあり、他方、相手方は離婚したいとの強い意向であつたため、右調停は不成立となり、代つて、申立人が本件申立をなすに至つた。
5 申立人は、相手方が家を出たのは、富田順子との不貞関係の維持を目的としたからであるとして相手方に対する憎悪を募らせており、他方相手方も、かような申立人の態度に接して、もはや同女との共同生活を維持する気持を全く失つている。
6 申立人は、肩書住居地において、前記長女(高等学校二年在学中)、長男(中学校二年在学中)と生活し、相手方からの月額三万円の仕送りのほか、貯金をおろすなどしてその生計を支えている。なお、申立人は、昭和五三年一二月二七日から昭和五四年一月五日まで飲食店にアルバイトで勤めて合計四万円の同年三月二六日から四月二五日までアルバイトで合計七万八、〇〇〇円の、各収入を得た。
7 相手方は、○○○○○株式会社○○造船所○○工場に工員として稼働している。その収入状況は、以下のとおりである(但し、各月分につき、支給金合計から、所得税、市町村民税、雇用保険料、健康保険料、年保料、財形住宅貸金差引金、組合費、備闘預金、普通預金、生命保険料、○○信用組合差引金、持株会積立金を控除したもの。なお、その他の諸会費等各月の控除費目は、その性質上右収入額確定にあたり、これを控除の対象としない。)。
イ 昭和五四年一月分
一〇万八、六四九円
ロ 同年二月分
一〇万八、五五九円
ハ 同年三月分
一〇万八、六四九円
ニ 同年四月分
一一万四、四一一円
しかして、右イないしニの平均額は、一一万〇、〇六七円となる。
なお、相手方は、このほか、毎年六月及び一二月に、賞与としてそれぞれ約三〇万円の手取り収入を取得している(但し、その明細は、相手方において資料を提出しないため必ずしも明確でない。)。
8 相手方は、申立人と別居後の昭和五三年八月以降昭和五四年四月までの間、毎月三万円(但し、昭和五三年一一月分については、同年一二月に、その月分と合わせ一〇万円)ずつを、申立人にその生活費として送金した。昭和五四年五月分以降も毎月三万円は支払う意向である。
(二) そこで、右認定事実に基づき、まず、本来相手方が負担すべき婚姻費用分担額を、労研方式により試算すると、以下のとおりである。
イ 算定基礎収入(月額)
a 申立人
なし(申立人のアルバイト収入は、前認定の事実関係に照らし、これを算定基礎収入としないのが相当である。)
b 相手方
八万八、〇五三円
前記(一)7イないしニの平均収入額一一万〇、〇六七円から二割の職業上必要経費及び住宅費(なお、住宅費の実額は必ずしも明確でないため、上記職業上必要経費と合わせ、二割の控除をする。)の控除をした額(円未満切捨て)とする。
ロ 消費単位
前認定事実に照らし、申立人八〇、相手方一二五(別居加算)、長女九〇、長男八五とする。
ハ 右イ、ロに基づき、申立人、長女、長男の同等生活費を算定すると、五万九、〇八八円(円未満切捨て)となる。
8万8,053円×(80+90+85/125+80+90+85) = 5万9,088円
ニ 申立人の収入はないから、結局、本来相手方が負担すべき婚姻費用分担額は、毎月五万九、〇八八円となるところ、前認定のとおり、相手方は毎年六月及び一二月に、手取り約三〇万円の賞与の支給を受けているから、右各賞与支給月には、更に、一〇万円を加算するのを相当とする。
ところで、民法七六〇条にいう「婚姻から生ずる費用」とは夫婦と未成熟子を中心とする婚姻家族が、その財産、収入、社会的地位に応じて通常の生活を保持するに要する費用をいい、その内容は、当該配偶者自身の生活費及び未成熟子の養育費を中心として構成される。しかして、右のうち、未成熟子の養育費に関する部分は、これが親の未成熟子に対する扶養義務の履行としての実質を帯有するものであるから、夫婦が事実上破綻している場合であつても、破綻の原因、程度等夫婦にまつわる事情如何に関わりなく、現に未成熟子を養育している者から他方に対し、その分担を請求することができるものというべきであるが、一方、配偶者自身の生活費に関する部分については、破綻の原因が専ら一方に存する等特段の事情があつてその請求が社会通念上妥当性を欠き信議則に反し、もしくは権利濫用にわたる場合には、民法一条の法意に照らし、その者は他方に対し、これが分担の請求をなし得ないものというべく、また、これが右信議則違反、権利濫用にわたると認められない場合であつても、婚姻費用分担義務が、夫婦の婚姻共同生活を維持する上で必要な費用を分担することを旨とする点に鑑み、その破綻の程度に応じてその分担義務が軽減(縮少)されることがあり得るものと解すべきである。
これを本件についてみるのに、前認定事実によると、申立人ら夫婦の破綻原因が専ら申立人の側にあるということはできず、申立人の本件婚姻費用分担請求が権利濫用、信議則違反に該るとはいい難いものであるが、申立人及び相手方は、共に将来夫婦共同生活を回復維持する意図は全くなく、その婚姻共同生活は完全に破綻していると認められるから、本来相手方が負担すべき分担額のうち、申立人の生活費に関する部分の五割は、その限度で縮少されるものというべきである。してみると、前示、本来相手方が負担すべき分担額(毎月五万九、〇八八円。但し毎年六月、一二月は一五万九、〇八八円)のうち、申立人の生活費に関する部分は、毎月一万八、五三七円(毎六月、一二月は四万九、九〇九円)(いずれも円未満切捨て)と認められるから、結局、相手方の負担すべき婚姻費用分担額は、毎月四万九、八二〇円(毎六月、一二月は一三万四、一三四円)となる。
(三) 叙上の数値を参考とし、その他一件記録にあらわれた一切の事情を総合考慮するに、相手方の婚姻費用分担額は、毎月五万円(但し、毎年六月及び一二月は一三万五、〇〇〇円)と定めるのを相当とする。
ところで、本件は、昭和五三年九月二九日調停申立がなされたものであるから、本件婚姻費用分担金支払の始期は、同年一〇月分以降と定めるのを相当とする。そうすると、同月分以降昭和五四年五月分までの合計四八万五、〇〇〇円は既に履行期が到来しているというべきところ、前認定事実に照らし、相手方は、うち二八万円を支払ずみであると推認される。よつて、相手方は、申立人に対し、二〇万五、〇〇〇円を本審判確定後即時に、また、昭和五四年六月分以降、当事者の別居解消または婚姻解消に至るまで毎月五万円ずつ(但し、毎年六月、一二月の賞与時にはそれぞれ一三万五、〇〇〇円ずつ)を、いずれも毎月末限り支払うべきものと定める。
よつて、主文のとおり審判する。
(家事審判官 那須彰)