長崎家庭裁判所 昭和54年(家)841号 審判 1980年1月24日
本籍及び住所 長崎市
申立人 森野加代子
国籍 中華民国 住所 長崎市
相手方 孫樹仁
出生届未了 住所 長崎市
事件本人 孫秀子
主文
相手方は、申立人に対し、事件本人の養育料として、金五〇〇万円を、本審判確定後即時に支払え。
理由
第一申立の趣旨及び実情
申立人代理人は、「相手方は申立人に対し、当事者間の子事件本人の養育料として、金一、二〇〇万円を支払え。」との審判を申立て、その実情として、「申立人は、相手方と昭和五二年七月一七日婚姻し、昭和五三年一月二六日事件本人を出生したが、同年六月二一日、申立人と相手方は、事件本人の監護者を申立人と定めて調停離婚した。爾来、申立人は、定職に就くこともできないまま、養母とその夫らの援助のもとに事件本人を監護養育してきたが、相手方は、医師として多額の収入を得、かつ、相当の資産を有しているにもかかわらず、全く事件本人の養育費を支払おうとしない。現在の経済情勢に照らし、事件本人の生活費は、最低月額五万円を必要とし、相手方は事件本人が成人に達するまでの間、毎月右金員の支払を負担すべきものであるところ、相手方の国籍は中国で、現在、○○大学附属病院の医師として稼働しているが、何時本国に帰国するやも知れず、また、相手方は、事件本人を、本国の戸籍に入籍させる意思すらないものであり、かような事情に鑑みると、相手方において、将来にわたる右定期金支払の履行は期待し難いものというべきである。よつて、申立人は相手方に対し、事件本人が出生して以来、同人が満二〇歳に達するまでの間の養育料合計一、二〇〇万円(月額5万円×12月×20年 =1,200万円)を一括して支払うよう求める。」と述べた。
第二当裁判所の判断
一 事実関係
一件記録及び当庁昭和五三年(家)第八三五号扶養審判申立事件記録、当庁昭和五三年(家イ)第一三六号夫婦関係調整調停申立事件記録を総合すると、以下の事実を認め得る。
1 申立人は、昭和二八年一二月一三日生れの日本人であるところ、昭和五〇年夏ころから、○○大学医学部附属病院に医師として勤務する中国(中華民国)国籍の相手方と交際し、昭和五二年七月七日、相手方の本国である台湾に行き、同月一七日、同国の方式に基づき相手方と結婚式を挙げ、同月二六日婚姻届をなした。右婚姻以前より、申立人は懐妊し、昭和五三年一月二六日、台湾において事件本人を出生したが、未だ同人の出生届がなされないうちに、夫婦仲が破綻に瀕したため、申立人は事件本人を連れて帰国し、同年六月一日、当庁において、事件本人の監護者を申立人と定めて、相手方と調停離婚した。
2 申立人は離婚後、定職なく、肩書住所地の養母森野芳子方に身を寄せ、同女及びその夫鄭秋光らの援助を受けながら事件本人を養育している。なお、申立人は、相手方に対し、離婚に基づく慰籍料請求の訴えを提起していたところ、昭和五四年一一月二七日、長崎地方裁判所において、「被告(相手方)は原告(申立人)に対し、金五〇〇万円を支払え。」との判決が言渡され、右判決はそのころ確定した。
3 相手方は、○○大学医学部附属病院産婦人科医局員(産婦人科医師)として同病院で勤務するものであるが、同病院から関連病院に派遣されて勤務することもある。昭和五三年四月一日以降の相手方の勤務状況及び受給与額は、概ね以下のとおりである。
(イ) 期間 五三・四・一~五三・六・三〇
勤務先 ○○大学医学部附属病院
給与 月額平均一〇万四、八六七円(但し、公租公課を控除したもの。)
(ロ) 期間 五三・七・一~五三・一二・三一
勤務先 ○○○○○○○○○○病院
給与 月額平均三六万五、六七五円(但し、公租公課を控除したもの。)
(ハ) 期間 五四・一・一~五四・六・三〇
勤務先 前記(イ)に同じ
給与 概ね、前記(イ)に同じ
(ニ) 期間 五四・七・一~五四・一〇・三一
勤務先 ○○○○○○○○病院
給与 月額平均四三万三、五〇一円(但し、公租公課を控除したもの。)
(ホ) 期間 五四・一一・一以降
勤務先 前記(イ)に同じ
給与 概ね前記(イ)に同じ
なお、○○大学医学部附属病院に勤務した場合には、右のほか、アルバイト報酬として四万円を下らない収入がある。
相手方は、肩書住居地のアパート(家賃月額二万六、〇〇〇円)に単身居住し、前記収入によりその生活を維持しており、三二〇万円余の定期預金及び二四〇万円余の貯金を有する。
4 相手方は、台湾において、産婦人科医院を、開業する実父係立世の長男として出生したものであるところ、医学を修得すべく、昭和四六年一月来日して、○○大学医学部に入学し、昭和五〇年三月、同学部を卒業し、その後も日本に滞在して、前記のとおり、同学部附属病院産婦人科医師として稼働している。将来、実父の意向等に従い、台湾に帰国して開業する予定であるが、その時期は未確定である。
5 相手方は、事件本人が自己の子であることを認めているが、自ら同人を引き取らない限り、同人を自己の戸籍に出生設籍登記(入籍)することはできないとしてこれを拒否している。
二 管轄権及び準拠法とその解釈
本件は、申立人から、中華民国の国籍を有する相手方に対し、右当事者間の子である事件本人の養育費の支払を求める、いわゆる渉外事件であるところ、かような渉外事件の裁判管轄については明文の規定がないが、本件の場合、申立人及び事件本人は勿論のこと、相手方も日本国内に居住しており、又、相手方は医師として日本国内において稼働し、その生計を維持しているのであるから、当事者及び事件本人の公平、裁判の公正、手続の簡易迅速性、審判の実効性等の理念に照らし、日本国の裁判所に裁判管轄があると解するのが相当である。そして、子の養育費請求事件については、我が日本国においては、家庭裁判所が専属管轄を持つものと解されており、本件当事者全員の住所も長崎市内に存するのであるから、本件については、当裁判所が管轄権を有する。
ところで、夫婦間における、離婚後の未成熟子の養育費負担に関することがらは、親子関係を基礎とした、未成熟子の監護費用の分担に関する問題であるから、その準拠法は、法例二〇条によつて定められるものと解するのが相当である。
そこで、法例二〇条に基づき、事件本人の父である相手方の本国法たる中華民国民法をみるのに、同法一〇五一条は、「協議離婚後における、子の監護は、夫がこれに当たる。但し、別段の約定があるときは、その約定に従う。」旨、また、同法一〇五五条は、「判決による離婚における、子の監護については、第一〇五一条の規定は、これを準用する。但し、法院は、子の利益のため、監護人を選定することができる。」旨、それぞれ定めているところ、これら各規定の解釈上、協議離婚又は裁判離婚において、子に関する監護を夫婦が協議し、或は法院が酌定をする際、子の扶養(監護費用の負担)に関してもこれを決定することができると解されているのであるが、右の理は、協議離婚又は裁判離婚後においても妥当するものと解すべきである。何故なら、監護費用の負担につき、離婚の前後でこれを異別に取り扱うべき合理性を見出し難いからである。しかして、監護費用分担の在り方については、同国民法上明文の規定はないけれども、親族間の扶養に関する同民法一一一七条ないし一一一九条の規定内容並びに親子関係の特質に照らし、親は、自己の最低生活を維持してなお余力を有する限り、未成熟子に対し、その生活を自己の生活の一部として保持する義務を負うものであり、離婚後における父母の、右保持義務の分担割合は、双方の資力を中心とし、その他一切の事情を総合のうえ決定されるものと解するのが相当である。
三 分担額について
叙上二の立場に立脚し、かつ、前記一認定事実に基づき、本件申立の当否につき考察を進める。
まず、申立人は、事件本人の出生時たる昭和五三年一月二六日以降の将来に亘る養育料の一括払いを求めているので、この点につき考える。およそ、子から親に対する扶養請求は、要扶養状態の変動性その他の扶養請求権の特性に鑑み、定期的給付をもつてなされるのを建前とするところ、監護費用の分担は、これを形式的にみれば、右扶養請求とは異なり、父母の間で定められ、かつその間で効力を有するに止まるのであるから、将来の分について、一括払いを請求することもできる筋合いである。しかしながら、他面、監護費用分担の問題は、これを実質的にみた場合、子の扶養としての性質を帯有していることも否定できないところである。かような監護費用分担請求の二面的性格に照らすと、監護費用は、毎月その月分を支給するのを原則とし、将来に亘る分の一括払いを相当とする特段の事情があるときは、例外的にこれを肯定すべきものと解釈するのが相当である。これを本件についてみるに、前記4、5認定事実に照らすと、相手方において、将来に亘り、養育料の定期的給付義務の履行を期待し得る蓋然性は乏しいと推認されるから、かような場合は前記特段の事情があるものというべきである。しかして、右支払義務の負担期間は、事件本人の出生時を始期とし、満一八歳までの間とするのを相当とする。
次いで、右期間における相手方の負担すべき養育料の額につき考察する。
右額を試算すると、以下のとおりである。
1 事件本人の必要生活費(月額)
別表第一(二)欄のとおりである。
未成熟子の必要生活費に関しては、親の未成熟子に対する扶養義務が生活保持義務であることを根拠として、親と同程度の水準の生活費を保障すべきであるとする考えもある。しかし、この立場を本件に適用した場合、義務者たる相手方は、医師であつて、現在は勿論、将来にわたつて、相当高額の収入を得ることが予想され、その負担額は極めて高額となるうえ、前示のとおり、本件においては、その一括払いを肯認せざるを得ないのであるから、かくては、相手方に過酷を強いる結果となり、妥当とは言い難い。従つて、本件については、およそ、子は、常に、その生育する一般社会内における通常程度の水準の生活を保障されるべきものであるとの観点に立ち、所謂、標準生計費を基準として、必要生活費を算定するのが相当である。
事件本人が、四人世帯の一員として現に養育されていることは、前認定のとおりであるところ、長崎県人事委員会発表の昭和五一年度における長崎市の四人世帯の標準生計費は、月額一四万七、〇四〇円である。そこで、右額を、同委員会発表の長崎市消費者物価指数(昭和五一年度・・・・・・・・・一〇八・一。昭和五三年度・・・・・・・・・一二〇・七)を用いて、昭和五三年度のそれに換算推計すると、月額一六万四、一七八円(円未満切捨て)となる(14万7,040円×120・7÷108.1 ≒ 16万4,178円)。
次に、学研「総合消費単位」を参考として、各関係人の総合消費単位を別表第一(ロ)のとおりと定め、これを基準として、事件本人が満一八歳に達するまでの間の、四人世帯のなかで同人の標準生計費が占める割合を算出すると、同表(ハ)のとおりとなるから、結局、右期間における事件本人の月額標準生計費(必要生活費)は、同表(二)のとおりとなる(なお、右期間内においては、当然、物価の上昇等の事情変更が予想され、右数値をもつて必要生活費とすることは、必ずしも正確とは言い難い。しかしながら、将来の、しかも長期間にわたる事情の変更要素を的確に予測すること自体、著しく困難であるから、結局、将来にわたる一括払いを肯認せざるを得ない本件においては、事件本人出生時たる昭和五三年当時における額を基準として、事件本人の年齢増加に伴う加算をするにとどめ、前記物価変動等の事情は、後記「一切の事情」として考慮することとする。)。
2 相手方の負担額
別表第一(ホ)(月額)及び別表第二(ロ)(年額)のとおりである。
負担額は、扶養義務者たる父母双方の資力を中心として決すべきところ、母たる申立人は、無職であること前認定のとおりである。
しかして、事件本人が満三歳を過ぎるまでの間は、申立人において、同人の監護養育に専念せざるを得ない事情があるものと認め、その間の事件本人の必要生活費は、全額相手方において負担させるのが相当である。しかしながら、右以降においては、申立人の年齢、健康状態等に照らし、その稼働能力を肯定すべきであり、前認定のような相手方の収入状況を合わせ考慮したうえ、事件本人の必要生活費のうち、その五分の四を相手方において負担させるのが相当である。よつて、別表第一(二)の各数額に五分の四を乗ずると、同表(ホ)のとおりとなり、これが事件本人の各年齢区分に対応した、相手方の月額負担額であり、これを年額になおすと、別表第二(ロ)のとおりとなる。
3 中間利息の控除
事件本人が満二歳に達するまでの間の相手方負担額(別表第二No.1、2)については、既に履行期が到来しているから、相手方において、全額これを支払うべきものである。右以降の分(同表No.3ないし19)については、ホフマン方式に従い、昭和五五年一月二六日を基準として中間利息を控除することとし、同表(ハ)の各係数を基礎として現在価を算出すると、同表(ニ)のとおりとなり、結局、以上の合計額は、四五〇万二、二八〇円である。
叙上の試算に基づく数値を参考とし、前記一2、3認定の事実関係その他一切の事情を総合考慮し、相手方の負担すべき養育料は、五〇〇万円と定めるのが相当である。
四 結論
以上の次第で、相手方は、申立人に対し、事件本人が出生した昭和五三年一月二六日以降同人が満一八歳に満つるまでの間の養育料として、金五〇〇万円を、本審判確定後即時に支払うよう定める。
よつて、主文のとおり審判する。
(家事審判官 那須彰)
別表<省略>