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長崎家庭裁判所佐世保支部 平成22年(少)315号 決定 2010年12月24日

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は,女性用下着を窃取する目的で,平成22年11月19日,長崎県a市b番地cアパートd号室のA方前通路において,同所に設置された洗濯機内のふたを開けたが,同洗濯機の電子音が鳴り出したことに驚愕し,近隣住民に見つかることを恐れて逃走したため,その目的を遂げなかったものである。

(法令の適用)

刑法243条,235条

(補足説明)

1  少年は,緊急逮捕時以降から観護措置手続に至るまでの間,本件非行を全面的に認める供述をしていたものの,平成22年12月1日に家庭裁判所調査官が少年の調査に訪れた際,洗濯機のふたを開けたことは間違いないが,窃盗目的ではなかった旨述べて犯行を否認する供述を始め,審判期日においても,やや明確さに欠けるものの,洗濯機のふたを開けたのは,窃盗目的ではなく洗濯機の音を止めるためであった旨述べ,付添人も同様の主張をして窃盗の故意を否認しているため,上記非行事実を認定した理由について,補足して説明する。

2  関係証拠によれば,少年は,平成22年11月19日午前10時35分ころ,被害者の通報を受けて被害者のアパート前に臨場した警察官から職務質問を受けたこと,被害者が面割りにおいて少年が犯人である旨述べたことから,警察官は少年を最寄りの警察署に任意同行したこと,少年は同署で午前10時55分ころから取調べを受け,当初は本件非行を否認していたが,その後認めたこと,午後1時24分ころ,犯行現場への引き当たり捜査が行われ,午後1時32分,少年は緊急逮捕され,午後1時44分,同署に引致されたことが認められる。

(1)  少年の捜査段階の供述についてみるに,少年は緊急逮捕された際,「僕は盗みをしようとして盗むことができず逃げたことは間違いありません。」と供述し,その後の捜査において,一貫して本件非行を認める旨の供述をしている。

その供述内容は,本件非行の動機,被害者のアパートを訪れた理由,本件非行時の行動,本件非行後に自宅に戻り箒を持ち出した理由等,全体として自然であり合理的である。また,「洗濯機に近付いてみると,洗濯中でした。僕は,この中に女性のパンツがあると思うと,嬉しくなり,洗濯機の左横に洗濯機に向かって立って,周りの様子を窺いながら,左手で洗濯機のフタを開けました。」,「僕の身体がビクッと動いて,左足が洗濯機に当たりました。そして,洗濯機の後ろの壁の方にあった棒が少し動きました。僕は,棒が倒れるかもしれないと思いました。僕は,ヤバい,アパートの人に気付かれたかもしれないと思って,洗濯機のフタを閉めました。」など,自己の心情も交えながら本件非行時の状況を具体的に供述しており,迫真性も認められる。

そもそも,他人の家の洗濯機のふたを開けるという行為自体,洗濯機内の衣服等を窃取する目的を強く推認させるものである上,少年の捜査段階における供述は,前記のとおり迫真性があり,その内容も合理的である上,少年は,任意同行後に自白して以降,その後の検察官取調べにおいても,司法警察員に対する供述調書の内容について確認した検察官に対し,「事件の詳しいことは警察官が書いた供述調書のとおりです。」と述べ,観護措置手続においても本件非行を自認した上,何か言いたいことはないかとの裁判官の問いかけに対し,ありませんと答えるなどして一貫して本件非行を自認していることに照らすと,少年の捜査段階における自白は十分に信用できるものというべきである。

(2)  少年は,捜査段階において本件非行を自認した理由について,任意同行後に警察官から,「(黙っていると)重くなるよ。」「自分のためにならない。」「ばれているよ。」などと言われ,記憶がないと言っても信用してもらえないと思って自白し,その後は,ところどころ警察官の誘導に乗りつつ主に自分で虚偽の話を創作したものであり,観護措置手続において自白したのも,今更本当のことを言っても仕方がないと思ったからである旨述べる。

しかし,当審判廷において少年が述べる警察官の発言内容の他,少年は任意同行後約2時間で本件非行を自白していること,その後作成された少年の供述調書においても,少年の供述と被害者の供述が整合しない点につき無理に被害者の供述に合致させようとした形跡も窺われないことなどからしても,ことさらに警察官による強制や誘導等がなされたようにはみられない。また,少年が女性の下着に興味を有する契機となった中学の同級生や近所の小学生との体験,少年が被害者のアパートを訪れた理由など,警察官による誘導は困難である一方で,かつ,知的にやや劣る少年が取調べ中に破綻なく創作することも困難と思われる部分も相当にある(なお,捜査段階途中から少年が自認した余罪につき被害事実の裏付けはとれていないものの,そのことをもって,本件非行についての自白の信用性が否定されるものではない。)。また,観護措置手続において本件非行を自認した理由について少年が述べる点も合理性があるものとはいえない。

3  一方,少年は,当審判廷において,前記のとおり,洗濯機のふたを開けたのは洗濯機の音を止めるためであり,窃盗目的ではなかった旨供述するところ,その具体的な内容は,要するに,「本件当日は,寝不足などのため起床時からイライラしていたが,起床後にゴミ出しをした後,気分転換のために自宅近くの公園に行き,5分から10分くらい公園にいた。その後,自宅に帰ろうとして公園を出たが,その途中で記憶が飛び,被害者のアパート1階の駐車場にある階段の一番下の段に腰掛けて座っていた。5分くらい座っているうちに,聞こえてくる洗濯機の音がうるさくてイライラしてきて,なんとかして止めたいと思っていた。すると,また記憶が飛び,気がつくと,洗濯機の警告音が鳴っていて,自分は洗濯機のふたを開けていた。びっくりして,怒られる,逃げなきゃと思ったが,歩いて階段を下りた。1階に降りたころ,また記憶が飛び,自宅に向かう坂道にいた。その後,家に戻ると,また記憶が飛び,警察官に被害者のアパート前で声をかけられていた。そのとき,自宅にあった箒を手に持っていたが,なぜ持っていたのかわからないし,自分が被害者のアパート前にいた理由もわからない。」というものと解される。上記の少年の供述によれば,記憶が飛んでいる部分がかなり多いところ,この点につき,少年は,当審判廷において,中学生のころから記憶が飛ぶことがある旨述べる。

しかし,そもそも,少年は,否認に転じた家庭裁判所調査官との第1回面接(平成22年12月1日)においては,同調査官に対して,洗濯機のふたを開けた回数は2回であり,カラスにウォークマンのイヤホンを奪われたことなどへの腹いせにふたを開けた旨述べていたのであり,ふたを開けた理由の不合理性は言うまでもないものの,ふたを開けた回数や理由といった重要な部分について,供述が変遷している。そして,その変遷の理由について,当審判廷において,カラスのことを思いつき話を創作してしまったなどと述べるにとどまり,合理的な説明がなされているとはいえない。

また,洗濯機の音が耳障りであったのなら,音が聞こえない場所に移動すればよく,洗濯機の音を止めたいのであれば電源を切るのが通常であり,洗濯機の音を止めるためにふたを開けるという行動は,それ自体不合理といわざるを得ない。少年は,音が聞こえない場所に移動したり電源を止めたりしなかった理由について,そのときは思いつかなかったと述べるにとどまり,この点についても合理的な説明がなされているとはいえない。

さらに,少年は,当審判廷において,洗濯機のふたを開けた後に歩いて逃げたと供述する。しかし,洗濯機の音に驚き,「怒られる,逃げなきゃ。」と思ったにもかかわらず,走らずに歩いて逃げるというのは不合理である上,犯人は走って逃げた旨供述する被害者の供述とも食い違っている(洗濯機の警告音を聞いて不審を抱いた被害者は,玄関扉のすぐ内側で注意深く聞き耳を立てており,2度目の警告音を聞くやすぐにドアスコープに目を当てて犯人が逃走する姿を注視しているのであって,その供述は信用できるものといえる。)。

その他,記憶の欠落について少年が述べる点についても,少年に慢性的な不眠の症状があったとしても,鑑別結果通知書によれば少年に精神障害は認められないとされていること,少年の母親が,当審判廷において,共に生活していて少年から記憶が飛ぶことがあると相談を受けたこともそのような兆候を感じたこともない旨述べていること,少年の弁解を裏付ける診断書や通院歴等の客観的資料も存在しないことなどからすると,にわかにこれを信用することはできない。

4  以上により,少年の捜査段階での自白は信用性が高く,他方,少年の弁解はその重要な部分が変遷し,かつ,内容も不合理であることなどから信用することはできず,少年及び付添人の審判廷における主張はいずれも採用できない(なお,少年の捜査段階の自白や鑑別結果通知書の記載から,少年の責任能力も問題なく認められる。)。

(処遇の理由)

1  本件は,保護観察中の少年が,近所のアパートの居室前に設置された洗濯機のふたを開けて洗濯機内の女性用下着を窃取しようとしたが,ふたを開けた際の警告音に驚いて逃げ出したため未遂に終わった事案である。

2  少年は,平成21年7月に当時9歳の女児を公衆用トイレに閉じこめた逮捕監禁事件により,平成22年6月1日,名古屋家庭裁判所において保護観察処分に付され,同年7月下旬ころ,実家のある長崎県a市に戻った。本件非行は,保護観察決定から半年も経過しないうちになされたものであるが,その態様は,白昼堂々,他者の視線を気にすることなくアパート居室玄関前の洗濯機のふたを開けて女性用下着を窃取しようとする大胆なものである。被害者は現在でも洗濯機を使用することや玄関扉を開けることに恐怖を感じ,少年の謝罪すら拒絶していることからすると,被害者に与えた影響は大きいといえる。

少年は,やや知的に劣る上,言葉を介して自己の感情を表現することが不得手であり,学童期から周囲に馴染めずにいたが,中学生のころからいじめの対象とされたことでますます自信を失うとともに,不登校により年齢相応の情緒的な対人関係や社会経験を積む機会が少なくなるという悪循環に陥った。高校卒業後にa市を離れe市の美容師専門学校に進学するも,専門学校での成績もふるわず,対人関係面においても,ホストクラブ勤務やキャバクラ通いによってひとときの満足を得るにとどまり,より自信を失っていった。また,思春期になって異性に対する性的関心が高まるも,理想とする同世代の女性との対人関係を適切に構築することができないことから,少年のコントロールが及びそうな年少児童やその下着に関心を向けることで,性的欲求を代償的に解消するようになった。

少年は,本件非行直前には別のアパートで洗濯機のふたを開けて下着を窃取しようとしたり,本件非行直後も,自宅に戻り箒を持ち出して被害現場付近に戻ってくるなどしており,かかる少年の行動からは下着窃取に向けた強い衝動や執着心が窺われ,前記のとおり,白昼堂々他者の視線を気にせず本件非行に及んでいることも併せると,少年は自己の衝動や欲求をコントロールできず,いったんこれらが高まると,心的視野が狭まり周囲に目が向かなくなるといった行動様式が顕在化すると考えられる。また,中学生のころから,鬱積した自己の不満を解消するために物にやつ当たりをしたり猫を蹴飛ばしたりするなど,少年には潜在的な攻撃性も窺われ,今後,これが性的欲求や衝動と結合して発現する可能性も否定できない。

このように,少年には,他者,特に同世代の異性との適切な人間関係を構築できないことに起因する性的欲求の歪みのほか,その欲求や衝動の調節機能の乏しさ,潜在的な攻撃性といった資質上の問題点が窺われ,女児に対するわいせつ目的での逮捕監禁事件で保護観察処分に付されてから半年も経過しないうちに,再度,性的欲求充足のため本件非行に及んだことからしても,その問題性は根深い。

さらに,少年は,被害者に不安な気持ちを抱かせた,両親に対して迷惑をかけたと反省の意思を示し,女性への興味や欲求があったかもしれないなどと述べるものの,家庭裁判所調査官の調査段階で窃取目的を否認して以降,審判期日においても否認を続け,不合理な弁解に終始し,弁解内容を不自然に変遷させるといった少年の供述態度からは,未だ,自己の資質上の問題点を意識しつつもそれに向き合うことができない状態にあることが窺われ,内省が深まっているとはいえず,再非行の可能性は相当高い。

3  少年の母親は,少年の弁解を冷静に受け止めつつも,自己の監護が行き届かなかったことを認識して在宅処遇への不安を見せており,少年の父親は,鑑別所での面接においても少年と会話を交わすことなく数分で退室するなど,少年との十分なコミュニケーションがとれていない状況にある。少年の両親は,少年の度重なる非行に対し,少年の更生に向けた現実的な方策を見い出すことはできておらず,少年が実家に戻ってから4か月もたたないうちに再非行に及んでいることからしても,少年の両親の監護能力は十分であるとはいえない。

4  以上のとおり,少年の資質上の問題点は根深く再非行の可能性が相当高いこと,保護者の監護能力の乏しさなどに照らせば,社会内処遇で少年の自発的な改善更生を促すことは困難であると思料され,少年の再非行を防止するためには,少年を収容保護し,専門家による集中的な矯正教育を受けさせて,自己の問題点と正面から向き合う姿勢や自己の欲求・衝動をコントロールする力を身につけさせるとともに,継続的な集団生活における成功体験の積み重ねを通じて他者への共感性や対人関係能力を養い,自己に対する自信を育ませて,その健全な育成を図るのが相当である。

よって,少年法24条1項3号,少年審判規則37条1項を適用して少年を中等少年院に送致し,被疑者段階での国選弁護人に関する費用につき,少年法45条の3第1項,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して少年に負担させないこととし,主文のとおり決定する。

(裁判官 重髙啓)

再抗告審(最高(二小) 平23(し)71号 平23.3.2決定 棄却)

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