長崎家庭裁判所佐世保支部 昭和49年(少)3136号 決定 1974年4月11日
少年 K・S(昭三一・一〇・七生)
主文
この事件について少年を保護処分に付さない。
理由
第一本件送致事実中、通行区分違反の点について。
一 この事件の送致事実の要旨は、少年は、昭和四九年一月二八日午後五時四五分ころ、原動機付自転車(○○○町○×××)を運転し、長崎県北松浦郡世知原町○○○○×××番地道路を、同町中心部方面から同町国見山荘方面に向け進行中、道路中央から左の部分を通行しなかつたものである、というにある。
二 そこで、右の犯罪(非行)事実の存否を検討する。
(一) 証人○永○一の当審判廷における供述および同人の司法警察員に対する供述調書(謄本)、司法警察員外一名作成の実況見分調書、少年の当審判廷における陳述および少年の司法警察員に対する供述調書によれば、右の事実自体は優に認められる。従つて、少年が通行区分違反の構成要件に該当する行為をしたことは明らかである。
(二) ところで、少年は司法警察員の取調べに対し、或いは当審判廷において、一貫して、本件通行区分違反は対向車との衝突を避けるためやむを得ず行つたものである旨述べているので、以下この点について更に検討する。
1 前掲各証拠によれば次の事実が認められる(なお、以下の事実において、「右」、「左」は少年の進行方向、即ち、世知原町中心部方面から同町国見山荘方面に向つてのそれを示す。)。
(1) 本件違反現場付近の道路は、世知原町中心部方面から同町国見山荘方面に向け、右へ屈曲している幅員約六・七〇メートルの比較的狭い道路であり、その付近一帯は山林であつて見通しが悪く、又道路の左側は崖になつている。
(2) 少年は原動機付自転車を運転し、世知原町中心部方面から同町国見山荘方面に向け、前記道路の左側寄りを時速約二〇キロメートルで進行し、右へ屈曲していて見通しの悪い本件現場付近に差しかかつたところ、突如、進路前方約二五・九〇メートルの地点に、対向している○永○一運転の普通乗用自動車が、同じく道路左側(○永の進行方向に向つて右側)部分を時速約四〇キロメートルで進行してくるのを発見した。
(なお、右の認定事実のうち、○永車が道路左側部分を対面進行していたとの点については、これを直接裏づける客観的証拠がないうえに、○永は当審判廷において、証人として、自分は道路中央部分を進行していた旨供述し、これを否定しているが、後記のとおり、少年は、道路左寄りを進行していたのに、対向してくる○永車を発見するや、咄嗟にハンドルを右へ操作し、○永もほとんど同時にハンドルを右(○永の進行方向に向つて左)へ操作していることからすれば、○永車は道路左側部分を進行していたとみるのが自然であること、少年は一貫して○永車が道路左側部分を対面進行してきた旨述べていることなどを合せ考えると、少くとも少年の犯罪事実の存否を判断すべき本件においては、右のように認定せざるを得ない。)
(3) そこで、少年は、前記○永車がそのまま道路左側部分を対面進行してくるものと思い、同車との衝突の危険を感じて、これを避けるため、咄嗟にハンドルを右へ操作し、道路右側部分に進入した。
(4) ところが、前記○永も、ほぼ同時に右(○永の進行方向に向つて左)へハンドル操作をしたため、間もなく道路右側部分において、少年車と○永車が衝突した。
2 以上の認定事実就中、本件現場付近の道路は右へ原曲していて見通しが悪く、対向車の発見は近距離に至つてはじめて可能な状況であつたこと、○永運転の対向車が交通法規に反し、道路左側(対向車からは右側)部分を進行してきたこと(これは少年にとつて予期せぬ意外なことであつたと考えられる。)、道路の幅員が狭いうえ、その左側は崖となつていること、少年は右の対向車を発見するまでは、交通法規に遵い、道路左側部分を進行していたこと、などを総合して勘案すると、少年の本件通行区分違反は、対向車との衝突による現在の危難を避けるためやむを得ずなされたもので、しかも衝突によつて惹き起こされるかも知れない被害を超えない、より軽微な事犯と認められるので、緊急避難として違法性が阻却されるものと判断される。
三 以上のとおり、本件通行区分違反については、少年の行為は罪(非行)とならないので、少年を保護処分に付することができない。
第二本件送致事実中、報告義務違反の点について。
一 罪(非行)となる事実
前掲各証拠および司法警察員作成の「無申告交通事故に対する捜査端緒報告」と題する書面によれば次の事実が認められる。
少年は、昭和四九年一月二八日午後五時四五分ころ、原動機付自転車(○○○町○×××)を運転し、長崎県北松浦郡世知原町○○○○×××番地先道路を、世知原町中心部方面から同町国見山荘方面に向け進行中、対面進行してきた○永○一運転の普通乗用自動車と衝突する事故を起こし、物の損壊があつたのに、その事故発生の日時、場所等法定の事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである(この事実は、道路交通法七二条一項後段、一一九条一項に該当する。)。
二 そこで、更に進んで、この事件につき、少年の要保護性の有無を検討するが、本件事犯は、重大とも、悪質ともいえないこと、少年はこれまでに同種の非行がなく、現在高校生として真面目に生活していることなど、諸般の事情を勘案すると、本件について少年を保護処分に付する必要がないと認めるのが相当である。
第三以上のとおり、通行区分違反については非行なし、報告義務違反については、保護処分に付する必要がないという事由で、本件につき、少年を保護処分に付さないこととする。
よつて、少年法二三条二項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 熊田士朗)