長崎家庭裁判所島原支部 平成11年(家)45号 1999年3月31日
主文
本件申立てをいずれも却下する。
理由
1 本件申立ての趣旨及び理由は、
(1) 申立人らは、昭和37年1月27日、事件本人と養子縁組をした。
(2) 事件本人は、平成8年11月6日に死亡した。
(3) 事件本人の妻子は申立人らとの行き来が全くない。
(4) よって、申立人らは事件本人との親族関係を解消したく、申立人らと事件本人との離縁の許可の審判を求める。
というものである。
2 検討するに、前記1(1)(2)の事実は一件記録により十分認められるところ、申立人らと事件本人ないしその親族との関係は、大要以下のとおりである。
(1) 申立人X1(以下「申立人X1」ともいう。関係人について同様の略称を用いることがある)は、a呉服店、b商事、c等の屋号で、衣料品販売や旅館やホテルへの用品卸商を営む者であり(以下、これらを併せて「a呉服店」という)、申立人X2はその妻であって、右営業を補佐していた。事件本人は昭和27年ころ、a呉服店の取引先の社員として申立人らと知り合い、縁組後はa呉服店で営業担当者として稼働していたが、平成8年10月30日、脳出血のため突然倒れ、入院後そのまま死亡した。
(2) 事件本人の妻Bは、申立人X2の親戚に当たり、昭和39年12月16日、申立人らの勧めにより、事件本人と婚姻し、昭和42年ころから、標記事件本人の最後の住所として記載した住所に居住して、断続的にb商事の営業に従事していたが、事件本人死亡後は申立人らの営業には関与しておらず、内職やパートで生計を立てている。事件本人には長女C(昭和41年○月○日生)と長男D(昭和46年○月○日生)がいるが、いずれも成年に達しており、Cは婚姻して鹿児島市に、Dは千葉県船橋市に居住していて、現時点で申立人らとの交流はない。
(3) Bが現在居住している事件本人が所有していた自宅は、敷地が申立人X1のものであるところ、申立人X1は、事件本人死亡直後からしきりに賃料の支払いを要求するようになったが、Bは、現在まで、このことに関する交渉を拒絶している。
3 ところで、民法811条6項の死後離縁の規定は、もと旧親族法の規定として「養親カ死亡シタル後養子カ離縁ヲ為サント欲スルトキハ戸主ノ同意ヲ得テ之ヲ為スコトヲ得」(旧862条3項)とあったのを、現行の親族法に改正された際に「戸主の同意」を「家庭裁判所の許可」としたうえでそのまま存置したところ(改正前の民法811条6項)、更に、養親側からの離縁も可能なように改正されたものである。その趣旨は、旧親族法の規定によれば、養子縁組は養家の後継者を得てこれを存続させるところに主眼があったところ、養親に子が生まれたなど養子縁組が事後的に不要のものとなり、却って養子の実家に後継者がいなくなるような場合があるので、このような場合に、仮に協議離縁のみが通常の縁組解消原因であるとするならば、養親が死亡したならば協議の相手がいなくなってしまうという不都合があるため、戸主の同意を条件としてこれを認めるものとしたといわれており、改正前の民法811条6項は、家制度を廃止したため、家庭裁判所の許可をもって戸主の同意に代えたが、実質的には、養子縁組制度が法定親族関係を創設するものでその効果は広範であるため、養親死亡後も残る法定親族関係を解消するための、特別の離縁制度を創設したものにほかならないといわれ、現行規定は、これを養子の側のみならず養親の側からも認めて、相互化・平等化を図ったものである。
したがって、ここにいう家庭裁判所の許可は、単純に、旧親族法下の規定にある戸主の同意に代わるものとして関係人の意向を参酌してなされるべきものではなく、当該養子縁組に係る親族関係を終了させることが、その申立人のみならず親族関係が及ぶ他の関係人や公的客観的な見地をも加味して検討したうえで、相当でないものかどうかを判定してなされるべきものである。
4 申立人らが本件申立てに至った経緯・申立ての具体的理由として、当裁判所に対する回答書や調査、審問において挙げているものは多岐にわたっているが、その代表的なものを摘記すると以下のとおりである。
<1> a呉服店の営業に関し、事件本人が営業努力をしなかった結果、昭和43年ころに多数の取引先を失ったうえ、その後不正(二重伝票)を働いていた形跡があること
<2> Bは、a呉服店が多忙で仕事に出るよう頼んだのにもかかわらずこれを拒絶したことがあるが、事件本人死亡後はa呉服店に出勤することをせず、申立人らとの関わりをもつことを拒絶していること
<3> 事件本人やBは、申立人X1が脳梗塞で入院した際に見舞いに来ないなど、「早く死亡すればよい」との態度を露骨に示していたこと
<4> 事件本人らは、新年の挨拶に来ないし、Cの結婚の相手も勝手に決めたこと
<5> 事件本人死亡後、Bの親族がa呉服店を訪れて、事件本人が死亡した原因は申立人らにある、店をつぶしてやる、などと述べたこと以上に対して、本件申立てが認容された場合に主たる効果が及ぶ関係人であるBやC、Dは、
(1) 事件本人の生前の言動をあげつらって本件離縁の理由とすることは、a呉服店の営業を真面目に行っていた事件本人の功績を無視することになり、また、事件本人にはいわれるような不正の行ないなどはなかった。
(2) 申立人らとこれら関係人との関係が親密ではなかったのは事実であるが、その主たる原因は、申立人らの、人格を無視するような、親族としての常識を欠いた振舞いにある。このことを看過して本件申立てをしたのは不当である。(もっとも、Bは「事件本人が死亡するまでは申立人らとの関係は良好であった」旨述べるが措信しない。)旨主張して、離縁に強硬に反対している。
5 よって、検討するに、申立人らがいう理由のうち、当裁判所のした調査や審問において、事件本人に任務の懈怠や不正に係るものがあったことの具体的な証拠は一切見出されなかったから、4<1>が理由がないことは明らかである。のみならず、<3>についても、申立人X2は事件本人やBに病院までの送迎を依頼したことは認めており、事件本人らがこれを拒絶したりした形跡はないから、申立人らの思い過ごしではないかと考えられ、このことは、事件本人の生前には養子縁組を解消する動きはなかったことからも裏付けられる(申立人らは、このことは、申立人らが養子縁組は一生解消することができないものであると考えていたからである旨述べるが、措信しない)。また、そうであれば、BやC、Dにおいて、前記4(1)のとおり、本件申立てに対して感情的な理由から反発するのは理解できなくはない。
しかしながら、これをさておくとして、少なくとも4<2><4>はBやC、Dとの関係の希薄さないし葛藤の深さをいうものとして見れば、一面ではもっとも思われる点がある。すなわち、<2>はBが自認しており、<4>はBやC、Dは新年の挨拶には行っていた旨述べてはいるが、申立人らとの交流が希薄であったことは認めているのである。なお、前記4<5>は、B審問の結果をも加えて検討すると、事件本人死亡後にその自宅敷地の権利関係等を巡って申立人らとBの親族との間にあつれきがあり、その一エピソードを捉えて述べているものと認められ、これまた申立人らとBとの間に葛藤があることを裏付けるものとして、上記の延長線上にあるものとして理解することができる。なお、C1号証、2号証には、申立人らと事件本人ないしBとは過去長年月にわたりほとんど交渉がなかったかのような記載があるが、これは前記の関係が希薄であった事実を誇張して述べているものと理解すべきである。その限りにおいては、もはや親族関係の実体が乏しいものとして、その解消を求める申立人らの主張は全く理由がないとはいえず、BやC、Dらがこれに反対していることは、だからといってこれらの者に申立人らとの親密な親族関係を復活・創造させようとする意図があるものとも窺われないから、全面的には肯けない面があることは否定できない。
ただその反面、BやC、Dらがいうように、これらの者との関係が親密ではなかった原因が、全く申立人らの側になかったものとはいえない。すなわち、その原因がいずれの側にどの程度あるのかを的確に評価することは困難ではあるが、調査や審問の結果を総合すると、前記4<2><4>に関して、申立人が事件本人ないしBを自宅の草刈りを命じ、拒絶されるや更にその理由として診断書の提出を命じたり、Cの結婚を事件本人らが相談なく決めたことを不満として、その式に欠席したりした事実が認められ(以上の事実は、家裁調査官の調査とB、申立人ら審問の結果を総合して認められる)、その他書信の中には穏当とは思われない言辞を用いたものも見受けられるので(C6号証)、申立人らの態度には高圧的と受け取られても仕方がないものがあり、少なくとも、かなりの程度までは上記の原因をなしていることは明らかである。
そうであれば、申立人らがるる述べるところのものは、自らの行為が、少なくともある程度までは原因となって招いた行為の結果を、今度は本件申立ての原因として述べているものである。また、申立人らにおいてもBやC、Dとの関係を改善するために積極的に動いた形跡は見当たらない。
もともと養子縁組制度は広範な法定親族関係に基づく事実上・法律上の効果を生ずることが所与の前提とされているのであるから、仮にその親族らとの間で何らかのあつれきを生じたとしても、ある程度までは当事者においてこれを甘受し、その解消に努力すべきものである。この理は婚姻の場合と養子縁組の場合とで異ならないが、養子縁組の場合は、法定親族関係の効果が及ぶ範囲がより深くかつ広いから、いっそうその理が妥当すべきものである。すなわち、仮に一方の縁組当事者が死亡したからといって、ただちに他方当事者から親族関係を終了できるとでもいうことになれば、身分関係の法的安定性が損なわれることは明らかである。
これを敷衍していうと、本件申立てが認容された場合の大きな法的効果として、事件本人の子であるCとDに係る代襲相続権が消滅することが挙げられる。しかしながら、元々代襲相続人となるべき者の代襲相続に対する期待は、被相続人となるべき者の財産が、被代襲者とのかかわりにおいて形成されたであろうことを前提として、いわばその無形の「功績」に当たる部分を継受するという限りにおいて、正当な基礎を有するものといえ、このことは推定相続人と被相続人となるべき者との関係と同じく、法が推定相続人の廃除に厳格な構成要件をおき(民法892条)、遺留分の規定(民法1028条以下)において、被相続人となるべき者の財産処分の効力が及ぶ範囲を限定し、可及的に相続財産が血族に継受されるよう配意していることから明らかである。そして、このことは、自然血族のみならず、法定血族関係にもそのまま当てはまるというべきであるから、本件申立てを認容するためには、以上のような法の趣旨に反してでもこれを認めるべき合理的で重要な理由がなければならない。
しかしながら、以上に検討したところによると、本件申立てには、客観的な裏付けがない理由が含まれているうえ(前記<1><3>)、これを除外して考察しても、親族関係を終了させるという重大な法的効果を生じさせるのにふさわしいものがあるかどうかにつき、現時点で申立人らと事件本人の妻子との間の親族としての親密な交流がないという点を十分考慮に入れても、多大の疑問があるとせざるを得ない。そうすると、本件申立てを認容することはできない。