長野地方裁判所 平成10年(行ウ)9号 判決 2004年3月26日
主文
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
平成9年1月31日付けで被告(同日当時は建設大臣)がした,昭和電工株式会社に対する,8建設省北地河調発第11号,8建設省北地河調発第12号,8建設省北地河調発第13号の各許可処分をいずれも取り消す。
第2請求に対する被告の答弁
主文同旨
第3事案の概要
1 本件事案の要旨及び争点
本件は,建設大臣(現国土交通大臣)が昭和電工株式会社に対し,河川法(昭和39年法律第167号)に基づき,発電用に長野県大町市内の河川及び湖からの取水を許可した処分に関し,大町市に居住等する原告らが,同処分は河川法に違反した違法なものであると主張してその取消しを求める事案である。
原告らは,上記取水許可処分により①漁業権が侵害される,②防火用水が不足して火災の危険にさらされる,③各種排水の希釈浄化が妨げられ悪臭・病害虫により健康が害される,④井戸水が汚濁し地下水利用権が侵害される,⑤自然享有権・環境権が侵害されるから,いずれも原告適格があり,また,原告らの漁業権は被告による取水許可処分に優先するから訴えの利益があると主張するところ,被告は原告らには原告適格がなく,漁業権者であると主張する原告らには訴えの利益がないと主張してこれを争う。
したがって,本件の争点は,①原告らの原告適格の有無,②訴えの利益の有無である。
2 関係法規等
(1) 河川法及び河川法施行令の規定
平成9年法律第69号による改正前の河川法1条(以下同条及び同法75条に関しては,特に断らない限り,上記法律による改正前のものを指す。)は,①洪水,高潮等による災害の発生の防止,②河川の適正利用,③流水の正常な機能の維持を目的として掲げているところ,平成9年法律第69号により,④河川環境の整備と保全が目的に加えられた。
河川法は,河川の流水及び河川区域内の土地を占用しようとする者は,河川管理者の許可を受けなければならない旨規定しており(平成11年法律第160号による改正前の河川法23条及び24条。以下同法23条,24条,35条,36条,38条,39条及び40条に関しては,いずれも上記法律による改正前のものを指す。),この許可申請があった場合には,河川管理者は,当該申請が却下すべきものである場合を除き,当該申請者の氏名,水利使用の目的その他の事項を関係河川使用者に通知しなければならない旨規定している(河川法38条)。
河川法施行令21条は,河川法38条の関係河川使用者として,漁業権者及び入漁権者を規定している。
河川法38条の通知があったときは,関係河川使用者は,河川管理者に対し,受ける損失を明らかにして,当該水利使用について意見を申し出ることができ(河川法39条),この申し出がある場合,河川管理者は,①当該関係河川使用者のすべての同意がある場合か,②当該水利使用に係る事業が関係河川使用者の当該河川の使用に係る事業に比し公益性が著しく大きい場合か,③損失防止施設を設置すれば関係河川使用者の当該河川の使用に係る事業の実施に支障がないと認められる場合のいずれかでなければ,河川法23条の許可をしてはならない旨規定されている(河川法40条)。
平成9年11月政令第342号による改正前の河川法施行令10条1項は,河川整備基本方針及び河川整備計画に関し,①洪水,高潮等による災害の発生の防止又は軽減に関する事項については,過去の主要な洪水,高潮等及びこれらによる災害の発生の状況並びに災害の発生を防止すべき地域の気象,地形,地質,開発の状況等を総合的に考慮して,②河川の適正な利用及び流水の正常な機能の維持に関する事項については,流水の占用,舟運,漁業,観光,流水の清潔の保持,塩害の防止,河口の閉塞の防止,河川管理施設の保護,地下水位の維持等を総合的に考慮して作成しなければならない旨規定していた。
(2) 漁業法の規定
漁業法(昭和24年法律第267号。以下,単に「漁業法」ということもあるが,「現行漁業法」ということもある。)は,漁業の意義を「水産動植物の採捕又は養殖の事業」と規定し(同法2条1項),第五種共同漁業の意義を,内水面において一定の水面を共同に利用して営む漁業であって漁業法6条5項1号に規定する以外のものと規定している(平成11年法律第160号による改正前の同法6条5項5号)。そして,漁業協同組合の組合員であって当該漁業協同組合がその有する特定共同漁業権ごとに制定する漁業権行使規則で規定する資格に該当する者は,当該漁業協同組合の有する当該共同漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有すると規定されている(同法8条1項)。
また,同法は漁業権の設定を都道府県知事の免許に係らしめている(同法10条)。
3 前提事実(証拠を掲記した事実以外は争いがないか,弁論の全趣旨から認定できる事実か,当裁判所に顕著な事実である。)
(1) 当事者等
ア 別紙当事者目録の第1原告目録記載の原告ら(以下「第1原告ら」という。)は,信濃川水系高瀬川本流の大町市と北安曇郡松川村の市村界から上流の高瀬川本流及び鹿島川,農具川及びこれらの支流(ただし,木崎湖,中綱湖,青木湖は除く)(以下「本件河川」という。)に漁業権を有する,長野県大町市大字大町2763番地北安中部漁業協同組合(以下「北安中部漁協」という。甲1の1・2,乙1の1・2)の組合員である(甲1の3)。
イ 第1原告ら及び別紙当事者目録の第2原告目録記載の原告ら(以下「第2原告ら」という。)は,大町市に居住している。
ウ 別紙当事者目録の第3原告目録記載の原告ら(以下「第3原告ら」という。)は,大町市内に活動の本拠を有している,いわゆる権利能力無き社団である(甲20,23,25)。
エ 被告は,本件河川について河川法等に基づく許認可行政権限を有する。
(2) 許可処分の内容
被告(当時は建設大臣。以下,平成9年法律第160号による改正後の河川法施行前は,建設大臣をも「被告」ということがある。)は,平成9年1月31日付けで,昭和電工株式会社(以下「昭和電工」という。)に対し,河川法23条及び24条に基づき,別紙許可目録記載の内容の各許可処分をなした(以下別紙許可目録記載の各許可処分を「本件許可処分」という。)。
(3) 本件許可処分以前における許可処分の経緯
ア 常盤発電所及び広津発電所の当初水利使用許可
(ア) 常盤発電所の当初水利使用許可
常盤発電所(許可当時の名称は和田川発電所で,昭和14年5月19日の名称変更届により常盤発電所と称するようになった。)の水利使用許可は,昭和12年7月26日付けで長野県知事から東信電気株式会社(現在の東京電力株式会社)に対しされている(長野県指令土甲収第3489号)。当初の許可における使用水量は,12.5m3/s以内であったが,昭和13年3月25日付けの変更許可により,使用水量は17.8m3/s以内となった(乙7,20の1)。
常盤発電所は,昭和14年4月8日に発電を開始したが,昭和電工と東信電気株式会社との契約により,昭和電工大町工場の専用発電所として利用されており,昭和16年9月24日付けで長野県知事により昭和電工に対する権利譲渡が許可された(乙20の2)。
なお,当初の水利使用許可における取水口及び放水口は,以下のとおりであった。
取水口 長野県北安曇郡平村字狐畑1872番地(高瀬川第1発電所放水)
同村字狐畑(高瀬川残水)
放水口 同郡平村字上一本木6898番の2
(イ) 広津発電所の当初水利使用許可
広津発電所(許可当初の名称は牛澤発電所)の水利使用許可は,昭和12年7月26日付けで長野県知事から日本電気工業株式会社に対しなされた(長野県指令9河第2774号)が,同社が昭和肥料株式会社と合併し,昭和電工を設立したことに伴い,昭和14年6月5日付けで,昭和電工に対する権利譲渡が許可された(乙8,21の2)。
当初の水利使用許可における使用水量は,常盤発電所の放水5.6m3/s以内であったが,昭和13年4月9日付けの変更許可により,常盤発電所の放水8.62m3/sと農具川からの取水2.78m3/sを合わせて,11.4m3/s以内となった(乙21の1)。
同発電所は,昭和14年11月30日から発電を開始した(乙22)。
なお,当初の水利使用許可における取水口及び放水口は,以下のとおりであった。
取水口 長野県北安曇郡社村字丹生子
放水口 同郡陸郷村字牛澤
(ウ) 当初許可を行った河川管理者長野県知事は,魚族に関し,水利使用許可を附した命令書において,「魚族の棲息遡上(又は遡降)に必要なる水量はこれを放流すべし」(2条),「堰堤には魚道の設備をなすへし」(5条6項)とそれぞれ命じている(乙7,8)。この命令に対しては,それぞれ高瀬川大出取水所及び農具川取水所の堰堤に魚道を設け,対処していた。
この下流への放水のための魚道を廃止することについて,昭和40年8月29日付で,昭和電工大町工場取締役工場長(甲)と北安中部漁協組合長(乙)が要旨以下の内容の「補償契約」を締結した。
1条 甲が,高瀬川大出,農具川両取水所に設備しある現魚道を廃止することを乙は認め,甲はその魚族補償費として,乙に対し,・・・を支払のことを約諾する。
2条 乙は,前条の金銭を受領することにより,両魚道に係る漁業補償費の要求はしないものとする。
イ 青木発電所及び本件導水路建設に伴う水利使用許可
(ア) 昭和電工は,高瀬川上流総合開発事業の一環として,発電計画を見直し,鹿島川4渓流の流水からの取水量を6.0m3/sに変更し,青木湖の利用水深を20mとする青木湖貯水利用発電水利使用許可の申請を昭和26年8月28日付けで長野県知事に対して行い,昭和27年4月22日付けで,水利使用許可がされた(長野県指令26河第593・594号)(乙9,27)。
なお,上記水利使用許可は,青木発電所及び常盤発電所に係る水利使用をその対象とするものであった。
上記水利使用許可の主な内容は,以下のとおりである。
①目的 自家用のための発電
②取水量 6.00m3/s
小冷沢 0.80m3/s
大冷沢 1.40m3/s
大川沢 3.10m3/s
大ゴ沢 0.70m3/s
③取水口 鹿島川筋
小冷沢 長野県北安曇郡平村字鹿島入国有林
大冷沢 同上
大川沢 同上
大ゴ沢 同上
青木湖 長野県北安曇郡平村字青木
④注水口 長野県北安曇郡平村字青木
⑤放水口 青木発電所 長野県北安曇郡平村字青木
青木湖 高瀬川第一発電所放水口に注入し,常盤,広津発電所を通し長野県北安曇郡広津村大字梶本字ヤーゴ18698番地から犀川本流に放水する。
⑥青木発電所の使用水量
3.00m3/s以内
うち,常時使用水量1.00m3/s
⑦青木湖
取水量 5.5m3/s以内
ただし,かんがい期(5月21日から9月10日まで)においては分水口より4.56m3/sを限度とし,関係かんがい用水に必要な水量を,非かんがい期においては0.74m3/sを放流しなければならない。
水位 最高水位は標高821.06m(零m)とし,最低水位は標高801.06m(零m以下20m)とし,その範囲を超えることができない。
⑧許可期限 昭和41年3月31日
その後,昭和27年10月8日付け許可により,青木発電所の最大使用水量が4.00m3/s,昭和29年5月20日付け許可により,導水路下方地区への分水量がかんがい期4.76m3/s,非かんがい期0.776m3/s,昭和39年7月6日付け許可により,青木湖の利用水位が21mにそれぞれ変更された(乙28の1ないし3)。
(イ) また,当初許可を行った河川管理者長野県知事は,魚族に関し,水利使用許可を附した命令書において,「魚族の棲息遡上に支障のないようにしなければならない」(2条),「本事業のため・・・漁業に支障を来たし又はその虞あるときは許可を受けた者は関係当事者と協議し・・・魚族の増蕃殖等に必要な施設その他適当の方法を講じなければならない」(8条)ことを命じた(乙9)。この命令を受けて昭和電工は,北安中部漁協と折衝を行い,損害の補償について,昭和28年2月27日付で,昭和電工代表取締役(甲)と北安中部漁協組合長(乙)が要旨以下の内容の「鹿島川漁業補償契約」を締結した。
1条 甲は鹿島川流域変更による損害賠償として・・・養魚池及び水路付属建物を建設し之を乙に無償譲渡をなす。
2条 甲は一時補償金として・・・と契約締結と同時に乙に対して支払う。
3条 青木発電所取水口に付属する魚道に対しては,甲乙及び立会人に於いて協議の上該発電所の竣功迄に解決するものとする。
4条 乙は鹿島川流域変更による一切の損害に付き今后苦情並に損害補償の要求を甲に対して申出ないことを確約する。
上記「鹿島川漁業補償契約」に関し,昭和28年2月27日付で,北安中部漁協組合長から昭和電工社長宛に,「契約書中第3項取水口附随魚道に対しては設置乃至補償等に対し一切要求致しません事を確約致します。」との内容の念書が提出された。
ウ 昭和41年にされた許可
建設大臣は,青木発電所,常盤発電所及び広津発電所について,昭和41年8月1日付けで水利使用の許可をした(建設省地河第493号。以下「昭和41年許可」という。)。
許可期限は,いずれも昭和71年(平成8年)3月31日とされている。
各水利使用許可の主な内容は,別紙「昭和41年許可目録」記載のとおりである(乙29)。
(4) 不服申立の経緯
ア 第1原告らは,平成9年3月31日,被告に対し,本件許可処分の取消しを求める異議申立をした(甲11の1ないし3)。これに対し,被告は,平成10年4月9日付で第1原告らの異議申立を棄却する旨決定し(甲12),同月10日原告らに同決定が送達された。
イ 第2原告らのうち,原告P1,同P2,同P3は平成9年3月31日(甲17),本件許可処分のうち別紙許可目録3の処分の,同P4は同年4月1日(甲15),本件許可処分のうち別紙許可目録1の処分の,同P5は同月2日(甲13の1ないし3),本件許可処分全部の取消しを求める異議申立を,それぞれ被告に対してした。これに対し,被告は,平成10年4月9日付で上記原告らの異議申立を却下する旨決定し(甲14,16,18),同月10日同原告らに同決定が送達された。
ウ 第3原告らは,平成9年3月31日,被告に対し,本件許可処分の取消しを求める異議申立をした(甲19の1ないし3,21)。これに対し,被告は,平成10年4月9日付で第3原告らの異議申立を却下する旨決定し(甲20,22),同月10日原告らに同決定が送達された。
(5) 北安中部漁協の漁業権
北安中部漁協は,平成5年12月20日に本件河川について第五種共同漁業を設定するについて長野県知事の免許を得ており(乙1の1・2),第1原告らは,北安中部漁協が上記漁業権について制定した漁業権行使規則で規定する資格に該当する限りにおいて,上記共同漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有する(漁業法8条1項)。
(6) 昭和電工に対する当初取水許可処分以前からのかんがい用水の変遷の経緯大町市内を流れる用水路の経緯は別紙「かんがい用水変遷の経緯」のとおりである。
第4争点に関する当事者の主張の要旨
1 原告ら
(1) 原告適格について
ア 行政事件訴訟法9条の解釈について
行政事件訴訟法9条にいう「法律上の利益」は,必ずしも実定法の規定の有無に依らしめるのではなく,違法な行政処分によって被った不利益が裁判上の保護に値するかどうかを基準にして判断すべきである。
仮に同条の「法律上の利益を有する者」を「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者」と解するとしても,法の趣旨から合理的に解釈し,かつその合理性には柔軟性を持たせるべきである。
イ 水利許可処分と河川法の目的について
(ア) 河川法23条,24条に基づく水利使用許可処分は,同法1条の目的に準拠してなされねばならない。加えて,河川管理者は,公益上やむを得ない必要があるときは,許可又は承認に係る行為については許可又は承認の取消し・変更・効力の停止・条件の変更等を命ずることができるとされているものであるから(同法75条2項・1項),同法23条,24条の許可の審査に当たっては,公益上やむを得ない事情があるかについても考慮されねばならない。
(イ) 河川法は平成9年6月法律第69号により改正されたが,その改正の内容は,平成8年12月4日に河川審議会において取りまとめられた提言「社会経済の変化を踏まえた今後の河川制度のあり方について」に盛られている上,それ以前から行政運営においてその取り入れが図られてきていたのであるから,本件許可処分の判断にあたっても,改正河川法において加えられた河川環境の整備と保全も河川法の目的の一つとすべきである。
河川法が平成9年6月に改正されるにあたっての改正の趣旨説明,同年4月23日の衆議院建設委員会における建設大臣の提案説明によれば,河川法改正が「河川環境の整備と保全」,具体的には「多様な生態系を持つ豊かな自然環境」「うるおいと安らぎをもたらす水と緑の空間」を保護法益とし,これについて地域住民が意見を反映させることができるようにしたことは明らかである。
(ウ) そして,河川法の目的規定によって保護すべきとされている法益は,一般的公益の中に吸収されるものではなく,個々人の個別的利益としても保護されているものと解すべきである。
ウ 原告適格判断の前提としての河川の流況
前提事実(3)記載の許可処分により,鹿島川,高瀬川等の河川機能及び青木湖・木崎湖の湖沼機能は著しく破壊された。
鹿島川の青木湖発電所取水口直下の河川及び猫鼻地籍から高瀬川合流点までの河川並びに高瀬川(大出取水口から松川村内まで)については,洪水期以外は慢性的に砂漠化している。農具川流域については,新社堰から高瀬川合流地点までの間は砂漠化する状態がしばしばあった。このため,河川の動植物の生態系は破壊され,魚族の棲息,遡行が不可能となった。漁場環境と漁場価値が著しく損なわれた。河川環境が悪化し,河川機能が著しく破壊された。景観にも重大な支障が生じている。昭和29年許可により,青木湖は12月から翌年7月まで(非かんがい期)は,約20メートル水位を低下させられた。昭和38年には21メートル低下し,昭和41年許可後においても同様の状態が続いてきた。このため,冬期間における湖岸の凍結,その他の期間の湖岸の乾燥化,崩落により水草帯の破壊,それに伴う魚族,その他の生物の生息条件の悪化によって湖水の生態系は著しく破壊された。木崎湖についても1.5メートル水位を低下させられ,湖岸のヨシ帯が壊滅させられ,木崎湖の浄化機能が著しく低下させられた。いずれの湖沼も景観に重大な支障が生じている。
本件許可処分後においても,鹿島川源汲橋付近は,恒常的に流水がなく,高瀬川も渇水期には瀬切れ(河川流量の減少により,流れが途絶える状態)を生じている。
エ 第1原告らの漁業権に基づく原告適格について
(ア) 漁業権の性質及び河川法における位置づけ
河川での漁獲が一般使用であるとしても,漁業法による共同漁業権は,一定の水面を共同に利用して漁業を営む権利をいい(漁業法6条1項,2項,5項),流水がなくなり,棲息する魚類もなくなってしまえば,権利の対象物がなくなり,権利自体も消滅してしまうのであるから,漁業権は,河川の水面を支配・占有する権利と解すべきである。
漁業権者は,関係河川使用者として水利調整の対象となっており(河川法38条,河川法施行令21条),河川法40条の規定に照らせば,漁業権者が流水占用許可を受けた者と同様に河川法上の権利者であることは明らかである。
漁業権は,仮に河川法上の権利ではないとしても,漁業法により物権とみなされており,違法に侵害することはできず,しかも水利使用によって影響を受ける場合が多いのであるから,漁業権が水利権の存在によって侵害されることは有り得ないとの被告の主張は成り立ち得ない。
(イ) 第1原告らは,後記(2)のとおり,本件許可処分により本件河川,湖沼機能を破壊されることによって漁業権を侵害される者である。なお,第1原告らは,本件許可処分により,漁業を営む権利を違法に侵害されているのであるから,第1原告らの漁業を営む権利と昭和電工の許可水利権のいずれが優先するか否かに関わりなく,河川法の目的と漁業を営む権利の本質から第1原告らの妨害排除請求権は認められ,原告適格も基礎づけられる。
オ 防火用水確保によって基礎づけられる原告適格(第1ないし第3原告ら共通)
(ア) 河川法が防火用水確保を個別的利益として保護していること
河川法1条の目的には,①「洪水等による災害防止」が掲げられているところ,洪水による災害のみならず渇水による災害防止をも河川法の目的となっていると解すべきこと,②「河川の適正利用」即ち利水も掲げられており,渇水になっては利水目的を達することができないこと,③「流水の正常な機能の維持」をも掲げられているところ,この目的達成のため,河川法16条に基づく河川法施行令10条2項2号ハ(平成9年11月政令342号による改正前のもの)において,河川整備基本方針に「流水の正常な機能を維持するために必要な流量」を定めると規定しており,「流水の正常な機能の維持」は渇水による災害防止を含むと解すべきであることから,防火用水の確保も河川法の目的であって,河川法はこのために原告らの利益を個別的に保護していると解すべきである。
(イ) 原告適格を基礎づける事実関係
大町市街地の堰,水路に水が全く存しないか,著しく水が少ない状態が恒常的に存し,防火用水が慢性的に不足している状態が続いており,原告らをはじめとする市民の生命・身体・財産に危険が生じている。
消防庁の消防水利の基準(消防庁告示。昭和39年)によれば,地域住民の火事災害に対する備えとして,本来的には自然水利による無限水利が確保されなければならない。昭和29年以前は,鹿島川や籠川支川の大町新堰から市街地の日用水,雑用水が堰を通して流れ,市域の水路を流れるこれらの用水が防火用水として利用されてきた。昭和29年許可により,昭和電工導水路(青木湖から大出取水所間の昭和電工常盤発電所導水路)の下方地域(導水路より東部,南部の標高の低い地域)は,導水路からの14か所の分水(以下「14分水」という。)によってかんがい用水,雑用水(飲用,洗濯,防火用水など)を供給するシステムが設けられた。その結果,14分水から供給される用水量はかんがい用水,雑用水を含めて挿秧期(代掻期)毎秒4.76トン,常時かんがい期毎秒3.473トン,非かんがい期毎秒0.776トンとなった。この許可内容は昭和41年許可,本件許可処分でも同様とされたが,その結果,火災の起こりやすい冬季と一致する非かんがい期に都市用水が著しく不足することとなった。昭和29年の大町市内の公設消火栓数は92基,40トン以上の防火水槽数は5基であり,平成11年4月1日現在では公設消火栓数は837基,40トン以上の防火水槽数は63基となったが,これでは防災上不十分である。消火栓は初期消火へ対応するためのものであり,市街地では消火栓がおおむね120メートルおきに配置されているものの,大半が配水管口径75ミリメートルのものであって,同一配水管系統の消火栓からは,水量・水圧の関係から一口放水するのが限度であり,その余の防火用水は地域の水路や防火水槽に頼らざるを得ない。そして,防火水槽のこれ以上の設置は困難である。現に,大町市では平成5年から平成9年にかけて,火事が多発し,財産損害も多額に及び,死傷者も発生している。
平成5年2月7日,個人住宅が全焼したが,同住宅の足下には毎秒0.2m3/s程度流下できる通称弥五六堰(U字構横0.6×深さ0.4×流速1m毎秒程度の堰)が流れているが,この堰の水量は非かんがい期には極めて少量であり,消火に役立たず,そのために消火活動には,それぞれ200mも離れた飯綱宮堰や長吉堰から取水している。また消火栓は120m範囲に2か所存在するが,75mm配水管の同一水系のため,実質1か所のみしか使用できなかった。この消防の遅延の結果,逃げ遅れた中学生1名が死亡したので,防火用水の不足と死亡との間には因果関係がある。
西原堰の非かんがい期分水量は,今日の西原堰流域戸数が約70戸であることの実態を全く無視した0.007m3/sしかなく(昭和27年9月高瀬川上流総合開発に伴う青木導水路分水計画一覧-非潅漑期用水量算定基礎表-から抜粋(甲84)),しかも,そのわずかな流量さえ長年にわたって放流されなかった。その結果,平成9年1月11日大町市平の建設会社で発生した火災当日の流量はゼロであったために有効な消火活動ができず全焼の事態を招き被害額は推定で約1億円という多額に及んだ(甲52,原告準備書面9資料13有限会社信建代表者F陳述書)。
平成12年3月1日の火災でも,火災建物の足下に水路があったのに,非かんがい期の流量が少ない上に,火災当日は下流で水路工事があり河川流量は零で,現場へかけつけた消防車は多かったものの取水場所がなく,消火活動が消火栓1基と市営住宅内の下水排水のための小河川流水の取水を中心に行うという極めて不十分なものであった結果,大町市栄町の賃貸住宅が一棟全焼し,もう一棟が半焼し,火傷で重症を負った者が後日死亡したが,河川に流量があれば一棟のみの火災で済んだと推定される。
こうした水利管理態勢は,発電導水路からの分水が発電取水に従属して行われている結果生じたものである。
(ウ) 各原告らについてのあてはめ
第1原告P7は,防火用水を14分水の飯綱宮堰の放流水によっている。第1原告P8はかんがい用水を14分水の北荒沢堰から,防火・雑用水は,北荒沢堰から分岐した支堰によっている。第1原告P9は,防火用水を14分水の御所川堰から分岐した裏御所川堰の支堰によっている。
上記のとおり,第1及び第2原告らを含む大町市民が火災からの身体生命,財産の被害に対し常に大きな損害を被る状態になった。第3原告らも同様に財産上の危険を負わされている。原告らにもたらされるこのような危険性は,被告の昭和電工に対する取水許可に起因するものである以上,原告らには原告適格がある。
(エ) 被告の主張に対する反論
被告の「かんがい用水唯一論」は,古来からの慣行水利権による越荒沢堰,野口堰等の水利使用目的に「潅漑,防火」が並列列挙されていること,高瀬川沿岸用水の水利権に係わる訴訟の和解条項にも「潅漑,防火」が並列列挙されていること,市街地では大火の教訓から防火目的のための堰開発の歴史があることから,歴史的経過とその必要性を無視した論理であることは明らかである。
火事に対する備えは消防法の所管するところに限られるとの被告の主張は,地域の現実を理解しない机上の主張である。
消防基準は,防災上の最低水準を維持するためのもので,現実に消火栓及び防火貯水槽の貯水のみで消し止められた事例は少なく,ほとんどの火災,特に大火では堰や河川の流水を重要な消火手段としており,大町市の消防計画もこの堰の流水を利用することが前提に成り立っているといえる。
大地震により火災が発生することがあるところ,大町市は糸静構造線上の大断層帯の上にあって今後30年間にM7~8クラスの大地震が起こる確率は14パーセントで(甲82の1),26年から50年の間に震度6程度の地震の発生が予測されている。よって,大町市に起こり得る大火災について防火用水の視点から考える場合,上記のような大地震による大火災の予測も視野に入れる必要がある。
前記の平成9年1月11日の火災に関しては,消火栓は至近距離に存在していたものの,錆び付いていたことからすばやく対応することができなかった。このように,消火栓の管理が万全でなければ消防は機能しない。
また,被告の主張するように自動火災報知機設備未設置が初期消火を遅らせたと仮定しても,消火は自動火災報知設備機能で行うのではなく,消火栓や河川の「水」で行うのである。西原堰の流水ゼロが初期消防に無関係という被告の主張は全く根拠がない。
カ 排水希釈の必要性によって基礎づけられる原告適格(第1及び第2原告ら共通)
(ア) 河川法が排水希釈による浄化を個別的利益として保護していること
上記のとおり渇水による災害防止も河川法の目的であること,殊に河川法1条の目的中,流水の正常な機能維持とは,各種排水の希釈浄化を達成することを実現することにあるから,この観点から原告らの個別的権利が保護されていると解すべきである。
(イ) 原告適格を基礎づける事実関係
家庭用雑排水などを希釈するための堰・水路の水量が不足し,堰・水路に悪臭が発生し,ミズワタ・ユスリカが発生し,原告らや市民の生活環境の破壊をもたらしている。これらの堰・水路の水不足は,導水路からの分水量が少ないことによるもので,従前の昭和電工に対する水利使用許可,及び本件許可において市民生活に必要な水量についてなんら考慮がされてこなかったことによるものである。
大町市が平成9年度に供用を開始した公共下水道の終末処理場から排水される処理水は,高瀬川水系の農具川末端(高瀬川合流地点から約400メートル上流,社新堰取水口直下)に,し尿処理場の処理水は同様に農具川に,それぞれ排出されている。一般廃棄物処分場・工業団地の排水は高瀬川に排出されている。本件許可処分により,上記処理水を希釈するのに必要な水量が確保できないため,新たな環境汚染を引き起こしている。
平成2年以来,大町市では下水道,し尿処理場,一般廃棄物最終処分場,工業団地などの処理水の排出を伴う公共施設を相次いで建設して,供用されてきた。これらの施設の処理水は,大町公共下水道終末処理場及び大町し尿処理場につき農具川経由で,大町市一般廃棄物最終処分場につきかんがい用水路経由で,大町市アルプスパノラマ工業団地につき専用水路経由で,いずれも高瀬川に排出先を求め,高瀬川の流量によって希釈し,環境負荷を許容範囲内に押さえる計画である。しかし,本件許可処分後も瀬切れが発生するような河川状況では,排出水の希釈の可否以前に,本流に到達させることが困難である。農具川にも,高瀬川にも昭和電工による取水のため水量が著しく少ないか,流れないため,必要な希釈水量が確保できず,その結果,排出先がどぶ川となる。このような事態が生ずれば,悪臭そのものによる身体被害が及ぼされることはもとより,衛生環境が悪化するに至り,蝦,蝿などの病害虫の発生をもたらし,これが病原となり,人の健康を害する危険性がある。
(ウ) 原告らへのあてはめ
上記の危険性は原告らにも及ぼされる。原告らの身体にもたらされるこのような危険性は,被告の昭和電工に対する取水許可に起因するものである以上,第1及び第2原告らには原告適格がある。
(エ) 水質汚濁防止法では不十分であること
高瀬川,鹿島川に排出水を排出する施設は,いずれも排水基準を満たさないわけではないが,当該基準は,生物化学的酸素要求量(BOD)につき20ppmと規定しており,この数値では,一切の魚類は生息できない。一方,河川,湖沼ごとに水域利用の目的に応じた生活環境を保全し,維持するために設けられた環境基準(昭和46年12月28日環境庁告示第59号,甲65。生活の保全に関する環境基準,甲62の1)によると,高瀬川上流部はAA類型(BOD1ppm以下),下流部はA類型(2ppm以下)とされている(甲62の2)。
水質汚濁防止法は,総量規制ではなく濃度規制に立脚しているところ,公共水域の環境基準と各種排水基準との間には上記のとおり少なくとも10倍にも及ぶ開きがあるが,このことは,水質汚濁防止法が,排水基準を法定するにあたり,排水の希釈に十分な公共水域の流量を必要不可欠の前提としていることの現れである。そして,本件許可処分による鹿島川の流量では,環境基準を達成することができていない。この流量を確保することが,河川法1条にいう「流水の正常な機能を維持」することであって,排水希釈による環境汚染は水質汚濁防止法のみの規制するところであるとの被告の主張は理由がない。
大町市大字大町地域の各家庭からのBOD排出量を,1人あたりのBOD排出量,人工,公共下水道への接続率,(合併及び単独)浄化槽の利用状況から算出すると,合計で1日当たり252.4キログラムとなる。このBODの汚染を環境基準の2ppmにするためには,大町市大字大町地域全体に満遍なく,1日当たり12万6200トンの希釈水が必要になるところ,この水量は毎秒1.461トンに相当し,冬期間の14分水の毎秒0.776トンでは,絶対的に不足している。
原告P7,原告P9は,大町市大字大町地域に居住しているから,同原告らは希釈水の不足による水質汚濁,悪臭による生活侵害,有害虫などの発生の危険によって身体の健康を損なう恐れがあり,当事者適格があることは明らかである。上記両原告の居住地域は,下水道や合併槽の普及により,悪臭・有害虫の発生は少なくなっているものの,大町市街地の中にはなお,下水道へ接続しない住居がかなり残存している地域が散在しており,当該地域では特に夏季において悪臭・有害虫の発生で悩まされている。
キ 原告P3,同P2及び同P1(以下「青木湖関係原告ら」という)の生活環境(地下水位の維持)によって基礎づけられる原告適格について
(ア) 河川法1条に規定する河川管理の目的には,青木湖を適正に管理し,青木湖周辺の地下水が干上がることのないように管理することも含まれるものと解すべきであるから,河川法は青木湖周辺の地下水につき利害関係を有する者の権利利益を個別的に保護しており,これらの者は原告適格を有すると解すべきである。なお,大審院昭和7年8月10日判決に照らし,地下水利用権は,特段の定めがない限り土地所有者の権能に帰属するが,その利用については,他人の権利を害することはできない。
(イ) 原告適格を基礎づける事実関係
原告P3は昭和50年より,原告P2は昭和53年より,原告P1は昭和55年より,それぞれ青木湖畔に居を構え生活している。
青木湖関係原告らの居住する地域には,市若しくは組合が供給する上水道は敷設されておらず,周辺地域で一般的に飲料水としている沢水もないため,将来も上水道敷設が期待できない。このため,原告P3及び同P2は45メートル,同P1は50メートルの井戸を設けて水を確保し,生活用水を専らその井戸水に依存しており,他に代替する水源はない。これらの井戸の掘削深度まで,地質構造葉は,砂礫がその大部分を占めている(甲77の1・2)ことから明らかなように,地下水の水位は青木湖の水位と連動している。昭和電工が青木湖の水を取水するため,青木湖周辺の地下水までが地下水層を通して吸い取られる結果,青木湖の水位に連動して変化する。青木湖貯留水の取水を許可された最大減水時(21メートル減水時)には,上記井戸の井戸水は地下水位低下のため涸れる恐れがある。また,最大減水時に至らない場合でも,地下水位低下により水位感知スイッチが働き,揚水時にポンプが度々停止するため,一度に取水できる水量が少なくなり使用水量の制約を受ける。さらに,青木湖の復水時(4月)には冬期間水位低下によって露出・乾燥した井戸の管壁が急激に湿潤され井戸水が汚濁し,水質検査で不合格となる事態となっている。これらの井戸水については,沈殿貯水槽を設け,汚濁物質の除去及び消毒薬の投入を行っているが,これらの設備等によっても,微細な粘度粒子等の除去は不可能である。
この結果,青木湖関係原告らは,深井戸の機能を破壊されるという財産的侵害を受け,さらには飲用水,生活用水の汚濁により,自ら及び家族その他の者らの健康を損なわされる危険性に脅かされ続けている。すなわち,被告の本件許可処分に起因して,青木湖関係原告らの財産権及び人格権(身体の安全)が侵害され,または侵害される危険性を及ぼされている。
また,消防水利の基準(昭和39年12月10日,消防庁告示第7号)6条は,消防水利の基準として,地盤面からの落差が4.5メートル以内であると定めているが,21メートル減水する青木湖は消防水利の基準に適合しないし,実際に利用することも不可能である。また,当該地域には水道がないため,消火栓の設置もできない。したがって,本件許可処分により,青木湖関係原告らは,消火手段がない状態に放置されているのであって,火災の際には多大な生命財産の侵害を受ける危険性がある。
原告P3は飲食業,同P2及び同P1は宿泊業をそれぞれ営みその収入を生活の糧としている。したがって,同原告ら居住地域の自然景観,遊漁場としての価値は原告らにとって重要な生活収入源である。青木湖からの取水による水位低下は,青木湖の漁場としての価値を著しく低下させ,在来の魚主であるカジカ,岩魚等は現在生息が確認されず,その他の魚種も生息数が激減し再生産性も損なわれたため,観光的資源である遊漁場としての価値を減少させている。さらに,水位低下はボート営業期間にも制限を加える。青木湖周辺は,環境庁(現環境省)により第一種風致地区に指定されている自然環境に恵まれた地域であるが,湖水面低下はその景観を大きく破壊し観光資源としての価値を損ねている。
(ウ) 青木湖関係原告らへのあてはめ
上記のとおり,本件許可処分に基づく青木湖からの取水により,青木湖関係原告らの地下水利用権が侵害されることにより人格権及び財産権が侵害され,また,遊漁場,自然景観の価値が損なわれる結果青木湖関係原告らの財産権(生活収入源)が侵害されているから,青木湖関係原告らは,原告適格を有する。
(エ) 被告の主張に対する反論
青木湖関係原告らの井戸水位は,昭和59年に青木湖水位低下に伴い低下し,その水位回復過程で水質汚濁(白濁化)が生じ,水質検査の結果,営業用として不適格とされた(甲85)。上記不適格とされた時以外の検査時において適格とされても,その前後に実際には不適格の状態が発生してないとは言い切れない。
ク 自然享有権・環境権により基礎づけられる原告適格(第1ないし第3原告ら共通)
河川法1条の目的中,流水の正常な機能維持とは,水生動植物の生存繁殖を維持実現することにある。
被告の昭和電工に対する取水許可処分の結果,青木湖からの取水による青木湖の水位が著しく低下し,鹿島川,高瀬川等に流水が存在しないか,ほとんど存在しない状況がもたらされ,青木湖及び前記各河川の生態系を完全に破壊している。原告らは,豊かな水量の下に,多様な生物が生息し,多様な生態系が維持される豊かな自然の恵みを享受する権利と,進んでこれらの自然環境を保護し未来の子孫に受け継ぐべき環境権を有するものであり,環境権は憲法25条,13条を根拠として認められるべきである。原告らは,被告の取水許可処分によりこの環境権を侵害されたものであり,原告適格を有する。
(2) 訴えの利益について(第1原告らの訴えの利益があること)
ア 第1原告らの漁業権取得時点
第1原告らの主張する漁業権は,明治時代以前,古来より綿々と存する慣行漁業権である。現行漁業法の制定は,封建的遺制の下に網元・船主の支配の重圧と共同体的規制に縛り続けられていた零細漁民を解放するという民主主義的目的でされたものである。慣行に基づく漁業権は,上記封建的遺制の面のみならず,漁村や漁民たちが,自らが暮らしていくために漁場を守り続け,周辺環境まで気を配り続けていたことの積み重ねの面もあるから,現行漁業法制定により消滅した権利とは,封建時代に支配者が論功行賞を与えるために本来の漁業者から略奪し,ゆがめて形成された漁業権や支配のための道具としての漁業権部分であり,本来の漁業者に継承されてきた慣行漁業権は,消滅していないものと解すべきである。
現行漁業法が補償によって消滅させようとした旧漁業権は海浜における漁業権についてであって,河川における漁業権には当てはまらないことは,漁業法施行法5条が,旧法の漁業会から現行の漁業協同組合に対する河川における漁業権の譲渡を認めていること及びこれに関する国会における理由説明からも明らかである。
したがって,第1原告らの主張する漁業権は,平成5年に初めて設定されたものではなく,昭和電工に対する従前の処分により水利権が設定された昭和41年より前から設定されていたものである。
仮に現行漁業法制定により同法制定前の漁業権が消滅したとしても,北安中部漁協は,昭和24年設立されるとともに漁業権の免許を得たもので,漁業法21条所定の存続期間が満了しても特段の変更事由がない限り存続されるものであるから,第1原告らの有する漁業権も昭和24年以来存続する効力を有する。
イ 水利権の性質(更新の可否)
昭和電工が有する水利権は,河川法による許可水利権であり,許可期間が定められている。河川法上,許可の更新手続きについての定めはないから,本件許可処分は従前の許可処分の更新ではなく,新規にされた許可処分と同様に扱うべきである。
ウ 本件許可処分が原告の漁業権を侵害していること
河川法40条の「損失を防止するために必要な」ことは,魚が棲める程度の流量を確保することである。
一方,本件許可処分に基づき昭和電工が取水することで,本件河川では,魚が棲めないほどの瀬切れが起こり,漁業権に損失が生じているから,本件許可処分により原告の権利が侵害されている。
エ 漁業権と水利権の時間的先後
上記のように,第1原告らの主張する漁業権は,本件許可処分によって昭和電工に水利権が設定される以前より存在し,その水利権によって奪われるものではない。したがって,本件許可処分による本件漁業権に対する侵害の程度が,昭和41年許可処分よるそれよりも大きくならないからといって訴えの利益が失われることはない。
仮に,昭和電工に対する発電用取水許可が本件許可処分ではなく当初の許可処分によって設定されたものだとしても,魚族の遡行ないし棲息遡上に必要な水量の放流を条件としているのであるから,原告らあるいは北安中部漁協の有する漁業権を保護する範囲で設定されたものである。一方,昭和電工の取水により,本件河川は瀬切れを起こしているのであるから,昭和電工の取水は従前より,許可条件に違反していたもので,第1原告らの漁業権を侵害している。
オ 補償契約について
昭和電工と北安中部漁協の間の補償契約は魚族の棲息遡上に関する条件が存続していた昭和41年許可より前から存在していたし,昭和41年許可に際し従来の「魚族の棲息遡上に必要な水量を放棄しなければならない」との条項が削除されたことは北安中部漁協も原告らも知らなかった。また,昭和41年許可における漁業補償は,高瀬川大出,農具川両取水所に設備してあった魚道を廃止することに対するもので,昭和41年以後北安中部漁協が昭和電工に対して,魚族の棲息遡上に必要な水量を放流することを申入れ,これを受けて昭和電工が北安中部漁協との間で締結した協定書にも「漁業の棲息遡降に必要な水量を常時放流するものとする」と記載されていることからも明らかなように,補償契約において全ての漁業権あるいは水利権を放棄したものではない。
(3) 本案に関する主張
ア 河川法1条及び2条違反
昭和電工の水利利用は,昭和13年許可,18年許可,29年許可によって条件が付されたように,魚族の棲息・遡行,その他の用水に必要な水量を優先的に河川に放流し,残余の水について使用することが前提に許されるものである。河川法も「河川が適正に利用され,流水の正常な機能が維持され・・・るよう総合的に管理」すべく,「河川・・・の管理は,・・・適正に行わなければならない」(同法1条,2条)のであるところ,流水の正常な機能を維持されるとは,従前の許可の際に付されていた,魚族の棲息・遡行,その他の用水に必要な水量を河川に放流されることを前提とするから,被告及び長野県は本件河川湖沼をこの趣旨にしたがって管理すべき責務を負っていた。
魚族の棲息遡上に必要な水量とは,最低限①瀬切れを起こさないこと,②遡降に必要な流量があること,③流入河川を含めて魚族の繁殖等の生態系を維持できる河川環境があることである。
即ち,被告は昭和41年許可の際,魚族の棲息・遡行,その他の用水に必要な水量が放流されるように破壊された河川機能の回復を図らねばならなかったにもかかわらずこれを怠り,破壊された河川湖沼の機能及び生活用水機能を回復させる措置を講ずることなく引き続き昭和電工に水利使用の許可を与えた。したがって,被告の本件各許可処分は河川法1条,2条に反する違法な処分である。
イ 河川法の趣旨違反
本来の常時使用水量は,渇水量から河川維持流量とかんがい・漁業・観光等の必要用水量を控除して算出され設定されるが,青木・常盤・広津各発電所の常時使用水量は,渇水量(355日流量)で設定されており,計画そのものが河川を水無川にすることを前提とした内容であって,河川法の趣旨に反している。
ウ 判例によって明らかにされた流水の使用許可の限度違反
最高裁昭和37年4月10日判決に照らすと,昭和電工に対する発電用取水許可は,使用目的を充たすに必要な限度の流水使用でなければならず,河川の全水量を独占排他的に利用しうる絶対不可侵の権利ではないから,魚族等の生態系を維持できる水量は放流する条件を満たす処分でなければならないことは明白である。
エ 通達違反
建設省(現国土交通省。以下同じ)の「発電水利権の期間更新における,河川維持流量の確保について」(昭和63年7月14日建設省河政発63号建設省河開発第80号)によれば,河川維持流量の大きさは,河川管理者において,水面幅,水深,沿川の状況,減水区間の水質,動植物の生態等への影響等を総合的に勘案して決定するものとする。」とされ,建設省の「低水計画の基本(建設省河川砂防技術基準(案)計画編)」によれば,「流水の正常な機能を維持するために必要な流量」とは,舟運,漁業,景観,塩害の防止,河口閉塞の防止,河川管理施設の保護,地下水位の維持,動植物の保護,流水の清潔の保持等を総合的に考慮し,渇水時において維持すべきであると定められた流量及びそれが定められた地点より下流における流水の占用のために必要な流量の双方を満足する流量であって適正な河川管理のために定めるものであるとされているが,被告の従前の管理及び本件許可処分による昭和電工に対する水利使用許可内容は,到底上記の内容による河川維持流量の確保の措置が講じられたとは言い得ないものである。河川・湖沼の正常な機能を回復し,生活用水機能を回復するためには,昭和電工の水利使用量を抜本的に改める他ないが,被告は本件処分においてかかる措置を取っていない。
オ 違法取水の放置
昭和電工は,昭和60年から平成6年までの間,鹿島川からかんがい用水として取水している越荒沢堰,野口堰及び籠川から取水している大町新堰の導水路上部のかんがい用水の使用残水を発電用導水路に取り込んでいるが,昭和電工は,鹿島川青木発電所取水口からの取水以外には,鹿島川及び籠川からの取水を許可されていないから,不法取水である。
広津発電所においては,本件許可処分以前において,高瀬川右岸かんがい用水残水を違法に取水し,常盤発電所青島放流口から,許可取水量を超えて取水し,導水路左岸かんがい用水を許可なく発電用水に振り替える等の違法取水をしていた。
本件許可処分においては,発電用水の最大使用水量が増大され,従前の違法取水の合法化が行われたが,①建設省は41年許可処分当初から昭和電工の上記違法取水を公認していたこと,②取水量を増加させるために,昭和20年代に閉鎖されて取水口として全く機能していなかった須沼板取堰を補給用取水口から本取水口に格上げしていること,③北安中部漁協の同意を得ていないこと,④本件許可処分においても導水路上流かんがい用水の残水を発電用に取り込んでいる違法取水が解消されていないこと等の問題点があった。
昭和電工は上記のとおり,昭和41年許可から本件許可処分に至るまでの間,許可内容を超える違法な取水を行ってきたにもかかわらず,被告は上記違法取水を放置し,管理を怠ったのみならず,許可すべきでなかった本件許可処分をしたものであるから,違法である。
カ 青木湖関係原告らの関係における違法性
本件許可処分は,青木湖の見かけの貯留水と集水範囲の降雨と鹿島川からの注水と青木湖自身の湧水の合計した範囲内で許可されたものであり,周辺地下水の収奪をも許可しているわけではない。本件許可処分にあたり,原告らが周辺地の地下水の保全を求め,所要の説明をしたにもかかわらず,被告は周辺土地の地下水と湖水の水位の相関性を認識せず,この点に関し何ら調査することなく許可した。被告は本件許可処分をするにあたり,周辺地下水を収奪することなく21メートルの取水をする方策を許可条件に明示すべき義務があるのに,これに違反した。
青木湖からの取水によって地下水位の変動が起こるにもかかわらず,本件許可処分は青木湖関係原告らに水位を事前に知らしめるものではない。青木湖関係原告らは,生活用水の確保のために,自然水位が維持されている場合に比較して,その水位低下分の従来とおりの井戸の掘削深度増,大容量受水槽や大能力ポンプの設置等,施設規模の拡大を余儀なくされている。また,施設維持管理の上でも,ポンプの運転経費増,定期的保守点検費用増,交換時の費用増の経済的負担を強いられている。さらに,清潔な生活用水を十分かつ確実に確保できないため,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を侵害されている。
さらに,本件許可処分により飲料水が汚濁し,青木湖関係原告らの生命身体を害するおそれがあるし,汚濁の程度が低い場合でも,水質検査では飲用に適さないと評価され,水質検査が義務づけられている飲食店営業,旅館営業ができないため,また,観光資源価値が減ったため営業上の被害を被っている。
上記のとおり,青木湖関係原告らとの関係において,本件許可処分は違法である。
キ 手続面
被告は昭和電工に本件許可処分をするにあたっては,関係河川使用者である北安中部漁協等に対し,河川法38条による通知をせず,同法39条による意見聴取もせず,損失を受ける北安中部漁協の同意を得ることもなく本件許可処分をしたもので,被告の本件各許可処分は河川法38条,39条,40条に違反する違法な処分である。
2 被告
(1) 原告適格について
ア 行政事件訴訟法9条の解釈について
行政事件訴訟法9条にいう「法律上の利益」に該当するためには,当該利益が当該処分の根拠規定によって保護されていなければならず,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むことが必要である。
イ 河川法の規定の解釈について
(ア) 河川法1条は,洪水・高潮等による災害の予防,河川の適正な利用,流水の正常な機能の維持を図るべく河川を総合的に管理することによって,公共の安全を保持し,公共の福祉を増進することを,一般的,抽象的に定めた規定である。
「河川の適正な利用」とは,公共用物としての河川の適正な利用をいうに過ぎず,これ以上の内容を含むものではない。河川法は,同目的を受けて,第2章第3節第2款において,水利調整について詳細な規定を設け,河川使用者相互間の調整を図ると共に,水利使用によって生ずる損失の補償について明確な規定をおいているから,個々人の具体的利益は,これら個別の規定を通じて保障されるものであって,上記文言から直ちに個々人の具体的権利を保障したものと解すべきではない。これ以外に,河川を自由使用している沿岸住民の利益を個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含む規定は存在しない。仮に河川の適正利用の管理に違法があったとしても,被害は財産権に限定され,生命・身体に対する直接的な危険を想定することはできないから,上記文言からは,同法23条及び24条に基づく許可にあたって,同法38条以下の規定により保護されるべき者以外の者の個々人の個別的利益を保護する趣旨を含むとは解しえない。
また,河川は公共用物であり,その流水は私権の目的となることができないこととされている(河川法2条)から,河川の流水が本来有する機能というのは,公共用物で,私権の目的とならない河川の流水が河川として有する機能であって,一般的公益にほかならず,それ以上の内容を含むものではない。
「流水の正常な機能の維持」の目的は,周辺住民の健康被害を防止するという観点から設けられたものではない。「流水の正常な機能の維持」の観点からは,平成9年11月政令342号による改正前の河川法施行令10条2項2号ハにおいて,当該河川の工事実施基本計画の中に,「主要な地点における流水の正常な機能を維持するために必要な流量」を定めるべき旨規定されているに過ぎない。そして,流水の正常な機能の管理上違法がある場合に生じる被害は,各種排水の希釈浄化,塩害の防止,河道の埋塞防止,既得水利の取水又は舟運のための水位保持,水生動植物の生存繁殖等,河川の流水が本来有する機能が維持されなくなるというものであり,河川の周辺住民個々人の生命,身体に対する直接的な危険を想定することはできない。河川法施行規則11条にも河川の周辺住民の個別の権利利益をも保護する趣旨を窺わせる文言はない。したがって,河川法23条の許可は,流水の正常な機能の維持との関係においては,これを専ら公益保護の観点から考慮するのみであり,河川の周辺住民の個別の権利利益をも保護する趣旨を含んでいるものではない。
(イ) 行政事件訴訟法にいう法律上保護された利益とは,当該行政法規の趣旨から導かれるものであって,行政法規を運用するに際し行政庁が発する通達から根拠付けられるものではないし,このような行政施策の結果として国民が受ける反射的利益が直ちに法律上保護された利益と解されるものでもない。
本件許可処分にあたっては,許可処分を行った時点で施行されていた改正前の河川法が根拠規定となることは明白であるから,平成9年6月の河川法改正の趣旨を考慮すべきであるとの原告らの主張は成り立たない。
なお,平成9年6月の河川法改正により同法1条の目的に「河川環境の整備と保全」を明文化したことをもって,係る利益を一般的公益を超えて,国民個々人に対し個別的利益として保護しようとしたものではないことも明らかである。
(ウ) 以上のとおり,洪水や高潮による災害防止の観点を除けば,河川法23条の許可が河川周辺住民等の個別的利益を保護する趣旨を含むのは,「河川の適正利用」という目的との関連で,周辺住民等が同法38条の関係河川使用者に該当する場合に限られる。
ウ 第1原告らへの当てはめ
(ア) 反射的利益主張
第1原告らが行使する漁業を営む権利は,本件河川を共同に利用して水産動植物の採捕又は養殖の事業を営むことを他者から妨げられないというものであって(漁業法2条1項,6条2項,5項5号),本件河川の水面を支配あるいは占有する権利ではない。したがって,河川法上上記権利は河川の一般的な自由使用の原則から生じる反射的利益に過ぎない(乙2p235,3p468ないし469)。
たしかに,本件許可処分が取り消されれば,昭和電工の水利権が消滅することとなり,本件河川において漁業権を有する北安中部漁協は利益を受けることになるが,河川法が,このような場合に利益調整規定の適用を排除していることから明らかなように(河川法38条ただし書),その利益は本件許可処分が取り消される事による反射的利益に過ぎない。
(イ) 原告の主張に対する反論
河川法が,漁業権者を関係河川使用者として水利調整規定を設けているのも,漁業権が物権と見なされることの当然の帰結に過ぎず,水面を「共同に利用」することと,「支配・占有する」ことは明らかに異なるから,原告の主張は理由がない。
(ウ) 北安中部漁協の漁業権は,関係河川使用者には該当するものの,後記(2)のとおり,昭和電工の水利権に劣後する者であるため,河川法38条ただし書に該当し,河川法38条以下の手続は不要であるから,北安中部漁協の漁業権は,本件許可処分においては保護されず,原告適格が認められない。したがって,北安中部漁協の組合員たる第1原告らも,本件許可処分において保護される権利を有しておらず,原告適格が認められない。
エ 第2原告ら及び第3原告らへの当てはめ
第2原告らは大町市に居住し,住民として河川及び湖沼を利用し,生活の便益に供し,復元保全する活動をしている者にとどまり,第3原告らは大町市内に活動の本拠を有し,本件河川湖沼について調査研究をし,本件河川湖沼につきその本来の機能回復を求める活動をする者にとどまるもので,関係河川使用者に該当しないから,河川を公共用物として自由に使用する行為から生じる反射的利益を有するに過ぎず,本件許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは認められない。
オ 防火用水に関する原告らの主張に対する反論
(ア) 河川法1条にいう災害とは,河川の氾濫,溢流といった河川の流水が直接に惹き起こす災害事象をいうのであって,単に河川の流水の流量が減少したに留まる原告らのいう渇水,河川の流水を直接の原因とすることなく発生する火災は,これにあたらない。
最高裁判所平成9年(行ツ)第1号・平成12年6月13日第3小法廷判決(乙12)は,水力発電用ダムのための河川法23条及び24条に基づく許可につき,当該水利使用にかかる事業によって洪水被害が発生する恐れのある地域に居住し又は財産を有する者について個別的,限定的に原告適格を肯定した第一審の判断を是認したものに過ぎず,原告らは洪水による被害の発生防止という観点からは原告適格を主張していないから,上記判例から原告らの原告適格が認められるものではない。
(イ) 国民の生命,身体及び財産を火災から保護することは,消防法(昭和23年法律第186号)が担っている(同法1条,20条2項,21条1項参照)。消防に必要な水利施設は,当該市町村がこれを設置し,維持し及び管理するものとされ(消防法20条2項),河川については,消防長又は消防署長が,消防の用に供し得る水利について,その所有者,管理者又は占有者の承諾を得て,消防水利に指定して,常時使用可能の状態に置くことができるとされている(同法21条1項)。このように,消防の用に供する水利を確保することは,本来消防管理者においてすべき事柄である。これに対し,河川法には,河川管理者が河川を管理するにあたって防火用水を考慮しなければならないとする規定は存在しない。したがって,防火用水の確保の必要性は原告らの原告適格を基礎付けない。
(ウ) 原告原告P7の自宅近くに存する大町市街の用水路を流れる水は,大町市土地改良区が有する慣行水利権(鹿島川)及び大町市が有する許可水利権(籠川及び鹿島川)に基づき,直接又は間接に(鹿島川から青木湖を経由する方法)取水された水が導水路に流入し,これがさらに用水路に流入したものである。上記慣行水利権及び許可水利権の主体は,それぞれ大町市土地改良区及び大町市であって,原告らではない。大町市街の用水路は,農業かんがい用の水路であって,防火用水のための水路ではないこと,用水路を流れる水は,青木発電所,常盤発電所及び広津発電所に係る各許可水利権とは別の水利権に基づくものであって,用水路にどれだけの水を流下させるかは,水利権者がその権利の範囲内で決定すべきことから,防火用水の不足の有無は,法律上保護された利益の侵害とは無関係である。また,大町市土地改良区が有する上記慣行水利権は,青木湖発電所及び常盤発電所の各水利使用規則に規定するとおり,発電用水よりもかんがい用水が優先しており,かんがい用水と発電用水の分水のための水門管理は,大町市,大町市土地改良区及び昭和電工を構成員とする高瀬川上流水利運営委員会が行っているから,本件許可処分ないし昭和電工によって大町市土地改良区が有する慣行水利権に基づくかんがい用水が不足することはない。
(エ) 第1原告らが居住する地域の消防担当者は,大町市内の消防計画について,火災時における消火活動は消火栓及び防火水槽によることを原則としており,①平成9年1月11日発生した火災につき,初期消火活動が不能となり全焼に至ったとの事実を認識していないこと,②平成5年2月7日及び平成12年3月1日に発生した火災についても,堰に防火用水が不足していたために十分な消火活動ができず,被害拡大につながったとの認識は有していないこと,③平成8年2月13日に発生した火災に際し,消防団から用水不足を指摘する報告は受けていないことを明らかにしている(乙32)。特に,平成9年1月11日発生した火災については,被災建物の西側に地上式消火栓が設置されており,火災発生の連絡を受け出動した大町消防署の消防車が到着したときは,既に住民らによって消火栓から放水がされていたものであり,初期消火活動ができなかったという事実はない。そもそも,被災建物は,消防法の防火対象物に該当し,自動火災報知設備を設置するよう指導していたが,これが未設置であったことから,初期の段階で火災を発見することができなかったもので,防火用水が不足していたために全焼に至った事案ではない(乙33の1・2)。第1原告らが居住する地域については,消火栓が140メートル以内に設置され,消防法が定める基準を満たしている。したがって,仮に,同原告らが居住する家屋が火災に遭ったとしても,消火活動に支障が生ずるおそれはない。
カ 排水希釈不能による環境汚染に関する原告らの主張に対する反論
(ア) 河川の水質維持は本来河川に排出される水の水質等を規制することによって図られるべきであり,河川を含む公共用水域等の水質汚濁から国民の健康を保護するために,公共用水域の水質の保全に関する法律(昭和33年法律第181号)及び水質汚濁防止法(昭和45年法律第138号)が定められ(同法1条),水質汚濁防止法は上記目的のため所要の規定を設けている(同法第2章,15条,18条)。したがって,河川法が流水の正常な機能の維持を河川管理の目的として掲げていても,各種排水の希釈浄化を一般的公益を守るために考慮するにとどまり,沿岸住民個々の個別的利益として保護する規定を置いていないから,各種排水の希釈浄化の必要性は原告らの原告適格を基礎付けるものではない。
そもそも,大町市街の用水路は,農業用のかんがい用水路であって,雑排水を流すための水路ではなく,水質保全や希釈浄化を目的とする用水ではない。しかも,被告は河川についての管理者であって,用水路の流水についての管理を及ぼすものではない。したがって,かんがい用水に起因する悪臭等の生活侵害の有無は,当該かんがい用水路の施設管理者との関係において処理されるべきである。
(イ) また,原告らは,悪臭,有害虫の発生につき抽象的に主張するだけであって,何ら具体的な事実主張・立証をしておらず,かえって,原告らの居住地域においては,下水道や合併槽の普及により付近を流れる水路の悪臭や有害虫の発生は少なくなっていることを認めている。結局,原告らが主張する希釈水の不足は,原告らが居住する地域について問題とするものではなく,原告ら自身の生活侵害,健康被害を主張するものではない。したがって,希釈水の不足に関する原告らの主張も失当である。
キ 青木湖関係原告らに関する原告らの主張に対する反論
(ア) 地下水利用権は,判例上物権的請求権を否定されており,自己の権利若しくは法律上保護された利益として明確に位置づけられるものではない。
原告らは大審院昭和7年8月10日判決を引用して原告らの地下水利用権が侵害される旨主張するが,同判決は,地下水の一種ではあるものの,地方の慣習により,泉源地の所有権から独立した一種の物権的権利(温泉権ないし温泉利用権)の客体として認められることがある温泉について判断したものである。大審院は一方で,地下水に関し慣習上又は法律上これを使用する権利を有すると認められる場合を除いて,水脈を同じくする他の土地の湧水に影響を及ぼす場合でも土地所有者が所有権の効力として当該所有地内の地下水を使用できる旨判示しているから,原告らの主張は失当である。
河川法は,関係河川使用者として地下水利用者を定めていない。また,河川法1条の規定は,水利使用許可にあたり周辺地域の地下水位の影響につき審査を義務づけたものとはいえないし,他に地下水位の維持を沿岸住民個々の個別的利益として保護する旨の規定を置いていない。
したがって青木湖関係原告らに原告適格は認められない。
(イ) 青木湖関係原告が井戸を掘削したのは昭和50年であるから,昭和電工の水利権が発生してから相当期間経過後に地下水の利用を始めた者にすぎない。しかも,同原告らが削孔した井戸は,青木湖水位変動の下端付近を超える深さまで達しており,昭和電工の水利権に基づく青木湖の利用水深を十分承知した上で,井戸を設置している。
したがって,青木湖関係原告らの主張する地下水を利用する利益は,本件許可処分により現に侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあるということもできない。
(ウ) 長野県は,食品衛生法19条の18第2項及び20条に基づき,「食品衛生法に基づく営業の施設についての基準等に関する条例」(平成11年12月20日条例第51号,乙34)において,公衆衛生上講ずべき措置の基準及び営業の施設についての基準を定めているところ,同条例によれば,①給水について,水道水以外の水を使用する場合は,原則として,1年以内ごとに1回,水質検査を行い,その結果の記録を1年間保存すること,②水質検査の結果,飲用が不適となったときは,その施設を管轄する保健所の長の指示を受けること,③営業施設の給水設備について,水道水以外の水を使用するときは,使用水は,水質検査の結果,飲用に適すると認められたものであること,浄水装置又は滅菌装置を設けること等とされている(同条例2条,別表第1の第1の3の(1),3条,別表第2の第1の4の(1))。そして,飲食店営業の場合は,5年以内ごとに1回濁度の検査を行うことになっている(乙35)。
しかし,本件において,青木湖関係原告らが使用する井戸水につき,水質検査の結果,飲用が不適となったことを明らかにする証拠はない。
したがって,青木湖関係原告らが使用する井戸水が水質検査の結果,度々不合格になっている事実を前提に,同原告らの生命,身体の安全に対して侵害の危険,営業の侵害が生じているとする原告らの主張は失当である。
ク 自然享有権・環境権に関する原告らの主張に対する反論
原告らの主張する環境権は,実定法上何らの根拠もなく,権利の主体,客体及び内容の不明確な環境権なるものを排他的効力を有する私法上の権利であるとすることは法的安定を害し許されない。
(2) 訴えの利益の有無(第1原告らに訴えの利益がないこと)
ア 原告らの漁業権の取得時点
現行漁業法制定の経緯及び最高裁平成元年7月13日第1小法廷判決・民集43巻7号866頁に照らし,現行漁業法は従前の漁業権及びこれに関連する権利関係について,補償金を交付した上,全て2年以内に消滅させることとしたのであるから,現行漁業法が施行されて2年経過した後には,慣行に基づく権利関係も含めて全て消滅し,その後は,現行漁業法に基づいて設定された権利関係だけが存続しているに過ぎない。
慣行漁業権を原告らが主張するように区分することができるかどうかは疑問である上,仮に区分できたとしても物権的効力を有する様々な慣行漁業権を漁業法上の漁業権以外に認めることは,長年の慣行として行われてきた漁場の権利関係の全面的な整理を行うとの現行漁業法の立法趣旨に反することは明らかである。
現行漁業法制定にあたって消滅させた旧漁業権は,海浜漁業権に限定されるものではない。漁業法施行法5条は,現行漁業法制定により旧漁業権が消滅し,現行の漁業に基づく漁業権の免許がなされるまでの2年間の繋ぎに関するものであることは乙10,11から明らかである。
長野県においては,昭和26年10月15日付長野県漁業権補償委員会公告第1号により漁業権等補償計画が定められている(乙5)。
上記のとおり,北安中部漁協の漁業権は平成5年の設定時に発生したものであることは明らかである。
イ 許可水利権の性質(更新の可否)
水利使用許可においては,漁業法と異なり,河川法上水利使用許可につき存続期間を定めた規定は存在しないので,河川管理者が河川法90条に基づき期限を附するか,あるいは,当該許可について再検討する機会を河川管理者に与えるため一定の期間ごとに更新申請をなさしめることを命ずるかは,河川管理者の意思に委ねられている。
効力の存続期間という考え方がなく,工作物設置者がその事業の目的を達しその用途を廃止するまでの間は用途に供されることが予定されている河川法26条の許可が同法23条の許可と同時になされていることから(乙7ないし9),本件許可処分においても,許可の存続期間に関する河川管理者の意思が,取水した河川水を利用して営まれる事業がその目的を達するときまでとの趣旨であることは,客観的に明らかである。
昭和41年許可に添付された水利使用規則11条(甲5)に,当該許可が失効する場合として①この水利使用が廃止されたとき,②許可期間の更新の許可の申請がなされた場合において,当該許可を拒否する処分があった後に当該許可期限が到来したとき,又は当該許可期限後に当該許可を拒否する処分があったとき,と規定され,許可期限経過後もなお従前の水利許可の効力が存続することを前提としていることから明らかなように,許可に付されている許可期間は,河川管理の効率的・合理的な見直しを行い,当該許可について再検討し,又は遊休水利権を排除する等の機会を河川管理者に与えるため,一定の期間ごとに改めて流水の占用の許可を受けるべきことを命じた条件と考えるべきである。
仮に,10年ないし30年の許可期間(河川局長施行通達別添第一(標準水利使用規則)8条により,水利使用許可の期限は,発電のためにする場合はおおむね30年,その他の水利使用についてはおおむね10年とされている。乙4)の到来時において,水利使用の継続の許可申請をする都度,利水者が改めて従前の許可時に遅れて権利を取得した関係河川使用者の同意をも得なければならないとすると,利水者に予期せぬ危険を負担させること,水利調整規定の既得の水利権保護という目的を達することができなくなること,水利使用秩序の維持が困難になること,水資源の合理的な利用と開発にも支障を及ぼすことから,不当である。
すなわち,許可期限(又は許可年限)は,水利権者に申請書の提出という法令に規定されている義務以外の義務を附加させている負担に過ぎない。
したがって,許可水利権は許可期間が満了しても当然に失効することとなるものではない。
ウ 漁業権と水利権の期間の趣旨の対比
漁業権における存続期間(漁業法21条)及び水利使用許可における許可期限がそれぞれ法的にいかなる意味を有するかは,その根拠とする法規の解釈等によって分かれうるのであって,期間の定めという点で共通であるということから直ちに同趣旨に解釈しなければならないものではない。
エ 漁業権と水利権の時間的先後
北安中部漁協が本件河川における前記漁業権を取得した平成5年の時点においては,昭和電工が既に昭和41年に従前の処分により水利権を設定していたのであるから,北安中部漁協は平成5年にあくまでも昭和電工の有する水利権が設定されている本件河川を共同に利用して水産動植物の採捕又は養殖の事業を営む権利を得たというものにすぎず,昭和電工の昭和41年に許可された水利権の存在によって北安中部漁協の有する漁業権が侵害又は制限されたりする関係にはない。
本件許可処分は,昭和電工の従前の水利権の存在を前提として設定された漁業権を基礎とする,第1原告らが有する漁業を営む権利を何ら侵害するものではないから,第1原告らにこれを取り消すべき利益はない。
オ 補償契約について
なお,原告らは昭和41年許可処分においても,魚族の棲息遡上に必要な水量はこれを放流しなければならないとの条件が付されているから,昭和電工が瀬切れを起こすような取水をすることは原告らの漁業権を侵害すると主張するが,昭和電工と北安中部漁協との間で上記の点につき補償契約が締結され,北安中部漁協においても水量が確保されないことについて了承していることから,水利使用規則に原告が主張するような条件を付さなかったものであるから,原告らの主張は失当である。
第5争点に対する判断
1 原告適格の有無
(1) 原告適格の意義
行政事件訴訟法9条は,取消訴訟の原告適格について規定するが,同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは,当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され,又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり,当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,かかる利益も上記の法律上保護された利益に当たり,当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は,当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして,当該行政法規が,不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは,当該行政法規の趣旨・目的,当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁第一小法廷平成14年3月28日判決・民集56巻3号613頁,最高裁平成4年9月22日第三小法廷判決・民集46巻6号571頁,最高裁平成9年1月28日第三小法廷判決・民集51巻1号250頁参照)。
以下,上記のような見地に立って,河川法23条,24条に基づく水利使用許可処分につき,原告らがその取消しを求める法律上の利益を有するか否かについて検討する。
(2) 河川法の目的について
河川法は,洪水,高潮等による災害の発生防止,河川の適正な利用,流水の正常な機能の維持をその目的としている(河川法1条)。
同条の「災害」とは,洪水,高潮その他の異常な天然現象による災害のほか,通常の河川の状態において発生する河床の上昇若しくは低下,河岸の浸食又は地下水の汲み上げに起因する地盤沈下による溢水等河川の流水によって生ずる災害をいうと解すべきである。
また,河川に関しては,上水道,かんがい,発電等のための河川の流水の利用,河川区域内の土地の利用,土石の採取,舟運等の種々の利用関係が存在するが,公共用物たる河川の利用にはおのずから限界があることから,河川が適正に利用されるようこれを管理することが必要であるために,河川法1条は「河川の適正な利用」,すなわち,河川について,その利用の調整を行い秩序を維持すると共に,利用に伴う災害の発生を防止し,利用の増進を図ることを目的としていると解すべきである。
さらに,「流水の正常な機能の維持」とは,各種排水の希釈浄化,塩害の防止,河道の維持,河口の埋塞防止,既得水利の取水又は舟運のための水位の保持,水生動植物の生存繁殖等の河川の流水が本来有する機能の維持を意味すると解すべきである。
一方,平成9年法律第69号により,河川法1条が改正され,上記に加えて河川環境の整備と保全をも目的とされているが,平成9年法律第69号による改正後の河川法の施行日は,本件許可処分以後の日付である平成9年12月1日であるから(平成9年11月政令341号参照),本件許可処分との関係においては,河川法の目的として河川環境の整備と保全が含まれると解する余地はない。
(3) 河川流水の占用許可処分,河川区域内の土地占用許可処分の要件及び関係河川使用者の原告適格について
河川法23条及び24条に基づく河川法の流水の占用,河川区域内の土地占用の許可申請は,河川管理者たる被告に対して行われるが,前記のとおり,被告は,関係河川使用者に対し,同許可申請者の氏名,水利使用の目的等を通知しなければならず(河川法38条),関係河川使用者からの意見申し出(河川法39条)があった場合には,被告は,当該水利使用にかかる事業の公益性が関係河川使用者の事業の公益性と比較して著しく大きい場合以外は関係河川使用者の事業を妨げるような許可をしてはならないのであるから(河川法40条),河川法は,関係河川使用者の利益を個別的にも保護しており,関係河川使用者は,河川法23条及び24条に基づく処分につき行政事件訴訟法9条にいう「法律上の利益を有する者」に該当するというべきである。
北安中部漁協は,本件河川について第五種共同漁業権を有するのであるから,関係河川使用者に該当することは明らかであるところ(河川法施行令21条参照),第1原告らは,北安中部漁協の組合員であって北安中部漁協が制定した漁業権行使規則に規定する資格に該当するから,北安中部漁協の共同漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有し(前提事実(5)のとおり),一般的には本件処分につき原告適格が認められるといえる。
(4) 関係河川使用者以外の者の原告適格の有無①-防火用水について
ア 消防水利が本来的には自然水利によっていたことに鑑みると,河川の流水を防火用水として利用することも,「河川の適正な利用」に関し,上記(2)に挙げた各種の利用関係との対比において,河川管理に当たって考慮すべき利用関係には当たらないとは断定できない。同様に,河川の流水は防火用水として利用されうるのであるから,消防水利に利用しうることも,直ちには「流水の正常な機能」に含まれないとはいえない。
被告が河川法23条及び24条に基づく水利使用許可処分をするにあたっては,河川法の目的に準拠して行うべきであるところ,上記のとおり,河川の適正利用,流水の正常な機能の維持という河川法の目的に防火用水の確保が含まれると解することも不可能ではない。しかし,火災の予防等により国民の生命,身体及び財産を火災から保護することは消防法がその目的とするものであって(消防法1条),河川については,消防庁又は消防署長が,消防の用に供しうる水利について,その所有者,管理者又は占有者の承諾を得て,消防水利に指定して常時使用可能の状態におくことができるとされている(同法21条1項)が,消防に必要な水利施設の設置,維持及び管理は市町村の権限及び責任とされ(同法20条2項),被告ではないこと,被告が上記水利使用許可処分をするにあたっては,関係行政機関の長との協議(河川法35条)又は都道府県知事からの意見の聴取(河川法36条1項)が義務づけられているものの,これらの規定以外に消防水利の観点から消防水利施設の設置,維持及び管理者と協議する等,具体的に審査すべき規定は何らおかれていないこと,河川管理者が上記水利使用許可処分を取消す要件(河川法75条参照)としては,消防水利について具体的に規定するところはないこと,かえって,同条は,個別的な取り消し要件を列挙した上,2項5号において「公益上やむを得ない必要があるとき」に許可処分を取り消すことができる旨規定しており,消防水利についてはこの「公益」に該当すると解することができることに照らすと,防火用水として水路の流水を使用することを侵害されない利益は,河川法においては,専ら一般的公益の中に吸収解消させたものと解することができるのであるから,これを利用する個々人の個別的利益として保護されているものと解することはできない。なお,原告らは,河川法1条の災害防止には渇水による火災発生の防止も含まれる旨主張するが,前記のとおり,災害とは流水の機能から生ずるものをいうと解すべきであるから,これを超えて,防火用水の確保をも河川法の目的としていると解することは,同条の文言を著しく拡張するものであるから相当ではない。前掲最高裁判所平成12年6月13日判決(乙12)は,ダムに関連する水利使用に係る事業によって洪水災害が発生する恐れがある地域に居住し又は財産を有する者に,河川法23条及び24条に基づく水利使用許可処分の取消しを求める原告適格を有すると判断した名古屋地方裁判所昭和60年(行ウ)第12号・平成7年1月30日判決の判断を是認した名古屋高等裁判所平成7年(行コ)第1号・平成8年9月25日判決(乙6)に対する上告を棄却したものであるが,同事件は,河川法1条が明示している洪水に関する事案であること,洪水に関しては,河川法は13条1項・2項,44条以下,75条においてダムを含む工作物に関する安全のための技術的基準を規定していること,河川管理者のダム設置者に対する洪水防止のため指示を行う権限,及びこれに反した場合の許可の取消権限等を規定しており,消防水利と異なり具体的に個々人の個別的利益を保護すると解しうる規定が置かれていることからすると,本件とは事案を異にするというべきであるから,本件には適切ではない。
イ 仮に,河川法の目的に照らし,消防水利の観点から一般的には原告適格を認める余地があるとしても,本件許可処分との関係において原告適格を認めるためには,当該原告が,単に水路の水を消防用に事実上使用する者であると認められることのみでは不十分であって,当該水路自体の目的,原告が当該水路の消防水利の権利主体であるか否か,当該許可処分に係る事業が行われる結果,消防水利を阻害されるか否か,消防水利を阻害されることにより直接的に引き起こされる災害の発生の有無,当該災害により直接的かつ重大な被害を受けるか否かという観点からの検討が必要不可欠であるというべきである。
原告らについてこれを検討する。
第1原告らは,防火用水として,原告P7が14分水の飯綱宮堰の放流水を,原告P8が北荒沢堰から分岐した支堰を,原告P9が14分水の御所川堰から分岐した裏御所川堰の支堰を,それぞれ利用している旨主張するところ,これらの堰は,前提事実(6)記載の堰から分岐したものであり,大町市街の用水路を流れる水の水利権者は,大町市土地改良区及び大町市であって,上記各原告らがその主体であるとは認められない。そして,大町市の有する許可水利権は,前提事実(6)記載のとおり,かんがい目的のものであって防火用水目的ではない。また,大町市土地改良区が有する水利権は,前提事実(6)記載のとおり,昭和42年3月31日付けで慣行水利権に関する事項を長野県知事に届け出ており,本件許可処分により許可される取水よりも前にその権原が生じたものであるところ,本件許可処分により許可される水利使用よりも,同水利使用に係る権原の発生前にその権原が生じた他の水利使用の方が優先する(別紙許可目録参照)のであり,第1原告らの居住する地域における消防計画においては,火災時における消火活動は,消火栓及び防火水槽によることが原則とされている(乙32)ことをも合わせて考慮すると,本件許可処分に係る事業が行われる結果,同土地改良区の消防水利に関する権利が法的に阻害されるとは認められない。さらに,火災は河川の流水により直接的に引き起こされる災害ではなく,防火用水は既に発生している災害の被害程度を最小限に押さえようとするものであって,河川から水路に流れる水量が不足することによる直接の災害ではない。
原告らの指摘する過去の火災について検討するに,①平成5年2月7日,大町市内で発生した火災については,堰の防火用水不足が十分な消火活動を阻害したとは認められない(乙32)。②平成9年1月11日に発生した火災については,被災建物直近南側の巾30センチメートル深さ40センチメートルのU字溝には通水がなく取水不可能であったとは認められるが(甲52),被災建物(工場)は消防法上の防火対象物に該当し,平成2年2月24日の立入検査の結果自動火災報知設備の設置を指導していたものであるが,出火当時未設置であり,仮に同設備が設置されていれば初期の段階で火災を発見することができ,被害を軽減できたものと推測されること(乙33の1),同火災においては消防署員が火災現場に到着した時点において既に周辺住民が消火栓により初期消火をしていたと認められること(乙33の2),初期消防活動が不能となって全焼となったとは確認されていないこと(乙32),消火栓の管理は河川法の関知しないところであって,消火栓の管理が不十分で錆び付いていたために初期消火が遅れるか否かは水路の流水の有無とは無関係の事情であること,③平成12年3月1日の火災についても,堰に防火用水が不足していたために消火活動が十分にできず,その結果被害が拡大したと認めるに足りる証拠はなく(乙32),原告らの主張するように河川に流量があれば一棟の火災で済んだと推定するに足りる証拠はないことがそれぞれ認められる。
さらに,消防法20条1項は消防に必要な水利の基準は消防庁がこれを勧告すると規定し,これを受けて,「消防水利の基準」(昭和39年12月10日消防庁告示第7号。甲48)が定められているところ,同基準は,市街地のうち,用途地域の定められていない地域であって年間平均風速が4メートル毎秒未満のものについては,防火対象物から一の消防水利に至る距離が120メートル以下になるように設けなければならない旨規定している(消防水利の基準4条1項・別表参照)。
第1原告らの居宅はいずれも用途地域の定められていない市街地であって(乙36),年間平均風速が4メートル毎秒未満でないと認めるに足りる証拠はなく,同原告らの居宅から消火栓までの距離はいずれも120メートルであること(乙36)から,火災が発生した場合の初期消火手段として不十分であるとは認められない。
同基準は,消防に必要な最少限度の水利について規定するものであること(同基準1条),河川,湖等も消防水利として規定していること(同基準2条2項)も認められ,河川・湖等が無限水利に該当する場合,指定水利の基準の算定から除外することができる(甲49)ことから明らかなように,無限水利の方が消防の観点からは望ましいと言えるが,原告適格の有無については消防水利の阻害により重大な災害を引き起こされるか否かという観点から検討すべきであるところ,前記のとおり,河川・水路の流量の不足によって消防水利が阻害された結果被害が著しく重大化したとは認められないことに加えて,第1原告らの居宅は上記消防水利の必要最少限度の基準を満たしているのであるから,消防水利の観点から一般的に原告適格が認められるものと仮定しても,第1原告らにはこれを認める余地がない。
また,第2原告らに関しては,具体的な事実に基づく主張立証がないから,同様に原告適格を認める余地はない。
さらに,第3原告らに関しては,各原告の代表者の居宅について縷々主張するが,そもそも代表者の居宅についての主張と第3原告ら自体の権利侵害の主張との関係が判然としていない上,第3原告らのうち,湖は湖らしく川は川らしくする会の代表者は第1原告P9であって上記第1原告に関する事実関係と同様であること,大町の水問題を考える会の代表者Jの居宅に関しても,第1原告らと同様消防水利の基準を満たしており(乙36),それ以外の事実に関しても,上記第1原告らに関するものと同様の事実が認定できることに照らすと,原告適格を認める余地はない。
(5) 関係河川使用者以外の者の原告適格の有無②-排水希釈について
ア 上記のとおり,河川法23条及び24条に基づく水利使用許可処分は河川法の目的に準拠して行われるべきであり,河川法の目的の流水の正常な機能の維持に排水希釈が含まれ,河川法16条は河川管理者に対し,河川整備基本方針の制定を義務づけ,これを受けた河川法施行令10条は,河川整備基本方針には流水の正常な機能を維持するための必要な流量を定めると規定している。しかし,被告が河川法23条及び24条に基づく水利使用許可処分をするにあたっては,関係行政機関の長との協議が義務づけられているものの(河川法35条,36条),排水希釈用の流水量維持の観点から協議を義務づけたものとまでは認められないこと,河川管理者が上記水利使用許可処分を取り消す要件としては,排水希釈用水量の確保について具体的に規定していないこと(河川法75条)に照らすと,排水希釈用水の確保によって得られる利益は,河川法においては,専ら一般的公益の中に吸収解消させたものと解することができるのであって,これを利用する個々人の個別的利益として保護されていると解することはできない。
イ 仮に,水質汚濁防止法が主として濃度規制に立脚しており同法の規制のみでは河川法の目的を達成することが出来ない可能性があることから,排水希釈用水の確保の観点から原告適格を認める余地があるとしても,本件許可処分との関係において原告適格を認めるためには,原告が単に水路の付近に居住しているというのみでは不十分であって,当該水路の目的,当該許可処分に係る事業によって排水の希釈が不能となり,これによって直接的かつ重大な生命,身体ないし財産に関する権利を侵害されるおそれのある者であるか否かという観点からの検討が必要不可欠であるというべきである。
原告らについて以下これを検討する。
原告らは,大町市街地の中にはなお,下水道へ接続しない住居が残存していること等を指摘するが,具体的に悪臭,病害虫が発生していることを認めるに足りる証拠はない。
水質汚濁に係る環境基準(昭和46年12月28日環境庁告示第59号。以下「水質汚濁環境基準」という。なお,同基準は環境基本法(平成5年法律第91号)の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成5年法律第92号)1条により廃止された公害対策基本法9条に基づき告示されたものであるが,環境基本法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律2条により,環境基本法16条1項の規定により定められた基準とみなされている。(甲65))によると,生活環境の保全に関する環境基準について,公共用水域につき水域類型を定めて指定することとし,湖沼を除く河川に関しては,生物化学的酸素要求量(BOD)の基準値は,AA類型の場合1mg/l以下,A類型の場合2mg/l以下とされている(甲65「第1環境基準2」及び別表2参照)。そして,高瀬川の上流部についてはAA類型,高瀬川の下流部及び農具川についてはA類型に指定されている(甲62の2)。
一方,水質汚濁環境基準は,生活環境の保全に関する環境基準のみならず,人の健康の保護に関する環境基準をも規定している(甲65「第1環境基準1」参照)。上記のとおり本件許可処分の取消しを求める原告適格を判断するに当たっては,直接的に生命,身体ないし財産に関する権利を侵害されるおそれの有無という観点から検討することが必要不可欠であるところ,原告らの主張する基準は,生活環境の保全に関するものであって,人の健康の保護に関する環境基準に基づくものではない。また,生活環境の保全に関する環境基準を満たし得ないことをもって原告らの生命,身体ないし財産に関する権利が直接的かつ重大な危険にさらされるおそれについては具体的な主張・立証がない。そうすると,大町市大字大町地域の各家庭からのBOD排出量を算出し,本件許可処分によって減少させられた14分水の水量では,水質汚濁環境基準の生活環境の保全に関する環境基準を満たすには不足する旨の原告らの主張は,失当である。
ウ 以上のとおり,排水希釈用水の不足を根拠としては,原告らに原告適格を認める余地はない。
(6) 青木湖関係原告らの原告適格について
ア 河川法にいう河川は,公共の水流及び水面である(河川法4条1項括弧書き参照)。前記のとおり,河川法の目的には,地下水の汲み上げに起因する地盤沈下による溢水によって生ずる災害の防止も含まれるが,直接的には流水の作用によって生ずる災害の防止であって,河川法を,地下水そのものの保護を目的とした法律であると解することはできない。また,河川法上,同法23条及び24条に基づく水利使用許可処分をするにあたり,地下水の利用権の保護を考慮すべき規定が何らおかれていないことに照らすと,地下水を利用することを阻害されない利益は,河川法においては,専ら一般的公益の中に吸収解消させたものと解するべきである。
イ 仮に,青木湖関係原告らの所有する土地の地下水が同原告らの所有する土地の構成部分であることから,原告適格を認める余地があるとしても,本件許可処分との関係において原告適格を認めるためには,青木湖関係原告らが,単に地下水を利用している事実があるのみでは不十分であって,本件許可処分により青木湖関係原告らの生命,身体,財産に対する直接的かつ重大な被害を及ぼす恐れがあるか否かという観点からの検討が必要不可欠であるというべきである。
青木湖関係原告らの主張する人格権及び財産権の侵害は,昭和電工が青木湖の水位が21メートル低下するに至るまで取水することを理由とするものであるところ,前提事実(3)イ記載のとおり,青木湖からの取水を許可する処分がされたのは昭和27年4月22日付であり(乙9,27),利用水位が21メートルに変更されたのは昭和39年7月6日付許可である(乙28の1ないし3)。一方,原告らの主張によれば,青木湖関係原告らが青木湖畔に住居を構え,井戸を掘削したのは昭和50年以降であり,青木湖関係原告らは昭和電工により青木湖から取水されることを前提として井戸を設置したものであるから,同原告らの主張する権利侵害は,本件許可処分によって発生したものということはできない。
また,青木湖関係原告らは,消防水利に関しても主張するが,前記のとおり,防火用水の確保はそもそも原告適格を基礎づけるものではなく,仮に原告適格を認める余地があるとしても,青木湖関係原告らは,昭和電工により青木湖から取水されることを前提として居住を開始したものであるから,消火手段がないとしてもこの点は消防管理者において解決を図るべき事情であって,本件許可処分とは無関係であると認められる。
ウ したがって,青木湖関係原告らに本件許可処分の取り消しを求める原告適格を認める余地はない。
(7) 自然享有権・環境権に基づく原告適格の主張について
第1ないし第3原告らは,環境権及び自然享有権は日本国憲法13条及び25条に根拠を有する権利である旨主張するが,環境権ないし自然享有権を具体的な権利として認めるべき実定法上の根拠がなく,その帰属主体,要件,効果等も不明確であるから権利として未成熟である。そうすると,河川法が水生動植物の生存繁殖をも目的としているからといって,環境権及び自然享有権を個々人の個別的利益として保護していると解すべき余地は皆無である。
したがって,原告らのこの主張は失当である。
2 訴えの利益の有無
(1) 漁業権は,水産動植物の採捕又は養殖の事業をする権利であって,同事業を営むためには,水面を使用することが必要不可欠であるから,漁業権には,当然,漁業のために水面を使用する権能をその中に含むものと解するのが相当であること,河川法上漁業権者が関係河川使用者として水利調整の対象とされていること(河川法38条以下,河川法施行令21条)から,漁業権が河川の水面を支配・占有する権利であるか,河川を共同に利用することを他者から妨げられない権利であるかに関わりなく,漁業権者の権利は,河川法上の水利許可処分をする上で,およそ一般的に,単なる反射的利益を有する者であるに過ぎないということはできない。
(2) 第1原告らの漁業権の取得時点
漁業権は都道府県知事の免許によって設定されるものであり(漁業法10条),北安中部漁協は,前提事実(5)記載のとおり,平成5年12月20日に長野県知事から免許を得ている(乙1の1・2)のであるから,北安中部漁協の漁業権の漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有する第1原告らの権利も同日に発生したものと認められる。
現行漁業法(昭和24年法律第267号)の規定する共同漁業権は,旧漁業法(明治43年法律第58号。以下「明治漁業法」という。)のもとにおける専用漁業権及び特別漁業権を廃止して,従来の定置漁業権の一部とともに第一種ないし第五種の共同漁業権に編成替えされたものであり,沿革的には,入会的権利と解されていた地先専用漁業権ないし慣行専用漁業権にその淵源を有するものである(最高裁平成元年7月13日第一小法廷判決・民集43巻7号866頁参照)。
現行漁業法は,明治漁業法を廃止し(漁業法附則2項),明治漁業法による従前の漁業権及びこれに関連する権利関係はすべて2年以内に消滅させて(漁業法施行法1条1項本文),これに伴い明治漁業法下の漁業権者等に対して補償金を交付することとした(漁業法施行法9条)。
長野県においては,昭和26年10月15日付長野県漁業権補償委員会公告第1号により漁業権補償計画が定められた(乙5)。
以上の法改正の経過及び明治漁業法下の漁業権者等に対する補償の経緯に照らすと,現行漁業法が施行されて2年経過した後には,従前の漁場の権利関係は,河川に関する慣行漁業権も含め(漁業法施行法5条参照),かつ,慣行漁業権の内容によって区分されることなく,全て消滅し,その後は,現行漁業法に基づいて設定された権利関係だけが存続しているに過ぎないと解すべきであるから,第1原告らが明治時代以前からの慣行漁業権を有している旨の同原告らの主張は失当である。
また,漁業権は,都道府県知事の免許によって設定されるものであり(漁業法10条),漁業権の存続期間は法定されていて,その存続期間の更新は認められていないこと(漁業法21条)に照らすと,漁業権は,法定の存続期間の経過により消滅するものと解すべきであるから(前掲最高裁平成元年7月13日判決),昭和24年以来第1原告らの漁業権が存続しているとは認められず,第1原告らの主張は失当である。
(3) 北安中部漁協の漁業権と昭和41年許可,本件許可処分との関係
前記のとおり,北安中部漁協の漁業権は平成5年に設定されたものであるところ,同日当時は,前提事実(3)ウ記載のとおり,既に昭和41年許可がされていたものである。そうすると,北安中部漁協の漁業権は,昭和41年許可がされていることを前提とした権利ということができ,昭和41年許可に加えて更に別個の水利権が設定される場合は同漁協の漁業権が法律上制約を受けるということができるが,昭和41年許可が失われることによって河川の流水ないし水面が増加することは,事実上の利益であって,この増加分が制約されることになるからといって法律上同漁協の漁業権が制約を受けたものと解することはできない。
昭和41年許可と本件許可処分とを比較するに,本件許可処分は,原則として従前の昭和電工の水利使用の継続を許可するものに過ぎない上,従前の処分に加えて,各河川の流量が,高瀬川の常盤発電所大出取水所地点で0.49立方メートル毎秒を,高瀬川の広津発電所取水口(常盤発電所放水口地点)で0.54立方メートル毎秒を,農具川の広津発電所取水地点で0.69立方メートル毎秒を,それぞれ超える場合に,その超える部分の範囲内で取水を行うこととする取水制限を新たに課し,常時,河川に流水が確保されることにより河川の流況改善を図ったものであって,本件許可処分により,本件河川の流量は従前より確保されるなど流況は改善されることになるのであるから,昭和41年許可以上に北安中部漁協の漁業権を法律上制約するものとは評価できない。
そうすると,第1原告らの権利についても,本件許可処分がこれを法律上制約するものとは評価できないから,本件許可処分は第1原告らにとって不利益な処分ではなく,その取り消しを求める法律上の利益を肯認することはできない(最高裁昭和55年(行ツ)78号・昭和61年10月23日第一小法廷判決・判例時報1219号127頁参照)。
また,前提事実(3)ア及びイ記載の当初許可処分において,魚族の遡降ないし棲息遡上に必要な水量の放流を条件としていたとしても,前記のとおり,当該許可時点において存在していた漁業権が現在も存続しているものではないから,上記判断を左右する事情ではない。
同様に,昭和41年許可において,当初許可処分に附されていた,魚族の棲息遡上に必要な水量を放流すべきとの条項が削除されたことを北安中部漁協が知らなかったか否か,昭和41年許可における漁業補償の対象が魚道廃止に関するものに限るか否かは,昭和41年許可について取り消すべき違法が存在したか否かの判断については影響を与える可能性のある事情といえるが,本件許可処分について,上記判断を左右する事情であるとは認められない。
3 結論
上記のとおり,第2原告ら及び第3原告らに原告適格を認める余地がなく,第1原告らについては漁業を営む権利に基づいてのみ原告適格が認められるところ,第1原告らの漁業を営む権利に基づいては本件許可処分の取り消しを求める法律上の利益を認めることができないから,本件訴えはいずれも不適法であって却下すべきであり,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法61条,65条1項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 辻次郎 裁判官 杉本宏之 裁判官 進藤光慶)