長野地方裁判所 平成14年(わ)113号 判決 2002年12月10日
主文
被告人を懲役4年6月に処する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成13年2月19日午後11時55分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,長野市・・・・先の信号機により交通整理が行われている交差点を更埴市方面から長野大橋方面に向かい直進進行するにあたり,法定速度に従い,前方を注視し,進路の安全を確認しながら進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,交通閑散に気を許し,前方に対する注視を欠き,進路の安全確認不十分なまま,時速約120キロメートルの高速度で進行した過失により,折から同交差点を長野大橋方面から川中島町今井方面に向け右折進行してきたA(当時29年)運転の普通乗用自動車(軽四輪)を前方約26.8メートルの地点に認め急ブレーキをかけるも間に合わず,自車前部をA運転車両の左側面に衝突させ,よって,同人に心臓破裂の傷害を負わせ,翌20日午前零時45分ころ,長野市・・・・a病院において,同人を上記傷害により死亡するに至らせるとともに,同車に同乗中のB(当時18年)に脳挫傷等の傷害を負わせ,同日午前2時10分ころ,同病院において,同人を上記傷害による急性脳腫脹により死亡するに至らせたほか,同車に同乗中のC(当時18年)に骨盤骨折等の傷害を負わせ,同月21日午前4時5分ころ,同病院において,同人を上記傷害による出血性ショックにより死亡するに至らせたものである。
(事実認定に関する補足説明)
被告人は,当公判廷において,本件犯行時において,時速100キロメートル以上は出ていたという感覚だが,時速120キロメートルは出ていないと思う旨供述し,弁護人は,検察官の主張する被告人運転速度の算出根拠となっている証人Dの地点特定の供述は信用できない旨主張しているので,この点について検討する。
検察官は,事故当時被告人と同方向に走行していた目撃者Dの供述する同人運転車両が被告人運転車両に追い抜かれた地点(甲地点)及び衝突事故を目撃した際に走行していた地点(乙地点)の両地点間におけるD運転車両の走行速度から,被告人運転車両の事故時の速度は,時速約120キロメートルと認定できる旨主張する。
上記の甲地点と乙地点の特定については,Dの司法警察員に対する供述調書において供述されているところであるが,当裁判所は,慎重を期すために,弁護人の請求及び検察官の請求を受けて,Dの証人尋問を実施した。
(証拠略)によれば,次の事実が認められる。
Dは,a病院に勤務していた医師であるが,当日友人宅からの帰途,普通乗用自動車を運転し,国道18号線を更埴市方面から長野大橋方面に向かい,時速約70ないし75キロメートルで第1通行帯を走行していた際,後方から第1通行帯を,時速100キロメートルを超える速度で迫り,ウィンカーを出さずに第2通行帯に進路を変更してそのまま第2通行帯を走行して行った普通乗用自動車(被告人運転車両)を認め,そのまま走行していたところ,前方の判示交差点でその車両が対向右折車両(本件被害車両)と衝突事故を惹起させたのを認めた。その時点で対面信号機は青信号であり,Dは,交差点付近に自車を止めて,救命活動をし,警察官に目撃した状況を告げ,事故の翌々日に,被告人運転車両が横に並んだ地点を甲地点とし,衝突事故を目撃した際に走行していた地点を乙地点として警察官に現地で説明したことが認められる。
D証人は,司法警察員に対する供述調書では,時速約70キロメートルで走行していた旨供述していたが,証人尋問においては,「時速70キロから75キロの間だと思うが,75キロ程度で走っていた。」旨供述し,追い越された場所(甲地点)の特定については,「ラーメン屋の看板が見えた場所で特徴的な場所であり,2,3メートルまで細かく説明できたか分からないが,10メートル,20メートルの誤差があるとは考え難い。追い抜かれた時のスピードが余りにも速かったので非常にインパクト強く覚えていた。」旨を,事故を目撃した際に走行していた場所(乙地点)の特定については「ガソリンスタンドの手前だった。目撃して,その後すぐ車を止めたので,インパクトが非常に強く残っていた。」旨をそれぞれ供述している。そうすると,甲地点,乙地点の特定については,数メートルの誤差はあっても,大きな誤差はないものと認められる。
そして,前掲証拠によれば,甲地点と乙地点との距離は,約230メートルであり,乙地点と衝突地点における被告人運転車両との距離は約169.5メートルと認められるから,D運転車両が時速70キロメートルであるとするならば,被告人運転車両は,時速約121キロメートル,D運転車両の速度が時速75キロメートルであるとするならば被告人運転車両は,時速約130キロメートルになるのであって,時速120キロメートルは超過するのであり,仮にDの地点特定に合計10メートル程度の誤差があったとしても,被告人運転車両が時速約120キロメートルの速度で走行したと認定される。
さらに,D証人は,計算上被告人運転車両が事故当時に時速約120キロメートルで走行していたとの結果がでるとすれば,「妥当なスピードだと考えている。」と供述しており,被告人も,検察官に対する供述調書においては,時速約120キロメートルで走行した旨供述しているのであって,被告人運転車両の事故当時の速度が少なくとも時速約120キロメートルに至っていたことに疑いの余地はないので,その走行速度を時速約120キロメートルと認定する。
(被害車両運転者の過失の有無について)
弁護人は,「道路交通法37条は,「車両等は,交差点で右折する場合において,当該交差点において直進し,又は左折しようとする車両等があるときは,当該車両等の進行妨害をしてはならない。」としているから,右折車は,直進車の通過を待たなければならないのであり,直進車の右折車に対する優先は明らかである。民事上の過失割合は,基本的には直進車20パーセント,右折車80パーセントであり,直進車に30キロメートル以上の速度違反がある場合には,直進車に20パーセントの過失割合が加重されるとされているのである。一方,右折車である被害車両の運転者に,後述の「直近右折」の過失があるから,右折車に「10パーセント」の過失割合が加重される。すなわち,右折車の運転者は,直進車両の速度状況を十分確認し,少しでも危険を感ずるのであれば,赤と,青の右矢印信号が同時に表示されるのを待って右折を開始すべきであるのに,それを待たずに右折を開始した「著しい過失」又は「重過失」がある。」旨主張する。
しかしながら,道路交通法は,直進車両に対しても同法に定める速度制限を遵守することを求めているから,直進車両であっても,制限速度をはるかに超えて走行する場合には,優先権を主張することは許されないものと解される。
本件における被告人運転車両の速度は,制限速度60キロメートル毎時とされている一般道路において,交差点を通過するに際し,その制限速度の2倍の時速約120キロメートルで走行するという,極めて無謀な,一般的な予測可能な範囲を超えた速度で走行していたのであるから,右折車両の運転者としては,このような高速度で走行する車両はないものと信頼して右折進行をすることが許容される状況にあったと見られる。
前掲証拠によれば,本件の被害車両は,右折のウィンカーを出して停止し,時速約40ないし50キロメートルで第1通行帯を走行して来た対向直進車両の通過を待って右折進行を開始したものであることが明らかであって,被害車両の運転者が,対向直進車両に対する注意を欠いたまま右折進行したものとは考え難い。本件事故の状況を見ると,前掲証拠によれば,被害車両は,停止地点から発進して衝突地点までに23メートルくらい走行しており,被害車両がほぼ真横に近い状態になった際,その左側面に被告人運転車両が衝突しているのであって,その状況からすれば,被害車両の運転者が,右折進行を開始した時点で被告人運転車両の前照灯に気付いたとしても,はるか遠くにこれを認めることになるから,その車両が時速約120キロメートルもの無謀な高速で走行していることに気付くのは容易ではなく,そのまま右折進行をすることが十分に考えられるのである。
一方,被告人運転車両側からの被害車両の認識状況を見ると,前掲証拠によれば,被告人運転車両側からは,約185メートル手前で対向右折車両の発見が可能であるものと認められ,現に,前記D証人は,事故直前(事故時点での衝突地点までの距離は前記のとおり約170メートル)に対向右折車両についてその進行状態はともかくとして,その存在自体は認識していた旨供述しているのである。このように,180メートル以上も手前から対向右折車両の存在が認識できることからすると,被告人がいま少し前方に対する注意を払っていれば,容易に対向右折車両の存在に気付き,制限速度に応じた速度に減速し,対向右折車両との衝突を回避することができたものである。そうであるのに,被告人は,被害車両の存在に約26.8メートルに接近するまで気付かずに走行していたというのであって,その過失の程度は極めて大きいことは明らかである。
本件のような場合,右折車両である被害車両の運転者は,例え,直進車両が高速で交差点を直進しようとしていることを認識したとしても,対向直進車両が右折車両を発見し,制限速度に応じて減速して運転することを期待することが許容されるものというべきである。
以上の次第で,本件事故において,被害者である右折車両の運転者に,刑事責任を負うような過失があるものと認定することはできない。
(法令の適用)
罰条 被害者毎に平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段
科刑上一罪 刑法54条1項前段,10条(犯情の最も重いCに対する業務上過失致死罪の刑で処断)
刑種の選択 懲役刑
訴訟費用 刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
本件は,被告人が,夜間,普通乗用自動車を運転して国道18号線を走行するに際し,制限速度の2倍もの時速約120キロメートルの高速で走行し,前方に対する注視も欠いた過失により,自車を対向右折車両に激突させ,同車両の運転者及びその同乗者2名の合計3名を死亡させたという事案である。
本件の事故態様を見ると,被告人は,対向右折車両に対する注意を欠いたまま時速約120キロメートルの高速度で走行し,約26.8メートルの距離に至って初めて対向右折車両に気付いたが,高速のまま,自車を激突させ,被害車両を衝突地点から約28.7メートルの場所に転覆横転させたものであって,その事故態様は戦慄を覚えさせるものがある。
対向右折車両の運転者には,過失があるとまではいい難く,本件事故の原因は,もっぱら,時速約120キロメートルもの高速で前方に対する注意を欠いて走行した被告人にあるといえる。
また,被告人は,昭和63年1月11日,業務上過失傷害,道路交通法違反の罪(人身交通事故,救護,不申告)により,懲役1年,4年間執行猶予の判決を受けたことがあるのに,本件においては,勤務先で飲酒した上,運転をしており,本件当時は,処罰されない濃度であるが,呼気1リットルにつき0.2ミリグラムのアルコールを身体に保有していたことからしても犯情悪質である。
本件事故の結果,運転者は,間もなく死亡し,女子高校生である同乗者2名もそれぞれの家族の悲痛な願いもむなしく間もなく死亡したものであって,その前途有為な若い3名の男女の尊い人命を奪った結果は誠に重大である。また,それぞれの家族にも筆舌につくし難い悲嘆の情を与えており,息子と娘を一時に亡くした両親の悲嘆の情には極めて甚大なものがある。さらに,転覆横転した車両を見た者らに与えた衝撃も大きく,本件のように戦慄を覚えるような無謀な高速運転による死亡事故を惹起させる行為に対しては,一般予防の見地からも,厳重な処罰が要請されるのであって,以上の事情を総合すると被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
本件犯行が,平成13年法律第138号による危険運転致死傷罪(刑法208条の2)が立法される前のものであること,被告人が反省の情を示していること,被告人が任意保険に加入していることから被害賠償の資力が認められ,被害者の1名の遺族との間では示談が成立し,他の2名の遺族に対しては自賠責保険により一部の支払いがなされていること,被告人が,真面目に働いていたこと等の被告人に有利に斟酌される事情を総合考慮しても,主文の量刑はやむを得ないところと思料する。
(求刑 懲役5年)
(裁判官 青木正良)