大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 平成14年(わ)323号 判決 2004年3月10日

主文

被告人を懲役1年10月に処する。

未決勾留日数中140日をその刑に算入する。

この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。

被告人から金9万5000円を追徴する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(本件事案の概要)

本件は,被告人が,長野県a建設事務所管理計画課課長補佐計画調査係長として勤務していた際,同事務所が発注する事業の受注をしていた土地建物の測量・設計等を業とする株式会社Aの社長(平成12年11月から会長)であるB及び同人の指示を受けたA社の営業担当のCから,a建設事務所発注の業務委託について,業者間の談合によりA社が落札を予定している件の入札予定価格の教示を依頼され,これに応じて,① 平成12年1月ころ,3度の機会に7件分の入札予定価格について,予定価格そのものあるいはこれに近似する価格を教示し,② 平成13年1月下旬ころ,同様に1件分の入札予定価格に近似する価格を教示し,③ 平成12年3月ころ,A社のB,専務であるD及びCから,①の教示及びその約3か月前にbの業務委託の入札予定価格に近似する価格を教示したという,職務上不正な行為に対する謝礼の趣旨等で供与されるものであることを知りながら,パーソナルコンピュータ3台,ディスプレーモニター1台(価格合計95万円相当)を賄賂として収受した,という事案である。

弁護人及び被告人は,競売入札妨害についてはおおむね認めるが,加重収賄については,その成立を争っている。

(罪となるべき事実)

被告人は,長野県技術吏員で,平成10年4月から平成13年3月31日までの間,長野県a建設事務所管理計画課課長補佐計画調査係長として勤務し,a建設事務所が発注する事業の企画計画立案等の職務に従事し,同事業にかかる調査・測量・設計業務委託の実施設計書作成及び業者に対する業務指導等委託業務の遂行全般を統括していた者,Bは,長野県a市・・・※に本店を置き,土地建物の測量・設計等を業とする株式会社Aを設立経営し,平成12年11月まで代表取締役社長を,以後代表取締役会長をしていた者であり,Dは,Bの長男で,平成4年ころからA社の専務取締役となり,平成12年11月から代表取締役社長をしていた者,Cは,平成9年7月からA社の従業員となり,同社の営業を担当していた者である。

被告人は,

第1B及びCと共謀の上

1  a建設事務所が平成12年1月11日を入札予定日としていた平成11年度都市対策砂防測量業務委託(業務箇所名c)の指名競争入札に関し,A社に同業務委託を落札させるため,平成12年1月6日ころ,a市・・・※長野県a合同庁舎内a建設事務所内において,被告人がCに対し,上記業務委託の税抜き入札予定価格が,C算出の積算価格260万円から2割減額した価格に近接する価格である旨教示し,よって,同月11日,a合同庁舎内で行われた同業務委託の指名競争入札に際し,A社をして,同業務委託の税抜き入札予定価格225万円を僅かに下回る210万円で入札させてA社に同業務委託を落札させ

2  a建設事務所が平成12年1月11日を入札予定日としていた平成11年度都市対策砂防設計業務委託(業務箇所名d)の指名競争入札に関し,A社に同業務委託を落札させるため,平成12年1月6日ころ,a建設事務所内において,被告人がCに対し,上記業務委託の税抜き入札予定価格が,C算出の積算価格438万円に近接する価格である旨教示し,よって,同月11日,a合同庁舎内で行われた同業務委託の指名競争入札に際し,A社をして,同業務委託の税抜き入札予定価格453万円を僅かに下回る435万円で入札させてA社に同業務委託を落札させ

3  a建設事務所が平成12年1月11日を入札予定日としていた平成11年度県単交通安全対策(一種)設計業務委託(業務箇所名e)の指名競争入札に関し,A社に同業務委託を落札させるため,平成12年1月6日ころ,a建設事務所内において,被告人がCに対し,上記業務委託の税抜き入札予定価格が,C算出の積算価格144万円から1割減額した価格に近接する価格である旨教示し,よって,同月11日,a合同庁舎内で行われた同業務委託の指名競争入札に際し,A社をして,同業務委託の税抜き入札予定価格136万円を僅かに下回る130万円で入札させてA社に同業務委託を落札させ

4  a建設事務所が平成12年1月11日を入札予定日としていた平成11年度県単調査(道路改良)測量業務委託(業務箇所名f)の指名競争入札に関し,A社に同業務委託を落札させるため,平成12年1月6日ころ,a建設事務所内において,被告人がCに対し,上記業務委託の税抜き入札予定価格が,640万円に近接する価格である旨教示し,よって,同月11日,a合同庁舎内で行われた同業務委託の指名競争入札に際し,A社をして,同業務委託の税抜き入札予定価格637万円を僅かに下回る630万円で入札させてA社に同業務委託を落札させ

5  a建設事務所が平成12年2月1日を入札予定日としていた平成11年度県単急傾斜地崩壊対策設計業務委託(業務箇所名g)の指名競争入札に関し,A社に同業務委託を落札させるため,平成12年1月27日ころ,a建設事務所内において,被告人がCに対し,上記業務委託の税抜き入札予定価格177万円での入札を教示し,よって,同年2月1日,a合同庁舎内で行われた同業務委託の指名競争入札に際し,A社をして,同業務委託の税抜き入札予定価格と同額である177万円で入札させてA社に同業務委託を落札させ

6  a建設事務所が平成12年2月1日を入札予定日としていた平成11年度県単道路台帳整備委託(業務箇所名h)の指名競争入札に関し,A社に同業務委託を落札させるため,平成12年1月28日ころ,a建設事務所内において,被告人がCに対し,上記業務委託の税抜き入札予定価格114万円での入札を教示し,よって,同年2月1日,a合同庁舎内で行われた同業務委託の指名競争入札に際し,A社をして,同業務委託の税抜き入札予定価格と同額である114万円で入札させてA社に同業務委託を落札させ

7  a建設事務所が平成12年2月1日を入札予定日としていた平成11年度県単調査(道路改良)測量設計業務委託(業務箇所名i)の指名競争入札に関し,A社に同業務委託を落札させるため,平成12年1月28日ころ,a建設事務所内において,被告人がCに対し,上記業務委託の税抜き入札予定価格が430万円に近接する価格である旨教示し,よって,同年2月1日,a合同庁舎内で行われた同業務委託の指名競争入札に際し,A社をして,同業務委託の税抜き入札予定価格438万円を僅かに下回る430万円で入札させてA社に同業務委託を落札させもって,偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をした

第2B,D及びCから,平成11年10月12日実施された平成11年度県単交通安全対策測量設計業務委託(業務箇所名b)の入札に際して,Cらに同業務委託の入札予定価格に近接する価格を教示し,更に前記第1記載の各業務委託の入札に際して,前記第1記載のとおり各業務委託の入札予定価格ないしはその近接する価格を教示し,これらの職務上不正な行為に対する謝礼及び今後も同様に便宜ある取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら

1  平成12年3月上旬ころ,a合同庁舎駐車場において,Cを通じてパーソナルコンピュータ3台(価格合計85万5000円相当。平成15年押第13号の8ないし10)の供与を受け

2  同月中旬ころ,同駐車場において,Cを通じてディスプレーモニター1台(価格9万5000円相当)の供与を受けもって,自己の職務上不正な行為をしたことに関し,賄賂を収受した

第3B及びCと共謀の上,a建設事務所が平成13年2月6日を入札予定日としていた平成12年度県単調査(道路改良)設計業務委託(業務箇所名j)の指名競争入札に関し,A社に同業務委託を落札させるため,平成13年1月下旬ころ,a建設事務所内において,被告人がCに対し,上記業務委託の税抜き入札予定価格445万円に極めて近い440万円での入札を教示し,よって,同年2月6日a合同庁舎内で行われた同業務委託の指名競争入札に際し,A社をして,440万円で入札させてA社に同業務委託を落札させ,もって,偽計を用いて公の入札の公正を害すべき行為をしたものである。

(事実認定の補足説明)

弁護人は,① 被告人に収賄の意思がなく,B,D及びCには贈賄の意思がなかった,② パーソナルコンピュータ3台(以下「本件パソコン」という。)及びディスプレーモニター(以下「本件ディスプレー」という。また本件パソコンと併せて「本件パソコン等」という。)について,被告人が個人的な目的のために使用した事実はなく,賄賂の客体ではない,③ 本件パソコン等は,業務委託の入札において,代金相当額の100万円を上乗せして,A社が落札しており,被告人が価格教示したとされる行為とパソコンの調達依頼とは無関係であり,加重収賄の対象となる不正な行為は存在しないから,加重収賄罪については無罪である旨主張し,被告人も,平成11年10月ころ,Cが,bの業務委託の入札価格について教示を求めた際,A社の見積もり価格に100万円を上乗せして落札させることにより,パソコン3台の調達を依頼したもので,本件パソコン等は,賄賂として収受したものではない旨供述しているので,以下検討する。

1  前掲証拠によれば次の事実が認められる。

①  被告人は,大学を卒業後,昭和55年4月,長野県技術吏員に任命され,k建設事務所,l建設事務所,土木部E課,m建設事務所,土木部F課勤務等を経て,平成10年4月1日,a建設事務所管理計画課課長補佐を命じられ,同課課長補佐計画調査係長として勤務し,本件犯行後の平成13年4月,土木部G課H係長を命じられた。

②  建設事務所は長野県土木部の現地機関で,土木部の事務は,道路及び河川に関すること,都市計画に関すること,その他一般土木に関することとされ,その事務を処理するため,土木部にG課,F課等が置かれている。長野県下に15の建設事務所等の現地機関があり,a建設事務所の管轄区域は,a市,n市及びo郡である。管理計画課は,土木工事の計画及び調査に関すること等の事務を分掌し,同課計画調査係の事務は,いわば建設事務所で行う事務の最初の窓口であり,新規事業,継続事業等について,工事着工までの前段階である事前調査・測量・設計等を担当していた。

被告人は計画調査係長として,係を統括して,土木工事の調査,測量,設計等の業務を管理し,住民等の事業要望の取りまとめ,新規事業の企画計画の立案,事業計画の策定等を行い,業務委託の発注においては,部下職員が担当する実施設計書の作成等の事務について監督,指導し,設計額が発注する業務に適合するか否かを的確に判断して設計額を管理し,設計者を指導監督し,業者を指導して適正に業務委託を遂行させる職務権限を有していた。

③  A社は,長野県a市に本店を置く土地建物の測量及び設計等を業とする株式会社であり,測量業及び設計コンサルタント業の許可を得て,国,長野県及び各市町村からの公共事業を多く受注して業務を行っており,平成11年ないし平成14年の売上高は各年約4億5000万円ないし約2億4500万円であり,平成14年12月ころの従業員は37名であった。

Bは,昭和44年に有限会社Iを設立し,昭和59年に同社を株式会社に組織変更して,A社を設立し,平成12年11月まで代表取締役社長を務め,以後,平成15年1月に代表取締役を辞任するまで代表取締役会長をしていた。

Dは,Bの長男で,平成4年ころからA社の専務取締役となり,平成12年11月に代表取締役社長となった。

Cは,平成9年7月からA社の従業員となり,同社の営業を担当していた。

④  計画調査係が発注する業務委託の手続

計画調査係の行っていた業務委託については,計画調査係において,事業計画を企画立案し,予算配当がなされると,施行箇所を担当する技師等が実施設計書を作成し,積算を行い,工事設計書を打ち出して作成し,係長,課長の決裁や所長等の決裁を受け,設計額を決定していた。

そして,設計額が800万円未満の測量・調査・設計等の業務委託については,a建設事務所建設工事請負人等選定委員会が,計画調査係長が作成した原案に基づき,指名競争入札の業者を選定し,ほぼ計画調査係長の原案どおり指名業者が選定されていた。指名業者の数は工事費により異なっているが,500万円以上の業務委託においては10社とされていた。

指名業者の選定が決定すると,所長が設計額を勘案して予定価格を決定し,予定価格調書に予定価格を記入し,封印して,工事事務係がこれを入札の執行まで保管していた。被告人がa建設事務所に勤務していた当時は大幅な物価変動等がなかったことから,所長は,工事設計書の設計額をそのまま予定価格としていた。そのため,工事設計書を決裁する立場にある計画調査係長等は,予定価格を知りうる立場にあった。

指名業者は,a建設事務所から工事設計書から金額等を抜いたいわゆる金抜き設計書を受領して積算作業をし,入札に参加することになるが,本件犯行当時は,後述の業者間の談合により落札予定業者が決定されていた。

なお,委託業務を執行する際に,同時に遂行するのが相当な追加業務がある場合,あるいはその業務内容を減ずる場合には,管理計画課長の承認を経て,同様に変更の工事設計書を作成し,建設事務所内の決裁を経て,業者と変更委託契約を締結して,委託内容の変更を行っていた。

⑤  a建設事務所の管轄内の測量・設計会社が加盟する長野県測量設計協会a支部においては,昭和50年代から指名業者間の話合いによって落札予定業者を事前に決め,その落札予定業者が積算作業をした。その業者がa建設事務所の担当技師や担当係の係長などに対して,設計内容を尋ねたり,入札予定価格を聞き出そうとすることがしばしばあった。そして,入札予定価格を他の業者に連絡し,他の業者の入札価格は,これより10万円ないし30万円程度高いことが多く,その入札状況を検討すれば,業者間で談合をしていることは容易に判明する状況にあった。

⑥  被告人が本件パソコン等の調達の理由として述べたことに関する経緯を見ると,長野県土木部F課J係主査であったKは,平成11年9月下旬から10月上旬ころ,同係技師であったLと相談し,被告人にパソコンの入手を依頼するなどしたが,その依頼の内容については争いがあるので,後述する。

⑦  A社は,平成11年9月下旬,a建設事務所発注の平成11年度県単交通安全対策測量設計業務委託b(以下「b業務委託」という。)の指名通知を受けた。

b業務委託についてA社が落札予定業者になったことから,Cは,b業務委託の金抜き設計書を基に,入札金額を税抜きで約597万円と積算し,積算金額を設計書に記載した。なお,業務委託料は,5パーセントの消費税及び地方消費税を加算した金額となるが,入札金額は,税抜き金額である。

⑧  Cは,積算をした日に,当時社長であったBに,b業務委託について積算した金額を書き込んだ設計書を見せて,積算金額が597万円であることを報告したところ,Bは,「安いから,確認してこい。」などとCに述べ,b業務委託の入札予定価格を推測できる情報を入手し,できれば入札予定価格を聞き出してくるよう指示した。

⑨  Cは,同年10月8日ころ,a建設事務所の事務所に行き,b業務委託の入札予定価格を被告人から聞き出そうとし,その際に,被告人からCに対し,bの入札予定価格が100万円くらい上であるという話と,パソコンの購入の依頼があったが,その内容については争いがあるので,後述する。

⑩  Cの報告を受けたBは,b業務委託について,1回目は715万円,2回目は700万円で入札することを決定し,その命を受け,Cは,他の業者に対する連絡をし,同月12日に,第1回入札において715万円で落札した。

なお,b業務委託の設計額は,税抜きで733万円であり,パソコンの購入費は含まれていない。

このb業務委託は,平面交差点予備設計業務や歩道詳細設計の増工などから,平成12年2月10日付で変更設計契約がなされ,133万3500円(税込み)が増額され,同年3月21日A社から完了届が提出され,A社に委託代金884万1000円(税込み)が支払われた。この増額も適正な手続で行われており,パソンコン等の購入費は含まれていない。

⑪  A社は,判示第1の1ないし7の各業務委託について,いずれも業者間の談合によって落札予定業者となり,Cは,Bの指示を受け,平成12年1月6日,27日,28日ころ,それぞれ,被告人から入札予定価格そのものあるいはこれに近接する価格の教示を受け,A社は,判示のとおり,7件の業務委託を落札した。

なお,被告人は,当公判廷において,入札予定価格そのものを教示したことはない旨供述するが,Cは,判示第1の5のgの業務委託について「予算を残すわけにいかないので177万で入れてください。」と,判示第1の6のhについて「予算を残せないから114万で入れてください。」と言われた旨供述しており,この各金額が入札予定価格そのものであることからしても,C供述は十分信用できるところである。

⑫  同年3月8日ころ,A社に,本件の新品のパソコン3台(税抜き購入価格合計85万5000円)がOA機器類の販売店から納入された。

Cは,同月上旬ころ,Dから,本件パソコンを被告人に持っていくように指示され,本件パソコンを社用車に積んで,a建設事務所があるa合同庁舎の駐車場に行き,被告人の指示で,被告人の車に本件パソコンを積み込んだ。

同月中旬ころ,A社に,本件の新品のディスプレー(税抜き購入価格9万5000円)がOA情報機器等の販売店から納入され,Cは,同月中旬ころ,これを社用車に積んでA社従業員のMとともにa建設事務所の駐車場に行き,同所おいて,被告人の車に本件ディスプレーを積み込んだ。(被告人は,当公判廷において,Cから本件ディスプレーを受け取ったのは,被告人の自宅の寮の駐車場であり,その時期も同月下旬ころである旨供述しているが,捜査段階においては,受け取った時期が同月中旬ころであるとも述べているのであって,ディスプレーのA社への納品経緯や詳細かつ具体的であるCの供述と比較して信用できない。)

⑬  被告人は,同月中旬ころ,自動車で長野県庁に行き,土木部F課J係技師であるLらに本件パソコン3台を渡した。

Lは,土木部F課J係主査であったKと相談し,同年3月下旬ころ,1台をKが使用し,1台を同年4月にp建設事務所に異動が決まっていたLがpで使用することにし,もう1台は,Lの後任者に使用させることにし,以後本件が発覚するまで同所で使用されていた。

本件ディスプレーについては,同年5月ころ,被告人が,Cに修理を依頼し,Cが被告人の案内で被告人の自宅の寮に行って引き取り,Cが購入した業者に修理を依頼するなどしたが,業者の判断で結局同種の新品のディスプレー1台がA社に納入され,平成13年2月か3月ころ,新品のディスプレーが被告人に渡され,被告人は,いずれのディスプレーも自宅の寮で使用し,a建設事務所から異動して長野市に引っ越した後も自宅の官舎で使用していた。

⑭  A社の従業員が新聞社と県知事に対して,被告人にパソコンをただで納品させられたなどと投書したことを契機として,平成13年7月19日,本件が発覚し,被告人は,同月21日,県庁内のF課に置かれていたパソコン1台をA社の社長をしていたD宅で返還したが,その際,被告人はDに対し,15万円を賃借料の名目で支払った。

さらに,被告人は,同月23日,ディスプレーをA社に返還した。

残りの2台のパソコンについては,同月24日,土木部F課に勤務していた者が同課長でその後N部長となった者の命を受け,aに持って行って,Dに返還した。

以上のとおり認められる。

2  被告人は,パソコン3台及びディスプレー1台は,県費により,県のための事務機器として調達したものであると供述するので,以下,被告人の主張内容を見る。

①  被告人は,検察官に対する供述調書及び当公判廷において,次のとおり供述している。

平成11年10月上旬ころ,A社の営業マンであるCが被告人を訪ね,bの道路設計業務委託に関して,入札予定価格を探りにきたことがあったが,Cは,書類を見せ,「bの業務委託見積もったんですが,こんなところでどうでしょうか。」と聞いてきた。その書類には,見積価格が600万円ほどと記載されており,手元のファイルの入札予定価格を見ると130万円ほどの開きがあった。そこで,被告人は,この差額を利用して,Kから依頼されていたパソコン3台を調達することを考えた。そこで,Cに,「A社はパソコンの取引をしていますか。」と聞き,「設計書には入ってないんだけど,この業務の中で手配して欲しい。」「3台で100万円くらいだから。」という話をした。Cは,「手配できます。」と応じた。A社はそのパソコン分の上乗せ分,県の費用の100万円を上乗せして落札している。なお,検察官に対する供述調書においては,ディスプレーも当初から入っていた旨供述していたが,当公判廷において当初はパソコン3台のみである旨の供述になっている。

②  被告人は,本件パソコン等の手配は,県費の流用の方式の一方法である差額方式によるものであると主張し,供述書(一)において,「県単測量設計委託で,予定価格と業者の見積価格に差がある場合,その差額を利用し,パソコン調達費として,大まかな金額を業者に示し,別枠扱いで,パソコンの整備を行うものでありました。したがって,考えは,県の予算で土木部が必要とするパソコンを整備するのだから良いではないか,という考え方でした。ただし,本来の備品費からの支出ではなく,賃金方式と同様に流用であり,この方法のポイントは,業者の見積額が,業務を誤りなく適正に完了する金額であるかどうかを見極めることであり,業者が内容等間違って積算していないことを確認する必要があります。業者指導によりパソコン代を上乗せさせるのは,業者に利得を上げさせるものではありません。元々業者が利益を見込んで呈示してきた見積金額にパソコン代を上乗せするのですから,業者に特別な利得を得させるものではありません。パソコン代に充てるため,業者を迂回して費用を調達しようとする方法です。事業そのものに損失を与えず業者にも損得を与えず,そして最終的には県に還流してゆく訳ですから県に損失を与えないというよりは県費を節約したことになります。

また,私は,本件の起訴に関わるパソコンについては,本方式をとりましたが,その理由はさらに,県費事業費の枠は予算で認められており,土木部門全体の事業を進める為の県の事務機器の整備であり,事業も県単事業であるうえ,部下に虚偽の書類を作成させずにすむため,県費の流用方法としては賃金方式よりも良いと思ったのです。私には当然違法性の認識はありませんでした。」と供述する。

3  C,B及びDの供述について

①  一方,被告人からパソコンの提供を依頼されたことに関し,Cは当公判廷及び捜査段階の供述調書において,被告人の供述と異なり,おおむね次のとおり供述している。

ア 平成11年10月8日ころ,Cは,被告人のところを訪れ,bの業務委託について,被告人の机の上に,Cが積算した597万円などと書いた設計書の紙を出したところ,被告人から,「金額かなり違う。」「全体に安いんじゃないか。」「近くに交差点もあるし,やることがかなりいろいろあるから,最終的には100万円くらい上になるんじゃないかな。」というふうに言われた。Cは700万円くらいではないかと理解した。

イ 金額の話が終わった後に,被告人から,「A社の方でパソコンを安く入れているような業者があるかどうか。」というふうに聞かれたので,Cは,「決して安いかどうかは分かりませんけども,取引している業者はあります。」と答えた。

その後,「パソコンを手配してもらいたい。」又は「もらえないか。」というように要求があった。パソコンの台数,種類などを具体的に挙げて要求されたことはなく,ディスプレーは入っていなかったので,きっと職場で使うか何かで1台であると,その時点では判断した。

Cは,「私1人ではちょっと判断ができませんので,会社の方に持ち帰って検討させてください。」と被告人に答えた。

パソコンに対する対価をどうやって払うかという明確な話はなかったが,被告人からは,事務経費とか事務品費あたりで見れればよいといったような形で,少しあいまいではあるが,そのような言葉があったと記憶している。

ウ その後,A社に戻ったCは,当時の社長のBに,bの業務委託について被告人から金額を700万円くらいと教えてもらったことと,パソコンを要求されたことを報告し,Bはbの入札について1回目を715万円,2回目を700万円で入札することを決め,「パソコンに関しては,検討してみるよ。ちょっと俺はよく分からんから,専務の方にも話をしておいてくれ。」というふうに言ったので,Cは,専務のDにも報告した。

エ 同年10月26日ころ,Cは,被告人に対し,「パソコンのこと報告しておきました。何か決まったら教えてください。」などと伝えたが,同年12月上旬ころまでには具体的な内容の話はなく,同月下旬ころか翌平成12年1月上旬,被告人からCに対し,「ノートパソコン3台とディスプレー1台」の要求があり,100万円という話が出た。

オ Cは,平成12年に使用した手帳に,「b関連,3台¥100万,カタログ各社,Oへ」と書いているが,これは被告人の言うことを聞いて書いたもので,「bの時要求されたパソコンを3台要求された。」という意味であり,ディスプレー1台も一緒に要求されていると思うがどうしてメモしなかったか覚えていない。この手帳を平成11年12月に持っていたかははっきりしないが,12月中にパソコン3台の話は出ていたと思う。

カ Cは,当時の社長のBに,被告人の話を伝え,その指示で専務のDにも報告したが,両名とも数が多い趣旨の感想を述べた。

キ Cは,それまでに被告人から,入札予定価格にかなり近い数字を教えてもらっていたし,指名に外れることなく業務には参加させてもらっていたので,業者としては断れない状況だと思った。

ク その後,Cは,被告人と機種を詰めるなどし,専務のDの指示で,機種名と110万円を越えた金額等が入ったA社を作成名義とする見積書を被告人のもとに持参したが,被告人は,100万円以内にするように指示し,最終的に判示のパソコン3台,ディスプレー1台に決めた。

ケ Cは,a建設事務所で,被告人にパソコンを渡す際に,賄賂だから人目に付かないように渡さなくてはいけないと考えた。また,パソコンを被告人の自家用車に乗せたことや駐車場でのやり取りから,Cは,パソコンは個人的に使うものとの印象を受け,a建設事務所では,このパソコンを被告人が受け取ることを知らないように感じた。Cは,本件パソコン等がその後どこで使われているのかは知らなかった。

コ 本件パソコン等を被告人に渡すときの気持ちは,それまで入札予定価格に近い金額を教えていただいたので,それまでのお礼と今後のお願いというようなものであった。それに見合う価格をもらえるという理由で渡したのではなく,赤字覚悟でやった。

②  Bは当公判廷及び捜査段階の供述調書において,おおむね次のとおり供述している。

ア Bは,Cから,b業務委託の入札予定価格について,Cが,被告人に聞いたところ,「100万円くらい上だ。」と言われた旨報告を受けた。

イ Bは,Cが積算した価格が合計597万円だったから,Cからの報告からすれば,入札予定価格は700万円くらいであると分かったが,「くらい」ということからすれば,入札予定価格は700万円よりも上であるという可能性が大いにあり,できる限り高い価格で落札し,その分だけ利益を出したいという思いから,まず,1回目は715万円で入札し,その価格が入札予定価格よりも高かった場合に備えて,2回目700万円という価格を設定した。

ウ bの入札価格の話をした時だったと思うが,Cは,入札予定価格の報告に付け加えて,「被告人が,ノートパソコンを手配して欲しいというようなことを言っていました。」などと述べた。そこで,「専務に話をしてみろ。」などと言って,Dにも話しておくように指示した。

エ Bは,平成11年12月末に,Cから被告人よりパソコン3台用意してほしいと言われたとの報告を受けたので,その件については専務と相談するように指示した。Bは「営業のCが入札価格を聞いたり,仕事の内容を聞いたりしたということでお世話になったお礼などもあるから,やれや。」と言った。そのころ,Bは,金額的に1台15万円,3台で45万円程度はしょうがないと思った。お世話になったお礼ということには,b業務委託で,Cが金額を聞いてきた謝礼という思いも含んでいる。

オ Bは,被告人に提供するものが実際には,ディスプレーを含めてBの見立ての倍の値段であり,高いと思ったが,やることを決めたんだから,いいと考えた。

カ 当時,A社でa建設事務所から受けていた業務委託費の中で,このパソコンの対価になるようなものは,Bの知る範囲においてなく,対価に相当する支払は一切なかった。

キ 判示第1の1ないし7の7件の落札については,Cから,被告人から金額を聞いてきたと聞いている。そのこともCが世話になったということで,パソコン提供の動機の一部となっている。

③  Dは検察官に対する供述調書において,おおむね次のとおり供述している。

ア 平成11年秋,Cが,Dのもとに来て,「被告人のところに行ってきた。業務でパソコンを用意できないかと言われた。社長に報告したら,専務にも報告するようにと言われた。」などと述べた。

業務というのは,b業務委託だったかもしれないが,よく覚えていない。

イ Dは,Cと一緒になって,パソコン購入代金が業務委託料の中に含まれて支払われるということがあり得るのか調べたが,パソコン購入費を業務の中に項目立てしているようなものは見付からなかった。

Dは,あえて言えば,事務用品費の中にパソコン購入費が含まれるのかもしれないと思ったが,事務用品費は,直接人件費に2,3パーセントの数値を掛け合わせた程度の金額にしかならないと理解していたので,1台でも数十万円はすると思われるパソコンの購入費用が,その事務用品費に当然のように含まれるとは思わなかった。

ウ この時,DがCから聞いた話の限りでは,被告人から求められたものは,漠然と「パソコン」という程度であって,それ以上に,その台数が何台であるかといった具体的な話ではなかった。

エ 平成12年1月ころ,Dは,Bと,被告人から求められたパソコン等について話をした。

このころには,Dは,Cから,被告人は,パソコン3台とディスプレー1台を求めているという話を既に聞かされており,被告人がb業務委託に絡めて,A社にパソコン等を求めてきているということも聞かされていた。

Dは,パソコン3台とディスプレー1台であると,その購入代金はざっと見積もっても合計100万円くらいにはなるだろうと思った。

Dは,これほどの多額のお金がb業務委託の業務委託料の中に含まれるということはさすがにないだろうと思った。b業務委託において,a建設事務所が委託してきた業務の中にはパソコンの購入・納品などという業務はなく,いわゆるカラ業務もなく,業務委託料を水増ししたり架空の業務を項目立てするなどの方法によっても,100万円くらいという多額のお金を業務委託料に含ませるのは,さすがに無理だと思った。

Dは,計画調査係が発注する業務委託の場合,Cが入札予定価格を聞き出す相手といえば,被告人くらいのものであり,A社は,被告人が入札予定価格あるいはそれに近い金額を教えてくれることによって,入札では高い価格で業務委託を落札することができており,被告人側からすれば,A社には,入札予定価格あるいはそれに近い金額を教えてやることで儲けさせてやっているというような気持ちがあり,そのような気持ちから,その見返りとしてA社にパソコン等を求めてきたものと思った。

Dは,被告人には大変お世話になっていたと思い,また,今後も,A社に入札予定価格を教えてくれるなどの世話をしてもらいたいと思い,それまでA社に便宜を図ってくれていたことに対するお礼の気持ちと今後もA社に便宜を図ってもらうことをお願いする気持ちから,被告人からの求めに応じて,被告人に賄賂としてパソコン等を差し上げようと思い,Bに対し,「パソコン,100万円にもなるけど,買ってあげることにする。」などと言って伝え,Bからは,「買ってやれや。」などと許可された。

オ Dは,A社が賄賂としてパソコン等を差し上げた相手は,被告人個人であり,A社が差し上げたパソコン等について,その後,被告人が自分自身で使おうが,誰か他の人に使わせようが,そのようなことはDたちが気にするようなことではないと考えていた。

④  一方,Dは,当裁判所の尋問調書において,被告人に対するパソコンの提供は贈賄ではない旨述べる。しかしながら,同人の供述は,当初は,b業務委託に明確に代金が含まれているとCから聞いたが,その後,その代金はb業務委託を増工した変更部分で見ると聞き,パソコン提供前に,bの増工には入っていないと聞き,パソコン提供後の平成12年4月ころ,再度Cに聞いたところ,「パソコン代金はb業務委託の元の業務に入っています。」と言われたので,もう請求する必要はないととらえたが,bのどの科目に入っているかは聞いていないということを述べるものである。Dの上記供述は,パソコン等の代金についてのCの説明が転々としたにもかかわらず,その点について具体的な確認をしないままにCの最後の説明に納得したという極めて不合理なものである。さらに,Dに対する証人尋問の実施時は,同人が有罪判決を受けた事件の控訴審の審理が行われる前であって,同人は同人自身の第1審においては自己の供述調書を含む証拠書類をすべて同意して判決を受けたというのであるから,Dの証人尋問における供述は,同人の控訴審において自己の刑責を軽減させるためになされた疑いを払拭できない。結局,Dの上記供述は,信用できる検察官に対する前記供述調書における供述に比べ,その信用性は低い。なお,Dの証人尋問における供述においても,被告人の要求は,当初においてはパソコンの台数や金額についての話はなく,パソコン3台,ディスプレー1台と決まったのは,平成11年12月から平成12年1月にかけてのことであるとなっており,C供述と符合している。

4  以上のC,B及びDの各供述は,おおむね合致しており,いずれも,b業務委託の業務委託料の中に本件パソコン等の代金は含まれておらず,本件パソコン等は賄賂として被告人に提供したものであり,また,被告人がCにb業務委託の入札予定価格教示の際に要請した内容は,漠然とパソコンを要請したものであって,その内容がパソコン3台及びディスプレー1台で,その代金がおよそ100万円と具体化したのは,平成11年12月下旬ないし平成12年1月上旬ころであるというのであり,このことに関し,Cが平成12年に使用した手帳に,「パソコン3台,100万」の記載がされていることは,C供述を裏付けており,b業務委託の入札予定価格教示の際には,具体的にパソコン3台,100万円の話がなかった旨のC供述の信用性は高く,C,B及びDの上記各供述が真実と認められる。

被告人の主張する差額方式なるものは,被告人自身も,当公判廷において,被告人以外にそのような方式によってパソコンの調達をした例を知らないと述べているものであり,証人K,同L,同Pの当公判廷における各供述によっても,長野県土木部において,差額方式なるものが一般的に知られているものではなく,「差額方式」という言葉も使われていないことが認められる。そして,被告人も,b業務委託の設計書のどの科目にもパソコン代金が含まれていないことを認めているのである。それ故,仮に被告人が,被告人の主張するような一般的に知られていない方式によりパソコンを調達しようとしたのであれば,A社に対し,その差額方式なるものの内容を具体的,詳細に説明した上でパソコンの調達を要請するはずであるが,被告人がそのような説明を試みたことをうかがわせる事情はまったくなく,かえって,被告人がA社にパソコンの調達を要請した当初においては,漠然とその具体的内容を明示せずにA社にパソコンの調達を要請したものであることが明白である。

被告人は,前記のとおり,Cがb業務委託の入札予定価格に関する教示を求めに来た平成11年10月上旬に,当初からパソコン3台の代金として100万円を上乗せすることを提案し,Cがその場でこれに合意した旨供述するが,一営業担当者に過ぎないCが設計書に記載されていないパソコンの代金の上乗せについて会社代表者等に相談しないまま応じたというのは不自然というべきであるし,また,平成11年10月上旬にパソコン3台という具体的な話が出たのであれば,実際に被告人に本件パソコン等が渡されたのが平成12年3月になってからであるという時間の経過も不自然である。

さらに,被告人は,捜査段階においては,「最初からパソコン3台とディスプレー1台と言ったと記憶している。」と供述していたにもかかわらず,当公判廷においては,「後で考えてみるとディスプレーは平成11年11月か12月に頼んだのではないかと思う。」と理由なく供述を変遷させているのであって,この供述の変遷も不自然である。

以上によれば,被告人が,Cからb業務委託の内容を聞かれた際に,Cに対し,パソコン3台の代金として100万円を上乗せすることを提案し,Cがこれに合意したとの被告人の供述は到底信用できない。

つけ加えるに,被告人は,平成11年9月ころ,土木部F課J係主査であったKからパソコンの入手を依頼された際に,Kから「3台お願いします,パソコン代として100万円施行通知に載せておきますから。」と言われた旨述べているが,その100万円を施行通知に載せるとの話は不自然である上,その裏付けもなく,証人Kは,「Kらは,J係に古いパソコンが2台あったので,それを新しくするため,性能のいいパソコン2台の入手を被告人に依頼した。」「委託料の予算を上乗せしたなどという話はしていない。」「平成12年3月に届けてもらった数日前に被告人から3台持ってきてくれると聞き,3台も来るのかという感じで気を遣ってくれたのかと思った。」旨供述し,証人Lも,「Kと2台頼もうという話をした。3台来たときには,頼んだ台数と違うなという記憶がある。」旨述べているのである。この両証人の供述は相互に合致しており,十分信用できるというべきであって,これに反する被告人の供述は信用できない。

5  ここで,被告人の本件加重収賄に関する犯意について検討する。

①  前述のとおり,被告人は,b業務委託について,Cの聞き出しに応じて,入札予定価格がCの積算した金額よりも100万円上を見ていると教示した後に,Cに対してパソコンの提供を要請し,その後の入札においても,Cに対し,入札予定価格そのものやこれに近接する価格の教示を続けてA社の便宜を図った上,Cらが本件パソコン等を持ってきた際にも,その授受はa建設事務所駐車場で行われ,a建設事務所の他の職員らに知らせることなく,本件ディスプレーについては,被告人にパソコンの入手を依頼した土木部職員すら知らないものである。そして,本件パソコン等については対価となる代金の支払等はなく,B,D及びCは被告人が入札予定価格を教示してくれたことの謝礼等の趣旨で本件パソコン等を供与したことが認められるから,被告人が本件パソコン等の供与を受けたことについて賄賂性の認識を有していたことが強く推認されるというべきである。

②  また,弁護人は,被告人が本件パソコン等を個人的な目的のために使用した事実はなく,賄賂の客体ではない旨主張するが,そもそも被告人は本件ディスプレーやその故障によって代替品として入手したディスプレーを一貫して被告人の自宅で使用している上,前記のとおり,B,D及びCは,被告人が本件パソコン等をどのように使用したかを全く知らず,被告人は本件パソコンを県土木部F課職員に渡し,同職員らは個人的な判断で本件パソコンを使用しているのであって,本件パソコン等が,被告人個人にその処分を一任し,自由な使途に用いることを許すものとして供与され,被告人もその趣旨を十分理解していたものと認められるから,賄賂の客体に該当することは明らかである。

③  さらに,弁護人は,本件パソコン等の代金については,b業務委託の入札において,代金相当額の100万円を上乗せして,A社が落札しており,被告人が価格教示したとされる行為とパソコンの調達依頼とは無関係であり,加重収賄の対象となる不正な行為は存在しない旨主張するが,前述のとおり,A社に対して本件パソコン等の代金相当額を上乗せして支払われた事実はなく,B,D及びCは,入札価格に関する教示行為に対する謝礼の趣旨等で本件パソコン等を供与しているものである上,被告人がパソコンの調達を要請したのは,b業務委託について,Cの聞き出しに応じて,入札予定価格がCの積算した金額よりも100万円上を見ていると教示した直後であるから,この職務上不正な行為をしたことに関し,本件パソコン等の要請がなされたものであって,本件パソコン等の収受が,被告人の行った入札予定価格についての教示という職務上不正な行為をしたことに関してなされたものであり,被告人もこれを認識して本件パソコン等を収受したことは優に認められる。

6  以上のとおり,被告人が,Cらに対して,入札予定価格あるいはこれに近接する価格を教示した職務上不正な行為に対する謝礼の趣旨等で供与されるものであることの認識を有しながら,職務上不正な行為をしたことに関して,本件パソコン等を収受したことが認められるのであって,被告人に加重収賄罪が成立することに疑いの余地はない。

(法令の適用)

被告人の判示第1の1ないし7及び第3の所為はいずれも刑法60条,96条の3第1項に,判示第2の所為は平成15年法律第138号(仲裁法)附則14条により同法による改正前の刑法197条の3第2項に該当するところ,判示第1の1ないし7及び第3について各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第2の罪の刑に同法14条の制限内で法定の加重した刑期の範囲内で被告人を懲役1年10月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中140日をその刑に算入し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予し,判示第2の犯行により被告人の取得したディスプレーモニター1台は没収することができないので,同法197条の5後段によりその価額金9万5000円を被告人から追徴し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は,当時長野県a建設事務所管理計画課課長補佐計画調査係長の職にあった被告人が,土地建物の測量・設計等を業とするA社の代表取締役であった者らと共謀し,a建設事務所が発注する測量・設計業務等の指名競争入札に際し,8回にわたり,被告人が,A社の営業担当者らに業務委託の税抜き入札予定価格そのものやこれに近接する金額等を教示して,A社にその額を前提とする入札により落札させ,公の入札の公正を害すべき行為をし(判示第1の1ないし7,第3),そのような不正な行為(判示第1の1ないし7等)に対する謝礼等の趣旨で,A社の代表取締役らからコンピュータ3台及びディスプレー1台(価格合計95万円相当)の賄賂を収受した(判示第2)事案である。

本件は,その背景として,a建設事務所が発注する業務の指名競争入札について,長野県測量設計業協会a支部に加盟していた測量設計会社12社が話し合って落札予定業者を決めてきていたという談合が存在し,建設事務所側においても,落札業者の確保や予算の円滑な消化を企図し,従来から,建設事務所の職員が,業者に対して,入札予定価格を推測させるような言動をしてきていたという悪慣行があり,業と官の癒着の構造があったことは否定できない。

競売入札妨害の犯行について見ると,被告人は,そのような悪慣行の中で,A社が落札予定業者となっていた業務委託の入札に際し,A社の営業担当者に入札予定価格そのものないしはこれに近接する金額を教示し,A社にその金額を前提とした入札をさせたものであって,このような公の入札の公正を害する行為は,不況の中で県民が納めた尊い税金を一部の建設業者のために浪費したものと評価できるのであって,県民に対する背信的行為といわざるを得ない。

加重収賄の犯行について見ると,被告人は,A社の営業担当者に入札予定価格を教示した際,同人にパソコン等の手配を要請し,その後も入札予定価格の教示を続ける中で,これらの不正な行為に対する謝礼の趣旨等としてA社に要請に応じさせて収受したものであり,その賄賂もパソコン3台とディスプレー1台の価格合計95万円相当と少なからざる物品である。パソコン3台は県土木部の業務に利用されており,専ら個人的な利益を図るための収賄ではないとはいえても,被告人自身が自宅でディスプレー1台を使用していたことからすれば,個人的な利益を図る目的があったことも否定できないのであって,この犯行が県職員一般の職務の公正さに対する県民の信頼を失墜させ,その社会的影響も大きく,一般予防の見地からも厳しい非難を免れず,被告人の刑事責任は軽いものではない。

他方,本件は,昭和50年代からa地域で行われていた上記のような談合を建設事務所等が漫然と放置し,むしろ建設事務所側においても,落札業者の確保や予算の円滑な消化を企図して,従来から,建設事務所の職員らが,業者に対して,入札予定価格を推測させるような言動をしてきていたという従来の長野県の土木行政の不透明さが背景にあることは否定できない上,県の正規な予算によるパソコンの整備が遅れたことから県土木部及びその現地機関である建設事務所においては,正規の備品購入費以外の方法でパソコンを整備することが常態化し,本件後の県の調査においては,作業員に賃金を支払ったこととして,賃金を不正に支出して整備されたパソコンも数十台あることが報告されており,さらには情報公開された備品管理票からすれば土木部以外の部局にも供給者が不明のパソコンが存在しているのであって,このような県土木部等の体質が,業者に入札予定価格を教示し,パソコンの提供を受けることについての被告人の規範意識を鈍麻させる一因となったことは想像に難くないというべきである。

しかしながら,上記のような県土木部等の体質をもって,被告人の行為を正当化することはできないし,その違法性を過小に評価することはできない。

また,被告人は,本件犯行がマスコミ等によって大きく報道されるなど一定の社会的制裁を受けていること,本件犯行につき主文掲記の判決がなされることで県職員の身分を失うこと,被告人が県職員としての仕事ぶりについては熱心であったと周囲から評価されていること,被告人に前科前歴もないことなどの有利な事情もあるので,これらを総合勘案し,主文1項のとおり刑を量定し,同3項のとおりその刑の執行を猶予することとする。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役2年,9万5000円追徴)

(裁判長裁判官 青木正良 裁判官 桂木正樹 裁判官 山下博司)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例