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長野地方裁判所 平成14年(わ)9号 判決 2003年2月12日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中260日をその刑に算入する。

押収してある鎌1本(平成14年押第12号の1)及び出刃包丁1本(同号の2)を没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,昭和47年6月,埼玉県で出生し,県立高校を卒業後,一浪して私立A大学法学部に進学し,平成8年3月同大学を卒業し,消費者金融会社の大手である株式会社Bに入社した。

被告人は,B社に入社後,埼玉県内の支店2箇所に勤務し,平成10年1月から長野県内の支店2箇所に勤務して管理業務や営業を担当した後,平成13年5月17日付で長野市内に所在するC支店の支店長に昇格した。被告人は,支店長となった後,毎日のように上司である当時のDブロック長から同支店の貸付残高が目標に及ばないことを厳しく叱責されたことなどから,同年6月末ころから同年8月中旬ころまでの間,返済の完了した顧客の名義を使用して,実際には貸付をしていないのに顧客に貸付をしたことにする架空融資を行い,さらに同年8月末ころからは,前記ブロック長の指示により,貸付基準に充たない顧客に過剰融資を行うようになった。被告人は,架空融資によって引き出した現金について,当初はそのまま保管し,返済に充てるなどしていたが,同年8月中旬ころにフィリピンパブに行った後,頻繁に通うようになり,引き出した現金を遊興費等に費消していた。

同年9月中旬ころ,被告人の行っていた過剰融資が,他の数箇所の支店と同時期にB本社に発覚し,被告人は,同月22日,他の支店長とともにB本社に呼び出され,過剰融資残高約801万円について債務保証をさせられたが,前記ブロック長の指示で過剰融資をしたのに,個人的に債務保証をさせられた上,さらには,そのブロック長から営業成績を責められたことから退職を決意し,翌23日から無断欠勤をするようになった。被告人が無断欠勤をしている間に,被告人の行っていた架空融資がB本社に発覚し,被告人は,同年10月18日,C支店が移転した長野市内のE支店に呼び出され,4日間にわたって架空融資についての事情聴取を受けた。結局,被告人は,手持ち現金や未払給与を充てた残りの約204万円の支払い義務を認め,B社は,同月22日付で被告人を諭旨退職とした。架空融資の残額及び過剰融資による想定損害については,被告人の両親等が支払うことで同年11月12日付でB社との間で和解が成立し,同月14日,被告人の両親が損害賠償として284万6464円を支払った。また,被告人の両親は,この和解交渉を委任した弁護士に対し,弁護士費用として合計31万円を支払った。

被告人は,しばらく長野市内で生活していたが,就職先を見つけられないまま,同年11月下旬ころ,さいたま市内の実家に戻り,川口市内の製本工場でアルバイトをするなどしていたところ,同年12月13日ころ,母親から弁護士のところに金を支払いに行くと聞き,早く両親に金を返済しなければならないと思うようになり,被告人としてはB社への賠償金が約250万円,弁護士費用が約150万円の合計約400万円の金を両親が使ったのではないかと推測し,400万円もの大金は定職に就いたとしてもすぐには返せないが,すぐにもその金を入手しなければならず,大金を持っている人から奪うしかないと考え,いろいろと考えたあげく,ある程度警備体制や内部の事情も分かる消費者金融会社に強盗に入ることを決意し,同月22日ころまでに,店の間取り,警備状況などが察しのつくE支店を狙うことに決め,同支店のF支店長(昭和56年8月18日生)には事情聴取を受けに同支店に行った際に顔を知られていたと思ったことから,同支店を襲う以上はF支店長を殺害しなければならないと決意した。

その後,被告人は,同年12月24日までの間に詳細な犯行計画を考え,包丁や鎌を持って行って,包丁を突き付けて支店長を脅し,現金自動預払機(以下「ATM」という。)が自分で扱える機械であれば,支店長にATMの鍵を出させて,その時点で支店長を刺し殺し,ATMが自分では扱えない機械であれば,支店長にATMから現金を出させてから支店長を刺し殺すことや,血がついた際の着替えを持って行くことやその決行の段取りなどをこと細かく決めた。

そして,被告人は,同月25日に出刃包丁等の凶器などを黒色バッグに詰め,同バッグを自分の使用する普通乗用自動車に載せて,さいたま市内の自宅を出発し,同日夜長野市内に到着し,翌26日昼ころまで車内で寝た上,同月27日午前零時過ぎころにフィリピンパブに行くなどして過ごし,同日午後9時過ぎころ,E支店の前に行ったが,その日は踏ん切りが付かず,犯行を断念した。

被告人は,同月28日午後9時30分ころ,前日と同様にE支店が入居しているビル付近まで赴き,非常階段の踊り場や同ビルのエレベーターで上下するなどして1時間近くF支店長を待ち伏せていたところ,4階のエレベーターホールに出て来ていたF支店長と鉢合わせ,右手に持った出刃包丁の刃先をF支店長の胸あたりに向けて突き付けて「シャッターを開けろ」などと言って,しぶしぶこれに応じたF支店長と一緒に店内に入った。

(罪となるべき事実)

被告人は

第1  平成13年12月28日午後10時27分ころから同日午後11時55分ころまでの間,長野市・・・ビル4階E支店店舗内において,同支店長F(当時20歳)を殺害して金員を強取しようと企て,出刃包丁をF支店長の胸元当たりに突き付けながら,同人に対し,ATMの鍵を出すように迫り,同人がこれに応じないことから,まず,ATMが自分でも扱える機械であることを確認した上,鍵を出すように要求しながら室内を動き回っているうちに仰向けに転倒したところ,F支店長から抵抗されたため,同人の腹部付近を思いっ切り蹴り上げ,うずくまった同人からの抵抗を受けないようにするため,その時点での殺害を決意し,同店内更衣室兼機械室において,同人を窓側に立たせて両手を上げさせた上,同人の背後から所携の刃体の長さ約24.9センチメートルの出刃包丁(平成14年押第14号の2)で,同人の左肩から心臓の辺りを目掛けて数回突き刺し,倒れた同人の腰の辺りを2,3回突き刺し,さらに,うつ伏せの同人の心臓の辺りを目掛けて背中を数回突き刺し,半身になった同人の腰や臀部付近を目掛けて数回突き刺した上,同人の背中から心臓の辺りを1回突き刺し,同人に心臓損傷等の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所において,同人を前記傷害に基づく失血により死亡させて殺害した上,同支店内の耐火金庫及びATM内から同人管理にかかる現金合計419万2000円を強取した

第2  業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時場所において,前記出刃包丁1本及び刃体の長さ約17.5センチメートルの鎌1本(前同押号の1)を携帯した

ものである。

(殺害の計画性についての補足説明)

弁護人は,被告人の本件犯行について,金員の強取自体については計画的犯行であるとしても,被害者の殺害については計画的なものではなく,被告人が包丁で被害者を刺す切っ掛けとなったのは,被告人が転んだ際に被害者から飛びかかられるという突発的な事態が生じたことによるものである旨主張する。

しかしながら,前掲証拠によれば,被告人は,犯行を計画したメモにも,「すぐ死ぬのかどーか。どこをさすか?」と記載していること,自宅から判示の出刃包丁と鎌を持ち出していること,殺害時に返り血を浴びることを念頭に置いて着替えを用意していること,面識があると考えていた被害者に対して,顔を隠すことなく正面から近付いていること,捜査官に対し,「400万円を手に入れるには人を殺してでも計画通りやるしかないと決意した。」旨述べていることが認められる上,被告人は当公判廷において,被告人の顔を隠すことは考えておらず,顔が分かってしまうし,殺害しなければならないと考えていた旨の供述をしているのであって,当初被害者を脅迫したのも,ATMが自分で操作できる機械であるか否かを確認する必要があったことや被害者から鍵を出させようとしたためであり,被害者を殺害する以外の方法を考えていたと見る余地は全くないのであって,被告人が当初から確定的な殺意を有していたことは明らかである。

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為は刑法240条後段に,判示第2の所為は包括して銃砲刀剣類所持等取締法32条4号,22条にそれぞれ該当するところ,各所定刑中判示第1の罪については無期懲役刑を,判示第2の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるが,判示第1の罪につき無期懲役刑を選択したので,同法46条2項本文により他の刑を科さないで,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中260日をその刑に算入し,押収してある出刃包丁1本(平成14年押第12号の2)は,判示第1の強盗殺人の用に供した物,同鎌1本(同号の1)は判示第2の銃砲刀剣類所持等取締法違反の犯罪行為を組成した物で,いずれも被告人以外の者に属しないから,刑法46条2項ただし書により,出刃包丁につき同法19条1項2号,2項本文を,鎌につき同法19条1項1号,2項本文をそれぞれ適用してこれらを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(心神耗弱の主張に対する判断)

弁護人は,被告人は,本件犯行時,強い精神的な緊張感や強迫観念に囚われ,それが引き金となって内因性躁うつ病状態にあったもので,心神耗弱の疑いがある旨主張し,①本件犯行の動機が強盗殺人を計画するようなものでなく,②犯行時期の決定についても明確な説明がなく,③犯行態様においても,犯行場所の選定や被害者に目撃されない手段の選択を考えなかったことなどの点に不自然不合理さがあり,④被害者を殺害した後も,ATMから金員を強取することを失念したまま,一旦犯行現場を出て,駐車してあった自動車に戻ったり,被害者が完全に死んでいると分かっていたのに,被害者の両腕を後ろに回し,ビニール紐を巻いたり,被害者の身体を仰向けにひっくり返したり,犯行後犯行現場に近いフィリピンパブで飲食していることなど通常では考えられない行動をしている旨指摘する。

しかしながら,被告人の犯行動機や,その計画は,極めて視野が狭く,思慮の足りないものであるとはいえ,十分に了解可能である。前掲証拠によれば,被告人がB社に勤務していた当時,服装に配慮せず,汚れの目立つ風体をしていたことから,上司に風呂に入るように注意されるなどしていたことが認められるが,そのような他人からの評価に無関心な思考傾向からすれば,犯行場所に本件支店を選定したことなども特段不自然ではない。また,被害者を殺害した直後にATMから金員を強取することを忘れたことも,一般的に人を殺害した直後の精神状態からすれば,特段異常なことではなく,殺害直後においては,直前まで元気に行動していた被害者が動くように感じて被害者の手に紐を巻くなどの行動も特段の異常を表すものとはいえない。

前掲証拠によれば,被告人は,本件犯行を綿密な計画の下に首尾一貫して敢行し,入念な罪証隠滅工作もしている上,犯行態様や前後の状況についても,詳細かつ明確に記憶しているのであって,被告人のこれまでの生活状況についても,また,本件犯行前後の行動についても,精神異常を疑わせるような不自然,不合理な点がないことが認められる。

以上の次第で,被告人は,事物の理非善悪を弁別し,これに従って行動する能力が著しく減弱した状態になかったことが明らかであって,弁護人の主張は理由がない。

(量刑の理由)

本件は,判示のとおり,大手消費者金融会社であるB社に勤務中に架空融資や過剰融資を行うなどして諭旨退職となった被告人が,判示E支店内で支店長を刺殺し,現金合計419万2000円を強取し(判示第1),その際,出刃包丁及び鎌を携帯していた(判示第2)事案である。

本件犯行の動機を見ると,被告人は,C支店の支店長として勤務中に,架空融資や過剰融資を行い,その損害賠償として両親が被告人のために支払った示談金及び弁護士費用約315万円について,その詳細な金額を聞かないまま,およそ400万円であると推測し,これを早期に両親に返済しなければならず,そのためには,大金を持っている人から奪うしかないと考え,防犯体制等が推測できるE支店を狙うことに決め,その支店長を殺害して400万円を強取しようと決意し,綿密な計画を立てて,判示のとおり強盗殺人の犯行を敢行したものであって,その犯行動機に酌量の余地は全くない。被告人は,架空融資をしたのは上司から指示された営業目標に近付けるためであった旨述べるところ,確かに,当初は,被告人の給与から利子の補給をして完済する意思であったことがうかがえるが,この架空融資は,顧客に無断でその名義を使用するという,会社の信用を著しく損なう悪質なものであって到底許されるものではなく,また,最終的には被告人が遊興費等にも用いたため,その返済ができなくなっているのである。

被告人は,両親から特にその返済を迫られていたわけでもなく,緊急に金銭が必要な事情もなかったのに,400万円を手に入れることを計画し,尊い人命を奪うことも辞さず,安易に殺害を決意しているのであって,そこには被告人の身勝手かつ自己中心的な態度が顕著に表れている。

その犯行態様を見ると,被告人は,被害者のE支店長は自分の顔を知っていると考えていたことから,自己の犯行であることを発覚しないようにするには,被害者を殺害する外はないものと考え,ATMから金員を引き出すための手順や被害者を殺害する時期,方法及び被害者の死体を遺棄することが可能か否かなどの罪証隠滅工作に関する事項を詳細にメモに記載し,様々な検討を遂げた上,殺害に用いる包丁と,これを被害者に取り上げられた場合に備えた鎌を併せて用意し,返り血を浴びた場合に備えた着替え等も黒色バッグに入れて準備し,被害者が1人だけになる時期を狙って判示E支店前のエレベーターホールに出て来た被害者に出刃包丁を突き付けて店内に一緒に入り,ATMが自分で操作できる機械であることを確認した後,被害者から抵抗されたことを契機にその時点での殺害を決定し,出刃包丁を使用して,被告人に背を向けて立たせた被害者の左肩から心臓を目掛けて数回突き刺し,倒れた被害者に対して,被害者が動かなくなるまで背中等を多数回にわたって突き刺した上,ほとんど動かなくなった被害者の口がわずかに動くのを認めてさらに被害者の背中を心臓の辺りを目掛けて突き刺して,とどめをさし,合計17か所の刺創を負わせて殺害したというものであって,その殺害の態様は,極めて執拗かつ残虐なものである。被害者殺害後,耐火金庫内から19万2000円を奪い,防犯用ビデオデッキからビデオテープを抜き取り,指紋を拭き取るなどの罪証隠滅工作をしたものの,ATMの操作を忘れて一旦被告人使用車両まで戻り,再度,判示支店に戻ってATMを操作し,同機から,当初の予定のとおり,400万円を奪っている。また,死亡した被害者が動くように感じて両手を縛りあげるなどの行動においても,被害者に対し何らの哀悼の情も示していない。

さらに,犯行後,懇意のホステスのいるフィリピンパブで飲酒するなどの行動も,殺害行為に対する安易な気持ちが表れているといえるのであって,犯行後の情状も悪い。

被害者について見ると,被害者は,高等学校を卒業して,平成12年4月B社に入社し,平成13年10月初めには若くして被告人の後任としてC支店長に昇格し,同月中旬,同支店が移転して判示E支店に移行したことから,同支店の支店長を務めていたものである。そして,被害者は,両親も認めて同居していた女性との結婚を夢見て,熱心に仕事に取り組み,周囲の者からもその真面目で心優しい人柄が慕われていたのに,理不尽にも,被告人の凶行により非業の死を余儀なくされ,春秋に富む人生を奪われたものであって,その悲運には哀憐の情を禁じえない。

大事に育ててきた息子を20歳の若さで奪われた両親や無惨な死に様を目にした婚約者の受けた精神的苦痛は大きく,その悲嘆,痛恨の情には筆舌に尽くし難いものがあり,被害者の近親者ら多くの者にも大きな悲しみを与えている。これらの者の処罰感情は厳しく,被害者の父親は捜査官に対し,被告人の極刑を望む旨述べ,被害者の母親は当公判廷において,被告人が一生刑務所で罪を償ってほしい旨述べており,その心情は,十分に理解できるところである。

また,本件犯行は,消費者金融会社における強盗殺人事件として犯行直後からマスコミによって報道され,元支店長による犯行であることから,世間の耳目を集め,一般社会に与えた影響も大きく,このような犯行に対する一般予防の見地からも,厳しい処罰が要請される。

以上の諸事情からすれば,被告人の刑事責任は,誠に重大である。

一方,本件犯行は,極めて計画的な犯行であるけれども,被告人は,被害者殺害後,一旦はATMの操作を忘れて自動車に戻ったり,指紋を現場に残したりするなどのずさんな面が見受けられること,強取金については,本件犯行後まもなく被告人が逮捕されたことから,そのほぼ全額である418万円余が押収されており,被害会社に対して還付される見込みであること,被告人には,前科・前歴がなく,犯行の約3か月前までは会社員として働いていたこと,被告人が,捜査段階から本件犯行を認めて反省し,当公判廷において,被害者やその遺族の心情にも思いをいたし,自分のしたことを一生償いたい旨述べていること,被告人の母親が被害弁償金の一部として被害者の母親に100万円を支払ったことなどの事情もある。

そこで,これらの事情を総合すると,被告人については,長期にわたって被害者の冥福を祈らせつつ,反省の日々を送らせるのが相当であると判断し,無期懲役に処することとした。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 無期懲役,出刃包丁,鎌没収)

(裁判長裁判官 青木正良 裁判官 杉本宏之 裁判官 山下博司)

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