長野地方裁判所 平成14年(ワ)121号 判決 2004年2月20日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告らは連帯して,原告A1及び原告A2に対し,各5083万3853円及び内4621万3853円に対する平成13年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは連帯して,原告B1及び原告B2に対し,各4766万2239円及び内4333万2239円に対する平成13年12月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 仮執行宣言
第2事案の概要
C(分離前の相被告。)は,自動車に乗車して走行中,長野県警察所属の警ら中のパトカー乗務警察官らから停止するよう求められた際,酒気帯び運転の犯罪行為の発覚を恐れて常軌を逸した速度・態様での逃走行為をした過失により,交差道路から交差点に進入してきた,亡B3及び亡A3が乗車する車両に衝突する交通事故(以下「本件事故」という。)を起こし,亡A3及び亡B3を死亡させた。
本件は,本件事故に関し,亡A3及び亡B3の遺族である原告らが,Cの運転する前記自動車に同乗していた被告DにはCの運転と一体となり逃走を容易ならしめた過失がある,前記パトカー乗務警察官らには追跡行為を中止しなかった違法があると主張し,被告Dに対し民法709条に基づき,被告長野県(以下「被告県」という。)に対し国家賠償法1条1項に基づき,それぞれ損害賠償金の支払を求める事案である。
1 前提事実(証拠を掲記した事実以外は当事者間に争いがないか,当裁判所に顕著であるか,弁論の全趣旨から認定できる事実である。)
(1) 本件事故に至る事実経過
ア Cは,平成13年12月1日午後7時ころから同日午後10時20分ころまで,長野市・・・「アップルグリムバーンズ・・・店」において,ビール中ジョッキ3杯程度及びカクテル2杯程度を飲酒した。被告Dも,同店において,ほぼ同程度の量を飲酒した。
イ 被告Dは,同店で飲酒後,C所有の自動車(登録番号・・・。以下「C車両」という。)の助手席にCを乗せ,C車両を運転して同店店先駐車場から国道406号線を長野県須坂市方面へ走行を開始した。
ウ 長野県警察所属の警察官E(以下「E」という。)及びF(以下「F」という。)は,C車両の運転手に職務質問をすべく,パトカー(登録番号・・・。以下「本件パトカー」という。)を運転してC車両を追尾して走行していたところ,長野市・・・交差点付近においてC車両に追いつき,スピーカーでC車両に停止するよう指示した。
エ 被告D及びCは,上記停止指示を聞いたが,被告Dは,同被告の無免許・酒気帯び運転が発覚し,どのような処罰を受けるか不安になり,またブラジルに強制送還されることを恐れて,C車両を走行させながら,被告DからCへとC車両の運転者を交代した。
オ Cは,国道18号線に入ると,自らの酒気帯び運転による運転免許停止処分を恐れ,本件パトカーを振り切って逃走することを決意し,制限速度を超える速度で逃走を開始した(以下「本件逃走行為」という。)。C車両及びこれを追尾した本件パトカーは,いずれも・・・交差点から連続して赤信号で停止ないし徐行をせずに通過した(以下,本件逃走行為開始後本件事故発生までの本件パトカーによるC車両追跡行為を,「本件追跡行為」という。)。
(2) 本件事故の発生
ア 国道18号線を長野県上水内郡豊野町方面に進路をとったC車両は,前方を走行中の車両を追い越して本件パトカーを引き離すべく,時速約120キロメートルの速度ではみ出し禁止の中央線を越えて対向車線に出て,先行する車両数台の追い越しにかかった。これを追跡していた本件パトカーもC車両を追尾して対向車線に出た。
イ そのころ,亡B3及び亡A3が乗車していた車両(登録番号・・・。以下「被害車両」という。なお,運転手が亡B3と亡A3のいずれであったかは,当事者間に争いがある。)がC車両の進行方向前方交差点を右方から国道18号線に進入してきていた。
ウ Cは被害車両を発見し,慌てて急制動をかけたが,間に合わず,同日午後10時35分ころ,長野市・・・国道18号線路上において,C車両が被害車両に衝突し,その衝撃で被害車両は大きく跳ね飛ばされた。その結果,亡A3は炎上した車の炎に焼かれてミイラ状になって焼死し,亡B3は衝突と同時に車外に放り出されて数時間後に死亡した(被害車両の炎上の時期は,当事者間に争いがある。)。
(3) 本件事故現場の道路状況
ア 同所の最高速度は時速50キロメートルに規制されている。
イ 同所の車道は片側1車線で,車道の全幅員は8.40メートルであり,左右にそれぞれ幅員3.3メートルの歩道が設置されている。また,中央線は,はみ出し禁止を示す橙色で塗られている。
(4) 相続
ア 亡A3は原告A1及び同A2(以下,両原告を合わせて「原告Aら」ということがある。)の子である。
イ 亡B3は原告B1及び同B2(以下,両原告を合わせて「原告Bら」ということがある。)の子である。
(5) 損害の填補
あいおい損保から,原告らに対して,下記のとおり自動車損害賠償保障法に基づく保険金が支払われた。
ア 原告Aらに対して(亡A3分。保険金支払日は平成14年5月14日) 3000万1600円
イ 原告Bらに対して(亡B3分。保険金支払日は平成14年5月28日) 3000万3800円
(6) 本件訴訟の経過
ア 原告らは,平成14年4月17日,被告ら及びCを共同被告として,本件訴訟を提起した。当裁判所は,平成14年10月11日,第3回口頭弁論期日においてCに対する訴訟を分離した(以下分離後のCに対する訴訟を「C訴訟」という。)。なお,原告らの請求額は,C訴訟分離時点において,被告らに対するものもCに対するものも,同額である。
イ 当裁判所は,同月25日,C訴訟について,原告A1及び原告A2に対し,各2744万0652円及び各内2494万0652円に対する平成14年5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを,原告B1及び原告B2に対し,各2426万2590円及び各内2206万2590円に対する平成14年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを,それぞれCに命ずる判決(以下「C訴訟一審判決」という。)を言い渡した(丁2)。
ウ 原告らは,C訴訟一審判決に対して控訴を提起したところ,東京高等裁判所は,平成15年4月10日,C訴訟について,C訴訟一審判決を変更し,原告A1及び同A2に対し,各2861万6488円ずつ及び各内2611万6488円ずつに対する平成14年5月15日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを,原告B1及び同B2に対し,各2549万0631円ずつ及び各内2324万0631円ずつに対する平成14年5月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を,それぞれCに命ずる判決(東京高等裁判所平成14年(ネ)第6029号。以下「C訴訟控訴審判決」という。)を言い渡した(甲30,丁4)。
エ 原告らは,C訴訟控訴審判決に対し,上告及び上告受理の申立てを提起したところ,最高裁判所は,平成15年9月12日,同上告を棄却し,上告受理の申立に対しては上告審として受理しない旨の決定をした(平成15年(オ)第1061号,平成15年(受)第1123号。丙5,丁10)。
オ 三井住友海上火災保険株式会社は,Cに代わり,平成14年12月10日,C訴訟一審判決において支払を命ぜられた金額(遅延損害金については弁済の提供の日である同月6日までの金額)を供託し(丙1ないし4,丁3の1ないし4),さらに,平成15年10月30日,C訴訟控訴審判決において支払を命ぜられた金額(上記供託分を除く)を原告らに支払った(丁11)。
2 争点
本件の争点は,①被告Dの過失の有無及び損害との間の因果関係の有無,②E及びFの行為の違法性の有無及び損害との間の因果関係の有無,③未填補の損害の有無である。
3 争点に関する各当事者の主張
(1) 原告ら
ア 被告Dの責任原因
被告Dは,自己及びCが酒気を帯びていることを十分に認識しつつ,C車両を運転し,被告Dの積極的な働きかけにより走行中にCと運転を交代した。被告Dは,Cが制限速度を超え,赤信号を無視しつつ走行して本件パトカーから逃走しているとき,Cに本件パトカーとC車両との距離を伝え,赤信号を無視する時には左右の確認をし,本件事故現場直前においても,なお本件パトカーの位置を確認しており,Cの運転と一体となって,逃走を容易ならしめて,本件事故を惹起した。
上記のとおり,被告Dには重大な過失及び損害との間の因果関係があることは明らかである。被告Dが積極的にCに運転を持ちかけたのであるから,被告DがCの飲酒運転行為を中止させるための積極的措置を講じない限り,上記因果関係が切断されることはない。
イ 被告県の責任原因
(ア) 本件追跡行為の違法性・因果関係について
a 追跡開始の違法性
E及びFは,C車両のナンバーを確認して,C車両の前に本件パトカーを回り込ませること等により停止させるべきであったところ,後部ナンバープレートを見ることができたにもかかわらず,上記確認及び停止措置をとることを怠った。したがって,本件追跡行為の開始自体が違法である。
b C車両の暴走行為の予見可能性
E及びFは,C車両現認時において,C車両が暴走行為を繰り返す所謂「ローリング族」のものであるとの認識を抱いていたこと,C車両の運転手が飲酒運転を行っているとの疑いを抱いていたことから,C車両が暴走ないし危険運転して自他に危害を生ずるおそれを,本件逃走行為を開始する以前に確実に感得し得たものである。
c 本件事故の予見可能性
本件追跡行為の追跡距離が約4.1キロメートルにも及ぶこと,追跡中のC車両の運転状況が制限速度を上回り赤信号を連続して無視するという無謀なものであったことに照らすと,C車両と交差道路を進行する車両等との衝突事故発生の危険性は,一見して明らかであった。
d 本件追跡行為の必要性がないこと
C車両の極めて特徴的な車体の性格からして,特徴等の無線手配を図ること等は容易であり,上記cの危険を冒してまで追跡行為を継続する必要性は全くなかったものである。
e 違法性のまとめ
上記aないしdの各事情を前提とすると,E及びFは,「緊急マニュアル」にしたがって,追跡行為をしないか,少なくとも追跡を中止すべきであった。衝突事故発生の危険性が明らかであったにもかかわらず,漫然と本件追跡行為を継続した点において,E及びFには,重大な過失があり,国家賠償法1条1項にいう違法がある。
f 因果関係
本件パトカーの違法な本件追跡行為によって本件事故が発生したのであるから,E及びFの違法行為と原告らの被った損害との間には因果関係がある。
(イ) 救護義務違反について
E及びFは,本件追跡行為という先行行為に基づき,条理上亡A3及び亡B3を救護すべき義務を負う。本件事故発生後,亡A3は被害車両の中にいたところ,被害車両が炎上するまでの間には救護するのに十分な時間があり,E及びFは,亡A3を被害車両から救出することが可能であったにもかかわらず,現場付近をさまよったり,立ちすくんだりするだけで,上記義務を怠った。上記義務が果たされていれば,亡A3は,少なくとも焼死という最も悲惨な死に方をすることは免れた。
また,亡B3についても,本件事故後,直ちに救護されることなく漫然と放置されていた。
これは被告県独自の不法行為である。
ウ 損害
(ア) 亡A3に関する損害
逸失利益 5092万7707円
亡A3は,死亡当時18歳の男子である。平成12年賃金センサス男性労働者(学歴計)の基準年収は560万6000円であり,本件事故がなければ67歳まで49年間は就労して収入を得ることができた。上記基準年収を基礎とし,生活費を5割控除し,年利5パーセントにおける49年間のライプニッツ計数(18.169)により中間利息を控除して算定すると,逸失利益は上記金額となる。
死亡慰謝料 3000万円
原告A1及び同A2の固有の慰謝料 各500万円
葬儀費用 150万円
弁護士費用 924万円
(イ) 亡B3に関する損害
逸失利益 4403万0793円
亡B3は,死亡当時20歳の女子である。平成12年賃金センサス女性労働者(学歴計)の基準年収は349万8200円であり,本件事故がなければ67歳まで47年間は就労して収入を得ることができた。上記基準年収を基礎とし,生活費を3割控除し,年利5パーセントにおける47年間のライプニッツ計数(17.981)により中間利息を控除して算定すると,逸失利益は上記金額となる。
死亡慰謝料 3000万円
被害車両損害 107万3520円
レッカー代 6万0165円
原告B1及び同B2の固有の慰謝料 各500万円
葬儀費用 150万円
弁護士費用 866万円
(ウ) 損害に関する結論
a 原告A1及び同A2
亡A3の逸失利益,死亡慰謝料,葬儀費用及び弁護士費用の合計額の2分の1(相続分相当額)に固有の慰謝料500万円を加えた各5083万3853円
b 原告B1及び同B2
亡B3の逸失利益,死亡慰謝料,被害車両損害,レッカー代,葬儀費用及び弁護士費用の合計額の2分の1(相続分相当額)に固有の慰謝料500万円を加えた各4766万2239円
エ C訴訟との関係について
(ア) 加害者側の態様の悪質性及びその結果による事故の悲惨さの程度によっては,慰謝料額に反映される可能性がある。本件事故については,本件パトカーの執拗かつ長時間にわたる追跡行為は,Cの逃走行為を上回る違法な行為であって,少なくとも慰謝料算定の上では,Cを上回る額が認定されるべきである。
(イ) 被告県には,救護義務違反があり,これが果たされていれば亡A3は焼死という死に方は免れたから,慰謝料額の算定においても斟酌されるべきである。
(ウ) C訴訟控訴審判決において認定された損害額は,あくまでC訴訟の第一審当時の証拠に基づく事実に基づいた事実認定でしかなく,C訴訟分離後の被告県及び被告Dに対する弁論において新たに主張された事実に基づくものではない。原告らは,新たに先行行為に基づく救護義務違反を主張しているものであり,これは被告県単独の損害賠償責任が成立しうる事実である。
オ 結論
よって,原告A1及び同A2は,被告らに対し,不法行為に基づき,各5083万3853円及び内4621万3853円(弁護士費用以外分)に対する平成13年12月2日(不法行為日の翌日)から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を,原告B1及び同B2は,被告らに対し,不法行為に基づき,各4766万2239円及び内4333万2239円(弁護士費用以外分)に対する平成13年12月2日(不法行為日の翌日)から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
(2) 被告D
ア 被告Dは,無理矢理Cと運転を交代したことはない。また,被告Dは,Cの暴走行為を促したことも,継続させたことも,煽った事実もない。また,Cの逃走開始当初は,交差点にさしかかる際に周囲を見て声をかけたこともあるが,そのうち,吐き気を催し下を向いていたもので,その後Cは交差点にさしかかる際,自ら減速して左右の車の有無を確認していた。
イ Cの暴走行為は,C独自の判断で開始され,かつ,継続されたものであり,被告Dが暴走行為開始直後に声をかけた行為と本件事故発生との間には因果関係がない。また,被告Dには本件事故発生についての過失は何ら存在しない。
ウ 損害及びその填補について
原告ら主張の損害額は,争う。
Cは,C訴訟で確定した損害額を原告らに支払っているから,原告らに生じた損害は既に填補されている。仮に被告Dが本件事故に基づく損害賠償義務を負うとしても,その賠償額がCのそれを上回ることはあり得ない。
(3) 被告県
ア 国家賠償法上の違法の主張に対する反論
E及びFの本件パトカーによる追跡行為が国家賠償法上違法の評価を受けるのは,当該追跡行為が当該職務を遂行する上で不必要であるか,又は逃走車両の態様及び道路交通状況等から予測される被害発生の具体的危険性の有無及び内容に照らし,追跡の開始・継続若しくは追跡の方法が不相当であることを要するところ,本件追跡行為はこの要件に該当しないから,違法ではない。E,FはC車両のナンバープレートを確認することはできなかった。また,E,Fが追跡行為を行ったのは,C車両の運転者について飲酒運転や薬物使用が疑われたこと,他にも重大な法令違反が疑われたことによるものであって,単にナンバープレートの事だけが問題ではない。さらに,ナンバープレートが確認できたからといって追跡の必要性がなくなるわけではないから,原告らの主張は失当である。
イ 因果関係について
本件パトカーは,C車両と一体となって進行していたものではないから,本件パトカーがC車両を追跡した行為と本件事故との間に因果関係はない。
ウ 救護義務違反の主張について
被害車両は,本件事故発生とほとんど同時に出火,炎上しており,救護することが不可能だったこと,本件事故後,Fは直ちに被害車両の救助に向かい,歩道上に運び上げ,救急車を手配して病院へ搬送していることから,原告らの主張は理由がない。
エ 損害及びその填補について
原告ら主張の損害額は,争う。
Cは,C訴訟で確定した損害額を原告らに支払っているから,原告らに生じた損害は既に填補されている。交通事故によって生ずる損害の慰謝料は,基本的に一つしかなく,加害行為が共同不法行為によるものであっても加害者ごとに慰謝料が変わるべきではない。Cに対する慰謝料額を超える額を被告県に対して認定することはあり得ない。
第3争点に対する判断
1 被告らの責任原因の存否を基礎づける事実関係については,当事者間に争いがあるので,ひとまず措き,損害について先に判断を加える。
(1) C訴訟控訴審判決について
C訴訟控訴審判決において認定された原告らの損害(保険金による損害の填補及び遅延損害金を除く。)の内訳は,下記のとおりである(甲30,丁4)。
ア 逸失利益
(ア) 亡A3について 5092万7707円
(イ) 亡B3について 4403万0793円
イ 慰謝料
(ア) 亡A3,亡B3について 各2000万円
(イ) 原告ら4名の固有の慰謝料 各400万円
ウ 葬儀費用 各150万円
エ 被害車両及びレッカー代(亡B3に関するもの) 113万3685円
オ 弁護士費用
(ア) 原告Aら分 500万円
(イ) 原告Bら分 450万円
C訴訟については,C訴訟控訴審判決に対する上告が棄却され,上告受理申立も受理されなかったことにより,同判決が確定しているのであるから,原告らとCとの間においては,本件事故に関する損害額は確定されたものと認められる。
(2) C訴訟と本件訴訟のそれぞれにおける,原告らの損害の主張と判決において認定された損害の比較
本件は,前提事実記載のとおり,もともとC及び被告らを共同被告として提訴されたものであり,C訴訟の一審において原告らがCに対して主張する損害の内容と,本件において原告らが被告らに対して主張する損害の内容は,その費目ごとの額においても,総額においても同一である。また,原告らが,C訴訟の控訴審において,逸失利益について請求額を拡張し,弁護士費用について請求額を減縮した結果,原告らの総請求額は減少しているが,慰謝料については一審における請求額の主張を維持しており,C訴訟控訴審判決は,弁護士費用も含め,全ての損害の費目につき,原告らの請求額以下の額しか認定していない(甲30,丁4)。
(3) C訴訟控訴審判決において認定された損害額と,本件訴訟において認定すべき損害額との関係について
ア 逸失利益,葬儀費用,被害車両及びレッカー代について
本件において原告らが賠償を求める損害のうち,逸失利益,葬儀費用,被害車両及びレッカー代については,Cに対する請求と被告らに対する請求とで認定すべき金額が異なることはおよそ考え難く,C訴訟控訴審判決において認定された逸失利益,葬儀費用,被害車両及びレッカー代は,責任原因が認定された場合に被告らに対して認定すべき損害額としても相当であると認められる。
イ 慰謝料について
(ア) 原告らが賠償を求める慰謝料は,いずれも本件事故により亡A3及び亡B3が死亡したことによる精神的苦痛に対する損害であるから,損害の程度について同一の事実関係を前提とする限り,共同不法行為者の関係に立つ加害者毎に請求しうる慰謝料額が異なることは,後記のような特段の事情のない限りありえないと解すべきである。したがって,原告ら主張にかかる被告D及び被告県の責任原因に関する事実関係の存否は,原告らの被った損害の認定に影響を与えないというべきである。原告らのこの点に関する主張は失当である。
なお,救護義務違反に関する原告ら主張にかかるE及びFの行為の存否は,これが国家賠償法1条1項にいう違法を構成するという限度においては直ちに失当であるとは断定できないものの,その行為に起因する損害として主張されているのは,亡A3及び亡B3が死亡したことによる精神的苦痛である。そうすると,上記救護義務違反の主張は,責任原因として被告県独自のものがある旨主張するに過ぎず,仮にそのような責任原因が認められた場合であっても,被告県とCとは共同不法行為者の関係に立つのであって,Cと全く関係のない不法行為が成立するものと解することはできないから,Cとは別個に被告県単独の損害賠償責任が成立するとの原告らの主張は,失当である。
(イ) しかしながら,本件からC訴訟を分離した結果,損害の程度に関する両訴訟の証拠関係が異なることがありえ,これにより損害の程度に関する事実認定が異なる可能性があり,ひいては慰謝料額に影響を与える余地も皆無ではないので,以下検討する。
a 亡B3について
救護義務が履行されたか否かによって,亡B3の死亡態様が異なることについての具体的な主張はないから,C訴訟控訴審判決において認定された慰謝料額に影響を与える事情が存在するとは認められない。
なお,原告らは亡B3が本件事故後,救護されることなく漫然と放置された旨主張するが,仮にこのような事情が認められるとしても,C訴訟控訴審判決よりも慰謝料額を増大させるべきであるとは認められない。
b 亡A3について
原告らは,E及びFが救護義務を果たしていれば,少なくとも亡A3が焼死という最も悲惨な死に方をすることは免れた旨主張するが,C訴訟控訴審判決においても,亡A3が焼死した事実を前提に損害を認定しているのであるから(甲30,丁4),原告らの主張は失当である。
C訴訟の分離後,原告らは,原告A2及び同B2の陳述書を提出し(甲35及び36),当裁判所は,同各原告の本人を採用して尋問をしたが(同各原告の本人尋問の結果),C訴訟分離後のこれらの各証拠を検討しても,C訴訟控訴審判決よりも慰謝料額を増大させるべき事情があるとは認められない。また,C訴訟分離後に本件訴訟において提出されたその余の証拠も,損害の程度に影響を与えるものとは認められない。
さらに,原告らは,被告県が死体検案書について証拠改鼠ともいうべき行為を行い,救護義務違反を隠蔽しようとした旨を指摘するが,このような事情の有無は救護義務違反という責任原因の存否の認定に影響を与えるものではあっても,損害の程度について影響を与えるものということはできない。
したがって,C訴訟控訴審判決において認定された慰謝料は,本訴において被告らに対する責任原因が認定された場合に認定すべき慰謝料としても相当であると認められる。
ウ 弁護士費用について
上記のとおり,本件において原告が被った損害の額が,弁護士費用を除き,いずれもC訴訟控訴審判決において認定された損害額よりも大きいとは認められないから,これらの損害については既に填補されているものと認められる。
そうすると,被告らに対してC訴訟控訴審判決でCに対して賠償を命じられた額以外に新たに認容すべき損害は認められないから,C訴訟分離後の弁護士費用についても,認容すべき余地はない。
2 結論
したがって,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの主張は理由がないことに帰するから,原告らの請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,65条1項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 辻次郎 裁判官 杉本宏之 裁判官 進藤光慶)