長野地方裁判所 平成14年(行ウ)4号 判決 2004年6月18日
主文
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,長野県に対し,連帯して171万円及びこれに対する平成12年5月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,原告らが,長野県議会議員である被告らによるアメリカ合衆国視察には公務性がなく違法であるとして,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下,特に断らない限り,単に「地方自治法」という。)242条の2第1項4号後段に基づき,長野県に代位して,被告らに対し,連帯して171万円(一人あたり28万5000円)及びこれに対する公金の支出日の翌日である平成12年5月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を長野県に支払うよう求める事案である。
2 基礎となる事実(証拠を付さない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
原告らは,いずれも長野県の住民である(弁論の全趣旨)。
被告Y1(以下「被告Y1」という。),同Y2(以下「被告Y2」という。),同Y3(以下「被告Y3」という。),同Y4(以下「被告Y4」という。),同Y5(以下「被告Y5」という。)は,いずれも長野県議会議員である。
Z(以下「Z」という。)は,平成12年3月23日県議会議長に就任し,平成13年3月22日の任期満了までその職にあった者である。
(2) 「○○祭り親善交流」の計画及び実施
ア 長野さくらの会は,財団法人日本さくらの会と連携を深め,国花であるさくらを愛する精神を広く県民に普及させ,長野県の緑化の推進に努めるとともに,さくらを通じて国際親善に寄与することを目的として設立された民間団体である。
長野さくらの会においては,Zは専務理事,被告Y1は理事,同Y3は理事兼事務局長,同Y2,同Y4及び同Y5はいずれも評議員の地位にある。
イ 長野さくらの会は,平成12年2月23日,「○○祭り親善交流」(以下「本件親善交流」という。)を計画し,長野県林務部を経由して長野県議会議長あてに本件親善交流への被告ら及びZの6名の県議会議員の派遣を依頼した。
同月24日,被告ら及びZは長野県議会議長あてに「各種団体推薦」という制度を利用して,「海外行政視察」の名目で「海外行政視察実施計画書」を提出した。
長野県議会議長は,同年3月17日,議会運営委員会の承認を受けた上で,被告ら及びZの議員派遣を承認した。
ウ 本件親善交流の参加者は,合計26名であり,被告ら及びZは,同年4月1日,それぞれ長野県内を出発し,千葉県成田市に1泊した後,翌2日から11日までの10日間の日程で本件親善交流に参加した。被告Y1,同Y3,同Y4,同Y5及びZは,それぞれ家族同伴で参加した。
(3) 公金支出
長野県は,同月20日,本件親善交流の費用を,農林水産業費の予備費から支出する決定をし,同年5月2日,議員1人あたり28万5000円,被告ら及びZのために合計171万円の公金を支出した(以下「本件公金支出」という。)。
(4) 住民監査請求
原告らは,平成14年3月18日,長野県監査委員に対し,地方自治法242条1項に基づき,本件親善交流に関する住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。
長野県監査委員は,同月27日,本件監査請求が当該支出の日から1年を経過していることを理由として,受理できない旨の通知をした。
第3 争点
1 監査請求期間制限(地方自治法242条2項)の適用の有無,「正当な理由」(同条項ただし書)の有無(本案前の主張)
2 本件親善交流に対する公金支出の違法性の有無(本案の主張)
第4 争点に対する当事者の主張
1 争点1(本案前の主張)について
(被告らの主張)
(1) 地方自治法242条2項の適用の有無
本件親善交流自体は犯罪などの違法行為を構成するものではなく,本件訴えでは,かかる視察に伴う財務会計上の支出行為が財務会計法規に違反して違法であるかどうかが問題となるのであって,怠る事実に係るものではないから,当該行為のあった日を基準として地方自治法242条2項の監査請求期間の制限が適用されるべきである。
そして,本件監査請求は,原告らが問題とする公金支出があった平成12年3月末から1年以上を経過した平成14年3月18日にされたものであり,本件訴えは適法な監査請求を経たものとはいえないから不適法である。
(2) 「正当な理由」(同法242条2項ただし書)の有無
以下の各事情に鑑みれば,本件監査請求につき,原告らが問題とする公金支出があった日から1年を経過したことについて何ら正当な理由は存在せず,本件訴えは適法な住民監査請求を経ていないものとして不適法である。
ア 長野県議会が管理している公文書については,平成11年10月1日以降,情報公開の対象とされた(長野県情報公開条例附則2項)。そして,本件親善交流については,平成12年3月17日に開催された議会運営委員会において,「各種団体推薦による議員の海外渡航について」という事項で協議事項とされ,了承された。したがって,このときに議会運営委員会の議事録を公文書公開条例に基づいて公開を求めれば,県民の誰でも,本件親善交流の詳細を知ることが可能であった。
イ 議会運営委員会は,ほぼ毎回,多数の報道関係者が取材に訪れる中で開催されている上,当日の会議資料もすべて傍聴人や報道関係者に配布されている。
ウ 本件公金支出についての予備費の充当や支出負担行為は,必要な手続に則り,適正に処理されており,住民が長野県公文書公開条例に基づく公文書公開請求を行えば,容易に関係文書の公開を受けて,視察の内容を知ることができる関係にあったのであり,秘密裡に実施されたものではない。
エ 長野県においては,平成8年と同9年に,本件親善交流と同様の各種団体推薦により,ワシントン桜友好親善視察団を派遣していたものであり,この派遣が平成12年にも実施されることになったのが本件親善交流である。よって,桜の咲くころに議員が友好親善の目的のためにワシントンに派遣されることは,マスメディアを通じて公知の事実となっており,県民であれば当然に知り得た事柄であった。
オ 本件親善交流の事実は,被告Y3の平成13年1月2日の後援会ニュースや同Y5の同年1月の後援会ニュース,さらに,県政会だより及び長野さくらの会会報において大きく報道されている。
カ 平成12年10月11日にアメリカ側の○○祭り実行委員会の親善使節団25名が来日し,長野さくらの会の案内のもとに,長野市,松本市,塩尻市,四賀村,穂高町等,長野県内を回り,長野県民との友好親善を深めたことも,信濃毎日新聞,中日新聞,読売新聞等で写真入りで大きく報道されたほか,同使節団が回った各地の地方紙(長野日報,松本市民タイムス)等にも,同様に大きく報道された。
キ 原告らの多くは,長野県民オンブズマンと称する任意団体に属しており,当然,常日ごろから県議会議員の海外視察には関心がある立場の住民であり,本件親善交流についても知ることができたはずである。
(原告らの主張)
(1) 地方自治法242条2項の適用の有無
本件訴えは,地方自治法242条の2第1項4号後段に規定する怠る事実に係る相手方である被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求である。すなわち,任意団体にすぎない長野さくらの会に対し,全く公益目的がないにもかかわらず,同会の役員である被告らが,長野県議会議長に自らを本件親善交流に派遣して欲しいと要請し,公金を支出させたものであって,公金の流用ないしは詐取にも等しいものでその違法性を極めて強く,被告らの行為は不法行為に該当する。そして,本件監査請求は,長野県の公金が流用又は詐取されたに等しいにもかかわらず,長野県が被告らに対する損害賠償請求権を行使しないで,長野県の財産の管理を怠っていることを理由に行ったものであり,本件監査請求の監査を遂げるためには,被告らの行為が不法行為法上違法の評価を受けるものであること及びそれにより長野県に支出相当額の損害が発生したことを確定しさえすれば足りるのであるから,特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならないという関係にはない。この場合,怠る事実については,怠る事実が継続している限り,期間制限の起算点となる「当該行為のあった日又は終わった日」(同法242条2項)を観念することができない以上,本件監査請求について同法242条2項の適用はない。
(2) 「正当な理由」(同法242条2項但書)の有無
以下の各事情に鑑みれば,仮に本件監査請求に地方自治法242条2項の適用があるとしても,同項ただし書の「正当な理由」があるから,本件訴えは適法である。
ア 本件公金支出は,通常支出される長野県議会事務局ではなく林務部森林保全課の予算から支出されており,しかも平成12年度一般会計予備費から林務部所管の農林水産業費に予備費が充当されるという手続がされ,その後,林務部森林保全課から支出されるという手続が取られている。このような予備費は林務部予算の支出項目に計上されないから,外部から認識できず,秘密裏に処理されたと同視できる手続であった。
イ 上記アの手続で本件公金支出をした関係書類(甲4ないし6)や旅行の訪問記録(甲7)は,林務部森林保全課が保管する文書扱いになっているため,一般人が長野県議会事務局に公文書公開請求をしても,県議会事務局には予算に関する文書がないとして非公開とされることになる。そして,被告らが県議会議員の地位にある以上,住民が被告らの海外旅行に関する関係書類が長野県議会に存在すると信じるのはやむを得ないところであるから,本件公金支出や本件親善交流の内容を認識することは困難であった。
ウ 予備費の支出は決算書で初めて知り得るところ,決算書は,通常翌年2月議会の認定を受け,議会終了後に県報に公示されて県民に公表されるから,県民が平成12年度○○祭り親善交流旅費171万円が予備費として支出されている事実を知り得るのは,早くとも県報に決算書が公示された平成14年3月25日以降であり,本件監査請求日当時には,未だ決算書が県報に公示されていなかったことになる。
エ 被告らは,長野さくらの会会報や被告らの後援会ニュースなどを見れば,本件親善交流の事実を容易に知り得たと主張するが,これのみでは本件公金支出が違法であることについて監査請求をするに足りる程度に判明するわけではない上,これらの資料は一般県民が容易に入手できるものではないから,「正当な理由」(地方自治法242条2項)を基礎付ける事実にはなり得ない。
2 争点2(本案の主張)について
(原告らの主張)
(1) 公金支出の違法性
被告ら及びZの6名が参加した本件親善交流の目的は,民間団体の親善交流として企画された私的なものである。また,被告ら及びZの6名は長野さくらの会の役員を兼ねており,長野県議会議長に対して自らの派遣要請をして,それに基づき自ら派遣されるという公私混同をしている。
上記のような被告ら及びZの本件親善交流に対する公金の支出は,公務性が認められないものであるから,地方自治法2条14項,同法232条1項,地方財政法3条1項,同法4条1項に違反する。そして,長野県の予算の執行者である知事及びその権限を委任されている支出担当者は,上記法令に従って支出することが義務付けられており,裁量権を有している場合でもその裁量の範囲を逸脱すれば,裁量権の濫用として違法となる。
したがって,公益目的が欠如する本件親善交流に対して公金を支出することは違法である。
(2) 違法な公金支出に関する被告らの故意・過失
被告らは,本件親善交流が地方自治法等の法令で定める公務とは到底言えず,そのための費用を公金から支出すべきではないと認識していたにもかかわらず,あえて本件親善交流を共同して実施したものであり,長野県に損害を与えることについて認識していた。
仮にこれを認識していなかったとしても,被告らは,職務上当然に費用を公金から支出すべきでないと認識すべきであったにもかかわらず,漫然とその義務を怠り本件親善交流を実施しており,本件公金支出について共同の過失がある。
(3) 損害額
上記被告らの故意又は過失による不法行為に基づき長野県に生じた損害額は171万円であり,これに対する遅延損害金の起算日は,公金支出の最終支払日の翌日である平成12年5月3日である。
(4) まとめ
以上より,被告らは,長野県に対し,連帯して171万円の損害賠償金及びこれに対する遅延損害金を支払うべき義務を負担している。
第5 当裁判所の判断
1 争点1(監査請求期間徒過についての正当理由の存否)について
(1) 証拠(甲1ないし8,11の1ないし3,12,13,乙11,15ないし17)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告らが平成13年11月16日に県議会事務局に対し公文書公開請求をしたところ,平成13年12月10日に,平成12年2月24日付け林務部長作成の県議会議長あて「○○祭り親善交流視察団への議員の派遺について(進達)」(甲1),同日付け被告ら及びZ作成の長野県議会議長あて「海外行政視察実施計画書」(甲2),同年3月17日付け長野県議会議長作成の長野さくらの会長あて(林務部森林保全課経由)「○○祭り親善交流視察団への議員の派遣について(通知)」(甲3),被告らそれぞれに係る旅行命令(依頼)・概算請求票・精算請求(甲11の1),外国旅行旅費算出表(甲11の2),旅費算出内訳(甲11の3)の各文書が公開された。
上記「○○祭り親善交流視察団への議員の派遣について(進達)」(甲1)には,平成12年2月23日付け長野さくらの会(会長A)作成の長野県議会議長あて(長野県林務部経由)「○○祭り親善交流視察団への議員の派遣について(依頼)」と題する文書が添付されており,そこには,本件親善交流に派遣する議員として被告ら及びZの6名の氏名,派遣期間(平成12年4月1日から同月11日まで)のほか,その期間中の詳細な日程が記載されている。
上記「海外行政視察実施計画書」(甲2)には,上記「○○祭り親善交流視察団への議員の派遣について(通達)」(甲1)よりもさらに詳細な日程が記載されている。
上記被告らそれぞれに係る旅行命令(依頼)・概算請求票・精算請求等(甲11の1ないし3)には,所属が森林保全課であること,本件親善交流のための公金支出が議員1人あたり28万5000円であること,その内訳や計算方法等が記載されている。(甲1ないし3,11の1ないし3,弁論の全趣旨)
イ 原告らは,平成14年3月18日,本件親善交流は,私的な目的が極めて濃く公務性に乏しいものであるのに,そのために議員を派遣し,「視察団」と称してあたかも議員の視察であるかのような名目を与えて本件公金支出をしていることは違法不当であること,林務部森林保全課が本件公金支出の手続処理を行っており,議会事務局ではなく林務部の予算から本件公金支出がされていると考えられる点が極めて不明朗な取扱いであること等を主張して,監査委員が知事に対し,被告ら及びZに本件公金支出に係る旅費全額を長野県に返還するよう請求することを勧告するよう求めて本件監査請求をした。
本件監査請求に係る長野県職員措置請求書には,上記「○○祭り親善交流視察団への議員の派遣について(進達)」(甲1),「海外行政視察実施計画書」(甲2),「○○祭り親善交流視察団への議員の派遣について(通知)」(甲3),被告らそれぞれに係る旅行命令(依頼)・概算請求票・精算請求等(甲11の1ないし3)のほか,長野さくらの会作成の「○○祭り親善交流ワシントン訪問の記録」(甲7)が添付されていた。この「○○祭り親善交流ワシントン訪問の記録」(甲7)は,被告らが記載した本件親善交流の内容や感想等が掲載されているものであり,原告らが本件監査請求の直前に内部関係者から入手したものであった。(甲7,8,弁論の全趣旨)
ウ 平成14年3月25日,長野県の平成12年度決算書が県報に告示された。(乙16,17,弁論の全趣旨)
エ 原告らは,平成14年3月29日,長野県林務部森林保全課の所轄文書につき公文書公開請求をしたところ,同年4月15日,予備費充当申請書,予備費充当決定通知書,支出負担行為決議書,支出命令書等の文書が公開された。(甲4ないし7,12,13,弁論の全趣旨)
オ 長野さくらの会会報や,平成12年度長野さくらの会通常総会資料には,本件親善交流に関する記事が掲載されている。(乙11,15)。
(2) 地方自治法242条2項の適用の有無について
原告らは,本件訴えは,地方自治法242条の2第1項4号後段に規定する怠る事実に係る相手方である被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求であると主張している。怠る事実に係る監査請求については,原則として期間制限の規定(地方自治法242条2項本文)の適用はないが,普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして地方自治法242条1項の規定による住民監査請求があった場合に,上記監査請求が,当該普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法不当であるとし,当該行為が違法無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるときは,当該監査請求については,上記怠る事実に係る請求権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2項の規定を適用すべきである(最高裁判所昭和62年2月20日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁)。もっとも,監査委員が怠る事実の監査を遂げるためには,特定の財務会計上の行為の存否,内容等について検討しなければならないとしても,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にはない場合には,当該怠る事実を対象としてされた監査請求は,これに同条2項の規定を適用すべきものではない(最高裁判所平成14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁)。
そこで本件監査請求について検討すると,上記(1)で認定のとおり,原告らは,本件監査請求にあたり,本件親善交流は私的な目的が強く公務性に乏しいものであるのに,議員の視察であるかのような名目を与えて本件公金支出をしていることは違法不当であること,議会事務局ではなく林務部の予算から本件公金支出がされていると考えられる点が不明朗であること等を主張して,監査委員が知事に対し,被告ら及びZに本件公金支出に係る旅費全額を長野県に返還するよう請求することを勧告するよう求めている。このように,本件監査請求において,原告らは,長野県知事に対し被告らの不法行為により発生した損害賠償請求権を行使することを求めているのではなく本件公金支出に係る旅費の「返還」を求めており,本件公金支出という財務会計上の行為の違法不当を主張しているものと解されるし,本件訴えにおいても,原告らは,上記のとおり本件公金支出が地方自治法2条14項,同法232条1項,地方財政法3条1項,同法4条1項といった財務会計法規に違反する旨主張している。また,上記(1)及び第2の2の認定事実からすれば,本件公金支出は,本件親善交流の詳細な日程等が明らかにされた上で,承認等の手続が履践され実行されたものと認められ,原告らは,不法行為の要件事実である被告らの故意又は過失,違法性,損害との間の相当因果関係等を具体的に主張しないのであるから,不法行為により公金を支出させたものということはできない。そうすると,本件監査請求の対象事項としては,本件公金支出という財務会計上の行為の違法が問題とされているのみであって,長野県が被告らに対して有する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠る事実が含まれていると解することはできないというべきである。
したがって,仮に,本件監査請求が違法に財産の管理を怠る事実をも対象にしていると解する余地があったとしても,それは普通地方公共団体の財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法不当であるとし,当該行為が違法無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものにすぎないと解され,本件監査請求について監査請求期間制限の規定(地方自治法242条2項)が適用されることとなる。
(3) 「正当な理由」(地方自治法242条2項ただし書)の有無について
地方自治法242条2項本文は,監査請求の期間を同条1項に規定する財務会計行為のあった日又は終わった日から1年と規定しているが,当該財務会計行為の存在及び内容が地方公共団体の住民に秘匿され,監査請求期間内に監査請求をすることができない場合等にまで,上記規定を適用することは相当でないことから,同法242条2項但書は,監査請求期間内に監査請求をすることができない「正当な理由」があるときにはその例外を認め,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後であっても,普通地方公共団体の住民が監査請求をすることができるようにしている。そこで,上記「正当な理由」の有無は,当該行為が秘密裡にされた場合に限らず,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて当該財務会計行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものと解される(最高裁判所平成14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。
上記(1)で認定のとおり,原告らは,平成13年12月10日,公文書公開請求により,「○○祭り親善交流視察団への議員の派遣について(進達)」(甲1),「海外行政視察実施計画書」(甲2),「○○祭り親善交流視察団への議員の派遣について(通知)」(甲3),被告らそれぞれに係る旅行命令(依頼)・概算請求票・精算請求(甲11の1),外国旅行旅費算出表(甲11の2),旅費算出内訳(甲11の3)の各文書の公開を受け,これらの文書を実際に入手しており,その記載内容を見れば,被告らの氏名,本件親善交流の詳細な日程等の具体的内容,本件公金支出の合計金額及び議員一人あたりの金額,本件親善交流及び本件公金支出に関する諸手続を長野県林務部森林保全課が行っていたことなどが判明するのであるから,原告らは,この時点で,監査請求をすることが可能な程度に本件公金支出の内容を知ることができたものと認められるもので,実際にも,上記(1)のとおり,原告らは,主にこれらの文書を添付した上で本件監査請求をしているのである。そして,原告らは,本件公金支出の存在及び内容を知ることができたと解される上記平成13年12月10日から3か月以上が経過した平成14年3月18日に本件監査請求をしているが,この監査請求をするために多大な準備期間を必要とするものということはできず,平成13年12月10日から相当な期間内に監査請求をしたものと認めることはできない。したがって,原告らが監査請求期間を徒過したことについて「正当な理由」(地方自治法242条2項但書)があるとは認められず,本件訴えは,監査請求期間の徒過(同条項本文)により不適法である。
これに対し,原告らは,本件公金支出は,通常の場合と異なり林務部森林保全課の予算から支出されている上,平成12年度一般会計予備費から林務部所管の農林水産業費に予備費が充当されるという手続がされているため,その内容を認識することは困難であったと主張するが,上記のとおり本件親善交流及び本件公金支出に関する諸手続を長野県林務部森林保全課が行っていたことは,平成13年12月10日の公文書公開により判明したものであるし,予備費が充当されていることについては,原告らが予備費充当決定通知書等の公文書公開を受けた平成14年4月15日よりも前である同年3月18日に実際に本件監査請求をしていることに鑑みれば,これが監査請求を行うために不可欠な情報であるとまで認めることはできず,上記原告らの主張は理由がない。また,原告らは,住民が本件親善交流のための旅費171万円が予備費として支出されている事実を知り得るのは,早くとも決算書が県報に公示された同月25日以降であると主張するが,原告らがそれよりも前に現実に監査請求を行っている以上,同月25日以降にならなければ本件公金支出の存在及び内容を知り得なかったということはできず,上記原告らの主張も理由がない。
第6 結論
以上の次第で,本件訴えは,その余の点を判断するまでもなく,いずれも不適法であるからこれを却下することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して主文のとおり判決する。