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長野地方裁判所 平成15年(わ)142号 判決 2004年3月17日

主文

被告人を懲役4年6月に処する。

未決勾留日数中230日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成15年4月25日午前3時5分ころ,長野県上水内郡・・・先の降雨のために湿潤した左方に湾曲するトンネル内道路を,A村方面からB市方面に向かい,その進行を制御することが困難な時速約90ないし100キロメートルの高速度で普通乗用自動車を走行させたことにより,自車を道路の湾曲に応じて進行させることができず,左転把した際に自車前輪を滑走させて自車を対向車線に進出させ,折から対向進行してきたC(当時58歳)運転の普通貨物自動車(軽四輪)前部に自車左側部を衝突させ,よって,同人に頭部・胸部挫傷の傷害を負わせ,同日午前4時40分ころ,同人を長野市大字鶴賀西鶴賀町1570番地所在の長野中央病院において同傷害により死亡させ,自車同乗者D(当時20歳)に不治の高次脳機能障害残存の後遺症を伴うびまん性脳損傷及び全治約2か月間を要する腹腔内出血,膀胱破裂の傷害を,同E(当時20歳)に全治約326日間を要する外傷性食道破裂,骨盤骨折,右橈骨骨折,肺挫傷の傷害を,同F(当時20歳)に加療約6週間を要する骨盤骨折の傷害を,同G(当時20歳)に加療約2週間を要する頭部切創,右上腕部・大腿部挫傷の傷害をそれぞれ負わせたものである。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は,被告人が犯行当時,進行を制御することが困難な高速度で自車を走行させているとの認識を有しておらず,危険運転の故意がなかったので,危険運転致死傷罪が成立せず,被告人の行為は業務上過失致死傷罪が成立するにとどまると主張し,被告人も概ねこれに沿う供述をしているので,以下検討する。

1  前掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。

①  本件事故現場の道路状況

ア 本件事故現場は,A村から,その東方に位置するB市内に向かって概ね東西に延びる国道・・・号線上のH随道(以下「本件トンネル」という。)内の道路であり,片側1車線の対面通行となっており,車線幅は片側約3.0メートルで,全幅員約6.0メートルであり,道路中央にセンターラインとして白色実線が標示され,車道両側には高さ約25センチメートルの段差によって区分された約0.9メートルの管理通路が設けられている。本件トンネル内の道路の最高速度は法定の時速60キロメートルである。

イ 本件トンネルは,本件事故時に被告人が進行したA村(西側)からB市内(東側)に向かう走行道路から見ると,A村側(西側)のトンネル出入口(以下「西側入口」という。)付近から左方(北方向)にカーブしており,その曲率半径は約273.6メートルで,1.73パーセントの緩い上り勾配となっている。また,本件トンネルの西側入口からB市内側(東側)出入口(以下「東側出口」という。)までの距離は約200メートルであり,西側入口から約142メートルの地点が本件事故現場である。

ウ 本件トンネル内の路面はコンクリートで舗装されており,本件事故当時,降雨のため湿潤していた。湿潤時の本件トンネル内の路面の摩擦係数は,0.30ないし0.42(湿潤時の衝突地点付近の路面の摩擦係数は0.35)と計測されており,摩擦係数0.30のもとでの限界旋回速度は,時速約102キロメートルと計算される。

②  本件事故の態様

ア 被告人が運転していた普通乗用自動車(日産キューブ。以下「被告人車両」という。)は,車両重量1140キログラム,車幅167センチメートル,車両全長373センチメートル,高さ165センチメートルであり,運転者である被告人のほか,助手席にG,後部座席右側にF,同中央にD,同左側にEが乗車していた。

イ 被害者Cが運転していた軽四輪の普通貨物自動車(以下「被害車両」という。)は,車両重量840キログラム,車幅139センチメートル,車両全長329センチメートル,高さ186センチメートルであり,運転者である被害者Cのみが乗車していた。

ウ 本件事故当時,被告人は,本件トンネル内を,A村(西側)からB市内(東側)に向かって被告人車両を運転し,西側入口から数十メートル進行した地点で,カーブの角度がそれまでよりもきつくなるように感じてハンドルを左に切り足したところ,被告人車両の車輪がスリップしたので,アクセルペダルから足を離したが,被告人車両が車体前部を進行方向から見て左(北)に向けながら進路前方(東)に滑走したため,被告人は,車体の体勢を立て直そうとハンドルを右に切った。この時,被告人は,数十メートル前方に,B市内(東側)からA村(西側)に向けて対向車線を進行する被害車両を発見したが,被告人車両は前輪がスリップして制御不能となり,車体が時計回りに回転した状態となって,車体前面を右側(南側)に,車体左側面を進路前方(東側)に向けながら,進路前方(東)方向に滑走し,対向車線に逆走する形で進入し,西側入口から約142メートル付近の地点で,被告人車両左側面と,対向車線を走行していた被害車両前面とが衝突したが,その衝突の角度は,被告人車両の左側面を被害車両に対し,垂直の位置から約20度被告人車両の左前側を進行方向(東側)に向けたものであり,被害車両の前面の左端が被告人車両左側面の中央部と衝突したものとみられる。

エ 被害車両は,本件トンネル東側出口から約52.7メートルの被害車両走行車線付近に,車体前部を西方向に向けて停止し,被告人車両は,被害車両を飛び越えた状態で,被害車両の東側の対向車線(被害車両走行車線)の約5.9メートル(運転席同士の距離)離れた位置付近に,車体前部を北東方向に向けて停止した。

本件事故現場には,停止した被告人車両及び被害車両の周囲の西側入口寄りを中心に,約13.5メートルの範囲にわたってガラス片が散乱し,対向車線側の管理通路縁石及びトンネル内側壁には,被告人車両で生じさせたと認められる擦過痕が,被害車両の最終停止位置付近に印象されていた。高さ約25センチメートルの管理通路縁石に印象された擦過痕は,長さ約3.1メートルであり,トンネル内側壁の擦過痕は,縁石の擦過痕の東端に連続するように,路面から高さ約78センチメートル(西側)の位置から,斜め上方に向けて,人の高さよりも高い,高さ約208センチメートル(東側)にかけて,長さ約3.9メートルにわたって直線的に印象されていた。

オ 本件事故により,被告人車両は,左ウィンドガラスが全部分破損し,車体左側面は深いところでは約20センチメートルの深さに凹損したほか,フロントバンパー右側部が凹損し,リアバンパー右側後部の角が擦過しており,右前輪及び左前輪はいずれも空気が抜け,左後輪及び右後輪も曲損し,自力走行不能となった。被害車両は,車体前部の全面にわたって大きく凹損して,フロントガラスが全部破損し,屋根部まで凹損するなど大破し,自力走行不能となった。

カ 以上のような各車両の停止状況及び損壊状況並びに擦過痕からすれば,被告人車両は,被害車両と衝突後,車体左側面で被害車両の前面を押し戻し,車体前部右側が高さ約25センチメートル,幅約90センチメートルの管理通路に乗り上げて,車体右前部及び車体右後部等を対向車線側のトンネル内側壁に擦り,車体を高さ約208センチメートルの地点に擦過痕を生じさせるまでに持ち上げて,トンネル内側壁と押し戻した被害車両の間を被害車両の上を越えて,対向車線内に落下して停止したと推測される。

キ 本件事故により,被害者Cは,被害車両前部が押し潰されたため運転席に下半身を挟まれ,意識不明の状態で救出されたが,判示のとおり,本件事故の約1時間35分後,頭部・胸部挫傷により死亡が確認された。被告人車両に乗車していた同乗者4名についても判示の傷害をそれぞれ負った。

ク 被告人自身当公判廷において,速度が速かったこと以外に制御不能となった理由を何ら述べておらず,被告人が,被告人車両の進行を制御することが不能となった原因は,被告人の高速運転にある。

以上のとおり認められる。

2  被告人の走行速度について

まず,本件事故当時の被告人車両の走行速度について検討する。

①  被告人は,検察官に対する供述調書においては,時速約100キロメートルで走行させたことを認めているが,当公判廷において,その走行速度について,時速約85キロメートル程度であり,検察官から,「時速100キロメートル以上出ていないと,スリップしない。」旨言われ,時速100キロメートルで走行させたと述べた旨供述している。

②  そこで,検討すると,被告人車両は,被告人がアクセルペダルから足を離した後,緩い上り勾配の道路を,被告人の実況見分における指示によれば約78.6メートルも滑走していながら,被害車両に衝突しただけでは停止できず,トンネル内側壁に路面から高さ約78センチメートル(西側)から高さ約208センチメートル(東側)の範囲にかけて擦過痕を印象するほどに車体を持ち上げ,被害車両を越えて落下し,ようやく停止に至ったものであり,また,被害車両の破損の激しさは,被告人車両との衝突による衝撃の大きさを如実に示している。

また,被告人の自認するところでは,被告人車両の走行速度が時速85キロメートル前後であることを確認してから約275メートルの間,アクセルを踏み続けており,「逆にアクセルを踏み続けているので,時速100キロメートルくらいは出ていたのではないかと思います。」,「私自身,感覚的に,時速100キロメートルを超え時速110~120キロメートルもの高速が出ていたとは思いません。」との検察官に対する供述は,その供述をした当時の被告人の速度感覚を述べたものとして十分に信用できるのであって,被告人自身の運転中の認識は,時速100キロメートル程度であったものと認められる。

③  一方,前記認定によれば,被告人は,ハンドルを少し左に切りながら本件トンネル内を進行している途中で,カーブの角度がそれまでよりもきつくなるように感じて,ハンドルをさらに左に切り足し,そのときにスリップし始めたというのであるから,被告人車両の走行速度が限界旋回速度として計算された時速約102キロメートルに満たなくても,車輪がスリップすることもあり得るというべきである。

④  そうすると,本件事故当時,被告人車両の走行速度が限界旋回速度に近い時速100キロメートルに確実に達していたかについては,なお合理的な疑いを入れる余地があるとしても,被告人が速度計を確認した際の時速約85キロメートルよりも加速した速度であると考えられるから,少なくとも時速90ないし100キロメートルの高速度で走行させたことは優に認められるというべきである。

3  ここで,被告人の危険運転致死傷罪の故意の存否について検討する。

①  本件における危険運転致死傷罪の故意が認められるには,四輪以上の自動車を走行させる者が,「進行を制御することが困難な高速度」で自動車を走行させることを認識することを要するが,主観的にその速度が進行制御困難な高速度であると判断することを要するものではなく,速度が速過ぎるため,客観的には道路状況に応じて自動車の進行を制御することが困難な高速度で走行させた場合には,その道路状況とその高速度についての認識があれば足りるというべきである。

②  前記認定によれば,被告人は,左方にカーブした本件トンネル内の湿潤した道路において,最高速度の時速60キロメートルをはるかに超える時速90ないし100キロメートルの高速度で被告人車両を走行させた上,現実に被告人車両の進行を制御することが困難な程度を超えて,制御不能となって前記のように戦慄すべき本件事故を惹起させたものであり,その進行を制御することが不能となった理由が高速度走行にあると認められるから,被告人に「進行を制御することが困難な高速度」で被告人車両を走行させたことについて故意があることが推認されるところである。

③  そして,被告人は,捜査段階において,本件道路は,「片側1車線の道路で,幅員が比較的狭く,私は,ややセンターライン寄りに位置を取ってキューブを運転していました。」,「トンネルを入ってから,路面が濡れていることもはっきり分かって,前方の左カーブが曲がりきれるかなと心配にはなりました。しかし,センターラインを越えて対向車線に入れば,曲がりきれると思いました。」旨述べているところ,これは,被告人車両の助手席にいたGが,被告人がスピードを上げてから道路の中央寄りを走っていき,本件トンネル内の左カーブをセンターラインをオーバーするようにふくらんで走っていた旨供述しているところと一致し,十分信用できるというべきである。

④  弁護人は,被告人の前記供述について,被告人が当初から意図的にセンターラインを越えようとして走行させた旨述べたものであるとの理解を前提に不自然な供述である旨主張するが,被告人の前記供述は,本件事故当時,本件トンネル内の道路状況の下で,そのままの走行速度で走行させれば,遠心力により車体がセンターラインを越えてしまうこともありうると予想していたが,対向車両がないと考えていたため危険とは思わなかったというものと理解すべきであって,特に不自然な点は見受けられない。

⑤  このように,被告人は,被告人車両の走行速度が,最高速度をはるかに超える速度であって,左方にカーブし,路面が湿潤した本件トンネルを自車線内をはみ出すことなく走行させることが困難な速度,すなわち,道路状況に応じて自動車の「進行を制御することが困難な高速度」であるとの認識を有していたことが認められるから,被告人にその故意があることが優に認められるところである。

4  なお,弁護人の主張に鑑み,さらに詳細な検討をする。

①  まず,被告人の当日の行動を前掲証拠によって検討する。

ア 被告人は,平成15年4月25日午前2時過ぎころ,被告人車両に中学時代の同級生である前記4名を同乗させて運転し,B市内(東側)からA方面(西側)へと向かって国道・・・号線を走行させた。その際,被告人は,本件道路を運転するのは初めてであった上,山間道路でカーブが連続しており,雨も降り出していたため,時速30ないし40キロメートル程度で走行させていた。

被告人車両は,4輪駆動と前輪駆動を切り替えることができるものであったが,被告人は,前輪駆動のままで走行させていた。

イ 被告人がAへ向かって走行させている途中,Dが被告人に対し,コンビニエンスストアのトイレに行きたいと訴えた。被告人は,A村方面へ向けての運転を継続しながらコンビニエンスストアを探したが見つからず,A村に入り,それ以上先に走行させてもコンビニエンスストアは見つからないと考えたため,B市内に向けて引き返すことにし,A村内で転回すると,往路とほぼ同様の経路でB市内に向かって走行させた。

ウ 被告人は,A村方面(西側)からB市内方面(東側)に向かい引き返し始めた当初も,時速約40キロメートル程度で走行させていたが,Iトンネルの約60メートル手前の道路を進行する際,同所の道路幅が広くカーブも緩かったこと,Dがトイレに行きたいとさらに切実に訴えたことなどから,加速を開始した。

エ 被告人は,加速しながら,Iトンネル,Jトンネルを順次通過し,本件トンネル西側入口の約211メートル手前を進行する際,本件トンネル内の道路が左方(北方向)にカーブしていることを認め,その際,自車の速度計で時速85キロメートル前後の速度が出ていることを確認したが,アクセルペダルを軽く踏み続けたまま,減速はしなかった。

オ 被告人は,本件トンネルの西側入口の数十メートル手前を進行する際,本件トンネルの進行車線の幅がそれまでよりも狭いことを認め,また,本件トンネルに進入直後ころには,本件トンネル内の道路が降雨のため濡れていることを認めたが,アクセルペダルを軽く踏み続けたまま,減速はせず,左に少しハンドルを切りながら進行し,前記のような本件事故に至った。

以上のとおり認められる。

②  弁護人は,被告人が本件トンネルの直前に走行させたJトンネルを走行する車両が一般的に高速であり,Jトンネル出口付近においては,時速90キロメートル程度で走行することは常態化していると見ることができ,この箇所においてこの程度の速度では制御困難な高速度ではないとの認識を一般ドライバーが共有していると主張する。

確かに,弁護人作成の報告書及び証人山崎泰正の当公判廷における供述によれば,雨天でなく,路面が湿潤していない際の測定として,夜間JトンネルのB市側出口付近をB市方面に向かって進行する車両17台を弁護士山崎泰正がスピードガンで測定した結果では,平均車速が時速79.6キロメートルであり,時速90キロメートル以上の車両が6台に達したと認められるが,前掲証拠によれば,Jトンネルは,車道幅員が7メートル(片側では3.5メートル)あり,その両側に0.25メートルずつの路肩部分とその南側に1.0メートル,北側に1.7メートルの歩道部分があるという広い道路である上,そのB市側出口付近においては直線状であることが認められるから,本件トンネルとは全く異なり,速度を出しやすい道路といえるのであり,路面が湿潤していない場合には高速度になることも不自然ではない。

③  そこで,本件トンネルを進行する車両の一般的速度について検討する。

前掲証拠によれば,本件事故時と同様に降雨により路面が湿潤した状態の日の夜間,本件トンネル内の道路を被告人と同様にA村方面からB市内方面に向かって進行する車両30台の速度について,警察官が測定したところ,平均時速は時速53.3キロメートルで,11台は時速40ないし49キロメートル,11台は時速50ないし59キロメートル,7台は時速60ないし69キロメートル,1台は時速81キロメートルと計測されたことが認められるところ,本件の捜査の過程において,本件トンネルを5回くらい運転した証人Kも,本件トンネルは法定速度である時速60キロメートルを維持して走ることは困難な道路である旨述べ,被害者Cの義弟である証人Lは,本件事故現場付近の道路は通勤の際に数え切れないほど通っているところ,Iトンネル,Jトンネルはスピードを出しやすいが,本件トンネルに進入する際には,何となく危ない感じがするので,特に急がないときには,時速40ないし50キロメートルくらいで走る旨述べ,被害者Cの長男である証人Mも,本件事故現場付近の道路を8年ほど通勤に利用しているところ,Jトンネルではオーバースピード気味になるが,同トンネルを出た後は減速し,本件トンネルでは,普段は時速50ないし60キロメートル程度の速度で走行させる旨述べているのであって,一般の車両運転者は,本件トンネルを走行させるときには時速50ないし60キロメートル程度にまで減速することが認められ,雨天の走行においては,さらに速度を減じることが認められる。

弁護人は,本件トンネル内を走行する車速の測定結果は,西側入口の南側の旧道に警察車両を停車して行い,測定対象車両の運転者に速度違反車両を検挙しているのではないかという心理的圧迫を加えた上で測定されたものであって,平時の走行速度としては意味をなさないと主張するが,前掲証拠によれば,速度測定に使用された車両は普通一般の車両である上,最高速度が60キロメートル毎時の道路において,時速40キロメートル台で進行する車両が3分の1以上の11台あったことが認められることからすれば,測定対象車両の運転者が速度違反の検挙を想定してあえて減速したものとは考え難い。

④  以上の検討によれば,本件トンネルを進行する一般車両運転者は,Jトンネルとは全く異なって法定速度内で走行させていることが明らかであって,運転免許を取得した者の通常の認識力からすれば,本件トンネルを時速90ないし100キロメートルで走行させることが,極めて危険な走行であることは容易に認識し得るものといえるところ,被告人は,本件トンネルを事故の以前に,B市方面からA村方面に向かって運転し,そのトンネルの状態を十分認識した後,再度,本件トンネルを逆方向から走行させたものであることが認められるのであり,本件トンネル内の道路状況を誤認したものとは言えないから,被告人が,道路状況に応じて自動車の「進行を制御することが困難な高速度」であるとの認識を有していたとの認定に合理的な疑いをいれる余地はない。

5  以上によれば,被告人が,道路状況に応じて自動車の「進行を制御することが困難な高速度」で被告人車両を走行させていることを認識しながら,本件トンネルをその進行を制御することが困難な時速約90ないし100キロメートルの高速度で被告人車両を走行させたことにより,本件事故を起こし,被害者Cを死亡させ,同乗者に傷害を負わせたと認められ,被告人には危険運転致死傷罪が成立することに疑いの余地はない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中,Cに対する危険運転致死は刑法208条の2第1項後段(致死の場合)に,その余の判示被害者に対する危険運転致傷はいずれも同項後段(致傷の場合)にそれぞれ該当するが,これは1個の行為が5個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として最も重い危険運転致死罪の刑で処断することとし,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役4年6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中230日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,被告人が普通乗用自動車を運転し,中学時代の同級生らとのドライブの帰路に,降雨のため湿潤した左方にカーブするトンネル内の道路を自車の進行を制御することが困難な時速90ないし100キロメートルの高速度で走行させて走行の自由を失い,自車を対向車線に滑走させて,対向車両に激突させ,判示のとおり,対向車両の運転者を死亡させ,自車の同乗者4名に判示傷害を負わせた事案である。

本件事故態様をみると,被告人は,被告人車両を運転中,雨で路面が濡れていたにもかかわらず,左方にカーブした狭いトンネル内の道路を,最高速度を時速30キロメートル以上も上回る,時速約90ないし100キロメートルの高速度で走行させたために前輪が滑走して制御不能となった自車を対向車線に横向きに滑走・進入させて,対向車線内を進行していた被害車両に激突させたが,被告人車両はそれだけでは停止することができずに,被害車両を押し戻しながらトンネルの側壁づたいに車体を持ち上げ,被害車両を越えてその被告人走行方向側に落下することによってようやく停止するに至ったものであって,その事故態様や押し潰された被害車両の損傷の程度には戦慄を覚えさせるものがある。

被告人は,本件事故当時,日常的に自動車を運転するようになってから1か月程度,その間の走行距離は1200キロメートル程度であって,運転経験が豊富とはいえないにもかかわらず,自己の運転技術を過信し,雨のため路面が湿潤していた上,車線幅が狭く,左方にカーブした見通しの悪い本件トンネル内の道路を,一般的な車両が法定速度の時速60キロメートル以下で進行するのにかかわらず,時速約90ないし100キロメートルもの高速度で運転したのであって,極めて危険かつ無謀な運転行為というほかない。

本件事故により,被害車両を運転していた被害者Cは,押しつぶされた運転席に挟まれた悲惨な状況から救出されるも間もなく死亡するに至ったものであって,自車の走行車線内を進行し,何ら落ち度がなかったにもかかわらず,突如として生命を奪われた同人の無念さは想像するに余りある。また,一家の大黒柱を失い,経営していた店舗を閉めざるを得なかった同人の遺族に対してもこの上ない悲嘆の情を与えているのであって,遺族の心痛は甚大である。そして,被告人の法廷供述を聞いた遺族は,被告人が法廷で述べていることを納得できず,不満を述べており,その被害感情には厳しいものがある。さらに,被告人運転車両の同乗者も4名全員が負傷し,特にうち1名は,回復見込みのない全般的知的機能・注意機能低下が生じるなど,脳に重篤な後遺症を残すこととなって,就職後間もなかった勤務先を解雇されるに至っており,他の3名にも全治約326日間ないし加療約2週間を要する傷害を負わせているのであって,1名の尊い人命を奪い,前途有為な若者の将来を傷つけた本件事故の結果は誠に重大である。

以上の事情を総合すると,被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。

他方,被告人車両の任意保険によって,被害者Cの遺族に対して全額賠償がなされる見込みがあること,被告人が高速度で走行させた動機は,同乗者がコンビニエンスストアのトイレに行きたいと訴え,それに応えようと本件トンネル前の比較的幅の広い道路で加速したまま走行させたものであって,享楽目的で高速度運転をしたものとはいえないこと,傷害を負った被害者4名はいずれも被告人の高速度運転に異を唱えずに被告人車両に好意同乗していた者であり,2名については示談が成立し,傷害結果の重い2名についても被告人車両の任意保険によって1人3000万円を限度とする賠償が見込まれるほか,傷害を負った被害者又はその家族が被告人の処罰を望んではいない旨述べていること,被告人が走行速度などについては不合理な弁解を述べるものの,被害者Cの遺族や傷害を負った被害者らに謝罪の手紙を書くなどして反省の情を示していること,被告人は本件犯行当時20歳と若年であって前科がないこと,被告人の父親が今後の監督を誓っていることなど被告人のために有利に斟酌すべき事情も認められるので,これらの事情を総合考慮して,主文のとおり量刑する。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役5年6月)

(裁判長裁判官 青木正良 裁判官 桂木正樹 裁判官 山下博司)

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