長野地方裁判所 平成15年(ワ)395号 判決 2004年7月12日
原告
甲野太郎
同
甲野花子
上記両名訴訟代理人弁護士
藤良寛
被告
戸隠村
同代表者村長
横川欣一
同訴訟代理人弁護士
坂東克彦
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、原告らに対し、各自2500万円及びこれに対する平成14年12月20日から支払済みに至るまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は、甲野次郎(次郎)が被告の経営する戸隠スキー場(本件スキー場)内のメノウコースをスノーボードで滑走中、コース外に転落して死亡した事故(本件事故)について、次郎の両親である原告らが、被告に対し、次郎の上記死亡事故は被告が本件スキー場に設置した工作物の設置保存に瑕疵があるとして損害賠償を求めた事案であり、被告は、本件スキー場が設置した工作物の設置保存に瑕疵はないとして、これを争っている。
1 争いのない事実等
(1) 次郎は、平成14年12月20日、死亡し、同人の権利を同人の父母である原告甲野太郎(原告太郎)及び原告甲野花子(原告花子)がそれぞれ2分の1ずつ相続した(甲1)。
(2) 被告は、本件スキー場を経営管理している。
2 原告の主張
(1) 本件事故
ア 日時 平成14年12月20日午前10時30分頃
イ 場所 本件スキー場メノウコース(本件コース)
ウ 態様 次郎は、本件コースにおいて、スノーボードで滑走中、同コース下方に向かって左側に、同コースに沿って設置されている防護ネットを支える木製丸太支柱(18本設置されている支柱のうち、下から3本目のものを指し、以下「本件支柱」という。)に衝突し、衝突箇所付近のネットが破けて本件コース外に転落し、頭蓋骨骨折、肋骨骨折、脳挫傷、頚椎脱臼等の多発外傷の傷害により死亡した(甲2、3)。
(2) 責任原因
本件支柱は、被告が経営管理する土地の工作物である本件スキー場施設の一部を構成するものであり、本件支柱も被告が占有管理する土地の工作物である。そして本件支柱は木製丸太が使用されているところ、直径約13センチメートルの太さがあり、容易に倒れないように地中に埋められて強固に固定されている。また本件コースの内外を画する境界に沿って本件コースの直近外側に設置されている。とすれば、スキーヤーなどが本件支柱に衝突することがあり得ることは容易に予見できる。また衝突すれば本件支柱の性状から重大な結果が発生することは容易に予見できる。したがって、スキー場側は、衝突による危険の発生を回避するために必要な措置を講じる義務があり、本件においては、本件支柱に相当程度の厚さのマットを巻き付けておくなど衝突による危険発生を回避出来る程度の適切な衝突緩和のための方策をすべきであるところ、本件支柱には何らこのような方策はなされておらず、剥き出しのままであった。したがって、本件コースには土地の工作物の設置、保存に瑕疵があると言わなければならない。
(3) 本件事故による次郎に生じた損害
ア 逸失利益 5994万0148円
次郎は、本件事故当時、信州大学工学部電気電子工学科4年に在学中であり、平成15年4月からは株式会社電装テクノに就職が内定していた。したがって、平成14年度大学卒業男子の平均賃金674万4700円を基礎とし、生活費控除率50%、22歳から67歳までの労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数17.7740を乗じて算定すると、674万4700円×(1−0.5)×17.7740=5994万0148円となる。
イ 慰謝料 2000万0000円
ウ 葬儀費用等 243万5546円
(内訳)
遺体搬送費 21万0056円
葬儀費 112万2975円
通夜供養費 80万2515円
お布施 30万0000円
エ 弁護士費用 823万0000円
オ 合計 9060万5694円
よって、次郎に生じた損害について、原告太郎が4664万5620円、原告花子が4396万0074円を各相続することになる。
(4) よって、原告らは、被告に対し、損害賠償の一部として、請求の趣旨記載の判決を求める。
3 被告の主張
(1) 次郎の本件事故による死亡は、目撃者がいないが、事故当日の戸隠スキー場パトロール日誌(乙5)及び事故証明書(乙6)などによると、事故当時の天候は濃霧で視界が殆どきかず、斜面は硬い状態であった。
また、次郎の死亡届記載の受傷状況(甲3)から見ても、本件事故当時、次郎のスノーボードはかなりのスピードが出ていたものと思われる。
(2) 次郎が衝突した本件支柱は、滑走中、明らかに俯瞰(フカン)できる位置に設置されており、その周囲が広々としていることに照らせば、通常の能力を有する滑走者ならば、これとの衝突を容易に避けて滑走できるものであるから、被告に本件支柱の設置ないし管理上の不注意はない。したがって、被告にネット支柱に衝突緩和のためのマットなどを巻く義務はない。
4 争点
本件スキー場における施設管理の瑕疵の有無
第3 争点に対する判断
1 スキー場の事故におけるスキーヤー及びスノーボーダー(スキーヤー等)とスキー場経営者の危険分担
スキー及びスノーボード(スキー等)は、雪崩、沢への転落、転倒及び立木、リフト支柱、他のスキーヤー等との衝突などの危険を内包している性質を有しているため、その行動のルールとして、国際スキー連盟(FIS)のルールである「安全と行動」(乙7の1)や国内スキー等安全基準(乙9)が定められている。また、スキー等は、山の自然の地勢を利用したスポーツであり、滑走面の状況、スキーヤー等の滑走技量ないし熟練度、滑走態様、滑走速度、気象条件等に応じてその危険の程度が様々であるとしても、その性質上、高度の危険を伴うスポーツであるため、スキー等において、どのような注意配分をし、滑走コースを選択し、速度を調節するかは、当該スキーヤー等の自由な判断に委ねられており、その判断に基づき、コース状況と自己の技量に応じて斜面を滑走することを本質とするものである。したがって、スキーヤー等はスキー等そのものに内在する危険を十分承知しているものと認められ、スキー等滑走に伴う具体的危険については、当該スキーヤー等自身の責任において危険を予見回避するなどの安全管理を行い、自己の技量に応じた滑走をすることに努めるべきである。
他方、スキー場を経営し、あるいはスキー場のリフトを管理する者(スキー場経営者等)は、スキーヤー等を滑走に適した滑走斜面の上部に運送し、スキーヤー等を上記のとおり危険を内包する滑走面に誘導する以上、スキーヤー等が自身で甘受すべき程度を越えた危険に遭遇することの内容、現実のスキーヤー等の利用状況、積雪状況、滑走面の状況等を考慮の上、スキーヤー等の安全を確保すべき義務があるというべきである。したがって、スキー場経営者等が不注意によりその義務を尽くさず、スキーヤー等が自身において負担すべき程度を越えた危険に遭遇して死亡した場合には、スキー場経営者等は債務不履行ないし不法行為責任を負うものである。
以上から、スキー等滑走時に当該スキーヤー等が本来的に甘受すべき危険の範囲か否かは、当該スキー等事故の態様、結果、当該スキー等事故がスキー等滑走時において通常伴う程度のものか否か、スキーヤー等についてスキー等滑走時に要求される一般的、原則的ルールの遵守の有無、程度、スキー場経営者等による当該事故現場の管理状況等を考慮して個別具体的に判断すべきである。
2 上記のとおり、スキー等事故におけるスキーヤー等とスキー場経営者の危険分担を背景として、本件事故における事故原因を検討すると、証拠(甲1ないし5、乙1ないし36、文書送付嘱託の結果、証人乙山春男、同梅田晃尚及び同原山隆司の各証言)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件スキー場の形状は、パンフレット等(乙1ないし3)のとおりであり、瑪瑙山(1748メートル)及び怪無山(1549メートル)に全18コースを開設し、10基のリフトが設置されている。怪無山の山頂からは主として中級者ないし上級者程度の斜度のコースが設置され、瑪瑙山の山頂からは主として初級者ないし中級者程度の斜度のコースが設置され、本件コースもこの中に含まれている。
(2) 本件スキー場の経営等は、管理運営計画書に基づいてなされており、安全管理責任者としては、被告の観光課長が充てられている(乙29)。また、本件スキー場における利用者の心得などを掲示して、利用者の安全に配慮している(乙12ないし14)。さらにパトロール(乙5)や音声アナウンス(乙30)などを通じて霧などの気象条件に応じた利用者の安全を呼びかけている。
(3) 本件コースの概要は、写真(乙28)のとおりであり、全長約1500メートル、平均斜度10度の難易度が中程度の滑走コースである。平成4年ないし5年頃、本件事故現場から60ないし70メートル程度離れたところでコースアウトしたスキーヤーが立木に衝突し、さらに滑落した死亡事故が発生したことから、被告の事務所とパトロール隊との間で事故防止のための検討がなされ、本件事故現場に危険標識としてネットを張るようになった。当初は竹のポールにネットを張っていたが、強風により飛ばされたりしたため、平成11年から、長さ4メートルのカラマツ材を用いた上、重機を用いて固定支柱とした(乙4)。そして、積雪が多くなり、ネットが見えにくくなる頃には、さらに内側に竹ポールを支えにしたネットを別に張るようにしている。
(4) 本件コースの延べ利用者数は、本件スキー場の第6クワットリフト利用者の半数が本件コースを利用したと仮定しても平成14年のシーズンで約24万人もの人々が滑っており、しかも上記ネットが設置されてからのこの5年間で計算すると延べ約120万人の利用者があることになる。
(5) 次郎のスノーボード歴は3年程度であった。また、以前にも後輩の乙山春男(乙山)と一緒に本件スキー場に滑りに来たこともあった。
(6) 本件事故当日、本件スキー場の視界は、霧のため、頂上付近では2ないし3メートル程度しかなく、途中(乙28の写真⑧参照)でも10メートル程度の視界であり、さらに本件事故現場を経てその下方(乙28の写真file_3.jpg)になるとずっと視界が開けている状況であった。また、斜面は、圧雪車できれいに整備されて、雪は硬くしまった状態であった。
(7) 次郎は、本件事故当時、信州大学工学部の学生であり、本件事故当日、同級生の丙川夏男(丙川)及び乙山と3人で本件スキー場にスノーボードに出かけた。丙川が車を運転し、次郎及び乙山を拾う形で午前7時30分頃に長野市から本件スキー場に出かけ、途中のコンビニエンスストアで朝食を済ませて、本件スキー場には午前8時30分頃に到着した。次郎と丙川は、前日サークルの忘年会に参加し、寝不足であった。本件スキー場の白樺コースを五回程度3人で滑った後、次郎と乙山は、本件コースを一緒に滑ることにした。乙山が先に滑って後から次郎が追いかける形で本件コースを一度滑走した。その後、次郎と乙山は、一緒にリフトに乗り、再び本件コースを滑ることにした。乙山は、途中の幅が狭いところ(甲28の写真⑧)までは後ろから次郎がついてきていることを確認したが、その後は一気に下まで滑走した。その後、乙山は、リフト乗り場で10分程度次郎を待ったが、次郎が現れないので、何かあったと思い、リフトに乗って本件コースを再度次郎を捜しながら滑走したところ、本件コースの端に手袋が落ちていたので、その付近を見たところ、次郎が本件コースを外れて転落しているのを発見した。乙山は、近くを滑走していた第三者にレスキュー隊を呼んで貰い、その後、レスキュー隊により次郎は引き揚げられ、病院に運ばれたが、亡くなった。
(8) 次郎は、本件事故において、本件支柱に衝突したことは明らかではない。本件支柱に次郎の血痕が付着していたとの事実は不明であり、また、ネットが破れていた事実はあるが、本件事故によるものか否かは判然としていない。
3 以上の事実を認めることができる。とすると、被告の本件コースの支柱の管理については、本件コースの難易度、支柱の位置及び本件コースの利用者数等に照らしても、被告に支柱にマットなどの衝突緩和のための方策を講じるまでの義務はないから、本件コースの工作物の設置保存に瑕疵があったものと認めることはできない。他方、次郎のスノーボード歴、次郎は本件コースを何度か滑走していると認められること、次郎が本件事故当時、体調が十分でなかったことを窺わせる事実等に照らし、本件事故原因が主として次郎の技量及び健康管理等に問題あったことは否めない。
結局のところ、本件事故の原因は、未だ判然としない点もあるが、少なくとも、原告らが主張するような本件コースの支柱等の設置の瑕疵ではないことは明らかである。
4 結論
よって、その余の事実を認定判断するまでもなく、原告らの主張はいずれも理由がない。
(裁判官・杉本宏之)