長野地方裁判所 平成17年(モ)232号 決定 2005年11月24日
長野県中野市●●●
申立人(原告)
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上記訴訟代理人弁護士
徳竹一臣
東京都目黒区三田一丁目6番21号 アルト伊藤ビル
相手方(被告)
GEコンシューマー・ファイナンス株式会社
上記代表者代表取締役
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上記訴訟代理人弁護士
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同
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主文
相手方は,本決定が確定した日から10日以内に貸金業の規制等に関する法律第19条(帳簿の備え付け)に基づき申立人につき作成された帳簿を当裁判所に提出せよ。
理由
1 申立人の主張
(1) 文書の表示
貸金業の規制等に関する法律(貸金業法)第19条(帳簿の備え付け)に基づき申立人につき作成された帳簿
(2) 文書の趣旨
原告と被告の間の貸付及び弁済状況
(3) 文書の所持者
被告
(4) 証明すべき事実
原告と被告間の取引状況が訴状添付の利息計算書記載の通りであること。
(5) 文書提出義務の原因
民訴法220条2号,3号,4号
(6) 文書提出命令の必要性
原告と被告の間の取引は長期にわたるが,原告の手許には領収書類等が一部しかなく,取引状況を立証するためには原告につき作成された貸金業法19条の業務帳簿が不可欠である。原告は被告に対し取引経過の全面開示を平成16年12月8日付の通知書で請求したが,被告は一部しか開示しない。
2 相手方の主張
(1) 申立人の請求では,文書の種別,作成者,作成日付,標題などが明らかにされておらず,文書の表示として不適法である。
(2) 申立人の請求では,文書の所持者として,文書が相手方の手許に存在する事情が明らかにされていないから不適法である。
(3) 原告の訴状添付の別紙計算書の前提となる取引経過は誤りで,申立人主張の「証明すべき事実」は明らかに虚偽であるから,申立人の請求は不適法である。
(4) 文書提出義務の原因として,民訴法220条2号,3号を原因とする場合には文書提出義務の原因としてその根拠となる事実を明示する必要がある。同条4号を原因とする場合には少なくとも「申立人において除外文書のいずれにも当たらないことを概括的に主張する。」ことが必要である。しかしながら,申立人はこうした文書提出義務の根拠となる事実を主張していないから,不適法である。
(5) 訴え提起からさかのぼって10年前より以前に発生した不当利得返還請求権は時効により消滅するから,10年前より前の取引履歴は取調べの必要性を欠く。
(6) 申立人と相手方の取引履歴はすでに相手方から申立人に交付している文書で明らかであり,本件申立ては当事者主義の観点からいっても安易に認められるべきでない。
(7) 相手方は平成15年1月から10月までの間,10年を経過した取引履歴を消去する方針をとっていたため,平成5年9月以前の取引履歴を所持していない。相手方は株式会社ワンビシアーカイブズに委託し,平成5年9月以前の取引履歴の記録されたカートリッジテープは廃棄しており,申立人が提出を求める文書のうち平成5年9月以前のものは存在しない。
(8) 申立人は相手方に対して貸金業法19条の帳簿につき引渡,閲覧請求権を有していないから,民訴法220条2号に当たらない。
(9) 貸金業法19条の帳簿は貸金業法上の義務の遂行及び原告に対する貸付けの残高の確認を行うというもっぱら相手方自身の事務手続のために作成されたものであるから,民訴法220条3号前段に当たらない。
(10) 貸金業法19条の帳簿は相手方が貸金業法上の業務の遂行及び貸付の残高の確認を行うという事務手続きのために作成されたものに過ぎず,もっぱら相手方自身による事実関係の把握のための文書であるから,申立人と相手方の法律関係につき作成されたものではなく,民訴法220条3号後段に当たらない。
(11) 貸金業法19条の帳簿は民訴法220条4号ニの自己使用文書に当たる。
3 当裁判所の判断
(1) 貸金業法19条の帳簿は,貸金業者と借主との間の金銭消費貸借契約について作成されたものであるから,民訴法220条3号後段の法律関係文書に当たる。相手方は,貸金業法19条の帳簿は貸金業法上の業務の遂行及び申立人に対する貸付けの残高の確認を行うというもっぱら相手方自身の事務手続のために作成されたものであるから法律関係文書に当たらないと主張するが,「長期間にわたって貸付と弁済が繰り返された場合には,特に不注意な債務者でなくても,交付を受けた17条書面等の一部を紛失することはあり得るものというべきであり,貸金業法及び施行規則は,そのような場合も想定した上で,貸金業者に対し,同法17条1項及び18条1項所定の事項を記載した業務帳簿の作成・備付け義務を負わせたものと解される。」(最高裁平成16年(受)第965号平成17年7月19日判決参照)から,相手方の主張は採用できない。
(2) 相手方は,平成5年9月以前の取引履歴を記録したカートリッジテープを廃棄したから,同月以前の貸金業法19条の業務帳簿は存在しないと主張するので検討する。
相手方提出の疎明資料(疎乙4,5,6の1ないし10,7ないし9)によれば,相手方は平成15年1月に株式会社ワンビシアーカイブズとの間でデータデリート処理業務委託契約を締結して相手方の所有するカートリッジテープの廃棄を同社に委託し,同年1月に271本の,同年2月に593本の,同年3月以降9月まで各月6本のカートリッジテープが廃棄されたこと,同年1月に廃棄したカートリッジテープには昭和54年9月分から平成5年1月分までの,同年2月に廃棄したカートリッジテープには平成2年1月分から平成5年2月分までのデータが含まれていることが認められる。そして,相手方が10年経ったデータを廃棄する方針をとっていたと主張していること等に鑑みると,同年3月以降9月までに廃棄したカートリッジテープには,各月の10年前の応当月まで,すなわち平成5年3月から9月までのデータが含まれていると考えられる。
しかしながら,上記事実は上記の年月のデータを記録したカートリッジテープが廃棄されたことを意味するだけで,相手方がデータそのものを所持していないことまで意味するわけではない。かなり以前から膨大な記憶容量を有するコンピューターが普及しており,平成15年当時までカートリッジテープのみで顧客データを記録していたとは信じがたいところ,相手方も別件(名古屋高裁平成16年(ラ)第385号)では,取引履歴のうちの一部はいったん大容量のハードディスクに保存されるが,その一部は常に13か月経過すると自動的に消去され,その余はカートリッジテープを廃棄したのと同時に10年前より前のデータを上書きにより消去したといった主張をし(疎甲7),本件でもこれを援用している(平成17年11月2日付け意見書2)。しかしながら,自動消去との主張に関しては,相手方は別件(東京高裁平成15年(ラ)第1727号)では,平成15年1月1日以降は10年を経過した取引履歴がコンピューターから自動的に消除されるシステムをとっていると主張していた(疎甲5)のを,本件では10年を経過した取引履歴を記録したカートリッジテープを廃棄したと主張を変遷させており,したがって,13か月で自動消去されるとの主張も信用できない。また,上書きにより消去したとの主張は,上書きによって新たに保存されることになったデータの内容や,大容量のハードディスクなのにあえて上書消去せねばならない理由などが主張されておらず,これも信じがたい。加えて,たとえ,10年前より前のデータであっても顧客の信用状況等を知るうえで有用であるといえ,前記のとおり,膨大な記憶容量を有するコンピューターの普及により大量のデータの保持にさほどのコストもかからなくなっていることを併せ考慮すると,貸金業者が10年程度の期間でそれ以前の顧客に関するデータを破棄してしまうといったことは信じがたいこと,相手方がデータを破棄したという平成15年頃には本件の基本事件と同様な過払金請求事件等が各地の裁判所に係属しており,そうした状況で仮に真に10年前より前のデータを破棄したとすれば,それは証拠の隠滅と評価されても仕方のない行為であり保護に値しないこと等を考慮すると,相手方は平成5年9月以前の貸金業法19条の業務帳簿をも所持していると認められる。
(3) 以下,相手方の主張する点につき必要に応じて検討する。
ア 貸金業法19条に定める帳簿は,貸金業者が作成することが法によって義務づけられているもので,債務者ごとに法や政令で定められる事項が記載されているから,改めて,申立人において,文書の種別,作成者,作成日付,標題などを記載しなくとも,上記1(1)程度の記載で自ずと明らかであるというべきである。よって,申立てにかかる文書の表示は適法である。
イ 上記のとおり,貸金業法19条に定める帳簿は貸金業者が作成することが法によって義務づけられているから,上記の文書の表示により,文書が相手方の手許に存在する事情も明らかにされているといえる。
ウ 原告主張の「証明すべき事実」は明らかに虚偽であるとは認められない。
エ 貸金業法19条に定める帳簿は内容や性質が法定されているから,上記の文書の表示のみで,民訴法220条3号に当たることの根拠となる事実が明らかにされているといえる。
オ 本件の基本事件のような長期間にわたって貸借が繰り返された場合における過払金請求では,訴え提起から10年前より前の貸借が現時点における過払金の有無や額に影響を与えることがあり得るから,訴え提起から10年前より前の取引履歴に関する証拠も取調べの必要がないとはいえない。
カ 前記のとおり,長期間にわたって貸付と弁済が繰り返された場合には,特に不注意な債務者でなくても,交付を受けた貸金業法17条書面等の一部を紛失することはあり得るものというべきであるから,申立人に17条書面等が必ず交付されていたとしても,文書提出命令を求めることが当事者主義に背馳するとはいえない。
(4) なお,相手方は平成5年10月27日以降の取引履歴を開示しているが(基本事件乙5),申立人においてこれが真実であるかを確認する必要性がないとはいえないから,同日以降の分も含めて,申立人につき作成された貸金業法19条の帳簿のすべてが文書提出命令の対象となる。
(5) 以上によれば,本件申立ては理由がある。
(裁判官 宮永忠明)