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長野地方裁判所 平成17年(ワ)194号 判決 2007年12月04日

原告

A野太郎

上記訴訟代理人弁護士

中嶌知文

中嶌実香

被告

信濃輸送株式会社

上記代表者代表取締役

丸山繁夫

上記訴訟代理人弁護士

青木寛文

主文

一  被告は、原告に対し、三九七一万五一五一円及びこれに対する平成一五年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、四〇三七万五一五一円及びこれに対する平成一五年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  原告は被告の従業員としてトラック運転の業務に従事していた者であるが、本件は、原告が腰椎間板ヘルニア、腰部脊柱狭窄の傷害を負ったのは、被告が原告に課した労働が過重であったことに原因があるなどとして、雇用契約上の安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求したものである。

二  前提事実

(1)  被告は自動車運送事業等を業とする株式会社である。原告は、昭和三八年一一月二二日生の男性で、平成九年九月二三日に被告に入社したが、平成一五年九月二〇日に退社した。

(2)  原告には被告に入社する前に腰痛、ヘルニア等の既往症はなかった。

(3)  原告は、平成一一年七月一九日午前七時三〇分ころ、埼玉県越谷市所在の被告取引先の荷物卸場において、荷卸し作業中に腰に激痛を感じた。

(4)  原告は、以下の通り入通院治療を受け、平成一四年七月三一日に症状固定した。

ア NTT病院

平成一一年七月二二日から八月二〇日まで通院(治療実日数四日)

イ 長野市民病院

平成一一年八月二六日から平成一四年七月三一日まで通院(治療実日数八三日以上)

平成一二年一一月八日から一二月一〇日まで入院

(5)  原告は、椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄の後遺障害を負い、平成一四年一〇月三〇日、長野労働基準監督署から「神経系統の機能または精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」として労災等級九級七の二の労災認定を受けた。

(6)  原告は、次の通り、労働災害補償保険法に基づく給付を受けた。

ア 平成一一年七月二二日から平成一四年七月三一日の間の休業補償給付として保険給付額八〇九万九四四〇円、特別支給金額二六九万九四四八円。

イ 障害補償給付として、保険給付額(一時金)四八六万四八二二円、特別支給金(定額)五〇万円、特別支給金(一時金)三五万四六三七円。

(7)  原告の被告における勤務形態は概ね次のようなものである。なお、原告が運転したのは全長一二mくらいの一〇t積みの大型トラックで、運転や荷積み・荷卸しはいずれも原告一人で行い、補助者が付いたりすることはなかった。

ア 原告は金曜日の午前八時に、長野県千曲市にあるMK精工で、日曜日に出発する川口便の荷物をトラックに積み込む。次に、長野市篠ノ井の諏訪倉庫に行き、MK精工関連の荷積みをし、最後に長野県信濃町のMK精工関連事業部で荷積みをする。積み込む荷物は時期によって若干異なるが、米びつ(品名キャビー)一三〇箱(一箱二五kg、五五cm四方で高さ一・二五m)などで、米びつが一三〇箱に満たないときは、シューズボックス二〇箱などを積み込んだりする。原告は午後五時頃、長野市の被告の事業所に戻り帰宅する。

イ 土曜日は休みとなる。

ウ 原告は日曜日の午後九時に被告の事業所に出勤する。冬季には約三〇分、夏季には約一五分のトラックの暖機運転をし、翌朝の渋滞を避けるため、午後九時五五分ころトラックを運転して出発する。行き先は日によって異なることもあるが、八〇%くらいは埼玉県川口市のMK精工関東販売である。走行距離が三〇〇kmを超えていないので、高速道路の使用は認められていなかった。

エ 原告は月曜日の午前二時三五分ころに川口市に到着する。MK精工関東販売の到着時刻は午前七時三〇分とされており、原告はMK精工関東販売の開門時刻の午前七時までMK精工関東販売の門のすぐ横の路上にトラックを停めて待機し、午前七時以降、MK精工関東販売の構内でトラックを停めて待機する。午前八時三〇分から一時間一〇分程度かけて荷卸しをする。

午前九時四〇分に川口市のMK精工関東販売を出発し、午前一一時五分に横浜の日本精糖に到着し、三〇kgの砂糖の袋一五〇個ほかを積み込む。午前一一時四〇分ころ長野に向けて出発し、午後六時ころ長野市の被告の事業所に到着する。

オ 原告は火曜日の午前六時三五分ころ前日に運搬した砂糖等を載せたままのトラックで長野昭和商事株式会社長野支店に行き、荷卸しの準備をした後、仮眠をして、午前八時頃から九時頃まで荷卸しをする。その後、長野県千曲市のMK精工、長野市篠ノ井の諏訪倉庫、長野県信濃町のMK精工オート関連事業部に順に行ってそれぞれ二時間くらいかけて荷積みをし、自宅に戻って待機する。

原告は午後九時五五分ころ被告の事業所を出発して、翌水曜日の午前二時三五分頃川口市のMK精工関東販売に到着する。茨城県の鹿島市に行くこともある。また、大阪に行くこともあり、その場合は午後七時三〇分ころ被告の事業所を出発して、翌水曜日の午前三時一〇分頃大阪に到着する。

カ 水曜日、MK精工関東販売に行った場合、エと同様に荷卸しして日本精糖を回って長野に帰る。茨城県鹿島市に行った場合、種粕(一袋二〇kgを約五〇〇袋、トップビーン(豆)(一袋三〇kgで約三三〇袋)、サラダ油や菜種油(一斗缶一六・八kgから二〇kg、五〇〇缶から六〇〇缶)等を積み、鹿島を午後四時ころ出発して長野に翌木曜日の午前四時ころ到着し、さらに、長野県の須坂、中野、木島平、戸狩等の問屋に運搬する。これらの荷卸しが午前一一時半から午後一時ころに終わり、その後、長野県千曲市のMK精工に行き積込みをする。

水曜日、大阪に行った場合、大阪第一貨物で荷卸しをし、翌木曜日の午前九時三〇分に大阪府岸和田市に行き、三〇kgの生地の箱を約三〇〇個積込み、翌金曜日の午前四時三〇分に長野県南安曇郡三郷村温に到着し、休憩して、午前七時三〇分から荷卸しする。

(8)  平成六年九月六日付「職場における腰痛予防対策の推進について」と題する旧労働省の通達の内容は別紙の通りである。

(9)  労働大臣告示「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」によると、一日(始業時刻から起算して二四時間)の拘束時間(始業時刻から終業時刻までの時間で労働時間と休憩時間(仮眠時間を含む)の合計時間)は一三時間以内を基本とし、これを延長する場合でも最大一六時間以内とすること、一日の拘束時間を延長する場合でも一五時間を超える回数は一週間につき二回を限度とすること、休息時間(勤務と次の勤務の間の時間で、睡眠時間を含む勤労者の生活時間として労働者にとって全く自由な時間)は継続八時間とすることとされている。

(10)  原告は被告に対し、平成一五年七月一五日付申入書(同月一六日到達)をもって、原告の負った後遺障害等についての損害賠償請求をした。

三  原告の主張

(1)  被告は使用者として、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体を危険から保護するよう配慮すべきいわゆる安全配慮義務を負っている。

被告には前提事実(8)の旧労働省の通達、前提事実(9)の労働大臣告示に基づき、次のような安全配慮義務がある。

ア トラックへの荷積みや荷卸しの際に、昇降作業台、足踏みジャッキ、サスペンション、搬送モノレール、フォークリフト、台車など適切な補助具を導入する義務(前提事実(8)の通達中の別添職場における腰痛予防対策指針「2作業管理 (1)自働化、省力化」、「別紙 作業態様別の対策Ⅰ重量物取扱い作業 1自動化、省力化」、別添職場における腰痛予防対策指針の解説「別紙作業態様別の対策について Ⅰ重量物取扱い作業 1自動化、省力化」)。

イ 五五kgまたは労働者の体重の四〇%を超える重量物を取扱わせる場合には二人以上で行わせる義務(前提事実(8)の通達中の別添職場における腰痛予防対策指針「別紙 作業態様別の対策 Ⅰ重量物取扱い作業 2重量物の取扱い重量」)。

ウ パレットごと積込む、荷物に取っ手をつける、荷物がかさばらないようにするなど、荷物の取扱いを容易にする義務、荷物の重量を明示する義務(前提事実(8)の通達中の別添職場における腰痛予防対策指針「別紙 作業態様別の対策 Ⅰ重量物取扱い作業 3荷姿の改善、重量の明示等」、別添職場における腰痛予防対策指針の解説「別紙 作業態様別の対策について Ⅰ重量物取扱い作業 3荷姿の改善、重量の明示等」)。

エ 作業内容、取扱う物の重量、自動化の状況、補助機器の有無、労働者の数等つまり作業の実態に応じ、作業時間や作業量を適正に設定する義務。例えば、原告は徹夜運転の後に重量物の荷卸しをしたりするのであるから、被告において、補助具を付ける、二人乗務にし、積込みを行う者と運転をする者を別にする、荷物を二人で取り扱わせる等の措置を講じるべきであった(前提事実(8)の通達中の別添職場における腰痛予防対策指針「2作業管理 (3)作業標準等 イ作業標準の策定」)。

オ 拘束時間は連続一三時間以内とし、最大限で一六時間以内とする義務。連続した拘束時間が一五時間を超える回数を週二回を限度とし、連続した八時間以上の休息時間を与える義務(前提事実(9)の労働大臣告示)。

カ 作業姿勢や動作について腰痛防止に必要な指導、注意をする義務。具体的な内容としては、腰に負担のかかる作業をするときには姿勢を整えかつ急激な動作はしないこと、勁部または腰部の不意なひねりを可能な限り避け動作時には視線も動作に合わせて移動させること、できるだけ身体を対象物に近づけ重心を低くするような姿勢をとること、床面等から荷物を持ち上げる場合には片足を少し前に出し膝を曲げ腰を十分に降ろして当該荷物をかかえ膝を伸ばすことによって立ち上がるようにすること、荷物を持ちあげるときは呼吸を整え腹圧を加えて行うこと等を指導、注意する義務(前提事実(8)の通達中の別添職場における腰痛予防対策指針「2作業管理 (2)作業姿勢、動作」)。

キ 長時間、車両を運転した後に物を取り扱わせる場合には、小休止、休息をとらせ、かつ、作業前体操をしたうえで作業を行わせる義務(前提事実(8)の通達中の別添職場における腰痛予防対策指針「4健康管理 (2)作業前体操、腰痛予防体操」、「別紙作業態様別の対策 Ⅴ長時間の車両運転等の作業 2小休止・休息」)。

ク 作業への配置の際及びその後六か月以内ごとに定期的に医師による腰痛の健康診断を行わせる義務。具体的には、配置前の健康診断においては、既往歴・業務歴の調査、自覚症状の有無の検査、脊柱の検査、神経学的検査、脊柱機能検査、腰椎のX線検査等、定期健康診断においては、既往歴・業務歴の調査、自覚症状の有無の検査等をすべきであった(前提事実(8)の通達中の別添職場における腰痛予防対策指針「4健康管理 (1)健康診断」)。

(2)ア  原告の行った積込み作業には、金曜日の長野県千曲市のMK精工での積込みや水曜日の鹿島での積込みのようにフォークリフトやベルトコンベヤーを利用できるものもあるが、これらは荷先が用意したものであり、被告においては台車すら導入されていなかった。よって、木曜日の須坂、中野、飯山等への配達では、問屋ごとに荷物を手作業で各倉庫にまで運ばねばならず、南安曇郡での荷卸しでも一箱三〇kgの生地の箱を約三〇〇個、一箱ずつ一五m歩いて倉庫まで運ばねばならなかった。

イ  原告の体重(約七五kg)の四〇%を超える重量物もあったのに、原告は補助者なしに一人でトラックを運転し、荷積み、荷卸しの作業をした。原告が手で運ぶ荷物には取っ手などは付けられておらず、重量も明示されていなかった。

ウ  被告の策定していた作業標準は、原告が一人で徹夜で運転をし、その疲れが体に残ったまま、主に手作業で短時間で重量物の積込み、荷卸しを行うという重労働を行うことを原告に強いるものであったといえる。被告の策定していた作業標準は作業内容、取扱重量に配慮したものといえない。

エ  平成一一年一月七日から七月一九日までを例にとると、被告は、六一回運行し、一回の運行につき最大一六時間内におさまるスケジュールを立てたのは平成一一年六月二一・二二日、七月九日、七月一四・一五日の三回のみである。原告の六一回の運行中、一六時間を超える拘束時間の回数は五八回、二五時間を超える拘束時間の回数は三四回にも及ぶ。

オ  被告は原告の主張(1)カ、キに掲げられた指導、注意をしていなかったことは明らかである。被告が原告の主張(1)クに掲げられた健康診断を実施しなかったことは明らかである。

(3)  被告が前記(1)の安全配慮義務を怠った結果、原告は前提事実(3)の腰の激痛、前提事実(5)の後遺障害を負い、次の通りの損害を被った。

ア 入院雑費

四万九五〇〇円(1,500*33=49,500)

イ 入通院慰謝料

二三五万円

ウ 休業損害

一四七一万一二六一円

原告の平成一一年度の給与収入は、四八四万一八四九円であるが、前提事実(3)の事故から症状固定日までの一一〇九日間(平成一一年七月一九日から平成一四年七月三一日まで)の休業を余儀なくされ、前記の損害を負った(4,841,849/365*1109=14,711,261)。

エ 後遺障害慰謝料

六九〇万円(交通事故の九級一〇号に相当)

オ 逸失利益

二五六五万八六五二円

労働能力喪失率三五%、基礎収入は四八四万一八四九円、症状固定時の年齢三八歳から六七歳まで二九年間のライプニッツ係数一五・一四一〇(4,841,849*0.35*15.141=25,658,652)

カ 特別支給金を除いた労災給付

一二九六万四二六二円

キ 総額

三六七〇万五一五一円

ク 弁護士費用

三六七万円

ケ 合計

四〇三七万五一五一円

四  被告の主張

(1)  前提事実(8)の旧労働省の通達、前提事実(9)の労働大臣告示は行政的な取締規定に関連するもので、直ちに私法上の安全配慮義務違反の内容になるものではない。

(2)  フォークリフト、ベルトコンベヤー、台車などは荷先の物を用いるものであり、被告にこれらを用意する義務はない。須坂、中野、飯山等の問屋への配達や南安曇郡の荷卸し作業と腰痛発生の因果関係が不明である。そもそも、荷先の台車を使うなどすれば、これらを手作業で行う必要はなかった。

(3)  重量物が労働者の体重の四〇%以下になるよう努めるべきなのは「常時、人力により取り扱う」場合の荷物であって、原告のように荷物の取り扱いが業務の一部を占める場合には妥当しないうえ、そもそも原告の供述によっても三〇kgを超える荷物は存在しなかった。

前提事実(8)の通達においても、できるだけ確実に把握することのできる手段を講じることを求めているにすぎないし、原告が取り扱っていた荷物のうち持ちにくい物はシューズボックスくらいであるが、このような軽量な物まで取っ手を付けたりする義務はない。荷主所有の荷物に取っ手をつけるなどの細工をすることは許されない。同様に、荷物に重量を明示する義務もない。

(4)  原告運転のトラックの積載重量は平均三ないし四t程度と考えられ、この程度の重量の荷積み、荷卸しに複数人を配置する必要はない。

(5)  前提事実(9)の改善基準告示は一日の拘束時間を最大一六時間以内におさめるように定めているに過ぎないから、被告に一運行あたりの拘束時間を最大一六時間とする義務はない。

トラック内での仮眠については、社団法人全国トラック協会が旧労働省労働基準局に「車両内ベッドでの休息の扱い」に関し、車両内ベッドでの休息が、駐車スペースが確保でき、かつ、荷物の看守義務がないなど自動車運転者が業務から解放される場合には、改善基準告示に規定する休息時間に該当するとの見解の是非について照会したところ、その見解で差支えない旨の回答を得ており、原告の運転していたトラックにおいては長さ二一〇cm幅七〇cmのベッドスペースがあり十分に寝られ、原告に荷物の看守義務を課していないから、休息時間に当たる。よって、原告の主張よりも拘束時間はかなり短いのが実態である。ただし、休息時間とされるものの中には、継続八時間の基準を満たさないものがあるのは確かである。例えば、平成一一年一月二四日から二五日にかけて、一月二四日の勤務は翌二五日午前一時三〇分に終了し、次の勤務が同日午前九時に開始されている。が、原告は一月二四日午後九時ころの出発を早めれば、川口での睡眠時間を継続八時間以上確保できたはずであり、原告の判断で継続八時間の休息時間をとらなかったにすぎない。この他、継続八時間でない休息時間が平成一一年一月七日から七月一九日まで三六回あるが、これらについても同様なことがいえる。

(6)  被告における原告の勤務スケジュールの決定方法は、休日に関しては隔週週休二日、祝日は原則として休み、それ以外に夏期休暇、年末年始休暇があるとの基準に基づいて、月初めに月間計画が立案され、これに基づき現実の需要に応じて具体的な行き先が決まるというものである。原告は、特に平成一一年一月七日から七月一九日までの勤務についての主張をしているが、この間、休日に関しては隔週週休二日、祝日は原則として休みとの原則通りの勤務実態であった。

(7)  被告は運行前に事故・健康に注意するよう指示し、会社に壁新聞やポスターを掲げて作業動作等につき注意喚起に努めていた。被告は、休憩の際には体を動かすようにとの一般的注意を与え、体調が悪い場合には申し出るように社員に伝えてある。

(8)  被告は深夜運転にかかわる者に関して法定された健康診断を年二回実施している。仮に、腰痛を目的とした健康診断を行っていたとしても、被告の行っていた健康診断で腰痛について訴えもせず何ら自覚症状がなく既往症もなかったから、原告の腰痛を防げたとはいえない。

五  被告の主張(5)に対する原告の反論

原告には、荷卸し先での荷物の看守義務は課されていた。川口市のMK精工関東販売においては、朝七時に開門されるまでトラックは構内に入れず、原告はいつも門のすぐ横の路上に駐車していた。駐車の際、トラック後部が隣の会社の出入口部分にかかってしまうので隣の会社の人に怒られることがあり、原告が熟睡できる状況になかった。この他の荷先でも、トラックを停めて休憩する適当なスペースはないことが多かった。トラック内のベッドのスペースは身長一七四cm、体重七六kgの原告には狭かった。

第三当裁判所の判断

一  安全配慮義務違反について

(1)  原告が被告において従事していたトラック運転と荷積み・荷卸しの労働は腰に負担がかかり、その程度が重ければ、椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄等の腰部の障害を生じさせる可能性のあることは明らかである。したがって、被告としては、雇用契約上の安全配慮義務として、原告の従事する労働を原因として腰部に障害を生じさせないようにする注意義務を負っていたといえる。そして、《証拠省略》によれば、前提事実(8)の通達は、旧労働省において、広く職場における腰痛の予防を一層推進するための対策として旧労働省の委託を受けた中央労働災害防止協会による調査研究を踏まえて定められ、事業者に周知すべきものとされていること、前提事実(9)の労働大臣告示はトラック運転者の労働条件の改善を目的にして策定されたものであることが認められるから、これらの通達、大臣告示は、当然、事業者において遵守することが望まれるものである。もっとも、通達において定められた事項は多岐にわたり一般的抽象的なものや過分の手間・費用を要するものもあるし、労働大臣告示で定められた労働時間も一種の目安であるから、その違反が直ちに雇用契約上の安全配慮義務違反となるものではないが、その趣旨、目的からいって、違反の程度が著しかったり多項目にわたったりするような場合には、雇用契約上の安全配慮義務違反となると考えられる。

(2)  《証拠省略》によれば、例えば、木曜日の須坂、中野、飯山等への配達では、問屋ごとに種粕(一袋二〇kgを約五〇〇袋)、トップビーン(豆)(一袋三〇kgで約三三〇袋)、サラダ油や菜種油(一斗缶一六・八kgから二〇kg、五〇〇缶から六〇〇缶)等の荷物を手作業で各倉庫にまで運ばねばならなかったこと、南安曇郡での荷卸しでも一箱三〇kgの生地の箱を約三〇〇個、一箱ずつ一五m歩いて倉庫まで運ばねばならなかったことが認められる。前提事実(8)の通達やその解説では、トラックへの荷積みや荷卸しの際に適切な補助具を導入することが腰痛予防のための人間工学的対策とされているところ、本件証拠上、被告においてはこうした人間工学的な対策がとられたとは認められない。前提事実(8)の通達やその解説では、補助具として、昇降作業台、足踏みジャッキ、サスペンション、搬送モノレールなどが例示されているところ、これらの中には導入に過分の手間や費用がかかるものもあるから、これらを導入しないことが直ちに安全配慮義務違反になるとはいえないが、少なくとも原告の主張する台車の導入は容易であったはずであり、この点に関し、被告の安全配慮義務違反を否定することはできない。

被告は、台車などの補助具は荷先の物を用いるのが普通で運送業者において用意する必要はないと主張するが、仮にそうであるとしても、被告は荷先の台車等を使用できるように配慮する義務を負うといえるから、被告の安全配慮義務違反を否定することはできない。

(3)  《証拠省略》によれば、平成一一年一月七日から七月一九日まで原告の運行回数は六一回であること、そのうち、一回の運行を開始し終了するまでの時間(一運行あたりの拘束時間)は、四〇時間超のものが四回、三五時間から四〇時間未満のものが七回、三〇時間から三五時間未満のものが六回、二五時間から三〇時間未満のものが一七回、二〇時間から二五時間未満のものが一八回、一六時間から二〇時間未満のものが六回、一六時間未満のものが三回あったこと、勤務と勤務の間の休息時間は、八時間未満のものが二七回あり、そのうち三時間未満のものが二回、三時間以上五時間未満のものが八回、五時間以上七時間未満のものが八回あったことが認められる。こうした労働実態は前提事実(9)の労働大臣告示を大きく逸脱するものであり、被告に安全配慮義務違反のあることは明らかである。

被告は労働大臣告示においては一日(勤務開始時刻から二四時間)あたりの拘束時間を規定しているのであり、一運行あたりの拘束時間を規定していないと主張するが、通常は勤務開始時刻から継続した拘束が二四時間以上に及ぶことはなく、勤務開始時刻から二四時間を単位としてみれば適切に規制できるからかかる規定が設けられたと考えられるのであり、長時間にわたる拘束を規制しようとした労働大臣告示の趣旨に鑑みると、勤務開始時刻から二四時間を超えるような拘束時間は労働大臣告示から大きく逸脱するものといわざるを得ない。

被告はMK精工関東販売などの荷先での仮眠時間は休息時間にあたると主張するが、《証拠省略》によれば、原告はMK精工関東販売に行く場合、仮眠をするとしても、午前二時三五分ころに到着してから午前七時ころまでMK精工関東販売の門の横の路上にトラックを停めてトラック内で仮眠をするのであること、トラックの一部が隣接する会社の門前にかかるためクレームを言われたりすることがあったことが認められ、熟睡するのは困難であったといえるし、トラックを離れて他所で休息することも事実上できなかったとみるのが相当であるから、この時間を休息時間とみることはできず拘束時間というべきであるのみならず、休憩時間(労働者が労働時間の途中において休息のために労働から完全に解放されることを保障されている時間)に当たるかも疑わしい。また、同証拠によれば、埼玉県川口市付近では午前四時三〇分ころから渋滞が始まるのに、MK精工関東販売では午前八時三〇分ころに配達することを厳命されており、やむを得ず前記のような時程で運行していたことが認められ、原告が出発時刻を遅くして出発時刻までに十分な休息時間を確保したりすることもできなかったといえる。その他の荷先についても、仮に仮眠する時間があったとしても、本件証拠上、被告において十分なトラックの駐車スペースを確保する配慮をしたとは認められないから、これを休息時間とは認められない。

被告は、原告の休日に関しては隔週週休二日、祝日は休みの原則通りであったと主張するが、仮にその通りであったとしても、拘束時間や休息時間に関する安全配慮義務とはまた別の問題である。

(4)  原告は、被告が、五五kgまたは労働者の体重の四〇%を超える重量物を取扱わせる場合には二人以上で行わせる義務、荷物の取扱いを容易にする義務、作業内容、取扱う物の重量、自動化の状況、補助機器の有無、労働者の数等つまり作業の実態に応じ、作業時間や作業量を適正に設定する義務、作業姿勢や動作について腰痛防止に必要な指導、注意をする義務、長時間、車両を運転した後に物を取り扱わせる場合には、小休止、休息をとらせ、かつ、作業前体操をしたうえで作業を行わせる義務等に違反したと主張する。《証拠省略》によれば原告の当時の体重は約七五kgであり扱った荷物の重さは三〇kg程度までの物が多いことが認められ三〇kgを超える荷物があったかは明確でないこと、荷物に取っ手を付けたりすることが荷主の承諾なくできるのか疑問であること、腰痛防止に必要な作業姿勢や動作をとること及び小休止や作業前体操などは、雇用主の指導がなくとも従業員の方でもある程度注意すべきであること等に鑑みると、これらのいずれかを履践しなかったというのみで直ちに被告の安全配慮義務違反となるとはいい難い。しかしながら、原告の労働は一度に二〇kgの袋を約五〇〇袋、三〇kgの袋を約三三〇袋、積み込んだりするなど常識的にいっても肉体的負担の大きなものであることは否定できないから、被告には腰痛予防のための何らかの配慮は求められるところ、本件証拠上、被告は原告が主張する事項のいずれについても配慮したとは認められないから、原告が主張する事項を全体としてみると、被告に安全配慮義務違反はあったといわざるを得ない。

なお、被告は、運行前に事故・健康に注意するよう指示し、会社に壁新聞やポスターを掲げて作業動作等につき注意喚起に努めていたとか、休憩の際には体を動かすようにとの一般的注意は与えていたとか主張するが、壁新聞やポスターがあるのなら容易に証拠提出できるはずなのに証拠提出されていないことなどからいって、かかる主張を信用することはできない。

(5)  健康診断については、《証拠省略》によれば、被告においても法定の半年毎の健康診断は行っていたことが認められるのであって、脊柱機能検査などの腰痛の予防に配慮したより精密なものを実施しなかったとしても、直ちに安全配慮義務に違反するとまではいえない。

二  安全配慮義務違反と前提事実(3)の傷害、(5)の後遺障害の因果関係について

《証拠省略》によれば、原告は、平成一一年七月一八日午後一〇時三〇分に長野市の被告の事業所を埼玉県越谷市に向けて出発して、一九日午前三時二〇分ころ到着し、午前八時半ころから四〇分程度かけて荷卸しをし、その後さらに一時間程度かけて別の荷卸し先に行き、午前一〇時二〇分ころから荷卸しをする予定であったこと、越谷で卸すべき荷物は約一〇kgの箱が約五〇個、約二〇kgの米びつ入り化粧箱が相当数あったこと、原告は一〇kgの箱を二段重ねにして持って荷卸しをし一〇kgの箱をすべて卸し終え、二〇kgの化粧箱を運ぼうとした時に腰に激痛を覚えたこと(前提事実(3))、原告は被告の先輩従業員に教えられ効率がよいといった理由で、荷物を大股に構えて左から右に動くような方法で運んでおり、その躯幹はまっすぐでなく湾曲した姿勢だったこと、二〇kgの化粧箱は表面が滑りやすく持ちにくいため、原告の脊柱と重心との距離は一〇kgの箱のときに比べて二倍程度あったことが認められる。

滋賀医科大学社会医学講座予防医学分野教授である西山勝夫は前提事実(3)の事故の原因につき、概略、「腰痛発症時刻が午前七時三〇分であるから睡眠時間は確保されたとしても四時間程度であったと考えられ、長時間運転労働に伴う全身振動曝露と拘束姿勢などによる腰部疲労からの回復は不十分で、腰痛発症の危険は高まっていた。躯幹を湾曲させた状態で重量物を持つと、椎間板に加わる力は同心円状から外れた不均衡な分布になり、髄核を突出(ヘルニア)させる作用が大きくなる。この作用に対する腰部椎間板組織の耐久性は、腰部の疲労回復が不十分な場合あるいは腰部の疲労が進行するにつれて低下する。原告は、下肢を大股状に開き湾曲状態で、躯幹を大きく前屈しながら体側で一〇kgの箱を二個持ち上げ反対側に捻転しながら移動し卸す作業を二五回反復した後、二〇kgの化粧箱を持ちあげたが、脊柱と重量物の重心の距離が従前の二倍ほどになったため、従前の二倍に相当する重量負荷がかかり、椎間板ヘルニア等が急激に進行し腰部に激痛が生じたと考えられる。」と述べている。この見解は、専門家が認定することのできる事実に基づき考究した結果であり、特に不合理な点もなく、これを是認することができる。上記意見においては、現実に荷卸し作業をする前の腰部疲労の原因として長時間にわたる運転が主に挙げられているが、すでに認定した被告の安全配慮義務違反は、原告が平成九年九月二三日に入社して以来継続していたと考えられるから、平成一一年七月一八日に運転を開始する以前から、原告の腰部疲労は蓄積、進行していたと考えられる。そうすると、前提事実(3)の事故は、適切に拘束時間を制限し休息時間を確保しなかったこと、荷積み・荷卸しの際に補助具として台車すら導入しなかったこと、取っ手を付けるなどして荷物の取扱いを容易にしなかったこと、作業姿勢や動作について腰痛防止に必要な指導、注意をしなかったことなどの被告の日頃の安全配慮義務違反と、十分な休息時間を確保せず、荷物の取扱いを容易にせず動作・姿勢についても注意しなかった被告の当日の安全配慮義務違反によって発生したといえる。

前提事実(4)、(5)の通り、原告は前提事実(3)の事故の直後からNTT病院、長野市民病院で治療を受け、結局、平成一四年七月三一日に症状固定して、椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄の後遺障害を負っているから、被告の安全配慮義務違反と原告の負った前提事実(5)の後遺障害との間にも相当因果関係を認めることができる。

三  原告の損害について

(1)  入院雑費

前提事実(4)の通り、原告は三三日間入院しているから、入院雑費は四万九五〇〇円(1,500*33=49,500)が相当である。

(2)  入通院慰謝料

前提事実(4)の通り、原告は長野市民病院に三三日間入院し、NTT病院と長野市民病院における治療実日数は少なくとも八七日であるから、入通院慰謝料は一七五万円が相当である。

(3)  休業損害

《証拠省略》によれば、原告の平成一一年度の給与収入は、四八四万一八四九円であることが認められ、弁論の全趣旨によれば、原告は前提事実(3)の事故から症状固定日までの一一〇九日間(平成一一年七月一九日から平成一四年七月三一日まで)の休業を余儀なくされたことが認められるから、原告の被った休業損害は一四七一万一二六一円(4,841,849/365*1109=14,711,261)である。

(4)  後遺障害慰謝料

前提事実(5)の通り、原告は長野労働基準監督署から「神経系統の機能または精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」として労災等級九級七の二の労災認定を受けているから、後遺障害慰謝料は六九〇万円が相当である。

(5)  逸失利益

前提事実(5)の通り、原告は労災等級九級七の二の後遺障害を負っているから、労働能力喪失率は三五%とみるべきであり、前記の通り、原告の平成一一年度の収入は四八四万一八四九円であり、原告の症状固定時の年齢は三八歳であるから、原告の逸失利益は二五六五万八六五二円となる(4,841,849*0.35*15.141=25,658,652)。

(6)  特別支給金を除いた労災給付

前提事実(6)の通り一二九六万四二六二円である。

(7)  弁護士費用

被告の安全配慮義務違反に基づく損害が被告によって任意に賠償されず、原告は弁護士に委任して訴訟遂行することを余儀なくされたといえるから、弁護士費用も相当な範囲内で損害賠償の対象になる。前記(1)ないし(5)の合計から(6)を控除した金額は三六一〇万五一五一円であり、本件に表れた一切の事情を考慮すると、弁護士費用は三六一万円が相当である。

四  結論

以上によれば、原告の請求は三九七一万五一五一円の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 宮永忠明)

<以下省略>

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