長野地方裁判所 平成19年(ワ)164号 判決 2010年3月26日
原告
X1
原告
X2
原告
X3
原告ら訴訟代理人弁護士
松村文夫
同
内村修
同
岡田和枝
被告
社会福祉法人Y会
同代表者理事
A
被告訴訟代理人弁護士
高橋聖明
同
鈴木英二
同
樋川和広
主文
1 被告は,原告X2に対し,22万9827円及びこれに対する平成19年5月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告X3に対し,150万3543円及びこれに対する平成19年5月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 原告X2及び原告X3のその余の請求を棄却する。
4 原告X1の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,これを10分し,その4を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
6 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 主位的
被告は,原告らに対し,それぞれ別紙1<省略>(平成22年1月20日付け原告準備書面(13)別紙の写し)請求債権目録1記載の金員及びこれに対する平成19年5月9日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 予備的
被告は,原告らに対し,それぞれ別紙1請求債権目録2記載の金員及びこれに対する平成19年5月9日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,被告の経営する事業所の従業員である原告らが,被告が就業規則の性質を有する給与規程等の変更を行い賃金制度を変更したことについて,(1)主位的に,給与規程等の変更は無効であり原告らはこれに拘束されないと主張して,賃金請求権に基づき,平成16年度(平成16年4月1日から平成13年3月31日までを指し,以下同様に,毎年4月1日から翌年3月31日までを「年度」で表現する。)ないし平成18年度の賃金について,変更前の給与規程等に基づき得られるべき賃金と新たな給与規程等に基づき実際に支給された賃金との差額及びこれに対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め,(2)予備的に,被告が上記差額を是正しないまま放置していることが公序良俗に反する不法行為に該当すると主張して,上記差額及び弁護士費用相当額の損害賠償並びに民法所定の年5分の割合よる遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(<証拠省略>,弁論の全趣旨)
(1) 当事者等(争いがない)
被告は,各種社会福祉事業を行うことを目的とする社会福祉法人であり,長野県内のほか,東京都内,静岡県内において,病院,診療所,特別養護老人ホーム,老人保健施設等を設置経営しており,長野県内は,長野市○○に所在するa事業所において,b病院,老人保健施設cホーム,特別養護老人ホームd園等を設置経営している。
原告X1(以下「原告X1」という。)は介護職として平成9年3月1日から,原告X2(以下「原告X2」という。)は介護職として平成11年4月1日から,原告X3(以下「原告X3」という。)は看護職として平成11年5月20日から,それぞれb病院に勤務しており,Y会a労働組合(a事業所に勤務する労働者で結成された労働組合であり,平成12年6月30日にb病院に勤務する労働者で結成されたb病院労働組合(以下「b病院労組」という。)とcホームに勤務する労働者で結成された労働組合であるcホーム労働組合(以下「cホーム労組」という。)が統合して結成されたa労働組合(以下「a労組」という。)に加入している。
(2) b病院における旧賃金規程等
ア b病院就業規則40条で「職員の給与は,別に定める給与規定による。」とされ,次のような給与規程が定められていた(<証拠省略>)。
8条 職員の職務を分類して,次の職種及び等級のいずれかに格付けされる。
(1) 事務長・事務次長・事務員・医療相談員・看護補助員他
国家公務員行政職俸給表(一)の級による
(2) 調理員・営繕・用度等
国家公務員行政職俸給表(二)の級による
(3) 医師
国家公務員医療職俸給表(一)の級による
(4) 栄養士・マッサージ師・理学療法士・薬剤師・臨床検査技師・放射線技師等
国家公務員医療職俸給表(二)の級による
(5) 看護婦・看護士・准看護婦
国家公務員医療職俸給表(三)の級による
9条 職員の本俸月額は,前条に規定された各職種ごとの国家公務員俸給表による。ただし,級(等級)内の号俸については職員の個々の学歴,勤務年数,年齢等を勘案して予め格付けされたものによる。特別の事情により俸給表(給料表)により難い場合は,その都度定める。
11条 昇給は本俸について行い,現に受けている号俸を受けるに至ったときから1年以上勤務した者につき,同一給料表及び同一級(等級)のその1号上位の号俸に昇給させることができる。ただし,年間において60日以上及び8割以下,欠勤した者はこの限りではない。
2 昇給は定期昇給,特別昇給及び臨時昇給とし,勤務成績,技能,功績その他の事項を考慮して行う。
12条 定期昇給は,原則として毎年1回行う。
14条 職員のうち,上位の級(等級)に昇給させることを適当と認められるものについては,現在の級(等級)の上位級(等級)の号俸に昇格させるものとする。
2 昇給と昇格とでは,昇格が昇給に先行する。
34条 期末手当は,職員の業績を報償することを目的とし,期末手当は原則として年2回支給する。ただし,その支給額については,勤務期間,勤務成績等を勘案し,病院の運営に支障のない限度で決定する。
イ a事業所のうちb病院以外の施設
d園では,施設長・事務員・生活相談員・介護員を国家公務員行政職俸給表(一)の級,介護員・調理員等を国家公務員行政職俸給表(二)の級,医師を国家公務員医療職俸給表(一)の級,栄養士・マッサージ師を国家公務員医療職俸給表(二)の級,看護婦・看護士・准看護婦を国家公務員医療職俸給表(三)の級によるとの格付けで,国家公務員俸給表によると規定されていた(d園就業規則40条,給与規程8条,9条。<証拠省略>)。
cホームでは,独自の俸給表に基づく支給が規定されていた(cホーム就業規則40条,給与規程8条,9条。<証拠省略>)。
諸手当について,介護職の夜勤手当がcホームにおいて3900円,b病院において3400円等a事業所の施設の中でも異なるものがあった。
ウ a事業所以外の施設
e園では,施設長・事務員・生活相談員・介護員を国家公務員行政職俸給表(一)の級,調理員・用務員等を国家公務員行政職俸給表(二)の級,医師を国家公務員医療職俸給表(一)の級,栄養士・マッサージ師を国家公務員医療職俸給表(二)の級,看護婦・看護士・准看護婦を国家公務員医療職俸給表(三)の級によるとの格付けで,国家公務員俸給表(公私格差是正給料表)によると規定されていた(e園就業規則40条,給与規程8条,9条。<証拠省略>)。
d園では,施設長・事務員・生活相談員・介護員を東京都地域福祉財団の実施する公私格差是正行政職給料表(一)の級,介護員・調理員等を公私格差是正行政職給料表(二)の級,医師を公私格差是正医療職給料表(一)の級,栄養士・マッサージ師を公私格差是正医療職給料表(二)の級,看護婦・看護士・准看護婦を公私格差是正医療職給料表(三)の級によるとの格付けで,国家公務員俸給表(公私格差是正給料表)によると規定されていた(d園就業規則40条,給与規程8条,9条。<証拠省略>)
f病院では,独自の俸給表に基づく支給が規定されていた(f病院就業規則45条,給与規程8条。<証拠省略>)。
エ b病院労組は,平成2年11月30日,b病院との間で,平成3年度から3年計画で国家公務員の水準にそろえていくこと,平成2年年末一時金を2.3か月とすることで妥結することなどを合意した(<証拠省略>)。また,平成4年5月22日,b病院及びcホームとの間で,夏期賞与及び冬期賞与について合意するなどした(<証拠省略>)。
(3) 旧賃金規程による原告らの賃金(平成11年度)
ア 原告X1(<証拠省略>)
平成9年度,国家公務員行政職俸給表(一)2級4号俸に格付けされた。
平成10年度には,国家公務員行政職俸給表(一)2級5号俸となり,平成9年度国家公務員行政職俸給表により,19万2800円の基本給を得,平成11年度,国家公務員行政職俸給表(一)2級5号俸であり,平成10年度国家公務員行政職俸給表により,19万4400円の基本給を得た。
イ 原告X2(<証拠省略>)
平成11年度,国家公務員行政職俸給表(一)2級2号俸と格付けされ,平成10年度国家公務員行政職俸給表により,17万4200円の基本給を得た。
ウ 原告X3(<証拠省略>)
平成11年度,国家公務員医療職俸給表(三)2級9号俸と格付けされ,平成10年度国家公務員医療職俸給表により,23万2600円の基本給を得た。
(4) 人事考課制度(<証拠省略>)
被告は,職員の担当する職務遂行能力や成績(業績)の考課を通して,職員の能力開発・育成を促進し,昇進・昇格・異動配置・賃金・賞与等の処遇を公平妥当に行うための考課システムを作成し,職能資格制度などとの相互関連により,職場の活力を高め,被告の経営の向上に資することを目的として人事考課規程(<証拠省略>),人事考課マニュアル(<証拠省略>)を作成した。被告の理事会は,平成11年3月20日,同規程を承認し,同年4月1日から施行することを決定した。
同規程による人事考課の内容は次のとおりである。
ア 人事考課には,成績考課,業績考課,情意考課及び能力考課があり,成績考課,業績考課及び情意考課は6か月に1度,能力考課は1年に1度行われる。
成績考課,業績考課及び情意考課は,賞与及び昇給の決定基準となり,成績考課及び業績考課は主として賞与において重要視され,情意考課は主として昇給において重要視される。
(ア) 成績考課及び業績考課
成績考課は,担当した職務をどの程度遂行したか(職務の遂行度)を考課するものであり,6級以下の職員に適用される。職員と上司との面接において,法人や施設の方針を基にした部署方針と重点課題が反映されるように各職員の目標が検討され,さらに仕事の配分や難易度を考慮して,5項目の仕事の目標が決定され,その目標とした仕事ができたか否かについて評価される。
業績考課は,職務をどの程度遂行したか,組織への貢献度を考課するものであり,管理職能の7級及び8級の職員に適用される。職員は,自分で資格級と同等レベル以上の目標を設定するが,考課は組織への貢献度で評価される。
職員は,半期ごとに,期初に仕事の目標及び能力開発の目標を,期末に自己評価と上司の評価を能力開発カード(人事考課制度の基本となる書類であり,各職員の人事記録となるカード)に記入する。
(イ) 情意考課
情意考課は,仕事に対してどのように努力したのかの意欲・態度を考課するものであり,6級以下の職員並びに7級及び8級の管理職能職員に適用される。組織人としての行動面,仕事に取り組む姿勢,意欲及び態度に対する評価であり,規律性,協調性,積極性及び責任性の4項目からなる。
(ウ) 能力考課
能力考課は,担当職務を定められた遂行レベルで達成したかどうかを基本として,保有能力の高さを考課するものであり,6級以下の職員並びに7級及び8級の管理職能職員に適用される。知識及び技能,課題や問題への対応能力,対人対応能力(コミュニケーション能力,マネジメント能力)といった職務遂行能力についての評価である。
イ 評価は,成績考課,業績考課及び能力考課は,S,A,B,C及びDの5段階評価で行われ,情意考課は,A,B,C及びDの4段階評価で行われる。ほとんどの場合がA,B及びCのいずれかで評価され,Aの評価をされた者のうち上位の資格級であってもAと評価できる出来栄えの場合にSの評価がされ,Cの評価をされた者のうち業務に支障を来すような結果,問題がある場合にDの評価がされる。
成績考課は,業務目標ごとに「+」,「±」,「-」を面接の中で自己評価と上司評価をあわせて,「+」をAに,「±」をBに,「-」をCに置き換え,チャレンジ(上位資格級の業務)目標の場合は一つ上の評価に置き換える(そのため,チャレンジ目標で+評価の場合のみSとなる。)。また,「-」のうち「全くその業務目標に手を付けなかった」又は「マイナスの結果をもたらした」場合にのみDに置き換える。各目標の結果を点数化(S=5点,A=4点,B=3点,C=2点,D=1点)し,能力開発カードに記載したウエイトが反映するように計算し,その結果を5捨6入してS又はAないしDに置き換え,成績情意考課表に書き写す。
情意考課は,能力開発カードの情意考課の考課要素ごとの項目に「+」,「±」,「-」を面接の中で自己評価と上司評価をあわせて,「+」をAに,「±」をBに,「-」をCに置き換える。「-」のうち全くできていなかったもののみDとする。情意考課にチャレンジ概念はないのでSはなく,規律性については守って当然の事項であるからAもない。そして,各項目の評価を点数化し,考課要素ごとの平均値を5捨6入でAないしDに置き換え,その結果を成績情意考課表に書き写す。
能力考課は,その年度上期・下期の成績考課の中で自分の資格級と同等以上の目標の結果及び期中の担当業務の中で,業務目標以外の仕事の出来栄えや行動から能力考課の各考課要素ごとの評価を上司がS又はAないしDで評価し,能力考課表に書き込む。
(5) 職能資格制度(<証拠省略>)
被告は,前記(4)の人事制度とともに職能資格制度の導入を企図し,平成10年6月,職能資格制度検討委員会を設置し,職能資格級規程(<証拠省略>),同規程運用細則(<証拠省略>),職群管理規定(<証拠省略>),専門職運用規定(<証拠省略>)及び管理・監督職運用規定(<証拠省略>)を作成し,平成11年3月20日,被告の理事会は,これらを承認し,同年4月1日から施行することを決定した。
被告は,平成11年4月1日,上記各規程等に基づく職能資格制度を導入し,一般職員を年齢に応じて,22歳ないし29歳を3級,30歳ないし44歳を4級,45歳以上は5級と格付けした。これにより,原告X1は4級,原告X2及び原告X3は3級に分類された。
被告は,平成11年11月10日,各職員に対し,同月末日までに職群を選択するように通知した。原告らがこれを拒否して上記期限までに職群を選択しなかったところ,被告は,原告らを専能職とした。
職能資格制度の概要は次のとおりである。
ア 職能資格級
職能資格級とは,下表のとおり職務遂行能力の発達段階を一定の基準で格付けしたものであり,職員は,その職務遂行能力に応じて各職能資格級に格付けられる。
資格級が上がる(昇格)ためには,昇格の必要条件を満たし,審査委員会の審査を終了し,理事長の承認を得ることが必要となる。必要条件は,(ア)現在所属している職場・職種で,在級している資格級に求められている仕事(課業)が全てできること,(イ)1級から4級までの資格級では当該級を2年間経験したこと,(ウ)直近の人事考課の結果が各級ごとに定められた基準以上であること(4級及び5級への昇格については直近2年間の人事考課がB以上であること),(エ)職種経験・推薦・試験・レポート等,各上位級への昇格に応じた認定基準を満たすことといった各条件を満たすことが必要である。
資格級
期待される基本的業務
管理職能
10級
経営業務
9級
統率業務
8級
上級管埋業務
7級
管理業務
指導監督職能
6級
指導監督,判断,管理補佐業務
5級
指導,判断,企画業務
4級
指導,判断業務
一般職能
3級
熟練,非定型業務・下級者指導業務
2級
熟練,定型業務
1級
一般,定型,補佐業務
イ 職群
職群とは職員一人一人の意思,適性及び能力に応じてグループ分けされた下表の人材群のことをいい,職群の特性に応じて育成,活用,評価及び処遇がされる。
級
職群
職群の内容
6級以下
総合職群
職種間・施設間異動を積極的に受け入れ,
豊富な経験の中で自らを高め,
将来的には,主に管理職群を目指す人材群
専能職群
限定範囲内での異動と特定範囲内の業務で経験を積み,
専門能力を高め,将来的には主に専門職群を目指す人材群
技能職群
指定された職種でのみ経験を積み,技能を身に付け,
いわゆるベテランとしての仕事を推進する人材群
7級以上
管理職群
部下を掌握・育成しながら担当組織を統括・管理するとともに,
経営に参画する役割を負っている人材群(いわゆる管理職)
専門職群
特定分野の高度な知識・技能で開発・企画を担当する人材群。
専門能力に秀でた人材について管理職とは違った運用をする。
特定分野での深い経験を生かし,担当業務の推進で高い成果を
上げることが期待されている人材群。特定分野の全てを知り尽くし,
成果を上げる人材群
資格処遇職群
7級以上の資格を有し,管理・専門の役職についていない人材群。
管理職になる資格を持って有能な管理職予備軍としての人材群
(6) 新賃金規程等
被告は,新人事考課制度(前記(4))の導入検討とともに,賃金制度の変更も検討しており,平成11年5月18日には新人事制度導入等に伴う就業規則等の見直し等を検討するための第1回職員就業規則等研究委員会を開催し,その後同年12月2日第6回職員就業規則等研究委員会まで6回にわたり協議を開催した。そして,第6回職員就業規則等研究委員会において,就業規則や賃金規程等の原案がまとめられ,平成12年1月4日,各施設長や就業規則等研究委員に対して原案を送付し意見を求めた(<証拠省略>)上,最終案を作成し,就業規則や賃金規程等を改正し,平成12年4月1日から施行した(以下「本件就業規則等変更」という。)。
新たに作成された賃金規程(<証拠省略>)の内容は次のとおりである。
12条 基本給は,年齢給,業績給,職能給,職務給で構成する。
18条 年齢給は,別に定める年齢給表による。
2 年齢給は毎年4月1日現在の標準年齢による。但し,満30歳以上職員は満年齢による。
3 標準年齢とは,医科大学卒業時24歳,大学卒業時22歳,短期大学卒業時20歳,高等学校卒業時18歳とみなす。(尚書き省略)
19条 職能資格級7級以上の職員及び,総合職群または専能職群で49歳以上の職員については,年齢給にかえて業績給を支給する。
2 業績給の支給額等については別に定める。
20条 職能給は職群別に別に定める職能給表による。
2 昇格昇給は次のとおり行う。
(1) 昇格昇給は原則として毎年4月1日付をもって行う。
(2) 昇格者は昇格前の職務給額に昇格前資格級の習熟昇給を加え,更に昇格昇給額を加えた額をもって上位資格級の直近上位号俸とする。
3 習熟昇給は次の通り行う。
(1) 習熟昇給は毎年4月1日付をもって行う。
(2) 昇格しない者は現行の職能給に人事考課によって決定した習熟昇給額を加算した額を支給する。
(3) 人事考課結果による号俸の昇号数は,下記のとおりとする。
成績
S
A
B
C
D
昇号数
7
6
5
4
2
21条 職務給は,別に定める技能職職務給表による。
26条 賃金体系の変更に伴い,新賃金が現行賃金を下回る場合,その差額の補填として調整手当を支給する。但し,変動要素を含む手当に関してはこの限りではない。
2 調整手当の取り扱いについては,別に定める。
(7) 新賃金規程による原告らの賃金
ア 原告X1は,専能職,資格4級とされ,平成11年度ないし平成18年度における年収額は,別紙2の5<略。ただしX3のみ34頁>(平成20年7月4日付け被告準備書面(7)別紙「新旧賃金比較」の写し)の「X1 新旧賃金比較(実際)」の表の「年収」の「新」欄に記載のとおりである(<証拠省略>)。
イ 原告X2は,専能職,資格3級とされ,平成11年度ないし平成18年度における年収額は,別紙2の5の「X2 新旧賃金比較(実際)」の表の「年収」の「新」欄に記載のとおりである(<証拠省略>)。
ウ 原告X3は,専能職,資格3級31号俸とされ,平成11年度ないし平成18年度における年収額は,別紙2の5の「X3 新旧賃金比較(実際)」の表の「年収」の「新」欄に記載のとおりである(<証拠省略>)。
(8)ア a労組及び長野県医療労働組合連合会(以下,「連合会」という。)は,平成13年3月19日,被告を相手方として,長野県労働委員会に対し,不当労働行為救済を申し立てた。長野県労働委員会は,平成18年2月22日,新賃金制度について団体交渉を通じて十分協議を重ねた上で解決すべきものとして,被告に対し,誠意をもって団体交渉に応じなければならないこと等を命じた(<証拠省略>)。
イ 原告らは,平成19年4月23日,本件訴えを提起した。
(9) 被告は,平成18年度から職群管理制度の廃止とこれに伴う賃金制度の改定を検討し,平成21年度から職群管理制度を廃止し,技能職職務給表,専能職職能給表,総合職職能給表を統一して新たな職能給表を作成するとともに,年齢給表及び業績給表並びに諸手当を見直して,新たな賃金制度を策定した。そして,被告は,平成21年3月31日,長野労働基準監督署長に対し,就業規則変更を届け出た。(<証拠省略>)。
3 争点及び当事者の主張
本件争点は,(1) 本件就業規則等変更が原告らに実質的な不利益を及ぼす変更か,(2) 原告らに実質的な不利益を及ぼす変更である場合,原告らに効力を生ずるか(そのような不利益を原告らに法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるか),(3) 未払賃金ないし損害の有無及び額(新賃金制度における給与と旧賃金制度における給与との差額)であり,これらの争点に対する当事者の主張は次のとおりである。
(1) 本件就業規則等変更が原告らに実質的な不利益を及ぼす変更かについて
(原告らの主張)
原告らの賃金ダウン
ア 平成16年度ないし平成18年度の原告らに現実に支払われた給与を,平成11年度国家公務員俸給表に基づく額と比較したところ,別紙2の1<省略>(訴状別紙1ないし3の写し)のとおり,減給となっている。前年度の国家公務員俸給表を使用して比較しても,別紙2の2<省略>(平成19年10月5日付け原告準備書面(2)別紙1の写し)のとおり,減給となっているし,各年度の国家公務員俸給表を使用して比較しても,別紙2の3<省略>(平成19年10月5日付け原告準備書面(2)別紙2の写し)又は別紙2の4<省略>(平成19年7月24日付け被告準備書面(2)別紙1の写し)のとおり,原告X1の平成16年度分以外は減給となっている。また,新賃金制度導入の平成12年度からの比較をみると,年々その格差が拡大している。
なお,被告は,新賃金制度による給与額を人事考課がB評価であったことを前提として算出しているが,新賃金制度導入に抗議し不合理な開発カードの提出を拒否したことによりD評価となったことの責任を一方的に原告らに負わせるのは不当であるし,そもそも情意考課と能力考課については開発カードの提出がなくとも評価できるものであるから,原告らのD評価とすることは不合理である。仮に,B評価を前提にしても原告X2及び同X3はその年収が減額となる。
イ また,不利益性を判断するのにあたっては,将来の賃金格差拡大も考慮しなければならず,新賃金制度導入後平成18年までだけでも上記のとおり格差が拡大していることからすれば,将来定年までの格差は膨大となることが予測される。被告が提出する将来のモデルは,42歳で施設長,45歳で最高の10級になってその後20年間も君臨するものなど通常でない速さで出世するものであり,このようなモデルしか提示できないほど,新賃金制度は不利益を生じさせるものである。
ウ なお,新賃金制度導入に当たっては,住宅手当が増額され,調整手当が支給されたが,これによっても原告らの不利益は解消されない。
すなわち,住宅手当は基本給でなく賞与の対象外であるし,いつ減額されるとも限らないのであるから,これを含めて比較するのは相当でない。また,住宅手当の増額を考慮しても原告X2及び原告X3では平成16年ないし平成18年度を通して減給となっており,原告X1においても,差額は年々減少し,平成18年度における差額は月額1550円であるために,平成19年度以降は旧賃金制度に比べて減額となることは必至である。さらに,被告は手当のなかで住宅手当の増額分だけを加算しているが,通勤手当などの減額などは考慮しておらず,住宅手当だけを加算するのは相当ではない。
また,調整手当の支給は,当初3年間に限定されており,その後は被告において一方的に廃止できるものであり,業績の悪化等によりいつ廃止されるとも限らないし,賞与の計算基礎額への調整手当の算入については,就業規則で定まっておらず新賃金制度導入直後特例措置として半額を算入されただけであり(<証拠省略>),平成15年度からは算入されなくなった。調整手当による現給保証とは,平成11年当時の給与を固定化するものであって,その後の国家公務員俸給表による昇給を無視するものであるから,旧賃金制度による給与と新賃金制度による給与の格差は広がり,新賃金制度導入による不利益を消すものではない。
(被告の主張)
平成16年度ないし平成18年度の原告らの新賃金制度による給与額と従前の賃金制度によった場合の給与額との間に差は生じていないから,原告らが不利益を被ったとはいえない。
ア 賃金の比較をするに当たっては,①旧賃金制度における給与額の算出においては各年前年の国家公務員俸給表との比較でなければならない,②住宅手当が月5000円から月1万円に増額されたことを考慮しなければならない,③b病院においては,国家公務員支給率よりも低額の支給をしていたため,国家公務員支給率を前提に旧賃金制度における賞与額を算出するのは相当でないし,少なくとも国家公務員支給率に基づくべきである,④原告らは,人事考課を受けないためにD評価となっているが,人事考課を受けさえすればB評価以上の結果となる蓋然性が高い(<証拠省略>)から,新賃金制度における給与額の算出においてはB評価を前提にすべきである,⑤原告らは,上司の度重なる勧めにもかかわらず頑なに昇格を拒否し続けているために昇給がない(3級昇格試験の合格率は100%,4級以上の各級の合格率も例年50%弱から60%強であり(<証拠省略>),試験自体が難しいわけではない。)のであって,昇格がないことを前提に比較するのは相当ではないといった点を考慮しなければならないのであって,原告らの比較は相当でない。
イ 原告らについて,新賃金制度においてB評価で昇給することとして,旧賃金制度については各年前年の国家公務員俸給表及び国家公務員の賞与支給率を前提とし,さらに,定額手当を月例賃金に算入して,平成16年度ないし平成18年度の新賃金制度と旧賃金制度とを比較すると,別紙2の4のとおりとなる。これによると,原告X1についてはいずれの年度も月例賃金においても賞与を含めた年収額においても新賃金制度の方が多く,原告X2については平成16年度月例賃金は新賃金制度の方が多い。原告X2については,平成16年度の賞与を含めた年収額,平成17年度及び平成18年度の月例賃金及び賞与を含めた年収額は新賃金制度の方が少ないが,原告らが主張するまでの差額は生じていない。原告X3については,いずれも月例賃金,賞与を含めた年収額は新賃金制度の方が少ないが,原告らが主張するほどの差額は生じていない。
また,原告らについて,①実際の支給額と,②理論年数で昇給した場合,③最速で昇給した場合について,平成16年度ないし平成18年度の新賃金制度による給与額と旧賃金制度による給与額とを比較すると,別紙2の5のとおり,原告X1についてはいずれも新賃金制度の方が多く,原告X2については新賃金制度の方が②③で多く,原告X3については新賃金制度の方が③で多い。
ウ 将来において旧賃金制度と新賃金制度とで差額が生じるかについては,将来年度の国家公務員俸給表と賞与支給月数が明らかでないから旧賃金制度における給与額を算定することができないこと,新賃金制度についても,その年齢給表や職能給表の改定がなされており(<証拠省略>),今後も改定されると考えられ,賞与支給月数も業績によって変動することから,具体的に比較することは不可能である。
仮に,平成12年度から平成19年度は実績に基づき,平成20年度以降については,「旧賃金制度については平成19年度の国家公務員俸給表と賞与支給月数が変動せず,新賃金制度についても平成19年度以降改訂がされず,賞与支給月数も変動しない」と仮定した上で,b病院の介護員と看護師について,平成12年度に採用された場合の旧賃金制度(各前年度の国家公務員俸給表を使用)における給与と新賃金制度(職群については総合職・専能職を選択した場合)における給与を予測すると,新賃金制度が不利益になるとはいえない(<証拠省略>)。
(2) 原告らに実質的な不利益を及ぼす変更である場合,原告らに効力を生ずるか(そのような不利益を原告らに法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるか)について
(被告の主張)
ア 新賃金制度導入の理由(変更の必要性)について
(ア) 医療,福祉制度の改革への対応の必要性
平成12年4月に介護保険法が施行されるなど,医療・福祉の分野における制度改革(いわゆる「措置から契約へ」)による厳しい経営環境への変化に柔軟に対応し,法人の理念に基づいた医療・福祉サービスを真に利用者のために展開し続けるため,リストラ・賃金カットといった人件費削減を行うのではなく,職員の能力育成によるサービスの向上と効率化をはかり続ける体制を確立し,選ばれるサービス提供者となる必要性が高まり,年功序列賃金制度から個人の能力・実績をより重視した給与体系への転換を図ることが社会的・国家的に要請されていた(<証拠省略>)。被告では,これに対応し,職員の質を向上させて地域社会に貢献できるサービス提供者となることによって収入総枠を拡大し,これによって職員の生活を守ろうとしたのである。
(イ) 給与体系の統一の必要性
被告の各施設は,国の措置費制度のもと,東京都,長野県,静岡県の制度の違いから統一した職員の処遇がとれず,各施設ごとに,就業規則,給与規程に違いがあり,基本給給与表の差(<証拠省略>),手当の差(地域別補助制度の違いによる差),事業による産休・病休代替え補助の有無による産休中の賃金支給の有無,労使協定による手当の差など労働条件に看過し得ない著しい格差が生じており,職員処遇に不公平が生じるとともに,法人内職員異動や施設間業務の統合等について大きな弊害が生じていた(<証拠省略>)。特に,a事業所では,特別養護老人ホーム,老人保健施設,病院の3施設の賃金体系が異なる中で調理業務が共同で行われていたことから,調理業務に従事する職員については,同じ職場で同じ業務を同じ勤務体制で行いながら,昇給額,手当額,賞与支給率,退職金額,休日数といった労働条件に相違があった。そのような中,平成12年4月介護保険法の施行により,東京都の公私格差是正制度を始めとして各県の各種の補助金が廃止されることになり,社会福祉法人が独自性を持たざるをえないことになったため,医療・保健・福祉の各分野における施設の職員処遇を統一し,同一の勤務条件,同一の賃金制度に整えるとともに,医療・福祉の分野における制度改革に対応した医療・保健・福祉施設の経営を行うことを可能にする態勢を目指す必要が生じたのである。
なお,新賃金制度導入前において,当年度の国家公務員俸給表を使用していた職員は18.2%にすぎず,前年度の国家公務員俸給表を使用していた職員も含めても24.1%であり,これらをあわせても被告全職員の4分の1に満たない一方で,公私格差是正制度が適用されていた都内福祉施設の職員は41.3%であり,被告全職員の4割以上の職員が国家公務員俸給表よりも高い水準の賃金表となっていた(<証拠省略>)ため,4分の1未満の職員にしか適用されていなかった年功序列型の,かつ,被告で使用していた俸給表の中でも低い水準の国家公務員俸給表に統一することは不可能であると判断した。
(ウ) なお,新賃金制度導入の目的は賃金引下ではなく,実際,賃金支給総額は引き下げられていない。
イ 新賃金制度導入の経過(労働組合等との交渉の経緯)について
(ア) 被告は,平成10年5月30日に施設長を対象として人事制度検討説明会を開催して以後,同年6月15日からは職能資格制度委員会を開催して新人事制度,新賃金制度を検討するとともに,職員への説明会や連合会との協議会を開催してきた(<証拠省略>)。
(イ) 平成11年3月10日,連合会との労使協議会で新賃金制度についての説明資料(<証拠省略>)を配付して新賃金制度の検討方針を説明し,3月30日には連合会と覚書を取り交わし,労使共同して時代に適した組織体制を構築していくことなどを確認した。
(ウ) 被告では,平成11年5月18日から職員就業規則等研究委員会を開催するなどして(<証拠省略>),就業規則・賃金規定の統一改訂を目指して,就業規則等の改定を具体的に検討してきた。
そして,被告は,上記(イ)の覚書を受けて,連合会との間で,同年4月14日,同年9月24日,同年10月12日に賃金制度及び就業規則等について,労使協議会を開催した。また,同年5月10日には「職能資格制度ガイドブック」(<証拠省略>)を全職員に配布し,同年11月2日及び4日には,原告らを含むa事業所全職員を対象とする新賃金規程についての説明会を開催し,新賃金制度について具体的な資料(<証拠省略>)を用いて説明した。その後,被告は,同月10日に「職群選択について」と題する文書を職員に配布して「総合職」「専能職」「技能職」の職群選択を求め,さらに,この職群選択などについて,b病院労組との間で,同年12月15日,同月24日,平成12年1月31日,同年2月17日に団体交渉を開催した。同日の団体交渉では,新就業規則,新賃金規程などについて質疑はなく,後日意見書の提出を求めることで閉会となった。なお,同年1月25日には連合会に対して新賃金規程の最終説明会を開催したが,連合会の方針とb病院労組等の方針が相違したため,同日以降は,a事業所については連合会が協議の相手方とならなくなってしまったという経過があり,被告Y会が組合との団体交渉を行わなかったというものではない。
以上の協議交渉過程を経て,被告は,各単組及び各施設職員代表に対して,就業規則・賃金規程改正について意見書の提出を求め,Y会全事業所では,特に意見なしとするもの,就業規則・賃金規程改正について具体的な要望をするものが多かったこともあり,平成12年4月1日,就業規則・賃金規程の変更を施行した。
(エ) 以上のように,被告は,b病院労組とは,賃金制度改定前の平成11年度から10年にわたり団体交渉を続けてきて,同労組からの質問に答え,説明を続けてきており,長野県労働委員会への救済申立事件でも膨大な資料の提出と説明を行ってきたにもかかわらず,同労組は,医療・福祉の中に能力主義・成果主義を導入させないという方針の下に,「理解出来ない」を繰り返し,同じ説明を何度も求め,説明文言の表現の違いから「聞いていない」「初めて聞いた」という主張を繰り返している状況であり,新賃金制度の白紙撤回以外は受け入れないという対応に終始している。
ウ 変更後の就業規則の内容が相当であること
(ア) 被告が導入した新賃金制度は,職能資格制度と職能給を含む賃金制度が人事考課を介して一体となっており,人事制度としての職能資格制度,職員の職務遂行能力の開発のための分析手法である人事考課制度,職員の生活を保証しながら一人一人の頑張りに対して応えることを目的として公平な処遇を行うための職能給を導入した職員処遇制度としての新賃金制度が一体となっている(<証拠省略>)。この人事考課制度は,職員の能力開発のため,現時点の能力,仕事,意欲を確認して分析する手法であり,一定の手法に基づいて分析した結果を本人にフィードバックすることが第一の目的である。そして,法人,施設,各部署及び職員一人一人の業務達成度や能力の期待像を明確にして,目標を立て,その達成度を分析評価した結果を公平に処遇に結び付けるのが能力給を導入した賃金制度である。
(イ) 新賃金制度の基本給は年齢給と職能給から構成されており,年齢給対職能給の割合は初任給で7対3と設定されている。年齢給と職能給は,それぞれ昇給するが,職務遂行能力が高まることにより昇給する職能給の昇給額のほうが,自動的に上がって行く年齢給の昇給額よりも高く設定されている。そして,年齢が上がれば職能給の額のほうが多く上がるために,基本給額に占める職能給の割合が高くなるが,年齢給も職能給も下がることはなく,基本給全体は上がり続ける中で,その構成比率が変わってくることになる。
年齢給については,理論上は世帯形成に応じ,48歳で昇給が停止し55歳以上で減額となるが,49歳からは業績給に移行し,人事考課の結果により昇給できる体制としており,C以下の評価を2年度連続してとらない限り,49歳から55歳までの業績給が下がることがない制度となっている(<証拠省略>)。そして,理論モデル賃金は,世帯形成ライフサイクル(<証拠省略>)などに基づき,平成10年当時の厚生労働省の人口動態統計を参考とし,職員の扶養を考えて世帯形成のピークを48歳に早めて作成されたものである。
(ウ) 人事考課については,人事考課マニュアル(<証拠省略>)や人事考課規程(<証拠省略>)によって考課要素が明確に定められており,考課基準を明確化しており,上司が主観的,感情的に行うものではない。考課者は,部下の育成に視点をおいて,部下の意見を尊重し,上記基準等に従って客観的に考課を行う。
また,相対考課でなく絶対考課で行われ,職員は上司との面接の中で自ら立てた目標を達成したか否かを考課し,他者との比較は行われないため,客観性が担保されている。具体的には,目標面接において,部下と上司で本人の職務遂行能力を高めるために「どのような仕事を目標とし,どのレベルまで達成するか」を話し合い決定し,この面接の中で,本人の現在の能力の確認,分析とそのレベルにあった目標の水準が決定され,「どこまでできたら期待どおりのB,それをどれだけ越えたらA,また,どれだけ下回った場合はC」という考課基準までを決定し,個々のその時点の職務遂行能力に応じた達成基準を約束し,半年後にはその約束どおりに評価する。そして,人事考課に用いられる能力開発カード,成績・情意考課表,能力考課表はいずれも被考課者に交付される(<証拠省略>)。
さらに,人事考課結果は1次考課者,2次考課者,3次考課者が一致することが前提となっており,各評価者の考課結果に食い違いが生じた場合は,徹底的に話し合い,一致させることにし,どうしても事実認識の違いから評価が分かれた場合には,成績考課は直接面接の中で目標設定から関わった1次考課者の評価を,情意考課については業務遂行の過程を把握でき,かつ客観的な(私情が入らない)評価が可能な2次考課者の評価を,能力考課は各1次・2次考課者の評価の甘辛や差があった場合に全体を把握できる3次考課者の評価をそれぞれ優先して計算する方式を採っている(<証拠省略>)ため,施設長などの第3次考課者が恣意的な考課をして総合判定を下げることはできない。
このように人事考課の客観性は確保されている。
(エ) さらに,人事考課には,仕事の結果だけでなく,その過程での仕事に取り組む姿勢を分析評価する情意考課があり,規律性,協調性,積極性,責任性の考課を行うことになっている(<証拠省略>)。この協調性では,チームワークに配慮した行動をプラス評価し,逆の行動をマイナス評価するものであり,福祉・医療の現場は馴れ合いでなく,目標を持って共に働く真のチームワークが必要であり,この人事考課制度は,医療福祉の現場におけるチームワークの必要性にも根ざした制度である。
(オ) また,考課者間の統一を図るための考課者訓練も繰り返し行われており,さらに,人事考課に用いられる能力開発カード,成績・情意考課表,能力考課表はいずれも被考課者に交付され透明性が確保されている。そして,「考課結果の確定から処遇反映までの計算」(<証拠省略>)によって,人事考課結果が処遇に客観的に反映されるよう整備されている。
(カ) 以上より,新賃金制度の内容は極めて合理的である。
エ 原告らに不利益がないことは前記(1)のとおりである。
オ 調整手当や平成21年度賃金制度改定等(代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況)について
(ア) 新賃金制度への移行に際して,平成11年度凍結していたベースアップと同年度定期昇給を旧規程に従って同年4月に遡って実施し,b病院については,過去の経営不振から1年遅れの国家公務員給与表を使用していたが,cホーム,d園と整合させるために,2年分のベースアップを実施した。そして,新賃金規程に従って,全員B基準にて平成12年度昇給を実施した。
(イ) 調整手当
新賃金制度の移行に際しては,月例賃金(b病院給与規程3条(1)「基準内給与」及び(2)基準外給与のうちの1「定額手当」を「月例賃金」としている。)について,被告Y会の職員では一人も減額とならぬよう経過措置(調整手当)を設けた。調整手当は当初は3年間としていたが,それ以降も月例賃金については継続して支給してきた。
賞与(一時金)については,3年間の経過措置として調整手当の2分の1を賞与計算基礎額に算入してきたし,平成12年度から平成18年度までは公務員の支給率を超える賞与(一時金)を支給している。
この調整手当については,新賃金制度を導入した2000年度に調整手当が支給されていた職員は,法人全体では職員合計877人中441名(50.29%),a事業所では職員合計41名,調整手当の平均額は33,126円(a事業所における調整手当の平均額は31,466円)であった(<証拠省略>)が,平成20年度に調整手当が支給されている職員は,法人全体では職員合計958人中107名(11.17%),a事業所では職員合計12名,調整手当の平均額は25,837円(a事業所における調整手当の平均額は19,383円)となっており,調整手当の受給者及び支給額は減少している。
(ウ) 新人事制度,新賃金制度の導入後の制度運用について,被告では,運用状況を検証しながら様々な改善等を行ってきており(<証拠省略>),人事考課結果の確定から処遇反映までの計算方法(<証拠省略>)についても,運用状況を検証しながら改善等を行ってきている。
(エ) 単位制研修の導入について
被告では,平成14年10月に,各資格級への昇格による職員の能力開発に合わせた研修制度の見直しを行うとともに,各職能層に合わせた単位制研修を導入した。単位制研修は,能力主義人事制度の中で職員が自ら業務遂行能力の向上と業務の拡大をはかり,資格級を昇格して行くことにより,職員が自発的に自らの処遇の向上をはかることへのサポートとして実施している研修であり,職員が計画的に受講できるように全事業所で無料で受講できるようにしている。単位制研修の受講は昇格要件としているが,この研修を受講しなくても確認試験に合格すれば昇格できるようにしており,単位制研修の受講を昇格の絶対条件とはしていない(<証拠省略>)。
(オ) 平成21年度賃金制度改定について
被告では,新賃金制度について,労働組合をはじめ法人内各施設の職員からの意見や要望に応えるとともに,長野県労働委員会からの指摘事項に対応し,かつ,賃金水準の向上など職員処遇の向上を実現するため,長期にわたって見直しや検討をしたうえで,平成21年3月31日,長野労働基準監督署に就業規則変更の届出をし,賃金制度改定を行った(<証拠省略>)。
この改定は,職群管理制度を廃止し,職能給表を一体化するなど賃金制度を改定し,昇給の号俸数の増加,年齢給表や職能給表などの改定による実質的な昇給,賞与算定基礎額への調整手当の算入,夜勤手当の500円アップ,介護福祉士に対する職種別初任給調整手当の増設などを行い,職員の賃金処遇をより良く改善したものであり,初任給水準の向上,特に同一資格級での滞留期間の長い職員の発生する4級~6級の習熟昇給年数の延長,手当を含めた実質賃金水準の向上,能力を高め資格級が昇格した職員の昇格昇給額の向上,地域間格差の是正といった賃金制度全体のレベルアップを図るものであり,現に,被告の職員の賃金は昇給されている(<証拠省略>)。
カ 新賃金制度導入後の被告における状況(他の労働組合又は従業員の対応)について
a事業所以外の事業所の被告職員は約85%であるところ,a事業所以外の事業所では,新賃金制度の趣旨が理解され,一時金(賞与)の支給についても新賃金規定に基づいて賞与を支給することが協定されている。
また,原告らを含む一部職員を除き,被告職員は,新人事制度,新賃金制度の中で目標設定をし,面接を受け,昇格にチャレンジし,自らの能力と処遇の向上に努めている(<証拠省略>)。a事業所では能力開発カード未提出者がおり,平成17年にカード未提出者が15名になったことがあったが,平成21年上期のカード未提出者は原告ら3名を含む5名だけになっており(<証拠省略>),a事業所の常勤職員158名のうち,このカード未提出者5名以外の職員は能力開発カードを提出し,人事考課も適正に行われており,人事考課によって職場のチームワークが乱されているというような状況もなく,多くの職員が目標達成にやる気をもって働くような職場になっている。
被告の退職者の状況は,平成19年度実績で14.24%(年間退職者数134名を年度当初職員数941名で除した結果)であり(<証拠省略>),これは大学の医局人事で入れ替わるf病院の医師及び離職率が高まっている看護師を入れた数値であるところ,昨今,介護労働従事者の退職率が20%を超える高さであることが危惧されている中で,高い定着率を維持している。
キ 医療・福祉における状況(同種事項に関する我が国社会における一般的状況等)について
多くの社会福祉施設において人事考課制度や職能給が導入されていることが報告されており(<証拠省略>),平成12年の医療・福祉制度改革を受けて,年功序列型賃金体系から成果主義賃金体系への転換がすすんでいる。
(原告らの主張)
ア 新賃金制度への変更の理由が成り立たないことについて
(ア) 医療福祉制度改革について
医療福祉制度改革の「医療福祉分野における制度改革による経営環境の変化」,「各種の補助金が廃止されることになった」ことを本件就業規則等変更の理由とするのであれば,新賃金制度導入の理由は人件費削減ということになる。最近では医療福祉分野では低賃金のために職員が不足し危機的状態となっており,賃金アップなど待遇改善が叫ばれている(<証拠省略>)。また,成果主義に対しても,正社員の働く意欲を低下させているなど問題点が指摘されている(<証拠省略>)。
(イ) 賃金制度の統一化について
賃金制度の統一化を図るのであれば,各施設の賃金制度の共通点を踏まえるのが合理的であり,被告の各施設間において共通しているのは,国家公務員俸給表の特徴である職種ごとの賃金表と号俸の多さである。各施設においては,被告が独自の給与表を使用していたと主張するf病院の給与表(<証拠省略>)も国家公務員俸給表にならった分類がされており,その余の施設の給与表(<証拠省略>)では国家公務員俸給表が用いられていたのであるから,統一ということであれば,新賃金制度よりは,各施設の給与表又は国家公務員俸給表を修正する方がはるかに合理的である。しかも,新賃金制度は,f病院には地域手当が支給され,夜勤手当も他施設より高額な支給がされており,統一化に反する内容のものとなっている。
そもそも,各施設間にあった賃金差は,地域性や過去の支給状況によるものであり,これを無視して,年齢給及び職能給に統一化する必要はない。病院で資格の有無や職種を無視して唯一の賃金表を適用している例などなく,国家公務員俸給表のように職種ごとに分かれた賃金表を使用しているのが通常である。
イ 新賃金制度導入の経過(労組等との交渉の経緯)について
本件新賃金制度導入について,被告は,原告らの所属するb病院労組に対して説明を果たさなかった(<証拠省略>)。導入前の資料(<証拠省略>)などは労働委員会の審理で初めて提示されたものである。
就業規則の確定案が提示されたのは平成12年1月末から2月初めであり,連合会は,被告に対し,平成11年3月30日には「具体的な案が示されていないので,意見の表明ができない」(<証拠省略>),平成12年1月25日には「今後各単組と協議してください」(<証拠省略>)と伝えており,b病院労組が「合意の後に届け出るように」,「協議中であり,具体的内容について言及できる段階ではありません」と意見を出し(<証拠省略>),f病院も,賃金規程の改訂に全面的反対するとの意見を出しており,職員総数の62%が反対していた。
ところが,被告は,平成12年4月1日,新賃金制度導入を強行した。
また,新賃金制度導入後も,被告は,労組との協議を尽くしておらず,多くの資料は労働委員会審理で初めて明らかにされた。
さらに,被告は,労働委員会命令(平成18年3月16日)後でも,問題については従前の回答を繰り返すだけであり,b病院労組を加えない作業委員会,教育研修委員会で検討しているというだけであり(<証拠省略>),本訴訟提起後も,被告の主張に関して当事者間で煮詰めようとした(<証拠省略>)が任意で答えず,訴訟において求釈明をしたが,これに対してまともに答えようとしなかった。
ウ 新賃金制度の不当性,不利益性
新賃金制度が実情を無視したものであったために,平成21年度改定により改定せざるをえなくなった(<証拠省略>)のである。
(ア) 新賃金制度の導入によって,給与が数万円も減額してしまう職員が多出する一方,6万円近くも増額する職員が出てしまい,新賃金制度の導入はドラスチックなものであった。
新賃金制度の導入に当たっては,成績,能力を賃金に反映させるという目的に反し,それまでの成績,能力,在職年数,経験年数を考慮せずに年齢のみで格付けした。そのため,b病院のBは入所して半年ほどであるのに5級に格付けされ,ベテランのCは4級に格付けされたため,旧賃金制度ではBの給与の方がCの給与よりも3万2700円少なかったのに,新賃金制度導入により1万8000円も高くなるなど,入職して間もない高齢の職員の給与が数万円増額する一方,在職年数,経験年数が長くとも若い職員は数万円減額となる現象が起こった。
(イ) 新賃金制度の導入によって基本給が増額した職員は少なく,多くは新賃金制度導入によって基本給が減額となった。支給額が減額していないのは暫定的に採られた調整手当によって補填されているからであって,基本給自体は減額となっている。
b病院正職員48名において,基本給が全体で73万5000円も減額している。月例賃金が30万9090円増額となっているが,これは調整手当50万5040円を加えているものであり,調整手当を加えなければ,基本給自体では19万9590円も減額している(<証拠省略>)。a事業所全体では,基本給がb病院において15万5150円(調整手当-昇給額),d園において61万0048円,cホームにおいて4,670円減額となった(<証拠省略>)。また,b病院の労働組合員14名では,新賃金制度の方が調整手当を含め月91万9320円増額したが,基本給自体は減額し,賞与が24万8608円減額した(<証拠省略>)。
そして,新賃金制度導入後は,職員1人あたりの人件費は減額している(<証拠省略>)。
また,新賃金制度によって諸手当が増額されたかのようにみえる(<証拠省略>)が,これは役職者に対する役職手当(施設長1号10万円,同3号8万円)が大幅に増額したことによるものであり,役職者となることで大幅な増額となることはあるが,これをもって職員全体の給与条件の向上とすることはできない。また,職種手当が3万4000円,住宅手当が5000円増額されたが,職種手当は加齢とともに大きく減額されるため,新賃金制度導入時に加算されても,新賃金制度が有利ということにはならない。
(ウ) 職能給の問題
a 職能給は,各級の号俸が少なく,昇格をしなければ数年で最高号俸に達し,昇給が停止する。専能職3級では31号俸,4級では46号俸しかなく,平均的な考課B(5号俸昇給する。)をとり続けたとすると,3級1号俸の者で6年で,4級に昇格しても7年で頭打ちとなってしまう。被告は,平成21年改定で号俸数を多くしたが,国家公務員俸給表に比べると少ない。
昇格すれば昇給するが,被告は,昇格の条件として,勤務時間外の単位制研修,能力考課(上司の評価),面接,上司意見を加重して,昇格の負担を増加させた。b病院における昇格者は,平成21年11月現在看護師は正職員だけで12名いるのに昇格したのは1名だけであり,介護士は21名いるのに昇格したのは5名だけであって,これは昇格が職員にとっていかに負担となっているかを証している。
b 目標設定の問題点
開発カードに記載されている目標の達成度を考課して処遇に反映させるのが職能給制度の仕組みであるが,職員が半年ごとに設定する目標は,日常業務については対象とならず,職種と等級によって定められた課業一覧表に沿ったものを選択するため,数回もすると選択する目標がなくなり,日常業務と遠ざかったものとなってしまったり,本来チームで達成しなければならないものを目標にしてしまうことが多くなっている。医療・福祉の現場は各種国家資格を有する職員がチームワークで遂行・達成することが多く,職員ごとの目標設定し達成させることは,このチームワークを阻害することになる。そして,短期で低い目標が追求されやすくなる(<証拠省略>)。
また,目標を確定したにもかかわらず,後に被告が一方的にレベルを下げるなどという不当な運用もされている。
c 考課の困難性,問題点
医療・福祉現場において考課を客観的に行うことは困難である(<証拠省略>)。現に,被告においても,職能給導入にあたって,過去の実績の評価は行わずに年齢だけで格付けし(<証拠省略>),また,業績給について1年でも減額となる考課計数(<証拠省略>)の考課を今日まで実施していなかったのであり,考課の困難性を被告自身認識していたはずである。また,臨床検査技師の第1次ないし第3次考課については,職種も勤務場所も異なる者が行っており,正当な評価ができるか疑問である。さらに,開発カードに記載されている各目標について最高の考課となっても総合評価がSにならないことが導入後3年も経ってからb病院労組から指摘により判明したのである(<証拠省略>)。
また,昇給に最も大きな影響を与え,賞与にも影響する情意考課(<証拠省略>)においては,規律性の最高がB(3点),他の3目標も最高がA(4点)となっており(<証拠省略>),情意考課4目標のうち規律性を含めた3目標で最高の考課であったとしても,平均すると3.5点となりB評価(3点)になってしまうのであり,低い点数しか算出されない。これは単に点数の問題ではなく,職能給が賃金抑制のために設けられたことを証するものである。
(エ) 新賃金制度はベテランを冷遇する賃金体系である。
a 年齢給は,48歳までは,年々上昇することになっているが,そのピッチ(開差)は,30歳までは1290円や1440円となっているが,それ以後40歳までは990円,48歳までは600円と減額となっており(<証拠省略>),ベテランになればなるほど上昇分が少なくなる。そして,49歳以上になると業績給となるが,これは48歳以降定昇ストップ,55歳以上はマイナス昇給(ピッチ-1,200円)となっている(<証拠省略>)。被告が作成したモデルでも,49歳からは昇給が停止し増額せず,55歳からは年に1200円ずつ減額するようになっている(<証拠省略>)。そして,これに合うモデルは48歳では第一子が大学を卒業し,第二子が大学在学中であるというものであって,かなり早く結婚し,子供が出生しているものであり(<証拠省略>),平成10年統計では,48歳以後にピークとなるのに,本件モデルではそのピーク時に年齢給を抑えられてしまい(<証拠省略>),b病院のような低賃金では,ピークとなる48歳までの間にその後に必要な経費を貯蓄できる程に余裕などない。
b 職能給は,各級の号俸が少なく,数年で最高号俸に達し昇給が停止することになり,昇格(昇級)しない限り昇給がない。導入直後は,積み上げ昇給(最高号俸に昇給分を積み上げ)をしていたが,平成15年には停止となった(<証拠省略>)。職能給もベテランにとっては昇給しにくいものとなっている。
c 手当のなかで比重の大きい職種手当も年々減額され,ベテランになる程,職種の差異,国家資格の有無による差がなくなる(<証拠省略>)。医療,福祉分野の多くは国家試験による資格を有した者によって成り立っており,資格取得のために多大な努力と苦労を要するのに,新賃金制度は国家資格を軽視するものである。
d 看護師は平成14年度から平成20年度までに22名が採用された(<証拠省略>)が,21名が退職した(<証拠省略>)。しかも,平成12年度と平成21年度の看護師・介護員を比較すると,在職し続けているのは,看護師にあっては15名中4名,介護員にあっては21名中6名しかおらず,ベテランが退職してしまっている。平成13年度と平成18年度において人数がそれほど減っていない(<証拠省略>)にもかかわらず人件費が減額していることはベテランが退職して新人が入ったことを証している。医療・福祉の分野では長期にわたる経験が有用であることからすると,特にベテランが退職して少なくなっていることは,経営面でも大きな損失である。
(オ) 職群管理制度を職能給と一体のものと位置づけていたが,職群選択といっても,総合職と専能職の差異は,転勤と職種異動に同意するか否かであるところ,被告の勤務地は東京近郊と長野に分かれており,職種は資格で限定されていたため,転勤と職種異動などありえず,また,専能職と技能職も調理師について混在させるなど,職群管理制度は不当なものである。現に,被告は,平成21年改定により職群管理制度を廃止しているのである。そして,被告は,職群管理制度を職能給と一体のものと位置づけていたのであるから,職群管理制度を廃止した以上,職能給も廃止すべきである。
エ 原告らの被る不利益
原告らの被る不利益及び調整手当が代償措置とならないことは前記(1)のとおりである。また,積み上げ昇給も平成15年度からは行われなくなったし,被告が主張するベースアップというのは,被告が経営不振を口実に前年度の国家公務員俸給表により給与を支給していたのを是正しただけであり代償措置ではない。
(3) 未払賃金ないし損害の有無及び額(新賃金制度における給与と旧賃金制度における給与との差額)について
(原告らの主張)
前記(1)のとおり,別紙1請求債権目録1「賃金差額分」記載の差額が生じている。
(被告の主張)
前記(1)のとおり,新賃金制度における給与と旧賃金制度における給与とで差額が生じているとはいえない。
第3当裁判所の判断
1 本件就業規則等変更が原告らに実質的な不利益を及ぼす変更か(争点(1))について
(1) 前記第2の2(2)によれば,旧賃金制度におけるb病院の給与は国家公務員俸給表によると規定されていたことが明らかである。この点,b病院においては,現実には各前年度の国家公務員俸給表によっていた(原告X1本人,原告X3本人,原告X2本人)のであるが,少なくとも,平成2年11月30日にはb病院労組とb病院との間で,平成3年度から3年計画で国家公務員の水準にそろえていくことが合意されており,新賃金制度導入当時において,上記賃金規程に反して前年度の国家公務員俸給表によることを正当化するに足りる証拠はない。
賞与については,旧賃金制度の下における賞与のb病院における支給率を認定するに当たっては施設間の賃金が統一された後の支給率によることはできないが,平成11年度までのa事業所内の各施設の支給率(<証拠省略>)や新賃金制度のもとでは国家公務員における支給率を上回る支給率によっていることからすれば,当該年度の国家公務員支給率と同じ支給率が支給されていたと認めるのが相当である。
これによれば,原告らが旧賃金制度の下で得られたであろう平成11年度ないし平成18年度における年収額は,別紙2の5の各「新旧賃金比較(実際)」の表の「年収」の「旧」欄に記載のとおりである。
そうすると,原告らが新賃金制度において現実に得た年収額(前記第2の2(3))から旧賃金制度において得られたであろう年収額を控除した額は,別紙2の5の各「新旧賃金比較(実際)」の表の「年収」の「新旧差額」欄に記載のとおりである。
(2) 新賃金制度導入後8年間において,原告X2においては平成15年度までは新賃金制度の方が支給額が多くその後旧賃金制度の方が支給額が多くなり1万7345円,原告X3においては平成12年度から旧賃金制度の方が支給額が多く219万1194円,それぞれ新賃金制度導入により減少している。しかも,各年の減少額は年々大きくなっており,昇格しない限り,年数を経ることで徐々に昇給する旧賃金制度で得られる給与との格差は大きくなり,将来にわたって大きな不利益を被ることになる(<証拠省略>)。この点,同原告らは人事考課を拒否しているためにD評価となっているところ,8割以上の者が得ているB評価(<証拠省略>)を前提に平成16年度ないし平成18年度の給与について比較すると,別紙2の4のとおり,原告X2においては22万9827円,原告X3においては150万3543円の減額となっており,やはり給与の減額の程度は大きい。さらに,原告X3については,被告が設定する理論年数を前提としても,別紙2の5「X3 新旧賃金比較(理論年数で昇給の場合)」のとおり,新賃金規程により,平成16年度において19万8748円,平成17年度において28万7800円,平成18年度において35万1955円減額となっており,特に本件就業規則等変更による不利益が大きい。
原告X1においては,新賃金制度導入後8年間で新賃金規程の方が68万4928円増額となっているが,その増額の程度は年々減少しており,平成19年度以降は,新賃金制度の方が少なくなると想定される(<証拠省略>)上,基本給は平成17年度及び平成18年度ですでに減額となっており,その減少額も大きくなっている。
また,旧賃金制度と同等の給与を得るためには速いペースで昇格することが必要となり,このような昇格をこなす者は少数であると想定できる(<証拠・人証省略>)。また,平成14年度からは昇格のためには単位制研修を受ける必要があり,3級から4級への昇格のためには26単位(19時間30分),5級ないし7級への昇格のためには24単位(18時間)の研修受けることが必要となるところ,これは勤務時間外に無報酬で行われるのであって,昇給のための負担が増加することはもとより,そのような研修受講要件を満たした上で上記のようなペースで昇格するのは困難であるといえる(<証拠・人証省略>)。なお,単位制研修を受けずともこれに代わる試験に合格することでも良いとされるが,同試験が単位制研修の代替措置として設けられていることからすれば,この試験に合格する方が単位制研修を受けるよりも負担が軽いとは考えにくい。
(3) 本件就業規則等変更は,賃金という労働者にとって重要な権利,労働条件を根本的に変更しようとするものであり,上記のとおり,原告X2及び同X3においては本件就業規則等変更により賃金の減少が既に生じており,原告X1においては,平成18年度分までの賃金支給額において本件就業規則等変更による減少はないものの,同年度以降年度を経るにつれて,新賃金制度による給与支給額が旧賃金制度による給与支給額を下回りその額が大きくなることが想定され,さらに昇格のためには単位制研修を勤務時間外に無報酬で受講する必要があることからすると,原告X2及び同X3はもとより,原告X1についても,賃金という労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼすものであるといえる。
そして,賃金などの労働者にとって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において,その効力を生ずるものというべきであり,この合理性の有無は,就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の変更の必要性の内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応,同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである(最高裁判所第一小法廷平成12年9月7日判決・民集54巻7号2075頁参照)。
そこで,以下,後記2ないし6において上記各項目に関して検討した上で,後記7においてこれを総合考慮して,不利益を原告らに法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容であるか(争点(2))について検討する。
2 原告らが被る不利益の程度については,上記1で検討したとおりである。
3 就業規則変更の必要性,同種事項に関する我が国社会における一般的状況
(1) 証拠によれば,次の事実が認められる。
ア 平成10年6月17日公表された厚生省(現厚生労働省)中央社会福祉審議会社会福祉構造改革分科会の社会福祉基礎構造改革についての中間報告である「社会福祉基礎構造改革について(中間まとめ)」(<証拠省略>)は,社会福祉法人の人材養成・確保として,「◎社会福祉施設等職員にふさわしい給与体系を導入し,その能力等に応じた処遇」を提言し(4頁),「○福祉の職場に良い人材を求めるためには,働く魅力があり安定した職場づくりが重要であり,使命感と熱意を持って働く福祉事業従事者の仕事が,賃金や社会的評価により裏打ちされる必要がある。○そのための方法としては,賃金についての制約を外し,各事業者が,社会福祉施設等職員にふさわしい給与体系を導入し,その職員の能力等に応じた処遇を可能にする必要がある。」(12頁)と報告した。
イ 平成12年度人事院の給与等に関する報告と給与改定に関する勧告(乙21の3)は,職務と能力・実績に応じた給与システムの改革として,「近年,我が国の社会経済システムの大きな変革の中で,多くの民間企業では,国際的な企業競争力を高めながら戦略構想力や高度な専門能力を有する優秀な人材の確保・育成とともに,総額人件費など固定的経費の抑制によるコスト削減に努めつつ,従業員の士気の向上や経営参画意識の醸成などを目指して,能力や成果・業績を重視した賃金体系への改革を進めている。公務においても,我が国全体における長期雇用の慣行を背景に,勤続・経験など年功を重視した処遇が行われてきた。しかしながら,行政をめぐる大きな環境の変化の下で,国民の理解を得ながら,変革の時代に求められる行政を推進していくためには,公務組織の活性化を目指し,人事管理全般の改革と併せ,個人の能力・実績をより一層重視した給与体系の実現に向けた見直しを進めていくことが肝要である。」(乙21の3「給与等に関する報告と給与改定に関する勧告」別紙一「職員の給与に関する報告」V「職務と能力・実績に応じた給与システムの改革」)としている。
ウ 全国社会福祉協議会・中央福祉学院が社会福祉施設長などを対象に行ったアンケート調査の結果,職能給の導入について,平成13年は,「すでに導入している」が13.5%,「導入を予定している」が20.3%,「導入について検討している」が43.0%,「導入予定はない」が19.8%であったのが,平成18年には,「すでに導入している」が32.6%,「導入を予定している」が9.1%,「導入について検討している」が29.4%,「導入予定はない」が22.9%となった。また,基本給の決定基準について,平成13年は,「公務員の俸給表に準ずる」が30.9%,「公務員の俸給表に法人独自の基準を加味している」が34.5%,「法人独自の基準による」が26.9%であったのが,平成18年には,「公務員の俸給表に準ずる」が19.5%,「公務員の俸給表に法人独自の基準を加味している」が23.6%,「法人独自の基準による」が48.4%となった。(<証拠省略>)
エ 被告は,平成12年4月の介護保険法施行に伴う医療福祉制度改革に対応して,年功序列の賃金制度から個々の職員の能力や実績を重視した賃金制度を確立する必要性,各施設ごとに賃金制度が異なっていたものを統一する必要があると考え,新賃金制度を導入した(<証拠・人証省略>)。
(2) 前記(1)認定事実によれば,同ア及びイのような指摘がされる中で,多くの福祉施設は,国家公務員俸給表に準じる賃金制度を採っていたが,職能給の導入した独自の賃金制度の作成を検討するようになり,その結果,多くの施設がこれを導入し独自の賃金制度を作成したことが推認でき,被告においても,他の施設と同様に,年功序列賃金制度から,個人の能力・実績をより重視した能力給を導入するなど,賃金制度を改定する必要性があると判断したことも相当であったといえる。これに加え,被告においては,各施設ごとに,就業規則,給与規程に違いがあり,給与の額等労働条件に格差が生じており(<証拠・人証省略>),職員処遇に不公平が生じるとともに,法人内職員異動や施設間業務の統合等について弊害が生じていたという状態も否定できないことからすると,被告において,職能給を導入した統一的な賃金制度を作成する必要性があったことを否定することはできない。
なお,原告らは,医療・福祉の分野に能力給はなじまないと主張するが,一概にそのようにいうことはできないし,成果主義の弊害を指摘する見解があっても(<証拠省略>),これをもって,被告において成果主義を導入することが不適当であるとまでいうことはできない。
4 新賃金制度の内容の相当性等
前記3のとおり能力給を採用すること自体は不相当とはいえないが,新賃金制度については次の問題点を指摘することができる。
(1) 新賃金制度への移行により,b病院正職員48名中16名の基本給が減額となっており,その額は合計73万5000円であり,a事業所全体では,76万9868円減額となっている(<証拠・人証省略>)。
昇給についてみると,総合職及び専能職の職能給表における号俸は,2級及び3級で1号俸から31号俸まで,4級ないし6級では1号俸から46号俸までであるため,1号俸の者が平均的な考課であるBをとり続けたとすると,Bでは5号俸昇給することから,2級及び3級で6年で,4級で9年で最高号俸に達する。3級から4級に昇格した場合には4級で7年で最高号俸に達し,その後は昇格しない限り昇給せず,年齢給による昇給のみとなる。その年齢給も49歳からは業績給となり2期続けてAを採った場合のみ昇給することになる。
そのため,新賃金制度においては,昇格しない限り,年数を経ることで徐々に昇給する旧賃金制度で得られる給与との格差が大きくなる(<証拠省略>)。
確かに,能力給を導入する以上昇給するためには昇格が必要となるのも当然であるが,旧賃金制度と同等の給与を得るためには速いペースで昇格することが必要となり,このような昇格をこなす者は少数であると想定できる(<証拠・人証省略>)。また,昇格のために単位制研修を受ける必要があることにより上記のようなペースで昇格するのは困難であることについては前記1(2)で検討したとおりである。また,職員(D)の中には4級46号俸に格付けされたため,7級28号俸に昇格しない限り昇給しないという者も存在する。
そして,新賃金制度は,能力制度の導入と賃金制度の統一の目的で導入されたものであり,人件費抑制を目的としているわけではないのであるから,そのような目的で導入された賃金体系において,上記のような賃金面での減額を生じることは適切なものとはいえない。
(2) また,導入に当たっての格付けも年齢によってのみ行われているが,能力給の導入するにあたり,経験年数等能力に関係する要素を排除して年齢のみで格付けをすることには合理性を見いだしがたい。
現に,Bはb病院に入所して半年ほどでそれ以前に介護経験を有していなかったにもかかわらず5級に格付けされ,介護員として10年以上の勤務経験を有するCは4級に格付けされたため,旧賃金制度ではBの給与の方がCの給与よりも3万2700円少なかったのに,新賃金制度導入により1万8000円も高くなる例もあった(<証拠省略>)。
(3) さらに,新賃金制度導入後,人事考課の計算方法,昇格基準,能力開発カードの目標数や確認項目について,種々の変更がされ(<証拠省略>),変更を要することになった事項の中には,各考課項目が最高評価でも総合判定がSとならないという不備を補正するために全考課が最高評価の場合には総合判定をSとするというものもあった(<証拠省略>)。そして,平成18年度には職群管理制度の廃止とこれに伴う賃金制度の改定を検討し始め,平成21年度からは職群管理制度を廃止し,技能職職務給表,専能職職能給表,総合職職能給表を統一した新たな職能給表を作成し,年齢給表及び業績給表並びに諸手当も見直して,新賃金制度を大きく変更しているのである。これらに加え,後記6の新賃金制度の導入の経過もあわせ考えると,新賃金制度は,その検証が十分なされないまま導入されたものであると考えざるをえない。
(4) 被告は人事考課規程やマニュアル等を作成したり考課者の訓練等を行っている(<証拠・人証省略>)ものの,原告X3は,設定した業務目標について,b病院内でA評価を採る見込みの職員が多くなってしまったためにこれを減らすという理由で,途中で目標達成基準を引下げるよう指示されたり,資格級レベルを一方的に引下げられたりしており(<証拠・人証省略>),原告X2は,設定した業務目標について,一度クリアした目標を重ねて立てることはできないとの理由で,上期終了間近になってこれを変更するよう指示されたり,設定していた資格級レベルを一方的に引下げられるなどしており(<証拠・人証省略>),業務目標の設定やその評価も曖昧な点がある。なお,証人Eは,原告X3の上記経験について話合いをした結果であると考えられるなどと述べている(<人証省略>)が,この供述は具体的な記憶に基づいているのではなく同人の一般的な指導方針等から推測しているにすぎず,これを採用することはできない。
5 代償措置その他関連する労働条件の改善状況
(1) 調整手当やこれの賞与への算入などの代償措置は採られている。また,ア 新賃金制度移行時に最高号俸に達していた職員については,積み上げ昇給として,給与表にない特別の昇給を,平成14年度まで実施したり,イ 人事考課の結果を一時金に反映させる制度の運用について,平成14年夏季一時金までは考課係数が1.0未満のものも1.0として計算する経過措置を採ったり,ウ 昇給についても,平成13年度及び平成14年度は人事考課のプラス結果のみを反映させる経過措置を採っている。
しかしながら,調整手当は,新賃金制度導入時の月額給与額を下回らないようにするにとどまるものであり,調整手当支給中は,昇給があっても,その分調整手当から減額されるというものである。また,調整手当の支給は3年間とされており,その後の支給は被告の判断によるものである(<人証省略>)。さらに,一時金への算入については平成12年夏季賞与から平成14年冬季賞与までの間,調整手当の半額を計算の基礎として算入しただけである。そして,新賃金制度導入時の給与額は維持されるものの,旧賃金制度の下で昇給していたはずの分については十分考慮されておらず,不利益の程度に比して代償措置として十分な効果を有するものであるとはいえない。
(2) また,原告らの職務が軽減されているなどの事情は見当たらない上,昇格するためには勤務時間外に無報酬で単位制研修を受ける必要がある(なお,単位制研修に代わる試験の方が単位制研修を受けるよりも負担が軽いとは考えにくいことは前記4(1)のとおりである。)など負担が増加しているといえる。
(3) さらに,被告は,平成11年度凍結していたベースアップと同年度定期昇給を旧規程に従って同年4月に遡って実施し,b病院については,過去の経営不振から1年遅れの国家公務員給与表を使用していたが,2年分のベースアップを実施したと主張するが,旧給与規程上国家公務員俸給表によるとされている(前記第2の2(2))のであるから,これを新賃金制度導入による代償措置と評価することはできない。
6 労働組合との交渉の経緯,他の労働組合又は他の従業員の対応
(1) 証拠(<証拠・人証省略>)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
ア 職能資格制度実施まで
(ア) 被告は,平成10年5月30日に人事制度検討説明会を開催して以降,賃金制度変更の検討を本格化し,同年10月3日,各施設の管理職,各労働組合が参加している連合会等を対象に「職能資格制度と職務調査説明会」を開催し,職能資格制度を導入する方向で作業をすすめていることを説明し,これにあたり,職務の状況を把握するための調査を依頼した。
(イ) 被告は,同年11月9日に連合会に対し,同年12月15日及び16日にa事業所全職員に対し,それぞれ職能資格制度導入についての説明会を開催した。
また,被告は,平成11年1月20日,連合会に対し,説明会を開催し,職能資格制度について説明するとともに,新賃金制度について,年齢給や基本給の構成等を説明した。
(ウ) 被告は,同年3月10日,連合会との間で労使協議会を開催し,説明資料(<証拠省略>)を配付し,基本給が年齢給と能力給とで構成されること,能力開発型の能力給を導入すること,移行に当たっては平成11年3月の基準内給与月額を保障すること,移行時の格付けは能力確認が不可能であることから客観的基準に従って行うことなど新賃金制度について説明した。その際の配付資料の中で,年齢給について「一定年齢(世帯形成のピーク・48歳)までは,S字カーブで設定,以降定昇ストップ,55歳以上はマイナス昇給とする。(世帯形成に合わせた年齢給カーブ)」との説明書きが付され,上昇が48歳でピークとなり55歳を越えて下降に向かうグラフが記載されていた。
(エ) 被告理事会は,同年3月20日,人事考課規程,職能資格級規程,職群管理規定等を承認し,同年4月1日から実施することを決定した。
(オ) 被告と連合会とは,同年3月30日,「連合会からこの制度導入に伴う賃金制度の変更に関しては具体的な案が示されていないので,賃金制度については具体的な案が提示されるまで,賃金制度については意見の表明ができない旨の意思表示があった。」,「Y会から賃金制度については,3月から検討を始めているため,検討段階に応じて随時連合会に提示し,以下のような日程で誠意を持って説明・協議を行う旨の提案があった。(1)4月以降,提示できる案が出来次第,随時説明・協議を行う。(2)9月ないし10月までには,確定案を提示し,職員就業規則,給与規程の改正について説明・協議を開始する。(3)12月末までには協議を終了できるように努力をする。(4)2000年1月から2月の間に,格付けに基づく各人の新給与を決定し3月に新給与体系に移行する。」など記載された覚書を作成した。
(カ) 被告は,平成11年4月,職能資格制度を実施し,同月1日付けで,各職員に対し,職能資格給の格付けをした。
被告は,同年6月10日,職員に「職能資格制度ガイドブック」(<証拠省略>)を配布した。同ガイドブックには「人事考課は賞与や昇給の決定にも使われますが,それはむしろ副次的で,人事考課の目的と意義は育成にあります。」などと記載されており,賃金制度とどのように連動するのかにについては示されていなかった。
また,職能資格制度の実施にあたり,職能給の格付けの方法,人事考課規定(<証拠省略>)及び人事考課マニュアル(<証拠省略>)は示さなかった。
イ 職群選択までの経過
(ア) 被告は,平成11年9月24日,連合会との間で労使協議を行い,賃金規程準則案,賃金規程内規案,総合職及び専能職の職能給表案,技能職の給与表案,賃金シュミレーション及びモデル賃金等の資料を配付し,説明した。この時配布された賃金規程準則案,総合職及び専能職の職能給表案,技能職の給与表案,諸手当一覧表は,ほぼ同じ内容のまま平成12年4月1日実施の各施設の賃金規程となった。
(イ) cホーム労組,b病院労組及びd園労組は,平成11年10月4日,被告に対し,「1999年9月24日に,提示された職能給の賃金表の資料だけでは,理解できないので,賃金等などの重要事項については,今後,更なる協議等が必要と思われます。」などと申し入れた。
(ウ) 被告は,平成11年11月2日及び4日,Y会新賃金制度説明会資料(<証拠省略>)を配布し,年齢給ピッチ,年齢給表案,総合職及び専能職の職能給表案,技能職の給与表案,賃金シュミレーション及モデル賃金等を示し説明した。なお,上記資料は,9月24日の配付資料とほぼ同じ内容であったが,新たに,年齢給表案,管理職及び49歳以上の職員の賃金についてなどの資料が加えられ,49歳以上の基本給が職能給と業績給から構成されることが示されていた。
(エ) 被告は,同年11月10日,各職員に対し,職群選択申請書のほか,総合職,専能職及び技能職のモデル賃金の資料を配布し,同月末日までに職群を選択するように通知した。
(オ) 連合会は,同月29日,被告に対し,「1.現行の職能資格制度を反映させた新賃金制度については,その導入,移行は認められない。 2.現行の職能資格制度は,数多くの問題があり,未成熟である。 3.現行の職能資格制度における職群選択は,現状況下においては無効である。 4.新賃金制度については,提示されているものでは十分に検討できない。 5.2000年4月以降の給与については,現行給与体系の継続を求める。また,凍結されている定期昇給及びベースアップを速やかに実施する。 6.以上の件については重要な労働条件の変更事項であるため,事前協議制の下,十分に協議を行う。」と申し入れた。
被告は,同申入れに対し,同年12月8日,「新賃金制度は,決定したから労組に提示するものではなく,検討段階において順次説明する方法をとっています。「提示されるものでは十分に検討できない」ではなく,提示をするとともに意見をお聞きしており,今後とも最終案になるまでに順次説明を行いますので検討をお願いします。」などと回答した。
ウ その後の経過
(ア) 被告は,平成11年12月14日,cホーム労組との間で,新賃金制度についての団体交渉を行った。cホーム労組は,新賃金制度の全容が示されていない状況では職群の選択はできないとして職群選択の通知を撤回すること,医療福祉の職場に職能給はなじまないとして職能給の撤回を要求した。
(イ) 被告は,翌15日,b病院労組との間で,新賃金制度について第1回団体交渉を行った。同日の団体交渉には,連合会,cホーム労組及びd園労組の執行部役員も出席した。b病院労組は,新賃金制度の全容が示されていない状況で職群選択はできず,協議中に職群選択を求めたことは不当であると主張して,新賃金制度の撤回を求めた。
被告は,職群選択を撤回すると回答した。
(ウ) 被告は,同月24日,b病院労組との間で,第2回団体交渉を行い,職能資格制度と職能給との関係について説明を行った。
(エ) 被告は,平成12年1月12日及び13日,a事業所の職員を対象として賃金制度説明会を開催し,平成11年11月2日及び4日の説明会の資料を用いて新賃金制度について説明した。
(オ) 連合会は,平成12年1月25日,被告に対し,各組合の足並みがそろわないために今後は連合会が窓口とならないので各労組と協議してほしいと要請した。
被告は,同日,連合会に対する説明会を予定していたが,これを各労組合同の説明会に切り替えて実施した。被告は,「就業規則新旧対比表(案)」,「新賃金制度への移行等について」,「賃金規程準則(案)」及び「賞与規程準則(案)」等を配布し,就業規則及び賃金規程の改定案について説明した。
(カ) 被告は,同月31日,b病院労組との間で,第3回団体交渉を行った。b病院労組は,新賃金制度が賃金抑制を目的とするものであると主張し,導入の理由を文書で提出するよう求めた。
(キ) 被告は,同年2月1日,cホーム労組との間で,第2回団体交渉を行った。cホーム労組は,新賃金制度が賃金抑制を目的とするものであると主張し,導入理由を明らかにするよう求めた。
(ク) 被告は,同年2月8日,連合会及び各労組に対し,「就業規則等改定のポイント」,「就業規則新旧対比表(案)」,「新賃金制度への移行等について」,「賃金規程準則(案)」を添付した「就業規則・賃金規程等の提案について」と題する文書(<証拠省略>)を配布し,同年1月25日に説明した就業規則・賃金規程の改定案及び関連の規程等の提案について書式等を整備したとして,労使協議を申し入れた。
なお,被告は,平成11年5月18日の第1回就業規則等研究委員会から同年12月2日第6回職員就業規則等研究委員会まで6回にわたり協議を重ねており,第6回職員就業規則等研究委員会において,就業規則,賃金規程の原案がまとめられ,平成12年1月4日,各施設長や就業規則等研究委員に対して原案を送付し意見を求めた(<証拠省略>)上,最終案を作成しており,上記配布された各案はこの最終案であった。
(ケ) 被告は,a事業所の職員を対象として,平成12年2月9日,新賃金制度についての説明会を,同月24日及び25日,就業規則改定についての説明会を開催した。
(コ) 被告は,同月17日,b病院労組との間で,第4回団体交渉を行い,就業規則改定のポイントについて説明したが,賃金規程案については言及されなかった。
(サ) 被告は,翌18日,cホーム労組との間で,第3回団体交渉を行った。cホーム労組は,就業規則案及び賃金規程案についての説明を求めるとともに,職群選択の撤回を要求した。
被告は,同日,就業規則案及び賃金規程案について説明するとともに,同月21日,「1999年11月に行ないました職群選択について,その時点ですべての情報が揃っていなかった為,その時の職群選択は撤回し,新たに職群選択を取り直しをいたします。」と回答した。
(シ) 被告は,各労組に対し,労働基準監督署に提出する就業規則変更届に添付する組合の意見書を提出するよう依頼し,b病院労組に対して同月24日に,cホーム労組に対しても同年3月1日に,それぞれ意見書を提出するよう依頼した。
これに対し,b病院労組は同月6日,cホーム労組は同月8日,就業規則については組合との団体交渉が継続中であるため合意後に届け出るよう回答し,b病院労組は,同月29日,「現在,団体交渉の場で協議中であり,具体的内容について言及できる段階ではありません。」と記載した意見書を被告に提出した。
東京都のg園労働組合は,「今回の就業規則の改定は,賃金制度の全面改定など,内容が大変膨大にも関わらず,当組合に対する説明は,実質的に2回しか行われず大変不十分である。」「賃金制度については職能資格制度に伴う賃金改正であり,職能資格制度が順調に可動していない現在完全実施されることには到底承伏できないところである。」などとの意見書を提出した。
東京都のhホーム,iホーム及び特別養護老人ホームjホームの従業員代表は,それぞれ,特に異議はないなどとの意見書を提出した。
東京都のf病院,d園及び静岡県のe園の各組合並びに東京都の特別養護老人ホームたちばなホームの従業員代表は,夏季又は年末の休暇日数が短縮となることや休日の扱い又は通勤手当等に関し,それぞれ意見を記して提出した。
(ス) 被告は,同年3月16日,b病院労組との間で,第5回団体交渉を行った。b病院労組は,人事考課が賃金へ反映され,新賃金制度が法人全体で導入されることに反対し,導入理由について説明を求めた。これに対し,被告は,法人全体で決めたことなどと回答した。
(セ) 被告は,同月27日にcホーム労組との間で第4回団体交渉を,同月31日にb病院労組との間で第6回団体交渉を行った。cホーム労組及びb病院労組は,それぞれ,新賃金制度に反対することを表明し,交渉継続を求めた。
(ソ) 上記各団体交渉においては,被告本部からの出席はなかった。
(2) 新賃金制度について,被告と連合会との平成11年3月30日に作成された覚書においては,4月以降提示可能な案ができ次第協議を行い,9月ないし10月までに確定案を提示し,就業規則及び給与規程の改正についての説明及び協議を開始して,3月に新給与体系に移行するとの日程が被告から示されたのであるが,連合会に対して賃金規程や給与表の案が示されたのは,導入の約半年前である平成11年9月24日であり,しかも,説明会での配付資料をみると,被告からの説明内容は概括的なものであったといえる。そして,最終的な案が示されたのは平成12年1月下旬から2月上旬にであり,b病院労組やcホーム労組が十分な説明をするよう求める中で,同月下旬から同年3月初めには,労組に対し,労働基準監督署に提出する就業規則変更届に添付する意見書の提出を求めているのである。
新賃金制度の導入は被告における賃金制度を抜本的に変更するものであるから,従業員においてこれを検討するには相当期間が必要になると考えられるところ,被告が新賃金規程の最終案を提示したのは被告自らが予定した提示予定日から3,4か月程度遅れた。しかも,連合会は,平成11年11月29日,職能資格制度には多くの問題があり未成熟である,新賃金制度については提示された資料だけでは十分に検討できないとの意見を表明し,cホーム労組やb病院労組も同年12月,新賃金制度の全容が示されておらず職群選択ができないとの意見を表明して,それ以降,具体的な説明を求めていたし,労働基準監督署に提出する意見書においても,東京都のg園労働組合が説明が不十分であるとの意見を提出していたのであって,原告らが陳述書(<証拠省略>)や本人尋問で述べるように,新賃金制度の内容についての説明は概括的な説明にとどまっており,従業員がその内容を十分理解するには足りないものであったということができる。さらに,新賃金制度は職能資格制度による人事考課が反映されるものであったところ,職能資格制度について連合会に対して説明がされた平成10年11月から5か月後には導入された上,その導入に際しては,賃金制度とどのように連動するのかについては示されず,人事考課の方法等(<証拠省略>)についての説明は新賃金制度の導入に当たってもされなかったのである。
このようなことからすると,賃金制度を抜本的に変更するという労働条件についての重要な事項について,従業員や労働組合に対する説明や交渉が十分されたとはいいがたい。
7 以上を総合的に考慮すると,本件就業規則等変更が人件費削減を目的とするものではないにもかかわらず,原告らを含め従業員の賃金減額をもたらし,代償措置もその不利益を解消するに十分なものとはいえないのであって,新賃金制度の導入目的に照らして上記賃金減額をもたらす内容への変更に合理性を見いだすことは困難である。また,そのような基本的な労働条件について変更するには,特に十分な説明と検証が必要であるといえるが,原告らを含め従業員ないし労組に対する説明は十分にされたとはいえず,新賃金制度の内容について前記4のとおり問題点を有するものであり,導入に当たり内容の検証が十分にされたとはいいがたいものであった上,従業員への説明や内容の検証を上記程度にとどめてまで新賃金制度を導入しなければならないほどの緊急の必要性があったとも認められない。よって,賃金規程の変更に同意しない原告らに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできず,本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は,原告らにその効力を及ぼすことができない。
したがって,原告らは,新賃金制度による給与額が旧賃金制度において支給されたであろう額を下回る場合には,その差額の賃金を請求することができる。
8 未払賃金ないし損害の有無及び額(争点(3))について
原告らは,平成16年ないし平成18年分の賃金を請求しているところ,別紙2の5のとおり,(1) 原告X1については,いずれの年も新賃金制度において支給された給与額が旧賃金制度において得られたであろう給与額を上回っているから,同原告の上記各年について損害(未払賃金)はない,(2) 原告X2については,新賃金制度において支給された給与額が旧賃金制度において得られたであろう給与額を合計22万9827円(平成16年度で5602円,平成17年度で8万3690円,平成18年度で14万0535円)下回るから,同原告の損害(未払賃金)は同額である,(3) 原告X3については,新賃金制度において支給された給与額が旧賃金制度において得られたであろう給与額を合計150万3543円(平成16年度で35万5228円,平成17年度で50万9080円,平成18年度で63万9235円)下回るから,同原告の損害(未払賃金)は同額である。
なお,被告は新賃金制度で原告らがB評価を得ることを前提に比較すべきであると主張するが,原告らの平成16年ないし平成18年分の賃金は旧賃金制度により支払われるべきものであり,新賃金制度における評価如何にかかわらず,旧賃金制度で支給されるべき賃金の額が現実に支払われたか否か,現実の支給額が問題となり,仮定の賃金額を前提とすべきではない。
9 次に,原告らは,被告が原告らの賃金減額による損害を是正しないことが不法行為に当たるとも主張するが,これについて不法行為法上の違法があるとか被告に故意又は過失があることを認めるに足りる証拠はないから,被告が不法行為責任を負うとはいえない。
第4結論
以上より,原告X1の請求は理由がないからこれを棄却し,原告X2の請求は22万9827円及びこれに対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから同限度で認容し,原告X3の請求は150万3543円及びこれに対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから同限度で認容することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 近藤ルミ子 裁判官 蛭川明彦 裁判官望月千広は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 近藤ルミ子)
別紙2の5
X3 新旧賃金比較(実際)
月収
旧
新
(調整手当を考慮しない比較)
新
(調整手当を考慮した比較)
基本給
手当
計
基本給
手当
計
新旧
差額
調整
手当
合計
新旧
差額
俸給額
各年度
住宅
手当
特殊
職務
手当
年齢給
年齢
職能給
級・号
職種別
初任給
調整
手当
住宅
手当
国家
公務員
俸給表
a
b
c
A=
a+b+c
d
e
f
g
B=
d+e+f+g
B-A
C
D=B+C
D-A
1999
年度
233,800
医(三)
2-9
5,000
0
238,800
116,570
28歳
73,200
3級31号
33,500
5,000
228,270
-10,530
10,530
238,800
0
2000
年度
242,000
医(三)
2-10
5,000
0
247,000
118,010
29歳
76,800
表外
33,000
6,000
233,810
-13,190
4,990
238,800
-8,200
2001
年度
249,500
医(三)
2-11
5,000
0
254,500
119,450
30歳
81,100
表外
32,500
6,000
239,050
-15,450
4,050
243,100
-11,400
2002
年度
252,200
医(三)
2-12
5,000
0
257,200
120,440
31歳
85,400
表外
32,000
6,000
243,840
-13,360
3,560
247,400
-9,800
2003
年度
257,000
医(三)
2-13
5,000
0
262,000
121,430
32歳
85,400
表外
30,300
6,000
243,130
-18,870
3,560
246,690
-15,310
2004
年度
264,300
医(三)
2-14
5,000
0
269,300
122,420
33歳
85,400
表外
28,600
6,000
242,420
-26,880
3,560
245,980
-23,320
2005
年度
270,700
医(三)
2-15
5,000
0
275,700
123,410
34歳
85,400
表外
26,900
6,000
241,710
-33,990
3,560
245,270
-30,430
2006
年度
277,900
医(三)
2-16
5,000
0
282,900
124,400
35歳
85,400
表外
25,200
6,000
241,000
-41,900
3,560
244,560
-38,340
年収
旧
新
新旧差額
月収×12
賞与
合計
月収×12
賞与
合計
月収×12
賞与
合計
支給率
支給率
計算
E=A×12
F=(A-b)×h
h
G=E+F
H=D×12
I
i
J=H+I
H-E
I-F
J-G
1999
年度
2,865,600
1,157,310
4.95
4,022,910
2,865,600
1,157,310
4.95
(D-g)×i
4,022,910
0
0
0
2000
年度
2,964,000
1,149,500
4.75
4,113,500
2,865,600
1,105,464
4.80
(D-g-C/2)×i
3,971,064
-98,400
-44,036
-142,436
2001
年度
3,054,000
1,172,650
4.70
4,226,650
2,917,200
1,128,360
4.80
(D-g-C/2)×i
4,045,560
-136,800
-44,290
-181,090
2002
年度
3,086,400
1,172,730
4.65
4,259,130
2,968,800
1,126,214
4.70
(D-g-C/2)×i
4,095,014
-117,600
-46,516
-164,116
2003
年度
3,144,000
1,130,800
4.40
4,274,800
2,960,280
1,114,511
4.70
(D-g-C)×i
4,074,791
-183,720
-16,289
-200,009
2004
年度
3,231,600
1,162,920
4.40
4,394,520
2,951,760
1,087,532
4.60
(D-g-C)×i
4,039,292
-279,840
-75,388
-355,228
2005
年度
3,308,400
1,204,615
4.45
4,513,015
2,943,240
1,060,695
4.50
(D-g-C)×i
4,003,935
-365,160
-143,920
-509,080
2006
年度
3,394,800
1,236,655
4.45
4,631,455
2,934,720
1,057,500
4.50
(D-g-C)×i
3,992,220
-460,080
-179,155
-639,235
8年間
計
34,435,980
32,244,786
-1,641,600
-549,594
-2,191,194
04~06
計
13,538,990
12,035,447
-1,105,080
-398,463
-1,503,543