長野地方裁判所 平成19年(ワ)453号 判決 2009年3月27日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,205万9199円及びこれに対する平成15年11月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,訴外会社が占有する茸の所有権を主張する原告が,原告,被告及び訴外会社の三者間で茸の販売委託を目的とする販売委託契約が成立したと主張し,この販売委託契約に基づき,受託者である被告に対し,茸の販売代金の支払を求め,予備的に,茸の所有権について原告と訴外会社との間で争いがあり,しかも訴外会社が倒産状態であるため債権回収が困難であることを知りながら,訴外会社との間で茸の販売委託契約を締結して,同社に対する債権と茸の販売代金支払債務とを相殺したという被告の不法行為によって,茸の販売代金相当額の損害を被ったとして,原告が被告に対し損害賠償を求める事案である。
1 前提事実(争いがない事実及び掲記の証拠によって認定できる事実)
(1) 原告は,茸の生産及び加工販売等を目的とする特例有限会社である。
被告は,組合員のために農業経営の指導,資金の貸付,貯金の受入,生産物資の販売等を目的とする農業協同組合である。被告は,生産者からの委託を受け,生産者から生産物を預かって市場等に出荷し,手数料等の販売経費を取得している。
訴外有限会社a製作所(以下「a製作所」という。)は,茸の生産・販売を業とする会社である。
a製作所の代表取締役Aは,原告代表者Bの姉Cの夫である。
(2) a製作所は平成8年ころから経営が悪化したため,Bの依頼を受けてその妻や息子がA等a製作所の関係者に資金を貸し付けるなどしていた。平成12年ころから,平成9年に設立された有限会社b(代表取締役A)がa製作所の経営を引き継ぐこととして,Bがその経営に関与するようになった。
原告は,平成13年6月1日に設立され,Bの妻の実妹が代表取締役となり,Aの所有するa製作所の茸栽培工場を同人から賃借して,茸の生産・販売を始め,平成14年4月以降,上記工場で生産される茸を原告が出荷し,A及びC等は同工場で稼働して原告から労務費の支払いを受けるようになった。
平成15年8月12日,a製作所所有の動産の売買契約及び上記工場の賃貸借契約の解除等を巡る紛争から,A及びC等が,実力でBや原告従業員等の上記工場への立ち入りを排除し,原告の申立てに係る仮処分申立事件の決定に基づき上記工場の明け渡しの執行がなされた平成15年9月17日までの間,上記工場を占有した。
(甲1,3の1,4の1,6,11の1及び2,12の1ないし7,16,原告代表者)
a製作所は,A等が上記工場を占有していた平成15年8月12日から同年9月17日までの間,被告に対し,販売代金合計205万9199円分の原告所有のブナシメジ(以下「本件茸」という。)を出荷し,そのころ,被告に対し本件茸を引き渡した。上記代金の支払期は,遅くとも平成15年10月末日までに到来していた。
(3) 原告は,被告に対し,平成15年8月17日到達の書面によって,本件茸は,いずれも原告の所有であるから,a製作所に対して代金の支払いをしないよう通知した。
(4) その後,原告及びBとa製作所及びA等との間には,上記(2)の紛争に関し,訴訟(長野地方裁判所平成16年(ワ)第7号営業妨害禁止等請求事件,同第155号建物明渡等請求事件及び同第228号債権帰属確認請求事件)が係属し,同訴訟は控訴審(東京高等裁判所平成18年(ネ)第3423号事件)において概ね原告が勝訴する判決(以下「別件判決」という。)が確定した。
(5) 原告は,被告に対し,平成19年8月27日到達の書面によって,a製作所による本件茸の売買を追認する旨の通知をした。被告は,これに対する平成19年9月10日付けの回答書によって,本件茸の販売代金の支払を拒絶し,以後現在に至るまで,本件茸の販売代金の支払をしていない。
(6) 被告は,本件訴訟の第1回弁論準備期日(平成20年2月19日)において,本件茸の販売代金支払債務とa製作所に対する平成13年9月末日から平成14年5月末日を支払期限とする茸生産資材等の代金211万2670円の請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。
2 争点及びこれに対する当事者の主張
本件の主な争点は,(1) a製作所,原告及び被告の三者間に,被告が本件茸の販売を受託し,後日原告とa製作所との間で確定した本件茸の所有者を委託者として,被告が委託者に対し本件茸の販売代金を支払うとの合意が成立したか否か,(2) 被告の不法行為責任の有無であり,これらの争点に対する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点(1)(a製作所,原告及び被告の三者間に,被告が本件茸の販売を受託し,後日原告とa製作所との間で確定した本件茸の所有者を委託者として,被告が委託者に対し本件茸の販売代金を支払うとの合意が成立したか否か)について
(原告の主張)
① 原告が,平成15年8月13日,本件茸の所有権の帰属について原告とa製作所の間に争いがあることから,被告に対しa製作所への本件茸の販売代金の支払を留保するよう申し入れたところ,被告cセンター長は検討する旨回答した。この事実に,その後数年間にわたって,被告が本件茸の販売代金の支払も供託もせず,原告が本件茸の所有者であることが確定して本件茸の販売代金を請求した段階になって,契約当事者がa製作所であると主張したりa製作所に対する債権を自働債権とする相殺を主張するに至った経緯を併せ考えれば,被告は,原告の上記申し入れに応じて,本件茸の所有者であることが確定した者に対して本件茸の販売代金を支払うとの意思を明示ないしは黙示に表示したというべきである。
したがって,a製作所,原告及び被告の三者間に,平成15年8月13日,原告とa製作所との間で本件茸の所有権について争いがあることを承知した上で被告が本件茸の販売を受託し,後日原告とa製作所との間で確定した本件茸の所有権者を委託者として,被告が委託者に対し本件茸の販売代金を支払う旨の合意が成立した。
② 上記販売委託契約に基づき,平成15年8月12日から同年9月17日までの間,被告に対し本件茸を代金合計205万9199円で販売委託し,そのころ,a製作所は被告に対し本件茸を引き渡した。
③ 別件判決において,本件茸が原告の所有に属するものと認定された。
(被告の主張)
原告の主張によっても,原告が行った本件茸の販売代金の支払留保の申し入れに対し,被告のcセンター長は「検討する」ことを約する旨回答したにとどまるのであり,これをもってa製作所,原告及び被告の三者間の合意を措定することはできない。
(2) 争点(2)(被告の不法行為責任の有無)について
(原告の主張)
① 仮に,a製作所,原告及び被告三者間の販売委託契約の成立が認められないとしても,被告は,a製作所から本件茸の委託販売を受託するに際し,本件茸の所有権についてa製作所と原告との間に争いがあり,しかもa製作所が事実上倒産状態にあって同社からの債権回収が困難であることを知りながら,あえて同社と本件茸の販売委託契約を締結し,本件茸の所有者である原告の利益よりa製作所に対する茸生産資材等の代金請求権の回収を優先させて相殺を主張し,よって,原告に対し本件茸の販売代金相当額の損害を与えた。
② 原告が被告の上記不法行為による損害の発生を知ったのは,被告訴訟代理人による平成19年9月10日付け回答書(甲7)によってであるから,消滅時効の起算点は同回答書の到達時であり,原告の損害賠償請求権は消滅時効は成立していない。
(被告の主張)
① 被告には,a製作所が事実上倒産状態であるとの認識がなかった。
第2の1前提事実(6)の被告の相殺の意思表示における自働債権は,平成13年9月末日から平成14年5月末日までを支払期限とする茸生産資材等の代金請求権であり,当時,実質的に茸の生産販売を行って利益を得ていたのは原告であるから,使用した資材等について代金を支払う信義則上の義務があり,原告が相殺を主張したことに違法性はない。
② 原告が主張する被告の不法行為は,平成15年11月1日以前のことである。
被告は,第7回弁論準備期日(平成20年10月22日)において,原告の主張する不法行為に基づく損害賠償請求権について,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
第3判断
1 争点(1)(a製作所,原告及び被告の三者間に,被告が本件茸の販売を受託し,後日原告とa製作所との間で確定した本件茸の所有者を委託者として,被告が委託者に対し本件茸の販売代金を支払うとの合意が成立したか否か)について
原告は,被告に対しa製作所への本件茸の販売代金の支払留保を申し入れたところ,被告cセンター長から検討する旨の回答を得たこと,その後数年間にわたって,被告が本件茸の販売代金の支払を行わなかったことなどの事情を総合して,平成15年8月13日に,a製作所,原告及び被告の三者間に本件茸の販売委託に関する合意が成立したと主張する。
そして,前提事実,証拠(甲3の1,4の1,16)及び弁論の全趣旨によれば,第2の1前提事実(2)の経緯でA等が原告に賃貸していた工場を占有し,原告所有の本件茸の出荷を始めたため,その販売代金がa製作所に入金されることを危惧したBは,平成15年8月13日,被告のcセンターを訪れ,当時のセンター長に対しa製作所から出荷される茸の販売代金を原告に入金するよう要請すると同時にa製作所への支払を止めるよう申し入れ,cセンター長から検討させてほしい旨の回答を得た事実が認められるが,被告のcセンター長の回答は上記の内容であり,a製作所と原告及び被告との間では本件茸の販売代金に関して何らの遣り取りも行われていないのであるから,その後被告が本件茸の販売代金の支払を行っていないことや,原告が本件茸の販売代金を請求をした後に,被告が本件茸の販売委託契約の当事者を争ったり相殺の主張をするに至った経緯を考慮しても,a製作所,原告及び被告の三者間に本件茸の販売委託に関する原告主張の合意が成立したとすることはできない。
なお,原告代表者は,その本人尋問において,被告に対する販売代金支払留保の申し入れをした際に,被告のcセンター長が原告が本件茸の所有者であることに決着がついた場合は原告に販売代金を支払うと回答した旨述べているが(原告代表者11頁),第2の1前提事実(3)の通知(甲3の1)の記載内容に照らし信用できない。
2 争点(2)(被告の不法行為責任の有無)について
原告は,被告が,a製作所から本件茸の委託販売を受託するに際し,本件茸の所有権についてa製作所と原告との間に争いがあり,しかもa製作所が事実上倒産状態にあって同社からの債権回収が困難であることを知りながら,敢えて同社と本件茸の委託販売契約を締結し,本件茸の所有者である原告の利益よりa製作所に対する茸生産資材等の代金請求権の回収を優先させて相殺を主張したことが不法行為に該当すると主張する。
確かに,被告は,a製作所に対し第2の1前提事実(6)の茸生産資材等の代金請求権のほかに貸付があり,a製作所がこれらの支払を怠っていたのであるから(甲3の1,4の1,8,証人D),a製作所の経営状態が悪化していることを認識していたといえるが,このような会社との間で茸の販売委託契約を締結して,販売代金支払債務を受動債権として相殺をし,債権の回収を図ることが不法行為に該当するとはいえない上,被告が,原告に財産的損害を与えるために敢えてa製作所との間で茸の販売委託契約を締結したことを認めるに足りる証拠はない。
被告は,Bがa製作所の経営に関与する過程で原告が設立され,a製作所と原告が密接な関係にあること,その両社の間に紛争があり,第2の1前提事実(4)の別件訴訟において係争中であったことなどの事情を認識していたのであるから,本件茸の所有権の帰趨を見据えた上で,a製作所に対する債権回収のために可能な限りの法律上の主張をしたり,原告と交渉することは,農業協同組合という組織としての立場上当然のことといえ,被告が現実に行った主張や対応が最良のものであったかどうかはともかく,これを違法と評価することはできない。
3 したがって,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。