長野地方裁判所 平成19年(行ウ)26号 判決 2008年7月04日
原告
株式会社X
同代表者代表取締役
甲野太郎
同訴訟代理人弁護士
阿部鋼
被告
安曇野市
同代表者市長
乙川一郎
同訴訟代理人弁護士
久保田嘉信
同
宮澤明雄
主文
1 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の土地及び建物について,公共下水道を使用させよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
主文第1項と同旨
2 予備的請求
原告と被告との間において,別紙物件目録記載の土地及び建物について,被告は,原告に対し,公共下水道を使用させる義務があることを確認する。
第2 事案の概要
本件は,被告が管理する公共下水道の排水区域内にある別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)及び建物(以下「本件建物」という。また,本件土地と本件建物を併せて「本件土地建物」という。)を所有する原告が,被告に公共下水道の使用を拒否されていると主張して,被告に対し,主位的に,公共下水道を使用させることを,予備的に,公共下水道を使用させる義務があることの確認を求める事案である。
1 前提となる事実
(1) 当事者等
原告は,一般廃棄物処理等を業とする株式会社であり,平成13年12月12日に長野県知事から,事業範囲を中間処理(粉砕,溶融固化,切断,圧縮,乾燥,破砕,圧縮梱包)とする産業廃棄物処理業の許可を受けた。原告は,産業廃棄物処理施設(圧縮,圧縮梱包,切断,破砕,中和,脱水,乾燥,堆肥化,油水分離等の処理施設)を設置し,加工業及び産業廃棄物処理業を営むことを計画して,平成16年8月3日に本件土地を購入し,平成16年9月中旬ころ,本件建物の建設工事に着手し,平成17年8月1日,本件建物の所有権保存登記をした。
本件土地建物は,平成17年10月1日に三郷村と安曇野市が合併する前までは三郷村が管理し同合併後は被告が管理する公共下水道の排水区域内にある。
上記公共下水道と本件建物との取付管(排水設備と公共下水道管を接続するための排水管)は設置されている。
(甲1,2,8,弁論の全趣旨)
(2) 産業廃棄物処理業の事業範囲を変更する旨の申請に関する経過
ア 原告は,平成15年5月,長野県松本地方事務所に産業廃棄物の処分事業計画書を提出し,長野県は,同年8月29日,同事業計画書を受理した。
イ 長野県は,平成16年7月23日付けで,原告に対し,同事業計画の承認を通知した。
ウ 長野県は,平成17年3月3日,原告に対し,同事業計画の承認を取り消す旨通知した。
エ 原告は,平成17年10月12日付けで,長野県に対し,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)14条の2に基づく,産業廃棄物処理業の事業範囲を変更する旨の許可申請をした。申請書記載の事業範囲は,堆肥化処理,圧縮切断処理,圧縮梱包処理,圧縮処理,破砕・分別処理,中和・脱水・乾燥処理,油水分離処理であり,変更の内容は本件土地等における新事業所施設の開設,変更理由は新事業所の開設に伴う新たな処理機器類の導入設置であった。
オ 原告は,平成18年2月3日付けで,長野県に対し,廃棄物処理法14条の2に基づく,産業廃棄物処理業の事業範囲を変更する旨の許可申請をした。申請書記載の事業範囲,変更の内容,変更理由は平成17年10月12日到達の申請書と同様であるが,施設の設置場所につき,同日到達の申請書においては長野県安曇野市<住所略>6556番地1(本件土地)及び同6557番地1とされていたが,すでに提出の事業計画書には同6557番地1が含まれていなかったので事業計画書に符合させるため,平成18年2月3日到達の申請書においては,設置場所を本件土地のみとした。
カ 平成20年1月24日,長野県は,原告の産業廃棄物処理業の範囲変更許可申請を不許可とした。
(乙1,2,弁論の全趣旨)
(3) 公共下水道の使用に関する経過
ア 原告は,本件建物についての排水設備新設等計画確認申請書を提出しようとしたところ,三郷村上下水道課から下水道の接続工事前に,下水道法12条の3第1項に規定する特定施設設置届出書を提出して審査を受けるように指導された。そこで,原告は,平成16年10月22日,三郷村に対し,特定施設設置届出書(甲4)を提出した。
イ 原告は,平成17年1月11日,三郷村に対し,排水設備新設等計画確認申請書(甲9)を提出し,排水設備の新設について計画の確認を求めた。
ウ 三郷村は,産業廃棄物処理施設の設置に反対する住民に配慮して,平成17年2月17日付け及び同年3月31日付けで,原告からの排水設備新設等計画確認申請については,当分の間,確認を保留する旨通知した。
エ 平成17年8月12日,三郷村村長は,一部の住民に対し,本件建物に係る産業廃棄物処理施設について,「(1) この施設の排水設備新設等計画確認申請については,住民と事業者の間で,合意が得られるまで保留します。(2) この施設について,住民と事業者間で合意が得られなければ,村として県と連携をとりながら地元の期待に応えるよう努力します。(3) この施設について,地元の同意を得ないまま業者の進める建設工事については,今後行わないよう県から充分指導するよう要請します。」という内容を三郷村長として確約する旨の確約書(甲13)を交付した。
オ 平成17年8月25日,原告は,三郷村議会長に対し,下水道の接続を引延ばしていることについて迅速な手続をするように指導する内容の意見書を提出することを求める「不当な行政行為に関する陳情書」(甲15)を提出した。三郷村議会議長は,原告に対し,同年9月28日付けで継続審査(審議未了)と決定したと通知(甲16)した。
カ 原告は,代理人弁護士を通じて,平成19年9月14日に被告に到達した申入書(甲18)により,下水道設置拒否を解除して下水道の使用ができるように整えることなどを求めた。
キ 原告は,平成19年12月27日,本件訴えを提起した。
(争いがない)
2 原告らの主張
(1) 公共下水道事業は,地方公共団体の独占事業とされ(下水道法3条),公共下水道の供用が開始されると,原則として排水区域内の土地所有者等に排水設備の設置義務が課される(同法10条1項)ことになり,排水区域内の住民は,公共下水道の使用を強制されるのであって,使用に当たっては管理者である地方公共団体の承諾や許可を何ら必要とするものではない。したがって,公共下水道の供用が開始された場合,当該下水道の管理者である地方公共団体は,排水設備を設置した排水区域内の土地所有者に対して,当該公共下水道を使用させる義務がある。
原告が所有する本件土地建物は,公共下水道の排水区域内にあるから,原告は,下水道法10条1項1号に基づき,当該建築物の所有者として,本件土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水管その他の排水設備を設置しなければならない。
それにもかかわらず,被告は原告の申請した排水設備新設等計画の確認を不当に留保しているため,原告は排水設備を設置することができず,被告が管理する公共下水道を使用することができないのであって,被告は違法に下水道の使用を拒否しているのである。被告は,公共下水道を使用させる義務の履行を怠っている。
よって,原告は,被告に対し,本件土地建物について,主位的に,公共下水道を使用させることを求め,予備的に,公共下水道を使用させる義務があることの確認を求める。
(2) また,特定施設設置届出書を提出するにあたり,産業廃棄物の処分事業計画書や一般廃棄物処理施設設置計画書に係る長野県の承認がなければならない等といった下水道法上の制約は存在しない。特定施設設置届出書(甲4)において,「特定施設の種類」「下水の量及び水質」は,明確に特定されているのであり,被告は,排水が水質基準を満たすかどうか,構造の変更を命ずる必要があるかどうかという点も審査検討できるのである。よって,被告の主張は失当である。
3 被告の主張
長野県は,平成17年3月3日,本件土地建物において原告が予定していた産業廃棄物の処分事業計画書に係る承認を取り消し,一般産業廃棄物処理設置計画書に係る計画を不承認とした。また,長野県は,平成20年1月24日,本件土地建物にある産業廃棄物処理施設での事業の前提となる産業廃棄物処理業の範囲変更許可申請を不許可としたため,原告は,当該事業範囲変更を前提として本件土地建物にある産業廃棄物処理施設を稼働することができない。そのため,原告は,特定施設設置届出書(甲4)記載のとおりに本件土地建物にある産業廃棄物処理施設を使用することができない。
地方公共団体は,特定施設設置届出書の「特定施設の種類」に基づき,申請に係る「下水の量及び水質」を勘案して,申請に係る施設からの下水道への接続及び使用を審査するのであるから,その事業計画等が取消ないし不承認となって当該計画のままでは当該施設の使用ができなくなった以上,当該施設による使用を前提とする特定施設設置届出は,「特定施設の種類」及び「下水の量及び水質」の特定を欠く上,届出の前提事実が失われたことになる。また,当該土地及び建物から排除される汚水が,下水道法等の水質基準を満たすかどうか,そのままで汚水の排除が許されるか,又は施設の構造等の変更を命じなければならないかどうか,原告に公共下水道を使用させることが下水道法の趣旨目的にそぐわない結果をもたらすかどうか,公序良俗違反を助長する結果になるか否かなどについて,被告において審査,検討できない状況になっている。
このように,特定施設の設置内容及び事業開始の根幹となっている前提条件,前提事実が失われたことから,その施設からの汚水の排除について,公共下水道の使用を認める段階にはなく,公共下水道の使用は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 下水道事業は「下水道の整備を図り,もって都市の健全な発達及び公衆衛生の向上に寄与し,あわせて公共用水域の水質の保全に資することを目的とする」(下水道法1条)ものである。そして,公共下水道が整備されても各家庭や工場等の下水がその公共下水道に流入されず,地表や在来の溝渠等に流されたのでは,清潔の保持が困難となって上記目的が達成されないことになるから,同法は,公共下水道の排水区域内の土地の所有者,使用者又は占有者に対し,排水設備を設置して当該公共下水道を使用することを強制している(同法10条1項)。このような下水道事業の目的並びに排水区域内の住民に対する排水設備設置及び公共下水道利用の強制に加え,下水道が国民生活に直結するものであること,下水道事業については自由競争にまかせず,地方公共団体たる市町村にその管理を許していること(同法3条1項)からすれば,公共下水道の排水区域内の土地の所有者,使用者又は占有者は,当該公共下水道を使用する権利を有し,これについて管理者たる地方公共団体の承諾や許可等を何ら必要とするものではなく,他方,事業主である地方公共団体は,これらの者に公共下水道を使用させる義務があるのはもとより,公共下水道の使用を励行すべき立場にあるというべきである。
原告は,本件土地建物の所有者であるから,本件土地建物を排水区域内とする公共下水道を使用する権利を有し,当該公共下水道を管理する被告は,原告に公共下水道を使用させる義務を負う。
2 安曇野市公共下水道条例7条は,排水設備の新設等を行おうとする者に対して,排水設備新設計画について,市長の確認を受けなければならないと規定するところ,前記第2の1のとおり,被告が原告の排水設備新設計画に対する確認を当分の間保留することとしたために,原告は,排水設備を設置することができず,公共下水道を使用できない状態にある。
これについて,被告は,原告からは特定施設設置届出が提出されているところ,その施設における業務の前提となる産業廃棄物処理業の範囲変更許可申請が不許可とされており,本件土地建物において予定されていた施設の稼働ができないのであるから,本件土地建物から排除される汚水が,下水道法等の水質基準を満たすかどうか,そのままで汚水の排除が許されるか,又は施設の構造等の変更を命じなければならないかどうか,原告に公共下水道を使用させることが下水道法の趣旨目的にそぐわない結果をもたらすかどうか,公序良俗違反を助長する結果になるか否かなどについて,被告において審査,検討できない状況になっており,公共下水道の使用を認めることはできないと主張する。
しかしながら,本件土地建物を原告の企図する産業廃棄物処理のために使用することができなくとも,原告としては,本件土地建物を合法的な他の用途に用いることはできるのであるから,これに伴って当然に下水道を使用することも認められるべきものである。被告の主張する上記事情は,将来において,原告が企図する産業廃棄物処理ができるようになった段階で考慮すれば足りるものである。法律上も,被告が主張する上記事情については,特定施設の設置等の届出に際して考慮すべきものとされているのであって(下水道法12条の5),排水設備の新設に当たって考慮すべき事情とはされていない。よって,被告の主張する事情は,排水設備新設計画の確認を行わないことや下水道の使用をさせないことを正当化するものではない。
そうすると,被告は,原告に対して下水道を使用させる義務があるのに,排水設備新設計画の確認を保留することによって,同義務を怠っているものといわざるを得ない。
3 よって,原告の請求には理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 近藤ルミ子 裁判官 宮永忠明 裁判官 望月千広)
別紙物件目録<省略>