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長野地方裁判所 平成23年(行ウ)4号 判決 2012年11月30日

主文

1  長野県教育委員会が平成21年7月16日付けで原告に対してした懲戒免職処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,長野県教育委員会によって教職員として採用されていた原告が,酒気帯び運転を非違行為として,長野県教育委員会から懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)を受けたところ,本件処分は違法であるとして,被告に対し,本件処分の取消しを求める事案である。

2  前提事実(証拠を付さないものは,争いがない事実である。)

(1)  原告は,平成3年4月1日,長野県教育委員会に松本市立A中学校の英語科の講師として採用され,平成4年4月1日に駒ヶ根市立B中学校の英語科の教諭として採用された。原告は,長野県内の中学校において英語科講師及び教諭として18年間勤務し,本件処分当時は,長野市立C中学校の英語科の教諭であり,1年生の副担任を担当していた。

(2)  長野県教育委員会は,平成18年6月13日,長野県教育委員会の任命に係る職員を対象として「懲戒処分等の指針」を定め,非違行為の類型ごとに標準的な処分量定(以下「標準量定」という。)を定めたところ,酒酔い運転を行った場合の標準量定は「免職又は停職」とされ,酒気帯び運転を行った場合の標準量定は「停職」とされていた。その後,長野県教育委員会は,同年11月20日,上記「懲戒処分等の指針」を改正(以下「本件指針」という。)し,飲酒運転に対する懲戒処分を厳罰化し,酒酔い運転を行った場合の標準量定は「免職」のみとされ,酒気帯び運転を行った場合の標準量定は「免職又は停職」とされた。

なお,本件指針では,実際の事案についての具体的な量定の決定にあたっては,①非違行為の動機,態様及び結果,②故意又は過失の度合い,③非違行為を行った職員の職責及び当該職責を当該非違行為との関係でどのように評価すべきか,④児童生徒,保護者,他の職員又は社会に与える影響及び⑤過去の非違行為の有無に加え,日頃の勤務態度や非違行為後の対応等を含め,総合的に考慮して判断するものであり,標準量定以外の懲戒処分となることもあるとされている(甲4)。

また,長野県教育委員会は,本件指針に関して「「懲戒処分等の指針」の一部改正について」と題する改正の理由や内容を説明した通知(以下「本件通知」という。)を長野県教職員に対して行った。本件通知では,公務員の飲酒運転による交通事故が大きな社会問題となっている中,長野県教育委員会においても教職員による飲酒運転が後を絶たず,大変憂慮すべき状況になっており,飲酒運転が職員の意思により行われるという点で極めて悪質かつ危険な行為であり,他の範となるべき公務員として絶対に許されるものではなく,飲酒運転の根絶を図るためのものであることが記載され,改正内容として,①酒酔い運転をした職員は免職とすること,②酒気帯び運転をした場合は,原則免職とすること(飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等は停職(3月以上))及び③飲酒の事情を知りながら同乗した職員,飲酒運転となることを知りながら飲酒を勧めた職員は停職とすることという飲酒運転事故の厳罰化が記載されている(甲5,乙2)。

(3)  原告は,平成21年4月10日(金曜日)の夜に飲酒し,翌日である同月11日午前7時30分ころに自己所有車両(以下「本件車両」という。)を運転してD交番を訪れたところ,警察官による呼気検査を受けることになり,呼気1リットルにつき0.3ミリグラムのアルコールが検知され,酒気帯び運転で検挙された(以下「本件非違行為」という。)。

原告は,長野区検察庁から道路交通法違反(酒気帯び運転)で起訴され,平成21年4月23日,長野簡易裁判所において罰金30万円の略式命令を受けた。また,原告は,同年5月28日,90日間の免許停止処分を受けたが,2日間の停止処分者講習を受けたことから,運転免許停止期間が45日に短縮された。

(4)  長野県教育委員会は,平成21年7月16日,原告に対し,地方公務員法29条1項1号及び3号に基づき,懲戒免職処分(本件処分)を行った。

長野県教育委員会は,本件処分に係る不利益処分事由説明書において,本件非違行為の内容について,概ね「原告が,平成21年4月10日18時30分ころから同日23時30分ころまで,長野電鉄E駅北側の居酒屋(F)において,友人と共に,アルコール度数25度の焼酎の水割りをグラス7~8杯ほど飲酒し,同月11日午前0時前に帰宅し,同日6時30分ころに起床した際,自身が日頃持ち歩いている鞄の中に財布がないことに気付き,同日6時45分ころから7時の間にカード会社等に対する対応を行った後,本件車両を運転して「G」北側駐車場へ行き,同所に上記車両を停めて徒歩で財布を落としたと思われる付近を探したが発見できず,再び上記車両を運転してH中学校西隣のD交番へ行き,財布の紛失を届け出たところ,同交番に勤務中の警察官の一人から「お酒の臭いがする。」と指摘されたことから呼気検査を受け,その結果,呼気1リットルにつき0.3ミリグラムのアルコールが検知され,同日7時30分ころ,酒気帯び運転で検挙された。」とし,長野県教育委員会が酒気帯び運転の根絶に向けての取組み等を幾度となく行っている状況にあるにもかかわらず,原告が酒気帯び運転を行ったことは,生徒に範を示す立場にある教師としてあるまじき行為であり,教育現場に及ぼす影響は極めて大きく,教育への信頼を著しく失墜させた社会的責任は極めて大きいとして,原告を免職処分としたとしている(甲2)。

(5)  原告は,平成21年9月8日,長野県人事委員会に対して,本件処分を不服として審査請求を行ったが,長野県人事委員会は,平成22年10月18日,本件処分を承認する裁決を行った(甲3)。

(6)  原告は,平成23年4月11日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。

3  当事者の主張

(原告の主張)

(1) 本件指針における標準量定の違法性について

ア 比例原則違反について

本件指針における酒気帯び運転の標準量定は「免職又は停職」とされているところ,本件通知では,酒気帯び運転が原則免職とされている。酒気帯び運転についての法定刑は,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金であり,実務上,交通事故を伴わない単なる酒気帯び運転については罰金刑として処断されることが多いところ,公務員は罰金刑を受けても自動的に失職することはない。これに対し,免職処分とされた場合,公務員としての身分を失わせ,職場から永久に放逐され,退職手当を受給する権利をも失うのであるから,酒気帯び運転に対する懲戒処分として原則免職処分とする本件指針における標準量定は,処分が著しく重いというべきである。また,本件指針における飲酒運転以外の交通事犯についての標準量定は,人身事故のうち死亡事故で「停職又は減給」,傷害事故で「減給,戒告,指導上の措置」のいずれかであり,人を死傷させ救護義務を怠った場合,死亡事故で「免職」,傷害事故で「停職」とされているところ,死傷事故の法定刑は7年以下の懲役又は100万円以下の罰金であり,救護義務違反の法定刑は10年以下の懲役又は100万円以下の罰金とされており,これらと比べても原則免職となる酒気帯び運転の標準量定が突出して重いことは明らかであり,比例原則に反するというべきである。

イ 平等原則違反について

国家公務員に対する懲戒処分の指針は,人身事故を伴わない交通法規違反としての酒気帯び運転についての標準量定を「免職,停職又は減給」としており,本件指針における酒気帯び運転の標準量定が国家公務員に対する懲戒処分の指針と比較して重い処分を定めていることは明らかである。また,交通事故を伴わない事案において免職処分とする運用はなされていない。これに対し,長野県教育委員会は,本件指針が適用されて以降の酒気帯び運転の事案を交通事故の有無等に関わりなく全件免職処分としており,標準量定の運用面においても国家公務員と比較して重いことは明らかである。

また,警察職員に対する懲戒処分の指針は,私生活上の行為としての酒気帯び運転の標準量定を「免職,停職又は減給」としており,違法行為を取り締まる立場にある警察職員に対する懲戒処分と比較しても,本件指針における酒気帯び運転の標準量定が過酷すぎることは明らかである。

したがって,本件指針における酒気帯び運転の標準量定は平等原則に違反するというべきである。

ウ よって,本件指針における酒気帯び運転の標準量定は,比例原則及び平等原則に違反し違法であるから,上記標準量定に従ってなされた本件処分も違法であるいうべきである。

(2) 本件処分自体の違法性について

ア 本件処分の適正手続違反について

本件指針には,酒気帯び運転の標準量定について「免職又は停職」と記されており,本件通知では「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等は停職(3月以上)」と記されており,これらは,飲酒直後になされた酒気帯び運転と,翌朝,酒気を帯びている認識がないままなされた運転を区別し,後者に対しては免職とすることは重きに失するため,「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」の標準量定を3月以上の停職と定めた規定としか捉えようがないものであるが,被告は,酒気帯び運転の標準量定は「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」も含めて全て原則として免職であり,停職となるのは,本件訴訟になってから主張するようになった要件をみたした上でさらに本件指針の基本事項に記載されている当該非違行為の動機,態様及び結果,故意又は過失の度合い,職員の職責及び職責と当該非違行為との関係,当該非違行為が与える影響,過去の非違行為の有無,勤務態度並びに当該非違行為後の対応等を総合考慮し,具体的な量定を判断し,その上で例外的に停職になる場合がある旨主張する。

しかし,被告の上記主張は,「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」を標準量定について定めたものではなく具体的な量定を判断する際の事情の一つにすぎないと位置づけている点で不当であるし,また,被告は,上記要件を後付で作成して本件指針及び本件通知で規定された以上に停職となる範囲を狭めており,本件指針及び本件通知を公表しておきながら,実際の処分においてはそれに従わずに酒気帯び運転事案について全て免職処分とし,本件指針及び本件通知に規定された以上に厳しく処分しているのであるから,本件処分は適正手続に反してなされたものであり違法である。

イ 本件処分の裁量権の逸脱濫用について

(ア) 本件非違行為は,飲酒後翌朝の運転であったこと

原告は,前夜11時30分に飲酒を終了し,午前0時から午前6時30分まで通常どおり6時間30分の睡眠をとり,その後に本件非違行為を行ったものであって,飲酒直後に帰宅のためのタクシー代や運転代行費用を惜しんでなされた酒気帯び運転とは悪質性が異なる。また,長野県教育委員会自身,本件通知において「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等は停職(3月以上)」としており,本件非違行為のように飲酒後翌朝に運転したような事案については停職にとどめることを想定していたというべきである。

(イ) 原告には,本件非違行為時に酒気を帯びているとの認識がなく,かつ,認識できなかったことは免職に相当するほどの非難には値しないこと

原告は,午前0時から午前6時30分まで自宅で睡眠をとり,寝起きも快調であったことから,酒気を帯びているとの認識を有していなかった。そして,一般的に,飲酒をした者が,飲酒量や身体的感覚を根拠として酒気を帯びていることを認識することは必ずしも容易でないところ,原告の飲酒量は,被告が主張するような「アルコール25度の焼酎を水と焼酎半々で7~8杯飲んだ。」というものではなく,水割り焼酎を中ジョッキで3杯(うち,2杯は継ぎ足したものである。)飲んだというもので,一緒に飲酒していた原告の友人も中ジョッキで水割り焼酎を2杯飲んでおり,720ミリリットル入りのボトルを注文して飲酒終了後にボトルには約3分の1残っていたことから,友人と共に480ミリリットル程度の焼酎を摂取したものである。また,原告は,翌朝目覚めた際に頭痛,喉の渇き,倦怠感,なかなか起きられないといった症状もなく,顔が赤い,目が充血しているといった二日酔い特有の症状もなかったのであり,むしろ,寝起きが快調であったのであるから,自身が酒気を帯びていることについて合理的疑いを持つ客観的状況にはなかったというべきであって,酒気帯び運転の未必的故意すらなかったというべきであるから,免職に相当するとまで強く非難することはできないというべきである。

(ウ) 原告が,本件非違行為の際に交通事故を起こしていないこと

原告は,本件非違行為の際に交通事故を起こしておらず,他の道路交通法違反も犯しておらず危険な運転を行っていない。一般的には,身体に保有するアルコール濃度が高いほど事故を起こす危険性が高まるとしても,原告の身体能力は,検挙時において「言語状況・普通,歩行能力・正常に歩行した,直立能力・直立できた,顔色・普通,目の状態・普通,手の状態・普通,態度・普通」というものであり,原告が身体に呼気1リットルあたり0.3ミリグラムのアルコールを保有した状態であったことが具体的に自動車の運転に影響を及ぼしたとはいえないというべきである。

(エ) その他の原告に有利な事情

原告が行った酒気帯び運転は,原告の職務とは無関係である上,休日に行われたものであるから,公務に直接の影響は生じていない。また,原告は,当日のうちに本件非違行為を職場に報告しており,隠蔽しようとしておらず,本件非違行為後の態度は良好である。さらに,原告は過去に懲戒処分を受けたことはなく,飲酒運転の前科前歴もない。原告は,平成19年11月8日の免許更新時に過去5年間の違反行為がない優良運転者としてゴールド免許の交付も受けている。

(オ) 以上のような原告についての事情からして,本件処分は重すぎるものであり,裁量権を逸脱濫用し違法であるというべきである。

(被告の主張)

(1) 本件指針について

本件指針は,平成18年8月に福岡市で発生した市職員の飲酒運転による悲惨な交通事故が大きな社会問題となったことを契機として,公務員の飲酒運転に対する社会の評価がより厳しくなり,飲酒運転の撲滅という社会的要請が高まる中,長野県教育委員会においても,全体の奉仕者である公務員としての一層の自覚を促し,飲酒運転の根絶を図るために従来の懲戒処分等の指針を改正したものであり,また,長野県教育委員会においては,上記改正以前の5年間で飲酒運転による懲戒処分事例が13件も発生しており,早急の対策が求められていたという非常に深刻な状況にあったことから,飲酒運転に対する処分を厳格化したものである。また,酒気帯び運転を含めた飲酒運転については,職員の意思により行われるという点で極めて悪質かつ危険な行為である上,社会に与える影響が大きく教育への信頼を失墜させるものであるから,長野県教育委員会は,飲酒運転は原則免職とすることとし,本件通知によりその基本姿勢を示すとともに,これを全職員に対して周知徹底した。

本件通知では,酒気帯び運転について原則免職としつつ,「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等は停職(3月以上)」と定めているところ,これは,本件指針の趣旨からして,酒気帯び運転は故意による場合であれ過失による場合であれ免職とするものであるが,無過失又は過失の程度が著しく軽微な場合や緊急避難的である場合等においても免職とすることはあまりに過酷であり,停職としても本件指針の趣旨に反しないと考えられるからであり,「相当の時間経過後」としたのは,アルコールに対する耐性や処理能力が人によって強弱様々であり,飲酒量や当日の体調等によっても一定時間経過後のアルコールの体内残存量が左右されると考えられることから,飲酒後の経過時間を一律的定量的に示すことが困難であるからである。

この「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」についての具体的な判断方法は,従前の懲戒処分等の指針が本件指針に改正された際に長野県教育委員会内部の規範として事務局において整理されており,①単に一定時間が経過したというだけではなく,飲酒量や飲酒時間,運転までの経過時間,休憩の態様,アルコール保有の認識,運転時のアルコール量等を総合的に勘案し,アルコールを保有していることを本人が認識していない場合で,その認識していないことが相当であると認められる場合あるいは②本人又は他人の生命,身体,財産等の危難が切迫し,かつ,他に取り得る交通手段がない等の真にやむを得ない事情があると認められる場合が該当し,①については,具体的には,ⅰ交通事故や飲酒運転以外の悪質な交通違反を犯しておらず,ⅱアルコールが代謝するに足ると認められる時間が経過しており,その間の大部分を十分な休養に充てており,ⅲ運転時に検知されたアルコール濃度が飲酒運転となる下限である呼気1リットルあたり0.15ミリグラム程度である場合が該当するものとしている(以下「本件内部規範」という。)。このような原則免職の例外となる「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」の考え方については,まさに処分者の裁量の範囲内というべきである。処分者は,このような考え方に従って「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」の状況に該当するか否かを見極めつつ,本件指針の基本事項で示している種々の事情を総合的に判断して具体的な量定を決定しているのであって,一律免職処分としているものではないから,本件指針が比例原則に反しないことは明らかである。

また,地方公務員の懲戒処分は,各地方公共団体の判断に委ねられている以上,他の処分庁と比較して,懲戒処分に差が生ずることは当然に予想されていることであるし,原告が主張するような人事院指針は,国家公務員の非違行為を対象とするものであり,警察庁指針は警察公務員の非違行為を対象とするものであるから,地方公務員でかつ教育公務員を対象とする本件指針を単純に比較することはできない。さらに,様々な職種の職員を対象とする人事院指針でも,標準量定を「免職,停職又は減給」としており,これと比較して本件指針における酒気帯び運転の標準量定が必ずしも重いということができないことは明らかであるし,他の都道府県の酒気帯び運転に係る標準量定と比較しても本件指針が例外的に厳しいものということはできず,本件指針自体も被告における一般職員に対する標準量定と同等であるから,本件指針が平等原則に反しないことも明らかである。

(2) 本件処分について

ア 本件非違行為の「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」の該当性について

本件非違行為に係る酒気帯び運転は,飲酒終了から8時間30分程度経過した時点でのアルコール検知で呼気1リットルあたり0.3ミリグラム(平成19年6月20日改正,平成21年6月施行道路交通法では,一度の違反で免許取消しに該当する重大な違反である。)という高い濃度のアルコールが検知されているのであり,また,前夜の飲酒量が,本件処分時の原告作成の顛末書によれば焼酎の水割り(焼酎と水が半々のもの。)をグラスで7~8杯という多量なものであったにもかかわらず,運転開始まで7時間30分程度という摂取したアルコールを代謝するに足るものとは到底認められない時間しか経過しておらず,前夜これほどの多量の飲酒をしたにもかかわらず,通常と同様の6時間程度の休養しかとっていないというのであるから,十分な休養をとったものとも認められず,本件内部規範からしても,長野県教育委員会における「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」の判断基準に該当しないことは明らかであり,長野県教育委員会が本件非違行為に係る酒気帯び運転について「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」に該当しないとした判断は相当である。

イ 本件非違行為が,本件指針の基本事項等を考慮しても停職相当とはいえないこと。

(ア) 原告は,本件非違行為の動機について,原告が財布を紛失したと思いこみ,財布は落とした場合出てくる確率が低いため,最終的に交番に届け出るために車を運転したとしているが,原告は,翌日が休日であり車を運転する予定がなかったことから,普段よりも多く飲酒したとしており,原告が勤務するC中学校においては飲酒した翌日でも酒気帯び運転で免職処分となることや翌日に酒気が残るような深酒をしないことなど飲酒運転防止について多数回の指導を行っている状況にあったのであるから,本件非違行為当日酒気が残っている可能性があることを自覚すべきであったことは明らかであるし,普段から本件車両のカウルトップ(ワイパーとボンネットの間の部分,以下同じ)に物を置く習慣があったとしているのに,そのことに思いを巡らすことのないまま車の運転を開始しているのであるから,相当程度の酔いが残っている状態にあったといえる。また,原告は,本件非違行為の前日,徒歩で帰宅しているのであるから,財布の捜索を歩いて行うことは可能であるし,紛失届の提出についても電話で行うといった方法があり,現にカード類については電話でカード会社に連絡しているのであるから,車を運転する必要性があったとはいえず,原告が本件非違行為に至った動機に酌むべき事情があったとはいえない。

(イ) 呼気1リットルにつき0.3ミリグラムものアルコールが体内に残存した状態で車を運転することが危険な行為であることは明らかである上,原告は,自宅から県道に出るまでの間は財布を確認しながら運転したとしているのであるから,いわばほろ酔い状態で脇見運転をしていたのであり,極めて危険な運転態様であって,たまたま結果として交通事故に至らなかったとしても本件処分の量定を減ずるべき事情ということはできない。

(ウ) 原告が勤務していたC中学校では,飲酒運転に関して相当程度具体的な指導が繰り返し行われており,原告も,人事委員会における口頭審理において,上記指導の事実を認め,飲酒翌日の酒気帯び運転でも大変なことになるとの認識を持っていたとしている。また,原告は,本件非違行為の直前である平成21年4月1日,「特に飲酒運転に起因する幾多の反社会的事実に深い思いを致し,飲酒運転は絶対に行わないことを誓います。」と自署し,自らが勤務するC中学校に提出してもいる。本件非違行為は,このような飲酒運転撲滅のための取組みが十分になされ,酒気帯び運転は「原則免職」であることが周知されていた中で行われたものであり,故意でないとしても,過失の度合いが大きく悪質なものであるというべきである。

(エ) 原告は,本件非違行為当時,管理職ではなかったが,通常,管理職である場合に量定の加重が検討されるものであるから,管理職でないことが量定を減ずべき事情とはならないというべきである。

また,原告は,過去に懲戒処分を受けたことはないものの,平成13年に一般道で時速38キロメートル超過の速度違反により罰金刑に処されている。

さらに,原告は,テストで高得点をとった生徒に対して金券を配ったという事件で新聞報道までされたり,期末テストなどの前に類似の問題を受け持ちの生徒に対して行わせたため,急遽テスト問題を差し替えなければならなくなったということが複数回あったりするなど,教育公務員として問題のある行為が多々あり,また,原告の勤務態度が特に良好であったとは到底いえない。

(オ) 本件非違行為は,C中学校の入学式の5日後の事案であり,原告は,入学したばかりの新1年生の副担任であったのだから,原告が不在となる事態が生徒,保護者及び他の教員に多大な影響を与えたことは明らかである。また,飲酒運転に対する社会の非難感情が高まっている中で,生徒に範を示し率先して飲酒運転の撲滅に取り組むべき教職員である原告による本件非違行為が,教員や公務員及び長野県の教育界全体に対する信頼を大きく損ねるものであったことは明らかである。

(カ) 原告が,本件非違行為について上司に報告したのは検挙後7時間を経過した後であり,直ちに報告したとはいえず,むしろ遅きに失しているというべきである。

また,原告は,本件訴訟において飲酒量についての主張を変遷させていたり,本件非違行為に係る人事委員会に対する審査請求事件では,本件非違行為に至った事情として歩行障害があることを主張していたのに,上記審査請求事件で歩行障害について疑義を呈されるような事情が明らかになるや,歩行障害について本件訴訟で主張しなくなったりするなど,様々に事実関係や主張を変遷させているほか,本件訴訟において原告の本人尋問の申出を原告側から行わないなど,原告が本件非違行為について反省しているのかについて疑問があるというべきである。

(キ) 長野県教育委員会は,本件非違行為に係る酒気帯び運転が「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」に該当しないことを踏まえつつ,本件指針の基本事項等に関する上記事情を総合的に考慮した結果,特段量定を減ずべき事情があるとは認められなかったことから原告に対し本件処分を行ったものであり,裁量権の逸脱濫用には当たらないというべきである。

第3当裁判所の判断

1  証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  原告は,平成21年4月7日,前日に実妹が吐血して入院したことを実母から知らされ,その後,同月10日まではほとんど眠れない日々が続き,同日は体調が優れない状況にあった(乙1,10,16,原告本人)。

(2)  原告は,平成21年4月10日,友人の女性から元気づけたいと誘われ,財布のみを手に持って自宅から徒歩10分ほどの距離にある「F」という居酒屋に赴いた(乙1,10,16,原告本人)。

原告は,同日午後6時半ころから同日午後11時半過ぎまでの間,「F」において,焼酎グラス(少なくとも180ミリリットルから200ミリリットルのもの)で,アルコール度数25度の焼酎を水と焼酎半々の水割りにしたものを7~8杯飲んだ。なお,原告は,自宅で飲酒するということはなく,行事等によって外で飲むことがあるというものであり,原告の通常の酒量は,同様な水割り焼酎でグラス5杯程度であった(乙1,10,16)(なお,原告は,本件非違行為に係る平成21年4月24日付け顛末書を作成するにあたって,学校長から分かりやすいようにコップに換算して記載するように指導されたため,上記顛末書には高さ10~15センチメートルくらい,直径6~7センチメートルほどのグラスで水と焼酎を半量ずつの水割りを7~8杯飲んだと記載したが,実際に飲酒したのは水割り焼酎を中ジョッキで3杯(うち,2杯は継ぎ足したものである。)であり,720ミリリットル入りの焼酎ボトル3分の2ほどを友人と共に飲んだ旨主張し,原告本人の供述にはこれに沿う部分があり,「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」には「Fでは3杯くらい」と記載されている(甲44)。しかし,原告は,本件処分に係る審査請求事件の第1回口頭審理において,原告代理人(当時は請求人代理人)によって焼酎と水を半々ずつにした水割りをグラス7~8杯飲んだのかと質問され,「はい。」と答えている上,同審査請求事件において,被告代理人(当時は処分者である長野県教育委員会の代理人)から,原告が飲んだとする飲酒量についての平均的なアルコール代謝時間を指摘され,その後,本件訴訟において,被告の答弁書においても同様の指摘がなされていたところ,原告の平成23年11月25日付け準備書面(2)まで「焼酎と水を半々ずつの水割りをグラス7~8杯飲んだ。」ことを前提とする主張をしていたものである。原告は,その後,平成24年4月4日付け準備書面(4)において「ジョッキで水割りを3杯飲んだ。」と主張するようになり,最終的には,原告本人尋問において「友人と共に,焼酎のボトル3分の2ほどを飲んだのであり,原告が飲んだ量としては,ジョッキに氷や水を継ぎ足しつつ,3杯飲んだ。」というように供述しており,原告の供述は不自然に変遷しているといわざるを得ず,上記原告本人尋問での供述は信用できない。また,確かに「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」(甲44)には,「Fでは3杯くらい」と記載されているものの,上記「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」には,原告の応答内容として,飲酒した場所について「IのFなど」,飲酒した相手として「Jさんとお店にいた人」などとも記載されており,上記「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」の記載はその他の原告の陳述書等による飲酒状況とも齟齬しており,必ずしも信用できる内容とはいえない。したがって,飲酒量を「氷や水を継ぎ足しつつジョッキで三杯飲んだ。」とする上記原告の主張は採用できない。)。

その後,原告は,「F」での会計を済ませ,10分ほど友人と会話した後,徒歩で別紙地図(乙1号証添付の別紙地図)記載の赤線部分(以下,「前日の帰宅ルート」ということがある。)を通って午前0時前に帰宅した。原告は,自宅に着いた際,普段から玄関扉を開ける際に本件車両のカウルトップに物を置く習慣があったところ,この日も同所に財布を置いて自宅の玄関扉の開閉を行って自宅に入った後,午前0時前に就寝した。なお,原告は,平常の睡眠時間を5時間程度であるとしている(乙1,10,16,原告本人)。

原告は,翌日である同月11日午前6時半ころに起床した(原告は,普段は目覚まし時計を用いなければ起床できないが,同日は自然と目が覚め,すっきりとした気分だったとしている。)ところ,居間に置いてある鞄の中に財布がなく,家の中にも財布が見当たらなかったことから,前日の「F」からの帰り道に落としたものと考え,カード会社にカードの紛失届の電話をした上で,財布を捜すと共に財布が見つからなかった場合に交番に財布の紛失届を出そうと考えたことから,本件車両を運転することとした。原告は,同日午前7時ころ,本件車両を運転して自宅を出発し,別紙地図記載の青線部分のうち「K」宅先道路まで,財布を捜しながら運転し,その後,別紙地図記載の青線部分を通ってL駐車場に本件車両を駐車した後,前日の帰宅ルートを徒歩で2,3往復しながら財布を捜した(なお,前日の帰宅ルートには自動車では通行できない部分が含まれていた。)が,見つからなかったため,同日午前7時30分ころ,財布の紛失届を出すために本件車両を運転して近くに所在するD交番に赴いた。原告は,D交番において,財布の紛失届の手続をする際に,同交番の警察官に酒臭がすることを指摘され,呼気検査を行ったところ,呼気1リットルあたり0.3ミリグラムのアルコールが検知された。なお,上記呼気検査に基づいて作成された「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」では,検分状況として,「言語状況 普通」,「言葉の具体的内容 もう終わりだ,来なければよかった。」,「歩行能力 正常に歩行した。」,「酒臭 強い」,「直立能力 直立できた。」,「顔色普通」,「目の状態 普通」,「手の状態 普通」,「態度 普通」と記載されている(甲44,乙1,10,16,原告本人,弁論の全趣旨)。

原告は,D交番から自動車運転代行を使って帰宅した際,代行の運転手から本件車両のカウルトップに財布が置いてあることを指摘された(乙1,10,16)。

(3)  被告は,改正された本件指針について,プレスリリースによるほか,本件通知を全教職員に配布し,従前の内容と比較するほか,本件指針施行後も綱紀粛正通知や研修資料を作成するなどして繰り返し具体的に周知徹底を行っており,原告が勤務していたC中学校においても,教職員会議等で繰り返し飲酒運転根絶の周知徹底が図られており,原告も,飲酒翌日の酒気帯び運転であっても免職となり得ることを理解していた(乙4の1ないし19,乙5の1ないし5,乙6の1ないし7,乙10,原告本人)。また,原告は,本件非違行為の10日前である平成21年4月1日,「飲酒運転に起因する幾多の反社会的事実に深い思いを致し,飲酒運転は絶対に行わないことを誓います。」との「飲酒運転撲滅の誓い」を全文手書きにより作成しC中学校に提出した(乙3の1,弁論の全趣旨)。

(4)  原告は,これまでに懲戒処分を受けたことはなく,平成13年に速度超過による罰金刑を受けた他は,交通違反はなく,本件非違行為までは,優良運転手としてゴールド免許を付与されていた(弁論の全趣旨)。

2  上記前提事実及び認定事実に基づき,本件について検討する。

(1)  本件指針に基づく標準量定の違法性について

ア 平等原則違反について

原告は,国家公務員や警察職員に対する懲戒処分についての標準量定と比較し,酒気帯び運転については原則免職とするとの本件指針の標準量定が過酷すぎ,平等原則違反である旨主張する。

しかし,地方公務員法13条は「すべての国民はこの法律の適用について平等に取り扱われなければならない。」と定めているところではあるが,公務員に対する懲戒処分は,当該公務員に職務上の義務違反,その他公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するために課される制裁であって,当該公務員の当該勤務関係において問題となるものであるから,国家公務員や警察職員に対する取扱いとの差異を主張することは的外れなものであり,平等原則違反の主張は失当である。

したがって,この点についての原告の主張には理由がない。

イ 比例原則違反について

地方公務員法27条1項は,地方公務員に対する懲戒について公正でなければならない旨定めているところ,本件指針における標準量定は,確かに,酒気帯び運転に対する刑罰や本件指針におけるその他の交通事犯に対する標準量定と比較して重い処分を課すものであるということができる。

しかし,公務員に対する懲戒処分は,当該公務員に職務上の義務違反,その他公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するために課される制裁であるから,懲戒処分を行うか否か,懲戒処分をする場合にどのような処分とするかの判断に関し,どのような事情を重視するかは,基本的には懲戒権者の合理的裁量に委ねられているものというべきである。

そして,平成18年に発生した福岡市職員の飲酒運転による死亡事故を契機として,飲酒運転に対する社会的非難が高まり,社会全体として飲酒運転撲滅の取組みが強化されるようになり,飲酒運転に対する厳罰化が進んだこと,特に公務員の飲酒運転に対しては社会的に厳しい批判がなされるようになったことは公知の事実である。また,アルコール摂取は脳を麻痺させ,身体能力や判断能力を著しく低下させるものであり,アルコール摂取後の運転は事故を発生させる可能性が高く,また,ひとたび事故が発生した場合に極めて重大な結果を引き起こしやすいことも公知の事実である。このような社会情勢及び飲酒運転自体の危険性という特徴から,被告が,交通事犯のうち飲酒運転について特に非難に値し,公務員の信用を失墜させるものとして,標準量定を重くしたことについては合理性があるというべきである。

また,本件指針においては,酒気帯び運転の標準量定について停職となる余地を残しているところ,本件通知では,酒気帯び運転をした場合,原則免職(飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等は3月以上の停職)とするとしている(なお,被告は,上記の飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等の場合も原則として免職となると解すべき旨主張しているが,文言から離れた解釈というべきであり採用できない。)。上記本件通知の記載については,飲酒運転が,事故を発生させやすく,事故が発生した場合に重大な結果になりやすいという危険があるにもかかわらず,一般的に,運転者が身体にアルコールを保有していることを認識し又は容易に認識し得るのに敢えて行われるものであるから,この点において強く非難されるべきであり,他方,アルコールの代謝は各人のアルコール代謝能力や飲酒した際の体調等様々な条件によって左右されることから,飲酒してからある程度時間が経過した場合,酒気帯び運転を行った者が身体にアルコールを保有していると認識していないことがあり,それに相応の理由がある場合など,酒気帯び運転について一律に免職とすることが重きに失する場合があることから設けられたものであると解すべきである。そうすると,本件通知の上記趣旨,特に酒気帯び運転が強く非難される所以が身体にアルコールを保有していることを認識し又は容易に認識し得るのに敢えてなされるところにあることからして,本件通知は,酒気帯び運転の場合に,酒気を帯びていることについて故意又は故意に等しい重過失がある場合に原則として免職とし,軽過失にすぎない場合(又は酒気帯び運転をせざるを得なかったことについてやむを得ない理由がある場合)には原則として停職とすることとしていると解するのが相当であり,「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合」とは,このような軽過失による酒気帯び運転の例を示すものというべきであって,このような理解に立てば,本件指針及び本件通知による標準量定には合理性があるというべきであるから,本件指針が比例原則に反するとはいえない。

したがって,この点についての原告の主張には理由がない。

(2)  本件処分自体の違法性について

本件処分の適正手続違反について

原告は,要するに,①被告が,本件通知の記載内容の通常の解釈に反して,相当時間経過後の運転ということを単なる一事情であると主張していること並びに②被告が主張する本件内部規範が後付けで作成されたもので,実際の処分で本件指針及び本件通知の内容に従わずそれ以上に厳しく処分していることから適正手続違反であると主張するものと解されるところ,被告は,本件内部規範が,本件指針策定の際に,長野県教育委員会の事務局によって取りまとめられた旨主張し,長野県教育委員会教育総務課課長であるMは,本件内部規範について前任の課長から引き継いだメモがある等証言するが,長野県教育委員会は,従前の酒気帯び運転の懲戒処分に対する審査請求において本件内部規範が存在することを前提とする主張をしておらず,原告の審査請求事件においてもそのような主張をしていない(甲3,甲22,弁論の全趣旨)ことからして,本件処分以前に本件内部規範が定められており,これに基づいて長野県教育委員会が本件非違行為についての懲戒処分を検討していたということは疑わしいものといわざるを得ない。

もっとも,懲戒処分については,懲戒権者に懲戒を行うか否か及びいかなる懲戒処分とするかについて合理的裁量権がある以上,必ずしも事前に懲戒処分の基準を定めたり,これを公表したりすることを要しないというべきであり,懲戒権者が公表されている懲戒処分基準に従わずに判断を行った等の問題は,適正手続の問題ではなく,懲戒権者の裁量権の逸脱濫用の問題として判断するのが相当であるというべきである。

(3)  本件処分の裁量権の逸脱濫用について

ア 懲戒処分は,社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,裁量権の範囲内にあるものとして違法とはならず,裁判所が当該懲戒処分の適否を審査するにあたっては,懲戒権者と同一の立場に立って,懲戒処分をすべきであったか又はいかなる処分を選択すべきかについて判断し,その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく,当該処分が社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法と判断すべきである(最高裁昭和47年第52号同52年12月20日第三小法廷判決参照)。

イ もっとも,懲戒権者である長野県教育委員会は,本件通知によって「酒気帯び運転をした場合は,原則免職とする。(飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等は停職(3月以上))」との裁量基準を公表しており,この内容は,上記2イで検討したとおり,故意又は故意に等しい重過失によって酒気帯び運転を行った場合には原則として免職とし,軽過失にとどまる場合には原則として3月以上の停職処分とするものと解するのが相当であるところ,被告に懲戒権者としての裁量権があるとしても,被告は上記裁量基準を公表しているのであるから,当該基準に本件非違行為が該当するか否かという事情は裁量権逸脱濫用の判断にあたって重視すべきものといえる。

そして,懲戒免職処分は,公務員にとって職を失う上に退職金の受給資格も失うものであり,さらに,教職員にとっては,教職に復帰することが事実上極めて困難となるものであって,停職処分等他の懲戒処分と比して著しく重い処分であることは明らかであるから,上記故意又は故意に等しい重過失による酒気帯び運転に該当するか否かは慎重に判断すべきである。

ウ(ア) これを本件についてみるに,原告は,平成21年4月10日午後11時半過ぎまで友人と飲食し,その後,友人と10分ほど会話した後,徒歩約10分の道のりを自宅まで帰ったというのであるから,どれほど早くとも同日午後11時50分以降に帰宅したことになり,午前0時前に就寝したのであるから,帰宅するや否や直ちに就寝するような状態であったと考えられ,また,原告は,原告本人尋問において「Fに財布だけ持っていったという記憶自体がなくなっていた,全く覚えていなかった。」,「会計後,財布を持っていたかどうかの記憶がなくなっていた。」などと供述しており,帰宅時の記憶が曖昧な状況になっていたことがうかがわれることや,同日までの数日間ほとんど眠れずに体調が優れない状態にあったことなどからすれば,原告は,同日の飲酒によって相当酔った状態で帰宅したものと考えられる。

また,原告は,翌日,居間に置いてある鞄の中に財布がなく,家の中にも財布がなかったことから,財布を落としたものと思いこんだというのであり,原告が本人尋問において供述するように,「F」に財布だけを持っていったことを思い出したというのであれば,当然,自宅のドアの開閉を行う際に物を置く習慣があるという本件車両のカウルトップを確認することが通常であると考えられるが,これを全く確認することもしておらず,さらに,前日徒歩で帰宅したのであるから,財布を探しに行くのであれば前日の帰宅ルートを徒歩で「F」まで探しに行って自宅まで戻り,その後自動車で警察に届け出るというのが合理的な行動であると考えられるのに,前日の帰宅ルートには,自動車では通行できない部分があるにもかかわらず,L駐車場まで自動車で向かうという不合理な行動をとっていること及び呼気検査の際に呼気1リットルにつきに0.3ミリグラムのアルコールが検知されていることからして,原告は,客観的には,本件非違行為の時点で,いまだにアルコールの影響を受けている状態にあったのではないかと考えられるところである。

(イ) もっとも,原告は,財布の紛失届を出すために自ら本件車両を運転してD交番に赴いていることからして,確定的な故意によって酒気帯び運転を行っていたものではないと推認され,その余に原告が確定的な故意により本件非違行為に係る酒気帯び運転を行ったと認めるに足りる証拠はない。

そして,原告の「F」での飲酒量は,原告の通常の酒量より多いとはいえ,2,3杯多かったにとどまること,原告は飲酒後6時間半の睡眠時間をとっており,この睡眠時間は原告の通常のそれよりも1時間半程度長いこと,原告は起床時にはすっきりした気分であったとしており,現に,本件非違行為で検挙された際には,酒臭が強い他は,一般的にアルコールを保有していることの徴表となる項目についていずれも「普通」等とされており,酒臭については,自らでは気付きにくいものであること及びアルコールの代謝時間は,個人差が大きい上,当該個人の状況によっても異なるものであり,平均的なアルコール代謝の目安時間が一般的にも広く認識されているとはいいがたいことからすれば,原告の本件非違行為は,原告が繰り返し本件指針や本件通知について周知されており,本件非違行為のわずか10日前に「飲酒運転撲滅の誓い」を提出していることからして,極めて軽率な行為であり非難されるべきものといわざるを得ないものの,未必の故意のもとにあるいは故意に等しい重過失によって行われたものとまではいうことができない。

(ウ) したがって,原告の本件非違行為は,本件通知における「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」に該当するというべきである。

エ(ア) そうすると,原告に対する処分は,原則として3月以上の停職処分となるべきものということになるが,懲戒処分については懲戒権者に合理的裁量権があるのであり,本件指針においても,実際の事案についての具体的な量定の決定にあたって,①非違行為の動機,態様及び結果,②故意又は過失の度合い,③非違行為を行った職員の職責及び当該職責を当該非違行為との関係でどのように評価すべきか,④児童生徒,保護者,他の職員又は社会に与える影響及び⑤過去の非違行為の有無に加え,日頃の勤務態度や非違行為後の対応等を含め,総合的に考慮して判断するものであり,標準量定以外の懲戒処分となることもあるとされている。

そこで,原告の本件非違行為について,免職処分とすべき事情があるかについて検討する。

(イ) この点,本件指針が,事故を起こしやすくなり実際に事故が起こった場合に重大な結果に繋がりやすいという飲酒運転自体の危険性に着目して飲酒運転に対する懲戒処分の標準量定を重く改正したものである以上,「事故を起こしていないこと」は処分の軽減事由とはならず,「事故を起こしたこと」及び「他の交通違反等を犯していること」が処分の加重事由となると考えるべきところ,原告は,本件非違行為において事故は起こしておらず,他の交通違反等を犯していると認めるに足りる証拠はない。

また,原告には,過去の懲戒処分歴はなく,交通違反歴についても本件非違行為の8年前である平成13年に速度超過により罰金刑に処された以外は見当たらず,原告の勤務内容に特段の問題があったとまではいえない(なお,被告は,原告が平成13年に生徒に金券を配るなどして新聞報道されたことがあったこと及び試験の直前に類似問題を生徒に解かせたために試験問題を作り直さざるを得なくなったことがあることを主張するが,前者は本件非違行為の8年前の事情であり,後者は年月も特定されていない事情であるから,本件非違行為に対する処分の判断として重視すべき事情とはいえない。)。

そうすると,本件非違行為は極めて軽率な行為であって,原告が教職員であることから社会に与えた影響は少なくなく,現実に授業等に支障が出ていたという事情があるとしても,原告に対して飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等に該当するにもかかわらず,なお免職処分とすべきであるという事情が存在するとまではいえない。

(ウ) なお,被告が指摘するとおり,原告は,飲酒量について主張や供述を不自然に変遷させたり,乙10号証によれば,本件処分に係る審査請求事件において,酒気帯び運転をした理由の一つとして歩行障害を挙げていたにもかかわらず,同事件の当事者尋問において当該歩行障害について不自然な点を指摘されるやその後本件訴訟においては主張しなくなったり,上記当事者尋問において,飲酒運転根絶に向けて具体的な指導が繰り返し行われていたことを認めながら,本件訴訟においてこの点を否認する主張を行ったり(平成23年11月25日付け原告準備書面第2の2項イ参照)しており,その訴訟追行態度には疑問が残るところではある。

しかし,本件処分の適法性については,あくまで本件処分時の事情によって判断すべきであり,上記本件処分後の事情を考慮することはできないというべきである。

オ 本件非違行為が「飲酒後相当の時間経過後に運転した場合等」に該当するにもかかわらず,なお原告について免職処分とすべき事情があるとはいえないのであるから,本件処分は,社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権を濫用したもので違法であり,取り消されるべきものである。

3  以上によれば,原告の請求には理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本剛史 裁判官 松本有紀子 裁判官 大野元春)

(別紙地図)省略

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