長野地方裁判所 平成25年(行ウ)10号 判決 2014年5月22日
主文
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第3当裁判所の判断
1 争点(1)について
本件訴訟は、本件監査請求の対象である本件各講演の講演料をA個人の収入にしたことを対象としているから、本件訴訟において、本件監査請求と同一の対象事実の違法性に関する法的観点が追加されたとしても、監査請求の前置を欠くことにはならないと解される。
なお、本件監査請求は、前記第2の2(8)のとおり、監査結果において不適法なものとして却下されているが、市長の公務に係る会計処理という財務会計行為を対象とするものであるから、客観的にみて適法なものということができる。
2 争点(2)について
(1) 証拠(甲2の1ないし50の4)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 本件各講演は、主として、外部の主催者からの講演依頼を契機としている。なお、別紙「平成23年A氏講演一覧」記載の番号5及び39並びに同「平成24年A氏講演一覧」記載の番号61の各講演は、松本市が主催者であり、当該各講演についてはAに講演料請求権は発生していないものと解される。
イ 外部の主催者からの講演依頼書はいずれも松本市長Aにあてたものであり、松本市の総務部秘書課が受理し、同課において講演依頼書に決裁欄を付記して、同課の係、係長、課長及び市長の決裁を経て、講演の依頼を受けている。
ウ 本件各講演において、松本市長A以外の松本市の職員が講演者となったものはない。
エ 講演依頼書は、講演料の記載がないものが多く、講演料が記載されていても、その名目は、謝礼(甲4の4、17の1、40の1、46の1)や講師料(甲3の1、49の1)など様々であり、金額は、個別の講演料の額が判明している中で最も低額のものが2万7000円(甲18の2)、最も高額のものが30万円(甲38の3)である。
オ 全129回の本件各講演のうち、73回は土曜日、日曜日又は祝日に行われた。
(2) 前記第2の2(4)のとおり、本件各講演は公務、すなわち市長の職務として行われたものであるが、市長の職務において対価が発生した場合に市の収入にすべきとする具体的な法令は存在しない。
(3) 本件各講演のうち講演料を伴うものは、前記(1)のとおり、外部から松本市長Aあての依頼を契機として行われ、依頼もA個人の経歴に着目したものであり、受諾の可否も総務部秘書課限りで判断されている。松本市長A以外の松本市の職員が単なる随行を超えて講演に参加し、総務部秘書課以外の職員が関与して講演内容の具体的な補助をし、又は講演依頼を募集するなど松本市の事業を背景とした事情は見られず、松本市長の職務であるとしても、地方自治法147条ないし149条その他市長の職務として当然に予定されたものであるとはいえない。また、もとより市長は地方公務員法上の特別職として勤務時間の制限を受けるものではないが(地方公務員法3条3項4号、4条2項等)、本件各講演によりAの市長としての他の職務に支障が生じたような事情は窺われない。
以上に加えて、前記(1)の事実によれば、講演の実施に係る法律関係は準委任契約と解されること、地方公務員法上も講演料は同法38条1項の「報酬」に該当しないと解されること、前記(1)のとおり、総務部秘書課で講演依頼書に講演料が記載されていない状態でも決裁を行っていることや講演料の額に鑑みると、本件各講演に係る講演料は、直接的な対価関係のない、副次的に発生した講演者当人に対する慰労ないし謝礼としての性質を有するものといえる。
そうすると、市長が行った公務の成果が市に帰属するのに対し、公務と直接的な対価関係のない本件各講演に係る講演料について、条理上・法解釈上当然に松本市に帰属し、又は松本市に帰属させる義務が松本市長Aにあるとはいえない。仮に当然に講演料が市に帰属するとなれば、市長が講演料を辞退又は主催者に返還した場合にも市に損害が生じることになるが、このような結果は不合理であるといわざるを得ない。金額や主催者との利害関係等の点から講演料が慰労ないし謝礼としての性質を逸脱し、不当又は不法な利得といえる場合であっても、市が取得すべきものではない(なお、本件において慰労ないし謝礼としての性質を逸脱したとの事情は認められない)。
(4) したがって、本件各講演に係る講演料について、これが松本市に帰属し、又は松本市に帰属させる義務が松本市長Aにあることを基礎づける法的な根拠を見出すことはできず、Aが講演料を個人の収入としたことについて、不法行為又は債務不履行が成立するとはいえない。
3 以上によれば、原告らの請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石原寿記 裁判官 松本有紀子 島添聡一郎)