長野地方裁判所 平成5年(行ウ)4号 判決 1998年12月18日
原告
小穴裕明
同
小穴壽美子
原告ら訴訟代理人弁護士
上條剛
同
内村修
同
中島嘉尚
被告
長野県知事 吉村午良
右指定代理人
下條正
同
金子司
同
三宅良樹
同
広瀬正一
同
長田智晴
同
小宮山久良
被告
長野県松本地方事務所長 吉池武
右指定代理人
宮下紀雄
同
大宮一敏
被告ら訴訟代理人弁護士
高橋聖明
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 換地計画原案及び仮換地同意書に記載変更に関する主張について
1 前判示のとおり本件事業は土地改良法に基づき長野県が事業主体となって実施した県営ほ場整備事業であるが、法八九条の二第一項によれば、県営土地改良事業において事業の性質上必要があるときはその施行地域につき換地計画を定めなければならないものとされているものの、その決定をする時期については法定されていない。もとより換地計画は換地設計、各筆換地明細及び清算金明細等の諸事項を定めるものであって(法八九条の二第三項、五二条の五)、換地処分は右の諸事項を通知して行うものとされているから(法八九条の二第九項)、換地計画を定めることによりそれ自体で直接地権者らの権利関係に変動を生じさせるものではないとはいえ、処分の内容をあらかじめ公定し、表示するものとして、関係者の利害に重大な影響を及ぼすものである。したがって、その内容は、具体的かつ性格であることを要するのであって、一面では、工事を先行させ、一時利用地の指定を経て、確定測量の成果を利用できるような状態になってから作成した方が右の要請に適うことになるから、土地改良工事の実施後に換地計画を定める方式にはその意味で合理性があるということができる。しかしながら、本件のように従前の農用地の区画を全面的に変更する事業においては、工事着手前に地権者らに対して何らかの方法により換地計画の概要を示しておき、場合によってはその計画に基づいて換地することについて事前に意見を徴しておけば後の紛争の予防に資することになることもまた否定できない。そして、地権者らに対する事前の利害調整及び円滑な事業の推進を図るためには、右計画の作成及び意見の聴取に地元受益者団体の協力を得ることが有益であることもまた疑いないところである。そこで、一見相矛盾するような前記の二つの要請に応えるものとして実務上考案され、工事着手前の基礎調査と換地設計基準に基づき地元受益者団体の協力を得て作成されてきたのが換地計画原案である。前判示第二の一の2の各事実、〔証拠略〕によれば、長野県においては従前から県営土地改良事業換地事務処理要領において、行政上の指針として地元受益者から成る団体の意見に基づいて換地原案を定める方法を採ることが示されていること、本件事業においても、これに協力するための地元受益者団体として実施委員会が組織され、換地計画原案の素案の作成に同委員会が携わったこと、被告所長は右素案に基づいて換地計画原案を定めたこと、実施委員会は、昭和五九年三月に関係地権者らに換地計画原案の素案を公表して、これに基づき従前地とこれに対応する仮換地(一時利用地の予定地)を表示した上、これに同意する旨記載した仮換地同意書と題する書面を用意して、各地権者らの署名及び捺印を求めたこと、原告裕明及び亡喜平治は、同月六日に最寄りの踏入公民館において実施委員会が豊科町職員の立会を得て開催した説明会において換地計画原案の素案〔証拠略〕を示され、これに表示された区割による一時利用地の指定に同意する趣旨で右仮換地同意書に署名及び捺印をしたこと(ただし、原告裕明についてはその妻が手続を代行した。)が認められる。右のとおり、換地計画原案(素案)の提示及び仮換地同意書の徴取を行ったのは実施委員会であり、被告知事や被告所長がこれを行ったとか、被告らが実施委員会にこのような手続を執ることを指示あるいは委任したことを認めるに足りる証拠はない。そして、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、実施委員会は、その設立の経緯及び組織構成からみても、本件事業の実施に関係を有する地元受益者が設立した団体であることは明らかであり(原告が指摘する諸点、すなわち、実施委員会が豊科町告示に基き設置された前判示第二の一の2(一)の促進協議会及び同委員会が改組されて設立されたものであること、実施委員会の特別委員に同町の町長及び助役が含まれていること、その事務局が同町役場耕地課に置かれていたこと等の事情は、地元の利益のために豊科町が実施委員会による本件事業への協力に深く関与していたことの証左ではあるが、法的主体として同町とは別個の存在である被告らと同視するには十分でないし、実施委員会の会合に被告所長ないしその代理者が出席して挨拶した程度のことをもって同委員会を被告らの補助機関として位置付けることもできない。)、本件事業の実施主体である長野県の機関ないし履行補助者あるいはこれと同視できる立場にあるとみること、仮換地同意書を被告らが徴取したと認めることはいずれも困難である。
2 右に判示した諸点に照らすと、まず仮換地計画原案は、事業実施につき権限を有する被告所長の作成したものではあるが、土地改良法に根拠を有するものでなく、その作成によってこれから直接に何らかの法律効果が生ずることはないといわなければならない。もとより原案の内容とされている事項がそのまま換地計画の内容となることが少なくなく、工事着手前に換地計画の概要をあらかじめ公表することによる効用も否定できないが、これらは事実上の効果というほかなく、事業実施主体に対して法的拘束力を有するものと解することは困難である。現行法上、換地の内容について不服のある者は、換地計画ないしこれに基づく換地処分自体を対象としてその固有の違法事由を異議の申立てや取消訴訟により主張すべきである。
また、仮換地同意書についても、法律上の根拠を有するものではない上、徴取の主体は本件事業の実施主体とは法的に別個の存在である実施委員会であるから、これに実施主体に対する関係で拘束力を有するものと解することはできない。
3 そこで、原告裕明関係の違法事由(1)につき検討するに、前掲各証拠のほか、〔証拠略〕によれば、確かに同原告の換地(一)(1)に係る水路には、当初の換地計画原案においては右換地のすぐ南側にやや屈曲した行き止まりの形状で設けることが予定されていたのに、工事着手前の段階で、訴外桓司方宅地の外周(北・東・南)を取り巻くような形状に変更された上、さらに右換地の南に隣接する部分が直線化されたばかりでなく、その後水路が訴外桓司方宅地のすぐ北側に付け替えられ、右換地には耕作道の地下を通じて暗渠で水が取り入れられる構造になったことが認められるところ、このような計画変更がはたして必要であったのか否か疑問なしとせず(少なくともほ場整備事業の性質上宅地である訴外桓司所有地の周囲をめぐらすように変更する必要性があったのかは関係各証拠に照らしても明らかではない。)、しかも、水稲耕作に関しては水管理(ほ場田に対する取水及び排水)が重要なことであるのに、この水路の位置に最も利害関係を有する原告裕明に納得できる説明がされたことを認めるに足りる証拠はなく、事業を実施する上での妥当性において問題があったことは否定できない。しかし、換地計画原案及び仮換地同意書に基づく同意の拘束力を肯認することができない以上、右の計画変更が換地計画自体の違法をもたらすとすることはできないから、この点に関する同原告の主張は採用できない。
4 次に、原告壽美子関係の違法事由についても、換地計画原案及び仮換地同意書の事業主体に対する拘束力を認める余地がない以上、これらの書換えとして主張する事柄が換地計画の違法をもたらすものでないことは前判示と同様である。
そして、〔証拠略〕によれば、本件換地計画及び本件換地処分においては、従前地(二)(2)は、原告壽美子の従前地として取り扱われており、他方、訴外三原関係では従前地として掲記されていないことが明らかであるから、仮換地同意書の記載いかんを問わず、換地計画及び換地処分の違法事由としては、同原告の主張はその事実的前提を欠くものといわざるを得ない。なお、亡喜平治と訴外三原との交換は前判示のとおり既に所有権移転登記を経由しているのであって、このように公示された従前地に関する物権変動を前提として換地しても何ら問題ないことはいうまでもない。
そして〔証拠略〕によれば、同従前地の面積は九八・九四平方メートルと計測されており、この測量結果について疑問を差し挟む証拠がない以上、不動産登記法施行令四条により一〇平方メートルを超える農地である同従前地については登記簿上九八平方メートルと表示されることもまたやむを得ないのであるから、この点においても何ら問題はない。
また、換地計画原案における具体的な区画(計画図面における線引き)がそのまま本件換地計画の違法事由となるものでないこともまた前判示に照らして明らかである。
そうすると、同原告の主張する違法事由はいずれも採用できない。
二 宅地編入手続に関する主張について
1 法八七条の三は土地改良事業の事業計画の変更について規定しているが、同条一項においては、事業施行地域を変更しようとする場合には、その変更後の施行地域内にある土地について地権者(法三条所定の資格を有する者)の三分の二以上の同意を得る必要があると規定し、他方、同条六項においては、五条七項、四八条四項を準用している。そして、五条七項によれば、宅地等の非農用地の編入の場合に事業施行申請地域を定めるには、所有者等の関係権利者全員の同意がなければならないものとされ、また、四八条四項によれば、事業施行地域の変更で省令で定める軽微なものを変更しようとする場合においては、その変更により新たに施行地域内に編入される土地の地権者(法三条所定の資格を有する者)の三分の二以上の同意をもって八七条の三第一項の同意に代えることができる旨定められており、これを受けて規則三八条の六の二は、法四八条四項の省令で定める軽微な変更とは、当該変更により新たに施行地域の一部に編入される土地の地積及び変更後の事業費のうちその土地に係るものがそれぞれ当該変更前の地積及び事業費の一〇〇分の一〇を超えない場合としている。
このような地域変更の場合における関係権利者の関与について定めた各条項に照らして考察すれば、右の規則所定の要件に該当する場合には、事業施行地域変更により編入される土地に係る権利者全員の同意を得ることが必要であるけれども、事業施行地域全体の権利者の同意までは要しないこととなる。
そこで、これを本件についてみるに、〔証拠略〕によると、訴外桓司方宅地が本件事業施行地域に取り込まれた第二回目の事業計画変更手続において、変更により新たに施行地域の一部となる土地の地積は、右変更前の施行地域のそれの一〇〇分の一〇を超えず、また、変更後の事業費のうち編入地域の土地の事業費が変更前のそれの一〇〇分の一〇を超えないことは明らかである。そうすると、右の宅地編入については、変更により新たに施行地域の一部となった土地に係る権利者全員の同意を要することになる。そして、〔証拠略〕によれば、右の者全員の同意を得ているものと認めることができる。
以上によれば、宅地の編入については適法な手続を経ていると認められ、原告裕明の主張する違法事由(2)は採用できない。
三 照応の原則及び公平の原則に関する主張について
1 原告裕明の換地(一)(1)については、前判示のとおり、当初の換地計画原案の段階における道水路の配置が変更されたのであるが、原告裕明は、これに起因して同換地への水路及び取水口が変わり、殊に水路の形状、傾斜、水流により右水路部分に大量の水が滞留することとなり、取水口の止水板を超えて同換地に流れ込むようになったこと、同換地からの排水が円滑に行われないことなどから、水稲耕作にとって重要な水管理に支障をきたしている旨主張する。
〔証拠略〕によれば、原告裕明の換地(一)(1)のほ場田の取水と排水については、訴外桓司方宅地の周囲に巡らした水路の北側部分から耕作道の下を通る暗渠を経て同換地南側の取水口において取り入れ、これを同換地北西側に設けられた排水口から西側道路の下を通る暗渠を経て右道路の西側を走る本流に排水するという構造になっていること、訴外桓司方宅地の周囲を巡る水路には、同人方から生活雑排水が排出されることがあり、その結果汚水が同換地のほ場田にまで流れ込むことがあること、右取水口付近に水が溜まり、止水板を越えて同換地に流れ込むことがあったこと、他方、排水については、当初の工事では排水口の位置の関係で本流への排水が良好でなかったため、同原告からの申入れに基き、被告所長が平成三年三月上旬ころほ場田に約一五センチメートルの厚さで土を入れ、田面を高くし、排水口の位置を引き上げて流下しやすくなるようにする手直し工事をしたこと、ところが、その後においても排水が困難となる状態が生じ、必ずしも支障が解消されてはいないが、それが常態であるというわけではないことが認められる。
ところで、前掲各証拠によると、前記の水路の北側部分は西から東に五〇〇分の一の下り勾配となっていることが認められ、滞留の原因については、勾配以外の設計上の問題なのか、水路の管理や水流の調節具合の問題なのか、必ずしも明らかでない。また、排水についても、いまだ不良の状況にある原因が排水構造についての設計上の問題にあるのか、排水先である本流及びそれに連結する支流における水流調節の問題なのか、証拠上明らかとはいい難い。そうすると、右取水及び排水の不具合の原因が同原告自身の水管理によるものとの疑いを払拭できないから、右のほ場田の水利の点を殊更に換地計画の違法事由としての照応の原則の問題として取り上げることは相当でないといわざるを得ない。また、同原告は、配水管については長野県農政部作成に係る土地改良事業標準設計(〔証拠略〕)に記載された田排水工に準拠しなければならないのに、そのように施工しなかったのは欠陥工法である旨指摘するけれども、証人岩崎保夫の証言によれば、本件のように宅地に隣接しているほ場田については右工法を実施できないというのであり、右標準設計も技術上不可能ないし困難な場合についてまでこのような工法を用いるべきものとしているとは解されないので、右主張を採用することはできない。
なお、訴外桓司方からの雑排水の流入は、同人との間で解決すべき紛争であり、換地計画の問題ではない。
2 次に、原告裕明は、換地(一)(1)に係るほ場田について、前記の手直し工事の際に厚さ約一五センチメートルにわたって人頭大から拳大の石を大量に含む黄褐色の土石を搬入したためその土質が著しく劣っている旨主張する。
そこで、検討するに、前掲各証拠のほか、〔証拠略〕によると、被告所長は平成三年三月に原告裕明の換地(一)(1)のほ場田について排水口の位置を高くするために約一五センチメートルの厚さで土を入れ、田面を高くする手直し工事をしたものの、その際、他のほ場田の土壌よりはかなり大きな塊状の石を含む黄褐色の耕土が搬入され、同原告が豊科町に抗議した結果、同年四月中旬に従前の作土と搬入された耕土を反転するためのいわゆる天地返しを行い、さらにブルドーザーにより代掻きをしたこと、これにより右ほ場田の土壌は一応水稲耕作が可能な土質となったが、依然として表土面から一〇ないし一七センチメートルの深さにかなり大きな塊状の石が含まれており、トラクターによる耕作等に支障が生ずる状態であること、水稲の収穫は、一時利用地指定当初はともかく、近年では八俵程度にまで増加していること、以上の各事実が認められる。
これによると、同原告のほ場田については、機械耕作に支障の生ずる土石が混入していることは否定できないが、これは土地改良に係る当初の面工事が終了した後の手直し工事により発生した問題であり、換地計画そのものの問題というよりはその後の地権者と事業主体との合意に基づいて行われた任意の工事の方法上の欠陥とみるべきである。したがって、これについてなお問題があるとすれば、手直し工事の不備として解決すべき問題であり、この点が照応の原則における考慮すべき要素として換地計画の違法をもたらすものではないというべきである。
なお、原告裕明は、右搬入された土壌が黄褐色の有機物を含まない耕作には適しない土質であると主張し、農林水産省構造改善局監修のほ場整備事業便覧(〔証拠略〕)において黄褐色の土壌は原則として表土扱いの工事を実施しない土壌の中に含まれていることを援用するが、前掲各証拠によれば、他のほ場と比べて換地(一)(1)のほ場田の方がやや黄褐色状に見えるが、最近においてはその差は必ずしも顕著でないばかりでなく、右の色の違いは、同原告のほ場田において田起こしがされていないためであると考えられ、また、右ほ場整備事業便覧の記述は、むしろ黄褐色の土壌は耕土として適していることを意味するものであると解されるので、これをもって右ほ場田の土質が耕作に適しないものとすることはできない。
3 そして、従前地と換地との間の照応関係は、従前地に所有権及び地役権以外の権利又は処分の制限がある場合でない限り、同一所有者に対する従前地全体と換地全体とを総合的にみて判断すべきところ、〔証拠略〕によると、原告裕明に関する従前地(一)と換地(一)を比較してみた場合、本件地区に係る換地設計基準に定められた土地評価要領に基づき土壌、排水、用水、乾湿、面積、形状、通作距離、耕道からの距離、道路からの距離等の諸点に関して評定すると、別紙の土地評価対照表の記載のとおり従前地(一)は総点八七点、換地(一)は総点八八点となり、前判示の諸点を合わせて考慮しても、全体的には照応しているとみることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
また、〔証拠略〕に照らしても、同原告に対する換地が他の地権者らに対する換地と比較して不利益に取り扱われていると認めることはできず、他に右の不利益取扱いを認めるに足りる証拠は存しない。
4 右に判示したとおり、原告裕明の照応の原則及び公平の原則に関する主張を採用することはできない。
四 以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 針塚遵 廣澤諭)