長野地方裁判所 平成8年(行ウ)2号 判決
原告
岩田薫
(ほか一四名)
右一五名訴訟代理人弁護士
清井礼司
被告
長野県収用委員会
右代表者会長
田口忠孝
右指定代理人
本田敦子
同
佐藤陽比古
同
谷口悟
同
塚田良治
同
清水俊一
同
宮坂正巳
同
小口秀男
同
春原秋夫
同
金井伸樹
"
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 本案前の争点について
1 権利取得裁決は、<1>収用する土地の区域又は使用する土地の区域並びに使用の方法及び期間、<2>土地又は土地に関する所有権以外の権利に対する損失の補償、<3>権利を取得し又は消滅させる時期(以下「権利取得の時期」という。)等について裁決するものであり(法四八条一項)、収用の目的とされた土地について権利取得裁決がされると、その効果として、権利取得裁決で定められた権利取得の時期において、起業者が当該土地の所有権を取得し、当該土地に関するその他の権利は消滅することになる(法一〇一条一項)。
他方、明渡裁決は、<1>土地又は土地に関する所有権以外の権利に対する損失の補償を除くその他の損失の補償、<2>土地若しくは物件の引渡し又は物件の移転の期限(以下「明渡しの期限」という。)等について裁決するものであり(法四九条一項)、これに関連し、収用し又は使用する土地に物件があるときは、その物件の移転料を補償してこれを移転させなければならないが(法七七条)、移転料が移転しなければならない物件に相当するものを取得するのに要する価格を超えるとき(法七九条)などには、起業者はその物件の収用を請求することができると規定されている。そして、明渡裁決がされると、その効果として、法七九条の規定によって収用の目的とされた物件の所有権は、明渡裁決で定められた明渡しの期限において起業者が取得し(法一〇一条三項・一項)、当該土地の占有者及び収用の目的とされた物件の占有者は、右の明渡しの期限までに、起業者に対しそれぞれ占有する土地及び物件を引き渡すべき義務を負担することになる(法一〇二条)。
2 原告らは訴えの利益として立木所有権及び立木所有目的の土地使用権の回復を主張するので、以下に検討する。
(1) 立木所有権の回復について
行政処分の取消訴訟は、取消判決の効力によって処分の効果を遡及的に失わしめ、右処分によって侵害された原告の権利利益の回復を図ることを目的とするものであるから、原告の権利利益を侵害しないような行政処分についてはこれを取り消すべき利益がなく、また、処分の執行完了によりその法的効果が消滅したとき、処分の取消しによる権利利益の回復が不可能となったときなどには、取消しを求める訴えの利益は消滅するというべきである。
これを本件各権利取得裁決についてみると、公団が原告らの立木所有権を取得したのは本件各明渡裁決の効果としてであり、本件各権利取得裁決はそれ自体としては何ら原告らの立木所有権を侵害するものではないから、原告らは、立木所有権の回復という理由によっては本件各権利取得裁決の取消しを求める利益を有しない。
また、本件各明渡裁決についてみると、その法律効果として、原告らの立木所有権が公団に移転し、かつ、原告らに公団に対する立木の引渡義務が生じたのであるが、その後、立木の引渡しが完了したことにより原告らに課されていた引渡義務は消滅し、更に、公団が立木を伐採したことにより立木所有権も消滅したと解される(新幹線線路建設工事のため収用された立木が廃棄されることなく伐木のまま現存していることを窺わせる証拠もない。)から、本件各明渡裁決を取り消すことによって除去すべき法的効果及び回復すべき立木所有権はもはや存在せず、原告らに右各明渡裁決の取消しを求める訴えの利益はない。
(2) 土地使用権の回復について
〔証拠略〕によれば、原告岩田薫は、土地の使用権として土地所有者との間の賃貸借契約に基づく賃借権を有していたことが認められ、同原告については、本件各権利取得裁決が取り消されることにより右各裁決の効果として消滅していた自己の賃借権を回復することができるから、その限度において訴えの利益があるということができる。
他方、〔証拠略〕によれば、その余の原告らは、原告岩田薫が土地を賃借するに際し土地所有者から譲り受けた立木を更に同原告から譲り受けたものであり、土地所有者との間に土地使用に関する直接の契約はなく、土地所有者は当該立木を伐採しないことを条件に右原告らへの立木の転売を承諾していただけであることが認められる。そうすると、右原告らの土地使用に関する権利ないし利益は、立木が伐採されずに現存する限りにおいてのみ土地所有者に対して主張し得るものにすぎず、公団によって立木が伐採された今となっては、本件各権利取得裁決が取り消され、土地所有権が元の所有者に復帰したとしても、右原告らの土地使用に関する権利ないし利益が回復されることはないから、もはや右各権利取得裁決の取消しを求める訴えの利益はないといわざるを得ない。
なお、原告らは、本件各明渡裁決の取消しにより土地使用権ないし土地の現実の占有が回復されるかのような主張もしているが、前判示のとおり、明渡裁決は土地の占有者に起業者への引渡義務を課すものであり、明渡裁決そのものには土地所有権を移転させたりその他の土地に関する権利を消滅させたりする効果はないから、これを取り消しても土地使用権が遡及的に回復されることはなく、また、起業者に引き渡した土地の占有の回復は、権利取得裁決の取消しによって回復される所有権等に基づいて私法上の返還請求権を行使することにより実現されるべきものであるから、土地使用権ないし現実の占有の回復を理由として明渡裁決の取消しを求める訴えの利益があるとすることはできず、原告らの右主張は失当である。
3 以上のとおりであるから、本件各明渡裁決の取消しについてはいずれの原告にも訴えの利益がなく、本件各権利取得裁決の取消しについては原告岩田薫にのみ訴えの利益があるというべきである。
二 本案に関する争点について
行政処分が無効であるためには、処分に重大かつ明白な瑕疵がなければならないが、ここに瑕疵が明白であるというのは、処分成立の当初から外形上、客観的に明白であることを意味し、瑕疵が客観的に明白であるというためには、権限ある国家機関の判定をまつまでもなく、何人の判断によってもほぼ同一の結論に到達し得る程度に明らかであることを要すると解するのが相当である(最高裁昭和三六年三月七日判決・民集一五巻三号三八一頁、同昭和三七年七月五日判決・民集一六巻七号一四三七頁)。
原告岩田薫(以下、本項において単に「原告」という。)は、本件事業認定が無効である理由として、本件事業が法二〇条三号及び四号に該当せず、同条所定の処分要件を欠いていることを主張するので、このような処分要件の欠缺が右のような意味で客観的に明白であるかどうかが検討されなければならない。
ところで、法二〇条三号は「事業計画が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものであること」を事業認定の要件として掲げており、「公共の利益の増進と私有財産との調整を図り、もって国土の適正且つ合理的な利用に寄与する」(法一条)との法の目的に照らすと、右要件は、その土地がその事業の用に供されることによって得られる公共の利益と、それによって失われる公共的又は私的利益とを比較衡量し、前者が後者に優越すると認められる場合にその該当性が肯定されるものと解すべきである。したがって、事業認定の対象となった事業が同号に該当しないとの理由で事業認定が無効となるのは、当該土地がその事業の用に供されることによって失われる公共的又は私的利益の方がそれによって得られる公共の利益よりも優越することが事業認定のされた当時から何人の目にも明らかであった場合でなければならない。しかしながら、当該事業の実施によってどのような公共の利益が得られ、反面当該土地の供用によってどのような公共的又は私的利益が失われるのか、またその優劣はどうかというようなことは、本来、取消訴訟の慎重な手続において、考慮すべき利益と考慮すべきでない私益とが振り分けられ、考慮すべきとされた利益についてその内容及び程度が確定されて初めて正当な結論に到達するものと解されるのであって、これが当初から何人の判断によっても明らかであるというのは極めて例外的な場合に限られるというべきである。この点に関し、原告は、本件事業の起業地が同事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益は皆無に等しいと主張するが、新幹線鉄道はその主たる区間を列車が二〇〇キロメートル毎時以上の高速度で走行できる幹線鉄道であり(全幹法二条)、全国の中核都市を連結して全国的な幹線鉄道網を形成することが予定されている(同法三条)ものであることにかんがみると、その整備による全国的な高速輸送体系の形成が国民経済の発展や国民生活領域の拡大に資することは否定できず、その一環である本件事業の遂行によって得られる公共の利益が全くないとはいえず、その他原告の指摘する前記の各事由をもってしても、右の三号該当性の明白な欠如を基礎づけることはできないし、これを認めるに足りる証拠もない。
また、法二〇条四号は「土地を収用し、又は使用する公益上の必要があるものであること」を事業認定の要件として掲げ、同条一号から三号までの具体的基準のほかに更に公益的見地からあらゆる諸事情を考慮して当該事業計画に供される土地を収用又は使用する必要があるかどうかを検討すべきことを要求するものであるが、この公益性に関する判断は事業認定庁の専門技術的・政策的判断に基づく自由裁量に属し、裁量権の範囲を越え又はその濫用があると認められる場合に限り違法となる(行政事件訴訟法三〇条)と解するのが相当である。したがって、事業認定の対象となった事業が同号に該当しないとの理由で事業認定が無効となるためには、この点に関する事業認定庁の裁量権の踰越又は濫用があったことが事業認定の当初から何人の判断によっても認められる場合であることが必要である。しかしながら、行政庁の裁量処分に裁量権の踰越又は濫用があるかどうかは、処分に至った判断の過程及びそこで考慮された判断資料・判断要素等を十分に精査し、そこに社会観念上著しく妥当を欠く点がなかったかどうかを厳密に検討しなければ明らかとならないのが通常であり、本件においても、原告の主張するような前記の各事由をもってしては本件事業認定の当時から建設大臣の法二〇条四号要件に関する判断に裁量権の踰越又は濫用があることが客観的に明白であったことを基礎づけることはできないし、これを認めるに足りる証拠もない。
したがって、本件事業認定が無効であるとの原告の主張は理由がなく、本件各権利取得裁決に取り消されるべき瑕疵はない。
三 まとめ
以上の次第で、原告岩田薫の訴えのうち本件各明渡裁決の取消しを求める請求に係る部分及びその余の原告らの訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、原告岩田薫のその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 針塚遵 古田孝夫)