長野地方裁判所 平成9年(ワ)75号 判決 2001年2月01日
原告
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
永田恒治
同
飯田正剛
同
稲垣隆一
被告
志賀高原観光開発株式会社
右代表者代表取締役
佐藤喜惣治
外3名
右4名訴訟代理人弁護士
坂東克彦
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、原告に対し、連帯して、金1億0920万5381円及びこれに対する平成8年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、スキー仲間10名で長野県内の志賀高原にスキーに訪れていたスキーヤーの1人が、同高原内にある志賀高原前山スキー場(以下「本件スキー場」という。)において滑走禁止区域となっている斜面を滑走していた際、折から発生した雪崩(以下「本件雪崩」という。)に巻き込まれて死亡したことから、同人の遺族である原告が、本件スキー場を経営、管理していた会社及び同道していたスキー仲間のうちの3名に対し、連帯して金1億円余りの損害賠償金及びこれに対する死亡日以降の遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提事実(証拠を掲記した部分以外は当事者間に争いがない。)
1 当事者等
(一) 甲野次郎(昭和12年4月27日生、以下「亡次郎」という。)は、昭和38年3月に東京大学医学部を卒業後、昭和43年4月に同大学助手として同大学医科学研究所に入所し、昭和58年1月に同大学教授、平成4年4月に同研究所癌ウイルス研究部部長に就任して遺伝子研究、同研究所の運営等に従事していたものである(亡次郎の経歴につき甲第四四、第四五号証)。
原告は、亡次郎の妻である。
(二) 被告志賀高原観光開発株式会社(以下「被告会社」という。)は、長野県下高井郡山ノ内町内の前山山腹を利用して作られた本件スキー場においてスキー場施設の管理及び索道(リフト)によるスキー客運送を行い、本件スキー場を経営、管理しているものである。
(三) 被告金ヶ﨑士朗(以下「被告金ヶ﨑」という。)は、昭和43年に東北大学大学院を修了後、昭和47年に東京大学医科学研究所に入所し、昭和61年に同大学教授、同研究所細菌感染研究部長に就任し、亡次郎の同僚として、感染防御学の研究、同研究所の運営等に従事していたものであり、本件雪崩が発生した際に亡次郎と一緒にスキーを行っていた者である(被告金ヶ﨑の経歴につき乙第四六号証、被告金ヶ﨑士朗)。
(四) 被告栗原義郎(以下「被告栗原」という。)は、昭和39年に東北大学大学院を修了後、石油化学会社で稼働していた者であるが、幼少期からスキーを趣味とし、昭和42年には友人と共同して、後に被告金ヶ﨑、亡次郎も会員となった東京都スキー連盟加盟の「青山スキークラブ」を設立するなどしていたものであり、本件雪崩が発生した際に亡次郎と一緒にスキーを行っていた者である(被告栗原の経歴につき乙第四〇号証、被告栗原義郎)。
(五) 被告栗原由紀子(以下「被告由紀子」という。)は、被告栗原の妻であり、昭和42年に同人と婚姻後、本格的にスキーを始め、夫とともに国内外のスキー場でスキー経験を重ね、亡次郎とも何度か一緒にスキーに同道していたものであり、本件雪崩が発生した際に亡次郎と一緒にスキーを行っていた者である(乙第四一号証)。
2 本件雪崩事故の発生
亡次郎は、被告金ヶ﨑、被告栗原、被告由紀子のほか、渡邊和子(以下「渡邊」という。)、大原達(以下「大原」という。)、山崎靖予(以下「山崎」という)、斧輝代(以下「斧」という。)、鈴木幹雄(以下「鈴木」という。)、関口春江(以下「関口」という。)の白金スキースクールのメンバーとともに、総勢10名で平成8年1月27日からの志賀高原でのスキー行事(以下「本件スキーツアー」という。)に参加することになり、同月26日に志賀高原を訪れ、翌27日午前9時ころから、他のメンバーらと一緒に同高原内の本件スキー場でスキー滑走を楽しんでいた。
亡次郎らは、本件スキー場の整備されたゲレンデを数回滑走していたが、その後、本件スキー場のリフト降り場東方に設置されていた立入禁止標識(以下「本件立入禁止標識」という。)を越えて立入禁止区域に進入し、滑走が禁じられている前山南東側斜面(別紙検証図面中に「(A′斜面)」と記載された一帯。以下「A′斜面」という。)を数回滑走し、さらに、被告栗原、被告由紀子ほか4名と一緒にA′斜面の更に東側のやはり滑走が禁止されている前山南東側斜面(検証図面中に「(A″斜面)」と記載された一帯。以下「A″斜面」という。)を滑走することになり、前同様に立入禁止区域を東進し、A″斜面上部にいったん集合した後、1人ずつ順々に同斜面を滑走し始めた。亡次郎は、被告栗原、渡邊の次に3番目に同斜面の滑走を開始し、先に滑った2人の残したシュプールに沿って同斜面を滑走していたところ、同日午前9時47分ころ、同斜面に法面計測で幅(東西)約71メートル、長さ(南北)約109メートルにわたって発生した本件雪崩(検証図面中に「(雪崩)」と記載された一帯に発生したもの。なお、本件雪崩の深さは、上部破断面付近で約1メートル、下方で約1.5〜2.0メートルで、雪崩下部は本件スキー場のCコース上に約9メートル進出している。)に巻き込まれて生き埋めとなった(以下「本件事故」という。)。
亡次郎は、雪崩発生から約1時間後に、Cコース上まで進出した雪崩下端のデブリ(雪崩によって落ちた雪塊群)部分の雪中約1メートルの地点に意識不明のまま埋もれているところを発見され、長野県中野市内の病院に搬送されたが、同日午後1時44分ころ、同病院において窒息による死亡が確認された。亡次郎の死亡時の年齢は58歳であった(本件雪崩の発生時刻につき甲第八号証の一、本件雪崩の規模につき甲第九号証の二一、第一〇号証の六、乙第三号証の二、亡次郎の死因につき甲第一〇号証の一、死亡時刻につき甲第一号証)。
二 争点
本件の主たる争点は、亡次郎の死亡結果の発生に関する被告らの過失の有無等であり、具体的には次のとおりである。
1 被告会社の責任原因
(一) 雪崩の危険告知義務ないし立入防止措置義務を怠った過失の有無
(二) 土地工作物責任の有無
2 被告金ヶ﨑の責任原因(亡次郎に対する安全確保義務を怠った過失の有無等)
3 被告栗原の責任原因(亡次郎に対する安全確保義務を怠った過失の有無、本件雪崩の発生についての同被告の過失の有無及び右過失と亡次郎の死亡結果との間の相当因果関係の有無)
4 被告由紀子の責任原因(本件雪崩の発生につき同被告の過失の有無及び右過失と亡次郎の死亡結果との間の相当因果関係の有無)
5 被告らの救助義務を怠った過失の有無及び右過失と亡次郎の死亡結果との間の相当因果関係の有無
6 原告の損害
三 争点に関する当事者の主張の要旨
1 争点1について
(一) 原告
(1) 雪崩の危険告知義務ないし立入防止措置義務の違反
被告会社は、本件スキー場において、スキーヤーとの間でリフト運送契約を締結していたのであるから、同スキー場を利用するスキーヤーに対して安全にスキーを行えるよう適切な措置を講ずべき安全配慮義務を負っている。しかるところ、本件スキー場のA″斜面は、地形的にも雪崩の発生条件を備えており、また、本件事故当時も前夜からの吹雪でアイスバーン状態の雪面の上に新雪が降り積もり、表層雪崩が発生しやすい状態にあったのであるから、被告会社は、A″斜面に面発生乾雪表層雪崩が発生する危険性が高いことを知り、または知り得たものである。それゆえ、被告会社には、A″斜面に通じるルート入口において、同斜面を滑走すれば雪崩を誘発する危険性があることをスキーヤーに明示し、竹竿やロープ等により物理的に右ルートへの進入を阻止する施設を構築したり、パトロール隊員による進入者の発見・警告、排除などの措置を直ちに行えるよう準備しておく義務があった。
しかるに、被告会社は、本件スキー場にパトロール隊員を常駐させず、また、A′、A″斜面等をスキーヤーが滑走して同各斜面下部の初級者用ゲレンデを滑走するスキーヤーと衝突する事故を避けようとの目的で、A″斜面に通じるルート入口付近に交通標識様の本件立入禁止標識1本を設置したのみで、同標識にA″斜面に雪崩被害の危険性がある旨の表示も、同ルートへの他の物理的な進入禁止措置も講じず、本件事故直前に亡次郎らのグループが滑走が禁止されているA′、A″斜面を何度も滑走しているのを知りながら漫然とこれを放置するなどして、A″斜面での雪崩事故防止のための安全管理を怠った。その結果、亡次郎は、A″斜面が雪崩の危険のあることをなんら告知されないまま、同斜面に進入し滑走し、本件雪崩に巻き込まれて死亡したものであるから、被告会社の右安全管理の懈怠は、債務不履行あるいは他の被告との共同不法行為に該当するので、被告会社は、亡次郎の死亡に伴う損害を賠償する義務がある。
この点につき、被告会社は、A″斜面は被告会社の管理区域外であり、常人は立ち入らないほどの急斜面で、本件事故は亡次郎が滑走が禁止されているA″斜面を故意に滑走するという無謀な行動に起因するものであるから、被告会社には亡次郎の死亡については責任がない旨主張するが、同斜面は、さして滑走困難とまではいえず、むしろ新雪滑走を求めるスキーヤーには魅力的な斜面であって、本件事故以前から多数のスキーヤーが滑走するなど、実質的にはゲレンデ外のコースとしてスキーヤーに供されていたものであるし、また、前記のとおりA″斜面に雪崩発生の危険性が存在する以上、スキーヤーをA″斜面に立ち入らせないようにするには本件立入禁止標識のみでは不十分であることは明らかであり、他方、竹竿を立てたりロープを張るなどしてスキーヤーの進入を防止することは極めて容易なことであるから、被告会社は、本件立入禁止標識を設置していたことや本件事故が立入禁止区域内で発生したとの一事をもって、その責任を免れるものではない。
(2) 工作物責任
本件スキー場は、収益事業を目的として設計・開発、運営されているもので、本件雪崩が発生したA″斜面を含むゲレンデ、リフト、飲食施設等の土地に接着した各施設が有機的に結合して機能する一体の施設である。A″斜面は、AコースとCコースに囲まれた本件スキー場内の斜面であり、また、かつてコースとして使用されていたA′斜面と連続しており、本件スキー場全体の設計の中で、地盤の整備がなされ、状況に応じてコースとして利用されるなど、土地に対する人工的作業の結果作り出された本件スキー場のコース外の施設であり、土地の工作物に該当するものである。そして、本件スキー場は、リフトが1本しか設置されていない狭小、単純なスキー場であるから、A″斜面への進入及び雪崩事故発生防止に向けたさまざまな措置が可能であるところ、被告会社は、前記(1)のとおり、A″斜面に明らかに雪崩発生の危険が存在していたにもかかわらず、同斜面へのスキーヤーの進入及び雪崩発生防止のための最低限度の対応策すら講じていなかったものである。以上のほか、本件スキー場には、リフトから降りたスキーヤーを雪崩発生の危険を内包するA″斜面に容易に進入させる設計上の不備、雪崩の危険に対する認識体制の不備、雪崩発生後の救助体制の不備等があり、これらは土地工作物の瑕疵に該当する。そして、被告会社は、この土地工作物の占有者である。
そうすると、亡次郎は、被告会社の管理する土地工作物の瑕疵により、本件雪崩事故に遭遇して死亡したものであるから、被告会社は民法717条1項に基づき、亡次郎の死亡に伴う損害を賠償する義務がある。
(二) 被告会社
(1) 雪崩の危険告知義務ないし立入防止措置義務違反
本件雪崩が発生したA″斜面は、本件スキー場のコース外の斜面であり、圧雪もされておらず、被告会社の管理外の区域である。同斜面の斜度は、斜面上方の切れ始めの箇所で41度、中間部でも35度前後もあり、到底滑走に適する斜面ではないことから、ここに立ち入るスキーヤーはほとんどいない。また、被告会社は、スキーヤーにガイドマップを配付したり、本件雪崩発生時も、リフト降り場の東方の丘陵部のAコースとCコースの角付近に全国統一スキー場標識である本件立入禁止標識を設置したり、スキー場内にコース案内板等を設置することで、本件立入禁止標識先のA″斜面を含む一帯が立入禁止区域であることをスキーヤーに明示していた。このようなA″斜面付近の状況や本件立入禁止標識等の存在から、A″斜面一帯が危険区域であることは亡次郎にとっても明白であって、被告会社は、A″斜面に予想される危険の告知義務及び同斜面への進入禁止措置の設置義務を十分に果たしていたものである。
また、スキーは本来的に危険を伴うスポーツであり、スキー滑走に伴う危険は基本的にはスキーヤー自身において回避すべきものであるところ、亡次郎は、新雪滑走を楽しもうとの意図の下に、新雪滑走用の幅広スキーを装着し、A″斜面が閉鎖区域内に属していることを承知しながら、本件立入禁止標識を無視して故意にゲレンデ外である閉鎖区域に進出し、A″斜面を滑走して本件雪崩を惹起させたものである。このように、亡次郎は、スキー場の標識は遵守しなければならないという国内外を問わず承認されているスキーヤーとしての基本的な行動規範に反して自ら危険に接近したものであるから、その損害は亡次郎自身において負担すべきものであって、被告会社に何ら責任はない。
なお、原告は、被告会社においてA″斜面での雪崩の危険性は予見できた旨主張するが、A″斜面では、本件事故前に雪崩が発生したことはなく、また、雪崩発生の危険性を示す徴候は全くなかったもので、雪崩発生の予見可能性はなかった。本件立入禁止標識は、A′、A″斜面下部のCコース上に有料ポールバーンが設置されたことを受けて、A′、A″斜面を滑走するスキーヤーと右ポールバーンを滑走するスキーヤーとの衝突を避けるために設置したもので、A″斜面での雪崩の危険を予期して設置したものではない。
(2) 工作物責任
被告会社は、本件スキー場敷地のうち、リフト及び事務所敷地部分を土地所有者である財団法人下高井郡山ノ内町和合会から実質的に借用し、本件スキー場を管理しているが、A″斜面は、右の借地の範囲に含まれておらず、監督官庁からの事業執行許可の対象にもなっていない。また、A″斜面は、被告会社が滑走を禁止し、閉鎖していた区域であったため放置しており、被告会社に何らの占有もなく、被告会社の管理する他の施設と機能的に有機的結合を有していることもないから、A″斜面が土地工作物といえないことは明らかである。
仮に、A″斜面が被告会社の占有する土地工作物であるとしても、前記(1)のとおり、被告会社は、A″斜面に通じるルートが本件立入禁止標識等により進入禁止区域であることを明示していたのであるから、その管理に瑕疵はない。
2 争点2について
(一) 原告
被告金ヶ﨑は、白金スキースクールを主宰し、そのリーダー兼指導者として本件スキーツアーを立案し、主催し、本件雪崩発生当時も、亡次郎を含む総勢10名のスキーパーティーを引率、指導していたもので、亡次郎が自己に続くコースを選択して滑走すること、本件スキー場が前記のとおり雪崩の危険性を有することを知り又は知り得る立場にあった。それゆえ、被告金ヶ﨑は、本件スキー場での滑走コースの選択にあたっては、後に続く亡次郎が雪崩などの危険に遭遇しないように配慮し、雪崩等の危険が予想される区域に至ったときは、速やかに、安全な区域に誘導するなどして、その安全を確保すべき義務があった。しかるに、被告金ヶ﨑は、亡次郎を立入禁止区域に誘導し、何らのルート指示をすることなく、漫然と先頭を切って滑走を開始するなどして前記義務を怠り、亡次郎を立入禁止区域に放置して危険区域を滑走するに任せ、また、A″斜面と連続するA′斜面に本件スキーツアーの参加者を誘導して滑走させ、弱層に振動を与えて本件雪崩の原因を作出し、もって本件雪崩を誘発させて亡次郎を死亡させたものである。
よって、被告金ヶ﨑は、民法709条、719条1項に基づき、他の被告らと連帯して亡次郎の死亡に伴う損害を賠償する義務がある。
(二) 被告金ヶ﨑
白金スキースクールは、会費、規約、入会手続、運営方法等は決められておらず、スキーツアーも定期的に開催しているものではない。同スクールは、スキー愛好家が集まった単なる同好会に過ぎず、被告金ヶ﨑が主催するものではない。被告金ヶ﨑は、本件スキーツアーのリーダーとして本件スキーツアーのメンバーを指導、誘導していたことはない。それゆえ、被告金ヶ﨑は、原告主張のような亡次郎に対する義務を負うものではない。本件スキー場においてA″斜面を滑走したのは、被告栗原、被告由紀子、亡次郎、渡邊らのグループであり、被告金ヶ﨑は、本件雪崩発生時前に亡次郎らと別れてA′斜面を滑走していたものであって、同被告が先頭を切ってA″斜面滑走を開始したり、メンバーを危険区域に放置したり、立入禁止区域内を滑走するに任せたということはない。
3 争点3について
(一) 原告
被告栗原は、白金スキースクールのサブリーダー兼指導者として、リーダーである被告金ヶ﨑に次いで本件スキーツアーの参加者らの安全を確保する義務を負っており、他の参加者らが雪崩に遭遇しないよう配慮してコース選択を行い、危険が予想される区域に至ったときは、その場から退避するよう指導するなどするとともに、自ら滑走するに際しても、雪崩を誘発することのないよう慎重な滑走を行うべき義務があった。しかるに、被告栗原は、本件スキー場のリフト終点付近で、先に滑走した被告金ヶ﨑を見失ったためこれに続かず、後に続くことが予想される亡次郎ら他の参加者らに対して特段の注意も与えず、コースの安全も確認しないまま、立入禁止区域を横切って亡次郎らをA″斜面に誘導した上、同人らを渡邊、亡次郎、被告由紀子の順で滑走させるに任せ、また、自ら何らの雪崩誘発の防止措置を講じることなく本件雪崩現場を滑走することによって本件雪崩の発生の原因を作り出し、本件雪崩を誘発して亡次郎を死亡させたものである。
よって、被告栗原が、右注意義務に違反することは明らかであって、民法709条、719条1項に基づき、他の被告らと連帯して亡次郎の死亡に伴う損害を賠償する義務がある。
(二) 被告栗原
前記2(二)のとおり、白金スキースクールは単なる同好会に過ぎず、被告栗原がサブリーダーとして、本件スキーツアーの参加者を指導、誘導していたことはない。亡次郎は自らの意思で被告栗原と一緒にA″斜面を滑走したものである。また、本件雪崩の発生したA″斜面を滑走したのは、被告栗原、被告由紀子、亡次郎、渡邊の4名であり、亡次郎を含めた右4名の滑走がそれぞれ複合的に作用し本件雪崩を惹起させたもので、亡次郎自身が本件雪崩発生の直接の原因を作った可能性もあるから、被告栗原の滑走が本件雪崩発生の直接の原因となったとはいえない。
4 争点4について
(一) 原告
被告由紀子は、雪崩発生の危険がある区域を滑走するに際しては、雪崩を誘発することのないよう慎重な滑走を行うべき注意義務を有するところ、被告栗原、渡邊、亡次郎に漫然追随して滑走し、滑走エッジで雪面を切ったことによって本件雪崩の発生の原因を作出して本件雪崩を誘発させた過失により、本件雪崩を発生させ亡次郎を死亡させたものであるから、民法709条、719条1項に基づき、他の被告らと連帯して亡次郎の死亡に伴う損害を賠償する義務がある。
(二) 被告由紀子
前記3(二)の後段のとおり、本件雪崩の発生したA″斜面を滑走したのは、被告栗原、被告由紀子、亡次郎、渡邊の4名であり、亡次郎を含めた右4名の滑走がそれぞれ原因となって本件雪崩が発生したものといえ、亡次郎が本件雪崩の発生原因を作った可能性もある以上、被告由紀子の滑走が本件雪崩発生の直接の原因となったとはいえない。
5 争点5について
(一) 原告
被告金ヶ﨑は本件スキーツアーのリーダー、被告栗原は同サブリーダー、被告由紀子はその参加者であるが、スキー場において雪崩が発生し、自己の指導下にあるスキーヤーあるいは同伴していたスキーヤーが雪に埋もれたような場合は、直ちに適切な方法により当該スキーヤーの救出にあたるべきところ、被告金ヶ﨑、被告栗原、被告由紀子は、直ちに雪崩を認識せず、早期に警察、消防に連絡することを怠り、また適切な捜索を行わずに亡次郎の救出を遅延させ、もって、亡次郎の死亡を惹起した。
被告会社は、その管理する本件スキー場内において雪崩が発生し、スキーヤーが埋もれたような場合には、速やかに現場にパトロール隊員を急行させ、適切な救助器具を使用して早急に当該スキーヤーの救助活動に従事させる義務がある。しかるに、被告会社の本件スキー場所長は、事務所の目前で本件雪崩が起きているにもかかわらず、これに気付かず、近くのホテル従業員から「新雪の中に人が埋まっている」と聞かされたにもかかわらず、直ちにパトロール隊員を急行させることもなく、亡次郎救出のための装備を整えないまま歩いて現場まで向かった後に本件事故を認識し、ようやく警察や消防への通報をしたものであり、また、被告会社には雪崩遭難者救助用の捜索装備の用意がなく、早期に実効的な亡次郎の救出活動が行われなかった。このような被告会社の雪崩遭難者救助体制の不備は亡次郎の救出の遅延に繋がり、その結果同人を死亡させたものである。
よって、被告らは、それぞれ民法709条、719条1項に基づき、連帯して亡次郎の死亡に伴う損害を賠償する義務がある。
(二) 被告ら
被告金ヶ﨑、被告栗原、被告由紀子は、それぞれ雪崩発生直後から、亡次郎が生き埋めになっている可能性の高い雪崩下部から捜索を開始したり、他の一般スキーヤーに本件スキー場への通報や救援を求めたりしているのであって、同被告らの捜索活動には何ら非難されるところはない。
被告会社についても、本件スキー場を含む志賀高原一帯のスキー場ではかつて雪崩が発生したことはなかったため、同スキー場には救急隊員がいなかったが、被告会社においては、雪崩を覚知したのちは最善の方法で救出活動に当たっていた。
仮に、被告会社の救助活動に過失があったとしても、その被告会社の対応と亡次郎の死亡との間には相当因果関係がない。
6 争点6についての原告の主張
(一) 原告の相続した亡次郎固有の損害金合計金6828万9341円
(1) 亡次郎の逸失利益 金3828万9341円
亡次郎は、平成8年度の所得として金1077万3894円を得ており、本件事故(死亡)当時、満58歳であったから、亡次郎の得べかりし利益につき、生活費を控除した上ライプニッツ係数を用いて計算すると、金3828万9341円となる。
(1077万3894円×(1−0.5)×7.1078=3828万9341円)
(2) 亡次郎の死亡慰謝料 金3000万円
亡次郎は、本件事故を原因とする窒息によって死亡するに至ったものであり、大きな精神的苦痛を受けたものである。それを金銭的に評価すると金3000万円を下らない。
(3) 原告は、他の相続人との間の遺産分割協議により、亡次郎の被告らに対する右損害賠償請求権を取得した。
(二) 原告固有の慰謝料 金3000万円
原告は、亡次郎の死亡によって、精神的損害を受けた。原告の精神的損害を金銭的に評価すれば金3000万円を下らない。
(三) 弁護士費用 金1091万6040円
原告は、原告訴訟代理人らに本件訴訟を委任し、日本弁護士連合会の弁護士費用基準により、弁護士費用として金1091万6040円を支払う旨約した。
第三 争点に対する判断
一 判断の前提となる認定事実
証拠(甲第二号証、第五号証の二、第八号証の一ないし三、一〇、一一ないし一七、第九号証の一ないし九、一五、一七ないし二一、第一〇号証の一ないし四、六、第一一号証の一、二、第一三ないし第一七号証、第一九ないし第二五号証、第二六号証の一ないし一三、第二八、第二九、第三一、第三五、第三九、第五一号証、乙第一、第二号証、第三号証の二、第四ないし第一三号証、第一五号証、第一七ないし第二九号証、第三〇ないし第三三号証の各一、二、第三四ないし第四九号証、第五一ないし第五九号証、第六三、第六四、第六六号証、第七三ないし第七五号証、証人山本長俊、同児玉修悟、同鈴木幹雄、同渡邊和子、同大原達、同中山建生、原告本人、被告本人金ヶ﨑士朗、同栗原義郎、同栗原由紀子、検証の結果)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められ、甲第五号証の二、第三〇、第三六、第四三、第四六、第四八号証、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない(以下、各項目の認定の用に供した主たる証拠を掲記する。)。
1 本件スキー場の概要(甲第八号証の一、第九号証の一五、乙第一号証、第三号証の二、第七、第八号証、第一〇ないし第一三号証、第一七ないし第二一号証、第三〇号証の一、第三五、第三六、第四〇号証、第四三ないし第四五号証、第六三、第六四号証、証人山本長俊、同児玉修悟、検証の結果)
(一) スキー場設備、滑走コース等
本件スキー場は、昭和35年に、上信越高原国立公園に指定されている志賀高原内の長野県下高井郡山ノ内町大字平穏<番地略>の前山の山腹を利用して開設されたスキー場で、標高約1680メートルから約1800メートルの所に位置し、本件事故当時、リフト1基、滑走コース4本が設置されていた。リフトは、本件雪崩発生時は、平成元年に設置されたものが稼働しており、リフト乗降場の標高差は約116メートル、リフトの長さは約329メートルで、リフト降り場は前山頂上付近に設けられており、その東西に1棟ずつリフト小屋が併設されている。本件スキー場には、検証図面のとおり、リフトに沿った東側に圧雪されていない直線のモーグルバーンが、モーグルバーンの東側に圧雪された直線のAコース(上級者用)が設置されており、両コースの境は、別紙見取図のとおり、土手とネットによって仕切られている。Aコース東側は斜面最上部は後記(三)のとおりネットが張ってあり、そこから下部は土手状となっているため、Aコース内からその東側のA′斜面に進入することはできない。リフト降り場西側は、圧雪されたBコース(中級者用)の進入口となっており、同コースは進入後に左にカーブしながら、途中リフトの下をくぐり、モーグルバーン下部に合流している。リフト降り場東方には圧雪されたCコース(初級者用)が設置され、同コースはリフト降り場から東方にしばらくほぼ直線の緩斜面が続いた後、お椀状の前山の山肌を右にカーブしながら下り、Aコース出口と合流している。A″斜面下部のCコースと接する部分には約2メートルの段差があり、その下のCコース山肌側には平成5年12月のスキーシーズンから有料のタイムトライアルコース(ポールバーン)が併設され、本件事故当時は竹製のポールが打ち込まれていた。
(二) 前山頂上部、立入禁止区域及びA″斜面付近の地勢等
前山は、全体としてお椀状の地形であるところ、リフト降り場から東方のAコースとCコースとに囲まれた前山南東側山肌の斜面一帯は、頂上付近がなだらかな広い丘陵状で、少し下った検証図面⑤の分岐点及び⑥の立ち止まり地点付近から下方に向かってA′及びA″斜面が形成されているため、頂上丘陵部から右各斜面の山肌やCコース下部は見通せず、また、A′斜面からA″斜面の雪面を見通すこともできない。
A′及びA″斜面一帯は、所々にもみの木やダケカンバ等の自然植生の密集した部分があるものの、そのほとんどはくま笹に覆われている。A′斜面は南西向きの平滑な斜面であるのに対し、A″斜面は南向きの斜面で、その斜度は、本件雪崩の上部破断面付近が約41度、中間部付近で約30度と急峻である。
CコースとAコースとの分岐点付近である検証図面④のfile_3.jpg地点には本件立入禁止標識が設置されていて、A′及びA″斜面一帯は滑走禁止となっており、圧雪されておらず、部分的に地面のくま笹や岩の一部が露出しているなど一見して圧雪整備されたゲレンデと形状が異なっていて、滑走に適さない形状となっている(以下、本件立入禁止標識から東側一帯の未整備の丘陵地帯を「本件立入禁止区域」という。)。
本件立入禁止標識から頂上丘陵部を東進すると、検証図面⑤の分岐点付近で、地形の関係上、斜面が自然に左右に分岐し、右方に下った先がA′斜面、そのまま東進を続けるとA″斜面上部に到達する。なお、本件立入禁止区域は、Aコース、Cコースの途中からは上り段差があって進入が困難なため、同区域内にあるA′、A″斜面の上部に向かうには、本件立入禁止標識を越えて本件立入禁止区域内に進入し、同区域内の頂上丘陵部を東方にトラバースする(横切る)ほかにルートはない。
(三) 本件立入禁止区域への進入禁止措置等
見取図のとおり、リフト降り場東側リフト小屋から東方約49.5メートルの地点(見取図に「立入禁止標識板」と記載された地点であり、検証図面④のfile_4.jpg地点)には、白地に赤でfile_5.jpgと標記され、その下に「立入禁止」と記載されたプレートが接着された本件立入禁止標識が設置されている。Aコース上部東側には長さ約11.5メートルのネットが張ってあり、同箇所から本件立入禁止区域には進入できないようになっている。本件立入禁止標識には立入禁止の理由については明記されておらず、他にポール、ロープ、ネットあるいは柵等による物理的な進入閉鎖措置は施されていない。その他、リフト降り場東側リフト小屋付近及び頂上丘陵部北側にはコース案内板が設置され、本件立入禁止標識のやや北東にはCコースを示す案内板が設置されている(見取図参照)。その他、被告会社では、本件スキー場の営業期間中、ゲレンデの圧雪整備のほか、場外にスキーヤーが入り込まないように、立ててある標識の巡回整備や危険箇所の整備、スキーヤーへのコース案内図の配付、スキー標識やルール・マナーの遵守を呼びかけるポスターの掲示等を行っていた。
2 本件立入禁止区域及びA′、A″斜面の被告会社の管理状況等(乙第三号証の二、第七号証、第一七ないし第二四号証、第三一号証の一、二、第三二号証の一、二、第三三号証の一、二、第三四ないし第三六号証、第四五号証、証人山本長俊、同児玉修悟、検証の結果)
本件スキー場の所在地である前山一帯は、財団法人下高井郡山ノ内町和合会が入会地として所有しており、被告会社の共同代表者である山本昭夫が、右和合会からリフト設備、リフト券売場、監視所、リフト事務所等の敷地部分を賃借し、和合会の了解を得て被告会社が占有使用している。本件スキー場のうち滑走コースとして使用されている部分は右の借地契約には入っていないが、右和合会との間で被告会社がゲレンデとして使用することについて合意されている。本件スキー場は、国立公園内に所在することから、被告会社は、右滑走コース部分を事業執行地として使用しスキー場経営を行うに当たり、環境庁長官(認可当時は厚生大臣)から認可(昭和35年5月26日付け長国第609号)を受けており、また、本件雪崩発生当時稼働していたリフトの開設に当たっても、事前に、山ノ内町長の「本件スキー場は、過去において雪崩・地滑り等の発生はなく、今後においてもその危険性はないものと思われます」との意見を得た上で、運輸省陸運局からリフト建設の許可を得ている。
A′斜面は、かつて山ノ内町内のスキー大会が開かれるなどしていたが、前記1(一)のとおり、平成5年12月からのシーズンからA′及びA″両斜面下のCコース上に有料のタイムトライアルコースが設置されたことに合わせて閉鎖され、その際、A′斜面にスキーヤーが進入して滑走し右タイムトライアルコースを滑るスキーヤーと衝突しないようにする目的で本件立入禁止標識が設置され、同標識東側一帯が立入禁止区域となった。そのころから、本件立入禁止区域及びA′斜面は、全く整備されないまま放置されていた。また、A″斜面は、年に数回、新雪や急斜面の滑走を試みようとする上級スキーヤーが滑走したり、また、プロスキーヤーが滑走したことはあったが、斜面上部の滑り出し付近の斜度が極めて急峻であったため、ここに立ち入る者はほとんどいない状態であり、被告会社も本件スキー場開設当時から、同斜面に立ち入る者はないとの認識の下で、営業期間中に同斜面を圧雪整備することはもとより、夏季においても地盤を造成したり樹木等を伐採するなどの整備は一切行ってこなかった。
なお、本件スキー場では、本件事故の翌シーズンの営業開始前にA″斜面で自然発生の雪崩が発生したが、本件事故前に雪崩が発生したことはなく、また、志賀高原に多数開設されているスキー場でも、本件事故前にスキー場内で雪崩が発生したことはなかった。
3 本件立入禁止標識の意義等(乙第五、第六号証、第二五ないし第二九号証、第四三、第四四、第五一号証、第五二ないし第五九号証、第七三ないし第七五号証)
全国のスキー場には、スキー場内でのスキーヤーの事故防止、安全対策の必要から、スキーヤーを対象とした各種の標識が設置されているところ、これら標識類は、昭和53年7月に、全日本スキー連盟(SAJ)、日本職業スキー教師協会(SIA)、全国勤労者スキー協議会、日本スノーボード協会の国内の主要なスキー4団体のほか、財団法人日本鋼索交通協会等のスキー場関係者、地方自治体、学識経験者により組織された全国スキー安全対策協議会に全国統一スキー場標識として使用することについて諮問され、認知されたものである。同標識は、各スキー場の実情に応じたデザインの変更や追加はあるものの、すべての標識を禁止、注意、指示の3系統に整理し、全国各地のスキー場において使用されているものであり、本件立入禁止標識もそのデザインに沿ったものである。
また、平成元年には、全国スキー安全対策協議会により、スキーヤー、スキー場管理者等の基本的な安全義務を取りまとめた国内スキー等安全基準が制定され、国内のスキー関連団体(全日本スキー連盟、日本職業スキー教師協会等)においても、スキーに伴う事故防止や安全確保のため、スキーヤーに対し、遵守すべき事項の呼びかけを行っており、その内容は、概ね、スキーヤーはスキー場にある掲示、表示ないし標識を遵守し、これに従った行動をとること、あるいはパトロール隊員の指示には従うとともに周囲の状況を的確に把握して事故防止に努めることがスキーヤーとしての責務であるとされている。また、スキー場での安全管理の姿勢について、全日本スキー連盟により「一般的には、スキー場の危険箇所に標識などを設置し、スキーヤーに警告や指示をすることは事業者の責務とされている。しかし、通常の滑走をしているスキーヤーが容易に危険を察知することができるすべての箇所にまで標識などを設置する必要はない」との見解が示されている。このようなスキーヤーの標識等の遵守義務は、スキーを行う上での最低限のルールとして、国際スキー連盟(FIS)においても承認されている。
4 本件雪崩の発生機序等
(一) 気象状況等(甲第八号証の一、第一一号証の一、二、第一三号証)
本件スキー場付近の天候は、平成8年1月25日の昼間は晴れ間が覗いていたが、同日夜半から悪天候となり、翌26日はほぼ1日中雪が降り続いて多量に積もった後、本件雪崩発生日の27日には一転して晴れとなり、同日午前10時30分現在で、風向は東北東、風速は秒速1.4メートル、気温はマイナス5.3度、湿度は83パーセントであり、同日午前8時30分以降は長野県全域に雪崩注意報が発令中であった。
(二) 本件雪崩発生時のA″斜面の状況及び雪崩の発生機序(甲第一四ないし第一七号証、第一九ないし第二四号証、第二八、第二九、第三五、第三九、第五一号証、乙第四、第九、第一三、第一五号証、証人中山建生、検証の結果)
一般に雪崩の発生の危険性は、斜面の斜度、斜面の方向、斜面上の樹木の有無、凹凸の有無等の地形的条件や、雪質、積雪量、気温、湿度、風等の気象条件等によって影響を受けるものであるところ、前記1(二)で認定のとおり、A″斜面は斜度が約30ないし40度の急斜面であること、南向きで樹木がまばらに密集していてくま笹に覆われていることなどの雪崩発生の危険性に結びつく地形的条件を備えていたことが認められ、また、前記4(一)で認定のとおり、本件雪崩発生当時、A″斜面には、晴天後の多量の積雪があったことが認められる。さらに、本件事故当日夜の本件雪崩破断面のピットデータ(雪層、雪温及び硬度の測定結果)によれば、雪面から約80センチの位置に本件雪崩の滑り面となった安定したクラスト(氷板状の層)及びしもざらめ層の弱層が形成され、その上層にはある程度締まった積雪及び新雪が存在していたことが認められるもので、客観的に、雪崩が発生する条件が備わっていたものということができる。
加えて、弱層は僅かの刺激でも壊れ易いから、右のような客観的に雪崩発生の危険性のある雪面をスキーで滑走することは、雪崩発生の極めて危険な誘因となるところ、本件雪崩発生時、A″斜面を亡次郎を含む総勢4人のスキーヤーが滑走したものである。
そうすると、本件雪崩は、亡次郎ら複数の者がA″斜面を滑走したことにより、弱層の上の積雪に刺激が与えられ、これにより積雪内部の弱層が破壊され、これが伝播して広がった人為的な面発生の乾雪表層雪崩ということができる。
5 本件スキーツアー参加者(甲第五号証の二、第二五号証、乙第二号証、第三七ないし第四一号証、第四四、第四六、第四八号証、証人鈴木幹雄、同渡邊和子、同大原達、原告本人、被告本人金ヶ﨑士朗、同栗原義郎、同栗原由紀子)
亡次郎は、スキーを趣味とし、被告栗原ら設立にかかる「青山スキークラブ」に所属していたほか、被告金ヶ﨑、被告栗原、被告由紀子ほかの参加者同様白金スキースクールに所属し、年に数回、同被告らと一緒にスキーを楽しんでいた。亡次郎は、東京大学医学部山岳部に在籍していた経歴を有していたこともあって雪山の経験や知識も豊富で、カナダの山岳地帯で2回ほどヘリスキーを行ったこともあるなどゲレンデスキーよりもオフピステ(圧雪コース外)での山スキーを好む傾向があり、新雪滑走を得意としており、山スキーの経験は本件スキーツアー参加者の中でも最も長かった。亡次郎は、全日本スキー連盟認定の技術資格2級程度のスキー技術を有しており、スキースタイルは華麗とはいえないまでも、スキー操作を誤って転倒することは少なかった。
被告金ヶ﨑は、中学時代からスキーを始め、大学スキー部で活動し、昭和41年には全日本スキー連盟認定の準指導員資格を取得し、昭和48年頃から同連盟に加盟している青山スキークラブの会員となったり、後記白金スキースクールに所属して、年間30日ないし50日程度はスキーを楽しんでいた。被告金ヶ﨑は、国外でも何度もスキーを行っており、カナダでのヘリスキーも経験していたが、滑走禁止区域であっても自己の好む斜面であれば滑走するという傾向も有していた。
被告栗原は、本件事故当時、三井石油化学工業株式会社の常務取締役で、被告由紀子の夫であった者であり、被告由紀子ともども白金スキースクールに所属していた。被告栗原は、幼少期からスキーを学び、各種スキー大会や国体にも出場経験があるほどのベテランスキーヤーであり、昭和38年には全日本スキー連盟認定の準指導員資格を取得している。被告栗原は、昭和42年にスキー仲間とともに青山スキークラブを設立して理事長に就任したほか、外国勤務をしていた際もヨーロッパのスキー場でスキーをし、スキー技術や山岳知識を修得していた。被告栗原は、志賀高原のスキーを何度も経験しており、本件スキー場のA″斜面もかつて滑走した経験を有していた。
被告由紀子は、被告栗原の妻であり、大学時代にスキーを始め、被告栗原と結婚した後に同人の指導等により本格的にスキーをするようになり、被告栗原の外国勤務に同伴した際もヨーロッパアルプスのスキー場でスキーを経験したり、カナダでのヘリスキーにも参加していた。被告由紀子は、平成2年に月山スキー場で亡次郎と一緒に滑って以来、5回ほど亡次郎と一緒にスキーを楽しんでいた。
その他の本件スキーツアー参加者6名は、いずれも白金スキースクールのメンバーであり、それぞれが、これまでも亡次郎と一緒にスキーをした経験があり、年に何回もスキーを行うなどスキー経験も長く、その時々の滑走条件にかなった滑走技術を持った熟練者ぞろいであり、鈴木を除いてカナダでのヘリスキー経験者であった。
6 白金スキースクールの運営及び本件スキーツアー実施の経緯等(甲第二号証、第五号証の二、第九号証の八、一七、二〇、乙第三〇号証の二、第三七ないし第四一号証、第四六、第四七、第四九号証、証人鈴木幹雄、同渡邊和子、同大原達、被告本人金ヶ﨑士朗、同栗原義郎、同栗原由紀子)
白金スキースクールは、被告金ヶ﨑が昭和63年ころプロスキーヤー主催の山岳スキー行事に参加した際の仲間や、そこで知り合った者数人により結成された団体である。同スクールは、メンバーに被告金ヶ﨑や亡次郎ら東京大学医科学研究所の関係者がいたことから、同研究所所在地である東京都港区白金台にちなみ、また、全日本スキー連盟のスキーメソッドにこだわらない楽しいスキーをする一派という意味を込めて「白金スキースクール」の名称を使用するようになった。白金スキースクールでは、運営規約、入会手続、レッスン料といったものは定められておらず、全日本スキー連盟にも加盟していない団体であった。被告金ヶ﨑は、実質的な同スクールの主宰者として、年数回、白金スキースクールの行事としてのスキーツアーを企画し、会員同士でスキー技術の練習をしたり、参加者のフォームをビデオ撮影するなどして技術的なアドバイスをすることもあった。
ところで、被告金ヶ﨑は、年に1度は志賀高原でのスキーを楽しみたいと考えていたところ、被告栗原が志賀高原にある勤務先関係の保養施設である三井山荘(現三井ホーム志賀山荘)を安く利用でき、毎年のように同山荘を利用してスキーを楽しんでいたことから、同被告に対し、右保養施設が予約できるなら一緒に行きたい旨頼んでおいた。被告金ヶ﨑は、後日、被告栗原から同山荘の宿泊予約が取れた旨連絡を受けたことから、平成8年1月26日夜から同月29日までの予定でスキーツアーを組むことにし、白金スキースクールの有志を誘う中で、前々から志賀高原でのスキーを希望していた亡次郎も同ツアーに参加することとなった。本件スキーツアーは、各自がトップシーズンに志賀高原にある熊ノ湯スキー場や渋峠スキー場等にある圧雪していない新雪ゲレンデを滑走するという計画であったため、参加者全員が「ファットボーイ」あるいは「パウダークルーズ」と称される通常のスキー板よりも板幅の広い深雪滑走用のスキー板を持参することになった。本件スキーツアーの参加者は、それぞれこれまでも一緒にスキーやテニス等を楽しむ間柄であり、また、本件スキーツアーが志賀高原にあるスキー場の新雪ゲレンデを思い思いに滑走して楽しもうとの趣旨で計画されたものであったことから、特段、ツアーの引率者ないしリーダーの存在を意識していなかった。
7 本件事故当日の亡次郎らの行動等(甲第八号証の一〇ないし一七、第九号証の一八、一九、第一〇号証の六、乙第三号証の二、第七、第八、第一〇、第一三、第一八号証、第三七ないし第四一号証、第四六、第四七、第六六号証、証人鈴木幹雄、同渡邊和子、同大原達、被告本人金ヶ﨑士朗、同栗原義郎、同栗原由紀子、検証の結果)
亡次郎ら10名は、平成8年1月26日夜までに、各自自家用車や電車、バスなどを利用して三井山荘に集合したが、同日午後は吹雪が激しく、スキーは行えない状態であった。しかし、翌27日は、前日の悪天候が一転し、早朝から晴れ渡り、気温も氷点下で、前日の降雪が新雪となって降り積もり、新雪滑走には絶好のゲレンデコンディションとなった。
亡次郎らは、同27日、朝食後、志賀高原内の熊ノ湯スキー場の新雪コースを滑ることにし、午前9時前には三井山荘を出発したが、同スキー場の向かいに位置する本件スキー場に新雪が降り積もっていたことから、まず本件スキー場で足慣らしをすることになった。
亡次郎らは、午前9時ころから、めいめい本件スキー場のリフトに乗り込み、圧雪されているAコースや圧雪されていないモーグルコースを滑り始めたが、足慣らしとしての滑走であり、本件スキー場の規模が小さくメンバーが離ればなれになることはなかったことから、各人ともリフト降り場で後続のメンバーを待つようなこともなく、好きなコースを思い思いに滑走していた。亡次郎らは、何回かAコースあるいはモーグルコースを滑った後、同コースの新雪部分が少なくなったことから、新たな新雪を求めて、A′斜面に移動して滑ることになり、同斜面を各々2回ほど滑走した。その際、亡次郎らは、リフト降り場からA′斜面に向かう前山頂上の丘陵部に本件立入禁止標識が立っていることを認識したが、A′斜面が前夜からの新雪が降り積もって新雪滑走には最も適した状態にあったことから、それぞれが自己の責任で滑走すればよいとの認識でA′斜面に進入した。
亡次郎らは、A′斜面を2回ほど滑り終えた後、再度リフトで山頂部まで上った後、被告金ヶ﨑、大原、山崎の3名(以下「金ヶ﨑グループ」という。)は、再度A′斜面方向に向かい、検証図面⑤の分岐点付近から同斜面を滑走し始め、A′斜面下部のCコース上に停止したが、被告金ヶ﨑は、同所で、山崎から、金ヶ﨑グループを除く亡次郎を含む7名(以下「栗原グループ」という。)がCコース方向に向かったと聞いたため、大原及び山崎の両名とともに、検証図面⑨の右停止地点からCコース方向を見て待っていた。
他方、栗原グループは、金ヶ﨑グループが再度A′斜面方向に滑走していったものの、A′斜面の新雪部分が次第に少なくなってきたことから、さらなる新雪斜面を求めて、三々五々本件立入禁止標識を越え、本件立入禁止区域内の頂上丘陵部の平坦な雪面を本件立入禁止標識から東方にトラバースして(横切って)進み、約150メートルほど進んだA″斜面上部の検証図面⑥の「立ち止まり地点」に至った際、同地点から斜面の下まで見下ろせたことから、同地点にいったん集合した。栗原グループは、同地点からA″斜面の状態を見た上で滑走ラインの確認等を行い、滑走可能と判断して同斜面を滑ることになったが、これに異議を唱えるものはいなかった。その後、被告栗原が、他のメンバーから「お先にどうぞ」と言われたことや、かつてA″斜面を滑った経験があったことから、最初に滑走することになり、危険箇所を避けながら左右にシュプールを描きながら滑走し、A″斜面下部のCコースとの段差の手前(検証図面⑧のfile_6.jpgの地点)に停止し、後続の滑走を待った。その後、渡邊が2番目に滑走することになり、渡邊は、被告栗原のシュプールにほぼ沿うようにシュプールを描きながら滑走し、被告栗原が停止していた地点のそば(検証図面⑧のfile_7.jpgの地点)で停止した。亡次郎は、渡邊の次に滑り出そうと体勢をとっていた被告由紀子の後方から「お先に」と声を掛けて飛び出すように滑走を開始し、前2名のシュプールに沿って滑走を始めた。被告由紀子は、亡次郎が先に滑り出したことから、いつものように衝突の危険を防止し、仮に亡次郎が転倒したような場合にも助けられるようにとしばらく間隔を開けたのち同斜面を滑り始め、ほどなく、斧がこれに続いた。
そして、被告由紀子が、先に滑った被告栗原、渡邊、亡次郎のシュプールに沿って数ターン滑走したところで、急に斧と被告由紀子の間の雪面が動き出し始め、ほどなくA″斜面全体に本件雪崩が広がり、斧は、本件雪崩の上部破断面の手前(検証図面⑦のfile_8.jpgの地点)でかろうじて停止したものの、滑走中であった被告由紀子と亡次郎及びA″斜面下部にいた被告栗原、渡邊が本件雪崩に巻き込まれた。このうち、被告由紀子は、雪崩によりバランスを崩して転倒しそうになるのをこらえながら流され、同斜面中間部のダケカンバともみの木の中間のやや上方辺り(検証図面のA″斜面上のfile_9.jpg(由)の地点)に停止し、また、被告栗原と渡邊も、流れてきた雪崩によりCコース上まで押し流され、下半身のみ雪に埋まった状態で停止した。亡次郎は、検証図面⑥の地点にいた鈴木により、「もみの木」の下から見て右側付近(検証図面のA″斜面上のfile_10.jpgの地点)を滑走しているのを目撃されたのを最後に雪崩に巻き込まれ、雪中に生き埋めとなった。
8 被告らの亡次郎の救助状況等(甲第八号証の一ないし三、一一ないし一七、第九号証の一ないし九、二一、第一〇号証の一ないし四、第二六号証の一ないし一三、第三一号証、乙第三七ないし第四二号証、第四六、第四七、第六六号証、証人鈴木幹雄、同渡邊和子、同大原達、被告本人金ヶ﨑士朗、同栗原義郎、同栗原由紀子、検証の結果)
被告金ヶ﨑は、前記7記載のとおり、大原、山崎らとA′斜面下部のCコース上に停止し、Cコース方向を向いて見ていたところ、山頂部分の雪がパラパラとA′斜面東側の見通せない方向に落ちていくのを目撃し、とっさに雪崩が発生したものと考え、被告栗原に向かって「雪崩だ」と叫びながら急いでCコース下部から同コースを逆走して本件雪崩下部に向かった。被告金ヶ﨑は、A″斜面を滑走していたメンバーの安否を確認し合ったところ、直ぐに亡次郎の姿だけが見当たらないことに気付き、また、A″斜面上部にいた鈴木から、亡次郎が検証図面のA″斜面上の「もみの木」の下から見て右側付近を滑走しているのを最後に見えなくなった旨の指示があったことから、亡次郎が雪崩に巻き込まれ生き埋めになっているものと考え、直ぐさま、埋まっている雪中から自力で抜け出した被告栗原、渡邊とともに、Cコースを滑ってきた一般スキーヤーに対し、大声で捜索の協力を求めたり、スキー場のパトロール隊員やリフト小屋従業員に雪崩が起きたこと、亡次郎が雪に埋もれていることを通報して欲しい旨頼むとともに、ストックやCコース上の有料タイムトライアルコースに刺してあった竹竿を鈴木の指示した付近に向けて下から上に突き刺しながら移動して亡次郎の捜索を直ちに開始した。その後、合流した被告由紀子ほかのメンバーや通り掛かりのスキーヤーのほか、通報を受けて駆けつけたスキー場パトロール隊員、消防団員、志賀遭対協員、被告会社従業員、付近住民らおよそ数十名により、亡次郎の捜索が行われたが、雪崩遭難者捜索のためのゾンデ棒やスコップなどの捜索用具がなかったことから、それぞれ最後に亡次郎が目撃された「もみの木」の下周辺をポールや持っていたストックをゾンデ代わりにして、斜面の上下両方から横一列になって雪面に突き刺すなどの方法で亡次郎の捜索を行ったものの、なかなか亡次郎を発見できなかった。
他方、被告会社の本件スキー場事業所長養田好雄は、本件スキー場ゲレンデ前にある前山スキー場事務所(検証図面⑩の場所)で執務中、硯川ホテル従業員から「深雪の中に人が埋もれている」と通報があったため、歩いて現場に行ったところ、A″斜面に雪崩が発生し亡次郎が生き埋めになっていることが分かり、急いでリフト小屋切符売り場まで戻り、同日午前10時13分ころ、警察と消防に通報し、別のスキー場にいたパトロール隊員を招集するとともに、自分も亡次郎の捜索に加わった。
養田からの本件雪崩発生の第一報を受けた消防署は、同日午前10時15分から救急隊員を出発させ、同日午前10時37分から順次現場に到着し、同日午前10時40分から順次スコップを使って雪中に埋もれている亡次郎の捜索を開始したが、ほどなく被告金ヶ﨑らが当初捜索を行っていた付近よりも下部で本件雪崩末端のデブリ部分でポールを使って捜索していた一般スキーヤーが、検証図面の「遺体」の地点(最後に亡次郎の姿が目撃された地点から約50メートル下方の地点)で亡次郎を発見し、救急隊員が同所をスコップで掘り下げたところ、亡次郎のスキーが露出し、さらに同日午前10時45分ころ、雪中約1メートルの深さの場所から亡次郎の右上肢、顔面が露出したため、人工呼吸を実施しながら全身を掘り起こしてスノーボードに収容した。亡次郎は、意識不明で呼吸、脈拍ともない状態であったため、救急隊員により心臓マッサージ、酸素吸入等の心肺蘇生措置が実施され、いったん近くの横手山診療所まで搬送されて応急措置を施されたのち、長野県中野市内の厚生連北信総合病院まで心肺蘇生処置を施されながら同日午前12時18分同病院に搬送され同病院で治療が施されたが、同日午後1時44分ころ窒息による死亡が確認された。
二 以上の認定事実を前提として、以下各争点について検討する。
1 争点1(一)について
(一) 一般に、スポーツは常にある程度の危険を内在するところ、殊にスキーは、山の自然の地勢を利用したスポーツであり、滑走面の状況、スキーヤーの滑走技量ないし熟練度、滑走態様、滑走速度、気象条件等に応じてその危険の程度は様々であるとしても、その性質上高度の危険を伴うスポーツであるということができる。そして、スキーにおいて、どのような注意配分をし、滑走コースを選択し、速度を調節するかは、ひとえに当該スキーヤーの自由な判断に委ねられており、その判断に基づきコース状況と自己の技量に応じて斜面を滑走することを本質とするものである以上、スキーヤーは、スキーそのものに内在する危険を承知しているものと見なされ、スキー滑走に伴う具体的危険に対しては、当該スキーヤー自身の責任において、危険を予見、回避するなどの安全管理を行い、自己の技量に応じた滑走をすることに努めるべきである。また、スキー場を滑走するスキーヤーは、本来滑走が予定されている経路(ゲレンデ)を滑走すべきものであって、滑走予定先の雪面が通常の滑走に適さない区域、殊に、スキー場管理者によって滑走を禁止された区域であることを知りながら、敢えて同区域を滑走する場合には、当該スキーヤー自身の責任において、同区域におけるスキー滑走に伴う危険を予見し回避するなどの安全管理義務を負担しているものというべきであって、このような義務を尽くさずに危険に遭遇し、死亡、負傷することになった場合、その結果は原則として当該スキーヤー自身において甘受すべきものと解するのが相当である。
他方、スキー場を経営し、あるいはスキー場内のリフトを管理する者(以下「スキー場管理者」という。)は、スキーヤーを滑走に適した滑走斜面の上部に運送し、スキーヤーを右のとおりの危険が内在する滑走面に誘導する以上、スキーヤーが、前記のとおり自身で甘受すべき程度を超えた危険に遭遇することのないよう、現実のスキーヤーの利用状況、積雪状況、滑走面の状況等を考慮のうえ、危険箇所については、滑走禁止措置や進入禁止措置をとるなどしてスキーヤーの安全を確保すべき義務があるというべきであり、スキー場管理者が過失により右義務を尽くさず、スキーヤーが、本来自身において負担すべき程度を超えた危険に遭遇して負傷ないし死亡の結果が生じたような場合は、スキー場管理者には債務不履行あるいは不法行為が成立し、その損害を賠償する責任があるものと解するのが相当である。
しかるところ、スキー滑走時に当該スキーヤーが本来的に甘受すべき危険の範囲内か否か(換言すれば、スキー場管理者の過失の存否)は、当該スキー事故の態様、結果、当該スキー事故がスキー滑走時において通常伴う程度のものか否か、スキーヤーについてスキー滑走時に要求される一般的・通則的なルールの遵守の有無、程度、スキー場管理者による当該事故現場の管理状況等の諸事情に応じて、個々具体的に判断するほかない。
(二) そこで、これを本件についてみるに、前認定の事実関係のとおり、本件事故は、亡次郎を含む総勢4名のスキーヤーが、本件立入禁止標識の存在を認識しながら、本件スキー場の滑走が禁止されているA″斜面を滑走した際に発生した人為的な表層雪崩に亡次郎が巻き込まれて死亡したというものである。
しかるところ、本件立入禁止標識は、全国統一スキー標識であり、その形状や表示内容から、A′及びA″斜面を含む本件立入禁止区域への進入を禁ずる趣旨であることが一見して明らかであること、本件事故発生時の本件スキー場の天候は晴れで、同標識の表示内容の視認を妨げる事情はなかったこと、本件立入禁止区域は、圧雪されておらず、地肌のくま笹や岩の一部が露出している荒涼とした丘陵地帯で一見してゲレンデとはいえない形状を示していたことなどからすれば、本件立入禁止標識の表示により、本件立入禁止区域が滑走禁止区域に指定されており、同区域及びその先に広がるA″斜面には何らかの危険が存在していることは、通常のスキーヤーにとって十分了解可能であり、亡次郎らにおいてもこのことを了解していたということができる。しかも、亡次郎は、いわゆるスキー検定2級程度の腕前で、スキー経験の豊富な熟練者であり、新雪滑走や山スキーの技術に長けており、本件立入禁止区域に立ち入ることについて反対したり難色を示すようなことは一切なかったことからすれば、亡次郎は、本件立入禁止標識によってA″斜面が立入禁止区域であることを認識しながら、敢えてA″斜面に進入して滑走したことになる。しかるところ、前記一の3で認定のとおり、スキー場における危険標識の遵守は、国内のみならず国際的にもスキーヤーの基本的義務として位置付けられており、また、このような義務内容は、各スキーヤーに共通した認識となっているものということができ、ましてや亡次郎ほどの上級スキーヤーに標識の遵守がスキーヤーの基本的義務であるとの認識がなかったとは考え難いところであるから、亡次郎を含む栗原グループが本件立入禁止標識を無視して本件立入禁止区域に立ち入ったことは、スキーヤーに要求される最も基本的な行動規範に反するものということができる。
他方、被告会社の本件立入禁止区域及びA″斜面の管理状況についてみるに、A″斜面においては、本件事故前に自然発生的、人為的いずれの雪崩も発生したことはなかったこと、前記一の1及び2各認定のとおり、A′及びA″斜面上部に至るには、AコースやCコースの途中から進入することはできず、本件立入禁止標識付近地点から本件立入禁止区域に進入し、前記説示のとおり荒涼とした一見して整備されたゲレンデとはいえない頂上丘陵部を東進するほかにルートはないことから、被告会社においては、本件立入禁止区域への進入地点に本件立入禁止標識を掲げていたものであること、A″斜面(ないし本件立入禁止区域)については、本件事故前にも年に数回、腕に覚えのある上級スキーヤーやプロスキーヤーが滑走したことがあったものの、A″斜面の本件雪崩の上部破断面付近は、傾斜が約41度もあり、中間部も約30度の急傾斜が続いており、通常のスキーヤーにとっては、切り立った断崖絶壁と感じ、足がすくんで滑走することを躊躇するほどの急斜面といえ、ここに立ち入るスキーヤーはほとんどいない状態であった。
以上の諸事情に照らすと、被告会社のA′、A″斜面を含む本件立入禁止区域に関する危険告知措置及び同区域や斜面への物理的な進入禁止措置としては、本件立入禁止標識1本が立つのみで同標識には雪崩の危険が明示されておらず、他のネットやロープなどによる立入防止措置が施されていないとはいえ、本件立入禁止標識やコース案内板等が本件スキー場で滑走しようとする通常のスキーヤーに対し、本件立入禁止区域への進入禁止及びその先に広がるA″斜面の危険性を認識、把握させるに不十分であったということはできないというべきであって、被告会社に原告主張のような亡次郎に対する過失があり、安全配慮義務に欠けるところがあったと認めることはできない。かえって、本件雪崩は、亡次郎を含む栗原グループが本件立入禁止標識を無視して、スキーヤーがほとんど立ち入らない本件立入禁止区域やA″斜面に強いて立ち入り滑走するというスキーヤーとしての基本的な行為規範に違背し、A″斜面を複数人が滑走するという過失に起因して発生した事故というべきであって、被告会社の管理上の過失によるものということはできない。
(三) 原告は、被告会社には、A″斜面について雪崩発生の予見可能性があったのであるから、右雪崩の危険からスキーヤーを保護するためには本件立入禁止標識のみでは不十分であり、より強固な立入禁止措置あるいは本件立入禁止標識に雪崩危険の表示をすべき結果回避義務があったにもかかわらずこれを怠った義務の不履行ないし過失がある旨主張する。前記一の4で認定のとおり、雪崩は、その条件が整えばいつでも発生する危険があるものであり、甲第八号証の六、第二〇、第二一号証によれば、昭和63年から平成8年の本件事故発生までの間に、国内スキー場において雪崩災害が21件発生していることが認められ、本件事故当時、急峻で樹木の少ないA″斜面に多量の積雪があったというのであるから、本件事故以前に本件スキー場及び志賀高原内の全スキー場で雪崩が発生したことがなかったとしても、本件スキー場の管理者である被告会社にとって、A″斜面で滑走するスキーヤーがいた場合に雪崩が発生する危険性があることにつき、全く予見不可能であったとまでいうことは困難である。
しかしながら、前認定のとおり、A″斜面においては、昭和34年の本件スキー場の開設以来、自然発生の表層雪崩が発生したことは一度もなく、同斜面に上級スキーヤーが立ち入って滑走した際も人為的な雪崩が発生したことはないこと、A″斜面にスキーヤーが立ち入って滑走することはほとんどなかったことなどの事情に照らせば、被告会社の本件雪崩発生に関する予見可能性の程度は軽微なものというべきであり、そうすると、相対的に、結果回避義務の内容も通常のスキーヤーを本件立入禁止区域内に進入させないように注意を喚起させる措置を講じる程度で足りるものといえるから、結局、被告会社の結果回避義務は、本件立入禁止標識の設置をもって足りるものと解するのが相当である。
また、原告は、本件立入禁止標識は、A″斜面の雪崩の危険性を前提に設置されたものではない旨主張するが、前記説示のとおり、本件立入禁止標識の目的は、本件立入禁止区域にスキーヤーが進入すること自体を防止することにあり、その範囲では被告会社の結果回避義務は尽くされているといえるのであって、結果回避措置の履行に関する被告会社の主観的意図は同義務違反の有無に影響を与えないというべきであるから、原告の主張は失当である。
さらに、原告は、被告会社は、A″斜面について多数のスキーヤーが滑走するにまかせ、立ち入りを事実上容認していた旨主張するが、前認定のとおり、このような事実を認めることはできない。
よって、原告の右各主張はいずれも理由がなく採用できない。
2 争点1(二)について
原告は、A″斜面が雪崩の危険の存在する土地工作物である旨主張するので検討するに、民法717条1項の「土地の工作物」とは、土地に接着して人工的作業を加えることによって成立した物をいうものと解するべきところ、一般にスキー場において、樹木を伐採し地盤を造成、整備するなどして加工したゲレンデ部分については土地工作物に該当すると解される。しかして、前認定のとおり、A″斜面は急峻で滑走に適さない斜面であり、被告会社においては、A″斜面部分については借地の対象外とし、営業許可上も滑走コースとしておらず、そのため、本件スキー場開業当時から樹木の伐採や地盤の造成などの整備を全く施さずに自然の状態のまま放置してきたものであり、スキーヤーをA″斜面を含む本件立入禁止区域内に立ち入らせないよう本件立入禁止標識等の進入禁止措置を施していたことなどの事情に照らせば、A″斜面について、被告会社の事実的支配は及んでおらず、人工的作業が加わった斜面とはいえないというべきであるから、A″斜面が被告会社の占有する土地工作物であるとの原告の主張は理由がない。
この点につき、原告は、A″斜面を含む本件スキー場の敷地及び施設は有機的に結合した1つの土地工作物である旨主張するが、民法717条1項は、いわゆる危険責任の法理に基づき、土地に接着した人工的工作物自体に認められる危険性に鑑み、当該土地工作物占有者に無過失責任を負わせた規定であるから、進入禁止措置を施し、ゲレンデ部分とは明確に区分され、何ら人工的工作を施していない自然の状態のA″斜面についてまでスキー場内に存在することを理由に土地工作物と解することは、同条の適用範囲を過度に拡張するものというべきであり採用することはできない。
なお、原告は、本件事故後に被告会社がA″斜面上部の雪庇を崩したり、下部のCコースとの境部分を掘り下げるなどの工作をしていることをもって、A″斜面が土地工作物であると主張するが、これらは雪崩事故の再発防止のために本件事故後に実施された工事であるから、右事情をもって本件事故当時もA″斜面が土地工作物であったと認めることができないことはいうまでもない。
その他、本件全証拠によっても、被告会社の土地工作物責任を肯認することはできず、被告の主張は理由がない。
3 争点2について
原告は、被告金ヶ﨑は、白金スキースクールのリーダー兼指導者であるから、本件スキーツアーにおいても、亡次郎が雪崩事故等の危険に遭遇しないよう配慮してコース設定を行い、雪崩等の危険が予想される区域に至ったときは、速やかに安全な区域に亡次郎を誘導すべき義務があるのにこれを怠った旨主張する。
検討するに、スキーには本来的に相当高度の危険が内在するもので、スキーヤーは、原則として、スキー滑走に通常伴う具体的危険を自身の責任において予見、回避すべきことは前記のとおりであるが、スキーツアー等を主催しあるいは他のスキーヤーを指導しようとする者が、当該ツアーの参加者を自己のツアー実施計画下ないし自己の指導下におくことでその行動に一定の制約を課することになる場合には、当該参加者が自ら対処しうる危険の範囲を超えた危険に直面することのないよう、参加者らの装備、技術、経験及び体力等に相応した日程のもとで、コース選択、指導を行うべき義務を負い、これを尽くさずスキーヤーを危険に曝した場合は不法行為が成立するものというべきである。そして、前記のとおり、スキーにおいてスキーヤーが本来的に甘受すべき危険の程度は様々であることに鑑みれば、当該スキーツアー主催者あるいは指導者が負うべき右義務の内容、程度も当該具体的事案に応じて様々であり、結局、前記1の(一)に掲げた事情のほか、当該ツアー等に参加した参加者のスキー技量や経験、参加者の当該ツアーへの参加形態など種々の事情を考慮のうえ、その相関関係に応じて、個々具体的に判断するのが相当というべきである。
そこで、これを本件についてみると、前認定のとおり、被告金ヶ﨑は、自らスキーの豊富な経験を有しており、全日本スキー連盟規定のスキーメソッドとは異なる独自の理念の下でスキーを楽しもうとの意図の下で、所属していた青山スキークラブとは別個に白金スキースクールを発足させ、同スクール内においてスキーツアーの立案、メンバーへのスキー技術の指導、助言などを行うことで主体的、能動的に同スクールの運営にかかわってきたことが認められる。しかしながら、同スクールは、運営方法、遵守事項、入退会手続といった組織維持のための準則は存在せず、また、被告金ヶ﨑においても、系統的な指導理念、指導方針、指導スケジュールを立てていたとまでは認められない。また、本件スキーツアーに参加した者は、程度の差はあれいずれもスキーの熟練者であり、被告栗原は、各種スキー競技会への出場歴などに照らせば、明らかに被告金ヶ﨑を上回るスキー技術、経歴を有していたと推認され、亡次郎も、それなりのスキー技術と経験を有する上級スキーヤーであり、オフピステでの山スキーや山岳知識については被告金ヶ﨑と同等かそれ以上の経歴を有していたものと認められるなど、被告金ヶ﨑からスキー指導を受けることを目的に同スクールに加入したとはいえない者も含まれているところである。さらに、本件スキーツアー実施の経過を見るに、本件スキーツアーは、たまたま被告栗原の勤務先の山荘に宿泊できることになったことを契機に被告金ヶ﨑において具体的計画が立案され、参加者らは、いずれも国内有数のスキー場である志賀高原の新雪滑走コースを、ハイシーズンに思う存分滑走しようとの意図の下で自発的に本件ツアーに参加したものであり、本件スキー場での滑走も熊ノ湯スキー場での新雪滑走の足慣らしとして、各自が好きなようにウォーミングアップを行うことが参加者らにおいて決定されたものである。
以上の白金スキースクールの実態、本件スキーツアーの参加者のスキー技量、本件スキーツアーの趣旨及び実施状況等の諸事情を総合すれば、同スクールの実態は、主として趣味としてのスキーをともに楽しむという目的の下に創設された集団であり、また、本件スキー場での滑走も各参加者らが足慣らしとして自由に好きなルートを好きなように滑るという趣旨で行われているものであるから、本件スキーツアーにおける被告金ヶ﨑の立場は、本件スキーツアーの幹事的立場にあった参加者の一員としての性格を超えるものではなく、同被告が他の参加者の指導やルート指示などを事細かに指示すべきリーダーないし指導者としての立場にあったとまでは認められない。
また、亡次郎は、被告金ヶ﨑がA′斜面を滑り始めた後に、他の6名とともにA″斜面上部に向かったものであって、被告金ヶ﨑が敢えて亡次郎を危険箇所に誘導しあるいは放置したとの事実も、本件雪崩を誘発したとの事実も認めることはできない。
よって、被告金ヶ﨑には、原告主張のような亡次郎に対する過失を認めることはできない。
4 争点3について
原告は、被告栗原は、白金スキースクールのサブリーダー兼指導者として、リーダーである被告金ヶ﨑に次いで、コース選択、危険箇所からの退避などの場面において、亡次郎の安全を確保するとともに、雪崩の危険箇所を自ら滑走する際には、雪崩を誘発することのないよう慎重な滑走を行うべきであったのに、これを怠った過失がある旨主張するので検討する。
(一) 亡次郎に対する安全確保義務違反の有無について
前記一の5ないし7に認定のとおり、被告栗原は、被告金ヶ﨑から請われて勤務先関係の宿泊所の予約をとり、本件スキーツアーに参加したに過ぎず、また、本件事故前のA′斜面での滑走は被告栗原が誘導したものではなく、A″斜面上部への行程も、栗原グループ6名が三々五々新たな新雪を求めて移動したもので、被告栗原がA″斜面に誘導したものではなく、被告栗原がA″斜面を最初に滑走したのも、かつて同斜面を滑った経験があり、他のメンバーから「お先に」と請われたためであり、亡次郎を含む他の参加者が被告栗原に先導されてA′、A″斜面に向かったとの事情は認められない。これに、前記3認定の白金スキースクールの実態、本件ツアーの参加者のスキー技量、本件スキーツアーの趣旨及び実施状況等の諸事情を総合すれば、被告栗原についても、本件スキーツアーにおいては参加者としての立場を超えるものとはいえず、ましてや他の参加者の指導やルート指示などを事細かに指示すべき同ツアーのサブリーダーないし指導者として参加していたとは認めることはできない。
よって、被告栗原について原告主張のような亡次郎に対する過失を認めることはできない。
(二) 雪崩を発生させた過失について
次いで、被告栗原が不適切な滑走を行ったため本件雪崩を誘発させたとの点について検討する。
A″斜面に客観的には雪崩発生の危険要因が備わっていたことは現に本件雪崩が発生していることから明らかであり、前認定のとおり、本件雪崩は、被告栗原、渡邊が滑走を終了し、亡次郎、被告由紀子が、その順で滑走中に被告由紀子の滑走面付近を上部破断面として発生したものである。しかるところ、証人中山建生は、本件雪崩の発生機序について、本件雪崩は自然発生の雪崩ではなく、滑走者の滑走が契機となって発生したものであるが、複数滑走者が同一斜面を滑走した場合に、後続の滑走者の滑走中に雪崩が発生するというケースも多く、その場合にどの滑走者が雪崩発生の直接の原因を作出したかは特定することができないことがあり、また、特定の滑走者の影響か、滑走者全員の影響かも不明というほかない旨供述するところであって、右供述によれば、被告栗原の滑走が本件雪崩の発生について直接の原因となったと認めることはできず、他に右の供述の信用性を左右するに足りる証拠はない。
また、被告栗原の本件雪崩発生についての共同不法行為(民法719条1項後段)の成否についてみても、前記証人中山の証言によれば、被告栗原の滑走が、渡邊、被告由紀子の滑走と相まって本件雪崩の発生に何らかの影響を与えた可能性についても不明というのであり、亡次郎本人が本件雪崩発生の直接の原因を作出した可能性も否定できない以上、被告栗原あるいは被告由紀子の滑走が本件雪崩及び亡次郎の死亡の結果を惹起せしめたとまでは認めることができず、共同不法行為が成立するとはいえない。
(三) 以上のとおりで、原告の被告栗原に関する各主張はいずれも理由がない。
5 争点4について
原告は、被告由紀子は、雪崩誘発の防止措置を講じることなく、被告栗原、渡邊、亡次郎に漫然追随してA″斜面を滑走し、滑走エッジで雪面を切り本件雪崩発生の原因を作出した過失がある旨主張するが、前記4記載の証人中山の証言内容に照らせば、被告由紀子の滑走が本件雪崩の発生について直接の原因となったと認めることはできない。
また、被告由紀子の本件雪崩発生についての共同不法行為(民法719条1項後段)の成否についても、被告由紀子の滑走が、渡邊、被告栗原の滑走と相まって本件雪崩の発生に何らかの影響を与えた可能性については不明であり、亡次郎本人が本件雪崩発生の直接の原因を作出した可能性も否定できず、したがって、被告由紀子あるいは被告栗原の滑走が本件雪崩及び亡次郎の死亡の結果を惹起せしめたとまでは認めることができないことは、前記4(二)に説示したところと同様である。
よって、原告の被告由紀子に対する主張は理由がない。
6 争点5について
(一) スキー場内において、スキーヤーが雪崩に巻き込まれた場合、スキー場管理者においては、スキー場利用契約ないしリフト運送契約から派生する付随的義務としての救護義務があるものと解すべきであり、また、当該遭難したスキーヤーに同道したスキーヤーについても、当該スキーヤーとの人的関係、雪崩原因の作出に対する帰責性の有無等の事情如何によっては、遭難スキーヤーを救護すべき条理上の作為義務を肯定すべき場合があるものと解される。そして、当該救護義務が肯定できる場合において、スキー場管理者あるいは同道スキーヤーが、当該事故状況下において通常行われてしかるべき救護活動をなさず、それにより通常受け得る程度の治療を受けることが困難となって当該遭難者が死亡するに至ったといえる場合は、当該救護活動の遅延それ自体が遭難者の死亡結果を招いたものと評価できるから、当該死亡結果と当該救護活動の遅延との間に相当因果関係を肯定することができ、スキー場管理者には不法行為あるいは債務不履行が、同道スキーヤーについても不法行為が成立し、遭難者死亡の損害を賠償する義務があると解するのが相当である。
(二) そこで、これを本件について見るに、甲第一七号証、第二一ないし第二四号証、第三一、第三二、第三五、第三九、第五一号証、乙第一〇号証、証人中山建生の証言によれば、雪崩に巻き込まれた埋没者を外部から視認できないような場合には、雪崩末端のデブリ部分に埋没していることが多く、また、このような状態の埋没者を捜索するには、遭難者捜索用スコップのほかゾンデ棒等を利用することが必要であることが認められる。
しかるところ、被告金ヶ﨑、被告栗原、被告由紀子は、雪崩埋没者捜索用のスコップやゾンデ棒などは持ち合せておらず、各自が持っていたストックや有料タイムトライアルコースに使用されていた竹竿などを使って亡次郎の捜索を行っており、また、捜索場所も当初は亡次郎の埋没場所からかけ離れた場所を捜索していたものである。しかしながら、スキーに訪れた右3名の被告らが右のような捜索用具を持ち合せなかったことに落ち度があるということができないことは明らかであるばかりか、右3名の被告らは、本件雪崩発生直後に亡次郎が行方不明になっていることを知るや、各人とも直ぐさま前記のような態様で自ら亡次郎の捜索に当たるとともに、一般スキーヤーに対しても捜索への協力を求めたり、被告会社への通報を求めるなどの善後策を取ったものであり、また、雪崩に遭遇したスキーヤーは雪崩末端のデブリ部分に埋没している可能性が高いとしても、同被告らが、雪崩捜索について十分な知識を有していなかった(この点に落ち度があるということもできない)ことに照らせば、亡次郎の姿が見えなくなった地点を中心に捜索を開始したとしてもやむを得ないものというべきである。そうすると、同被告らについては、亡次郎の救出のために取り得る最大限の行動に出たと評価し得るものであって、亡次郎の救出措置を怠った過失があるとはいえないというべきである。この点につき、原告は、被告金ヶ﨑は本件スキーツアーのリーダーとしてなすべき適切な捜索箇所、捜索体勢の指示をなさず、また、被告栗原は、サブリーダーとしてスキー場関係者への確実な雪崩発生の連絡を行わなかった旨主張するが、両被告とも本件スキーツアーのリーダー、サブリーダーであったとは認められないことは前認定のとおりであるし、また、前認定の同被告らの捜索状況に照らせば、同被告らは、いずれも初めて現実の雪崩に遭遇し、人数や装備が限られた中で亡次郎を早期に発見救出しなければならないとの極めて緊迫した状況下において最大限の救護措置を尽くしたものといえるから、結果的に亡次郎の発見が遅れたことをもって救護義務を果たさなかったということはできず、原告の主張は失当である。
他方、被告会社については、本件事故当時、本件スキー場にはパトロール隊員が1名しかおらず、雪崩発生時の埋没者の発見捜索用具も備えていなかったことが認められる。しかしながら、前記一の2で認定のとおり、本件スキー場で過去に雪崩が発生したことはなく、ましてやA″斜面をスキーヤーが滑走することによる人為的な雪崩が発生したこともなかったことに鑑みれば、被告会社が雪崩の発生を念頭に置いた救助体制を備えていなかったことはやむを得ないものというべきである。また、本件スキー場事業所長が本件雪崩を覚知し、消防等への通報をしたのは雪崩発生後20分以上経過した後であったことは認められるが、前記一の8で認定したとおり、同人は、ホテル従業員から通報を受けて直ちに本件事故現場に急行し、本件雪崩発生を確認後、直ちにリフト小屋切符売り場に戻り、消防等へ通報したものであり、さらに、一般スキーヤーからの連絡に端を発して早期に被告会社のパトロール隊員も駆けつけて捜索に当たっていたのであるから、被告会社の救護義務に懈怠があったということはできない。
(三) なお、仮に、被告らについて、消防等への通報に遅延があったとしても、以下のとおり、この過失と亡次郎の死亡との間に相当因果関係を認めることはできないというべきである。
すなわち、甲第一七号証、乙第四号証、証人中山建生の証言によれば、雪崩により埋没した遭難者については窒息による死亡の危険が高いことから、早期の発見、救出が遭難者の生存率を高める重要な要素になるところ、埋没者の生存率は埋没後15分以内であれば約93パーセントほどであるが、15分を経過すると死亡の確率が著しく上昇することが認められる。しかして、前認定のとおり、消防署が通報を受けてから出動した救急隊員が本件事故現場に到着するまでに約25分間を要していることなどからすると、仮に、本件事故発生後間髪を入れず消防署に通報がされていたとしても、右の生存可能時間内に亡次郎を救出できたとはいえないことになる。
(四) よって、原告の本争点に関する主張はいずれも理由がない。
第四 結論
以上のとおり、被告らについて、いずれも原告主張の責任原因を認めることができないから、原告の被告らに対する本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないことに帰する。よって、原告の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・佐藤公美、裁判官・田口治美、裁判官・片野正樹)
別紙検証図面<省略>