大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長野地方裁判所 平成9年(行ウ)18号 判決 1998年12月24日

原告

代田昇

外二七二名

原告ら訴訟代理人弁護士

松村文夫

岩下智和

滝沢修一

町田清

富森啓児

木下哲雄

内村修

武田芳彦

和田清二

中島嘉尚

上條剛

被告

運輸大臣

川崎二郎

被告指定代理人

加島康宏

外八名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が東日本旅客鉄道株式会社に対して平成九年六月一九日付けでした第一種鉄道事業信越線の一部廃止許可処分を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件事案の要旨

本件は、被告が東日本旅客鉄道株式会社(以下「訴外会社」という。)に対して平成九年六月一九日付けでした信越線の横川駅から篠ノ井駅までの区間(以下「本件路線」という。)に係る鉄道事業の一部廃止許可処分(以下「本件処分」という。)について、本件路線の廃止は公衆の利便を著しく阻害するものであるから、本件処分は鉄道事業法二八条二項に反した違法な処分である旨主張し、右処分の取消しを求める事案であり、被告は、原告らが本件処分の取消しを求める訴えの原告適格を有することを争うので、本件の主たる争点は原告適格の有無である。

二  判断の前提となる事実

(証拠を掲記した事項のほかは、当事者間に争いのない事実又は裁判所に顕著な事実である)

1  被告は、運輸大臣として鉄道事業法二八条一項により鉄道事業の休止又は廃止についての許可の権限を有する行政庁である。

2  従来、我が国の鉄道事業に関する基本的事項については、鉄道国有法(明治三九年法律第一七〇号)の後を受けて制定された、一般運送の用に供する国の経営する鉄道を適用範囲とする日本国有鉄道法(昭和二三年法律第二五六号)と、一地方の交通を目的とする鉄道を適用対象とする地方鉄道法(大正八年法律第五二号)により主に規律されてきたところ、昭和六一年の日本国有鉄道の分割民営化に伴い、日本国有鉄道法は廃止され、それとともに地方鉄道法も廃止され、すべての鉄道事業に適用される鉄道事業法(昭和六一年法律第九二号)が制定された。

日本国有鉄道法五三条及び地方鉄道法二七条によれば、運輸大臣又は主務大臣の許可を受けなければ営業線を廃止できないものとされていたが、その許可の基準については法定されていなかった。

これに対し、鉄道事業法二八条によれば、鉄道事業を廃止するには運輸大臣の許可を受けなければならず(同条一項)、 運輸大臣は廃止によって公衆の利便が著しく阻害されるおそれがあると認める場合を除いて右の許可をしなければならないものとされている(同条二項)。

3  信越線は、群馬県高崎市所在の高崎駅と新潟市所在の新潟駅を結ぶ総キロ程327.1キロメートル、総駅数八四の路線であり、訴外会社は、昭和六二年四月一日の創設以来、第一種鉄道事業の営業免許を有して、営業をしてきた。本件路線は、そのうち群馬県碓氷郡松井田町所在の横川駅と長野市所在の篠ノ井駅の間の総キロ程76.8キロメートル、総駅数一六駅の区間である。(乙第三号証及び弁論の全趣旨)

4  訴外会社は、平成九年四月一四日付けで被告に対し本件路線について鉄道事業一部廃止の許可を申請したところ、同年六月一九日付けで鉄道審議会が右事業の廃止についてはこれを許可することが適当である旨答申したことから、被告は、同日をもって本件路線についての第一種鉄道事業の一部廃止を許可する旨の本件処分をした。(鉄道審議会の答申につき乙第五号証)

そこで、原告は、平成九年九月一七日に本件処分の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

三  争点に関する当事者の主張

1  原告ら

(一) 行政処分等取消しの訴えについての原告適格を規定する行政事件訴訟法九条の「法律上の利益を有する者」とは、法律上保護された利益を有する者に限定されず、法的保護に値する利益を有する者も含むと解すべきである。また、仮に法律上保護された利益を有する者に限定されるとしても、右利益については、行政処分の根拠法規だけでなく、関連法規をも含めて、総合的かつ合理的に解釈すべきであり、当該法規を柔軟に解釈した上、広く原告適格を肯定すべきである。

(二) この見地から本件について検討すると、鉄道事業法一条の定める目的の一つに「鉄道等の利用者の利益を保護する」ことが明記されていること、同事業の廃止許可について規定する同法二八条二項においては、許可の除外事由として「公衆の利便が著しく阻害されるおそれがあると認める場合」が掲げられており、同法五条所定の免許基準では輸送需要や供給輸送力等の客観的要件のみが取り上げられているのに比し、公衆の利便に対して強い配慮がされていること、運輸省設置法に基づき設置された運輸審議会においては、鉄道事業の廃止の許可に関する諮問事項について、利害関係人の申請があった場合に公聴会を開かなければならないとされている上(同法一六条)、同審議会の運営に関する運輸省令である運輸審議会一般規則によれば、できる限り右公聴会を開き、公平かつ合理的な決定をしなければならないものとされていること(同規則一条)、右利害関係人には同審議会が特に重大な利害関係を有すると認める者が含まれており(同規則五条)、一般利用者に公聴会開催の申請をする可能性が認められているばかりか、鉄道の個々の利用者も公聴会における公述の申出をすることが認められていること(同規則三五条、三七条)が考慮されるべきである。そして、前記日本国有鉄道法においては、同法の目的を定めた一条において利用者の利益につていは何ら触れられておらず、同法五三条において運輸大臣の許可又は認可を受けるべき事項として営業線の休止及び廃止が挙げられているものの、その要件として利用者の利益等による限定が付されていないのであり、また、地方鉄道法においては、目的規定は置かれておらず、利用者の保護を定めた規定も存しないのであり、これらの旧法律と比較すると、鉄道事業法は個別の利用者の利益を手厚く保護しているといえる。

(三) 以上によれば、鉄道事業法は、鉄道利用者の個々的な利益を保護しているものと認められるところ、原告らは、いずれも本件路線の沿線に居住する者や長野県内に居住する者であり、右路線の廃止によりこれを利用することができなくなり、鉄道で往来する生活利益を侵害され、生存権(憲法二五条)、移動の自由(憲法二二条)、幸福追求権(憲法一三条)を侵害されることになるので、本件処分の取消しを求めるにつき前記の法律上保護された利益を有する者に該当するというべきである。

2  被告

(一) 行政事件訴訟法九条所定の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであるが、当該処分を定めた行政法規が不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も右の法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するということができる。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益を右の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通する関連法規の関係規定によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が当該処分を通して右のような個別的利益をも保護すべきものとして位置づけられているとみることができるかによって決すべきである。

(二) しかしながら、鉄道事業法及びその関連法規をみても、その法体系により保護されるのは鉄道利用者個々人の利益ではない、すなわち、同法は、一条において公共の福祉の増進を同法の目的として掲げ、また、五条一項での鉄道免許の付与条件として個々の利用者の利益の保護を考慮しておらず、さらに、二八条二項所定の鉄道事業の休廃止に関する運輸大臣の許可の除外事由として定められた公衆の利便とは、個々の利用者の利益でなく公共の利益をいっているにすぎないと解される。そして、運輸審議会における公聴会についても、鉄道等の利用者は公聴会開催の申請人として列挙されておらず(運輸省設置法一六条)、また、公聴会において利害関係人以外の者の公述も可能であるが、個々の利用者による公述が運輸審議会の答申に不可欠なものとされているわけではない。

(三) 以上によれば、鉄道事業法二八条一項の許可において、休止又は廃止対象路線における個々の利用者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むものとは解することができないのであり、同法二項所定の公衆の利便は一般的な公共の利益を指し、沿線の住民が当該鉄道の利用によって受ける生活上の利益は事実上の利益又は反射的利益にすぎない。

そうすると、本件路線の沿線に居住し又は長野県内に居住するという原告らに本件処分の取消しを求める訴えにつき原告適格を認めることはできない。

第三  当裁判所の判断

一 行政事件訴訟法九条所定の「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者を指し、当該処分の根拠となる法規が不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどまらず、それが帰属する個々人の個別利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益も右の法律上保護された利益に該当するというべきである。そして、当該処分の根拠法規の解釈に当たっては、右法規及びこれと目的を共通にする関連法規の関係規定によって形成される法体系における当該法規の位置づけがいかなるものであるかという観点からこれをすべきである。

二  ところで、本件処分の根拠法規、すなわち鉄道事業の廃止に関する規定の概要は前判示第二の二の2のとおりであるが、このような法規制は、鉄道事業者の経営に係る事業について、その社会性及び公益性ゆえにその休止又は廃止につき被告の許可に係らしめた上、その許可について「公衆の利便が著しく阻害されるおそれがあると認める場合」という除外事由を設けることにより、公衆の利便と事業者の利益の調和を図っているものと解される。そこでこの「公衆の利便」が単なる一般的公益を意味するのか、個々人の個別的利益を意味するものなのかが問題となるが、この点については前判示一のとおり鉄道事業法及びこれと目的を共通にする関連法規の関係規定によって形成される法体系における処分根拠条項の位置づけを通して検討しなければならない。

まず、鉄道事業法二八条の許可手続についてみるに、被告は、鉄道事業者からの廃止等の申請の許否について、あらかじめ運輸審議会に諮り、その決定を尊重して許可に関する処分をしなければならず(運輸省設置法六条一項一〇号)、運輸審議会は、被告の指示もしくは運輸審議会の定める利害関係人の申請があったときには公聴会を開かなければならない(同法一六条)とされているところ、右利害関係人の範囲を規定する運輸審議会一般規則五条によれば、免許の許可等の申請者、処分の対象者等のほかに、運輸審議会が当該事案に関し特に利害関係を有すると認める者等が列挙されているものの、鉄道事業の個々の利用者は掲げられておらず、また、これらの者に公聴会の開催請求権を認める規定は存しない。公聴会が開催されることとなった場合においても、利害関係人以外の者による公聴会での公述が認められているが、個々の利用者の公述がなければ廃止等が許されないわけではなく、手続的には必ずしも個々の利用者の具体的利益が保障されているとまでみることはできない。

次に鉄道事業法一条は、同法の目的として「鉄道等の利用者の利益を保護するとともに、鉄道事業等の健全な発達を図り、もって公共の福祉を増進すること」を掲げており、この文言に照らせば、鉄道利用者の利益の保護にも一定の配慮をしているとみられないではないが、鉄道事業に対する法的規制を定める規定の中に、右鉄道利用者が個々具体的に参画し、その意思を反映させるような手続は設けられていないのであって、結局は、公共の福祉の増進という一般的公益の達成を図るための配慮を超えるものではない。

さらに、鉄道事業の廃止に対する法的規制の沿革についてみれば、確かに原告らの主張するとおり、日本国有鉄道法においては営業線の廃止等を運輸大臣の許可又は認可を要するとしているのに、その要件について規定しておらず、また、地方鉄道法においても、運輸営業の廃止等につき主務大臣の許可を要するものとしながら、その要件については規定されていないのであって、鉄道事業法二八条二項において前判示のとおりの除外事由が定められるに至ったのとは様相を異にしているとみられないではないが、問題はその除外事由としての「公衆の利便」が何を意味するかにあるというべきであって、単に新たに右のような要件を定めた規定が設けられたということのみによって個別的な利用者の利益が考慮されることになったと解することができないことはいうまでもない。

以上の鉄道事業法における処分根拠法規の文言及びその趣旨、同法の目的及び制定経緯、同法の予定する手続等にかんがみ、かつ、その関連法規をも併せて考慮すれば、前記の鉄道事業法二八条の「公衆の利益」とは、一般的公益を保障するにとどまり、特にそれを越えて個々人の個別利益を保障するものではないというべきであり、その他特に利用者の個別的具体的利益を保護していると解さなければならない理由は見当たらない。

三 したがって、本件路線の沿線に居住し又は長野県内に居住する者であるという原告らは、本件処分の取消しを求める訴えの原告適格を有しない。

第四  結論

以上によれば、原告らの本件訴えは不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・齋藤隆、裁判官・針塚遵、裁判官・廣澤諭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例