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長野地方裁判所 昭和25年(ワ)162号 判決

原告 中沢清

被告 小宮山敏郎

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

二、事  実

第一、当事者双方の申立等

原告は、被告は原告に対し、別紙目録<省略>記載の家屋を明渡せ、訴訟費用は被告の負担とする、旨の判決ならびに、担保を条件とする仮執行の宣言を、被告は、主文同旨の判決を、それぞれ、求めた。

第二、請求の原因

一、原告は、訴外小布施新吉から、肩書地所在店舗向住宅を借受け、先代以来数十年にわたつて、理髪業を営んでいるが、昭和二十四年春頃以降、家主から立退を求められていたため、止むを得ず転居を決意し、同年七月二十八日、訴外田中佐賀から、自己店舗として使用の目的をもつて、別紙目録記載の家屋、および、これと一棟をなしその西側に隣接する訴外池田武雄居住の家屋を、代金二十万円で買受け、翌二十五年四月十五日、これが所有権移転登記手続を了したが、右買受と同時に、後記賃貸借につき、その貸主の地位をも承継した。

二、別紙目録記載の本件係争家屋は、十数年前、被告先代亡小宮山四郎において、家主である右田中佐賀から、期間の定めなく、これを、賃借し、昭和十八年五月中、亡四郎の死亡に因り、その家督相続人である被告において、右賃借権を承継し、今日に及んでいる。

三、ところが、原告は、左記事由に因り、本件係争の家屋の明渡しを求める必要がある。すなわち、

(一)、原告が、前記のとおり、右家屋を買受けた事情は、自己賃借中の家屋につき、家主から明渡しを求められ、止むを得ず、自己店舗として使用するため、本件係争家屋を買受けたのであること。

(二)、原告は、右係争家屋の買受に先立ち、被告がその買受に応じないこと、他に売却せられたときには可及的速かに転居明渡すことになつていると、いうこと、を知つたので、右家屋の買受後は、間もなく明渡しを受けられ得るものと信じて、これを、買受けたのであること。

(三)、原告は、右家屋の買受後、早速これに手を入れて営業用に使用するため、被告に立退きを求めようとし、昭和二十五年六月十一日、訴外遠藤徳三郎から、その所有する須坂町常盤町所在木造二階建店舗向住宅一棟(建坪二十坪)を、被告の転居先として、被告に転貸することにつき右訴外人の承諾を得て、これを賃借し、その後被告に対し、右賃借家屋への転居、本件係争家屋の明渡しを懇請したところ、被告は、左したる理由もないのに、これに、応じないこと。

(四)、原告は、現在、自己賃借中の店舗向住宅につき、その家主から明渡しを求められていることは、前記のとおりであるが、たとい、右の明渡要求を撤回され、引続き賃借使用を許容されたとしても、原告は、原告夫婦に子供一人母親一人の計四人暮らしの外、通勤の店員二人を雇つていて、その業態からも広い店舗を必要とするところ、自己使用中の右店舗向住宅は、営業上狭隘であつて、家族、店員らの起居にも不自由であるのみならず、右住宅の敷地附近一帯は低地のため、湿気多く、排水溝を設けたいと思つても、周囲は高地のため簡単には出来ないし、又、日当りも悪く、従つて家屋の耐用年数も短かく、約八年前に差替工事をした住居部分の土台床板等は腐朽し一部は落ちていて、大修理を要する程であり、このままでは、衛生上も甚だ好ましくない状態に立至つていること。

(五)、これに反し、被告は、母親と妹との三人暮らしであつて家族数が非常に少く、被告一家にとつて、本件係争家屋は広過ぎる程である。又、被告は、現在、他の数名の者と共同で経営している須坂町内の製パン工場から、パンを仕入れて、これを、卸小売し、又、パン委託加工の取次業をなしているに過ぎないので、その経営には敢て広い店舗を必要としないし、その上、右工場の附属事務所でも同様の業務を行つているのであるから、被告は同工場の業務に専念すれば良い訳であつて、その事務所から程遠からぬ所にある本件係争家屋で、パンの販売、委託加工の取次をする実益は余り認められない。原告が、被告の転居先として予定している前記家屋は、被告の家族人員から考えても適当のものであり、又、その附近に、町役場、地方事務所、警察署学校等が密集し、被告の営業状況から見ても、却つて利益であり、右家屋は、店舗ならびに住宅として十分使用出来得る程度のものであつて、現在、被告の移転を待つている次第であること。

原告主張の前記諸事情は、本件係争家屋の明渡しを求めるにつき、正当の事由があるものと考えられる。

四、そこで原告は、昭和二十四年十月十九日、被告に対し、内容証明郵便により、本件係争家屋に関する前記賃貸借解約の申入れをなし、右郵便は、その頃、被告に到達したから、同日より六ケ月経過後の昭和二十五年四月末頃、右解約の効力が生じた(又、原告は、昭和二十五年十一月二十七日の口頭弁論期日においても、さらに被告に対し、解約申入れの意思表示をしたから、同日より六ケ月経過後の昭和二十六年五月二十七日には、すくなくとも、解約の効力が生じている)。

五、よつて、本訴において、本件係争家屋の明渡し等請求の趣旨同旨の判決を求める。

と陳述した。

第三、被告の答弁ならびに主張

原告主張の請求原因事実中

一、につき、原告が、その主張の店舗向住宅を、訴外小布施新吉から借受け、理髪業を営んでいることは認めるが、昭和二十四年春頃より、現在店舗からの立退きを求められていたとの点は否認。なお、原告が、訴外田中佐賀から、本件係争の家屋を買受け、その主張の日、これが所有権の移転登記手続を了したことは認める。又、原告が、右買受と同時に、その主張の賃借権につき、貸主の地位を承継したことも争わないが原告その余の主張事実は争う。

二、につき、本件係争の家屋を、被告先代亡四郎において、訴外田中佐賀から、期間の定めなく、賃借し、その後、原告主張の頃、その主張の理由に因り、被告においてその家督を相続し、右賃貸借上の権利義務を承継したことのみは認める。

三、の(一)、の点は争う。同(二)、の点は否認。

同(三)、の点につき、被告が、原告から、須坂町常盤町所在の家屋に案内せられ、これに転居して貰いたいと言われたことはあるが、右家屋たるや、町外れにあり、しかも、到底居住する気になれない破屋(アバラヤ)であつて、住宅ならびに店舗として利用する場合には、本件係争家屋とは比較にならぬ程利用価値の低いものである。

同(四)、の点につき、原告は、現在店舗の敷地附近一帯は低地だと主張しているが、若しそうだとすれば、排水溝を設け、且つ、土台を高くすれば、土台等の腐朽を防止出来るのであつて、原告は、それを怠つているのである。又、原告は、住居が狭隘だと主張しているが、店舗二階を改造してその棟を高くすれば、その家族の居住に不自由はない筈である。原告はそれらの手数を嫌つているのである。

同(五)、および、右三、の点に関するその余の主張事実は争う。

四、につき、被告が、原告から、原告主張の頃、内容証明郵便により、本件係争家屋の明渡方を求められたことは認める。

被告の主張。

被告先代亡四郎は、昭和二年九月二十八日、訴外田中佐賀から、当時新築直後であつて荒壁をつけたに過ぎずまだ床板も張つてない頃、本件係争の家屋を賃借し、その後、畳、建具を入れ、右田中の承諾を得て、永住の目的をもつて右家屋の北側に接続して、廊下、勝手場、風呂場、物置、便所等を増改築し(昭和二十六年八月二十三日附検証調書添付図面中青線でかこむ部分)、又、その後、店舗用土間の部分に、コンクリートを打ち、八畳間、板の間に改造し(同図面中赤線でかこむ部分)、その他天井板を張り、さらに、建物北側敷地に十数本の庭木を植栽し庭石を入れて手入れをしたのであるが、同じ町内に住む原告は、右事情を知悉しながら、しかも原告現住の賃借店舗については、その家主から明渡しの要求を受けていないのにもかかわらず、本件係争の家屋を買受けて、突然被告に明渡しを求めて来たものであつて、原告には本件係争家屋を自ら使用することの必要もなく、その他、被告に対して、これが、明渡しを求める正当事由もないから、原告の解約申入れは失当である。

と述べた。

第四、被告の主張に対する原告の答弁

被告側において、本件係争家屋賃借後、畳、建具を入れ、北側廊下勝手場風呂場物置便所等(前記検証調書添付図面中青線でかこむ部分)を増改築したこと、又、被告主張のとおり、築庭し樹木を栽植したことは認めるが、被告側の右家屋賃借当時は、借受希望者が多数あつたので、貸主は、被告先代に対し優先的に賃貸する条件として、未完成のまま右家屋を引渡し被告側の費用をもつて右畳建具の取付増築等をなさしめたのである。なお、被告側において、その主張の八畳間、板の間、その他の増改築をしたとの点は不知。被告その余の主張事実は争う。

と述べた。

第五、証拠関係<省略>

三、理  由

当事者間に争いのない点を除き、本件の主要な争点につき判断する。原告の被告に対する本件賃貸借の解約申入れにつき、右申入れ当時の昭和二十四年十月十九日頃から本件口頭弁論終結時(昭和二十七年三月五日)にかけて、正当事由が存在したかどうかの争点について。

先づ原告側に存する事情の点について考えてみると、

証人小布施新吉、遠藤徳三郎、田中庫太の各証言、原告本人中沢清に対する訊問の結果(但し一部)、各検証の結果、に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、原告が現在賃借中の店舗向住宅は、須坂町の繁華な商店街に東面し、原告先代がこれを、大正二、三年頃、その家主から賃借したものであつて、相当損傷している古い、やや、低く目の木造二階建であり、その内部の構造、広さ、間取り、使用状況等は、階下東側は、十畳敷位の広さの理髪所、その西側十二畳半の居間、屋根裏改造の中二階程度の二階十畳間、その他、炊事場、小部屋より成り、これに、原告家族ら三、四名、および、通勤の店員らが起居しているのであるが、右建物敷地は、低地帯のため湿気多く、ことに、右店舗裏側(西側)十二畳半の居間の部分は、採光通風状態悪く、約八年位前に取替えた土台等は既に腐朽し、右居間の西南隅およそ一坪程は、土台床板が腐朽し畳もひどく痛んでいる状態にあり、その他、理髪所内部には、柱の陥込んでいる個所もあるなど、衛生上も甚だ好ましくない状態にあつて、このままでは、営業に支障を来すおそれがあるが、排水溝の設置や、土台を高くするには、相当額の費用がかかることでもあり、家主としては、右家屋を修理して貸すことは経済的にも引合わないところから、積極的ではないが、昭和二十二年三月頃から、その一部を取毀す心算で、なるべくなら明渡して貰いたいという意向を持つていたこと。そこで原告は、他に適当な店舗を物色中、昭和二十四年七月二十四日頃本件係争家屋の差配人である訴外田中庫太から、右家屋の売却方申入れがあり、(右田中は、先づ借家人である被告に対し、右家屋の買受方交渉したが、結局、被告は、これに応じなかつた)、原告は、被告側の意向を打診したところ、買受けの意向のないことを明らかにしたので、その買受けを決意し、同月二十八日、請求原因一、記載のとおり、これを、買受けたこと(なお、原告は、右買受に先立ち借家人の被告が右家屋を他に売却せられたときには可及的速かに転居明渡すことになつているということを、知つた、と主張しているが、原告本人訊問の結果中、この点にそうような部分は採用しない。又、他に右事実を認めるに足る証拠はない)。その後原告は、被告の移転先を探したが、恰好のもの無く、最後に、請求原因三、の(三)、記載の日、その記載のとおり、長期間、被告に対する転貸の承諾を得て、店舗向住宅一棟を借受け、その畳建具の取付け造作などに二万円を投じ被告に対し、右家屋への転居方を求めたが、被告はこれに応じないため、原告は、その後今日に至るまで、毎月六百円宛の賃料を支払つていること。右店舗向住宅は、須坂町東南部の学校諸官庁の多い常盤町地内道路に東面し、商店街を外れた静かな通りにある二階建で、従前、これを、洋服屋が店舗として使用していたが、その内部の構造、間取りは、階下は、三坪程のコンクリート土間、これにつづく三畳、八畳の各部屋、四畳の小部屋、約二坪の炊事場があつて、店舗向に出来て居り、二階には、六畳二間があり、各部屋共、窓も明るく、畳建具も割合新しく、電燈、水道も完備し、小ザツパリとした住宅であること。が認められる(証人小宮山かねの証言、原、被告各本人訊問の結果中、右認定に反する部分は採用しない、又、他に右認定を動かすに足る証拠もない)。

次に、被告側に存する事情の点につき、考えてみると

証人田中庫太、小林彌三郎、宮林清治、藤沢銘治、田幸虎雄、小宮山かね(但し第一、二回共でその証言の一部)田尻亀太郎、大峡正則(但し証言の一部)、被告本人小宮山敏郎に対する訊問の結果(但し一部)、各検証の結果を綜合すると、本件係争の家屋は、原告によつて買受取得される前は、須坂町の貸家業者訴外田中佐賀所有貸家のうちの一戸であつたが、被告先代は、昭和二年頃、これを、その建築早々、所謂「素建て」(壁をぬり、床を張り、鴨居、敷居を取付け、外廻りの戸締りをした程度のもの)のまま借受け(右家屋の所有関係、被告先代がこれを借受けたことは当事者間に争いない)これに、畳建具を取付け使用して来たが、右家屋は、須坂町目抜きの繁華な商店街である横町表通りに南面した二階建長屋造りの東側半分であつて、原告の現在店舗の北西八、九十米の個所にあり、その構造、広さ、間取り、使用状況は、階下は、コンクリート土間、およびこれに接する板の間、八畳間、六畳二間、二階は、十二畳半の部屋からなつているが、被告先代は、これを、借受けてから、家主の承諾を得て、その階下北側に、廊下、勝手、風呂場、物置、便所等を増築し(昭和二十六年八月二十三日附検証調書添附図面中青線でかこむ部分であつて、この部分を被告先代が増築したことは、当事者間に争いない)、右家屋の店舗において、文具商を営んで来たが、その後、右営業を廃止し店舗の一部を、前記八畳間に改造し、又、北側空地に被告主張のとおり築庭し樹木を栽植したこと。被告は現在、右八畳間を居間として使用し、同所に家具小道具類を置き六畳二間は、なかば、物置として使用し、同所に大小家具類その他の生活用品雑品類を置き、比較的狭く、二階十二畳半は比較的余裕のある部屋であるが、コンクリート土間店舗については、被告は、数年前から、その母訴外かね名義で訴外大峡正則らと共に経営している製パン工場の製品を正式許可を得て、断続的ながら、販売する場所として使用し、最近は殆ど営業休止の状態にあるが、将来は、同店舗を同工場の販売所として、大いに活用することを計画中であること。被告の家族は、被告と母、高校生の妹の三人暮らしであり被告は、平素、長野市内の商店に勤め、その収入が主に一家の生計を維持する外、被告の母名義による前記製パン工場への出資に対する配当が若干あるに過ぎないこと。しかし、被告としては、本件家屋には先代亡父以来二十五年間も居住し、一般世人の信用を、その亡父の代から引継いでいるのみならず、その間、増改築に投じた費用も相当額に上るため、転居をなすことは、物心両面から非常な苦痛であること。が認められる(証人小宮山かね、大峡正則の各証言被告本人小宮山敏郎に対する訊問の結果中、右認定に反する部分は採用しない、又、他に右認定を動かすに足る証拠もない)。

右各認定事実によれば、原告は、賃借人居住中の、しかも、貸家業者の貸家を、自己店舗として使用するため買受けたとは言え、被告の移転先として、被告の職業、家族関係、母名義による製パン工場の経営およびその製品販売の現況のみより判断すれば、やや、適当と思われる前記店舗向住宅一棟を借受け、相当額の経済的支出をなし、賃貸家屋の明渡しを求める賃貸人としては、相当程度の犠牲を払つていることが認められるが、被告側は、本件係争の建物を、その建築当時から所謂「素建て」のまま借受け、約二十五年後の今日まで、これに、かなりの費用を投じて、相当程度の造改築、造作を加え、兎も角、営業用店舗として使用して来たのであり、それに伴う店の人的信用物的利益もかなり得て来た筈であり、しかも、右家屋たるや、何業にも適すると思われる須坂町の繁華街に面し、被告は、将来右店舗を、パンの販売所として利用したいという希望もあり、この際、右家屋を明渡すことは、被告先代が多年に亘つて築いた営業の基盤を失わせる結果ともなり、その蒙る損害も相当額に上るものと推測するに難くない。原告としては、その現住店舗の家主に交渉し、何とかその家屋に手を入れ、当分の間これを営業に使用することは不可能ではないから、原告が、本件係争家屋の明渡しによつて被告の蒙る損害の幾分かを補償するというのなら、又、格別、然らざる限り、右家屋の利用関係についての原被告双方の利益は同等であると認むべきであり、従つて、訴訟の一般原則によつて被告の現在の占有状態を尊重することが至当と考えられる。

よつて、原告の本訴請求は、他の争点につき判断する迄もなく、この点において、既に失当であつて容認し得ないから、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤恒雄)

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