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長野地方裁判所 昭和26年(行)5号 判決

原告 山越進平

被告 長野県農地委員会

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十五年十二月二十一日に為した長野県小県郡彌津村西町字古大日二千三十七番地の一、田一反六畝二十四歩に対する農地売渡計画を取消すとの裁決は之を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨を申立て、その請求原因として、右農地はもと原告の長男訴外山越庄平の所有であつたが、原告は昭和二十年十月下旬右庄平より之を借受け、爾後昭和二十二年四月まで之を小作して来たが、同月原告は病気の為め地主たる庄平の了解を得て一時的に訴外山越賢一に転貸し、其の際賢一は耕作中右農地が自作農創設特別措置法で買収されても買受けの申込みをしないことを書面を以て固く約したものである。然るに其の後昭和二十四年十一月彌津村農地委員会は右農地について同法第三条による買収計画を樹立し、同時に原告は買受けの申込みを為したが、右農地委員会は賢一を売渡しの相手方として売渡計画を樹てた。そこで原告は自分が売渡しを受ける資格者であるとの理由で異議申立を為し、右農地委員会も之を認め、被告も昭和二十五年六月三十日附を以て賢一に対する前記売渡計画の承認を取消した。此の取消しに対し、賢一より何等不服の申立てがなく確定したから、原告が右農地の売渡を受けるべき筋合となつたのである。依つて彌津村農地委員会は右確定した事実に基いて同年九月十二日原告を相手方とする第二回目の売渡計画を樹てた。ところが之に対して賢一から村農地委員会に異議の申立てを為したが、前述の様に賢一は既に法的に売渡しを受ける資格のないことが確定して居るので、同委員会は右申立てを却下したところ、同人は更に被告に対して訴願し、被告は同年十二月二十一日右訴願を容れて以前と矛盾する裁決を下した。而して原告は之を昭和二十六年一月二十五日始めて知つた次第である。然しながら被告の為した右裁決は違法である。即ち前述の如く賢一は本件農地については農地法による買受けの申込みをしないことを固く約したので原告の為に買受申込権を放棄したものである。此の放棄の有効であることは、自作農創設特別措置法第十七、十八条の買受申込みの自由を認めて居る点からも明らかなところである。賢一の右放棄により、原告は昭和二十年十一月二十三日当時の耕作者として当然売渡しを受ける地位に進んだので、彌津村農地委員会もこの事実に基き原告を売渡の相手方と定めて第二回目の売渡計画を定めたのであつて、之には何等違法がない。然るに慢然之を取消した被告の裁決は違法たるを免れない。仮に右の主張が理由ないものとしても、前述の如く第一回目の売渡計画が賢一を売渡しの相手方として樹立され、之が原告よりの異議申立によつて取消され、被告も之を承認して賢一に売渡してはならないとして、昭和二十五年六月三十日右売渡計画に対する承認を取消したものである。而して之に対して賢一は訴願も行政訴訟も提起しなかつたので、既に同人は本件農地の売渡しを受ける資格がないものとして法的に確定したものである。反面これにより原告が売渡しを受ける資格者である筋合となつたので、之に基いて彌津村農地委員会は原告を売渡しの相手方として第二回目の売渡計画を樹立したものである。換言すれば被告の裁決に従つて此の売渡計画を樹立したと同然である。然るに被告は今度は右売渡計画を自ら取消したもので、此の様な同一の国家機関による前の処分と矛盾した意思表示は何等の効力を生ずるものではない。蓋し一旦適法に効力を生じ確定した後同一理由で前と矛盾する処分をしても、その処分は既に適法に効力を確定した処分に何等の影響を与える謂われがないからである。以上各理由により彌津村農地委員会の樹立した第二回目の農地売渡計画は正当であり、被告の為した右買収計画取消の処分は違法であるから、之が取消を求める為め本訴請求に及んだと陳述し、被告の本案前の抗弁に対しては、本件第二回目の売渡計画は本件農地に対する第一回目の売渡計画が原告よりの異議申立てによつて一旦取消され、それによつて重ねて樹てられたものであり、従つて原告に於て既に適法な異議の申立てを為したものであるから、同じものに対し再び訴願裁決等を経る必要がない。従つて自作農創設特別措置法第四十七条の二により原告が右処分を知つた日から一月以内に提起した本訴は適法であると述べ、本案の答弁に対しては、本件農地買収は地主たる庄平の自主解放によつたものであることは認めるが、それは庄平が道楽者で親不孝であつたから勘当同様になつて、そこで親たる原告に対する敵意から本件農地を原告にやり度くない為に特に自主解放したもので、原告もそれを予め慮つて賢一に賃貸する際にも賢一が農地法による買収申請をしないという約束をして置いたという実情である、と述べた。(立証省略)

被告指定代表者は、本案前の抗弁として、「原告の訴を却下する」との判決を求め、その理由として、原告は訴願の手続を経ずして直ちに本訴を提起したが、之は行政事件訴訟特例法第二条に違背したものであるから不適法であると述べ、本案については主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、本件農地がもと原告の長男庄平の所有であつたことは認めるが、原告が昭和二十年十月から同二十二年四月まで本件農地を耕作したのは庄平より借受けて小作して居たのではないし、同年原告が病気の故を以て之を賢一に一時的に転貸したものでもない。原告と庄平とは親子であり、同居の家族として同一世帯に属して本件農地の耕作に従事して来たところ、原告が世帯主であるところから、所有権者であり、且自作農である庄平に代つて昭和二十二年四月本件農地を賢一に賃貸し、爾来賢一が今日まで耕作して来たもので、右賃貸については庄平は当初から黙認して居り当然同人の了解の下に為されたもので、従つてそれは庄平と賢一との間の正当な賃貸借に外ならない。原告と庄平とは昭和二十四年九月末まで同居したがその間一度も本件農地を庄平から原告に貸した事実はなく、本件農地は決して原告より賢一に転貸したものではない。又それは昭和二十二年四月二日作成の小作証書(甲第一号証)にも明らかな通り、原告の病気による一時的の賃貸借としての内容の契約ではない。それは全く普通の小作契約で、而もその期限を昭和二十四年六月二十日までと定めたが、賃貸人よりその期限満了前如何なる時期に於ても之が返還の請求乃至契約更新拒絶の通知を受けたこともなく、その期限経過後も引続き極めて無事平穏に賃借耕作を続けて居る事実からして、本件農地の賃貸借契約は更新され、引続き賢一が賃借人たる地位を継続して居ることは明らかである。右賢一に賃貸するに際して、右小作証書に於て同人の耕作中買受けの申出をしない旨の条項があつても、本件農地は、所有者である庄平よりその小作農である賢一に所有権を移転しようとする為の昭和二十四年九月二十六日附の申出があつたので、彌津村農地委員会は右申出を相当と認めて、同年十一月十四日自作農創設特別措置法第三条第五項第七号により買収計画を定め、法定の手続を経て同年十二月二日政府の所有に帰した所謂自主解放の農地であるから、庄平の右解放申出によつてその契約条項は当然に変更されたものである。而して自主解放に基いて政府が買収した農地の売渡の相手方は、自作農創設特別措置法施行令第十八条によつて定むべきことは関係法規の上から明らかで、それによると農地売渡計画を定めるべき時期に於て耕作の業務を営む小作農が第一順位の相手方であり、従つて本件農地について、政府が買収した限り右第一順位者に該当する賢一がその買受けを申出たとしても何等小作契約違反となるものではない。又原告主張の如く、本件農地について、昭和二十四年十一月彌津村農地委員会が買収計画を樹立したのに対し、原告が買受けの申込みをしたが、右村農地委員会は賢一を売渡しの相手方として売渡計画を樹立し、之に対して原告は異議の申立をしたところ、右村農地委員会も之を認め、被告も昭和二十五年六月三十日附で賢一に対する売渡計画の承認を取消し、依つて村農地委員会は同年九月十一日原告を相手方として第二回目の売渡計画を樹立し、賢一が之に対して異議申立を為したが却下され、更に被告に訴願したところ被告は同年十二月二十一日右訴願を容れて、右第二回目の売渡計画を取消した経過は何れも之を認めるがその事情は原告主張の如きものではない。即ち本件農地は彌津村農地委員会が昭和二十四年十一月十四日買収の時期に於ける小作農であつた賢一を相手方とする売渡計画を定め、同年十一月十六日から二十七日まで縦覧に供したところ、縦覧期間の最終日である二十七日に原告から病気による一時的賃貸地であり賢一は本件土地を買受けないとの約束で貸したものであるから、原告に売渡すべきであるとの異議の申立があつた。右申立に対し右村農地委員会は、昭和二十五年五月八日正しい売渡しの相手方を判定する必要から一旦前記売渡計画を取消した。然るにこの売渡計画は前述のような原告の異議申立がなされない前に既に期間中に、異議申立がないことを見越して同農地委員会より被告に対して承認の申請が為され、被告も之を承認して居たものであつたが、その後原告の適法な異議申立があり、而もその決定手続を経て居ないことが明らかとなつたので、被告はこの手続の誤つて居たことを理由として右承認を取消したのである。右理由により被告の右決定は決して原告の主張の内容を認容して原告に売渡す為に取消したのではなく、従つて右取消しによつて本件農地を原告に売渡さなければならない筋合になつたわけでないし、况んや原告に売渡すべく法的に確定したものではない。其の後同村農地委員会は原告を相手方とする第二回目の売渡計画を樹立し、之を結局賢一の訴願によつて被告が取消したのは、前述の如く自主解放農地は自作農創設特別措置法施行令第十八条の適用上売渡計画樹立の時の小作人に売渡すべきもので、原告は小作人でないから賢一を売渡しの相手方とすることを適法且正当であると認めたからに外ならない。従つて第一回目の売渡計画の承認の取消と、第二回目の売渡計画の取消とは、聊かもその間矛盾があるものではなく、被告の為した本件訴願の裁決は適法且正当であるから、右訴願裁決の違法を理由として之が取消を求める原告の本訴請求は失当であると陳述した。(立証省略)

三、理  由

先ず被告の本案前の抗弁について按ずるに、昭和二十五年九月十二日彌津村農地委員会が樹てた原告を売渡しの相手方とする本件第二回目の売渡計画に対して、賢一が異議申立を為し、之が右村農地委員会によつて却下され、更に同人より被告に対し訴願したところ、被告は右訴願を容れて右売渡計画を取消したものであることは当事者間に争がない。而して行政訴訟特例法第二条に所謂訴願前置主義の原則の認められた理由は、裁判所に出訴する前に当該処分の当否について一応行政庁の反省を促し、再度の考案を求める点に在ることを考慮すれば、右売渡計画の当否については、既に前述の如く賢一よりの申立により異議及び訴願の両手続を経過して居る以上、右特例法第二条の要件を十分に充たすものと謂うべきであり、全く同一事件について更に原告が重複して訴願等の手続を経た上でなければ裁判所に出訴出来ないものと解するが如きは、徒らに出訴前の手続の繰返しを要求するもので、却つて当事者の不服の途を梗塞する結果となり、右特例法の趣旨を逸脱するものと解せざるを得ない。従つて被告の本抗弁は採用し難い。

仍て本案について按ずるに、本件の主要な争点は次の四個である。即ち、

(一)  原告が昭和二十年より昭和二十二年四月まで本件農地を耕作して居たのは庄平より借受けて小作して居たのであるが、同月賢一に賃貸したのは原告の病気の為の一時的転貸であるか。

(二)  賢一との小作契約条項中の、賢一が本件農地の買受等申出ざる旨の文言は果して如何なる効力を持つものであるか。

(三)  被告の為した第一回目の売渡計画承認の取消しは如何なる理由によつたものか、それによつて原告が売渡しを受ける地位を獲得したものか。第二回目の売渡計画の取消の裁決は右と矛盾する違法な処分であるか。

(四)  自主解放農地の売渡しの相手方は、自作農創設特別措置法施行令第十七条の適用がなく、同令第十八条によるべきで、賢一がこの相手方としての第一順位の資格者であるか。

であるから、以下順次この点について検討すると、

(一)については、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証、証人山越庄平、山越九二治、山越賢一の各証言並びに原告本人訊問の結果を総合すれば、本件農地を原告が耕作したのは、被告主張の如く原告と庄平とが親子として同居し、本件農地を庄平の自作地として一諸に耕作したものに過ぎないから、之を以て原告が庄平より借受けて居たものと認めることは出来ない。又昭和二十二年四月賢一に賃貸したのも、被告主張の通り畢竟するに原告が庄平の代理人として右小作契約を賢一との間に締結したものに過ぎないものと解せられる。従つてこれが原告よりの転貸でないこと勿論である。而して右賃貸借契約の際作成された小作証書(甲第一号証)中には原告の病気の為の一時的の賃貸借である旨の条項は全くなく、証人山越賢一、山越庄平の各証言よりするも、原告主張の如き病気による一時的賃貸借契約とは認め難い。右契約条項中期間が昭和二十四年六月三十日までの約二年となつて居るが、小作契約等に於ては斯かる短期間を区切つて契約書を作成し、期限が来る毎に更新することは寧ろ通常の事例であつて、之を以て単なる一時的の賃貸である証拠とするには足りない。

(二)については、前記甲第一号証小作契約条項中に「買受等申出ざること」とあるが、右「買受」が果して農地法上の買受けの申込みを意味するかどうか必ずしも明瞭でないし、仮令同法上のそれを意味するとしても、斯かる私法上の契約は耕作者の地位を安定し農業生産力の維持発展と農村民主化のため自作農を急速且つ広汎に創設しようとする自作農創設特別措置法の目的を阻むものであつて、同法の強行法的性質に反するから無効というべきである。原告は自作農創設特別措置法第十七、十八条を根拠として斯かる買受申込権放棄の契約が有効であると主張するが、右法条は単に買受申込みの手続を規定したのであつて右申込みの自由を奪うが如き契約を有効とする趣旨でないことは明らかである。加之本件農地が庄平の所謂自主解放によつて買収されたものであることは当事者間に争いのない事実であり、従つて被告主張の如く右自主解放の際既に右契約条項も当然その効力を失つたものと解すべきである。右何れの理由からしても原告の主張は理由がない。

(三)については、被告の為した本件農地の第一回目の売渡計画承認の取消しに関して、原告は実質的な理由即ち右売渡計画が賢一を相手方とすべきではなく原告を相手方とすべきものとして取消したのであると主張するのに対し、被告は右取消しは単に形式的な手続上の違法即ち右売渡計画に対し、原告より適法な異議の申立があつたにも拘らずその申立以前に村農地委員会が被告に右計画の承認を求め、被告もそれを承認したという理由で取消したものであると主張して相抗争するが、成立に争いのない乙第二号証からすると被告主張通り手続上の瑕疵のみを理由としたものと認定せざるを得ない。尤も証人柳沢原八郎、山越九二治の各証言からすると、彌津村農地委員会では右手続上の理由の外原告主張の如き実質的理由をも考慮して右売渡計画を取消したものであることは認められないでもないが、之は被告の為した右承認の取消しとは関係のないことである。従つて被告の為した右第一回目の売渡計画の承認の取消しによつて原告が売渡しを受ける地位を得たと認めるべき何等の根拠もないし、被告の為した第二回目の売渡計画の取消しの裁決が之と何等矛盾するものでもない。

(四)については本件農地買収並びに売渡計画は昭和二十四年十一月以後樹立されたものであるから、昭和二十四年五月三十一日政令第百六十五号改正による自作農創設特別措置法施行令を適用すべく、それによると同令第十七条は自作農創設特別措置法第三条第五項第七号の自主解放農地には適用なく、従つて専ら同令第十八条の適用により農地売渡計画を定むべき時期に於て耕作の業務を営む小作農を第一順位の相手方として売渡すべきものである。而してこれに該当する者は前記(一)の認定と相俟つて賢一の外にないものと謂わなければならない。

以上各認定は原告提出の如何なる証拠方法を以てしても左右し難く、又右各認定によれば被告の為した本件売渡計画の取消しの裁決は寔に適法妥当なものと謂うべきであり、従つて右裁決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であると謂わなければならない。仍て原告の本訴請求は之を棄却すべく、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条に則り主文の如く判決する。

(裁判官 草間英一 市原忠厚 高津環)

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