長野地方裁判所 昭和56年(行ウ)12号 判決 1987年4月16日
原告 有限会社宮沢建設
被告 伊那税務署長
代理人 野崎守 岡村俊一 竹野清一 清住碩量 今井優 ほか二名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五三年一一月三〇日付でした原告の昭和五一年一一月一日から昭和五二年一〇月三〇日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分の法人税の更正処分及び無申告加算税賦課決定処分(以下「本件更正等処分」という。)のうち、所得金額二八八三万七七九〇円をこえる部分を取消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、土木工事業等を目的とする有限会社であるが、原告の本件事業年度分の法人税についてした確定申告及び修正申告、これに対して被告のした本件更正等処分、原告のした異議申立て及び審査請求並びにこれらに対する異議決定及び審査裁決の経緯は別表一のとおりである。
2 本件更正等処分は、原告が本件事業年度分法人税の申告に際し、右年度中に元代表取締役故宮沢勇治(以下「勇治」という。)の遺族に対して支払われた七九二九万一〇〇〇円を全額弔慰金名目で損金計上したのに対し、三〇〇〇万円までを損金計上することを認め、その余の四九二九万一〇〇〇円については、法人税法三六条、同施行令七二条を根拠に、過大な役員退職給与にあたるとして損金算入を否認し、右金額を原告の所得金額として加算するというものである。
しかしながら、右損金算入の否認は、次のとおり、法令の解釈・適用を誤つており、本件更正等処分は、違法である。
(一) 原告が本件事業年度分法人税の申告に際し、元代表取締役勇治の遺族に対して支払われた七九二九万一〇〇〇円を全額損金計上したのは次のような経緯によるものである。
(1) 原告会社は元代表取締役勇治が昭和四四年一〇月に個人事業として発足させた土木工事業を、昭和四九年一二月一八日に有限会社として法人化したのがはじまりである。法人化したといつても、資本金三〇〇万円のうち二〇〇万円は勇治が、七〇万円は同人の妻宮沢道子(以下「道子」という。)が、三〇万円は勇治の友人矢ヶ崎武が出資している。法人とは名ばかりの同族会社である。
(2) 勇治は、昭和五二年七月一四日、上伊那郡辰野町宮木大字北湯舟の日野原住宅家庭用井戸新設工事の作業中、ドーザシヤベルのワイヤーが切れたため吊り下げていたヒユーム管が落下転倒して頭部に当たり、即死した(以下、この事故を「本件事故」という。)。当時勇治は四一才であつた。
(3) 当時原告は、日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)との間で、被保険者勇治、保険金受取人原告、保険金額八五〇〇万円との内容の生命保険契約を、大同生命保険相互会社(以下「大同生命」という。)との間で、保険金額一〇〇〇万円とするほか右と同一内容の生命保険契約を締結していた。
右各生命保険契約を締結した主たる理由は、旧代表者勇治の不慮の死亡という場合に、その遺族(妻道子、長女宮沢玲子((以下「玲子」という。))((昭和三九年四月八日生))、長男宮沢治樹((以下「治樹」という。))((昭和四〇年六月一二日生)))の生活を保障するためであつた。
(4) 勇治が業務上の事故により死亡したことに伴い、原告は日本生命から八五一五万〇四一〇円の、大同生命から一〇〇〇万円の各保険金を取得した。
(5) ところで、原告会社では、昭和五二年八月六日取締役会を開き、日本生命からの受取保険金のうち、八〇〇〇万円を慰労金、見舞金、子女養育金として勇治の遺族に贈る旨(内訳・道子三〇〇〇万円、玲子一五〇〇万円、治樹三五〇〇万円)決議し、同時に残金五〇〇万円については格別使用の予定はないが、特別金であるので、有効な使用につとめるとの決議を併わせ行つた。
(6) 前項の決議にもとづき、原告から道子は三〇〇〇万円、玲子は一五〇〇万円、治樹は三五〇〇万円を受けとり、それに基づき被告に対し、相続税として道子は三六八万九一〇〇円、玲子は二〇〇万八七〇〇円、治樹は五四九万一七〇〇円を納付した。
(二) 以上の経緯のもとで、原告から勇治の三人の遺族に支払われた金額は、妥当なものであり、被告がこれについて損金算入を否認する法的根拠はない。
(1) 被告は、原告が勇治の遺族に支払つた金員の趣旨を勝手に退職給与であると認定しているが、その根拠はない。
(2) 被告は、右認定のうえにたつて、法人税法三六条、同施行令七二条を適用し、三〇〇〇万円をこえる部分につき損金不算入の処分をしたが、前記のとおり、業務上の死亡に伴つて入金した死亡保険金を、保険契約の趣旨に従い、その遺族に支払つた本件の場合に、法三六条、同施行令七二条を適用することは、右法令の趣旨にもとり、その解釈・適用を誤つた違法なものである。
(3) 被告が、損金算入を認める限度額を三〇〇〇万円としたのも、何らその根拠もなく、違法なものである。
3 よつて、原告は、被告に対し、前記請求の趣旨1項の限度で本件更正等処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の冒頭部分のうち、原告が本件事業年度中に勇治の遺族に七九二九万一〇〇〇円を支払い、かつ、その金額を弔慰金名目で損金計上したことは否認する。損金計上がなされたのは七〇〇五万九九九九円であつて、残りの九二三万一〇〇一円は、修正申告において役員弔慰金計上漏れとして確定決算によらないで所得金額から減算されたものである。その余は認める。
本件更正等処分が違法であるとの主張は争う。
(一) 同2(一)の冒頭部分の事実中、原告が勇治の遺族に七九二九万一〇〇〇円を支払い、全額損金計上したことは否認する。
(1) 同2(一)(1)の事実中、勇治が個人事業として発足した時期が昭和四四年一〇月であることは知らない。その余は認める。
(2) 同2(一)(2)の事実は認める。
(3) 同2(一)(3)の事実は知らない。
(4) 同2(一)(4)の事実は認める。
(5) 同2(一)(5)の事実は知らない。
(6) 同2(一)(6)の事実中、道子らが原告主張の金員が支払われたものとしてその主張どおりの相続税を申告、納付したことは認める。その余は知らない。
(二) 同2(二)の主張は争う。
三 被告の主張
1 本件更正等処分の根拠
本件更正等処分の根拠は次表及び次の(一)ないし(四)のとおりであり、本件更正等処分における原告の本件事業年度の所得金額七八〇六万六三一二円は、被告が本訴で主張する右事業年度の原告の所得金額九九七六万三一一二円の範囲内であるから、本件更正等処分は適法である。
順号
項目
金額(単位 円)
1
修正申告による所得金額
二八、八三七、七九〇
2
過大な役員退職給与の損金不算入額
七〇、九八七、八〇〇
3
繰越欠損金の損金算入額
六二、四七八
4
本訴で主張する所得金額(1+2-3)
九九、七六三、一一二
(一) 修正申告による所得金額 二八八三万七七九〇円
右は、原告が本件事業年度の所得金額であるとして本件修正申告により申告した金額である。
(二) 過大な役員退職金給与の損金不算入額 七〇九八万七八〇〇円
右は、原告が本件確定申告において損金経理した弔慰金七〇〇五万九九九九円と本件修正申告において弔慰金の計上漏れとして減算した九二三万一〇〇一円の合計七九二九万一〇〇〇円から、損金性のある、弔慰金及び役員退職給与として認容される八三〇万三二〇〇円を控除した金額であり、その算定根拠及び理由は後記2のとおりである。
(三) 繰越欠損金の損金算入額 六万二四七八円
右は、原告の五一年一〇月期分法人税を、昭和五三年一一月三〇日付けで減額更正したことにより生じた欠損金額六万二四七八円を、法人税法五七条の規定により損金に算入したものである。
(四) 本訴で主張する所得金額 九九七六万三一一二円
前記(一)の金額に同(二)の金額を加算し同(三)の金額を減算した金額で、原告の本件事業年度の所得金額である。
2 過大な役員退職給与の預金不算入額の算定根拠及びその理由
算定根拠は次表のとおりであり、その理由は次の(一)ないし(三)のとおりである。
項目
金額(単位 円)
原告が確定決算において預金経理をなした弔慰金(確定申告分) A
七〇、〇五九、九九九
原告が確定決算において損金経理をしなかつた弔慰金(修正申告分) B
九、二三一、〇〇一
原告が申告で計上した弔慰金総額 A+B
七九、二九一、〇〇〇
否認
預金経理のない未払役員退職給与 B
九、二三一、〇〇一
過大な役員退職給与(Aの内)
六一、七五六、七九九
小計
七〇、九八七、八〇〇
認容
損金性のある弔慰金(Aの内)
七、二〇〇、〇〇〇
役員退職給与の損金認容額(Aの内)
一、一〇三、二〇〇
小計
八、三〇三、二〇〇
(一) 原告が損金として計上した弔慰金名義の金員の性格
(1) 原告は、昭和五二年八月六日の役員会決議により、元代表取締役勇治の遺族である道子らに対し、弔慰金名義で八〇〇〇万円(道子三〇〇〇万円、治樹三五〇〇万円、玲子一五〇〇万円)を支払う旨決議し、同決議に基づき本件確定申告において七〇〇五万九九九九円及び、本件修正申告において九二三万一〇〇一円(合計金額七九二九万一〇〇〇円)を、それぞれ弔慰金名義で損金として計上した。
(2) ところで、死亡した役員に対して支払われる退職給与が弔慰金と称せられることは世上よくみられるところであるが、名目のいかんを問わず、株式会社の取締役または監査役であつた者に対し支給される退職慰労金(死亡の場合の弔慰金を含む。以下同じ。)は、それが在職中の職務執行の対価であるときは商法二六九条にいう報酬に含まれると解されるべきであり、更に、法人税法三六条に定める退職した役員に対して支給する退職給与とは、法人が支出した支出名義のいかんにかかわらず、役員等の退職により支給される一切の給与を指すものというべきである。
故に死亡した役員に対して支払われる退職給与または弔慰金(ただし、社会通念上遺族に対する純然たる弔慰の趣旨と認められるものを除く)と役員が辞任・任期満了等によつて退任した場合に支払われる退職慰労金とは職務執行の対価と認められる限り、役員退職給与たる性質において何ら変りがない。
そこで、原告が損金として計上した弔慰金名義の金員は、預金性のある弔慰金(社会通念上、遺族に対する純然たる弔慰の趣旨と認められるもの)を除き、死亡した原告の元代表取締役勇治に対する役員退職給与と認められる。
(二) 損金性のある弔慰金 七二〇万円
(1) 被告が、本件確定申告についてその内容を確認するため、原告に対し、昭和五三年三月二五日付けで、元代表取締役勇治の役員弔慰金七〇〇五万九九九九円の算定根拠について照会したところ、原告は昭和五三年四月五日に回答を提出した。右回答によれば、<1>退職時報酬月額二〇万円、<2>計算方式は二〇万円×三六か月としており、これは退職時報酬月額に三六か月を乗じたものと解されるが、右方式によれば勇治の弔慰金は七二〇万円となることが認められる。
また、勇治の遺族道子らが被告に、昭和五三年一月一四日に提出した勇治を被相続人とする相続税申告書には、原告の取締役会決議により道子らに贈られた慰労金等八〇〇〇万円について、弔慰金を七二〇万円とし、その残額七二八〇万円を退職手当金とする申告記載がある。
ところで、相続税課税上、被相続人の死亡が業務上の死亡であるときは、当該被相続人の死亡当時における賞与以外の普通給与の三年分に相当する金額を非課税弔慰金とする取扱いがなされており(相続税法基本通達、昭和三四年直資一〇・第二一条)、また、労働基準法七九条は、労働者が業務上死亡した場合には、使用者は、遺族に対して平均賃金の一〇〇〇日分の遺族補償を行うよう規定しており、右からすれば弔慰金を最終報酬月額に三六か月分を乗じた金額とすることは、一般的に妥当なものといえる。
(2) 以上の諸点からすると、原告が本件確定申告において弔慰金として損金経理した七〇〇五万九九九九円のうち法人税の所得金額を算定するにあたり損金性が認められるのは七二〇万円である。
(三) 本件弔慰金名義の金員のうち役員退職給与と認識される金額の内容
原告が本件確定申告において損金経理した弔慰金名義の金額合計七〇〇五万九九九九円のうち、損金性のある弔慰金七二〇万円を控除した残額六二八五万九九九九円と、本件修正申告において損金として減算した弔慰金名義の金額九二三万一〇〇一円の合計金額七二〇九万一〇〇〇円は、勇治に対する役員退職給与と認められるところ、本件事業年度の所得の計算上、損金として算入できる金額は後記(3)のとおりであり、算入できない金額は次の(1)及び(2)のとおりである。
(1) 損金経理のない未払役員退職給与 九二三万一〇〇一円
原告は、本件修正申告において弔慰金名義で九二三万一〇〇一円を損金として減算しており、右金額は、役員退職給与と認むべきものであるが、原告は確定決算においてはこれを損金経理していない。
ところで、法人税法三六条は、内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、当該事業年度において損金経理をしなかつた金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない旨定めており、しかも右の損金経理とは、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理することをいう(同法二条二六号)のであるから、たとえ取締役会等の決議があり適法に支出されていたとしても確定決算において損金経理をしなかつた場合は、法人税の所得金額を算定するにあたつて損金として認められない。
本件において原告は本件事業年度の確定決算においてはその損益計算書の特別損失の部で七〇〇五万九九九九円のみを損金経理し、その損金経理に基づいて本件確定申告をしており、その後の本件修正申告ではじめて九二三万一〇〇一円を未払弔慰金の計上漏れとして減算したものであつて、右未払金は確定決算において損金経理したものではないから、本件事業年度分の所得の計算上損金の額に算入することはできないのである。
(2) 過大な役員退職給与 六一七五万六七九九円
原告が、本件事業年度の確定決算において弔慰金として損金経理した七〇〇五万九九九九円のうち前記(二)のとおり、損金として認められる弔慰金は七二〇万円であるから、その残額六二八五万九九九九円は、勇治に対する役員退職給与である。
右金額については、法人税法三六条及び同施行令七二条の規定に基づき、当該退職した役員に対する退職給与として、相当であると認められる金額をこえる場合には、そのこえる部分について、本件事業年度分の所得の計算上損金の額に算入しないこととなる。
被告は、本件において右金額のうち、本件事業年度分の所得の計算上、損金に算入できる「役員に対する退職給与として相当である」金額は、一一〇万三二〇〇円と主張するものであり、その算定根拠は後記(3)のとおりである。
したがつて、勇治に対する役員退職給与と認められる金額六二八五万九九九九円のうち、右「役員に対する退職給与として相当である」金額一一〇万三二〇〇円を除いた六一七五万六七九九円については、過大な役員退職給与であるから、同金額は、本件事業年度分の所得の計算上、損金の額に算入することはできない。
(3) 役員退職給与の損金認容額 一一〇万三二〇〇円
<1> 法人税法三六条、同施行令七二条は、役員に対する退職給与の額が当該役員の業務従事期間、退職事情、同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員退職給与支給状況等に照らし、相当であると認める金額をこえる場合にはそのこえる部分について損金に算入しない旨を定めているが、その趣旨は、役員に対する退職給与が従業員に対する退職給与と異なり、益金処分たる性質を含んでいることから、右基準に照らし一般に相当と認められる金額に限り収益を得るために必要な経費として損金算入を認め、右金額をこえる部分は益金処分として損金算入を認めないというにあると解される。すなわち、役員退職給与は、多分に利益処分たる性質を有しているところから、租税負担の公平を期すため職務執行の対価たる性質を有しない等不相当に過大な退職給与について損金性を否定し、もつていわゆる「隠れたる利益処分」による不当な租税負担の軽減を防止することを目的としたものであり、同施行令七二条の規定は、不相当に高額かどうかの判断の基準を定めたものであるが、右基準は、この退職給与が経済的観察において実情に合目的に適したものかどうかを同条の例示する観点から判定すべきことを定めたものである。
<2> そして、前記<1>の同施行令七二条に定める退職給与の額のうち不相当に高額な部分があるか否かを判断するについては、退職給与には一般に役員退職者の在職中の功績評価も含むことから、当該役員の退職時における最終報酬月額に勤続年数を乗じて算出した金額にいかなる一定の係数(以下「功績倍率」という。)を乗じたものであるかを求め、これと同業種、同規模の法人の退職役員について算定した功績倍率とを比較してなすのが相当である。
<3> そこで、被告は、長野県内に本店を有する資本金一億円未満の法人で、原告と同業種の総合建設業(行政管理庁・日本標準産業分類の小分類番号一五一ないし一五六参照)を営み、かつ、昭和五〇年ないし昭和五二年の間に役員に対し退職給与を支給した法人を調査したところ、一六社存在した。
右一六社のうちからその事業規模が類似する法人を抽出する方法として、原告会社を含めた一七社の退職金支給決議の日の属する年度を含む過去二事業年度における、平均売上金額の合計額において各社の占める割合に比重五〇パーセントを、所得金額の合計額において、各社の占める割合に二五パーセントを、また、利益積立金増加額の合計額において各社の占める割合に比重二五パーセントをそれぞれ乗じて、売上金額割合、所得金額割合、及び利益積立金増加割合を求め、右各割合の合計数値の多寡により、事業規模及び役員の会社に対する功績度を上、中、下に区分した。その結果、別表二のとおり原告はF、G、H、I、Jの五社とともに中グループに属していたので、右五社を原告と類似する法人(以下、「比較法人」という。)として選定した。
次に、右比較法人が支出した役員退職給与の功績倍率を求めたところ、別表三のとおり、平均一・九七倍であつた。この倍率を勇治に支出された退職給与と比較すると、同人の最終報酬月額は二〇万円であり、勤続年数は二・八年(昭和四九年一二月から昭和五二年七月まで)であるから、次の算式のとおり同人の退職給与のうち、法人税の所得金額を算定するにあたり、不相当に高額な部分でない金額として損金の額に算入できる金額は一一〇万三二〇〇円となる。
(最終報酬月額)(勤続年数)(功績倍率) (退職金)
二〇〇、〇〇〇×二・八×一・九七=一、一〇三、二〇〇
四 被告の主張に対する原告の認否及び反論
(認否)
1 被告の主張1の冒頭部分の主張は争う。
(一) 同1(一)の事実は認める。
(二) 同1(二)のうち、原告が本件確定申告において弔慰金七〇〇五万九九九九円を損金経理し、本件修正申告において弔慰金の計上漏れとして九二三万一〇〇一円を減算したことは認める。
損金性のある、弔慰金および役員退職給与として認容されるのが八三〇万三二〇〇円であるとの主張は争う。
(三) 同1(三)の事実は認める。
(四) 同1(四)の事実は否認する。
2 同2の冒頭部分の主張は争う。
(一)(1) 同2(一)(1)の事実は認める。
(2) 同2(一)(2)の主張は争う。
(二) 同2(二)の主張は争う。
(三) 同2(三)の冒頭部分の主張は争う。
(1) 同2(三)(1)の主張は争う。
(2) 同2(三)(2)の主張は争う。
(3) 同2(三)(3)の主張は争う。
(反論)
1 本件のように、一般の役員の退職の場合に退職金を支払うのと異なり、役員の不慮の死亡の際にその遺族のために支払われるべく、法人を受取人とする生命保険契約を締結しておいた場合に、保険事故が発生し、法人に入金になつた生命保険金をその遺族に支払つた場合には、その金額の大小を問わず、損金に算入されるのが法人税法三六条の趣旨にも税務行政の実態にも合致するというべきである。
(一) 経済の成長発展に伴い、法人企業において役員の退職金の額は年々高額化する傾向にあり、また、不慮の事故による法人の役員の死亡に伴い発生する役員退職金の財源確保のために多くの企業が生命保険契約を締結するようになつてきている。そして、特に資本金の極めて小さい同族企業にあつては、役員の不慮の事故による死亡退職金を日常の事業活動による収益の積立によつて確保することはできず、生命保険金を役員退職金の唯一の原資としている。法人税法三六条、同施行令七二条の解釈も右の生命保険制度利用の実態をふまえて行うべきである。
(二) 中小零細なる法人企業(その多くが同族法人である)が、役員の不慮の事故にそなえて生命保険契約を締結していた場合に、不幸にして事故が発生し、当該法人が、その経営に破綻はないとの見通しのもとに、かねてからの保険契約締結の趣旨にそつて、入金した生命保険金を遺族に支払つた場合においては、税務当局としては、遺族の相続税というかたちで、国税の捕捉は充分できるのであつて、それ以上に、損金性を否認することによつて当該法人から法人税を徴収する必要性は全く存在しないし、そのような場合を法人税法三六条は予定していないというべきである。生命の代償たる死亡退職金に対する、相続税と法人税の二重課税は、法人税法三六条の解釈としても許されるべきではない。
(三) 要するに、退職金額が相当か否かは、その時々の経済的事情からみて正常か異常か、換言すれば、客観的な常識で決まるものといえる。
今日において、通常退職金額を決める基本的要因は、なんといつても当該法人の支払能力である。支払能力もないのに、借金してまで退職金を支給するのは非常識であり、不相当なものとして否定されてもやむを得ないものといえる。
次に、退職金額を決める基本的要因は、その支払能力である「原資」を得るについて、当該被支給者がどの程度貢献したかである。その貢献度は、あくまでも当該法人の全体像から決められるのであつて、他の法人との比較で決めるものではない。
(1) 本件において、原告における退職金の「支払能力」及び「支払能力を生み出すについて勇治がなした貢献」は何であつたか。
「支払能力」は、勇治の業務上死亡に伴つて入金となつた生命保険金によつてそのすべてが生み出された。
「支払能力を生み出すについて勇治がなした貢献度」は、一〇〇パーセントである。勇治の死亡という事実のみが、本件において支払い能力を生み出した唯一のものだからである。
(2) したがつて、本件において、原告が取得した生命保険金を全額退職金として遺族に支給することは、他に特段の事情がない本件において、まさに「経済的事情からみて正常」であつたのであり、「客観的な常識」でもあつたのである。
生命保険金受取人を法人として、被保険者を当該法人の役員とする保険制度が、わが国において扱われるようになつたのは、昭和四六年八月からである。
そして、そのような生命保険制度の発達により、保険金額が大型化するに伴つて、中小零細法人あるいは同族法人にあつては、退職金の唯一の原資を生命保険金とする傾向が顕著になつてきているのである。
こうした現在の経済界の実情をふまえて、法人税法三六条の規定を解釈するならば、「入金となつた生命保険金の額に応じて退職金の額が決定される」のが正常であり、経済界の常識となつているというべきである。
入金となつた生命保険金が高額であるのに、支払われた退職金が低額であるのは、当該法人が、多額の欠損金をかかえている等の特別の事情があることが通常である。
逆に入金となつた生命保険金が低額であるのに、支払われた退職金が高額である場合は、当該法人の営業成績が非常によく、内部留保原資を多額に蓄積していたとか、被支給者の貢献度が著るしく高かつたとかの特段の事情が考えられる。そのような特段の事情がないのに、入金となつた生命保険金に比べて、不相当に高額な退職金が支給された場合には、法人税法三六条によつて否認されるべきであろう。
(3) 本件において、被告が比較のために収集した同業種法人のうちの保険金収入がある六社のうち、F、G、H、Lの四社が、保険金収入とほぼ同額の退職金を支給していたという事実は、右に述べた今日の経済界のおける常識を裏付けてあまりあるものである。
K、Pの二社が入金となつた生命保険金に比べて相当高額な退職金を支給しているが、右二社においてどのような特段の事情があつたかは、分からないが、税務当局によつて相当と判断されたからには何らかの特段の事情があつたものと推認される。両社とも勤続年数が相当長期であること、P社においては最終報酬月額が高額であること、業務上死亡であること等が認められたのであろう。
(4) 本件においては、退職金の原資の全部が入金となつた生命保険金であつたこと、保険加入の目的が、遺族の生活保障であつたこと、勇治が原告の創業者であつたこと、業務上死亡事故に伴なうものであつたこと、当時、原告会社は、経常損益においても経常利益を計上していたこと、長期借入金などほとんどなかつたこと(わずかに八六万八二〇〇円)等の事情からすれば生命保険金のほとんどすべてを死亡退職金として支払つたのは経済事情からみてまことに正常なものというべく、法人税法三六条の規定の解釈においても相当なものであつたというべきである。被告が否認したのは、法解釈を誤つた違法のものというほかはない。
2 被告の採つた相当な退職金額の判定方法は、以下のとおり、法人税法三六条、同施行令七二条に照らし妥当なものではない。
(一) 被告の採つた方法では、右法令に規定する退職の事情が全く考慮されていない。
本件で最も重視すべきメルクマールは退職の事情である。本件は同族会社代表取締役(創業者でもある)の業務上死亡の例である。しかも、死亡に伴う生命保険金が法人の収入として入金となり、それをそつくり支出した事案であつた。この事情を考慮せずして、支払われた退職金が「不相当の高額」であるかどうか判断できるはずはない。
被告の方法によつて参考とされた業務上死亡の例は、わずかにF社一社のみであり、しかもその実情は全く不明である。生命保険金の入金の有無については、故意に無視されている。被告としては、本件の場合、このような例をこそ全国から、全業種について抽出すべきであつた。
(二) 事業規模の類似性を算出した方法も、全く合理性がない。売上高二四億円をこえるO社が区分は下位に、売上高九五六五万円の原告が区分は中位になつている結果をみても、その不合理性は明白である。
(三) 功績倍率の算出のしかたも不合理である。特に役員の勤続年数が、役員だけの在職年数なのかどうかも疑わしい。その年数が、分母になつているのであるから、それが違えば功績倍率が全く異つた数字になつてくる。
(四) 退職金の額が不相当に高額か否かを判定する一つの大きな要素として、当該役員のその法人の中で占める地位の大きさを考慮すべきである。創業者か否か、同族会社であつたか否か、法人格を否認されてもしかたのない程度の小規模、零細な法人であつたか否かなどである。法人の中で役員の占める割合が高ければ高いほど、逆にいえば、法人が名ばかりで法人格を否認されてもしかたのない程度(要するに個人企業に近いもの)の場合には、退職金はかなり高額でも容認されるべきものといえよう。なぜなら個人企業の場合は、本人死亡によつて全資産が企業の後継者に引き継がれるべきものだからである。
被告の方法では、このような点での考慮が全く欠落している。これではとうてい右法令の正しい解釈の適用とはいえない。右法令も、「……退職給与の支給状況等」と規定し、判断の要素にしぼりをかけていないどころか、逆に総合的にあらゆる事情をしんしやくすべきことを示唆しているのである。
3 本件事故の原因は、通常では予想されないワイヤーの突然の切断によるものであり、その際勇治が穴の中に入つていたこともヒユーム管を正しく接合するためにやむを得ないことであり、勇治個人の重大な過失によるものとはいえないものである。
右のような事故内容に照らすと、原告が勇治の遺族に受取保険金を支払つた趣旨には、勇治の遺族に対する損害賠償債務の履行が含まれていたものであり、一般に法人の代表者の重大な過失によらない業務上死亡により、法人が代表者の遺族に損害賠償金を支払つた場合には、税務上その全額が損金として処理されるべきである。
五 原告の反論に対する被告の再反論
1 原告の反論1について
一般に法人企業が役員を被保険者とする保険契約を締結する目的は、永年勤続の後に退職する役員に対し支払うことになる弔慰金、退職金等の原資とするためだけではなく、役員の死亡により受けることがある経営上の損害を填補することにあると解される。生命保険に加入する目的が遺族の生活の保障だけであるとするならば、保険契約そのものも個人で締結すれば足りるのであつて、これとは別に法人が保険契約を締結し、その保険金を遺族に支払つた以上、法人税法三六条適用の問題となる。したがつて、それぞれ性質の異なる保険金収入と退職給与の支給とは別個の問題として切り離して考えるべきである。
また、二重課税とは同一の課税主体が同一の課税対象に対して、同一の性質の租税を二回以上にわたつて課税することを意味すると解されるところ、本件においては、原告に対する法人税の課税と、死亡により退職した役員の遺族に対する相続税の課税の問題であり、課税の対象及び租税の性質をそれぞれ異にするものであるから、何ら二重課税となるものでない。
2 原告の反論2について
(一) 退職の事情が考慮されていない旨の主張について
原告の主張は、本件の過大な役員退職金の認定に当たつて、退職事情として、代表者の業務上死亡による退職であること、原告に退職者死亡に伴う生命保険金の入金があつたことの二点が考慮されていないということに尽きると思料される。
しかしながら、被告は、本件更正処分をするにあたり、適正な役員退職金として認定する金額のほかに、本件の退職理由が原告代表者の業務上死亡であるという点にかんがみ、損金性のある弔慰金として七二〇万円を認容したのであつて、右のような弔慰金を認容したこと自体を、法人税法施行令七二条で規定する「退職の事情」として考慮し、本件の適正な役員退職金を算定したものである。
したがつて、被告においては、本件の適正な役員退職金の算定に当たり、退職事情として代表者の業務上死亡による退職であるということを十分考慮しているものであつて、これを無視して算定したかのような原告の主張は、それ自体失当である。
次に、生命保険金入金の件に関していえば、既に前記1で主張しているとおりであつて、そもそもそれぞれ性質の異なる保険金収入と退職金支給とは別個の問題として切り離して考えるべきであつて、仮に支給退職金の原資の全額が保険金収入によつたとしても、その額が適正額より多額であると認められる場合には、その過大額については当然法人税法三六条が適用されて損金算入が否認されるというべく、これに反する原告の見解は、結局保険金収入を原資とするかぎりその金額がたとえどれ程多額になつたとしてもこれを適正額として損金に算入することを認めるということに帰結し、法人税法三六条を受けた同施行令七二条が、退職の事情のほか、当該役員の業務従事期間、同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員退職金支給状況等に照らし、相当と認められる金額をこえる場合にそのこえる部分については損金に算入しない旨規定している趣旨に照らして、到底とり得ない独自の見解というべきである。
(二) 事業規模の類似性を算出した方法に合理性がない旨の主張について
確かに売上高二四億円を超えるO社の事業規模が下位区分とされ、売上高九五六五万一〇〇〇円の原告が中位区分とされている。
しかしながら、事業の究極の目的は営業に基づく利益の追及であると一般に解されているのであるから、営業活動の規模(事業規模)の大小をみる場合に、売上金額の多寡だけでなく、営業活動の結果たる所得金額及び所得のうち法人の内部に留保された額である利益積立金の多寡をも加味し、総合的に判定すべきことはむしろ当然のことである。なぜならば、売上金額は従業員数、設備能力等の影響を受け、また所得金額は、営業活動の成果を端的に表すもので、役員の経営手腕を示す重要な要素の一つであり、更に利益積立金は、税引き後の利益金額のうち株主への利益の配当や役員賞与等として利益の処分をされた金額以外の金額の累積残高を表し、法人の純資産額を示すものであつて、これら三要素は、いずれもそれぞれの側面から当該法人の事業規模を把握する上で極めて貴重な資料を提供するものである。
したがつて、事業規模の類似性を判定するに当たつても、右三要素のいずれをも取り込んで、その相関関係によつて比較する手法を用いることこそ、かえつて多角的な面から客観的かつ合理的な類似性の判定を行つたといえるのである。
(三) 功績倍率の算出方法について
被告は、本件の適正な役員退職金の額を、原告と事業規模が類似する五社が支給した役員退職金の功績倍率の平均値(別表三参照)に基づいて、算定したところ、原告は、右比較法人の功績倍率の計算上、分母の項目である勤続年数が役員としての在職年数なのかどうか疑わしいから右功績倍率の算定方法は不合理である旨主張する。
そこで被告は、以下比較法人五社の勤続年数について述べるに、右勤続年数の内容は比較法人F、G、H及びJの四社の場合における勤続年数はすべて役員としての在職年数であり、比較法人I社の場合については、勤続年数二一年間のうち役員在職年数が一二年間、役員就任前の勤務年数が九年間となつている。ちなみに、I社の場合について、右のような役員就任前の勤務年数を含めたところで勤続年数を算出した理由は、本来法人においては事務員が役員に就任した場合に、その時点で事務員として在職した年数に係る退職金が支給され、役員退職時において支給される退職金は純粋に役員としてのみ在職した期間に係る分として支給されるのが一般的であるところ、右I社の場合においては、役員就任時に退職金が支給されておらず、したがつて役員退職時に支給された退職金は右事務員期間に係る分をも含めて計算されていたことから、被告においては、功績倍率を算出するに当たり、支給された退職金の総額を分子とするかわりに、分母の勤続年数についても通算の二一年間として計算したものである。
もつとも、本件において分母の勤続年数を一二年間として計算したとしても、これに伴い当然分子の退職金については役員としてのみ在職した期間に係る分まで減額して計算されることになるのであるから、結果として出てくる功績倍率は、被告の方法によつて算出した功績倍率との間にさほどの差を示さないはずであつて、被告のとつた方法の合理性は十分担保されていると解される。
(四) 原告のその余の主張についても、結局のところその要旨は、本件で被告がとつた適正な役員退職金の算定方法に合理性がないというに尽きると解される。
しかしながら、本件において被告がとつた右認定方法は、基本的には同業種の法人の中から事業規模が類似する法人五社(前記比較法人)を抽出し、この中で平均値を求めることとし、右比較法人が支出した役員退職金の平均功績倍率を求め、これを基に原告の適正な役員退職金を算定したものであつて、右の過程、とりわけ比較法人の中で平均値を求めた点において、原告が指摘する当該役員のその法人の中で占める地位の大きさ等個別事情は総合考慮されており、その結果は平均功績倍率に反映されているとみるべきであつて、この点においても被告の右算定方法は十分合理性を有するものである。
3 原告の反論3について
(一) 原告は、本件事業年度の確定決算において損害賠償金として損金経理したものでなく(法人税法二条二六号)、かつ、損害賠償金としても本件事業年度に確定したものではないから、当該事業年度の預金として認められるべきものではない(同法二二条三項)。
(二) 本件事故は、ヒユーム管を井戸中に埋没するに際し、ドーザシヤベルの先端にワイヤロープを引つ掛けてクレーンの代用としたことによるものであるが、ドーザシヤベルは掘削用機械であるから、これを主たる用途以外の用途に使用してはならないのであり(労働安全衛生規則一六四条)、労働大臣の定める基準に適合するクレーンを使用すべきであつたにもかかわらず(昭和四七年九月三〇日労働省令第三四号・クレーン等安全規則一七条)、これを使用せず、またワイヤロープの破損により危険の生ずるおそれのある箇所に労働者を立ち入らせてはならないのに(同規則二八条)、吊り上げたヒユーム管の下に立ち入つて被災したものである。この点、労働安全対策上、事業を行う責任者、すなわち会社代表者に責任がなかつたとはいえないところであり、右安全保障義務を履行すべき事業の責任者がまさに被災した元代表者自身であつて、被災者自身が責任を負うべきものである。
更に、ヒユーム管落下の危険を冒して掘削中の井戸の穴に入つた点において工事に従事した勇治自身の重大な過失が存したといわざると得ないのである。
以上のことからすると、損害賠償請求権は被災者自身の代表者としての責任と自己の重大な過失とにより、不存在あるいは相当額相殺されるべきであり、原告の主張する損害賠償請求権が存するとは到底認め難く、仮に存したとしても原告の賠償責任は極めて少額なものにすぎず、本件更正処分において被告が現実に損金認容した三〇〇〇万円の範囲を到底こえるものではない。
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件更正等処分の適法性について判断する。
原告が本件事業年度の所得金額であるとして修正申告により申告した金額が二八八三万七七九〇円であること、原告が確定申告において、元代表取締役勇治死亡による弔慰金として七〇〇五万九九九九円を損金経理したこと及び原告が修正申告において弔慰金の計上漏れとして九二三万一〇〇一円を減算したことは、いずれも当事者間に争いがない。
被告は、右金額の合計七九二九万一〇〇〇円のうち、七〇九八万七八〇〇円が過大な役員退職給与の損金算入として否認されるべきであると主張するので、以下検討する。
1 原告が弔慰金として損金計上した金員の法的性質について
原告が昭和五二年八月六日の役員会決議により、元代表取締役勇治の遺族である道子らに対し、弔慰金名義で八〇〇〇万円(内訳・道子三〇〇〇万円、治樹三五〇〇万円、玲子一五〇〇万円)を支払う旨決議し、同決議に基づき本件確定申告において七〇〇五万九九九九円及び、本件修正申告において九二三万一〇〇一円(合計金額七九二九万一〇〇〇円)を、それぞれ弔慰金名義で損金として計上したことは、当事者間に争いがない。そして、<証拠略>を総合すると、原告は、日本生命との間で、被保険者勇治、保険金受取人原告、保険金額八五〇〇万円との内容の生命保険契約を締結していたところ、勇治が本件事故により死亡したことにより右保険金を受取ることになつていたこと、そして、右保険金のうち八〇〇〇万円について右のような決議をしたが、その理由は右保険金は勇治の死亡によつて生じたものであるからその生命の代償とみることができること、原告会社は勇治をはじめとする親族の同族的色彩の濃い企業であつて、その設立や運営に際して勇治がかなりの出資や労務の提供をしてきたことや残された道子ら遺族の生計を配慮したことによるものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、法人税法三六条に定める役員退職給与とは、予じめ定めた退職給与に基づくものであるかどうかを問わず、また、その支出名義の如何を問わず、役員の退職に起因して支給される一切の役務提供の対価としての給与をいうものと解される。
これを本件についてみるに、原告が弔慰金として損金計上した前記七九二九万一〇〇〇円は、右認定のその支給にかかる事情や経過に照らすと、一部は社会通念上遺族に対する純然たる弔慰の趣旨で支給される弔慰金であるが、残部は死亡退職に起因して支給される、元代表取締役勇治に対する役員退職給与であると認めるのが相当である。
2 次に、右七九二九万一〇〇〇円のうち、損金性のある弔慰金の額について判断する。
<証拠略>を総合すると、被告が本件確定申告についてその内容を確認するため、昭和五三年三月二五日原告(当時の代表取締役道子)に対し、勇治の役員弔慰金七〇〇五万九九九九円の算定根拠に関し、退職時の年齢、在任年数、退職理由、退職時の報酬月額、退職金の計算方式が不明であるとして照会したところ、原告は、同年四月五日、役員弔慰金について、退職時の年齢四三才、在任年数三年八か月、退職の理由業務上死亡のほか、<1>退職時の報酬月額二〇万円、<2>計算方式二〇万円×三六か月との回答書を提出したこと、また、道子ら勇治の遺族三名が同年一月一四日被告に提出した、勇治を被相続人とする相続税申告書には、前記原告の取締役会決議により道子ら遺族三名に支給された八〇〇〇万円のうち、七二〇万円を弔慰金とし、その残額を退職手当金とする申告記載がなされていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実に、労働基準法七九条が、労働者が業務上死亡した場合においては、使用者は、遺族に対して、平均賃金の一〇〇〇日分の遺族補償を行わなければならないと規定していることを合わせ考慮すると、前記七九二九万一〇〇〇円のうち、損金性のある弔慰金としては七二〇万円が相当であると認められる。
3 以上1、2によると、前記七九二九万一〇〇〇円のうち、本件確定申告において損金経理した七〇〇五万九九九九円から右損金性のある弔慰金七二〇万円を控除した残額である六二八五万九九九九円と本件修正申告において損金として減算した額九二三万一〇〇一円については退職給与ということになるから、右のうち、法人税法三六条の適用上損金として算入できる額について検討する。
(一) 右九二三万一〇〇一円について
法人税法三六条は、内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、当該事業年度において損金経理をしなかつた金額は、その内国法人の各事業年度の所得の計算上、損金の額に算入しない旨定めており、更に、同法二条二六号は右の損金経理とは、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理することをいうとしている。
これを本件についてみるに、<証拠略>を総合すると、原告は、本件事業年度の確定決算において、その損益計算書の特別損失の部で役員弔慰金名義では七〇〇五万九九九九円のみを損金経理し、その損金経理に基づいて本件確定申告をし、その後の本件修正申告においてはじめて右九二三万一〇〇一円を未払弔慰金の計上漏れとして減算したことが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によると、右九二三万一〇〇一円については原告が同法三六条にいう損金経理をしなかつたことが明らかである。
よつて、右九二三万一〇〇一円については、本件事業年度分の所得の計算上損金の額に算入することはできない。
(二) 前記六二八五万九九九九円について
被告は、右六二八五万九九九九円のうち、法人税法三六条及び同施行令七二条の規定に基づき役員に対する退職給与として相当である金額は、一一〇万三二〇〇円にすぎず、その余の六一七五万六七九九円については過大な役員退職給与であるから、損金算入できないと主張するので、以下検討する。
(1) <証拠略>を総合すると、被告は関東信越国税局長から、本件訴訟の資料に供する目的で、昭和五七年六月九日付通達により、長野県内に本店を有する資本金一億円未満の原告と同業種の総合建設業(一般土木建築工事、建築工事、木造建築工事)を継続して営み、事業年度の途中において業種目の変更がなく、青色申告による法人税確定申告書を提出し、昭和五〇年二月から昭和五三年七月までの間に役員退職金を支給した事績のある法人の調査報告を求められ、調査したところ、右に該当する法人として一六法人が見出されたこと、被告は、右一六法人のうちからその事業規模が原告と類似する法人を抽出する方法として、原告会社を含めた一七社の退職金支給決議の日の属する年度を含む過去二事業年度における、平均売上金額の合計額については各法人の占める割合(百分比、以下同じ。)の更に五〇パーセントの、所得金額の合計額については各法人の占める割合の更に二五パーセントの、利益積立金増加額の合計額については各法人の占める割合の更に二五パーセントの各数値を算出してこれを売上金額割合、所得金額割合及び利益積立金増加割合とし、右各割合の合計数値の大きいものから順位を附してこれを規模順位とし、右規模順位に従い、各グループの数がなるべく同数となるよう、同数とならない場合は業績の良い法人の数をより少ないするため上位の数を減ずる方式により、上、中、下の三グループに規模区分をしたところ、別表二のとおり、原告は、F、G、H、I、Jの五法人とともに中グループに属しているという結果が得られたこと、被告は、右の規模区分が事業規模及び役員の法人に対する功績度の類似性を示すものとして、右五法人を原告と類似する法人(比較法人)として選定したこと、ついで、被告は、右比較法人が支出した役員退職給与の功績倍率(支給退職金額を、最終報酬月額に勤続年数を乗じた数で除して得られる数値)を求めたところ、別表三のとおりとなり(但し、I法人の役員は元従業員であつたところ、役員に就任する時点で従業員に対する退職金が支払われていないので、この退職金分が役員退職金に含まれているとみて、従業員であつた期間九年をも通算した二一年を勤続年数とした。)、その平均値一・九七が得られたこと、そこで、被告は、勇治の最終報酬月額二〇万円、勤続年数二・八年(昭和四九年一二月から昭和五二年七月まで)を基礎に右平均功績倍率を用いて算出した一一〇万三二〇〇円(算式二〇万円×二・八×一・九七=一一〇万三二〇〇円)をもつて勇治に対する退職給与の相当額と認定したことが認められる。
(2) 法人税法三六条、同施行令七二条、役員に対する退職給与の額が当該役員の業務従事期間、退職事情、同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給状況等に照らし、相当であると認める金額をこえる場合にはそのこえる部分について損金に算入しないと定めたのは、役員に対する退職給与が従業員に対する退職給与と異なり、益金処分たる性質を含んでいることに鑑み、右基準に照らし一般に相当と認められる金額に限り収益を得るために必要な経費として損金算入を認め、右金額をこえる部分は益金処分として損金算入を認めないこととし、右の収益を得るために必要な経費としての退職給与の損金性は、役員の法人に対する役員としての役務提供による貢献度を基準として決すべきものとする趣旨と解される。
これを本件についてみると、右(1)に認定したように、被告が本件退職給与の額の相当性を判断するに当り、原告と同業種の法人のうちから原告と同程度の事業規模を有する五法人を選び、右各法人の退職役員の、退職給与と勤続年数倍した最終報酬月額との比率である功績倍率を算出し、その平均倍率を基準としたことは、右法令の趣旨からみて、相当性判定の手法としては合理的といつてよい。ただ、前記五法人のうち、I法人の場合は、使用人が役員に就任した事例であり、使用人であつた期間に係る退職給与が支払われていなかつたという事情があるとはいえ、使用人として就労していた期間を加算した年数をもつて当該役員の勤続年数としていることから、右年数を算定要素の一つとしている功績倍率〇・九六が役員としての役務提供による貢献度を正確に反映しているか疑いを禁じえない。そうすると、右五法人のうち、I法人を除いた四法人の役員功績倍率の平均値二・二二をもつて本件退職給与の額の相当性を判断する基準とするのがより合理的である。そこで、右功績倍率を用いて本件の勇治の場合の算定をすると、次のとおり一二四万三二〇〇円となるから、これが勇治に対する退職給与として相当な額であると認められる。
(算式)
二〇万円×二・八×二・二二=一二四万三二〇〇円
(3) 原告は、その反論1において、本件のように役員が死亡した際にその遺族に対して支払うことを予定して、法人を受取人とする生命保険契約が締結されていたところ、保険事故が発生し、法人が入手した生命保険金をその遺族に対して支払つた場合には、その金額のいかんを問わず、全額を損金算入するのが法人税法三六条の趣旨にも税務行政の実態にも合致すると主張し、更に、その根拠として、(一)役員の退職金の高額化傾向に伴ない、企業、特に資本金の小さい同族企業にあつては生命保険金を役員退職金の唯一の原資としているのが実態である。(二)生命の代償たる死亡退職金に対し相続税及び法人税が課せられるのは二重課税として許されない。(三)退職金額の相当性は経済事情からみて正常か否かで決すべきものであるところ、法人の退職金支払能力は、生命保険金の支払を受けたことにより生じたのであり、役員の死亡が右原資を得るについての貢献であるから、生命保険金の全額又は大半を役員の退職金として遺族に支給することは経済事情からみて正常である、などと主張する。
しかしながら、前記判示のとおり、法人税法三六条の趣旨からみて、役員退職給与の損金性は、役員の法人に対する役員としての役務提供による貢献度によつて決せられるべきものであるから、退職給与の支給とその原資は切り離して考えるべきであり、その原資が当該役員の死亡を原因として支払われた生命保険金であるからといつて、当然に支給額の全部または一部が相当な額として損金に算入されるべき理由はない。更に、役員を被保険者、保険金受取人を法人とする生命保険契約の実態についてみるに、<証拠略>を総合すると、現今右生命保険の大型化傾向があること及び右生命保険契約締結の目的に役員の退職給与の原資の準備が含まれていることは否定できないものの、その主たる目的は役員死亡に伴なう法人の経営上の損失を補填することにあると認められるから、生命保険契約の実態は、必ずしも、生命保険金を原資とする退職給与を損金に算入すべき根拠たりえない。また、原告の主張するような税務行政の実態を認めるに足りる証拠はなく、本件において、相続税と法人税は課税の対象及び租税の性質を異にするから、二重課税にあたらない。退職金額の相当性判断の基準として原告が挙げる経済事情も前記法人税法三六条の趣旨と合致しない独自の見解というほかない。以上のとおり、原告の反論1は失当といわざるをえない。
原告は、その反論2において、被告の採つた相当な退職金額の判定方法の合理性について、(一)退職の事情特に業務上の死亡であることが考慮されていない。(二)事業規模の区分結果が売上高の大小と一致せず、不合理である。(三)功績倍率算出に用いられた勤続年数が役員としての在職年数のみではない疑いがある。(四)当該役員のその法人の中で占める地位の大きさが考慮されるべきである、と主張する。
しかしながら、まず、退職の事情は、弔慰金の損金算入の認容の形で考慮されており、かつ、これで足りるというべきである。次に、事業規模の類似性は、売上金額に営業活動の結果たる所得金額や所得のうち法人の内部に留保された利益積立金の増加額をも加えて総合的に判定すべく、規模順位と売上高の順位とに不一致の例があるからといつて、右判定方法が不合理であるということにはならない。更に、当該役員のその法人の中で占める地位の大きさなるものも、ことが法人税法三六条の役員退職給与の損金性判定の問題である以上、役員の法人に対する役員としての役務提供による貢献度として捕えられるべきものであつて、当該役員が法人の創立者であることや法人資産の実質的帰属主体であることを加味考慮すべきではない。なお、勤続年数の点は、前記のとおり当裁判所がI法人を除外して判断しているので、意味をもたない。以上のとおり原告の反論2もまた理由がない。
原告は、その反論3において、原告が勇治の遺族に対し受取保険金を支払つたについては、勇治の遺族に対する損害賠償金支払の趣旨が含まれていたのであるから、支払額全額が損金に算入されるべきであると主張する。しかしながら、原告の主張する損害賠償請求権の法的根拠、発生原因については必ずしも明らかであるとはいい難く、<証拠略>を総合すると、本件事故の発生した作業現場において、当時の原告の代表取締役であつた勇治が、ヒユーム管が落下する危険があるため立入るべきでない掘削中の井戸の穴の中に自ら立ち入つたことが本件死亡事故の一因と認められ、本件事故は、原告の当時の代表取締役である勇治自身の注意義務違反に起因するものであることが明らかである。右の事情からすれば、法的主張を債務不履行、不法行為のいずれに構成するとしても、勇治の遺族が原告に対し損害賠償請求権を取得したものとは認め難く、他に右請求権の発生を認めるに足りる証拠もないから、原告の右主張は、前提を欠き失当である。
(4) そうすると、前記六二八五万九九九九円のうち、法人税法三六条及び同施行令七二条の規定に基づき役員に対する退職給与として相当である金額は一二四万三二〇〇円と認められ、その余の六一六一万六七九九円については不相当に高額な役員退職給与として損金不算入とされるべきこととなる。
4 原告の昭和五一年一〇月期分法人税を昭和五三年一一月三〇日付けで減算更正したことにより生じた繰越欠損金の損金算入額が六万二四七八円であることは、当事者間に争いがない。
5 以上認定の結果からすれば、原告の本件事業年度分の所得金額は、修正申告による所得金額二八八三万七七九〇円に、役員退職給与の損金不算入額七〇八四万七八〇〇円(損金経理をしなかつた九二三万一〇〇一円と過大な六一六一万六七九九円の合計)を加え、繰越欠損金の損金算入額六万二四七八円を控除した九九六二万三一一二円となるところ、本件更正等処分は、右金額の範囲内である七八〇六万六三一二円を原告の所得金額としているのであるから、右更正等処分には違法の点はないというべきである。
三 以上の次第で、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 秋元隆男 辻次郎 岡田信)
別表 <略>