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長野地方裁判所 昭和57年(ワ)259号 判決 1983年5月17日

原告

藤丸義忠

ほか三名

被告

北沢明

主文

一  被告は、原告藤丸義忠に対し金六〇〇万六〇九三円及びこれに対する昭和五七年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告藤丸幸夫、同藤丸今朝芳及び同宮嵜智威子のそれぞれに対し各金三四〇万二八七八円及びこれに対する昭和五七年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告藤丸義忠(以下原告義忠という)に対し、金七七四万三九八四円及びこれに対する昭和五七年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告藤丸幸夫(以下原告幸夫という)、同藤丸今朝芳(以下原告今朝芳という)及び宮嵜智威子(以下原告智威子という)それぞれに対し、各金四二三万一三二八円及びこれに対する昭和五七年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  右1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

(被告は、第一回口頭弁論期日に、答弁書に基づいて、請求の一部認諾のごとき陳述をしているが、これに併せて相当な過失相殺がなされるべき旨の主張もしているので、右陳述を一部認諾と解することはできない。)

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの血縁関係

原告義忠は、訴外亡藤丸ひさ子(以下亡ひさ子という)死亡当時の夫、原告幸夫、同今朝芳及び同智威子は、いずれも亡ひさ子の子である。

2  本件交通事故の発生(以下この交通事故を本件事故という)

(一) 日時 昭和五七年一月一八日午後六時ころ

(二) 場所 長野市大字安茂里五四三〇―一先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(長野五六て三一七〇、以下加害車両という)

右運転者 被告

(四) 被害者 藤丸ひさ子(亡ひさ子、当時五八歳)

(五) 態様 被告は、加害車両を運転し前記場所を小市橋方面に向つて進行していた際、同所を加害車両からみて右から左に横断中の亡ひさ子に同車両を衝突させ、同人を約三〇メートル跳飛ばして死亡させた。

3  責任原因

被告は、加害車両を所有する者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 亡ひさ子の逸失利益

(1) 昭和五四年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の年齢階級別平均給与額を一・〇六七四倍したものをもとにして作成された、日弁連交通事故相談センター交通事故損害額算定基準八訂版六八頁掲載の年齢別平均給与額表によれば、五八歳の女子の平均給与は、月額一五万五三〇〇円となつている。そこで、亡ひさ子につき、右の平均給与額を基礎とし、生活費控除率を四〇パーセントとして、六七歳まで(就労可能年数九年)の逸失利益の現価をホフマン方式により算出すると、八一三万七九六八円となる。(計算方式は、別紙計算表のとおり)

(2) 右逸失利益を原告義忠において四〇六万八九八四円、原告幸夫、同今朝芳及び同智威子においてそれぞれ一三五万六三二八円宛相続により承継取得した。

(二) 慰藉料

亡ひさ子の死亡により原告らが夫、子として受けた精神的苦痛は甚大であり、原告ら各自の右苦痛を慰藉すべき金員の額はそれぞれ金二五〇万円を下らない。

(三) 葬儀費用

亡ひさ子の葬儀費用として原告義忠は、九六万四七五円を負担支出した。但し、本訴においては内金八〇万円を請求する。

(四) 弁護士費用

原告らが本件訴訟において負担すべき弁護士費用は一五〇万円(各自三七万五〇〇〇円)である。

5  よつて、いずれも被告に対し、原告義忠は、本件事故に基づく損害賠償金七七四万三九八四円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告幸夫、同今朝芳及び同智威子は、各自、本件事故に基づく損害賠償金四二三万一三二八円及びこれに対する前記の昭和五七年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3はいずれも認める。

2(一)  同4(一)(1)は、亡ひさ子の逸失利益が六七九万円を上廻らないとの限度で認める、同4(一)(2)は原告らがその主張のような相続人の地位にあることは認める。

(二)  同4(二)の慰藉料額は、原告ら四名分合計額として九〇〇万円の限度で認める。

(三)  同4(三)の支出された葬儀費用の額は不知、被告が賠償すべき相当額の上限は五〇万円である。

(四)  弁護士費用の額は争う。被告は、本訴提起前、原告らに対し総計一五二九万円の支払を申出ていたものであるから、実質的係争額に照らし原告らの請求額は不相当である。

三  抗弁

本件事故は、加害車両の約五六メートル前方を先行し、本件事故付近で右折して行つた訴外の車両の後を横断していた亡ひさ子に、加害車両が衝突したものである。

当時は、日没後で付近に照明もなく、事故現場は暗かつたから、加害車両の運転者からは横断歩行者の発見が困難な反面、歩行者からは加害車両の前照灯によつてその進行状況が充分把握できたもので、しかも道路の幅員は約七・四五メートルである。したがつて、亡ひさ子は、右のような状況下の道路横断歩行者に求められる安全確認義務をつくさなかつたというべきであるから、相当な過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

本件事故は、日没後で暗く雪が降り始めていたのに、被告において制限速度を三〇キロメートル以上超過して走行し、かつ先行車の右折に気をとられて、亡ひさ子が、道路中央線を越えて、自車の進路上に進出してきていることに直近に至るまで気付かなかつたことが原因となつて発生したものであり、亡ひさ子は、その日頃の行動態度からいつて、今回も慎重に横断し、車道へのとび出しなどはなかつたと考えられる。したがつて、亡ひさ子にはなんら過失はない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1(原告らの血縁関係)、同2(本件事故の発生)及び同3(責任原因)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  損害について

1  逸失利益

(一)  年齢五八歳の女子労働者の平均給与月額としては、原告ら主張の一五万五三〇〇円を合理的なものとして採用すべきものであるが、文書の趣旨方式により真正に成立したと認められる甲第九号証及び原告幸夫本人の尋問の結果によれば、亡ひさ子が訴外株式会社シユーマートから昭和五六年中に支払を受けた給料は一〇五万四五四四円(一か月平均八万七八七八円)であることが認められる。しかしながら、右本人尋問の結果によれば、亡ひさ子は、右訴外会社に勤務するとともに、夫である原告義忠と家庭を営み、主婦として家事労働に従事していたこと、亡ひさ子は、聴力障害があつて常時補聴器を使用していたけれども、前記訴外会社において約一五年間働いていたし、原告義忠以外の三名の原告らを育てあげてもおり、日常生活にも特に支障はなかつたことが認められるから、亡ひさ子の逸失利益を算定するについては、前記の女子労働者の平均給与月額である一五万五三〇〇円を基礎とするのが相当である。

そこで生活費控除率を四〇パーセントとし、就労可能年数を六七歳までの九年として新ホフマン式によつて中間利息を控除して亡ひさ子の逸失利益の現価を算定すると、別紙計算表のとおり、八一三万七九六八円となる。

(二)  原告らと亡ひさ子との血縁関係は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証によると、亡ひさ子には他に相続人がないことが認められる。したがつて、原告らは、亡ひさ子の右逸失利益を法定相続分に応じ承継取得したものであつて、ひとまずその額の計算を試みれば、原告義忠金四〇六万八九八四円、その余の原告ら各自金一三五万六三二八円である。

2  慰藉料

本件事故の態様、亡ひさ子の年齢、原告らの血縁関係など本件にあらわれた諸般の事情を総合すると、原告らが被つた精神的苦痛を慰藉するに相当な金員の額は、原告各自につき金二五〇万円と認められる。

3  葬儀費用

原告幸夫本人の尋問の結果によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第七号証の一ないし一一、一四、二四、右本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告義忠は、本件事故の翌日の昭和五七年一月一九日亡ひさ子の葬儀をとり行ない、葬祭費として計三四万九九五〇円を負担支払つたことが認められる。原告幸夫本人の尋問の結果によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第七号証の一二、一三、一五ないし二三及び右本人尋問の結果によれば、原告義忠は、亡ひさ子の葬儀に関連する費用として、前記認定の三四万九九五〇円のほかに、計六一万五二五円を支出したことが認められるが、これらは香典返し、会葬者接待費、年忌供養費などであるから、被告の負担に帰せしめるべき葬祭費にあたらない。しかして、他に、前記認定の葬祭費の額をこえる費用の支出があつたことを認めるに足りる証拠はない。

三  抗弁について

1  いずれも成立に争いのない、甲第六号証及び乙第一号証、原告幸夫本人の尋問の結果により本件事故現場とその付近の写真であると認められる甲第五号証の一ないし六、並びに被告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は、この現場付近ではほぼ東西に走る長野市内の県道川中島停車線上で、右道路全幅員は約九・九五メートル、歩車道の区別があり、車道部分の幅員は約七・四五メートルで、片側(北側)に設けられた歩道の幅員は約二・五メートルである。同所は、道路が直線で見とおしは良く、制限時速四〇キロメートル、はみ出し禁止及び駐車禁止の規制があり、信号機・横断歩道の設置はなく、車道路面は平坦なアスフアルト舗装で、事故当時は雪が舞い始めたばかりで、路面は乾燥していた。

そして、本件事故現場の県道南側に接続して、南方へ通じる私道があり、被告は、毎日本件現場を走行していたので、右私道の存在及び私道へ入るため県道を横断する者のあることはかねてから知つていた。

(二)  事故当時は日没後であたりは暗く、被告は、加害車両の前照灯を点灯して前記道路を東から西へ向けて進行してきたが、先行車があつたため、前照灯は下向にしていた。被告が左側車線上を、加害車両を時速約七〇キロメートルの速度で運転して本件事故現場に接近しつつあつたとき、右現場付近で先行車が右折を開始したのであるが、被告はその約五六メートル手前でこれを視認しており、右先行車が車道を出るまでその動向に注意を払つていたため、加害車両の進路方向に目を戻した際はじめて約一五メートル前方に亡ひさ子を認めた。そこで被告は、急制動の措置をとつたがもとより間に合わず、加害車両の進路を変更するいとまもないままに、同車両の左前部前照灯付近を亡ひさ子に衝突させた。

(三)  亡ひさ子は、県道の歩道を東から西へ歩いてきて、本件事故現場において北から南へ車道を横断し、(一)に認定の私道を利用して自宅へ帰宅する途中本件事故に遭遇したもので、加害車両に衝突された地点は、道路中央線をこえ南側車線(加害車両の走行車線)の半ば以上まで進んだ位置であつた。亡ひさ子は、常時補聴器を使用しているので、日頃周囲に気を配りつつ慎重に行動していた。

前掲甲第六号証には、被告が亡ひさ子に気付いたとき同人は道路中央線付近にいたとの記載があり、被告本人尋問の結果中には、亡ひさ子の位置については右と同旨の、また亡ひさ子の横断方法につき小走りであつた、あるいはとび出したとの供述が存するが、右記載及び供述はいずれもにわかに措信できない。

右に認定の(一)ないし(三)の事実関係からすれば、本件事故の主たる原因は、被告の前方注視不十分及び法定速度をもこえた高速運転にあることが明らかである。しかしながら、亡ひさ子が道路を横断するについてとつた具体的行動は詳らかでないものの、亡ひさ子からは、加害車両が本件事故現場に接近しつつあること及び同車両がかなり高速で走行してくることはたやすく認識しえた状況にあつたし、横断しようとする場所が暗く横断歩道でもなかつたことからして、亡ひさ子についても道路の安全を確認して歩行横断すべき注意義務を怠つたものといわざるをえない。

そうすると本件損害額の算定にあたり、亡ひさ子の過失を斟酌すべきこととなるが、前記認定のすべての事情を考慮し、特に、亡ひさ子については夜間であること及び直前横断であることを、被告についてはその過失が著しいことをそれぞれ勘案すると、減額の割合は一五パーセントとするのが相当であると認められる。

2  そこで前記二に認定の損害の項目毎に右の割合による減額後の額を算定すると次のとおりである。(円未満切捨)

(一)  逸失利益

原告義忠分 金三四五万八六三六円

その余の原告ら分 各金一一五万二八七八円

(二)  慰藉料

原告ら各自につき 各金二一二万五〇〇〇円

(三)  葬儀費用

原告義忠につき 金二九万七四五七円

四  弁護士費用について

原告らが本訴の提起、追行を本件訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であり、弁論の全趣旨によれば、原告らは弁護士費用を平等に負担する約定であることが認められる。

ところで、弁論の全趣旨によれば、被告は、本訴提起前において原告らに対し、総計一五二九万円の限度で支払に応じる用意がある旨及び被告なりの積算としては、本件は過失相殺を相当とする事案を考えるので、右金額を下廻つているものである旨を告知していたこと(右は、原告らが被告の提供を受入れず争訟となれば、被告において過失相殺を主張するとの意向をあらかじめ表明したものと解される。)が認められ、本訴において、原告らは、はじめ弁護士費用を除く損害の総計として一七九五万九八〇四円を主張し(但し請求の趣旨にあつては端数切捨ての関係で一七九五万九八〇二円)、ついで訴を変更して総計額を一八九三万七九六八円とあらためたことは本件記録上明らかである。そして、当裁判所の判断は、前記第二、三項に判示のとおり、弁護士費用を除いた損害の総計として、過失相殺前の額を金一八四八万七九一八円と、過失相殺による減額後の認容額を金一五七一万四七二七円(円未満切捨の関係で前者の八五パーセント相当の金額とは三円の差を生じている。)とそれぞれ認定するものである。

右にみたとおり、被告が原告らに対し本訴が提起されるまでに提示した賠償額と認容額との差は僅少であるけれども、被告の右提示が、支払意思のある最高限度額としての提示であつたことからすれば、提示額と認容額の差額のみを弁護士費用算定の基礎とすることはできない。そこで、前記事情をも勘案しつつ、本件事案及び審理の内容経過等を検討すれば、本件にあつては、金五〇万円(原告ら各自一二万五〇〇〇円)をもつて、被告に負担させるべき弁護士費用とするのが相当である。

五  結論

以上認定のとおりとすれば、被告は、原告義忠に対し金六〇〇万六〇九三円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、その余の原告ら各自に対しそれぞれ金三四〇万二八七八円及びこれに対する昭和五七年一月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払をなすべき義務がある。

よつて、原告らの本訴各請求は右の限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条をそれぞれ適用し、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋元隆男)

計算表

155,300×12×(1-0.4)×7.278=8,137,968

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