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長野地方裁判所 昭和57年(行ウ)2号 判決 1991年4月25日

長野県諏訪郡富士見町乙事五〇〇八-三

原告

井内清郎

右訴訟代理人弁護士

木嶋日出夫

右同

毛利正道

右同

林豊太郎

長野県諏訪市清水二-五-二二

被告

諏訪税務署長 中村信行

右指定代理人

齋藤隆

右同

北島詔三

右同

新井宏

右同

石和田一郎

右同

服部重雄

右同

嶋田恵一

右同

小林勝

主文

一  本件訴えのうち、

1  昭和五一年分所得税の更正処分につき、総所得金額一三五万六八四八円を超えない部分

2  昭和五二年分所得税の更正処分につき、総所得金額一五二万九六八六円を超えない部分及び四七〇万四九一七円を超える部分

3  昭和五三年分所得税の更正処分につき、総所得金額一九四万二五〇一円を超えない部分及び四九三万三〇四〇円を超える部分

の各取消しを求める部分をいずれも却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、昭和五四年一二月二二日付でなした原告の昭和五一年分、昭和五二年分及び昭和五三年分所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分はいずれもこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、住所地において、土木工事業を営む者であるが、昭和五一年分、同五二年分、同五三年分の所得税について、原告のした青色申告書以外の申告書による確定申告、これに対する被告の各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定処分(以下、右の各更正処分を「本件各更正」、右の各過少申告加算税の賦課決定処分を「本件各決定」という。)並びに国税不服審判所長がした審査裁決の経緯は、別紙1ないし3のとおりである。

2  原告は、いずれの年度も実額により、確定申告を行い、推計の必要性がないにもかかわらず、被告は推計により本件各更正及び各決定を行ったもので、違法である。

よって、本件各更正及び各決定の取消しを求める。

二  本案前の被告の主張

原告の確定申告によって確定した納税義務については、原告はもはや争い得ないものであり、また、審査請求についての裁決によって取り消された部分についてはすでに納税義務が消滅しているのであるから、本件各更正のうち右部分についてはその取消しを求める法律上の利益がないから、本件各訴えのうち昭和五一年分所得税の更正処分につき総所得金額一三五万六八四八円を超えない部分、昭和五二年分所得税の更正処分につき総所得金額一五二万九六八六円を超えない部分及び四七〇万四九一七円を超える部分、昭和五三年分所得税の更正処分につき総所得金額一九四万二五〇一円を超えない部分及び四九三万三〇四〇円を超える部分の取消しを求める部分は、不適法というべきである。

三  請求原因に対する認否

同1の事実は認めるが、同2の主張は争う。

第三被告の主張

原告の昭和五一年ないし昭和五三年の各年分の所得金額は、それぞれ五三二万二二五五円、六六九万八一二七円及び六三六万三六四七円であるから、いずれもその範囲内でされた本件各更正及びこれを前提とする本件各決定に違法はない。

一  本件課税処分に至るまでの原告に対する調査の経緯について

1  原告は、住所地において土木業を営み、青色申告書以外の申告書(いわゆる白色申告書)で申告をする者であるが、昭和五一年分ないし昭和五三年分(以下「本件係争各年分」という。)の所得税について、被告に対し別紙1ないし3各表の「確定申告」欄に記載のとおりの確定申告書を提出した。

被告が、右各申告書の内容を検討したところ、本件係争各年分とも、その申告所得金額が同業者と比較して過少ではないかとの疑いがもたれ、また、原告は当時住宅を新築したが、その資金の出所が不明確であったこと及び原告の事業開始以来、原告の所得税についての調査が全く行われていなかったことなどから、原告の本件係争各年分の所得税について調査を実施することとした。

2  被告は、原告の本件係争各年分の事業所得について調査するため、昭和五四年五月二一日を始めとして被告所部係官(以下「係官」という。)を所得税調査のために原告宅に赴かせたが、「田植えが終わらなければだめだ。」と協力を得られず、その後の同月三一日の調査においても、原告は、自宅ではなく、乙事公民館での諏訪地方民主商工会(以下「民商」という。)の副会長や会員の立会いの下での調査を要求し、同年六月一二日の調査においても民商会員ら四名が原告宅に待機しており、係官の調査協力の要請にも全く応じなかった。さらに同年七月一九日に係官は原告宅に赴いたが、その際、原告の妻が民商会員の調査の立会いの点に触れたため、係官は「調査内容が取引先の第三者の秘密に亘ることがあります。これらの秘密が立会人等に漏れれば、私達は守秘義務違反になると思われますから、法的に守秘義務のない第三者の立会いを認めることはできません。」と説明し、また、次回には帳簿とか資料を提示して調査に応じて欲しいということ及び調査に応じてもらえる日を一両日中に連絡してほしいということを原告に伝えるよう依頼した。係官らは、原告から連絡のあった同月三一日、原告宅を訪れたが、原告から民商会員の立会いを認めて欲しい旨の申し出があり、それに対し、係官が立会いを認めることはできない旨告げると、奥で待機していた民商会員が現れ、立会いを認めるよう求めたり、申告内容に誤りはない等の発言をして騒然となったため、係官は、このような状態の下では調査を進めることができないと判断し、署独自の方法で調査する旨を原告に伝えた。その後も、係官は原告に調査に協力するよう要請したが、原告は同年八月二三日に来署してこれを拒否する旨述べた。かかる状況から、実額による所得金額を算出することは不可能であったため、被告はやむなく原告の取引先に対する反面調査等の結果判明した原告の本件係争各年分の収入金額を基礎に同業者の平均所得率を用いて、その所得金額を以下二のとおり算定したものである。

二  被告が本訴において主張する原告の本件係争各年分の事業所得の金額は、次のとおりである。

なお、被告は、前記一で述べたとおり、原告の係争各年分の事業所得の金額を実額によって算定することができなかったので、所得税法一五六条の規定に基づき、これを推計によって算定したものである。

1  昭和五一年分の事業所得の金額 五三二万二二五五円

<省略>

その内容は、次のとおりである。

(一) 総収入金額 五、九一一万四二〇七円

内訳は、次表のとおりである。

<省略>

(なお、本訴において被告が原告の係争各年分の総収入金額として主張する金額は、いずれも、少なくともそれだけはあったというものであり、決してそれのみであったというものではない。)

(1) 藤森土木建設(株) 五五〇八万四二〇七円

この金額は、原告の取引先である藤森土木建設株式会社(以下「藤森土木」という。)に対する調査の結果に基づいて算定した。

(2) 乙事区 五二万二〇〇〇円

この金額は、乙事区長に対する調査の結果に基づいて算定した。

(3) 三井照繁 五五万七三〇〇円

名取増昭 六万円

青木孝江 一二三万円

(株)渡辺水道工業所 一二万円

原田 三一万円

北原富士男 七〇万円

その他庭先工事 五三万〇七〇〇円

これらの金額は、いずれも、審査請求の段階で原告自身が認めたものである。

(二) 同業者の平均所得率 九・六八パーセント

被告が本件係争各年分の事業所得の金額の推計に用いた同業者の平均所得率(ここでいう所得率とは、事業所得の総収入金額から必要経費(所得税法五七条三項に規定する事業専従者控除額を除く。)を控除した金額が事業所得の総収入金額中に占める割合である。)は、原告と同種の事業を営む者の所得率の平均値を統計額上一般に認められている方法によって算出したものであり、その結果は、別紙4ないし6に記載のとおりであるが、同業者の抽出基準及び同業者の平均所得率の算出方法について説明すると次のとおりである。

(1) 同業者の抽出基準について

被告が同業者の平均所得率を算出するために抽出した同業者は、原告の住所地(納税地)を所轄する諏訪税務署管内に事業所を有し、係争各年中に原告と同種の事業を営んでいた個人事業者で、かつ、次の<1>ないし<4>のいずれの条件にも該当する者(以下「同業者」という。)である。

<1> 係争各年分について、暦年を通じて事業を継続して営んでいた者であること。

<2> 所得税青色申告書を提出していた者であること。

<3> 青色事業専従者給与の支払があり、かつ、女性の青色専従者一名以上を有していた者であること。

<4> 税務署長が更正又は決定処分を行った者のうち、国税通則法の規定に基づく不服申立期間及び出訴期間を経過していない者並びに当該処分に対して不服申立てを行い、現在審理中の者又は訴訟係属中の者でないこと。

右方法で抽出した各同業者の収入金額及び所得金額から求めた各所得率は、別紙4ないし6の各(1)・<4>所得率欄に記載のとおりであり、これを同業者の平均所得率を算出するための基礎係数(後記(2)では右各所得率を「基礎係数」という。)とした。

(2) 同業者の平均所得率の算出方法について

前記(1)の方法で算出した基礎係数の中に異例の数値が含まれている場合には、これを単純に算術平均して得られた数値を適正な平均値と評価することができないので、被告は、統計学上一般に認められている方式を用いて異例値を除外した上で平均値を求めた。その方式は、まず、基礎係数の算術平均(別紙4ないし6の各(1)の順号15)を求め、これと各基礎係数との開差、いわゆる偏差を算出し(同<5>)、次にこの偏差を自乗したもの(同<6>)を算術平均して得た数値を平方に開いて所得率の標準偏差(同順号16)を求め、これに統計学上一般に用いられている正規分布の係数一・五を乗じて限界値を求める(同(2)の順号3、これによって集団値の八六・六パーセントの範囲が採用される。)、更に基礎係数の算術平均に右限界値を加算若しくは減算することによって適正な平均値を得るのに有効な基礎係数の上限及び下限を求め(同順号5及び6)、右上限値と下限値の範囲外の基礎係数を除外して、その範囲内にある基礎係数のみに基づいて平均値(同業者の平均所得率)を計算した(同(3)の順号5)。

(三) 事業専従者控除前の所得の金額 五七二万二二五五円

前記(一)の総収入金額五九一一万四二〇七円に前記(二)の平均所得率九・六八パーセントを乗じて算出した金額である。

(四) 事業専従者控除額 四〇万円

所得税法五七条三項の規定に該当する原告の事業に従事していた井内久美子に係る事業専従者控除額である。

(五) 事業所得の金額 五三二万二二五五円

事業所得の金額は、前記(三)の事業専従者控除前の所得の金額五七二万二二五二円から前記(四)の事業専従者控除額四〇万円を控除した金額である。

2  昭和五二年分の事業所得の金額 六六九万八一二七円

<省略>

その内容は、次のとおりである。

(一) 総収入金額 七二五万七九九四円

内訳は、次表のとおりである。

<省略>

(1) 藤森土木 六六七二万三九四四円

算定方法は、前記1・(一)・(1)と同様である。

(2) 乙事区 三三三万円

算定方法は、前記1・(一)・(2)と同様である。

(3) (有)雨宮興業 三一万四〇〇〇円

この金額は、有限会社雨宮興業に対する調査の結果に基づいて算定した。

(4) 前島五平 三〇万円

乙事沢組 二〇万円

五味正 五〇万円

その他庭先工事 一二一万〇〇五〇円

これらの金額については、前記1・(一)・(3)と同様である。

(二) 平均所得率 九・七八パーセント

前記1・(二)に記載のとおりである。

(三) 事業専従者控除前の所得の金額 七〇九万八一二七円

前記(一)の総収入金額七二五七万七九九四円に前記(二)の平均所得率九・七八パーセントを乗じて算出した金額である。

(四) 事業専従者控除額 四〇万円

前記1・(四)と同様である。

(五) 事業所得の金額 六六九万八一二七円

事業所得の金額は、前記(三)の事業専従者控除前の所得の金額七〇九万八一二七円から前記(四)の事業専従者控除額四〇万円を控除した金額である。

3  昭和五三年分の事業所得の金額 六三六万三六四七円

<省略>

その内容は、次のとおりである。

(一) 総収入金額 六七七〇万四一七五円

内訳は、次表のとおりである。

<省略>

(1) 藤森土木 六五一五万二八五五円

算定方法は、前記1・(一)・(1)と同様である。

(2) 乙事区 三八万円

算定方法は、前記1・(一)・(2)と同様である。

(3) 伊藤建設工業 三六万六三二〇円

(株)泉野製材 四〇万円

これらの金額は、伊藤建設工業らに対する調査の結果に基づいて算定した。

なお、右のうち株式会社泉野製材分は、審査請求の段階で原告が認めたものである。

(4) 丸新建設 六五万円

五味英一 三〇万円

五味繁彦 二五万円

乙事農協 一二万円

小林四郎 八万五〇〇〇円

これらの金額については、前記1・(一)・(3)と同様である。

(二) 平均所得率 九・九九パーセント

前記1・(二)に記載のとおりである。

(三) 事業専従者控除前の所得の金額 六七六万三六四七円

前記(一)の総収入金額六七七〇万四一七五円に前記(二)の平均所得率九・九九パーセントを乗じて算出した金額である。

(四) 事業専従者控除額 四〇万円

前記1・(四)と同様である。

(五) 事業所得の金額 六三六万三六四七円

事業所得の金額は、前記(三)の事業専従者控除前の所得の金額六七六万三六四七円から前記(四)の事業専従者控除額四〇万円を控除した金額である。

三  本件各更正の適法性について

以上二で述べたとおり、被告が本訴において主張する原告の係争各年分の事業所得の金額は、それぞれ次表のとおりであって、もとよりその推計方法は合理的であり、本件各更正(裁決によって取り消された部分を除く。)の事業所得の金額は、次表のとおりいずれも右主張額の範囲内にある(なお、譲渡所得金額は原告のした確定申告額のとおりである。)から、右各更正は適法である(なお、後記本件各決定も含め、本件各課税処分には手続上も違法な点はない。)。

<省略>

四  本件各決定の根拠及び適法性

原告は、昭和五一年分ないし昭和五三年分の事業所得の金額として、前記二で主張した所得があったにもかかわらず、これを過少に申告していた。よって、被告は、国税通則法六五条の規定に基づき右年分の本件更正により増加した各年分の所得税額(裁決で一部取消後のもの。)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額に相当する本件各過少申告加算税を賦課決定したものである。

よって、本件各決定も適法である。

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論

一  被告の主張に対する原告の認否

1  第三、一、1のうち、原告の所得が同業者と比較して過少であること、住宅資金の出所が不明確であることは否認し、その余は認める。

2  第三、1、2のうち、各日時に、係官が調査のため原告宅を訪れたこと及び原告らか調査に立会人を同席させることを要求したことは認めるが、その余は否認する。

3  同二の各年度の(一)総収入金額は否認する。

昭和五一年度の総収入金額の内訳のうち<2>ないし<9>は認める。<1>の藤森土木からの収入金額は二〇六九万九八四二円である。

昭和五二年分の総収入金額の内訳のうち<2>ないし<9>は認める。<1>の藤森土木からの収入金額は二二七二万五九五一円である。

昭和五三年分の総収入金額の内訳のうち<2>ないし<9>は認める。<1>の藤森土木からの収入金額は三二〇七万〇八七一円である。

各年度の(二)同業者の平均所得率及び(三)事業専従者控除前の所得の金額は争う。各年度の(四)事業専従者控除額は認める。各年度の(五)事業所得の金額は争う。

4  本件各更正の推計の合理性は争う。

5  本件各決定は、本税についての更正処分が違法であるから、それに伴い違法となる。

二  被告の主張に対する原告の反論

1  国民主権下では自主申告により課税金額を確定することを原則とし(国税通則法一六条)、右自主申告権は憲法上の権利(憲法一三条、一条、一五条、二九条、三一条、八四条)である。これに対し、所得税法二三四条一項の質問検査権は、自主申告権を打ち破る例外的な手続であるから、その行使に当たっては、その例外的な手続に着手する客観的な必要性を要するとともに、これを納税者にきちんと告知し、加えて十分な権利保護手続を必要とすると解すべきである。

そこで質問検査権は、刑罰による間接強制はあるが、納税者が調査に応じることを拒むときは強制できないので、納税者の承諾があって始めて行使しうるものである。また、納税者の承諾に係るものである以上、基本的には、納税者は第三者の立会いの下に限るなど自己の望む方法、条件によって調査を受けることも自由なはずであり、調査官は、正当な理由がなければこれを拒めないと解すべきである。

また、現実には、質問検査権が密室で強権的に行われるため、公務執行妨害などの犯罪を誘発しやすく、また不当、違法な税務調査が数々行われていることなどから、税務調査権行使の場において納税者に告知、弁解、防御の機会を十分保障することが重要である。そのためにも納税者が信頼できる第三者の立会いが不可欠である。納税者が税務調査において第三者の立会いを求めること(立会権)は、財産権の保障を定めた憲法二九条、適正手続の保障を定めた同三一条、自由幸福追求権を定めた同一三条並びに国民主権(同一条、同一五条)主義から認められる憲法上の権利である。

そこで、被告の主張では調査を行う必要性が認められない。すなわち、所得税法二三四条の税務署の当該係官の質問検査は、「必要があるとき」に限り行えるのであって、「必要があるとき」とは、「申告が過少であると疑うに足りる相当な理由があるとき」を意味し、長年調査を行っていないということは、調査の開始事由には該らない。

また、調査が円滑に進行しなかった原因は、係官が、原告の権利である立会権を否認し、調査理由を開示しなかったことや調査の事前通知を怠ったこと等に基因するものであり、こうしたことがなければ調査は円滑に進めることが可能であった。

それゆえ、推計課税の必要性はなかったといわなければならない。

2  藤森土木からの収入については、被告が主張している藤森土木が立替払いしていたと主張している材料費等を含めた金額ではなく、原告が現実に受領していた金額とすべきである。

3  推計の合理性について

被告の比準同業者の抽出基準は、土木工事業の営業形態が様々であるのにこの点が考慮されていないので、合理性に欠ける。すなわち、土木工事業においては<1>元請、<2>材料持ちの下請、<3>手間請(一つの工事全体の完成を労務費総額いくらで請け負う。)、<4>一つの工事全体の完成まで労務を提供することを請け負うが、請負代金は出来高制をとる形態、<5>常傭的色彩が極めて濃い人夫回し(人足頭)形態、<6>孫請等々の営業形態がある。その営業形態に応じて、所得率が、著しく異なることは推測に難くない。そして原告の場合は右<4>の営業形態を採っていたのである。それゆえ、被告が、藤森土木からの収入について材料費等を原告の負担とみるということであれば、藤森土木との取引金額についてだけは、製造原価としての原材料費が相当程度ある同業者のみの中から、しかも元請形態の者を除いた同業者を比準同業者とすべきである。

また、より実体に迫る推計を得るには、<1>右の方法で抽出した同業者について総収入額かち右「原材料費」の金額を差し引いた金額を収入金額とし、<2>特前所得金額のこの収入金額に対する割合を出し、<3>その割合の同業者平均を算出し、<4>次に、原告について、材料費等を含んだ藤森土木からの収入金額から、材料費のみを差し引き、<5>この<4>の数値に、<3>の平均値を乗ずるという方法を採るべきである。

第五原告の反論に対する被告の再反論

一  原告は、所得税法二三四条一項に基づく調査について、長年調査を行っていなかったということは調査が必要であったということの理由にはならないとか、納税者は調査に際して立会人を求める権利があるとか、調査に際しては事前の通知や調査理由の開示が必要であると主張している。

しかしながら、所得税法の右規定の解釈については、既に最高裁判所昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定(刑集二七巻七号一二〇五ページ)が、「国税庁、国税局または税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、相手方の事業の形態等諸般の具体的事情に鑑がみ、客観的な必要性があると判断される場合には……職権調査の一方法として、同条一項各号規定の者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまるかぎり、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられているものと解すべく、また、暦年終了前または確定申告期間経過前といえども質問検査が法律上許されないものではなく、実施の日時場所の事前通知、調査の理由および必要性の個別的、具体的な告知のごときも、質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではない。」と判示した(更に、その後、課税訴訟でも、同裁判所昭和五八年七月一四日第一小法廷判決(昭和五四年(行ツ)第二〇号)が、右規定と同趣旨の昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法六三条の規定の解釈として、前記刑事事件の決定で示された考え方と全く同内容(文言もほとんど同じ)の判示をしている。)とおりと解するのが相当であって、こうした考え方と異なる原告の前記各主張はいずれも失当である。

二  推計の必要性及び合理性について

1  被告が原告の本件各係争年分の事業所得の金額をいずれも推計の方法によって算定したのは、係官が原告の所得金額の調査のため、原告宅に臨場して原告に帳簿等資料の提示を求めたのに対し、原告は、右係官の退席要求にもかかわらず調査に関係のない第三者を立ち会わせ、第三者の立会いと調査理由の開示を求めるばかりで帳簿等資料を提示せず、また、係官の質問調査に対しても何ら具体的に答述しなかったことから、原告の所得を実額で算出することが不可能であったためである。

ところで、調査に際して調査理由を開示する必要がないことは前記一のとおりであり、また、税務職員に課せられた守秘義務の見地から調査に関係のない第三者の立会いを拒否し、その退席を求めることは相当な処置であって、何ら違法ではなく、したがって、いたずらに第三者の立会いを要求して、これが入れられない限り調査に応じられないとの態度を譲らない納税者に対し、実額による所得の算定が不可能ないし著しく困難であるとして推計の方法により所得を算定することが違法でないことは明らかである。

したがって、前記のような事情の存する本件において被告が推計の方法により原告の所得金額を算定したのは相当である。

2  被告は、原告の本件各係争年分の事業所得の金額をいずれも同業者の平均所得率を適用して算定しているところ、右各平均所得率の算定の基となった同業者については、関東信越国税局長が報告を求めた通達(乙第一号証)に基づき、第三の二の1の(二)の(1)の<1>ないし<4>記載の各条件に該当する者を本件各係争年分ごとに抽出したものであり、これを基に統計学上一般に認められている方法により同業者の平均所得率を算出しているのである。したがって、そこに恣意が介在する余地はなく正確性と普遍性が担保されているから、被告の用いた推計には合理性がある。

第六証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因一の1の事実(本件処分の経緯)については、当事者間に争いがない。

二  本案前の主張について

前記一より、本件訴えのうち、原告の別紙1ないし3の各確定申告によって確定した納税義務については、原告はもはや争い得ないものであり、また、別紙2及び3のうち審査請求についての裁決によって取り消された部分についてはすでに納税義務が消滅しているのであり、したがって、原告には、本件各更正のうち、右部分についてはいずれもその取消しを求める法律上の利益がないから、本件訴えのうち昭和五一年分所得税の更正処分につき、総所得金額一三五万六八四八円を超えない部分、昭和五二年分所得税の更正処分につき、総所得金額一五二万九六八六円を超えない部分及び四七〇万四九一七円を超える部分、昭和五三年分所得税の更正処分につき、総所得金額一九四万二五〇一円を超えない部分及び四九三万三〇四〇円を超える部分の取消しを求める部分は、不適法である。

三  本案について

原告は、本件各更正は、調査の必要がないにもかかわらず、被告係官が調査を行おうとし、さらにその際に原告が立会人の権利を主張したにもかかわらず被告がこれを認めなかったため、関係帳簿書類を閲覧もしないで、反面調査により把握した原告の収入金額に基づき本件係争各年分の所得金額を推計等により算定したものてあり、推計の必要性もなく、反面調査により所得金額も過大に認定していることから違法であり、したがってまた、本件各更正を前提としてされた本件各決定も違法である旨主張するので、以下、この点について判断する。

1  推計の必要性について

原告の本人尋問の結果、証人井内久美子(以下「久美子」という。)、同後藤正義、同上原米男の各証言並びに同上原の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証によると、被告主張日時において被告係官が調査のため原告宅を訪問したが、昭和五四年五月二一日の調査においては、調査を後日に改めるよう原告が求め、係官がこれに応じて原告の指定した同月三一日に再度調査のために原告方を訪問したところ、乙事公民館での調査を求められ、さらに原告及び民商会員ら総勢一二名の立会いのもとで調査するよう求められたこと、同年六月一二日の調査においてもあくまで原告が立会人を権利として主張し、複数の民商会員の立会いのもとで帳簿等を閲覧するように求めたこと、同年七月一九日に原告宅を訪問した際には、原告が不在であったが、この時に原告の妻久美子が民商会員らの調査の立会いの点に触れたため、係官が「調査に当たっては、その調査内容が取引先である第三者の秘密に亘ることがあります。これらの秘密が立会人等に漏れれば、守秘義務違反になります。ですから法的に守秘義務のない第三者の立会いを認めることはできません。」と説明して、立会人が立ち会うことなく帳簿や資料を提示して欲しい旨依頼したこと、原告の指定した同月三一日の調査においても民商会員の立会いを原告が求めたこと、係官はいずれの調査日時においても、守秘義務のない第三者の立会いの下では取引先の第三者の秘密が、立会人に漏れて、公務員の守秘義務に違反することになることから調査を行わなかったこと、同年八月二三日には原告及びその妻久美子が来署して「税務署の言っている調査理由ではどうしても納得できないので帳簿類を見せるわけにはいかない。」と述べ、被告係官が調査理由を再度述べて調査協力方の要請を行ったが、原告は協力を拒否したことが認められ、右認定に反する原告本人尋問部分及び証人久美子の証言部分は採用しない。

ところで原告は、所得税法二三四条一項の質問検査について、右条項の定める「必要性」のほかに理由の開示及び事前の通知を要件とし、さらに憲法上の権利としての立会権を主張している。しかし、所得税法二三四条一項に基づく調査については、税務署の調査権限を有する職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申請、申告の体裁内容、帳簿類の記入保存状況、事業の形態等諸般の具体的事情に鑑み、客観的に必要性があると判断される場合には、職権調査の一方法として、同条一項各号規定の者に対し質問し、またはその事業に関する帳簿、書類その他当該調査事項に関連性を有する物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、この場合の質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めのない実施の細目については、右にいう質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度に止まるかぎり、被告係官の合理的な選択に委ねられていると解され、日時場所の事前通知、調査の理由及び必要性の個別、具体的な告知のごときも質問検査を行ううえの法律上一律の要件とされているものではないと解される(最高裁判所昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定、刑集二七巻七号一二〇五頁)ので、これに反する原告の主張は、独自の見解であり、採ることはできない。そして、右認定の事実によると、係官は、原告の指定日に調査を行おうとしたが、いずれも複数の民商会員を調査の立会人として認めるように求められたのであり、守秘義務のない第三者の立会いを認めることにより、原告との取引先の秘密が立会人に漏れて公務員の守秘義務に違反することになると判断して、右立会いを拒否し、実額で算定するに必要な帳簿類や資料の提示を求めたが、原告の協力が得られなかったというものであり、帳簿については原告及び久美子が記帳しているのであるから、調査にあたり立会人を認めなければ、帳簿の説明ができず原告にとって著しく不利益になるとはおよそ考え難く、係官が立会人を拒否したことが前記質問検査権の実施について裁量権の範囲を逸脱ないし濫用したものであるとは認められない。それゆえ、被告が、原告の本件各係争年分の所得を実額により算定することは不可能ないし著しく困難であったので、原告の取引先等の反面調査によって把握した原告の収入金額を基礎に推計により、これを査定したことに違法はない。

2  所得の算定について

原告の本件係争各年分の収入金額のうち藤森土木からの収入金額を除いた部分は当事者間に争いがなく、証人山崎勝義同久保田尚弘及び同小笠原浩一の各証言並びにこれらにより真正に成立したと認められる(なお、別紙7及び8の被告係官の書き込み部分一覧表(1)、(2)記載の書き込み部分については、右の各証言によって被告係官の作成であることが認められる。)乙第四号証の一及び二、同号証の三の一ないし五、同号証の四の一ないし一一、同号証の五ないし七、同号証の八の一ないし一七、同号証の九の一ないし一七、同号証の一〇の一ないし一五、同号証の一一の一ないし一七、第二二号証の一、同号証二の一及び二、第二三号証並びに弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第二四号証を総合すると、藤森土木においては、本件係争各年度当時、藤森土木の社員が現場代理人として下請業者の監督を行っていたこと、藤森土木が下請工事を発注する際、請負契約書を作成して、取り交わすことはなかったものの、工事請負金額については、現場代理人と下請業者がその工事の見積りを行い、藤森土木の社長により右金額が決定して、口頭で下請業者に知らされていたこと、さらに藤森土木において作成した下請台帳(藤森土木が下請工事に係る外注費を管理するために、下請業者別、工事別に工事見積金額を記録したもので総勘定元帳の補助簿である。)の写しを下請工事が終わる頃までに下請業者に交付していたこと、下請工事に必要な材料等は、本来下請業者が購入して使用すべきものであるが、現場代理人あるいは下請業者が藤森土木名で発注して購入し、その代金はいったん藤森土木が立替払いした後、右材料代に係る藤森土木宛の請求書を現場代理人に回し、下請業者の確認を得て右立替分を発注金額から控除してその残額を下請業者に支払っていたこと、被告係官は、本件係争各年度の原告の工事収入分に該当する部分の右下請台帳の提出を受けていることが認めれ、以上の認定事実によると、原告の藤森土木からの工事代金収入は、藤森土木が原告のために立替払いしたため原告が負担すべきものであるとして相殺された材料代等を含めた金額(昭和五一年分五五〇八万四二〇七円、昭和五二年分六六七二万三九九九四円、昭和五三年分六五一五万二八五五円)であることが認められる。

なお、証人名取七郎は、昭和五九年三月二八日の大蔵事務官山崎勝義らに対する右認定事実に沿う供述(乙第四号証の一)を翻し、本件当時下請工事に発注する際には代金額は明示しなかった、下請で使用した材料費等については立替金処理はしておらず、藤森土木の経費として処理していた、原告に対する外注費の内容は労務費であり、材料は藤森土木持ちであったと証言し、原告本人の供述及び証人久美子の証言もこれに沿うものであり、甲第五四号証にも一部これに符号する記載がある。しかしながら、これら原告の主張に沿う証拠によると、下請業者は代金額も不明なまま土木工事を受注するという不自然な結果になること、証人名取は昭和五六年当時も関東信越国税不服審判所副審判官の質問検査に対し山崎事務官らに対するのと同様の供述(乙第二四号証)をしており、本件訴訟における証言は本件各係争年から一〇年余りも経過し、病後でかつ七六歳という高齢になってからのものであること、仮に藤森土木からの下請の営業内容が、手間請あるいは一つの工事全体の完成まで労務を提供することを請け負うが請負代金は出来高制をとる形態であったのであれば、下請台帳の頭書の発注費から材料費等を減額した金額が原告に支払われていることの説明が困難であるから、いずれも信用できない。一方、被告の主張する外注費に材料費等を含めた金額を収入とすると、下請業者としては材料等の管理を十分に行い、材料の節約を図って自己の手取り金額を増やそうとするため、元請は外注費の高騰を抑えられることになり、双方に利点があって合理的である。

以上より、現行の本件係争各年分の総収入金額は、被告の主張するとおりであることが認められる。

3  推計の合理性について

証人久保田尚弘の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第一、第二号証によると、被告は、本件係争各年毎に、同業者として諏訪税務署管内に住む個人事業者で、(1)本件係争各年において、それぞれの年を通じて土木工事業を継続して営んでいる者で、(2)青色申告書を提出しており、(3)青色事業専従者給与の支払があり、かつ女性の青色事業専従者一名以上有するものであり、(4)当該各年分の所得税について税務署長から更正処分を受けた者のうち、これに対する不服申立てが継続中の者でないことという条件に該当する者を抽出して、これに統計学上一般に認められている方式を用いて異例値を除外した上で平均値を求めたものであり、それが別表4ないし6の各(3)の5の数値であることが認められる。

右認定の事実によれば、被告が本訴において主張する同業者の平均所得率算出の対象となった同業者は原告と同様諏訪税務署管内の同業者であり、暦年を通じて土木工事業を継続して営んでいる個人事業者に限定し、その際、人的構成という面で業態がより原告と類似するように、青色事業専従者給与の支払いがあり、かつ女性の青色事業専従者一名以上を有するものであるという基準を設けており、これにより原告と事業内容が類似していると思われる比準同業者を抽出しており、その抽出作業は正確であり、これについて被告の恣意の介在は認められず、かつその抽出数も一一ないし一三であり、同業者の個別性を平均化するに足るものということができること、被告は、異例値を除外した上で、平均値を求めており、それによって算出された最終的な比準同業者の所得率の最高値と最低値の差は、昭和五一年分九・六三パーセント、昭和五二年分七・二五パーセント及び昭和五三年分一〇・四三パーセントとなり、右比準同業者は極めて狭い範囲に分布していることから、正確性及び一応の普遍性が担保されているというべきである。

なお、原告は、比準同業者の営業形態について考慮して比準同業者を選択すべきであると主張しているが、原告の所得金額を間接資料によって推計した数値をもって原告の真実の所得金額に近似するものと認定して課税せざるを得ない本件においては、平均所得率のある程度の抽象性は、右平均所得率を基に推計した数値をもって原告の真実の所得金額に近似するものとみなす妨げとはならず、したがって、被告が採用した右推計の方法は、これによって求めた数値を原告の真実の所得金額と近似するものと認定するにつき合理的であってこれ以上微細にわたる諸条件を殊更に斟酌することは要しないものというべきである。そして右推計方法は平均値による推計であるので、平均値に吸収されえないような特殊事情の存在の立証がなければ、その合理性を覆すことはできないところ、前記2のとおり、藤森土木との契約が、原告が主張するような手間請ないしは労務の提供の請負であったとは認められないことから、右推計を覆すような特殊事情は認められない。

4  以上より、原告の本件係争各年分の事業所得は、それぞれ前記2認定の総収入金額に前記3(別表4ないし6の各(3)の5)の平均所得率を乗じた額から事業専従者控除を行った被告主張の金額となり、本件各更正における所得額はいずれもその範囲内にあるから本件各更正は適法であり、これを前提になされた本件各決定も適法である。

四  結論

以上によれば、本件訴えのうち、昭和五一年分所得税の更正処分につき、総所得金額一三五万六八四八円を超えない部分、昭和五二年分所得税の更正処分につき、総所得金額一五二万九六八六円を超えない部分及び四七〇万四九一七円を超える部分、昭和五三年分所得税の更正処分につき、総所得金額一九四万二五〇一円を超えない部分及び四九三万三〇四〇円を超える部分の各取消しを求める部分は、不適法であるから却下することとし、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地健治 裁判官 中山直子 裁判長裁判官山崎健二は転補により署名押印できない。裁判官 菊地健治)

別紙1

昭和51年分

<省略>

別紙2

昭和52年分

<省略>

別紙3

昭和53年分

<省略>

別紙4

昭和51年分 平均所得率計算表

(1) 基礎係数及び標準偏差の計算

<省略>

(2) 限界値(上限、下限)の計算

<省略>

(3) 平均値の計算

<省略>

別紙5

昭和52年分 平均所得率計算表

(1) 基礎係数及び標準偏差の計算

<省略>

(2) 限界値(上限、下限)の計算

<省略>

(3) 平均値の計算

<省略>

別紙6

昭和53年分 平均所得率計算表

(1) 基礎係数及び標準偏差の計算

<省略>

(2) 限界値(上限、下限)の計算

<省略>

(3) 平均値の計算

<省略>

別紙7

被告係官の書き込み部分一覧表(その1)

<省略>

別紙8

被告係官の書き込み部分一覧表(その2)

<省略>

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