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長野地方裁判所上田支部 平成12年(ワ)33号 判決 2004年2月27日

当事者の表示は,別紙当事者目録記載のとおり

主文

1  原告X1及び同X2の,被告における別紙配転命令目録の「旧業務」欄記載の各業務に従事する労働契約上の地位にあることを確認することを求める訴えを,いずれも却下する。

2  原告X1及び同X2のその余の請求並びにその余の原告らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告は,各原告に対し,別紙一覧表<省略>「損害金額合計」欄記載の各金員を支払え。

2  被告が,平成11年8月10日付けで,原告X1及び同X2に対して行った別紙配転命令目録記載の各配転命令がいずれも無効であることを確認する。

3  原告X1及び同X2が,被告において別紙配転命令目録の「旧業務」欄記載の各業務に従事する労働契約上の地位にあることを確認する。

第2事案の概要

本件は,原告らが,平成11年度の定期昇給の不実施は違法であり,これにより原告らが損害を被ったと主張して,債務不履行又は不法行為による損害賠償請求をするとともに,原告X1及び同X2が,各人が受けた配転命令が無効であることの確認と被告において従前就いていた業務に従事する労働契約上の地位にあることの確認を求めたものである。

1  前提事実(当事者間に争いがないか弁論の全趣旨により認められる事実)

(1)  当事者

ア 原告ら

原告らは,いずれも被告に勤務する従業員であり,原告X3を除き,全日本金属情報機器労働組合(JMIU)長野地方本部高見沢(ママ)電機支部(以下,「労働組合」という。)の組合員である。

原告X1は,昭和42年4月1日,被告に入社し,平成10年1月に被告野沢分工場にある信州工場化工課に配属され,同課第1鍍金係員として化学研磨作業等の業務に従事していたもの,原告X2は,昭和43年4月1日,被告に入社し,平成10年1月に前記化工課に配属され,同課第2鍍金係員として電気メッキ自動機によるメッキ作業等の業務に従事していたものである(以下,原告X1,同X2を「原告X1ら2名」という。)。

イ 被告

被告は大正6年9月,設立された高見澤電機商会に源を発する株式会社であり,継電器,通信機器,制御機器などの製造販売等を業とする株式会社であり,資本金は約63億円である。

被告は,本件訴え提起(平成11年12月)当時,東京都品川区に本社を,長野県佐久市に信州工場,野沢分工場を,神奈川県横浜市に横浜事務所を,栃木県那須郡烏山町に栃木工場を置いているほか,信州工場で行っている継電器製造に関連して,国内では長野県佐久市に千曲通信工業株式会社(以下「千曲通信工業」という。),宮崎県日南市に株式会社宮崎テック,中国に高見澤(常州)電子,台湾に高華電機,タイにテックサハビリヤなどの子会社,関連会社を擁している。

(2)  原告らの賃金構成

原告らの賃金は,基準内賃金,基準外賃金(超過,深夜勤務手当,休日出勤手当),その他の給与(賞与金等)で構成されており,このうち,基準内賃金は「基本給・加給・地域給・臨時給・手当」で構成されているところ,「加給」は基本給に一定の比率を乗じた定率部分と,定額部分で構成されており(給与規定第10条),定率部分についての比率は,労使間で「係数0.2」とすることで合意されている。地域給は,基本給に「地域ごとに定められた一定の比率」を乗じて算出されるところ(同規定11条),信州地区の比率は「係数0.04」とすることで労使間で合意されている。他の賃金構成部分は基本給から独立して定められている。なお,退職金は,基本給と臨時給に決められている係数を掛けて算出する。

基本給は,「本人の能力,経歴,職務技量の経験,勤務成績及び職務の責任と困難の度合い等を総合評価して格付し,これを遂行する能力を基準として公正に定める。」(同規定8条)ものとされ,その額は,同規定9条により,同規定添付の「別表1」(以下,「別表1」という。)を適用し,同表の等級欄に定められた1級から7級に等級付けされた「級」と,号俸欄に定められた1から50までに格付けされた「号俸」の組み合わせで決定される。各級の1号俸の金額は別表1の1号俸欄に記載された金額であるが,2号俸以降は各等級に応じて1号俸の金額に定額が加算され増額されることになっており,各等級別の増額分は1級が225円,2級が270円,3級が315円,4級が360円,5級が405円である(以下,かかる号俸間の定額の増額分を「号俸間差額」という。)。

また,別表1の「等級」は,労使の協定で従業員の学歴,勤続年数(在級年数)等で自動的に定められることになっており,各学歴別の初任級は,中学校卒業者が1級,高等学校卒業者が2級,大学校(ママ)卒業者が3級とされ,初任者の号俸はその時の初任給相場等で決められていた。そして,従業員は,在級年数により自動的に4級までは昇級することとされ,中学校卒業者については,1級が3年間,2級が5年間,3級が6年間,4級が7年間,高等学校卒業者については,2級が4年間,3級が5年間,4級が6年間,大学校卒業者については,3級が3年間,4級が4年間とされていた。なお,別表1の6級職及び7級職は,1般職(非管理職)には適用されないこととなっていた。

別表1の最上級の号俸は,50号俸とされているが,同表は40年以上にわたり改訂されておらず,実際にも基本給額は,各級の号俸間差額を加算していくことで決定されていることから,現実には,高校卒業者の初任給の段階から50号俸を超える基本給となっていた。

原告ら信州地区の従業員については,被告により,昭和39年以降,年1回,同表の各級毎の号俸間差額の4号俸分に相当する額の定期昇給がなされていたが,その具体的額は,4級職従業員について1786円(360円×(1+加給0.2+地域給0.04)×4),5級職従業員について2009円(405円×(1+加給0.2+地域給0.04)×4)である。

(3)  定期昇給に関する規定等

被告の就業規則,給与規定には,従業員の定期昇給に関して以下の定めがある。

ア 就業規則38条 従業員の給与に関する事項は,別に定める給与規定による。

イ 給与規定58条 昇給は年1度,3月21日定期とする。

ウ 昭和34年給与規定(ママ)23条

昇給は年1回5月21日に定期に行い,その範囲は本給表に基づき,標準4号とし,最高6号までとする。

(4)  平成11年3月21日の定期昇給不実施の経過

ア 労働組合は,平成11年2月23日,被告に対し,賃金引き上げ等に関して,回答期限を同年3月9日と指定し,下記の内容の要求書を提出した。

(ア) 同月21日以降の賃金を一律60号+年齢給の引き上げを行うこと。

全社 2万8872円+年齢給=4万3887円

信州 2万9598円+年齢給=4万6263円

東京 2万9436円+年齢給=3万9116円

栃木 2万4132円+年齢給=3万4802円

(イ) 年齢給は,17歳を550円とし,以降1歳毎に550円を加算すること。

(ウ) 賃上げに関して,一切の査定を行わないこと。

イ(ア) 被告は,同月4日,定例の労使協議会を開催し,労働組合及び同組合員以外の従業員により組織されている高見澤電機従業員組合(以下「従業員組合」という。)に対し,現状のまま被告の経営状態が推移した場合の部門別・品種別の売上高の状況,予測損益計算書,信州工場の製造損益予測・製造費用内訳,連結剰余金及び予想貸借対照表を資料として示し,被告の業績及び信州工場のコスト状況について説明するとともに,値下げ競争の激化や受注の減少により急激に収益が悪化し,今後赤字が継続し資金調達も困難となる見込みで,現状では中長期計画を立てられるような状況にはないことを説明し,デバイス技術部を須坂に移転することを労働組合に伝えた(ただし,説明内容自体の正確性については,争いがある。)。

(イ) 労働組合は,被告の説明に納得せず,同月17日付質問状を提出して回答を求めた。

(ウ) 被告は,同月24日,労働組合の質問状に対して回答書を提出した。

(エ) 労働組合は,被告の回答書では納得せず,同月30日要求書を提出した。

ウ 被告は,労働組合の要求を受け,同月9日,第1回目の賃上げに関する団体交渉において,平成10年度は,12億6300万円の損失が見込まれ,2年連続で大幅な損失を計上するとともに,剰余金も今期マイナスとなり,子会社,関係会社を含めたグループ全体の剰余金は14億円を越(ママ)える欠損となること,被告の経営状況がこのまま推移した場合,毎年10億円にものぼる損失が見込まれるため,会社の運営を維持するには,毎年12億円から13億円の借入れを必要とするところ,赤字が継続することは,今後の資金調達を困難にすること等を説明し,平成11年度の賃上げは困難である旨回答した(ただし,説明内容自体の正確性については,争いがある。)。

被告と労働組合は,その後も,同月17日から同年10月19日まで18回にわたって賃上げに関する団体交渉を行ったが,その後も平成11年度の定期昇給(以下「本件定期昇給」という。)は実施されておらず,定期昇給が実施されなかったのは,35年以来初めてのことである。

(5)  配転に関する就業規則等の定め

ア 被告の就業規則には,従業員の異動に関し,「会社は業務上の必要にもとづき,従業員に転勤,出向または配置転換,職種の変更あるいは職階または資格の昇降進についての異動を命ずることがある。」(50条1項),「従業員が異動を命ぜられたときは,正当の理由がなければこれを拒むことはできない。」(51条)との規定がある。

イ 昭和52年11月14日付けで被告と労働組合との間で取り交わされた労使協定書には,「会社は,企業の縮小・閉鎖・分離・合併・新機械の導入などにより,組合員の労働条件を変更する必要が生じた場合は,労働条件の変更については,事前に所属組合と協議し,合意の上実施する。」,「会社は,業務の都合により,本人の能力,適性,意志その他を考慮して組合員に異動を命ずることがある。異動を命ぜられた組合員は,特別の事情のない限り,これに従わねばならない。」,「課間異動は,発令予定日の7日前までに本人に内示し,本人に異議ある場合は,所属組合と協議する。」との規定があり,同協定覚書には,「異動について,会社が本人と協議している間は,組合は,これに介入しない。また,会社は,組合と協議することについて合意して協議している間は,発令しないこととする。」との規定がある。

ウ 昭和52年11月14日付けで,前記協定書の内容の解釈に関して労働組合と被告との間で取り交わされた覚書には,「協定書1の(1)(前記(イ)記載の条項)に定める「労働条件」とは主として労働時間,賃金,勤務形態をいう。」と定められている。

(6)  本件事業再建策提案時までの化工課の状況等

ア 組織

被告は,長野県佐久市内に信州工場と野沢分工場を有していたが,野沢分工場は,信州工場で製作した原部品の表面処理(メッキ等)を専門に行い,再度信州工場へ返送する業務を分掌しており,被告の組織機構上は,信州工場化工課として同工場の一部門として位置付けられていた。その後,平成11年2月1日の組織改編により,信州工場は事業所との扱いになり,化工課は製造統括本部製造部化工課となった。同月30日当時,化工課の人員は25名であり,このうち,2交替制勤務者は10名(その内訳は,労働組合の組合員5名,従業員組合の組合員5名),平常勤務従事者は15名(課長1名を含む)であった。

イ 化工課従業員の勤務形態

交替制勤務の勤務形態は2直2交替制で1週間ごとに1直(早番),2直(遅番)を交替し,休憩時間は2組に分け交替で休憩することにより,6時30分より23時25分まで電気メッキ自動機等を連続運転して操業していた。2交替制勤務者の作業は,電気メッキ自動機担当1名,半自動ニッケルメッキ装置担当1名,排水処理管理担当1名,化学研磨担当1名,全体管理担当1名であり,5人2組で行っていた。

平常勤務者の作業は,無電解ニッケルメッキ,鉄心等選別機,アニール(コンベア式連続焼鈍炉),バレル(バレル式研磨機),洗浄,均し自動機,検査,検収等であった。

ウ 化工課とその他の職場における2交替制勤務導入の経緯

(ア) 被告は,昭和54年10月,化工課の自動メッキ作業に2交替制勤務を導入することとしたが,2交替勤務制の実施は被告会社と労働組合との前記昭和52年11月14日付けの労使協定書及び覚書の定める「労働条件の変更」である「勤務形態の変更」に当たるものであったため,労働組合及び従業員組合に対して,2交替制勤務の実施について,勤務形態を2組2交替制とすること,また勤務時間帯,休憩時間,交替勤務手当等の条件を書面で申し入れたが,労働組合は昭和54年12月27日付回答書をもってこれに反対した。その後も被告と労働組合間で交渉が重ねられたが合意に至らなかった。

(イ) 被告は,従業員組合と化工課の交替勤務について昭和56年3月25日合意に達し,従業員組合の組合員及び非組合員で,同年4月13日から交替勤務を実施した。

(ウ) 昭和54年10月被告が提案した化工課の交替勤務導入は,昭和56年4月21日付議事録をもって終了した。

(エ) 被告は,その後,昭和61年12月,モールド加工職場に3交替勤務を,また,昭和62年5月にはRA職場に3交替勤務導入の提案をし,労働組合はモールド職場の3交替勤務,RA職場は2交替勤務に合意して実施している。

(オ) さらに,平成元年,被告は化工課の交替勤務に参加されるよう申し入れ,平成2年4月28日に労働組合と合意に達し,同年5月21日から労働組合の組合員は2交替制勤務に従事することとなった。

(7)  被告の経営体制の変化

被告は,昭和45年から富士通株式会社(以下「富士通」という。)の系列下に組み入れられていたところ,平成7年7月,富士通を引受人に特定増資を行った結果,富士通は,被告の株式の53パーセント強を保有することとなり,被告と富士通とは子会社,親会社の関係になった。被告と富士通は,両社が各50パーセントを出資して,訴外富士通高見澤コンポーネント株式会社(以下,「F&T」という。)を設立し,被告が継電器(リレー)等部品の営業部門(国内では本社・営業所・販売子会社等9か所,海外の販売会社3か所)を,富士通が機構部品事業部の開発・製造・営業部門を,それぞれF&Tに営業譲渡することとなった。

(8)  デバイス技術部の移転

被告は,信州工場敷地内に,通信機用リレー,汎用リレー,車載用リレー,半導体リレー及びトランス(高圧発生器)等の開発,設計,商品化及びこれに関連する業務を担当する部署としてデバイス技術部を置いていたが,平成11年4月,長野県須坂市にあるF&Tの技術開発センターの敷地内に被告の技術開発センターを新設し,信州工場敷地内に所在していたデバイス技術部を技術開発センターに移転させるとともに,F&Tからリレー開発業務をデバイス技術部に移管させ,F&Tのリレー技術部に所属する開発要員を被告に出向で受け入れることとし,リレー開発業務全部をデバイス技術部に統合した。

労働組合は,このデバイス技術部の移転に対し,昭和52年11月14日付労使協定違反であると主張し,被告に対し,質問状及び移転に反対する主旨の要求書を提出して団体交渉をもったが,合意に至らなかった。

しかし,被告は,デバイス技術部の技術開発センターへの移転に関し,同年4月17日から18日にかけて設備等の移動を行い,労働組合のA委員長ほか3名を除く37名を同センターに異動させ,同月19日から同センターにおいて勤務を開始させた。また,被告は,前記4名のうち,A委員長を除く3名について,信州工場に所在する製造統括本部管理部原価課へ1名,同部資材課へ1名,同製造技術部設備開発課へ1名を異動させた。なお,A委員長は,現在も信州工場で引き続きデバイス技術部に籍をおき,仕事を継続している。

(9)  信州工場の経営分離の経緯

ア 被告の事業再建策をめぐる経緯

(ア) 被告は,平成11年3月30日,労働組合に対し,野沢分工場を含む信州工場の扱いについて,<1>信州工場を同年6月中を目途に被告より分離し,子会社である千曲通信工業に統合すること,<2>信州工場の従業員は,同年6月20日を目途に同社に転社し,退職金を清算すること,<3>千曲通信工業での労働条件は同社の労働条件を適用すること,<4>千曲通信工業で必要な人員は218名であり,余剰人員135名は45歳以上を対象に希望退職者を募集すること,<5>転社後の本給は,一律現行基本給の60パーセントとし,労働時間は,現行より年間200時間の延長になること等を内容とした事業再建策(以下「本件事業再建策」という。)を提示した。

(イ) 労働組合は,被告の提案は,昭和52年11月14日付労使協定からすれば,労働組合との合意が必要であると主張し,また,反対するとの要求書を提出して被告と交渉したが合意に至らなかった。

(ウ) しかし,被告は,平成11年6月14日から22日までの間,転社と希望退職者を募集した。その結果,転社に応じた者は183名で希望退職に応じた者は58名であった。なお,転社及び希望退職の双方に応じなかった者は100名であった。

(エ) 被告は,同月29日の株主総会決議において,千曲通信工業に対する信州工場のリレー製造に関する営業の一部譲渡が承認され,その範囲及び時期等が取締役会に一任されたのを受けて,同年7月21日,千曲通信工業との間で営業譲渡契約を締結し(以下「本件営業譲渡」という。),同年8月10日までに信州工場の機械,設備及び土地,建物を千曲通信工業への営業の一部譲渡として順次引き渡し,従業員の転社を行った。

労働組合は,被告に対し,平成11年7月1日付抗議文,同月16日付抗議文,同月14日付抗議文を提出し,千曲通信工業への一部譲渡及び機械・設備の引渡に反対した。

(オ) 被告は,野沢分工場化工課のメッキ製造についても,選別・均し工程業務を除くすべてを千曲通信工業に営業譲渡し,選別・均し工程業務及びそれに必要な製造設備について,信州工場内の部品課に移管,移設することとし,同年8月10日,信州工場部品課へ前記製造設備等の移設を行い,その他の機械,設備,建物等については千曲通信工業へ引き渡し,同月17日から前記部品課において選別・均し工程の業務を開始した。労働組合は,野沢分工場の千曲通信工業への全面譲渡に反対した。

(カ) 被告は,信州工場に残留した従業員と,千曲通信工業へ転社した従業員とを混在させないとの方針のもとに,通用口は設置してあるものの,信州工場建物内及び従業員駐車場にしきりを設けた。

野沢分工場には,新たに千曲通信工業において化工課が設置された。

イ 野沢分工場化工課従業員の異動等

野沢分工場においては,希望退職者5名(全員が従業員組合の組合員),千曲通信工業への転社者9名(元労働組合の組合員5名,従業員組合の組合員3名,管理職1名),被告会社に残った者10名(全員が労働組合の組合員)であった。残る1名(非組合員・嘱託再雇用者)は,会社状況を自主的に判断して同年4月20日付けで退職した。

退職,転社募集に応じなかった原告X1ら2名を含む10名については,前記営業譲渡により,被告は,10名に対し,それぞれ他部門へ異動させることとした。

ウ 本件配転命令について

被告は,前記の野沢分工場の異動対象者のうち,原告X1ら2名については,原告X1につき信州工場部品課溶接係主任に,原告X2は,同工場部品課溶接係にそれぞれ異動させることとし,平成11年7月26日の発令を予定して,野沢分工場の化工課長から,同月16日に原告X1に対して,同月19日に原告X2に対して,それぞれ内示した。

しかして,前記異動は異なる課への配転であり,原告X1ら2名から異動に異議が申し立てられたことから,前記(5)イ記載の労使協定の定めに従い,同月21日以降,被告と労働組合との間での協議が開始されたが,同原告らの配転への理解を求める被告と,本件配転命令が,労働条件の変更であり著しい賃金の低下を招くことなどを指摘して撤回を求める労働組合との間で折り合いが付かず,合意に至らなかったため,被告は,協議を打切り,同年8月10日,原告X1ら2名に対して,前記内容の配転命令を発令した(以下,「本件配転命令」という。)。原告X1ら2名は,異議を留めた上で,その後本件配転命令に従って勤務している。

なお,本件配転命令の結果,原告X1ら2名に対し支給されていた2交替制勤務による交替勤務手当(平均月額は,原告X1につき金7万4500円,原告X2につき金7万8900円)の支給はなくなった。

エ 原告X1ら2名以外の野沢分工場化工課従業員の異動

被告は,原告X1ら2名以外で異動に異議のあった労働組合執行委員のBを除く6名の化工課従業員に対しても,同年8月10日,信州工場の部品課に4名,品質管理課に1名,製品課に1名異動させる配転命令を発令した。

労働組合は,これらの異動に対し,平成11年7月26日付申入書,同年12月28日付抗議及び申入書,平成12年1月6日抗議及び申入書を提出して,反対した。

2  争点

(1)  損害賠償請求

ア 被告の定期昇給実施義務の有無

(ア) 就業規則,給与規定を根拠とする定期昇給実施義務の有無

(イ) 労使慣行としての定期昇給実施義務の有無

イ 原告らの損害

ウ 消滅時効

(2)  確認請求

ア 原告X1ら2名について,各人が受けた配転命令が無効であることの確認と,被告において従前就いていた業務に従事する労働契約上の地位にあることの確認とを求めた各訴えに関する確認の利益の有無(本案前の主張)

イ 原告X1ら2名に対する本件配転命令の効力

(ア) 本件配転命令について労使協定違反の有無

(イ) 本件配転命令の必要性の有無

(ウ) 本件配転命令が被告の不当労働行為となるか否か

3  争点に関する当事者の主張

(1)  損害賠償請求

ア 争点アについて

(原告らの主張)

(ア) 給与規定上の定期昇給実施義務の存在

給与規定58条,62条の規定に拠れば,被告は,休職中の者を除いて,例外なく毎年1回の昇給を実施しなければならないと定めており,前記規定上からも,被告が原告らに対し,定期昇給を実施する義務を負っていることは明らかである。前記規定上,具体的な昇給金額が定められていないことをもって,前記定期昇給実施義務がないとはいえない。被告の主張する被告と労働組合との賃上げに関する団体交渉や協定の締結は,被告の有する定期昇給実施義務の内容を具体化する方策に過ぎず,かえって,被告は,前記のような団体交渉等により定期昇給金額を具体的に確定する義務を負うものであって,団体交渉等において,定期昇給の実施を拒否することは前記の給与規定に反し許されない。

(イ) 労使慣行による定期昇給実施義務の存在

被告は,本件定期昇給の前年まで35年以上もの長期間,定期昇給の実施を怠らずに実施してきたものであって,前記1の(3)イの給与規定58条に則った毎年1回の定期昇給は,労使慣行として確立しており,原告らと被告との間の労働契約の内容をなしているものというべきである。

昭和63年10月27日付協定書では「満58歳以降の昇給は定期昇給(4号俸)を除く,臨時昇給相当額」とされ,また,出勤査定は,定期昇給4号俸の範囲で差し引かれるなど,定期昇給4号俸は,被告会社の制度として運用されている。

よって,被告は,原告らに対し,上記労使慣行に基づき,定期昇給を実施する義務がある。

(ウ) 定期昇給の額

被告は,前記(ア),(イ)のとおり原告らに対し定期昇給実施義務を負っているところ,その具体的な定期昇給額については給与規定上の定めがない以上,被告は,合理的な金額の定期昇給を実施する義務を負っているというべきである。

しかして,被告は,昭和39年4月16日,定期昇給に関し,労働組合との間で,各級毎の4号俸分の号俸間差額分(以下「4号俸相当額」という。)を定期昇給額として増額する旨の協定を成立させて以降,本件定期昇給の前年の昇給までの間,労働組合との特段の合意を待つまでもなく,4号俸相当分の定期昇給を実施し続けてきた。

すなわち,毎年行われている昇給には,「定期昇給」と「臨時昇給」とがあるところ,本件昇給期まで毎年春闘において昇給について労使間で交渉し,妥結してきた対象は,専ら「臨時昇給」分であり,「定期昇給」分である4号俸相当額は毎年固定されており交渉するまでもなく当然支給されていた。

また,被告も,毎年の定期昇給分について,「標準4号俸」あるいは「定昇4俸」と称するなどしており,昭和40年新入社員教育を受けた者に対し,定期昇給として4号俸は上がる旨説明している。

さらに,定期昇給4号俸を超えて昇給した場合は「今年に限り」とただし書を付けて協定している。

よって,被告は,本件定期昇給においても,4号俸相当額の定期昇給を実施する義務がある。

(エ) 被告の義務違反

a 不法行為責任

原告らは,給与規定に基づく給与が支給されることを信じて就労しているものであり,原告らは被告が給与規定に基づいて毎年3月21日には定期昇給により原告らの月額給与を増額させることを期待する法的利益を有している。それゆえ,被告が,平成11年3月21日に実施すべき定期昇給を行わなかったことは,原告らの定期昇給に関する期待的利益を侵害する違法行為であって,不法行為を構成するから,被告は,原告の被った損害を賠償する義務がある。

b 債務不履行

被告は就業規則・給与規定により原告らに対して毎年3月21日にはその月額給与を定期昇給として増額すべき法的義務を負担しているにもかかわらず,被告は平成11年3月21日に実施すべき定期昇給について,これを実施する義務を怠って原告らの月額給与額を増額しなかったものであるから,被告は原告らに対して定期昇給実施債務の履行を怠ったものである。被告は,債務不履行に基づき原告らの被った損害を賠償する義務がある。

(被告の主張)

(ア) 就業規則等を根拠とする定期昇給実施義務について

給与規定には,「昇給は年1度,3月21日定期とする。」(58条),「昇給に関する勤怠その他の調査は,前年の3月21日より当年の3月20日について行う。」(59条)等と定められているが,昇給基準,昇給金額等については,何らの定めもなく,昇給基準,昇給金額等は,被告がこれを決定するか,労使の協議により決定するかなどして,初めてその内容が具体化するものであり,給与規定それ自体から具体化するものではないから,被告には,就業規則・給与規定を直接の根拠とする定期昇給実施義務はない。被告においては,これまで毎年,労働組合からなされた賃上げ要求を受けて,定期昇給,臨時昇給及びその他の賃上げに関して回答し,賃上げに関する団体交渉を行って協議し,労使が合意に達し,その都度,協定を締結した上で,その協定の定める基準に基づき定期昇給を実施してきた。また,被告の昭和34年3月21日付け給与規定には,定期昇給を標準4号とする旨記載されていたが,昭和35年ないし昭和38年の被告と労働組合との協定では,定期昇給についてこれと異なる昇給基準が定められ(ただし,昭和37年の協定書では「定期昇給」とのみの記載であるが,定期昇給として標準8号俸が実施されている),それに基づき定期昇給が実施されてきた。昇給基準そのものは,毎年,被告と労働組合との団体交渉により決定し協定で定めることとし,昭和38年に改訂された給与規定では,定期昇給を標準4号とする旨の記載部分が削除されている。また,昭和41年以降は,同年以降の給与規定の定める原告らの主張する定期昇給の実施日である3月21日に遡及実施すると定められ,その定めに従って,その支給日は,すべて,各協定書の締結後であり,ほとんどが5月28日または6月28日の給与支給日であって,4月28日の給与支給日であるのは,最近の平成6年,平成7年,平成9年及び平成10年の4回にすぎない。

また,原告らの主張する定期昇給について,4月28日の給与支給から自動的に実施しないことについて,労働組合から異議,抗議等の申入れがあったことは全くない。

したがって,原告らの定期昇給は,当然に増額される昇給であるとはいえない。

(イ) 労使慣行について

労使慣行は,労働条件,職場規律,施設管埋,組合活動などについて就業規則,労働協約,労働契約などの成文の規範に基づかない取扱いないし処理の仕方が長期間反復・継続され,それが使用者と労働者双方に対し事実上の行為準則として機能するようになったものであり,就業規則,労働協約,労働契約などの成文の規範に基づく取扱いないし処理の仕方が反復・継続して行われたとしても,それは成文の規範の定める義務の履行としての取扱いないし処理の仕方に過ぎず,労使慣行となるものではない。

しかして,原告らの定期昇給は,昭和39年から平成10年まで35年間にわたり,各年毎に,別表2<省略>のとおり,被告と原告らの所属する労働組合との間において賃上げに関する協定が締結され(昭和51年を除く),それぞれの協定に基づいて,それぞれの協定の定める義務の履行として,毎年の定期昇給を実施してきたものであって,定期昇給が4号俸相当額で労使交渉もなく支給されていたものではない。また,被告は,新入社員について,定期昇給として4号俸は上がるという説明をしたこともない。

よって,被告と原告らとの間において,毎年4号俸相当額の定期昇給を支給するとの労使慣行は存在しない。

イ 争点イについて

(原告らの主張)

(ア) 定期昇給相当額の損害金

原告らは,被告の不法行為あるいは債務不履行により,各定年退職までの期間の月額給与及び定年退職時点で支払われる退職金について,別紙一覧表「4号損害金額」欄記載の金額に相当する損害を被った。

(イ) 一時金跳ね返り相当額の損害金

被告の不法行為あるいは債務不履行により原告らは平成11年から平成14年に支払われた夏期・冬期一時金について,別紙一覧表「1999年から2002年までの一時金跳ね返り合計金額」欄記載の金額に相当する損害を被った。

(ウ) 弁護士費用

原告ら,各々につき別紙一覧表「弁護料」欄記載の各金額(原告ら毎に,前記(1)及び(2)の合計額の1000円以下を切捨てた金額の10パーセント相当額)の損害を被った。

(被告の主張)

(ア) 原告らが主張する損害の発生については争う。

(イ) 将来請求部分について

原告らが損害として主張する定年退職までの期間の月額給与分及び定年退職時点で支払われる退職金分について,支払請求権が発生するのは,原告らと被告との労働契約が,それぞれ定年退職時まで維持されることが前提となるところ,労働契約が原告らの定年退職時まで維持されるか否かは,原告ら又は被告の意思にかかっているものであり,また,労働契約の締結によって賃金請求権が発生するといっても,それはいわゆる基本債権にすぎず,具体的な賃金請求権は原告らが現実に労務を提供して初めて発生するものというべきである。それゆえ,原告らの主張する各損害のうち,将来発生することになる部分(退職金に関する部分及び本件口頭弁論終結時の翌日以降に発生する賃金に関する部分)は,将来給付の訴えに当たるというべきところ,本訴において,前記将来給付を求めるについて,あらかじめその請求をする必要性は何ら存在せず,かえって,後記のとおり,今後不就労等で賃金請求権が発生しない蓋然性は極めて高いことからすれば,そもそも訴訟要件を欠くものであって却下されるべきである。

(ウ) 一時金跳ね返り相当額の損害金について

一時金の支給基準は,その時点における各人の「基準内賃金」であって,定期昇給4号俸分が含まれる余地はない。

(エ) 賃金請求権が発生していない部分があること

仮に既に履行期の到来している賃金請求に関する部分について損害の発生が認められるとしても,被告の従業員については,就労期間中であっても,組合用務やストライキ等の組合活動による欠務期間及び時間は給与を控除するものとされており(給与規定40条),また,満58歳に到達した従業員については,昭和63年10月27日付けの労使協定によって,その到達時以降,遅刻,早退,私用外出,欠勤等の不就労時間に対して本給の20パーセントを控除対象とする旨定められており,その分の賃金請求権は発生していない。

ウ 争点ウについて

(被告の主張)

(ア) 原告らは平成11年度夏期から平成13年度冬期までの賞与(一時金)(別紙一覧表「1999年から2002年までの一時金跳ね返り合計金額欄(ママ)記載の金額)を請求しているが,上記各賞与(一時金)は,労働基準法の賃金であるから,上記の各賞与の請求権は支給日から2年で時効消滅する。

(イ) 平成11年度夏期賞与(一時金)は,平成11年7月2日に,同年度の冬期賞与(一時金)は,同年12月3日に支給されたものであるところ,上記各賞与(一時金)の支払を求める訴えの追加は,上記の各賞与の支給日から2年が経過した平成14年6月28日に提起されたものであるから,2年の消滅時効が完成している。

(ウ) 被告は原告らに対し,平成15年11月21日の本件口頭弁論期日において,上記時効を援用するとの意思表示をした。

(原告らの主張)

被告の消滅時効の主張は争う。

(2)  確認請求

ア 争点アについて

(被告の主張)

原告X1ら2名に関する請求のうち,各配転命令の無効確認を求める訴えは,現在の権利関係ではなく過去の配転命令の無効確認を求めるものであり,単なる事実の確認を求めるに過ぎないから,確認の利益はなく不適法であって却下されるべきである。

さらに,被告には,別紙配転命令目録記載の「『旧業務』欄記載の各業務」は存在しないから,確認の利益はなく却下を免れない。

(原告X1ら2名の主張)

原告らは,被告の行った配転命令という法律行為の無効確認を求めているものであるから,その訴えは適法である。

イ 争点イについて

(原告X1ら2名の主張)

(ア) 労使協定違反について

被告と労働組合との間には,昭和52年11月14日付けで,「会社は,企業の縮小,閉鎖,分離,合併,新機械の導入などにより,組合員の労働条件を変更する必要が生じた場合は,労働条件の変更については,事前に所属組合と協議し,合意の上,実施する。」との労使協定が締結されている。しかるに,本件配転命令の理由となった本件営業譲渡は,その効果として企業の縮小,閉鎖,分離を伴うものであり,また,本件配転命令は,原告X1ら2名について,単に業務内容,勤務形態が変わることになるのみならず,それまで支給されていた2交替勤務による交替勤務手当がなくなり,生活の根本に大きな影響を受けるような大幅な賃金引き下げとなるなど労働条件に重大な変更を来すものであるから,被告は,本件配転に際しても,前記労使協定に従い,労働組合と協議して合意する必要があり,過去にもRAリレー自動組立職場で,3交替勤務から平常勤務への変更の際,被告は,労働組合との交渉において合意した後に実施してきた経過がある。また,前記労使間協議においては,異動を実施するか否かを含め個々の異動の必要性その他の事情について真摯な協議を行うことが予定されている。

しかるに,原告X1ら2名に対する本件配転命令に関し,労働組合の合意を得ることなく実施し,かつ,被告が労働組合との間で行った協議は,単に交渉を重ねたものに過ぎず,しかも,被告は,同原告らの異動の必要性を含め労働組合を到底納得させるべき説明すら行っていないもので,前記の労使協定に定める協議を実施したとは到底評価できないものである。

よって,本件配転命令は,前記労使協定に違反し無効である。

(イ) 本件配転命令の必要性がないこと

従業員に対する配転命令については,使用者において全くの自由裁量で行い得るものではなく,当該配転の必要性がない限り,その配転の効力を正当化することはできない。しかして,本件配転命令の理由となった本件営業譲渡そのものが,事業再建策とは名ばかりのもので,信州工場の健全な発展に反するものであって,それ自体企業経営上まったく不必要なものであって,これをもって配転の合理的必要性があるものとは言えない。

(ウ) 不当労働行為

a 被告の不誠実団交

本件労働組合は,デバイス技術部の須坂移転について,被告と2回の交渉を行い,また,本件事業再建策の実施についても平成12年2月3日まで21回の交渉を行ったが,いずれも,会社が潰れるという意識,危機感を主張するばかりで,労働組合を納得させるような資料を提供することもなく,対案を用意し進んで討議に参加して一致点を見出すよう努力することも行わず,専ら自らが予定した日程に沿って提案を強引に実施するための形式的な交渉に終始したものであって,誠実な団体交渉を行ったものとは到底言えないものである。かかる不誠実な団交への態度は,被告の不当労働行為を構成する。

b 本件労働組合組合員への不利益取扱い

被告は,本件事業再建策の実施にあたって,労働組合が提案に異議を唱えたことから,まず第2組合である従業員組合にその提案の受け入れをさせ,従前から行われてきた同時刻団交・同時刻回答・同時刻妥結のルールを無視した。また,本件事業再建策の実施が強行される中で,組合から脱退させられた者は31名であり,平成11年5月31日の会社が従業員組合の交渉を優先させ,転社条件等の詰めを行っていた時までに脱退した者は8名であった。会社は信州工場,野沢分工場についての合理化案について,従業員組合との合意を成立させた平成11年5月末以降から募集締め切りの6月22日までの間,従業員組合をも利用して,さしたる根拠もないのに,もっぱら倒産する,高見澤電機に残ったら退職金がもらえなくなる,残っても仕事がなくなると脅し,野沢分工場は,譲渡後正常な業務ができなくなるため,特に激しく組合員を切り崩すという支配介入の不当労働行為を行った。そして,信州工場の子会社への分離と野沢分工場から本件組合員全員の排除を強行し本件組合への切り崩し工作を展開するなかで,原告X1ら2名に対し,本件配転命令を発令したものであって,かかる行為は労働組合の組合員である原告X1ら2名への不利益取扱いに該当する。

c 以上のとおり,原告X1ら2名に対する本件配転命令は,その交渉過程において誠実な団体交渉がなされておらず,また,事業再建策に名を借りて,同原告らの所属する本件労働組合を弱体化させることを主たる目的としてなされた不当労働行為であるから,本件配転命令はその効力を有しない。

(被告の主張)

(ア) 労使協定違反について

就業規則上,「会社は業務上の必要にもとづき,従業員に転勤,出向または配置転換,職種の変更あるいは職階または資格の昇降進についての異動を命ずることがある」(50条)と定められており,協定書<証拠省略>上も「会社は,業務の都合により,本人の能力,適性,意志その他を考慮して組合員に異動を命ずることがある」と定めているところ,前記就業規則及び協定書は,被告と原告X1ら2名との労働契約を規律するものであり,本件配転命令は,前記就業規則ないし協定書に基づくものであって,労働契約の定める労働条件の範囲内のことであり,本件配転命令によって原告X1ら2名が2交替制勤務から平常勤務となり交替勤務手当が支給されなくなることも,労働契約の定める労働条件の内容であって,その労働条件をいささかも変更するものではなく,他に被告と原告X1ら2名との間に,職務,職場,勤務場所等を特定する合意はなされていない。

また,被告と労働組合との昭和52年11月14日付け協定書・覚書の定める「労働条件の変更」にあたる勤務形態の変更とは,例えば,2交替制勤務を導入するとか,平常勤務を2交替制勤務に変更するように,平常勤務以外の勤務形態に変更することであり,2交替制勤務から平常勤務に復することは「勤務形態の変更」に該当しない。「化工部門の2交替制勤務実施に関して」定めた被告会社と労働組合との平成2年4月28日付け協定書においては,異動(平常勤務から2交替制勤務へ,2交替制勤務から平常勤務への異動)については何らの定めもなされていない。現に,化工課と他の課との間における異動は,単なる異動として行われてきているのであり,これらについて,労働組合が「労働条件の変更」等と主張したことは全くない。また,被告会社は,平成7年7月21日,製品課RAリレー部門の3交代制勤務を2交代制勤務に変更し,さらに,同年12月11日,2交代制勤務を取りやめた。それに伴い,労働組合の組合員である原告ら2名は,平成7年7月21日付異動で3交代制勤務から2交代制勤務になったが,何ら異議はとどめていない。また,同年12月15日付で,原告1名は治工具課に異動して平常勤務となり,原告1名は2交代制勤務から平常勤務となったが,何ら異議をとどめていない。これらについて,労働組合からも異議の申し出は全くなかった。ましてや,3交代制勤務から2交代制勤務への異動,3交代制勤務,2交代制勤務から平常勤務への異動が労働条件の変更であるとの議論は全くなかったのである。

また,被告会社は,本件事業再建策の実施後,原告1名に対して,部品課モールド係(3交代制勤務)から製品課RA4係(平常勤務)へ異動したが,この異動について,原告からも労働組合からも何らの異議はなかったのであり,その異動が労働条件の変更であるとの議論も全くなかったのである。

さらに,原告X1ら2名に対する本件異動は,いずれも化工課から部品課への配置転換であるところ,前記協定書は,「その発令にあたっては次の取扱いをする」とし,「課間異動は,発令予定日の7日前までに本人に内示し,本人に異議ある場合は,所属組合と協議する」と定めているところ,被告は,本件労働組合と6回にわたって協議を重ねている。

加えて,昭和52年11月14日付け協定書に定める事前協議制については,被告会社と労働組合の間で見解を整理した昭和63年4月26日付け議事録により,営業譲渡については,「人員の分離をともなう場合,所属組合員の労働条件の変更について協議し,合意のうえ実施する」と確認されているところ,本件営業譲渡により,原告X1ら2名が所属する労働組合の組合員は「人員の分離」の対象とならなかったのであるから,その適用はない。

よって,本件配転命令は,なんら労使協定等の規定には反しておらず違法はない。

(イ) 本件配転の業務上の必要性と人選の理由について

a 人事異動に関する業務上の必要性については,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性までは不要であり,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限り,業務上の必要性はあるものというべきである。しかして,本件異動は,本件事業再建策に基づくものであり,本件異動に業務上の必要性の存することは明らかである。

b 被告は,原告X1ら2名に対して,その適性,能力及び経験等を考慮して,本件異動を命じたものであるが,その理由は次のとおりである。

(a) 原告X1

原告X1は,製造統括本部製造部化工課第1鍍金係において,化学研磨作業等の業務に従事していたものであるが,本件営業譲渡により,その業務はなくなったので,同人が,昭和55年7月から化工課勤務となった平成10年1月まで17年6か月にわたり接点溶接業務に従事して,接点溶接位置及び溶接強度の測定方法並びに品質安定化のための機械・器具等の調整方法を習熟しているものであるところ,部品課溶接係では,接点溶接作業等を行っているので,同人の長年の技能,経験を生かすことができ,また,同係に主任が必要であったので,その適性,能力及び経験等を考慮して信州工場部品課溶接主任(昇格)として,異動させたものである。

(b) 原告X2

原告X2は,製造統括本部製造部化工課第2鍍金係において,電気メッキ自動機によるメッキ作業等の業務に従事していたものであるが,本件営業譲渡により,その業務はなくなったので,同人が,平成3年5月から化工課勤務となった平成10年1月まで6年8か月にわたり接点溶接業務に従事して,接点溶接位置及び溶接強度の測定方法並びに品質安定化のための機械・器具等の調整方法を習熟しているものであるところ,部品課溶接係では,接点溶接作業等を行っているので,同人の長年の技能,経験を生かすことができるので,同人の適性,能力及び経験等を考慮して信州工場部品課溶接係へ異動させたものである。

(ウ) 不当労働行為について

a 被告の経営状況について

被告は,平成9年度ころから,国内の経済不況のあおり,リレー業界の競合各社が中国に生産拠点を大規模に展開したこと及び通信機用リレーの分野に参入する企業が相次いだことなどから値下げ競争が激化したこと等により大幅な供給過剰状態に陥るとともに,収益も急激に悪化し,通常のコストダウンでは対応しきれず,恒常的赤字体質に陥るようになった。被告は,赤字状態の継続は,今後の資金調達を困難にすることから,会社の存続を図るべく早急に利益の出る体質にすることが必要不可欠と判断し,国内外注の大幅縮小・整理,株式会社宮崎テックにおける希望退職の実施,ドイツ製造子会社の廃止・撤退,役員の報酬カット,管理職の昇給の抑制・賞与の減額,物流部門の現地化による効率化と顧客サービスの向上等を実施するとともに,事業の再構築を図るべく検討を重ねたが,平成11年度以降も10億円以上の損失が見込まれる状況になったことから,会社存続の問題にもかかわるものと判断し,本件事業再建策を策定し,本件労働組合に申し入れた。

b 本件事業再建策策定時の信州工場の状況

平成10年度の信州工場における部品部門の年間製造費用は約30億円であって,直接製造に約20億円の費用を要したのに対し,収入は約12億円で8億円の差損が生じており,直接製造にかかわらない残りの約10億円の費用は,高齢者の雇用確保による人件費の負担であったところ,被告は,これらの損失について,子会社及び外注等からの購入品の購入価格を極力引き下げて捻出した差益によって補填し,信州工場における生産を維持して雇用の確保を図ってきた。しかし,価格競争の激化の影響で,子会社及び外注を通じたコストダウンは不可能な状況となり,また,平成10年度の売上高も165億円と対前年比48億円減という大幅な減少で,低成長のリレー市場においては急激な売上高の回復は見込めなかったことから,被告においては,余剰人員対策と人件費削減等を行い,信州工場の価格競争力の向上を図り,また顧客の要求に即座に応じられる柔軟な生産体制の整備を図るなど,信州工場の改革が事業再建のためには必要不可欠と判断した。

そこで,被告は,信州地区に製造拠点を存続させ,可能な限りの雇用の場を維持すること,コスト形成が可能な賃金を含めた労働条件を適用し,市場競争力のある会社とすること,製造拠点統合により間接コストを削減すること,独立会社としての特色(機動性・独自性)を活かし,柔軟かつ迅速に市場ニーズに対応できる経営を行い,国内製造拠点としてのメリットを追求すること,小さな組織で責任と権限をより明確にして活力ある組織づくりを進めること等を目的として事業の再建を模索した。その結果,被告は,コスト形成が可能な賃金を含めた労働条件を適用するとともに,多品種少量生産や短納期等に対応出来るフレキシブルな生産体制の構築ができ,小さな組織で意思決定が早く,活力があり,市場競争力に対応出来る会社である千曲通信工業に信州工場の営業を譲渡することが適切であると判断し本件事業再建策として立案した。

c 信州工場存続の理由,野沢分工場からの異動の必要性

選別・均し工程業務に必要な製造設備(機械等)を千曲通信工業への譲渡から除き,被告の信州工場部品課に移設することにしたのは,信州工場の仕事量を確保するとともに,可能な限りこれまでの業務を継続できるよう考慮したことによるものである。被告は,既に述べたとおり,メッキ製造に関連する事業の大部分を千曲通信工業へ営業譲渡したので,それまで化工課で勤務していた10名を他部門へ異動させることが必要であった。

d 本件事業再建策に関する団体交渉の経過等

(a) 被告は,本件事業再建策の実施をするに際し,平成11年1月から,本件事業再建策の白紙撤回を求める本件労働組合,あるいは同役員らとの間で,被告の業績及び信州工場のコスト状況について詳細に説明し,今後も,値下げ競争が激化し受注の減少もあって急激な収益悪化をもたらし,恒常的な赤字が継続する見込みであること,このような中で,中長期計画を立てられるような状況でなく,資金調達も困難となり,今後どのように会社を存続させていくかを全力をあげて検討していることを説明し,このような大幅な赤字を見込んだ事業計画は立てられない現状について繰り返し理解を求め,労働組合の質問にも詳細に回答し,誠実に団体交渉を継続してきたものであって,違法に団体交渉を拒否したことは全くない。被告の交渉経過は何ら不当労働行為には該当しない。

(b) 団体交渉状況等

被告と本件労働組合との交渉経過及び本件事業再建策の実施状況の概要等は,下記のとおりである。(なお,日にちはいずれも平成11年である。)

<1> 1月27日 従業員組合を交えた労使協議会(以下「労使協議会」という。)

<2> 2月23日 労使協議会

<3> 3月4日 労使協議会

<4> 3月30日 労使協議会

<5> 4月1日 団体交渉(ただし,賃上げに関するもの)

<6> 4月8日 団体交渉(ただし,賃上げに関するもの)

<7> 4月13日 団体交渉(ただし,賃上げに関するもの)

<8> 4月22日 団体交渉

<9> 4月30日 団体交渉

<10> 5月13日 団体交渉

<11> 5月20日 団体交渉(ただし,賃上げに関するもの)

<12> 5月27日 団体交渉(ただし,賃上げに関するもの)

<13> 6月3日 団体交渉(ただし,賃上げに関するもの)

<14> 6月4日 同月14日から22日まで信州工場の希望退職者及び千曲通信工業への転社者を募集することについて,その募集の条件とともに書面通知

<15> 6月8日 団体交渉

<16> 6月9日 団体交渉

<17> 6月14日 信州工場従業員の希望退職者及び千曲通信工業への転社者を募集公示

<18> 6月22日 前記募集終了

<19> 6月21日から23日 希望退職及び千曲通信工業への転社申込者に対する承諾の通知

<20> 6月29日 定時株主総会で,千曲通信工業に対する信州工場のリレー製造に関する営業の一部譲渡の件が承認され,その営業譲渡の範囲及び時期等については取締役会に一任された。

<21> 6月30日 団体交渉

<22> 7月7日 信州工場のレイアウト事前説明会

<23> 7月8日 団体交渉

<24> 7月15日 団体交渉

<25> 7月16日 信州工場従業員への異動内示

<26> 7月20日 希望退職者58名,千曲通信工業への転社応募者183名に対して退職発令

<27> 7月21日 千曲通信工業への営業譲渡契約締結

<28> 7月19日から8月4日 機械,設備等の移設と千曲通信工業への引渡し

<29> 7月21日 団体交渉

<30> 7月23日 団体交渉,3役折衝

<31> 7月26日 A委員長及び化工課に所属する組合員10名を除く86名に対して,それぞれ異動発令

<32> 7月28日 団体交渉

<33> 7月30日 団体交渉

<34> 8月3日 団体交渉

<35> 8月9日 団体交渉

<36> 8月10日 B執行委員を除く化工課に所属する組合員9名に対して,部品課に7名,品質管理課に1名,製品課に1名の人事異動発令(本件配転命令)

<37> 12月28日 B執行委員に対して,信州工場製品課への人事異動発令

(c) 従業員組合との交渉経過

被告は,従業員組合とも交渉を重ね,下記の経過で本件事業再建策の実施について合意した。

<1> 4月23日 団体交渉

<2> 4月30日 3役折衝

<3> 5月6日 団体交渉

<4> 5月14日 団体交渉

<5> 5月18日から19日 団体交渉

<6> 5月21日 団体交渉

<7> 5月25日から26日 団体交渉

<8> 6月1日から2日 団体交渉

<9> 6月2日 団体交渉(本件事業再建策について妥結)

e 不利益取扱いについて

被告は,前記のような会社経営上の必要から,信州工場及び野沢分工場の営業譲渡を行い,前記各工場の従業員全員に対し,希望退職あるいは千曲通信工業への転社を募ったものであって,殊更,本件事業再建策の実施により本件組合員の脱退を強要したり,原告X1ら2名が本件労働組合の組合員であることを理由に,本件労働組合の組織の切り崩しを目的として本件配転命令を発したものではないから,本件配転命令は,何ら原告X1ら2名及び本件労働組合に対する不利益取扱いには該当しない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)のア(被告の定期昇給実施義務の有無)について

(1)  証拠(<証拠省略>,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,昭和30年度から平成10年度に至るまでの被告における定期昇給に関する就業規則,給与規定における定め,被告と労働組合との間の協定の内容,定期昇給の実施状況について,以下の事実を認めることができ,これらを覆すに足りる証拠はない。

ア 昭和30年2月1日から実施された被告の賃金規定においては,以下の定めがあった。

(ア) 年令(ママ)給は満年令(ママ)×100円とし,最高を4000円とする。満年令(ママ)は毎年6月1日現在を以て算定する(6条)。

(イ) 勤続給は左の通りとする。勤続満1年を超える1年に付200円の割合で支給する。…前項の勤続年数は毎年6月1日現在を以て算定する(8条)。

イ 被告はその後,昭和30年2月1日実施の上記賃金規定の改定に取り組み,同賃金規定に規定されていた日給制を月給制に変更し,さらに,昭和33年度から等級号俸制を導入した。

ウ 昭和34年3月21日から実施された被告の給与規定の22(ママ)条において,「昇給は年1回5月21日に定期的に行い,その範囲は本給表に基き(ママ)標準4号とし,最高6号迄とする。…」と改定された。

エ 昭和35年5月21日実施の被告と労働組合との間における協定書においては,「昭和35年度定期昇給に限り標準(4号)最高(6号)の枠を夫々1号引上げ標準(5号)最高(7号)とする。」と定められた。

このように,昭和35年度においては上記ウの給与規定と異なる昇給基準が定められ,この定めに基づいて定期昇給が行われた。

オ 昭和36年4月1日に被告と労働組合との間において締結された「定期昇給についての協定書」においては,「36年度の定期昇給は現行協約(給与規定)に定める年1回の定期昇給制度を基調とし…今年に限り次の通り協定実施する。1 昇給額 標準8号最高10号 最低5号」と定められた。

このように,昭和36年度においても上記ウの給与規定と異なる昇給基準が定められ,この定めに基づいて定期昇給が行われた。

カ 昭和37年5月12日に被告と労働組合との間において締結された協定書においては,「昭和37年度の定期昇給…として次の如く支給する。一律1000円プラス定期昇給」とのみ定められたところ,昭和37年度の昇給も,上記ウの給与規定の定めと異なる定期昇給が行われた。

キ 昭和38年5月14日に被告と労働組合との間で締結された協定書においては,「今年に限り定期昇給を次の通り決定したので協定する 1 最低5.85号平均7.85号 最高9.85号」と定められた。

このように,昭和38年度においても上記ウの給与規定と異なる昇給基準が定められ,この定めに基づいて定期昇給が行われた。

ク 上記エないしキのように,昭和35年度から昭和38年度において,上記ウの給与規定に定める昇給基準と異なる昇給基準が労働組合との間の協定書において定められ,実施されてきた。そこで,被告及び労働組合は,以後においても,定期昇給の昇給基準については,各年度ごとに,被告と労働組合との間において協定することにより定めればよいという認識に至り,これを背景として,昭和38年7月21日から実施された被告の給与規定の52条においては,「昇給は年1度5月21日定期とする。」とのみ定める内容に改定され,従前の給与規定における,昇給基準として昇給金額,号俸等で定められていた部分が削除された。

ケ 昭和39年度以降,平成10年度までの定期昇給は,毎年ごとの被告と労働組合との協定に基づいて実施された。すなわち,まず被告が労働組合から賃上げの要求を受け,これに対して被告が団体交渉の場において回答し,合意をした上,昇給基準,実施日等を定めて協定を締結した上,実施してきた。

(ア) 被告が労働組合に示した定期昇給についての回答は,昭和51年度については,定期昇給3号俸であった。労働組合は,その機関誌「おはよう」は,「このような額は回答ではない」「これは回答といえるものではない。額の上積みをしてほしい」と記載したが,定期昇給4号俸は交渉するまでもなく当然支給されるべきとの主張はしなかった。交渉の結果,定期昇給は結局4号俸で妥結した。その他の年度については,被告が労働組合に示した定期昇給についての回答は,定期昇給4号俸であり,妥結した内容も,定期昇給4号俸であった。

(イ) 昭和39年度の被告と労働組合との間の協定書においては,「39年度の定期昇給…は次の通りとする。1 定期昇給4号(1096円)…2 定期昇給は人事考課に基づき標準4号最高5号最低3号とする。」と定められ,これに基づいて定期昇給が実施された。

(ウ) 昭和40年度以降においても,被告と労働組合との間の協定書において,同様に,定期昇給と臨時昇給に区分した各年それぞれの昇給基準が定められ,これらの定めに基づいて定期昇給が実施された。なお,昭和51年度については,「昭和51年度賃金および諸要求改定内容妥結書(案)」という文書が作成され,この文書は,5級職資格審査基準という定期昇給以外の部分について労働組合から異議が出たため被告と労働組合が調印するまでに至らなかったものの,定期昇給の昇給基準を定めた部分(定期昇給4号俸)については,被告と労働組合との間で合意に達しており,これに基づいて定期昇給が実施された。

(エ) 昭和39年度以降の定期昇給の支給日についても,被告と労働組合との間の合意で定められ,協定書には記載されていないものの,昭和48年度,昭和52年度,昭和54年度ないし平成5年度,平成8年度,平成12,13年度が5月26日以降の日であり,平成6年度,平成7年度,平成9年度,平成10年度が4月28日であった。その他の年度については,明らかでない。なお,下記コに記載したように,定期昇給の実施日は,昭和41年度以降は3月21日となったが,3月21日に実施する場合は4月28日に支給すべきことになるところ,定期昇給を4月28日に支給しなかった年度において,労働組合から支給日につき異議が出たことはなかった。

(オ) 昭和39年度,昭和40年度の定期昇給の実施日については,上記ク記載の給与規定では昇給は5月21日に実施する旨定められていたにもかかわらず,被告と労働組合は,3月21日に実施する旨合意し,これに基づいて定期昇給を実施した。

コ 昭和41年6月21日から実施された被告の給与規定の52条において,「昇給は年1度3月21日定期とする。」と改定された。

サ 平成4年3月21日実施の現行の被告の給与規定の58条においても,「昇給は年1度,3月21日定期とする。」と定められている。

(2)  以上を前提に,以下判断する。

ア 就業規則,給与規定を根拠とする定期昇給実施義務の有無

上記(1)によれば,被告の就業規則やこれを受けた給与規定においては,昭和30年度及び昭和34年度から昭和38年度については,定期昇給及びその具体的昇給基準が定められていたが,昭和34年度から昭和38年度の定期昇給においては,被告と労働組合との間の協定において,給与規定に定められた具体的昇給基準と異なる基準が合意され,これに基づいて定期昇給が実施された。これを受けて,昭和38年7月21日に実施された被告の給与規定においては,「昇給は年1度5月21日定期とする。」とのみ定められて具体的昇給基準は削除されるに至ったものであり,これが「昇給は年1度3月21日定期とする。」と改定されたものが現行の給与規定の定めとなっている。そして,昭和39年度以降,平成10年度までの定期昇給についても,その具体的昇給基準は,昭和51年度を除き,被告と労働組合との間の交渉を経て締結された協定に基づいて実施され,昭和51年度についても,被告と労働組合との間の合意に基づいて実施されたというのである。

そうすると,現行の就業規則,給与規定は,「昇給は年1度3月21日定期とする。」という定めがあるとはいっても,定期昇給の内容たる具体的昇給基準が定められておらず,これについては,被告と労働組合との間の毎年の団体交渉の結果の合意によって決められることを前提として,昭和38年7月21日実施の給与規定から削除されたという経緯があり,現にそれ以降については両者の毎年の団体交渉の結果の合意によって定められていたものであって,そうである以上,定期昇給の内容が定められていない就業規則,給与規定を根拠に,法的に定期昇給実施義務が発生すると評価することはできないというべきである。

原告らは,具体的な昇給金額が定められていないことをもって,定期昇給実施義務がないとはいえず,被告と労働組合との賃上げに関する団体交渉や協定の締結は,被告の有する定期昇給実施義務の内容を具体化する方策に過ぎないと主張し,昭和35年度から昭和38年度における定期昇給は,給与規定の範囲とは異なったものの,いずれも従業員に有利な方向で合意されたものであること,具体的な昇給金額は定期昇給の範囲を定めるに過ぎず,定期昇給義務の存在自体はすでに給与規定により定まっていること,を指摘する。しかし,昭和35年度から昭和38年度における定期昇給が,いずれも従業員に有利な方向で合意されたものであるとしても,これのみをもって,昭和38年7月21日実施の給与規定の改定の趣旨が,定期昇給の最低幅が4号俸であることを当然の前提としてその記載を削ったものであるとみることはできず,上記に照らせば,これは,被告と労働組合との間の毎年の団体交渉の結果の合意によって決められることを前提として,昭和38年7月21日実施の給与規定から記載を削ったとみるほかはない。そして,具体的な内容を欠いた抽象的な定めをするにすぎない給与規定の定めから,直接,定期昇給実施義務という具体的な法的義務の発生を帰結することができないこともまた明らかである。したがって,原告らの主張は,上記に照らしても,採用することができない。

また,原告らは,被告は,労働組合との間の団体交渉等により定期昇給金額を具体的に確定する義務を負うものであって,団体交渉等において,定期昇給の実施を拒否することは給与規定に反し許されないと主張する。

しかし,具体的内容の定まっていない給与規定を根拠として,被告が,当然に,労働組合との間の団体交渉等により定期昇給金額を具体的に確定する義務を負うとする論は成り立たない。また,団体交渉等により合意が成立しなかった場合に,たとえほぼ35年間被告がその内容で回答していたという事情があるとしても,原告らの指摘するような4号俸という内容で当然に交渉が調ったとみなすことは,解釈論として相当でない。しかも,本件において,被告が労働組合との間の交渉を故意に拒否したなどの特段の事情はなく,被告は,上記前提事実1(4)の平成11年3月21日の定期昇給不実施の経過に記載したとおり,被告は労働組合との間で多数回の団体交渉を行い,定期昇給不実施の理由も十分説明しているとみられるものである。したがって,原告らの主張は,採用することができない。

なお,被告が平成12年度及び平成13年度において定期昇給を実施しているとしても,これは被告の企業努力の顕れと捉えることができるものであって,これを平成11年度の団体交渉の場における被告の不誠実性の根拠と見るのは相当でない。

また,原告らは,平成11年度の定期昇給の不実施については,被告の企業としての財務内容に何ら問題はないことを踏まえると合理的理由はない旨主張する。そして,原告らは,被告は,平成11年当時債務超過にも陥っておらず,自己資本比率,流動比率についても問題はなかったと指摘し,<証拠省略>及び原告F本人尋問の結果中には,これに沿う部分がある。しかし,原告らの指摘する点を前提としても,後記3に認定したとおり,被告が,平成11年当時,すでに恒常的な赤字体質に陥っており,企業の存続上窮地にあったということには変わりがない。すなわち,証拠(被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,当時の被告の経営状態は,平成9年度が約8億円,平成10年度が約12億円の赤字を計上し,平成11年度及び平成12年度についても10億円を超える赤字となる見通しであって,恒常的な赤字体質に陥っており,赤字体質の改善のためにコスト削減が急務とされている状況であったのであって,このような場合,営利企業である被告としては,債務超過等の事態に立ち至る前に,自己資本比率,流動比率に問題がない時期において,企業を存続させるため,赤字体質を脱却するための事業再建策を立てて実施することは合理的施策の範囲内であるというべきである。したがって,原告らの主張は,採用できない。

また,原告らは,平成11年度の定期昇給の不実施は,事業再建策を実施するという事情があったからという理由に尽きるとの指摘もするが,原告らの推測の域にとどまるものというほかない。

イ 労使慣行としての定期昇給実施義務の有無

労使慣行が法的拘束力を有するためには,同種の行為又は事実が長期間反復,継続して行われており,労使双方が明示的に当該慣行によることを排除,排斥していないことのほか,当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることが必要と解するのが相当である。

しかるに,本件においては,定期昇給4号俸が被告の規範意識に支えられているとみることは困難な事情がある。

すなわち,被告の給与規定において以前は存在していた定期昇給の具体的昇給基準の定めが削除されたのは,上記の経緯に照らせば,給与規定の定めと被告と労働組合との間の協定とが齟齬することを避け,各年ごとの具体的昇給基準については毎年行われる被告と労働組合との間の交渉の結果の合意に委ねるという意思を被告と労働組合の双方が有するに至った結果であるとみるべきものであり,現に昭和39年度から平成10年度に至るまで,双方の合意に基づいて具体的昇給基準が定められ実施されているという事実は,そうした意思を被告と労働組合の双方が有し続けていた事実を強く推認させるものである。

そうすると,本件において,被告が定期昇給4号俸を各年度において実施したのは,あくまで労働組合との毎年の団体交渉の結果の合意を踏まえたものとの認識に基づくというべきであり,被告は,現に,毎年労働組合との団体交渉等を経た合意に基づいて,定期昇給4号俸を実施してきており,1回のみではあるが,団体交渉の場において定期昇給3号俸の提案をしたこともあるなど,被告は定期昇給の具体的昇給基準については毎年労働組合との団体交渉等の場において実質的に検討するとの姿勢を有していたとみられるものである。しかも,定期昇給の範囲が団体交渉のテーマとなっていたということ自体,定期昇給4号俸という規範が存在したこととは両立しない事実である。

したがって,被告が,昭和39年度以降平成10年度に至るまで,労働組合の賃上げ要求に対し,1回の例外を除いて毎年定期昇給4号俸の回答を続けていたことを考慮しても,上記に照らせば,原告らが指摘するように,定期昇給4号俸という内容は被告の方が固執していたとみることはできず,定期昇給4号俸という内容で昇給を実施するとの規範意識に支えられていたと認めることもできない。

なお,原告らは,被告が昭和38年の段階で定期昇給4号俸の内容でモデル賃金表を作成していた旨主張し,甲第147号証,第148号証にはこれに沿う記載がある。しかし,団交記録ノート(甲147,148)の記載は「会社は,賃金体系―年功―定昇4号でモデルが出来ている」「モデル.定期昇給.4号」というものにすぎず,これのみをもって被告が定期昇給4号俸の内容でモデル賃金表を作成したと認めることは,被告代表者のモデル賃金表のようなものは見当たらないとの反対趣旨の供述にも照らし,困難といわざるを得ない。

また,原告らは,昭和63年度の協定書<証拠省略>,において,「満58歳以降の昇給は定期昇給(4号俸)を除く臨時昇給相当額とする」と記載されていることを指摘するが,この括弧書きは,当時定期昇給4号俸として実施したからという理由で十分説明がつくものである。また,原告らは,昭和54年度の妥結書<証拠省略>についても,「出勤査定の範囲は定期昇給の範囲とする。」との定めによってすべて4号俸の範囲でされている点も指摘するが,これについても,当時定期昇給4号俸で実施したからという理由で十分説明がつき,定期昇給4号俸という内容が労使慣行となっていたという事実を推認させるには足りないといわざるを得ない。

また,原告らは,昭和53年1月19日付けで被告の人事部において作成された「第3賃金委員会資料」<証拠省略>に「定昇(4号俸)」と記載があることを指摘する。しかし,これについても,当時定期昇給4号俸で実施していたため仮に4号俸という場合にこういう数字になるということを参考資料として記載したにすぎないというべきであり,この記載をもって,定期昇給4号俸という内容が被告においても規範として捉えられていたと推認することはできない。

(3)  小括

以上によれば,原告らの被告に対する平成11年度の定期昇給4号俸が実施されるべきことを前提とする請求は,争点(1)のイ,ウについて判断するまでもなく,いずれも理由がない。

2  争点(2)のア(確認の利益の有無)について

原告X1ら2名の請求のうち,同人らが被告の別紙配転命令目録の「旧業務」欄記載の各業務に従事する労働契約上の地位にあることを確認することを求める訴えについては,前記前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば,現在,野沢分工場には,千曲通信工業において化工課が設置されており,被告において別紙配転命令目録記載の「旧業務」欄記載の各業務が存在しないと認められるから,いずれも確認の利益を欠く不適法な訴えとして,却下を免れない。

しかし,原告X1ら2名の請求のうち,本件配転命令無効確認の訴えについては,必ずしも配転命令という法律行為そのものが無効であるとの確認を求めているのではなく,無効の結果その配転命令による法律関係が現在存在しないということの確認を求める趣旨と解されるから,適法というべきである。

被告は,各配転命令の無効確認を求める訴えは,現在の権利関係ではなく過去の配転命令の無効確認を求めるものであり,単なる事実の確認を求めるに過ぎないと主張する。しかし,原告X1ら2名の上記請求は,本件配転命令という過去の法律関係の確認を求めるものであって単なる事実の確認を求めるに過ぎないとはいえず,また,過去の法律関係の確認であっても,それが原告X1ら2名の現在の権利または法律関係(配転先における就労義務の不存在)についての現在の危険ないし不安を除去するための紛争解決の手段として有効適切であるといえるから,適法というべきである。被告の上記主張は,採用できない。

3  争点(2)のイ(被告X1ら2名に対する本件配転命令の効力)について

(1)  本件配転命令についての労使協定違反の有無

被告の就業規則には,従業員の異動に関し,前記第2,1(5)アに記載したとおりの内容の規定が置かれており,また,被告と労働組合との間では,前記第2,1(5)イに記載したとおりの内容の労使協定書(以下「本件労使協定書」という。)及び前記第2,1(5)イ,ウに記載したとおりの同協定覚書(以下「本件覚書」)が取り交わされており,前記覚書には,前記協定書に定める労働条件とは,主として労働時間,賃金,勤務形態をいうと定められているところ,原告X1ら2名は,本件配転命令が労働組合との合意がないのに実施されたもので,これは,本件労使協定書の「会社は,企業の縮小・閉鎖・分離・合併・新機械の導入などにより,組合員の労働条件を変更する必要が生じた場合は,労働条件の変更については,事前に所属組合と協議し,合意の上実施する。」との規定及び本件覚書の「『労働条件』とは主として労働時間,賃金,勤務形態をいう。」との規定に反するから,効力を生じない旨主張している。

ア 前記第2,1(6)ないし(9)によれば,本件配転命令の発令の経緯は,概ね以下のとおりである。

(ア) 被告は,野沢分工場の異動対象者のうち,原告X1ら2名については,原告X1につき信州工場部品課溶接係主任に,原告X2は,同工場部品課溶接係にそれぞれ異動させることとし,平成11年7月26日の発令を予定して,野沢分工場の化工課長から,同月16日に原告に(ママ)対して,同月19日に原告X2に対して,それぞれ内示した。

(イ) 本件配転命令は,課間異動の性格をもつ異動であった。すなわち,被告の組織においては,その組織機構上及び実際の業務分担の見地から見て,野沢分工場は,信州工場化工課として,同工場の一部門の位置にあったし,本件配転命令当時においても,原告X1ら2名が異動を発令されたような,化工課(野沢分工場)から事業所(信州工場)への異動は,課間異動であった。

(ウ) 原告X1ら2名から前記異動の内示に異議が申し立てられたことから,前記第2,1(5)イ記載の労使協定の定めに従い,同月21日以降,被告と労働組合との間での協議が開始されたが,同原告らの配転への理解を求める被告と,本件配転命令が,労働条件の変更であり著しい賃金の低下を招くことなどを指摘して撤回を求める労働組合との間で折り合いが付かず,合意に至らなかったため,被告は,協議を打切り,同年8月10日,原告X1ら2名に対して,本件配転命令を発令した。

(エ) 本件配転命令の結果,原告X1ら2名に対し支給されていた2交替制勤務による交替勤務手当(平均月額は,原告X1につき金7万4500円,原告X2につき金7万8900円)の支給はなくなった。

(オ) 被告は,化工課(野沢分工場)の自動メッキ作業,モールド加工職場RA職場の場合のように,特定の職場に新たに交替勤務を導入するときは,本件労使協定書及び本件覚書にいう「労働条件」の「変更」にあたるという認識の下に,労働組合との合意の上で実施してきた。なお,労働組合が,被告に対し,本件配転命令の場合以外の交替勤務から平常勤務への勤務形態の変更を伴う異動について,異議を述べて合意をしなかった事例はなかった。

(カ) 本件配転命令が発せられた事情の一つとして,本件事業再建策の結果,野沢分工場が千曲通信工業に全面譲渡され,原告X1ら2名が所属していた化工課(野沢分工場)が,被告において職場として存在しなくなったということがある。本件事業再建策は,平成7年7月に被告が富士通の子会社になったことを機縁として,被告が継電器(リレー)等部品の営業部門をF&Tに営業譲渡するなど被告の経営体制が変化したことを背景に,信州工場の敷地内に置かれていた,リレーなどの開発,設計,商品化等を扱うデバイス技術部を,長野県須坂市のF&Tの技術開発センターの敷地内に新設した被告の技術開発センターに移転させるなどの措置と同時並行的に行われた。

イ ところで,原告X1ら2名と被告の間に,職務,職場,勤務場所等を特定する合意がなされたと認めるに足りる証拠はなく,前記就業規則には,「会社は業務上の必要にもとづき,従業員に転勤,出向または配置転換,職種の変更あるいは職階または資格の昇降進についての異動を命ずることがある。」旨定められており,前記協定書上も,「会社は,業務の都合により,本人の能力,適性,意志その他を考慮して組合員に異動を命ずることがある。」旨定められており,前記就業規則及び協定書は,被告と原告X1ら2名との労働契約を規律するものというべきである。

被告及び労働組合は,これまで「労働条件」の「変更」に当たる場合としては,特定の職場に新たに交替勤務を導入するときなどについては格別,交替勤務から平常勤務への勤務形態の変更を伴う異動については,本件配転命令時までは特に念頭に置いて行動していなかったことが窺われ,前記協定書・覚書の定める「労働条件の変更」にあたる勤務形態の変更とは,2交替制勤務を導入するとか,平常勤務を2交替制勤務に変更するように,平常勤務以外の勤務形態に変更することを指すものであり,2交替制勤務から平常勤務に復することは,「勤務形態の変更」に該当しないものと解される。

したがって,本件配転命令は,前記就業規則ないし協定書に基づくものであって,労働契約の定める労働条件の範囲内のことであり,本件配転命令によって原告X1ら2名が2交替制勤務から平常勤務となり,そのため交替勤務手当が支給されなくなることも,労働契約の定める労働条件の内容であって,その労働条件を変更するものとはいえない。

しかも,原告X1ら2名に対する本件異動は,いずれも化工課から部品課への配置転換であって,前記協定書では,発令予定日の7日前までに本人に内示し,本人に異議ある場合は,所属組合と協議する旨定められているところ,異議申立て後,被告は,労働組合と協議を行い,合意が得られずに発令に至ったものであり,前記協定書及び覚書に沿った手続が行われている。

以上によれば,本件配転命令は,前記労使協定書及び前記覚書に違反するということはできない。

ウ なお,原告X1ら2名は,本件配転命令の理由となった営業譲渡が,その効果として企業の縮小,閉鎖,分離を伴うものであること,営業譲渡により「人員の分離」を伴う場合についても労働組合の同意を得るべきであることを指摘する。しかし,上記に認定したとおり,本件配転命令は,野沢分工場における業務について営業譲渡がされたことにより新たに交替勤務が導入されたり平常勤務に復したりする場面とは異なり,課間異動によって異なる業務に就いたことによって交替勤務が平常勤務になったにすぎないものであり,この程度の課間異動は,被告との間で職種や勤務形態を限って労働契約を締結したものではない原告X1ら2名としては,「労働条件の変更」とまでいえないことは上記に認定したとおりである。したがって,本件配転命令について,本件労使協定書及び本件覚書における課間異動についての規制に服するは格別,これを「労働条件の変更」に該当すると解することはできないし,原告X1ら2名が本件営業譲渡により「人員の分離」の対象になっていないことも明らかである。よって,原告X1ら2名の主張は,採用できない。

なお,原告X1ら2名は,被告が労働組合との間で行った協議は,単に交渉を重ねたものに過ぎず,被告は,同原告らの異動の必要性を含め労働組合を到底納得させるべき説明すら行っていないもので,前記の労使協定に定める協議を実施したとは到底評価できない旨主張するが,この主張についても,後記(3)アに判断するとおり,採用することができない。

(2)  本件配転命令の必要性の有無

配転命令につき業務上の必要性が存する場合は,当該配転命令は権利の濫用になるものではないというべきであり,この業務上の必要性については,当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。

これを本件についてみるに,本件配転命令は本件事業再建策の結果,交替勤務が行われていた野沢分工場が被告において職場として存在しなくなったことを背景とする課間異動であるから,本件事業再建策を行う経営上の必要性があったかどうかについて検討する必要がある。

この点,本件事業再建策が提案されたころの被告の業績や他の対策,信州工場の状況等について,証拠(<証拠省略>,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 平成9年度から平成11年度は,世界経済,日本経済ともに全体として厳しい状況であった。これに加え,被告が業務を行っているリレー業界においては,競合各社が中国に生産拠点を大規模に展開し,被告の主力である通信機用リレーの分野に参入する企業が相次ぐなどの要因により大幅な供給過剰状態になり,値下げ競争が激化した。

イ 被告の業績は,上記アのような状況の下で悪化し,平成9年度は,売上高213億3073万5000円(対前年比1.4パーセント減),経常損失3億9121万8000円,当期損失8億1483万6000円であり,さらに,平成10年度は,売上高165億6596万9000円(対前年比22.3パーセント減),経常損失11億0541万9000円,当期損失12億3656万3000円となった。

ウ 他方,信州工場の状況は,被告の経常損失,当期損失の額を凌駕する損失額を出す状況であった。すなわち,平成10年度の信州工場(事業所)における部品部門の年間製造費用は約30億円であり,そのうち,直接製造にかかる費用が約20億円であったのに対し,その生産による収入は約12億円であった。

エ 値下げ競争による市場価格の下落は,通常のコストダウンでは対応しきれないものであり,また,低成長のリレー市場においては急激な売上高の回復は見込めないことから,被告は,恒常的赤字体質に陥り,それが継続する状態に陥っていた。他方,金融機関においても貸し渋り,融資先選別等の傾向が強くなり,被告としては,赤字が継続することは今後の資金調達の困難化に直結する懸念があった。そこで,被告としては,企業を存続させるためには,早急に赤字体質を脱却することが必要不可欠となっていた。

オ 以上のような状況を受けて,被告は,国内外注の大幅縮小・整理,関連会社である株式会社宮崎テックにおける希望退職の実施,ドイツ製造子会社の廃止・撤退,役員の報酬カット,管理職の昇給の抑制・賞与の減額,物流部門の現地化による効率化,顧客サービスの向上等の対策をとり,事業の再構築を図るべく検討を重ねた。

カ しかし,以上のオのような対策をとっても,平成11年度以降も10億円以上の損失が見込まれる状況であった。そのため,被告は,企業を存続させるためには,上記ウのように被告の経常損失,当期損失の額を凌駕する損失額を出す状況であった信州工場について抜本的な対策を行わざるを得ないと判断し,リレー事業にとって重要な工程である化工部門のさらなるコスト削減のため,そうしたコスト形成が可能な賃金を含めた労働条件の適用が可能であり,フレキシブルな生産体制が構築でき,小さな組織で意思決定も早く市場競争力のある千曲通信工業に営業譲渡をすることが適切であると考えた。そこで,被告は,本件事業再建策を策定し,労働組合に申し入れ,実施した。

以上によれば,被告が本件事業再建策を行う経営上の必要性があったことが認められる。したがって,本件配転命令につき業務上の必要性が存在したというべきである。

原告X1ら2名は,本件配転命令の理由となった本件営業譲渡そのものが,事業再建策とは名ばかりのもので,信州工場の健全な発展に反するものであって,それ自体企業経営にまったく不必要なものであるとの主張をする。しかしながら,証拠(<証拠省略>,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,本件事業再建策は,リレー業界における値下げ競争や売上高の減少からくる赤字体質から脱却するため,通常のコストダウンを行ったがこれが限界になったという事情の下で,そのほとんどの赤字額の原因となっている信州工場の収益力を改善するために企業経営上やむを得ず行ったものであること,本件配転命令は,原告X1ら2名の適性,能力及び経験等を考慮して決められたものであることが認められ,営利企業である被告として経営上及び人事政策上の見地からこのような選択をすることが必要であったというべきである。

よって,原告X1ら2名の主張は,採用することができない。

(3)  本件配転命令が被告の不当労働行為となるか否か

ア 被告の不誠実団交の有無

原告X1ら2名は,労働組合は,デバイス技術部の須坂移転について,被告と2回の交渉を行い,また,本件事業再建策の実施についても平成12年2月3日まで21回の交渉を行ったが,労働組合を納得させるような資料を提供することもなく,専ら形式的な交渉に終始したもので,誠実な団体交渉を行ったとは到底言えない旨主張する。

そこで,被告と労働組合との間の団体交渉の経緯について見るに,証拠(<証拠省略>,被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 被告のC社長(当時)は,平成11年1月5日,信州工場において年頭の挨拶を行った。C社長は,被告の赤字体質などの危機的状況を具体的な数字を示しながら訴え,貸し渋りなどの影響による資金調達の困難化を指摘し,これまでに役員報酬のカット,管理職の賞与の減額,組立外注の大幅な縮小・整理,関連会社である株式会社宮崎テックにおける希望退職の実施等の施策を行ってきたことを説明し,平成10年度も大幅な赤字が避けられない状況であるため経営改善のための施策を検討していることを述べた。

(イ) 被告は,平成11年1月27日,2月23日及び3月4日,労働組合,従業員組合と労使協議会を開催した。被告は,1月27日,2月23日に,受注が落ち込んでいる状況や平成10年度に約12億円の当期損失が見込まれることなどを説明し,3月4日に,現状のまま推移した場合の予測損益計算書,予測貸借対照表等を資料<証拠省略>として示した上,被告の業績及び信州工場のコスト状況について詳細に説明した。

(ウ) 被告は,平成11年3月30日,労働組合,従業員組合と労使協議会を開催し,本件事業再建策を記載した書面<証拠省略>を手交して説明した。この席上,被告は,労働組合及び従業員組合からの質問に対し,1時間以上にわたって,本件事業再建策に必要な資金とその調達方法等について,逐一説明した。

(エ) 労働組合は,平成11年4月22日,「3月30日の会社提案を白紙撤回し,高見澤電機信州工場の存続を明確にして再提案すること。」などの事項が記載された要求書<証拠省略>を提出した。これを受けて,4月22日及び同月30日,団体交渉の場がもたれ,労働組合は信州工場の存続を前提に協議したいと述べ,この提案は組合の同意と本人の同意が必要であり,組合としては提案を白紙撤回することを求めると述べた。これに対し,被告は,希望退職と転社については本人の応募,同意が必要なことは承知していると述べ,労働組合の質問に対し,希望退職,転社に応じないことを理由に指名解雇しない,労働組合との協定は遵守する旨を回答した。

以後,被告は,本件配転命令に至るまで,労働組合との間で15回にわたり団体交渉を持ち,労働組合に対し本件事業再建策について説明し理解を求めたが,本件事業再建策の提案の白紙撤回を求める労働組合との間の基本的な隔たりが埋まらず,交渉は平行線を辿った。

(オ) 一方,従業員組合は,平成11年4月20日に要求書<証拠省略>を提出し,4月23日の団体交渉,4月30日の三役折衝,5月6日の団体交渉を経て,条件付で本件事業再建策を基本的に受け入れる方針を示し,さらに団体交渉を重ねた結果,6月2日の団体交渉において,千曲通信工業への転社条件を一部変更することで,転社条件のすべてについて合意に達した<証拠省略>。

前記前提事実及び上記認定事実によれば,被告は,労働組合に対し,本件事業再建策を実施する必要性について,資料を示して,被告の赤字体質や信州工場のコストの状況などについて詳しく説明して理解を求めており,労働組合の質問に対して回答を拒否したり,団体交渉を回避したりした事情は認められない。したがって,被告の提案が労働組合に受け入れられず,両者が先鋭に対立し,交渉がやがて平行線を辿るままの状態となったことが窺われるとしても,上記の経過に照らせば,被告と労働組合との間の団体交渉が,原告X1ら2名の主張するように専ら形式的な交渉に終始したと評することは相当でない。

よって,原告X1ら2名の主張は,採用することができない。

イ 本件労働組合員への不利益取扱い

原告X1ら2名は,被告は従前から行われてきた労働組合と従業員組合との同時刻団交・同時刻回答・同時刻妥結のルールを無視し,また,本件事業再建策が実施される中で,労働組合から31名を脱退させ,信州工場,野沢分工場についての合理化案について,従業員組合との合意を成立させた平成11年5月末以降から募集締め切りの6月22日までの間,特に激しく組合員を切り崩すという支配介入の不当労働行為を行い,こうした切り崩し工作を展開する中で,原告X1ら2名に対し,本件配転命令を発令したものであるから,こうした被告の行為は,労働組合の組合員である原告X1ら2名に対する不当労働行為であると主張し,<証拠省略>原告X4及び同X5各本人尋問の結果中には,これに沿う部分がある。

しかし,上記ア(ア)ないし(オ)の経過に照らせば,被告は,当初は労働組合,従業員組合との合同の労使協議会を開催していたものであるところ,本件事業再建策に対する対応が労働組合と従業員組合との間で基本的な部分で異なるに至ったために両組合と個別に団体交渉を行うに至ったものにすぎず,このような場合には被告が両組合に個別に交渉を行ったことを非難することはできない。また,被告が,その職制を使って,原告X1ら2名が主張するような,労働組合から組合員を脱退させたり本件事業再建策に沿って希望退職か転社に応じるよう,メッキ作業に熟練した労働組合の組合員等を切り崩したなどとの<証拠省略>,原告X4及び同X5各本人尋問の結果中の該当部分については,客観的な裏付けがないものであって,<証拠省略>,被告代表者の供述に照らしても,採用することができない。

よって,原告X1ら2名の主張は,採用できない。

(4)  小括

以上によれば,原告X1ら2名に対する本件配転命令の効力を否定することはできない。したがって,原告X1ら2名の,各人が受けた配転命令が無効であることの確認を求める訴えは理由がない。

第4結論

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川島利夫 裁判官 深沢茂之 裁判官 田中孝一)

(別紙) 当事者目録

原告 X6

(ほか96名)

原告ら訴訟代理人弁護士 鍛治利秀

同 岩下智和

同 滝澤修一

同 町田清

同 武田芳彦

同 木下哲雄

同 内村修

同 松村文夫

同 相馬弘昭

同 上條剛

被告 株式会社高見澤電機製作所

代表者代表取締役 乙山太郎

訴訟代理人弁護士 青山周

(別紙) 配転命令目録

原告X1 (旧業務)野沢分工場化工課第一鍍金係

(新業務)信州工場部品課溶接係主任

原告X2 (旧業務)野沢分工場化工課第二鍍金係

(新業務)信州工場部品課溶接係

別表1

<省略>

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