長野地方裁判所上田支部 平成14年(わ)189号 判決 2004年8月06日
主文
被告人を懲役4年に処する。
未決勾留日数中470日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成14年10月3日午後1時55分ころ,長野県南佐久郡…の最高速度を60キロメートル毎時と法定されている緩やかに左方に湾曲する道路において,その進行を制御することが困難な時速約80キロメートルの高速度で普通乗用自動車を走行させたことにより,自車を道路の湾曲に応じて進行させることができず,右斜め前方に暴走させ,折から道路右端を対向歩行してきたA(当時16歳)及びB(当時16歳)に順次自車右前部を衝突させて同人らを道路脇の空き地及び水田に転倒させ,よって,Aに加療約2週間を要する両膝挫創,右足捻挫の傷害を負わせ,Bに脳挫傷等の傷害を負わせ,同日午後2時25分ころ,同町…所在のC病院において,Bを上記脳挫傷により死亡させたものである。
(事実認定の補足説明)
1 弁護人は,被告人運転の普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)が長野県南佐久郡…(以下「本件現場」という。)の最高速度を60キロメートル毎時と法定されている緩やかに左方に湾曲する道路(以下「本件カーブ」という。)に差しかかった時点で時速80キロメートルの高速度であったか明確ではないから,そもそも,本件では危険運転致死傷の構成要件に客観的に該当しない,仮に客観的に該当したとしても,被告人に制御困難な高速度運転である旨の認識がなかったから,危険運転致死傷の故意がないと主張し,被告人も,公判廷において,本件カーブを走行した際の本件車両の速度は,時速80キロメートルではなく,時速60キロメートルくらいだったと供述するので検討する。
前掲各証拠によれば、以下の事実が容易に認められる。
(1) 本件現場は,町道…線という名称のアスファルト舗装道路(以下「本件道路」という。)であり,この道路は,JRのD駅前から商店や住宅を抜けて田畑や採石場などが点在する山間を抜け,JR…駅前に至っている。
JRのD駅前の本件道路の全幅は7.6メートル,有効幅員は5.3メートルであるが,やや上り勾配とカーブの曲がりのきつい状況が店舗や住宅等の間を抜けるかたちで続き,しばらくして緩やかな上りとカーブが続く状況になる。その間,全幅の最も広い所でも7.8メートル,有効幅員6.45メートルである。カーブは,Dトンネル西信号交差点から本件現場に至るまでの間に16か所ある。
本件現場は,JRのD駅前方面からJR…駅前方面に向かって緩やかに左方に湾曲しているカーブであるが,歩車道の区別もセンターラインの表示もない外側線間の幅員約5.95メートルの非市街地の道路であり,交通量は少なく,交通規制はない。カーブ外側の外側線に沿って走行できる限界旋回速度は,時速約51ないし55キロメートルである。
JRのD駅前方面から進行すると,本件現場の手前には幅員約6.5メートルのE橋があり,さらにその手前はかなり急勾配の長い下り坂となっている。しかし,E橋から本件現場に至る手前は,逆に約9度の上り勾配の緩やかな坂道になっている。
(2) 被告人は,平成14年10月3日,友人のFと食事をするため,同人とD町内の食堂に行くことにし,JR…駅で,本件車両の助手席にFを乗せた後,本件道路をJRのD駅前方面からJR…駅前方面に進行して上記食堂に向かう途中,本件現場に至った。被告人は,本件現場に至るまで,テンポの早いロック調の音楽をかけながら運転していた。
(3) 被告人は,本件カーブを,ダンプカーの助手席に乗って3回,本件の際と同じ進行方向から通ったことがあり,また,本件車両を運転して1回,逆の方向から通ったことがあった。
(4) 被告人は,E橋を渡ってから約56.8メートルの地点に至り,このままでは本件カーブを曲がりきれないと感じ,ブレーキをかけたが,もはや車を制御できる状態ではなくなり,本件車両をそのまま右斜め前方に暴走させ,車の右前部を,折から道路右端を対向歩行してきたAとBに順次衝突させた(以下「本件事故」という。)。Aは,脇を歩いていた友人Gにとっさに左手を引かれて道路脇の空き地に転倒したが,Bは,本件車両に跳ね飛ばされ,その衝撃で,後方にある高さ約2.2メートルの岩石の上を飛び越すようにして水田に落ちた。
(5) Bは,その後救急車で病院に運ばれたが,脳挫傷の傷害を負っており,死亡した。また,Aは,加療約2週間の両膝挫創,右足捻挫の傷害を負った。
なお,A,Bは,甲府第一高等学校の生徒であり,同校の伝統的な年中行事である強行遠足に参加していた。
(6) 本件車両は,ABS装着車であり,左前輪以外の3本のトレッドの著しい摩耗があったもののブレーキについて故障はなかった。本件事故による本件車両の損傷は,概ね,右前凹損大破自走不能,運転席前のフロントガラスの亀裂,ハンドルは右前輪のパンクにより操作不能というものであった。
2 本件事故当時の本件車両の速度について
(1) 被告人は,捜査段階で,要旨,「本件道路をJRのD駅前方面から本件現場に向かって進行する途中,Fから『スピードが出ているので少しゆっくり行こう。』と言われて速度計を見たら時速80キロメートルくらい出ていた。少し減速したが,また速度が戻ってしまった。その後,ダンプカーとすれ違ったときも,減速せずにそのまま通り過ぎた。E橋手前の下り坂で自然に加速し,感覚的に時速約100キロメートルの速度になったと思う。橋で少し減速し,橋を渡る途中,速度計を見たところ,時速約80キロメートルだった。橋の先は少し上り坂の左カーブになっていたので速度が落ちないように橋を渡りきったあたりでアクセルを踏みながら進行し,時速80キロメートルの速度のまま本件カーブを曲がろうとした。」と供述していたが,公判段階では,要旨,「E橋手前の下り坂の手前でダンプカーとすれ違ったとき,時速60キロメートルよりは出ていたと思う。下り坂では時速約80キロメートルくらいになった。速度が出すぎていると思い,ブレーキをかけた。橋を通り,橋を渡りきったあたりで速度計を見ると,針が時速40キロメートルと時速60キロメートルの間のあたりを動いていた。その後,上り坂で自然に減速したので,アクセルを踏んだ。」と供述し,捜査段階での供述を否定している。
しかしながら,本件車両の助手席に同乗していたFは,本件事故直前の本件車両の速度につき,「速度計は見ていないが,自分が普段出している速度(時速50ないし60キロメートル)よりは速い速度,時速6,70キロメートルから時速80キロメートルの間だったと思う。」と供述していること,ダンプカーを運転して本件車両とすれ違ったHは,「すれ違った際,自分の感覚では本件車両は時速80ないし90キロメートルの速度は出ていたと思う。本件車両は,マニュアル車がギアを一速に入れ,アクセルを踏み込み,ふかしているようなもの凄い音を立てていた。」と供述していること,Aと一緒に歩いていたGは,「本件車両が,キキーというタイヤがきしむようなすごい音を立てながら自分たちに向かって暴走してきた。とっさに右横のAの左手を引いて左によけた。キキーというものすごい音や,自分が最初に本件車両を見た次の瞬間にはもう目の前にいてぶつかる寸前だったこと,本件車両と自分がいた場所との距離を考えると,ものすごい速さであったことは間違いない。」と供述していること,これら,本件車両の同乗者及び目撃者両名の供述内容は,いずれも本件車両が本件事故時,その道路状況等に照らしても,尋常でない高速度を出していたことについて,走行音,走行状況等について相当印象的かつ具体的に供述しており,これらの者が被告人にことさら不利な供述をする理由がないこと等からしても,信用性が高いこと,本件車両の本件事故時における制動開始前の速度について鑑定を行ったIは,制動する前の本件車両の走行速度は,低めにみて時速76.7キロメートル,高めにみて時速79.5キロメートルと推定されると鑑定していること,この鑑定の本件車両の速度を推算する手法は,車の速度を推算する場合に通常とられるようなごく一般的な検討手法であって,特段信用性を疑わせるようなところはないことが認められ,被告人の本件事故当時の本件車両の速度についての捜査段階における供述は,上記鑑定結果や本件事故の客観的な状況,本件車両の同乗者及び目撃者等の供述に基本的に合致し,ことさら不自然なところもないことからすれば,その内容は信用できると解するのが相当である。
(2)ア 弁護人は,鑑定人I作成の鑑定書(以下「本件鑑定書」という。)に,「本件の歩行者は(中略)衝突を受けた地点から約8.3メートルの位置に転倒している。この転倒距離の場合,(中略)車体の変形や歩行者の傷害等から推定できる速度より著しく短い。」,「おそらく,衝突後の飛翔において身体の一部が岩石に接触したため,移動(飛翔)距離が短くなった可能性がある」との記載があることを取り上げ,Bが跳ね飛ばされた約8.3メートルという距離からすれば,本件車両は時速約40キロメートルでBに衝突した蓋然性が高い,と主張する。そして,本件鑑定書の上記記載は,Bに岩石と衝突したことを示す重大な傷害が見られないこと(甲3),目撃者も,被害者は車に跳ねられ空中を飛ばされ水田に落ちた,石のさらに上を舞うようにして飛んでいった,と供述していること(甲33ないし35)に沿わない旨指摘する。
しかし,鑑定人Iは,公判廷において,跳ね飛び方が非常に高く飛ばされて放物線を描くように高く上がった場合は,岩石に衝突せず,飛翔距離が短くなることも零ではない旨供述しており,そのような場合であれば,Bが岩石のさらに上を舞うように飛んでいたという内容の目撃供述とも整合する。また,目撃者らが,Bが岩石に衝突したのを直接は見ていないとしても,目撃者らの位置からは,Bが岩石に衝突するのが見えなかった可能性も否定できず,Bの頭蓋骨骨折も,本件車両のフロントガラスに加え岩石にも衝突して成傷した可能性もある。さらに,岩石自体への衝突の態様も様々あり,体表面に顕れていない衝突があった可能性も否定できない。これらを併せ考えれば,本件車両に跳ね飛ばされたBが,どのような経路で転倒位置まで至ったかについては様々な態様があり得るといわざるを得ないのであるから,鑑定結果の速度が約8.3メートルという数値と合わないという事実のみをもって,直ちに,本件鑑定の信用性が否定されるわけではない。
イ 弁護人は,本件車両のタイヤと路面の摩擦係数は0.6ないし0.7でなく,0.4とみるべきと主張し,その根拠として,本件現場の路面上に砂利や土等が散乱していた状況,本件車両のタイヤの摩耗状況,右タイヤのみタイヤ痕が印象されている状況等について指摘する。
しかし,弁護人の指摘する諸状況が,直ちに,本件の摩擦係数として0.4を採用すべきとする積極的根拠となり得るものではないことをひとまず措くとしても,鑑定人が本件車両のタイヤと路面の摩擦係数につき0.6ないし0.7を採用するに至ったのは,ブレーキシステムの違いやハンドル角,タイヤの種類,路面の状態等について検討し,本件車両の制動状況が,タイヤ痕が路面に明確に印象され,岩石に衝突した後,車体が回転運動しながら移動していることを考慮した結果であって,そもそも弁護人の指摘する諸状況は本件鑑定書における検討過程においてすべて織り込み済みであるといわなければならない。
この点さらに敷衍しておくと,本件鑑定書には,「本件の事故現場はアスファルト乾燥路面であるが,施工してから年数が経過しているため,路面の状況は悪い。また,道路の周辺環境から,砂利や土等が路面に散乱していた可能性もある。」と記載され,本件現場の道路状況もすでに考慮されている。また,鑑定人Iは,公判廷において,乾燥した道路では,タイヤが摩耗しているという状況があっても摩擦係数が大幅に低下するとは考えられないこと,本件車両はABS装着車であるからタイヤ痕が片側だけしか印象されていないとしても不思議ではなく,かかる状況をもって摩擦係数として0.4を採用すべきとは考えられないこと,本件で印象されたようなタイヤ痕が形成されるのは経験的にいって摩擦係数0.6以上の場合に限られることを供述するところ,同人は自動車事故に関する鑑定業務を業として行い,裁判所を主とする公的機関からの依頼で約350件の鑑定の経験を有する専門家であり,上記供述の信用性を疑わせるような事情は本件において何ら認められないものである。
(3) 以上の検討によれば,本件事故当時の本件車両の速度は,時速約80キロメートルであったと認められる。
3 そこで,本件事故当時の本件車両の運転態様が,危険運転致死傷の構成要件に客観的に該当するかについて判断する。
前記認定のとおり,本件道路は,交通規制はないものの,幅員が約5.95ないし7.8メートルと広くなく,田畑や砕石場などが点在する山間を抜ける道路であること,カーブもDトンネル西信号交差点から本件現場に至るまでの間に16か所あること,本件現場直前も上り坂や勾配のきつい下り坂や橋があることからすれば,自動車運転手としては,自身の速度や前方の見通し状況に充分配慮した上で運転すべき道路である。そして,被告人は,かかる状況下において,本件カーブの限界旋回速度(時速約51ないし55キロメートル)を優に上回る速度である時速約80キロメートルで本件カーブに進入したのであるから,結果として,わずかな操作ミスで自車を進路から逸走させかねないような危険な態様の運転,すなわち,「その進行を制御することが困難な高速度」で本件車両を走行させたものと認定することができる。
よって,被告人の本件事故当時の運転態様は,危険運転致死傷の構成要件に客観的に該当するものといえる。
4 次に被告人が本件事故当時,危険運転致死傷の故意があったといえるかについて判断する。
(1) 被告人は,道路状況等について,捜査段階において,要旨,「①橋の上でメーターを見ると時速80キロメートルを指していた。進路前方が上り坂になっているので,橋を渡りきる付近で加速した。本件現場が左カーブということはもともと知っていたが,そのままの速度でカーブを攻めてやると考えた。攻めてやるというのは,そのままの速度で左カーブを走り抜けてやる,ということである。②普段からカーブの多い道路を選んで通り,カーブで速度を出して走るのが快感になっており,この日もいつもと同じように高速で走っていた。③本件現場手前に至る下り坂の手前の坂の頂上付近で進路前方が左カーブになっていることが分かり,そのとき道路右側に強歩大会の生徒が歩いていることに気付いた。④下り坂で加速し,E橋のところで少し減速し,その後,上り坂で自然に減速したので橋を渡りきったあたりでアクセルを踏んだ。進路前方の本件カーブを進行するのに時速80キロメートルの速度では危ないという気持ちはあったが,それでも曲がっていけるのではないかと思ったし,もともと速度を出して運転するのが好きだったことから,このときもテンポのいい曲に乗って時速80キロメートルくらいの速度を出したまま本件カーブに向かっていった。」と供述していたが,公判段階では,要旨,「①本件現場が,そんなにカーブがきつい道路だとは思っていなかった。②E橋を渡りきったあたりで,まっすぐ道が見えないことから,進路前方に本件カーブ(左カーブ)があることが分かったが,草むらが視界を遮っていたためカーブの曲がり具合は見えず,緩いカーブだと思っていた。③E橋を渡ってから約49メートルの地点のあたりで,道路右側に学生がいることに気が付いた。④草むらが視界を遮らなくなった,E橋を渡ってから約49メートルの地点と約56.8メートルの地点の間で,初めて本件カーブの曲がり具合が思ったよりもきついことが分かり,びっくりしてパニックになった。直後,ハンドルを切って急ブレーキをかけた。」と供述し,その捜査段階における供述と公判段階における供述との間には齟齬がある。
(2) 上記被告人の捜査段階における供述は,概ね,本件カーブにおいて,カーブを攻めるつもりで時速約80キロメートルで進行したというものであるが,これは本件鑑定書や目撃者等の関係者の供述内容,本件事故の客観的な態様にも概ね合致していること,前記のとおり,被告人は,本件事故の直前,交通量の少ない山間を走る道路を時速80キロメートルを超える高速度で進行し,同乗者に注意を受けるような運転をしていたこと等に照らせば,その内容は十分信用性がある。
逆に,これに反する被告人の公判廷における供述内容は,前記客観的に信用性のある証拠や事故状況にも符合せず,全体として不自然であって,信用できない。
(3) そうすると,被告人は,本件現場付近の道路状況を認識し,その上で,同所を安全に車両を制御して進行することは困難な速度である時速約80キロメートルの高速度で走行していることを認識しながら,本件カーブに進入し,本件カーブを通過可能な速度まで減速するという進行制御をすることができずに,本件車両を被害者らに衝突させ死傷させたものというべきである。
(4) 以上によれば,被告人が,本件当時,その道路状況に照らして,客観的に進行を制御することが困難と判断されるような高速度で本件車両を走行させていた旨認識していたことが優に認められ,被告人の危険運転致死傷の故意について欠けるところはないといわなければならない。
(5) 弁護人は,被告人には危険運転致死傷の故意がないと主張し,被告人には本件カーブの曲がり具合について認識がなく,この速度でもカーブを曲がりきれると思っていたと指摘する。
仮に,E橋を渡りきったあたりで本件カーブの存在についての認識が生じ,草むらが視界を遮らなくなった,E橋を渡ってから約49メートルの地点と約56.8メートルの地点の間で初めてカーブの曲がり具合についての認識が生じたとしても,被告人は,E橋を渡りきったあたりで本件カーブの存在についての認識が生じたにもかかわらず,カーブを攻めてやると考え,その後上り坂で自然に減速したもののアクセルを踏み,本件カーブの限界旋回速度をはるかに超過する時速約80キロメートルという速度で本件カーブを走行したものである。そうすると,被告人にカーブの曲がり具合についての認識がなかったとしても,およそ本件カーブを通過可能な速度まで減速するという進行制御をすることができないほどの高速度で,本件カーブに進入,走行し,その結果本件車両をA,Bに衝突させ死傷させたことに変わりはない。
したがって,この場合であっても,被告人が,本件当時,客観的に進行を制御することが困難と判断されるような高速度で本件車両を走行させていたことを認識していたと認められ,被告人の危険運転致死傷の故意に欠けるところはなく,弁護人の上記主張は,採用することができない。
5 以上によれば,被告人の本件行為について危険運転致死傷罪が成立するというべきである。
(法令の適用)
被告人の判示所為のうち,Bに対する危険運転致死の点は刑法208条の2第1項後段,前段(致死の場合)に,Aに対する危険運転致傷の点は同法208条の2第1項後段,前段(致傷の場合)にそれぞれ該当するが,これは1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,同法54条1項前段,10条により1罪として重い危険運転致死罪の刑で処断することとし,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中470日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は,山間部等を通る交通量の少ない,上り坂や下り坂のある幅員の広くない道路において,被告人が,カーブを攻めてやると考え,本件カーブに時速約80キロメートルで進入し,通過可能な速度まで減速するという進行制御をすることができなくなった結果,本件車両を暴走させて,強行遠足に参加中の高校生の被害者らに衝突させ,Bを死亡させ,Aに加療約2週間の傷害を負わせたという事案である。
被告人の運転態様は,前記認定のような,本来,自動車運転手として速度や前方に相当注意して運転すべき道路において,逆にカーブを攻めてやると考えて,本件カーブに時速約80キロメートルという高速度で進入したというものであり,しかも道路端には強行遠足に参加中の生徒が相当数いたことも併せ考えると,交通法規に対する規範逸脱の程度が高い,極めて無謀かつ危険なものというべきであって,特にその危険性の程度に照らせば,厳しい非難に値する。
歩行していたA,Bには何ら落ち度がなく,その結果,Bを死亡させ,Aを負傷させたものであり,発生した結果は誠に重大である。特に,死亡したBは,高校一年生という将来ある少女であったのに,わずか16歳の若さで命を奪われたものであって,その無念さは察するに余りあり,遺族らの処罰感情が峻烈といえるほど厳しいのも当然である。また,Aに対しても,たまたまGに手を引かれて転倒したため加療約2週間の怪我で済んだものの,さらに重大な結果が発生したおそれも否定できず,学校行事に参加中このような悲惨な事故に遭遇し,Bを失った精神的苦痛も併せ考えると,その被害結果も軽くはない。
以上によれば,被告人の刑事責任は重いと言わざるを得ず,被告人が公判廷において,自己の未熟な運転により被害者らを死傷させたことについて反省していること,20歳という若年であること,これまで交通反則行為が3件あるものの,前科はなく,刑事裁判を受けるのは初めてであること,本件により約1年10か月間身柄を拘束されたこと,A,Fとは示談が成立したこと,民事判決により,Bの父母に対し各3250万円の損害賠償が命ぜられ,同金員が被害者の父母に支払われたこと,被告人の父が公判廷において,被告人の今後の監督を誓っていることなど被告人に有利な事情を最大限斟酌したとしても,なお主文程度の実刑は免れないところである。
(求刑 懲役6年)
(裁判長裁判官 深沢茂之 裁判官 柳澤直人 裁判官 田中孝一)