長野地方裁判所上田支部 平成21年(ワ)140号 判決 2011年1月14日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
佐藤芳嗣
同
大野薫
被告
Y1
被告
Y2
同訴訟代理人弁護士
米倉洋子
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して一六五万円及びこれに対する平成一八年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告Y1は、原告に対し、a新聞(本社・《住所省略》)の全県版朝刊社会面広告欄に、別紙一記載の謝罪広告を別紙三記載の条件で一回掲載せよ。
三 被告Y2は、原告に対し、前記a新聞の全県版朝刊社会面広告欄に、別紙二記載の謝罪広告を別紙三記載の条件で一回掲載せよ。
四 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
六 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告に対し、連帯して六〇〇万円及びこれに対する平成一八年一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告に対し、前記a新聞の全県版朝刊に、別紙四記載の謝罪広告を、見出しは一七ポイントのゴシック体の活字とし、原告及び被告らの氏名は一四ポイントの活字とし、その他の部分は一二ポイントの活字とし、それぞれの活字を用いて一回掲載せよ。
三 被告らは、原告に対し、「b高校いじめ 自殺事件」と題するブログ(以下「本件ブログ」という。)の冒頭部分(一項)に、別紙五記載の謝罪広告を、見出しは一七ポイントのゴシック体の活字とし、原告及び被告らの氏名は一四ポイントの活字とし、その他の部分は一二ポイントの活字とし、それぞれの活字を用いて一年六か月間掲載せよ。
第二事案の要旨
長野県b高等学校(現在の長野県b1高等学校、以下「本件高校」という。)の生徒であるA(以下「A」という。)が平成一七年一二月六日に自宅で自殺したところ、Aの母親である被告Y1(以下「被告Y1」という。)及び被告Y1から委任を受けた弁護士である被告Y2(以下「被告Y2」という。)は、①本件高校の校長であった原告が、Aに対する殺人罪及び名誉毀損罪を犯したとする告訴状(以下「本件告訴状」という。)を長野県丸子警察署長に提出して告訴し(以下「本件告訴」という。)、②本件告訴に関して記者会見を開き(以下「被告らによる本件記者会見」という。)、出席した記者らに対し、本件告訴状等を配布するなどして本件告訴について説明するとともに、③本件ブログに本件告訴状を掲載するなどし、④本件訴訟においても、原告が前記殺人罪及び名誉毀損罪を犯した旨主張した。
本件は、被告らの前記①ないし④の行為がいずれも原告の名誉等を毀損し、かつ、原告に多大な精神的苦痛を与えたと主張する原告が、被告らに対し、不法行為(民法七〇九条、七一五条<原告は、被告Y1と被告Y2は、委任関係ないし委任類似の関係にあり、また、弁護士は原則として依頼者の意思に従い法律事務を行わなければならない責務が存在するから、被告Y1が、被告Y2の不法行為について、使用者責任を負う旨主張している。>、七一九条)に基づき、連帯して、損害賠償金六〇〇万円及びこれに対する平成一八年一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求めるとともに、同法七二三条に基づき謝罪広告の掲載を求めた事案である。
第三前提事実(証拠により認定した事実は、末尾にその証拠を摘示する。)
一 当事者等について
(1) 原告は、昭和四九年に長野県に教員として採用され、平成一七年四月から本件高校の校長を務めた者である。
(2) 被告Y1は、Aの母親である。
(3) 被告Y2は、三〇年以上の経験を有する弁護士であり、本件告訴に際して、被告Y1の代理人を務めたほか、被告Y1が原告となり、長野県等や本件の原告を被告として提起した損害賠償請求事件(長野地方裁判所平成一八年(ワ)第八二号、第三六三号、平成二〇年(ワ)第三九一号、以下「長野地裁における民事訴訟事件」という。)において、被告Y1の訴訟代理人を務めた者である。
(4) Aは、平成一七年四月、本件高校c科に入学し、一年九組(以下、単に「一年九組」という。)に入り、本件高校のバレーボール部(以下、単に「バレーボール部」という。)に入部した。
Aは、同年一二月六日に自宅で自殺した。
二 Aの家出等や不登校について(なお、以下、特に断らない限り、平成一七年のことをいう。)
(1) 被告Y1は、五月二九日、Aの弟のために用意した金銭が財布からなくなっていたことについて、Aを疑ったことから、Aと口論となり、Aに家を出て行けと言った。Aは、翌五月三〇日、自宅を出たが、本件高校には登校しなかった(以下「五月下旬の家出」という。)。
(2) Aの担任教諭であるB(以下「B教諭」という。)は、五月三〇日、朝のホームルームでAの不在を確認し、同日午前九時過ぎころ、被告Y1に対し、Aが登校していない旨連絡した。
被告Y1は、同日夜、Aが自宅にも戻っていなかったことから、警察にAの捜索願を出した。Aは、同日夜、被告Y1ら家人に気付かれないよう自宅にいったん戻り、翌五月三一日朝、再び、家人に気付かれないよう自宅を出た。
(3) B教諭、被告Y1及びバレーボール部の部員らが、五月三一日、Aを捜していたところ、Aは、同日午後一時三〇分ころ、佐久市内の書店で発見された。被告Y1は、このころ、五月下旬の家出に関する事情を本件高校に説明していた。
(4) Aは、八月三〇日、本件高校に登校しなかった上、同日午後八時三〇分を過ぎても帰宅せず、所在不明となった(以下「八月下旬の家出」という。)。そのため、被告Y1は、九月一日以降、B教諭らとともにAを捜した。その後、Aは、九月五日、東京都内において警察に保護された。
Aは、九月二六日に本件高校に登校するまで、本件高校に登校しなかった。
三 保護者懇談会の実施及びAの一回目の精神科受診等について
(1) 被告Y1は、Aの八月下旬の家出に対する本件高校側の対応に強い不満を抱くようになった。九月一一日から九月一四日までの間、本件高校の保護者らに対し、Aの家出等に関する本件高校の対応を非難する内容のメールを送付した。そのため、メールを受信した保護者らから、本件高校に問い合わせが相次いだ。本件高校は、九月一五日朝、一年九組の現況説明を内容とする保護者懇談会を九月一六日午後七時から開催することにし、一年九組の生徒ら保護者にその旨の通知をしたほか、被告Y1宅のポストにも、その旨の通知の書面を投かんした。
(2) Aは、九月一五日午後八時ころ、被告Y1に連れられて、むねの木公園クリニック(精神科、以下「本件クリニック」という。)を受診した。本件クリニックの医師は、Aについて、「うつ病」、「本年八月三〇日学校生活のストレスから家出等の行動があり発声困難、不安、めまい、腹部不快、顔面痛等の身体症状と共に希死念慮も出現している。」との診断書(以下「九月一五日付け診断書」という。)を作成した。九月二二日に再度受診することになったが、Aは、同日受診しなかった。
(3) 被告Y1は、九月一五日午後九時三〇分ころ、長野県教育委員会の職員であるC(以下「県教委のC」という。)に電話をし、九月一六日開催予定の保護者懇談会を中止し、被告Y1とAが参加できる日程で開催してほしい旨要請するとともに、九月一五日付け診断書を取得している旨伝えた。さらに、被告Y1は、翌九月一六日午前零時ころ、県教委のCに対し、九月一五日付け診断書をファクシミリで送信した。
(4) 原告は、九月一六日、県教委のCから、保護者懇談会開催に被告Y1が不満を持っているとの連絡を受けたため、被告Y1に電話をし、保護者に対する説明をする場なので保護者懇談会の開催を延期することはできず、被告Y1が参加できる日程で再度開催することを伝えた。その上で、九月一六日午後七時から、予定どおり一年九組の保護者を対象にした保護者懇談会を開催した。
(5) Aは、前記のとおり、九月二二日に本件クリニックを受診する予定であったが、受診しなかった。
他方、被告Y1は、同日、九月一五日付け診断書を本件高校にファクシミリで送信した。
四 Aの登校等について
Aは、九月二六日、長野県議会議員のD(以下「D県議」という。)に付き添われ、本件高校に登校した。校長室で、バレーボール部の同僚がAの物まねをしたことに関して、同同僚がAに対して謝罪したところ、Aは「いいよ。」と返答した。D県議も、Aに対し「これからもb高でバレー頑張れるね。」と言うと、Aは「はい。」と答えた。Aは、午後の授業を受け、D県議に送られて帰宅した。
Aは、翌九月二七日、本件高校に登校し授業を受けたが、同日午後一時三〇分ころ、具合が悪い旨教諭に伝えて早退した。その後、Aは、本件高校に登校しなかった。
五 Aのその後の精神科受診及び原告の手紙等の郵送等について
(1) Aは、九月二七日に本件高校を早退した後、本件クリニックを受診し、胸の辺りが気持ち悪いと訴えた。本件クリニックの医師は、Aについて、「うつ病」、「本年八月三〇日学校生活のストレスから家出等の行動があり発声困難、不安、めまい、腹部不快、顔面痛等の身体症状と共に希死念慮も出現している、このため現在当院通院加療中である、今後も継続的な通院加療が必要であることを診断する。」との診断書(以下「九月二七日付け診断書」という。)を作成した。この際、Aは、六日分の薬の処方を受け、一〇月三日に再度受診することになったが、結局、同日は受診しなかった。
(2) 被告Y1は、九月二八日午前八時一〇分ころ、九月二七日付け診断書を本件高校にファクシミリで送信した。
(3) 原告は、一〇月二六日、被告Y1が夜の九時にAを伴って本件高校に来ると聞き、待っていたが、結局、被告Y1は本件高校に来なかった。
(4) 原告は、一一月四日、長野県教育委員会と相談の上、①「A様」及び「保護者 Y1様」を宛名とし、「このたびのA君のことにつきまして、学校においては一日も早い登校を願ってきたところであります。この間、私(学校長)・学級担任等が登校を呼びかけもして参りました。また、学級担任・生徒が一緒に学習できるようにもして参りましたが、欠席が続いております。」、「これまでも、いろいろな場面で話し合いをお願いしてきたところではありますがお会いできず、去る一〇月二六日(水)にもお待ちしていましたが、実現できず誠に残念であります。」及び「A君の欠席日数・欠課等については別紙の通りでございます。欠席が今後も続いていきますと、欠課時数が規定を超え二年生への進級が極めて困難になります、A君の一日も早い登校を願っておりますのでよろしくお願い申し上げます。」との各記載のある書面、②Aの欠課状況を記載した書面並びに③学習成績の評定及び単位認定について説明された書面(以下の書面をまとめて、以下「一一月四日付け書面等」という。)を、被告Y1宛ての封筒に封入し、被告Y1宅に郵送した。
(5) Aは、一一月六日、被告Y1に連れられて、本件クリニックを受診した。本件クリニックの医師は、Aについて、「神経衰弱状態」、「本年八月三〇日学校生活のストレスから家出等の行動があり発声困難、不安、めまい、腹部不快、顔面痛等の身体症状と共に希死念慮も出現した、このため現在当院通院加療中であるが、現在も精神症状は動揺傾向であり、学業に服することが困難な状況である。よって当面の間、休学と加療継続を要すると診断する。」との診断書(以下「一一月六日付け診断書」といい、九月一五日付け診断書及び九月二七日付け診断書と併せて「本件診断書三通」という。)を作成した。この際、Aは、七日分の薬の処方を受け、一一月一三日に再度受診することになったが、結局、同日は受診しなかった。
(6) 本件高校は、一一月一四日、被告Y1から一一月六日付け診断書の郵送を受けた。
(7) 原告は、一一月一五日、①「A様」及び「保護者 Y1様」を宛名とし、「四月の入学以来の学校生活において、A君に悲しい思いをさせることがありましたことを深刻に受け止め、学校として様々な対応を考え、職員が一丸となって改善に向け努力してまいりました。ご指摘のバレー部の暴力につきましては、二年生がプラスチックハンガーでたたいたことがありました。クラブ活動の中で下級生を指導するとして、このようなことはあってはならないことであり、バレー部全体の問題として生徒に厳しく注意し、二度とおこさないよう指導いたしました。また、A君の声の真似については、まねをした生徒が九月二六日に直接謝罪しましたが、学校としても本人に強く指導してございます。」、「八月末以来、A君の欠席日数が増えていることにつきまして、過日お知らせいたしました。同封の文書のとおり、単位認定につきましては、欠席日数に規定がありますが、『特別の事情があるときには、欠席時数に猶予を設けることができる。』という考え方があり、A君につきましても猶予できる部分がございます。しかしながら、あまりに欠席が増加しますと認定が難しい状況ともなりますので、一日も早く登校できますよう願っております。」、「A君の登校につきまして、A様が言われております、安心して話せる先生の氏名を至急お知らせいただきたく、また、その際はA様のご自宅を含め。学校以外の場所でもお話しできますので、よろしくお願いいたします。A君のカウンセリングにつきましても、佐久児童相談所に依頼してございますので、積極的にご相談いただきたく存じます。」、「A様が言われるとおり、『安全に』『楽しく』『のびやかに』学校生活が送れますよう、担任をはじめ、職員全員がA君の心に寄り添った指導を心がけてまいりますので、よろしくお願いいたします。」との各記載のある書面並びに②Aの欠課状況を記載した書面(以上の書面をまとめて、以下「一一月一五日付け書面等」という。)を、被告Y1宛ての封筒に封入して、被告Y1宅に郵送した。
(8) 原告は、一一月二八日、①「A様」及び「保護者 Y1様」を宛名とし、「A君の欠席日数・欠課等については別紙の通りでございます。一一月四日にもお知らせしましたが、その後も欠席が続きまして欠課時数が一一月二八日をもって一/三の規定を超える科目が出て、二年生への進級が極めて困難になります。いずれにしましても、A君の一日も早い登校を願っておりますのでよろしくお願い申し上げます。」との各記載のある書面並びに②Aの欠課状況を記載した書面(以下、一一月四日付け書面等及び一一月一五日付け書面等とを併せて「本件各通知書面等」という。)を、被告Y1宛の封筒に封入して、被告Y1宅に郵送した。
六 一二月三日の話合いについて
(1) 長野県教育委員会高校教育課のE(以下「県教委のE」という。)、本件高校の教頭であるF(以下「F教頭」という。)及びB教諭は、一二月三日午後五時ころ、被告Y1宅を訪れ、○○教育事務所学校教育課のG及びD県議も立ち会って、同日午後九時三〇分ころまで、被告Y1及びAと話合いをした(以下「一二月三日の話合い」という。)。その結果、Aは、一二月五日(月曜日)から登校すると言った。
(2) 被告Y1は、一二月四日、Aが登校した際に一年九組の生徒三八人に配布するためのものとして、これまでの経過等に関する被告Y1の主張を記載するとともに、「まだクラブの事についての話し合いはしていませんが、この様な中でも私も子供も一年九組の何人かの御子さんや父母からはとても勇気ずけられる言葉をいただき、子供もようやく勇気を出し学校に行く決意が出来ました。どうかこれからもAの力になって上げてください。」との記載がある書面(以下「被告Y1の一二月四日付け書面」という。)を作成した上、Aにも手伝わせて二人で係る書面を封筒に入れた。
(3) 佐久警察署安全課課長は、被告Y1からAを本件高校まで送っていくことを依頼されたため、一二月五日朝、被告Y1宅を訪れたが、Aは、登校の準備をしたものの、登校することができずにこれを拒否した。
七 Aの自殺について
Aは、一二月六日午前五時ころ、自室のハンガー掛けに自転車用チェーンをかけ首をつった。被告Y1は、同日午前六時四〇分ころ、Aを発見し、消防本部に通報した。Aは、病院に搬送されたが、同日午前七時二八分に死亡した。
八 原告による報道関係者に対する発言について
原告は、一二月六日午後四時四〇分ころから、本件高校において記者会見(以下「原告による記者会見」という。)を行った。その席上、原告は、「不登校や自殺につながるようないじめや暴力はなかった。被告Y1と認識に違いがある。A君は八月下旬(注:八月下旬の家出)の他に五月下旬(注:五月下旬の家出)にも家出をしたことがあり、その際、母親である被告Y1の財布からA君がお金を抜いたと母親から疑われ、それについて多分お母さんから相当A君が怒られたのでしょう。」(以下「原告による記者会見での摘示事実」という。)などと発言した。
九 本件告訴等について
(1) 被告Y1は、平成一八年一月一〇日、被告Y2を代理人として、別紙六記載のとおりの本件告訴状を提出して本件告訴をした。告訴の概略は、①原告がうつ病のAに登校を強要したことが未必の故意による殺人であること、②Aが、被告Y1の財布から二万円を盗んだことを、被告Y1に怒られたため、家出をしたとの、原告による記者会見での摘示事実が、Aに対する名誉毀損であるというものであった。
(2) 被告Y2は、本件告訴をした当日、被告Y1の代理人として、長野県庁で被告らによる本件記者会見を行った。その席上で、本件告訴状等の資料を配付した上で、本件告訴をすることや本件告訴の内容、すなわち、本件高校の校長であった原告が、本件高校に在籍していたAを自殺に追い込み殺害させたほか、原告による記者会見での摘示事実は虚偽であり、原告はAの名誉を毀損した旨の説明を行った。
その結果、同日のa新聞夕刊で、本件告訴の事実が報道されたほか、翌日のd新聞、e新聞、f新聞、a新聞朝刊及びg新聞等も、同様の報道をした。
(3) 原告は、校長という立場から、本件高校の同窓会やPTAの会合の場で本件告訴に関して説明を求められることがあった。また、本件高校には、原告等を一方的に非難する匿名の電話が三〇〇回以上掛かってきた。また、原告の娘が婚姻するに当たり、嫁ぎ先から本件告訴に関する説明を求められたりした。
(4) 本件告訴に関して、長野地方検察庁上田支部は、原告を約三週間の間に約九回取り調べるなどした後、平成一九年一〇月四日、殺人については犯罪に当たらないとし、また、名誉毀損については嫌疑不十分として、原告について公訴を提起しない処分をした。
a新聞社は、翌五日、「上級生家裁送致 校長は不起訴に」という見出しのもとに、長野地方検察庁上田支部が、原告について、殺人容疑については「罪とならず」とし、名誉毀損容疑については「嫌疑不十分」として不起訴処分としたことや、同支部が不起訴にした理由として「実行行為性がなく、殺人に当たらない」としていることを記事として報道した。
(5) 本件ブログには、平成一八年三月五日から平成二一年三月一七日までの約三年間にわたり、原告に対する殺人罪及び名誉毀損罪に関する捜査が行われている旨の記載がなされていた。また、平成一八年三月一五日以降、「b高校から受けた数々の、Aくんの心を無視した行動と殺人罪の理由」と題する文書が記載され、その中には、原告がAを追いつめ自殺に追いやったものであり、原告の行動は殺人罪に当たる旨の記載があった。さらに、平成一九年五月一二日ころから平成二〇年一二月末ころまでの間、本件告訴状が掲載された。係る各掲載は、インターネット上で誰でも本件告訴状の内容を見ることができる状態にあった。係る各掲載は、被告らが話し合って行われたものであった。また、インターネット上において、時期は明確でないものの、原告を誹謗中傷する記載がされたことがあった。
(6) 長野地裁における民事訴訟事件について、同裁判所は、平成二一年三月六日、被告Y1が原告となり、原告ほかを被告らとした、Aの自殺に関して原告に責任があることなどを理由とする損害賠償等請求について、請求棄却の判決をした。その後、被告Y1が控訴したものの、同年一〇月一四日に控訴を取り下げたため、同判決は確定した。
前記判決については、本件ブログにおいても、同判決に批判的な内容ではあるものの、紹介された。
一〇 本件訴訟の提起等について
(1) 原告は、被告らに対して、平成二〇年一二月九日付け書面で、本件訴えと同じ損害賠償請求等の請求をなした。そして、同書面は、被告Y2については同月一二日に、被告Y1については同月一〇日に、それぞれ到達した。
(2) 原告は、平成二一年四月一五日、本件訴えを提起した。(裁判所に顕著な事実)
(3) 被告Y2は、本件訴訟において、概ね下記の記載がある平成二一年一二月七日付け準備書面(以下「本件準備書面」という。)を作成、提出し、平成二二年二月五日実施の本件口頭弁論期日において陳述した。
ア 「原告の生前のAを自殺に追いやった行為はまさに殺人罪に該当し」(一頁)
イ 「Aの自殺直後に行った原告の記者会見での発言は死者に対する名誉毀損に該当する」(一頁)
ウ 「登校を強要することによって自殺に追いやったという事実およびそれが未必の故意による殺人罪に該当するという事実」(二頁)
エ 「原告が、Aの自殺について少なくとも未必の故意による殺人罪に問われて当然といえよう。」(一〇頁)
オ 「原告の上記行為は死者の名誉を虚偽の事実を摘示することによって毀損したものであり」(一一頁)
第四争点
一 本件告訴は、原告に対する関係で不法行為となるか否か(争点一・本件告訴による不法行為の成否)。
二 被告らによる本件記者会見及び本件ブログにおける摘示事実は、原告に対する関係で名誉毀損となるか否か(争点二・被告らによる本件記者会見及び本件ブログにおける名誉等の毀損の有無等)。
三 被告らの本件訴訟における訴訟活動が、原告に対する関係で不法行為となるか否か(争点三・訴訟活動による不法行為の成否)。
四 仮に、本件告訴、被告らによる本件記者会見、本件ブログ及び本件準備書面(以下「本件告訴等」という。)に係る各摘示事実(以下「本件告訴等に係る摘示事実」という。)が、原告に対する名誉毀損に当たる場合、その名誉毀損の違法性が否定されるとの被告らの抗弁は、次の各点からして認められるか否か(争点四・被告らの名誉毀損に関する抗弁の成否)。
(1) 被告らによる名誉毀損行為は、公共の利害に関する事実に関わり、専ら公益を図る目的があるといえるか否か。
(2) 本件告訴等に係る各摘示事実は、真実か否か。
(3) 仮に前記(2)において、本件告訴等に係る各摘示事実が真実でないにしても、被告らには、前記各摘示事実が真実であると信じるにつき相当な理由があるか否か。
五 被告Y2の行為について正当業務行為として違法性が阻却されるのか否か(争点五)。
六 原告の損害(争点六)。
七 謝罪広告等掲載の要否(争点七)。
八 消滅時効の成否(争点八)。
第五争点一(本件告訴による不法行為の成否)に関する当事者の主張
一 原告の主張
(1) 原告は、Aを殺害することを意図したことはないし、それを実行したこともない。また、原告による記者会見での摘示事実は、いずれも真実であって、死者であるAに対する名誉毀損罪は成立しない。
(2) 本件告訴は、原告を殺人罪や名誉毀損罪で告訴するというもので、重罪であるし原告の名誉等に関するものであるから、確実な証拠に基づいて行うべきものである。ところが、被告らは、原告が、Aの殺害を意図してそれを実行したり、虚偽の事実を摘示してAの名誉を毀損したことなどないことを知りながら、あるいは、重大な過失でそのことを知らないで、共謀の上、本件告訴をした。その結果、原告は、本件告訴によって、殺人罪及び名誉毀損罪の被疑者の地位に立たされ、名誉等を著しく毀損されたものであり、本件告訴は、原告に対する関係で、不法行為に当たる。
二 被告らの主張
(1) 前記一(1)のうち、原告が、原告による記者会見での摘示事実に係る発言をしたことは認め、その余はいずれも否認する。
原告は、以下のとおり、Aを自殺に追いやり殺害したのであり、その行為は、まさに殺人罪に該当するものである。また、原告による記者会見において、原告は、虚偽の事実を公然と摘示し、Aの名誉を毀損した。
ア Aは、バレーボール部に所属していたところ、同部の部員からいじめや暴力を受け、そのためにうつ病を発症した。
イ しかしながら、平成一七年に本件高校に着任した原告にとっては、バレーボール部内でのいじめや暴力の存在を否定し、同部を守ることが至上命題であった。
・すなわち、バレーボール部が強豪チームであるという評判を全国的に得ていたところ、係る評判は、学校や地域の誇りであり、生徒の定員割れを阻止するためにも役立っていた。このようなバレーボール部内において、いじめや暴力が存在したことが明るみに出れば、対外試合ができなくなったり、場合によっては一定期間部活動が禁止されることになる。さらに、部員の卒業後の就職先等にも支障を来すことになり、ひいては本件高校全体の評判を落とすことが必至であった。このようなことから、原告は、いじめや暴力を言い立てるものがあれば、これを容易に認めないばかりか、逆に攻撃して押さえ込もうとした。そして、バレーボール部に所属する生徒から、バレーボール部の活動に関して「希死念慮」を伴ううつ病が発症したというような診断書が提出されても、これを頭から否定した上で、バレーボール部には何ら問題がなかったように見せかける必要があった。そのため、そうした生徒に対し、登校を強く促し、最悪の場合は当事者が自殺するようなことになってもやむを得ないと考えていた。本件の実態は、そうした原告の行動によるものであった。
ウ ところで、うつ病患者に対し、叱咤激励したり、意思や意見を押しつけたり、無理に外出や出勤又は登校を促すと、自殺するおそれが高いことは公知の事実と考えられる。
原告は、前記のうつ病の危険性について認識し、かつ、「希死念慮」を伴うと明記された、Aのうつ病等に関する本件診断書三通を受け取っていたのであり、かつ、Aの保護者である被告Y1が反対しているにもかかわらず、本件保護者会の開催を強行したり、Aに登校を強要する本件各通知書面等を被告Y1及びA宛に送りつけたり、原告の部下であるF教頭やB教諭にAと面会することを命じたり、一二月三日の話合いを行わせたりして、Aに登校することを約束させたのである。
エ 前記アないしウの各事情に照らせば、原告は、本件告訴状記載のとおりの方法により、Aを自殺に追い込んで殺害したものというべきであり、少なくとも未必の故意による殺人罪に問われて当然といえる。
(2) 前記一(2)のうち、被告らが、本件告訴をしたことは認め、その余は否認ないし争う。
前記(1)のとおり、本件告訴に係る事実関係は、いずれも真実であるから、不法行為に当たらない。
第六争点二(被告らによる本件記者会見及び本件ブログにおける名誉等の毀損の有無等)に関する当事者の主張
一 原告の主張
(1) 被告らは、共謀の上、被告Y1においてはAの保護者として、被告Y2においては被告Y1の代理人弁護士の立場で、平成一八年一月一〇日に被告らによる本件記者会見を行った。
(2) 被告Y1は、被告Y2と掲載の可否を相談した上で、本件ブログに、前記第三のとおりの記載をして、誰でも閲覧できる状態にした。
(3) 被告らによる本件記者会見及び本件ブログに係る各摘示事実は、いずれも原告の名誉等を毀損するものであり、被告らの行為は不法行為に当たる。
二 被告らの主張
前記一(1)は、概ね認め、同(2)のうち、被告Y1が被告Y2と掲載の可否を相談したとする点は否認する。
前記のとおり、原告は、Aを自殺に追いやり殺害したのであり、その行為は、まさに殺人罪に該当する。また、原告による記者会見において、原告は、虚偽の事実を公然と摘示し、Aの名誉を毀損した。
被告らは、係る事実経過に基づき被告らによる本件記者会見を行い、被告Y1において本件ブログの掲載を行ったにすぎず、原告に対する名誉毀損をしていない。
第七争点三(訴訟活動による不法行為の成否)に関する当事者の主張
一 原告の主張
被告らは、共謀の上、本件準備書面を作成し、提出し、本件訴訟において、その旨主張した。係る行為は、原告の社会的信用を著しく低下させ、原告の名誉を毀損する違法な行為というべきであり、不法行為に当たる。
二 被告らの主張
被告らが、本件準備書面記載のとおりの主張をしたことは認め、その余は否認ないし争う。
被告らの本件準備書面における主張は、いずれも正確な事実に基づいたものであり、合理的な主張である。
第八争点四(被告らの名誉毀損に関する抗弁の成否)に関する当事者の主張
一 被告らの主張
仮に、被告らによる本件告訴等に係る各摘示事実が、原告の名誉を毀損するものであったとしても、以下のとおり、本件告訴等に係る各摘示事実は、公共の利害に関する事実に関わるものであり、かつ、被告らは専ら公益を図る目的で、本件告訴等に係る各摘示事実に係る表現行為をしたものである。また、本件告訴等に係る各摘示事実が真実であるし、仮に本件告訴等に係る各摘示事実が真実でないとしても、被告らにおいて真実と信ずるについて相当な理由があったから、故意・過失が否定され、不法行為は成立しない。
(1) 事実の公共性及び目的の公益性について
ア 本件告訴等に係る各摘示事実は、本件高校の生徒、父兄にとって重大な関心事であり、また、Aの自殺直後に大きく報道されたことからも分かるように、まさに国民の間で議論されるべき問題に関わる事実であるから、公共の利害に関する事実に係るものである。
イ また、被告らは、マスコミに自らの行為を正当であると主張している原告に対して、同種事件の再発を防ぐために本件告訴等を行ったものであり、専ら公益を図る目的で本件告訴等に係る各摘示事実について表現行為を行った。
(2) 摘示事実の真実性及び真実相当性について
ア 前記のとおり、本件告訴等に係る各摘示事実は、いずれも重要な部分において真実である。
イ 仮に真実であると認められないとしても、被告らが、真実であると信じ、かつ、そのように信じるについて相当の理由があるものというべきである。
二 原告の主張
(1) 前記一(1)は、否認する。
被告らの本件告訴等に係る各行為は、長野地裁における民事訴訟事件を有利に進めるためのものであり、専ら公益を図る目的の行為とはいえない。
(2) 前記一(2)は、いずれも否認する。
ア 原告が、Aを殺害することを意図し実行したことはないし、Aに関して虚偽の事実を摘示して名誉を毀損したこともないから、本件告訴等に係る各摘示事実は、いずれも真実であるとは認められない。
イ また、以下の事情等によれば、被告らにおいて、本件告訴等に係る各摘示事実が真実であると信じるについて相当な理由もない。
(ア) 被告Y1は、Aの自殺の原因について、当初は学校でいじめや暴力があり、それを苦にして自殺したと主張していた。しかし、いつの間にか、Aのうつ病を前提に、原告が本件各通知書面等を送付したこと、及び、一二月三日の話合いの際に、Aに登校を促したことが原因である旨主張を変遷させた。このように、被告Y1が本件告訴等に係る各摘示事実を真実と信じていたのか疑わしい。
なお、一二月三日の話合いの際には、被告Y1も、Aに対して登校を促していた。したがって、原告がAに対して登校を促したことが殺人罪に該当するならば、被告Y1もAに対する殺人を犯したことになってしまうはずである。
(イ) そもそも、被告Y1は、実際はAがうつ病であるとは考えていなかったし、それゆえ、Aに対して真剣に治療を受けさせてもいなかった。
(ウ) 係る事情等があるのに、被告Y2は、法律の専門家として、本件告訴に係る各摘示事実が真実であるのか否かについて十分に検討することなく、拙速に本件告訴等に係る各摘示事実をそれぞれ摘示したものである。
第九争点五(被告Y2の行為について正当業務行為として違法性が阻却されるのか否か)に関する当事者の主張
一 被告Y2の主張
民事事件においても、告訴を含む刑事事件においても、対立当事者がそれぞれ自己の主張、立証を尽くすことによって、真実が発見され、妥当な法的判断が下されることになる。したがって、その目的を達成できるよう、弁護士には、事件の進行に応じて相当の自由が保障されなければならず、告訴を含め、その主張立証の過程で、形式的に名誉毀損に該当するような事態が生じたとしても、免責の余地を広く認める必要があるのは当然である。
本件における被告Y2の行為は、係る観点から、正当な業務行為として、損害賠償責任を負わないものというべきである。
二 原告の主張
被告Y2の本件における各行為は、弁護士としての正当な業務からは逸脱するのであって、免責されるものではない。
第一〇争点六(原告の損害)に関する当事者の主張
一 原告の主張
(1) 慰謝料
ア 原告は、本件告訴があったため、平成一九年一〇月四日に不起訴処分となるまでの間、殺人罪と名誉毀損罪の被疑者として扱われ、丸子警察署等による取調べも受けた。原告は、代理人弁護士を通じて、速やかに捜査を進行させるよう長野地方検察庁上田支部に再三申入れを行ったが、被告Y1が同支部からの呼出しに応じなかったことから、捜査は進展しなかった。本件告訴をしておきながら、同支部の呼出しに応ぜず捜査に協力しない被告Y1の行為は、原告やその家族を長期間苦しめる極めて不当なものというべきである。
イ 原告は、本件高校の同窓会やPTAの会合でも、同様に説明を求められるなどしたばかりか、原告の長女の結婚相手の親族からは、本件告訴がなされていることについて説明を求められるなどし、強い屈辱感を味わった。
ウ 雑誌やインターネット上では、原告に対する非難や中傷が数多く記載され、これによって原告とその家族は、精神的に大きく傷ついた。本件高校には、匿名で三〇〇回を超える一方的な非難の電話がかかってきた。報道関係者が原告宅を訪ねてきたこともあった。さらに、原告の自宅に、原告を一方的に誹謗中傷する匿名の電話が三回ほどかかってきたこともあった。
エ 前記の事情等によれば、原告が被った精神的損害に対する慰謝料額は、五〇〇万円を下らない。
(2) 弁護士費用として一〇〇万円
(3) 合計六〇〇万円
二 被告らの主張
前記(1)のうち、原告が丸子警察署から取調べを受けたこと、被告Y1が長野地方検察庁上田支部の再三の呼出しに応じず、捜査が進展しなかったことは認め、その余は不知ないし争う。
第一一争点七(謝罪広告等掲載の要否)に関する当事者の主張
一 原告の主張
被告らによる本件記者会見が行われたことにより、本件告訴等に係る各摘示事実等に関して、地方紙だけでなく、全国紙でも報道がなされた。また、本件ブログへの本件告訴状の掲載は、一年半以上に及び、しかも、原告が不起訴処分となっても、そのまま本件告訴状が掲載され続けた。
これらの事情その他被告らの行為の悪質性等に照らせば、原告の名誉等の回復のため、前記第一の二及び三記載の謝罪広告を新聞紙や本件ブログに掲載することが必要不可欠である。
二 被告らの主張
謝罪広告掲載の必要性については、争う。
第一二争点八(消滅時効の成否)に関する当事者の主張
一 被告らの主張
原告の本件損害賠償請求は、平成一八年一月一〇日になされた本件告訴が不法行為に当たることを請求原因とするものである。そうであるとすれば、本件訴訟が提起された平成二一年四月一五日には、既に不法行為時から三年以上が経過している。
被告らは、民法七二四条に基づく消滅時効を援用する。
二 原告の主張
原告は、被告らに対して、平成二〇年一二月九日付け書面で、本件訴訟における請求と同じ損害賠償請求等をなし、被告Y2については同月一二日に、被告Y1については同月一〇日に、それぞれ同書面が到達している。
前記書面による請求は、民法一五三条所定の催告に当たるところ、本件訴訟は、その催告の時点から六か月以内に提起されているから、被告らの消滅時効の主張は理由がない。
第一三争点一(本件告訴による不法行為の成否)に対する判断
一 判断基準について
告訴は、それを受けた者の名誉等を著しく損ない、精神的苦痛を与える危険を伴うものであるから、特定人を告訴しようとする者は、事実関係の慎重な調査を要するというべきであり、犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠があることを確認せずに告訴をした場合には、その相手方に対して不法行為責任を負うものというべきである。
二 本件告訴のうち殺人罪に係る告訴について
前記告訴は、別紙六のとおりであるが、その骨子は、①原告が、Aがうつ病を発症し、希死念慮が出現していたことを認識し、それにより、原告の行為によりAを自殺に追いやるおそれがあることを予見しながら、②バレーボール部には何ら問題がなかったように見せかけるため、Aに登校を強く促し、最悪の場合はAが自殺するようなことになってもやむを得ないと考え(①及び②による、殺人の未必的故意)、③本件各通知書面等を送りつけたり、④部下である教頭や担任教諭に命じて、一二月三日の話合いを行わせ、その場でAに登校するよう約束させ(③及び④による殺人の実行行為)、⑤その結果、Aを自殺に追いやった(Aの死亡という結果)というものである。
そこで、以下、本件告訴状記載の方法により、原告がAを殺害したと認めることができるか否かにつき、前記告訴の内容である前記①ないし⑤に沿って検討を加えることとする。
(1) Aの精神状態に対する原告の認識等について
ア 被告らは、前記①のとおり、原告が、自らの行為によってAを自殺に追いやるおそれがあることを予見していた旨主張する。
イ 確かに、前記第三の前提事実によれば、Aは、本件クリニックに通院していて、本件診断書三通の記載内容も併せ考えれば、精神状態に一定の問題があったであろうことは、事後的に検討すれば推認することができ、その後の一二月六日に自殺していることが認められる。
しかしながら、前記第三の前提事実のとおり、被告Y1は、九月二七日と一一月六日に、Aを本件クリニックで受診させ、その際、前者につき、六日分の薬の処方を受け、六日後に受診の予約を、後者につき、七日分の薬の処方を受け、七日後に受診の予約をそれぞれしていたにもかかわらず、いずれについても、予約した日にAを本件クリニックに受診させていない。特に、一一月六日以降Aが死亡した一二月六日までの約一か月の間、前記告訴内容によれば、Aが次第に精神的に追い込まれていっているはずなのに、Aを精神科に受診させることは一度もなかった。
他方、被告Y1は、死亡する三日前に行われた一二月三日の話合いの際、Aを同席させているし、その席上、Aに強く発言を促すなどしている一方で、Aの病状等、特にAの希死念慮等を危惧する趣旨の発言をしていない。
仮に、実母である被告Y1が、Aの症状につき、本件高校での問題によって、希死念慮が出現するなど深刻な状況にあると本当に思っていたならば、Aを予約したとおりに本件クリニック等に連れて行ったであろうし、また、あえて一二月三日の話合いにAを同席させたりすることもなく、さらに、本件高校関係者と面会させることもなかったであろうと考えられる。
被告Y1の前記各行動は、結局のところ、日常的に見守っていたはずの被告Y1自身も、本件高校での問題によってAが深刻な精神状態にあり、すぐにでも自殺するであろうとは予見していなかったことを十分推認させる事情ということができる。
このように、Aと生活を共にしている実母の被告Y1でさえ、Aの自殺を予見できなかったのであるから、原告は、なおさらのこと、Aがすぐにでも自殺するような精神状態にあったと認識し、かつ、自殺を予見することは極めて困難であったというべきである。
ウ したがって、原告において、Aを自殺に追いやるおそれがあることを予見していたといった被告らの前記主張は採用しない。
(2) 原告のA殺害の動機について
ア 被告らは、原告がAを殺害しようとした動機等について、前記②のとおり、原告がバレーボール部を守ることを最優先にし、同部には何ら問題がなかったように見せかけるため、Aに登校を強く促し、最悪の場合はAが自殺するようなことになってもやむを得ないと考えていた旨主張する。
イ 確かに、本件高校におけるバレーボール部の重要な位置付けからして、バレーボール部の維持、存続は、校長として相当関心があったことということができよう。
しかしながら、一般論として、部活動内でのいじめ等のあることによって、バレーボール部の名誉が損なわれるかもしれないと危惧し、これを隠蔽しようとする行動があり得るにしても、その方法として、バレーボール部に所属する生徒を自殺に追いやるという方法が、合理的なものであるはずがない。このことは、本件におけるマスコミ等の報道の経過を見れば明らかである。
以上のとおり、校長において、いじめ等の存在を否定したいと思う気持ちが生じ得ることは否定できないにしても、いじめ等の発覚を避ける方法として、生徒を自殺に追い込むなどという手段を取ろうと考えることが、本未転倒の考え方であり、特殊な事情がない限り、あり得ないことというべきである。
しかるに、本件においては、原告とAないし被告Y1との間に、個人的な怨恨等、原告においてAを殺害したいと思う特殊な事情が別にあることをうかがわせる証拠はまったく存在せず、その他に前記の特殊な事情を認めるに足りる証拠はない。
かえって、原告の本人尋問の結果等によれば、Aを自殺に追い込んで殺害するような動機など原告に存在しなかったと推認することができる。
ウ 以上によれば、原告において、バレーボール部を守るために、殊更Aに登校を強く促すことによって、最悪の場合はAが自殺するようなことになってもやむを得ないと考えていたといった被告らの前記主張を採用することはできない。
(3) 原告が被告Y1らに送付した本件各通知書面等について
ア 被告らは、前記③のとおり、原告が本件診断書三通を受領しておきながら、あえて被告Y1宅に本件各通知書面等を送付したことをもって、殺人行為の実行行為であると主張する。
イ しかしながら、前記第三の前提事実のとおり、本件各通知書面等には、Aを気遣う言葉が多数あり、特に、「このたびのA君のことにつきまして、学校においては一日も早い登校を願ってきたところであります。」とか、「四月の入学以来の学校生活において、A君に悲しい思いをさせることがありましたことを深刻に受け止め、学校として様々な対応を考え、職員が一丸となって改善に向け努力してまいりました。」等と記載されていて、その趣旨は、Aが元気に本件高校に登校をすることを願っている旨が表現されているし、その表現は極めて穏当なものであった。また、欠席日数等が多く進級が困難である旨の記載があるものの、その旨を保護者である被告Y1に通知し、登校を促すことは、教育上当然の措置であって、社会通念上何ら非難されるべきことはない。さらに、本件各通知書面等の宛名は、被告Y1とともにAも連名にされているものの、本件各通知書面等は、被告Y1宛ての封筒に封入されて郵送されたものであって、通常、開封するのは被告Y1であり、本件各通知書面等の記載内容を被告Y1からAに伝えるか否かは、先ずは保護者である被告Y1の事前の判断に委ねられているという状況にあった。
これらの事情に照らせば、Aに関する本件診断書三通を受け取っていて、Aの精神状態に一定の問題があったであろうことを理解していたはずの原告において、本件各通知書面等を送付することによって、あえてAのうつ病の症状を悪化させようとか、さらには、Aを自殺に追いやろうなどという意図があったとは到底推認することはできない。かえって、本件各通知書面等の記載からして、原告は本件高校の校長として、Aの進級の可否を心配し、その善後策を検討していたものと容易に推認することができる。
したがって、被告らの前記主張は、本件各通知書面等の意義を著しく曲解するものであり、到底採用できない。
(4) 一二月三日の話合いについて
ア 被告らは、前記④のとおり、部下である教頭や担任教諭に命じて、一二月三日の話合いを行わせ、その場でAに登校するよう約束させたことが、殺人行為の実行行為であると主張する。
そこで、一二月三日の話合いの経過、内容については、前記第三の前提事実に加え、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 被告Y1は、一二月二日午前一時三〇分ころ、H長野県副知事に対し、本件高校の対応を非難する内容に加えて、翌三日(土曜日)の午後五時に、本件高校関係者らに被告Y1宅に来るよう求める内容のメールを送信した。
その後、長野県教育委員会こども支援課と被告Y1との間でメールのやり取りがなされた後、一二月二日、被告Y1宅において一二月三日の話合いをする旨の約束がなされた。
(イ) F教頭、B教諭及び県教委のEは、一二月三日午後五時ころ、被告Y1宅を訪れ、○○教育事務所学校教育課のG及びD県議も立ち会って、同日午後九時三〇分ころまで被告Y1方で一二月三日の話合いが行われた。
この際、被告Y1は、Aを同席させた。そして、Aに対し、「本当のことを言ってごらん、A。今までの、どうして、言いな。全部もうI先生の口止めとかも関係ないから、全部言いなさい。そういうことがあったて、言いなさい。」、「だから、Aが言わないと、事実じゃないっていうふうにいってるんだから、言わないとだめなんだよ。」などと、強く発言を促したりした。
また、被告Y1は、本件高校、バレーボール部及び長野県教育委員会のこれまでの対応を批判した上で、いじめや暴力がなくなるように指導するよう求めるなどした。その上で、Aが安心して登校するための条件として、バレーボール部の友達がAを無視するのを止めること及び全校生徒にいじめや暴力がなくなるようきちんと話すことの二点を要求した。
F教頭、B教諭及び県教委のEは、これを承諾し、一二月五日(月曜日)から対応することを約束した。そして、Aは、同日から登校すると言った。
イ 以上の事実を前提にして、被告らの前記④の主張を検討する。
先ず、一二月三日の話合いは、被告Y1の提案をきっかけとして実施されたものであって、あえて原告を含む本件高校側から提案されたものではない。さらに、長野県教育委員会こども支援課と被告Y1の間で連絡を取り合って実施が決められたものであって、原告が部下に命じて実施させたものでもないことが明らかである。
また、一二月三日の話合いにおいて、本件高校側の出席者からの提案等に応じて、被告Y1も、Aが本件高校に登校することを希望していて、それを前提に、Aに発言を促したり、Aが登校するための条件を提示したりした。このように、原告ないし本件高校関係者のみが、Aに登校を促していたわけではない。その背景には、一二月三日の話合い当時、本件高校関係者や教育委員会関係者ばかりか、被告Y1自身も、Aに登校してほしいと願っていたことがある。このことは、被告Y1の一二月四日付け書面において、「子供もようやく勇気を出し学校に行く決意が出来ました。どうかこれからもAの力になって上げてください。」との記載からも明らかである。
以上によれば、被告らの一二月三日の話合いに係る前記主張は、およそ、原告において、Aを自殺に追いやる危険があることを予見しながら、あえて自己の部下に命じて、一二月三日の話合いを行わせ、Aに対して登校するよう約束させたというような実態にはなく、およそ殺人行為の実行行為に該当するものでもない。
(5) 小括
ア 以上のとおり、本件告訴のうち、殺人罪に係る事実経過について、①原告において、Aがすぐにでも自殺するような精神状態にあったと認識し、かつ、自殺を予見することは極めて困難であったこと、②原告には、Aを殺害する動機など存在しなかったこと、③本件各通知書面等は、原告ないし本件高校関係者らが、Aの進級の可否を心配し、その善後策を検討する趣旨で送付したものと認められること、④一二月三日の話合いは、原告が部下に命じて実施されたものではない上、被告Y1も、Aが本件高校に登校することには賛成していたことの各事情が認められる。
これらの事情を総合すれば、原告が、本件告訴状記載の方法によって、Aを殺害したなどとは到底推認することはできない。かえって、原告は、Aが早期に本件高校に登校するようになり、穏便に問題が解決することを真に願っていたものと容易に推認することができ、被告Y1もこれに応じて、双方ともAの元気な本件高校への復帰を願っていた。そうすると、本件告訴のうち殺人罪に係る告訴は、事実に反する内容であったものというべきである。
イ さらに、以下の事情によれば、被告らは、原告に対して犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠があったということもできない。
すなわち、被告らは、原告が本件診断書三通を受け取っていて、Aの精神的状況を把握していたことを前提にして、一二月三日の話合いを問題にしているところ、一二月三日の話合いの状況は前記認定のとおりであって、Aの保護者である被告Y1自身が、係る本件診断書三通の記載ばかりか、Aの精神状態を日々の生活の中で身をもって感得していた上で、一二月三日の話合いを設定し、実際にも立ち会った上で、Aに登校を説得しているのである。したがって、原告が本件診断書三通によってAの精神状態を把握し得たことの一事をもって、原告に対して殺人罪という犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠があるということはできない。
ウ また、被告らは、原告に対して犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠があることを確認せずに、本件告訴をしたものというべきである。
すなわち、被告らの主張によれば、一二月三日の話合いは、Aの自殺という結果に最も近接する殺人の実行行為とされているから、極めて重要な実行行為に該当する原告の行為の一つであったはずである。そうであるならば、一二月三日の話合いの内容がどのようなものであったか確認することは、本件告訴をする上で、初歩的な調査ないし検討事項というべきである。
ところが、被告Y1は、一二月三日の話合いに立ち会っていたし、前記認定のとおり、Aに対して発言を求めたり、登校を促しているのである。また、被告Y2も、被告Y1からその経過を聞いて確認できた。さらに、被告Y1がその状況を録音していたところ、被告Y2は、その録音テープを本件告訴前に被告Y1から入手していて、一二月三日の話合いの状況を客観的に確認できる状況もあった。ところが、被告Y1は、法律の専門家である被告Y2に本件告訴を依頼しておきながら、一二月三日の話合いの内容と、前記告訴の内容との間に事実経過との間にそぐわない点があることが明らかであるにもかかわらず、その点について、被告らの間で具体的に検討した形跡はない。また、被告Y2は、本件告訴をする前に、同録音テープを詳しく聴くことをしなかった。したがって、かかる事情等に照らせば、被告らは、前記告訴の内容につき、相当な客観的根拠の有無について、十分な確認をしていなかったものといわざるを得ない。
エ よって、本件告訴のうち、原告が殺人罪を犯したとする本件告訴は、被告らに事実関係の慎重な調査を要すべき注意義務があるにもかかわらず、殺人罪という犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠もなく、また、その確認もせずに本件告訴をしたといってよく、原告に対する不法行為に当たる。そして、前記告訴は、被告らが話合いの上で行ったものであるから、被告らによる共同不法行為となる。
三 本件告訴のうち名誉毀損罪に係る告訴について
(1) 前記第三の前提事実のとおり、被告Y1が、五月二九日、Aの弟のために用意した金銭が財布からなくなっていたことについて、Aを疑い、Aと口論となり、Aに家を出て行けと言ったこと、これに対し、Aは、翌三〇日に自宅を出て、本件高校に登校しなかったという五月下旬の家出があったこと、被告Y1は、警察にAの捜索願を出し、五月三一日にB教諭及びバレーボール部の部員らとともにAを捜していたこと、他方、Aは、五月三〇日夜、被告Y1ら家人に気付かれないように自宅にいったん戻り、翌三一日朝、再び、家人に気付かれないよう自宅を出て、結局、同日午後一時三〇分ころ、佐久市内の書店で発見されたことが認められる。
なお、被告らは、Aが五月下旬の家出をしたことはないし、不登校の原因についても、被告Y1との金銭トラブルではない旨主張するので、検討する。前記認定事実は、概ね、五月末ころ作成された「生徒の問題行動等送信カード」及び「生徒の問題行動報告書」(以下、併せて「本件カード等」という。)によるものであるところ、五月末ころまで、被告Y1と本件高校関係者との間でトラブル等はなく、本件カード等に、あえて虚偽の記載がなされる事情はないこと、本件カード等の記載内容は、比較的詳細であり、内容も合理的であること等によれば、本件カード等の記載内容の信用性は高いものというべきであり、本件カード等によれば、前記事実は十分に認定でき、これに反する被告Y1の供述等は信用することができない。
(2) 以上の五月下旬の家出の経過によれば、Aと被告Y1との間で、金銭に関して口論があり、被告Y1がAに対して家を出て行けと言ったのであるから、被告Y1がAを相当に怒っていたこと、他方、Aは、夜、自宅に戻っているものの、被告Y1ら家人に気付かれないようにしていることが認められ、係るAの行動は、被告Y1との軋轢による家出ということができる。
そうすると、原告による記者会見での摘示事実のうち、Aが八月下旬の家出ばかりか、五月下旬の家出もしていたことや、五月下旬の家出に関して、母親である被告Y1の財布からA君がお金を抜いたと母親から疑われ、それについて被告Y1から相当怒られたということについては、重要な部分において真実であった(その金額について、原告の発言に誤りがあったが、多額の金額を指摘していたわけではなく、その一事で、原告が虚偽事実を指摘したということはできない。)。
以上によれば、原告による記者会見における五月下旬の家出に関する発言は、全体としては虚偽事実を指摘しているわけではなく、他方、本件告訴のうち、Aに対する名誉毀損に係る告訴は、事実に反する内容であり、原告に対して犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠はなかったというべきである。
(3) さらに、以下の事情によれば、被告らは、原告に対して犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠があることを確認せずに、本件告訴をしたものというべきである。
すなわち、被告Y1は、当時、五月下旬の家出に関する前記事情を本件高校関係者に説明していたのであるから、原告による記者会見での五月下旬の家出に関する摘示事実が、重要な部分において真実であることは、自分自身の体験したこととして、当然認識していたと認められる。そうすると、法律の専門家である被告Y2に、五月下旬の家出の経過を説明した上で、告訴内容を相談すれば、本件告訴の内容が虚偽となることは容易に知ることができたものというべきである。
また、前記告訴の内容に関して、被告Y1の主張と原告の主張とが真っ向から対立していたにもかかわらず、被告Y2において、本件告訴の前に、原告ないし教育委員会等に対し、原告による記者会見での摘示事実の根拠について問い合わせるなどの調査を行ったと認めるに足りる証拠もない。
係る事情に照らせば、被告らは、前記告訴の内容につき、相当な客観的根拠があることを確認していなかったものといわざるを得ない。
(4) よって、本件告訴のうち、Aの名誉毀損に係る本件告訴は、被告らに事実関係の慎重な調査を要すべき注意義務あるにもかかわらず、名誉毀損という犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠もなく、また、その確認もせずに本件告訴をしたといってよく、原告に対する不法行為に当たる。そして、前記告訴は、被告らが話合いの上で行ったものであるから、被告らによる共同不法行為と評価することができる。
第一四争点二(被告らによる本件記者会見及び本件ブログにおける名誉等の毀損の有無等)に対する判断
一 被告らによる本件記者会見の内容及び本件ブログの掲載経過については、前記第三の前提事実のとおりである。
なお、被告Y2は、本件ブログには関与していない旨供述する。しかしながら、長野地裁における民事訴訟事件で、被告Y1は、ブログの掲載内容については被告Y2らに確認していた旨明確に供述していること、この時点において、被告Y1が、ブログに関して虚偽の供述をする必要性はまったく認められないこと、他方、被告らによる本件記者会見までした被告Y2が、インターネット上とはいえ、どのような掲載をするのかについて、興味がないはずがないことなどの事情に照らせば、被告Y2の前記供述は、にわかに信用することはできない。
二 以上の被告らによる本件記者会見の内容によれば、被告Y2は、本件告訴状等の資料を配付した上で、本件告訴内容を口頭でも説明していることから、本件告訴内容がほぼそのとおりの会見結果になったと認められる。その結果、集まった新聞記者等によって、各紙で新聞報道された。係る被告らによる本件記者会見に係る摘示事実は、いずれも、一般人の通常の注意をもって見聞した場合に、原告がAを殺害したり、Aの名誉を毀損するなどの犯罪行為を行ったとの印象を受けるものと認められ、係る状況は、前記第一三で検討した本件告訴の場合と異なるところではない。そうすると、被告らによる本件記者会見によって、被告らは、原告の社会的評価を低下させ、その名誉等を毀損したと認められる。
三 さらに、本件ブログは、被告Y1において開設していたものであり、本件ブログへの本件告訴状等の掲載についても、結局、前記二と同様に、一般人の通常の注意をもって見た場合に、原告がAを殺害したり、Aの名誉を毀損するなどの犯罪行為を行ったとの印象を受けるものと認められる。
そして、本件ブログには、原告がAを追いつめ自殺に追いやったものであり、殺人罪に当たる旨の記載があるばかりか、本件告訴状の内容も掲載されていた以上、前記第一三で判断した本件告訴の違法性と異なるところはなく、被告らは、本件ブログによっても、原告の名誉等を毀損したものである。
四 被告らによる本件記者会見による説明及び本件ブログによる掲載は、いずれも被告らが話し合って行われたものであるから、被告らによる共同不法行為と評価することができる。
第一五争点三(訴訟活動による不法行為の成否)に対する判断
一 民事訴訟は、私的紛争を対象とするものであるから、必然的に当事者間の利害が鋭く対立し、個人的感情の対立も激しくなるのが通常であり、したがって、一方当事者の主張、立証活動において、相手方当事者やその訴訟代理人その他の関係者の名誉や信用を損なうような主張に及ばざるを得ないことが少なくない。しかしながら、そのような主張に対しては、裁判所の適切な訴訟指揮により是正することが可能である上、相手方は、直ちにそれに反論し、反対証拠を提出するなど、それに対応する訴訟活動をする機会が制度上確保されており、また、その主張の当否や主張事実の存否は、事案の争点に関するものである限り、終局的には当該事件についての裁判所の裁判によって判断され、これによって、損なわれた名誉や信用をその手続の中で回復することが可能になる。
このような民事訴訟における訴訟活動の性質に照らすと、その手続において当事者がする主張、立証活動については、その中に相手方の名誉等を損なうようなものがあったとしても、それが当然に名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、相当の範囲内において正当な訴訟活動として是認されるものというべく、その限りにおいて、違法性が阻却されるものと解するのが相当である。
二 そこで検討するに、本件は、原告が弁護士である被告Y2を含めた被告らに対して名誉毀損等を理由とした訴訟であり、前記のとおり争点が多岐にわたり、鋭く利害が対立している事件に係るものである。そして、本件準備書面の記載内容は、前記第三の前提事実のとおりであり、その文面は、原告があたかもAを自殺に追いやって殺人を犯したというものであり、また、原告による記者会見での発言がAに対する名誉を毀損するというものであって、その内容だけからすれば、原告の社会的評価を低下させ、その名誉等を毀損するものであると認められる。
しかし、本件準備書面に係る主張は、原告がAを殺害したり、Aの名誉を毀損したことはない旨の原告の主張に対応してなされたものであり、本件訴訟の主な争点と直接的な関連性が認められること、被告らとしては、原告の損害賠償請求を否定するため、本件準備書面のような主張をする必要性があったこと、本件準備書面の記載内容も、争点との関係で被告らの立場を主張したにすぎず、殊更にそれ以上の原告の名誉等を毀損するようなものではないこと、係る訴訟上の主張すら名誉毀損とされることになれば、前記争点がある本件訴訟のような場合、被告らが相当の範囲内で正当な訴訟活動をすることについて、著しく制約される結果となって妥当ではないことなどの事情に照らせば、被告らの本件準備書面を作成・提出し、その旨主張した行為は、違法とはいえず、原告に対する不法行為とはならないものというべきである。
第一六争点四(被告らの名誉毀損に関する抗弁の成否)に対する判断
一 名誉毀損行為については、摘示された事実が公共の利害に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときには同行為には違法性がなく、また、同事実が真実であることが証明されなくても、その行為者において、同事実を真実と信ずることについて相当の理由があるときには、同行為者には故意又は過失がなく、結局不法行為は成立しないものと解すべきである。
二 そこで、争点一ないし三の判断の結果を踏まえた原告に対する名誉毀損行為について検討するに、前記第三の前提事実のとおり、原告に対する名誉毀損行為は、自殺したAの母である被告Y1及びその委任を受けた弁護士の被告Y2が、Aの自殺に関する本件高校等行政当局の責任を追及するために行われたものであったことが明らかである。そして、学校におけるいじめや生徒の自殺の問題は、我が国の教育制度の在り方に関わる重大問題に関する事項ともいうことができ、明らかに公共の利害に関するものと認められ、また、係る事情及び原告に対する名誉毀損行為の内容等に照らせば、被告らにおいてもっぱら公益を図る目的に出たものであることも認めることができる。
三 次に、本件告訴等に係る各摘示事実が真実であるか、仮に、真実と認められないとしても、被告らが、その事実を真実と信じたことについて相当な理由があるといえるのかについて検討するに、前記のとおり、原告が、Aを殺害したり、虚偽の事実を摘示してAの名誉を毀損したことがないことは明らかであり、本件告訴等に係る各摘示事実の重要部分が真実であると認めることはできない。
また、被告らは、前記のとおり、一二月三日の話合いの状況を録音したテープの内容を本件告訴の前に予め精査していないほか、被告らにおいて、原告ないし教育委員会等に対し、原告による記者会見での摘示事実の根拠について問い合わせるなどの調査を行ったと認めるに足りる証拠もない。これらの事情によれば、被告らは、本件告訴等に係る各摘示事実が真実であるかについて、基本的な調査ないし検討さえ尽くしていないものといわざるを得ない。
四 したがって、本件告訴等に係る各摘示事実が、いずれも真実であるとか、被告らにおいてこれを真実と信ずべき相当の理由があったものといえないことは明らかであって、被告らの抗弁は失当である。
第一七争点五(被告Y2の行為について正当業務行為として違法性が阻却されるのか否か)に対する判断
一 一般に、弁護士は、依頼者の依頼の趣旨に沿うよう、委任された法律事務を処理することが要求されるところ、依頼者の依頼内容が公序良俗に違反し明白に違法な場合や、その依頼内容を実現すると違法な結果が招来されることについて弁護士に悪意又は重過失が認められるような場合等の例外的な場合を除いては、弁護士が依頼者の依頼によって行った行為は、正当業務行為として当該弁護士については違法性が阻却されると解するのが相当である。
二 そこで検討するに、被告Y2において、本件告訴の内容及び本件告訴等に係る各摘示事実が真実であるかについて、基本的な調査ないし検討さえ尽くしていないものといわざるを得ないことは前記のとおりである。また、被告Y2には、本件告訴をしたこと及び原告の名誉等を毀損したことにつき、重大な過失があるものというべきである。
したがって、被告Y2の原告に対する不法行為につき、正当業務行為としてその違法性が阻却されることはない。
第一八争点六(原告の損害)に対する判断
一 被告らの不法行為
以上によれば、被告らは、事実関係の慎重な調査をすべき注意義務あるにもかかわらず、殺人罪及び名誉毀損罪という犯罪の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠もなく、また、その確認もせずに本件告訴をし、被告らによる本件記者会見を行って本件告訴と同様の内容を説明し、本件ブログで同様に本件告訴の内容を掲示していたことが認められる。そこで、原告の損害について検討する。
二 慰謝料
前記のとおり、本件告訴等による各摘示事実の内容は、Aが通学する本件高校の校長である原告が、その生徒であるAを殺害し、亡くなった後もAの名誉を毀損したなどという、センセーショナルなものであり、教育者としての原告の立場からすれば、その名誉及び信用に極めて重大な影響を及ぼすものである。そして、係る摘示事実が真実であることの根拠が極めて薄弱なものであったことは前記のとおりである。その上、係る摘示事実を、被告らによる本件記者会見によりマスコミに説明するとともに、本件ブログに掲載した。その結果、全国紙を初めとする報道各社が報道し、また、本件ブログも、何時、誰でも閲覧できる状態において、本件告訴以上に、前記摘示事実を公にした。これにより、原告の名誉及び信用は、広く大きく毀損されたものといえる。
また、原告は、相当な客観的根拠もない殺人罪及び名誉毀損罪という犯罪を行ったと疑われる被疑者の地位におかれ、捜査機関の取調べを受けることになった。係る本件告訴は、捜査機関の適正な捜査により、結局、真偽が判明するという性格を有して、早急な捜査が必要であったところ、本件告訴をした被告Y1自身が、長野地方検察庁上田支部の再三の呼出しに応じなかったこと(当事者間に争いがない。)から、捜査が長引くことになった。これらにより、原告は、被疑者として取調べを受けて屈辱的な立場に立たされるとともに、さらに捜査結果が出ないという中途半端な状況に長期間追いやられ、必要以上の精神的苦痛を受けることになったといえる。
さらに、本件ブログに本件告訴状等が長期間掲載されたこともあり、インターネット上で、原告を誹謗中傷する記載が多数なされるなどした。加えて、原告が本件高校の校長という立場であったことから、本件高校の同窓会やPTAの会合において、本件告訴についてなど説明を求められることもあったし、多数の匿名の抗議電話を受けることにもなった。
さらに、原告の個人的な事情として、娘の婚儀や家庭内に少なからず影響を受けた。
これらの事情のほか、本件に顕れた諸事情を総合考慮すると、慰謝料額としては、一五〇万円が相当というべきである。
三 弁護士費用
本件事案の内容、本件訴訟の審理経過、本件の認容額等を考慮すると、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては、一五万円とするのが相当である。
四 小括
以上によれば、原告請求の慰謝料及び弁護士費用のうち、合計一六五万円の限度で理由があるが、その余の慰謝料及び弁護士費用の請求は理由がない。
第一九争点七(謝罪広告掲載の要否)に対する判断
一 前記第一八のとおり、原告が多大な精神的損害を受けたことが認められる上に、前記第三の前提事実によれば、被告らによる本件記者会見を行った後、全国紙を初めとする報道各社が、本件告訴の事実を伝えたこと、本件ブログには、長期間にわたって本件告訴状等の掲載がなされたこと、原告が、校長という立場から、本件高校の同窓会やPTAの会合の場で本件告訴に関して説明を求められるとともに、本件高校には、原告等を一方的に非難する匿名の電話が三〇〇回以上掛かってきたこと、インターネット上においても、原告を誹謗中傷する記載が多数なされたことが認められる。
二 他方で、前記第三の前提事実によれば、本件告訴に関しては、平成一九年一〇月には、殺人については犯罪に当たらないし、名誉毀損については嫌疑不十分として不起訴処分とされたこと、そして、翌日には、それらのことが、a新聞により報道されていること、長野地裁における民事訴訟事件についても、平成二一年三月には、長野地方裁判所で、被告Y1が原告となり、原告ほかを被告らとした、Aの自殺に関して原告に責任があることなどを理由とした請求について、請求棄却の判決がなされ、同判決が確定していること、係る判決も新聞報道されていること、本件ブログにおいても、係る判決が紹介されていることが認められる。
三 前記一の事実に照らせば、被告らが捜査機関の捜査を求めるのであれば、本件告訴だけをすれば足りるところ、被告らは、それ以上に、被告らによる本件記者会見によって、マスコミに対し、校長である原告が生徒を自殺に追い込んで殺害したなどという告訴内容を説明し、それを記事にすることを容認していたし、さらに、本件ブログでも、本件告訴の内容をインターネット上でも公開している。被告らがこれらの手段を取ったことにより、違法な本件告訴内容は、不特定多数の者に広く知れるところとなった。その結果、原告は、本件告訴によって捜査機関から捜査を受けるなどの煩雑さ以上に、本件告訴内容が知れ渡ることによって多大な精神的損害を受けるに至っているのである。そして、新聞報道等を受ける者及び本件ブログの読者が不特定多数にのぼることからすれば、前記二のとおり、本件告訴に対する不起訴処分、その新聞報道、長野地裁における民事訴訟事件での勝訴判決、その新聞報道、係る判決の本件ブログでの掲載といった、原告の名誉等を回復する事後的な事情があったとしても、それだけで、原告が失った名誉等が回復しきれるものではない。そして、その回復の措置としては、被告らに対して主文掲記の各謝罪広告の掲載を命じる必要があるというべきである。
四 なお、原告は、本件ブログにも謝罪広告を掲載するよう請求するが、a新聞は、長野県内において広く購読されている新聞であるから、これに謝罪広告を掲載すれば、原告が失った名誉等の回復の措置としては十分というべきであり、本件ブログに謝罪広告を掲載するまでの必要性は認められない。
第二〇争点八(消滅時効の成否)に対する判断
一 被告らは、不法行為時から本件訴えの提起まで三年以上が経過しているから、民法七二四条所定の消滅時効により、原告の損害賠償請求権は消滅している旨主張する。
二 しかしながら、前記第三の前提事実のとおり、原告は、最初の不法行為(本件告訴のあった平成一八年一月一〇日)時から三年以内である、平成二〇年一二月九日付け書面で本件訴えと同じ損害賠償請求等の請求をなし、同書面は、そのころ、それぞれ到達していて、同法一五三条所定の催告をしている。そして、原告は、催告から六か月以内である平成二一年四月一五日に本件訴えを提起している。したがって、前記催告がなされた時点(被告Y1については平成二〇年一二月一〇日、被告Y2については同月一二日)で、原告の被告らに対する本件訴えに係る各請求権の消滅時効は中断しており、未だ消滅時効は成立していない。
三 よって、被告らの主張は採用できない。
第二一結論
よって、原告の請求は、被告らに対し、連帯して一六五万円及びこれに対する不法行為後の日である平成一八年一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、かつ、主文第二及び第三記載のとおりの謝罪広告の掲載を命じる限度において理由があるから認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川口泰司 裁判官 中野哲美 宮崎雅子)
別紙一 謝罪広告《省略》
別紙二 謝罪広告
私は、当時、長野県b高等学校(現在の長野県b1高等学校)の校長であったX氏が、同高校に在籍していたA(Y1の子)を自殺に追い込み殺害したほか、虚偽の事実を摘示してAの名誉を毀損したとして、平成一八年一月一〇日、Y1の代理人として、X氏を刑事告訴した上、その旨、記者会見において公表しました。
しかしながら、X氏が、Aを自殺に追い込み殺害した事実、及び、虚偽の事実を摘示してAの名誉を毀損した事実はまったくありませんでした。
ついては、前記刑事告訴及び記者会見により、X氏の名誉及び信用を著しく毀損したことをここに深く謝罪いたします。
平成 年 月 日
Y2
X殿
別紙三《省略》
別紙四 謝罪広告目録一《省略》
別紙五 謝罪広告目録二《省略》
別紙六 告訴状《省略》