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長野地方裁判所上田支部 昭和36年(ワ)45号 判決 1962年7月30日

事実

原告大和産業株式会社は請求原因として、被告南条農業協同組合組合長理事細田幸雄は、昭和三十六年二月三日原告会社に宛て金額二百五十一万円、振出地及び支払地長野県埴科郡坂城町大字南篠なる約束手形一通(但し名宛人欄は白地)を振り出し交付し、右振出の際被告細田幸雄は個人において右手形に手形保証をした。

しかして、原告会社は右手形の所持人として受取人欄に原告会社を補充した上、同年四月二十六日右手形の支払場所において被告組合の組合長理事細田幸雄に対し右手形を呈示して支払を求めたところ、これを拒絶された。よつて原告は、右手形の振出人である被告組合及びその手形保証人である被告細田に対し、右手形金二百五十一万円及びこれに対する完済までの遅延損害金の合同支払を求める、と主張した。

被告南条農業協同組合は答弁として、原告主張の約束手形は、被告組合組合長理事たる細田幸雄以外の何人かが同人名義を冒用して作成した偽造手形であるから、被告組合は右手形の振出人としての責任を負うべきものではない。右事実は、右手形の支払地・振出地等の表示中、各南「条」とすべきところを南「篠」の誤字を用い、又振出人欄の理事長なる表示が印判を押捺して作成されている点からも推認できる。

仮りに、被告組合代表者細田幸雄が本件手形を作成したものとしても、法人の代表者が自己のためにその地位を濫用し、代表資格を冒用して手形を作成した場合には、右手形は偽造のものと解すべきところ、被告組合の代表者細田幸雄が自己のためにその地位を濫用し、代表資格を冒用して本件手形を作成したのであるから、右約束手形は偽造手形というべきであり、従つて、被告組合は右手形につき振出人としての責任を負わないこと勿論である。

以上の主張が理由がないとしても、法人の代表者が法人のために手形を振り出すには代表者たる資格を表示すべきところ、本件約束手形には振出人につき被告組合の代表者たる資格の記載がないから、被告組合振出の約束手形としては無効である。尤も、右手形には、被告組合の名称の次に「理事長細田幸雄」とあるが、被告組合は農業協同組合法に基づき設立された法人であり、法律上農業協同組合には理事長なる機関又は職名はないのみならず(その代表資格を表示するには組合長理事又は単に理事とすべきである。)、被告組合でも未だ曾て理事長なる名称を使用したことはないのであるから、理事長なる表示は被告組合の代表資格を表示したものといえないものである、と主張した。

理由

原告は本件約束手形が真正な手形である旨主張し、被告等は右約束手形の振出人につき被告組合の組合長理事たる細田幸雄以外の何人かが同人名義を冒用して作成した偽造手形である旨主張して争うので、この点について検討する。

証拠を綜合すれば、

(1)  昭和三十六年二月三日訴外関元巌において「右金額を貴殿又は貴殿の指図人へこの約束手形と引換にお支払い致します。」と印刷されている市販の約束手形用紙の支払期日欄に同年四月十五日、その支払地欄及び振出地欄に長野県埴科郡坂城町大字南篠、その振出人欄に長野県埴科郡坂城町大字南篠南条農業協同組合理事長細田幸雄と記入し、且つ右振出人欄に「南条農業協同組合之印」と表示した印章を、右細田幸雄の名下に「南条農業協同組合長之印」と表示した印章を夫々捺印した上、被告細田において右約束手形の空欄になつていた金額欄に二百五十一万円と追加して記入し、且つ個人保証人長野県埴科郡坂城町大字南条細田幸雄と自署捺印し、ここに本件約束手形が作成されたこと(但し名宛人欄は空欄)、

(2)  そこで被告細田は本件約束手形作成の日、右手形を各宛人欄は空欄のまま訴外新留武郎を通じて原告会社に引渡したこと、

(3)  本件約束手形の振出人欄の前記のような記名捺印は、被告細田が被告組合の組合長理事としてその意思に基づくものであることが認められ、右認定の諸事実に徴すると、本件手形は被告組合組合長理事の資格において、細田幸雄の意思に基づき作成された真正な手形というべきである。右認定の本件手形中、支払地等の記載につき南「条」とあるべきを南「篠」と誤記され、また、本件手形に押捺されている「南条農業協同組合之印」及び「南条協同組合長之印」と表示された印章がいずれも所定の印鑑届を了して被告組合に備付けられている実印と異なること、及び被告組合において理事長なる名称を使用したことのないことが認められるけれども、前段認定の本件手形作成の経緯及び約束手形の押印に用いられる印章は印鑑届を了している実印に限られるものでもないこと等に徴するときは、右事実を以てしては前段認定を覆すに足りない。

なお、記名捺印の場合の捺印すべき印章は印鑑届を了している実印に限らないこと勿論であり、いわゆる三文判を用いても差支えなく、ただ記名及びその名下の押印が当該の手形行為者の意思に基づくことを要するのみと解すべく、これを以つて記名捺印たるに些かも間然するところはないのであるから、本件約束手形はその振出人につき、その記名捺印を欠くものといえないこと勿論である。

次に、被告組合は、被告組合の代表者細田幸雄が自己のためにその地位を濫用し、代表資格を冒用して本件手形を作成したのであるから、右手形は偽造にかかるものである旨主張するので検討するのに、法人の代表者がその代表資格を表示して手形を作成する権限を有する場合に、たまたまその地位を濫用し、単に自己又は第三者の利益を図る目的を以つて代表資格を冒用して手形を作成したときは手形の偽造とはならないものと解すべきところ、これを本件について見るのに、細田幸雄が被告組合の代表資格を表示して本件手形を作成したこと前段認定のとおりであり、右約束手形作成の当時、右細田が被告組合の組合長理事であつたことは当事者間に争いがなく、従つて右当時細田が被告組合の代表権限を有していること勿論であるから、仮りに右細田が自己のためにその地位を濫用し、代表資格を冒用して本件手形を作成したとしても、偽造とはならないものというべく、従つて被告組合の右主張は採用し難い。

そこで、本件約束手形面に振出人として被告組合理事長細田幸雄と記載してあることについて判断するのに、法人の代表者が法人のために手形行為をなすにあたり、法人の代表関係を表示するには、必ず一定の文字を記載すべき特別の方式があるわけでないから、代表者自身のためではなく、本人たる法人のため手形行為をなすことを認識しうる程度に記載すれば足るものであるところ、被告組合の代表者を表示するには法律上の用語としては理事とすべきであり、前段認定のとおり被告組合において理事長なる名称を使用したことはないのであるけれども、本件手形の振出人欄には被告組合理事長細田幸雄と記載し、その名下に「南条農業協同組合長之印」と表示した印章が押捺されていること前段認定のとおりであり、且つ細田幸雄が本件手形作成当時被告組合の組合長理事であつたことは当事者間に争いがないところであるから、右表示を以つて細田幸雄が被告組合を代表して手形を振り出すものである旨の表示に該当するというべきである。

さらに被告組合は、本件手形の支払地、振出地及び振出人の肩書地の各表示につき長野県埴科郡坂城町大字南「条」とあるべきが、長野県埴科郡坂城町大字南「篠」と誤記されているから、右約束手形は無効である旨主張し、右誤記は原告及び被告組合の間において争のない事実であるけれども、最小行政区劃たる長野県埴科郡坂城町を以つて完全なる支払地等の記載というべきであり、これを除く外の記載即ち大字南「篠」と誤記した部分は無用の記載と認むべく、これがため支払地等の記載を無効ならしめるものではない。従つて被告組合の右主張も採用し難い。

しかして、以上認定の事実によると、被告組合は昭和三十六年二月三日原告会社に宛て金額二百五十一万円の約束手形一通(本件手形において受取人欄を空白にしてあることは、手形授受の相手方またはその後の所持人に手形要件を補充せしる趣旨で振り出されたいわゆる白地手形であると認めるのが相当である。)を振出交付し、右振出の際被告細田個人において右手形につき手形保証をしたというべきである。

証拠によれば、原告会社は、本件手形の所持人として、その受取人欄に同会社名を補充の上、同会社の綿布部長を介して昭和三十六年四月二十六日坂城町所在の被告組合の事務所において、被告組合組合長理事細田幸雄に対し右手形を呈示してその支払を求めたが拒絶されたことが認められる。よつて被告等は合同して原告に対し本件約束手形金二百五十一万円及びこれに対する完済までの遅延損害金を支払う義務があるというべく、原告の本訴請求は全部正当である。

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